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浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

人の命の尊厳と魂の叫び

 今日は朝からずっと、日曜日の 「四柱推命講座・中級編」 の準備をしていました。
 準備と言っても、プロジェクターに使う板書を、あらかじめ作っておく作業だけなのですが、その度に、実際の講座でどう進行させるかというシュミレーションをする事になります。

 いろいろな事を説明する際に、実際の命式の事例を出して解説したい時、それをあらかじめプロジェクターに板書しておけば、すごく楽です。

 まあ、プロジェクターを使わなかった前回までは、その度に「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の十干と、十二支のマグネットをホワイトボードに貼りつけていたのですが、このマグネットを1枚1枚見つけるのが、本当に骨が折れるというか…

 なんでもっと早くプロジェクターを使う事に気がつかなかったんですかね…

 で、こうやって準備をしながら、命式を調べていると、何回も実際の命式の検証をし直す事になるから、自分自身も実力がつく…
 まさに一石二鳥です。

 おかげで朝から作業に取り掛かっているのに、結局まだ終わりません(笑)

 命式を見る度に、それぞれの生年月日時の中にその人その人の遺伝子情報みたいなのが組み込まれているのを感じます。
 もちろん僕もまだまだ研鑽中の身ですから、これを100%解読できる訳ではありませんが、本当に人の歩む一生というものは何とも霊妙というか、神秘的なものだと思います。

 それぞれの人生に、違った主題があって、人はそれを学ぶためにこの世に生を受ける…

 それが、母親のお腹からオギャーと生まれてくる日にちと時間に、暗号として記されている。
 不思議なものです。

 誤解のないように言えば、同じ生年月日時だからと言って、全く同じ人生になる訳ではありません。
 極端な話、前にも書きましたけど、エルヴィス・プレスリーの双子の兄は、生まれながらに死産で、この世に生を受けられなかったのです。
 (2/21ブログ 「占いは決めつける為の道具じゃない」 参照)

 でも、そうではなくて、本来なら生を受けられるはずの運命なのに、親の判断によって生まれてこれない魂だってある…

 さっき、今回の 「四柱推命講座・中級編」 の受講生でもある富吉美幸先生から、メールが送られてきて、「世の中にとても訴えたいって思える内容のブログが書けたので、読んでください」 って、書いてあったのです。

  富吉美幸 の 未来が楽しみになる占い ブログ
    経験のないことに挑む

 早速、富吉先生の記事を読んでみると、これは本当に考えなければならない事だなあ… と思いました。

 堕胎というのは、現実にはいろいろな問題があって、仕方なくその決断をするのでしょうし、確かにこれは必ずしも親を責める訳にはいかない事かも知れないですけど、まあ軽はずみな気持ちで子供を作るのだけは、やめた方が良いと思うんですね。

 そこに魂が宿した時点で、やはり人の命を預かった責任が伴うと思うし…

 自分がその子の立場だとしたら、親の勝手な都合で生まれて来れなかったとしたら、やっぱり悲しいし、その魂には生まれてきてから学びたいと思っている事も、ひょっとしたら世の中で大きな事が出来る役割もあるのかも知れない…

 親だからと言って、その全てを奪うのは許させるのかな… と思うんですね。

 まあ、子供を持った事がない人間が言う事だから、僕の言葉はあまり説得力がないですけど、その分、富吉先生が書いたブログは、実際に経験を積んだ上で語っている事だから、やはり説得力があります。

 この問題は、表面的でこの世的な幸せの価値観だけでは語れない事と思う。

 人の命の尊厳と魂の叫び…

 よく、子供の事を自分の所有物のようにみなす親がいますけど、それって僕からしたら、あり得ない事です。

 子供というのは、天からの預かりもので、親になるという事は、その子を立派に育てていくという役割を与えられたという事だと思う…

 誰もが、何かの意味があって、そこに生を受けている…

 今、自分が生を受けられた事に感謝しながら、狭い価値観に囚われる事なく、その上でこれは、改めて何をなすべきかが問われている問題なのかも知れません。


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