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浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

占い師は一国の存亡をになう

 僕にとって、占い師というのは、本来ならば人のお手本になれるような生き方をしているような立派な人しか、なってはいけない職業のような気がします。

 だから、僕なんかは、本当ならまだ占い師になるには100年早いですね。

 昔は、どこの国にも占い師がいて、国の存亡を決めるような重大な決定には、必ず立ちあっていました。

 いや、これは別に昔に限った事ではなく、あんまり表だって出て来ないだけで、多くの国家や大企業なんかには、占いに精通した軍師がいるものです。

 まあ、そういう大きな役割を持つ人は、占いに精通しているだけではなく、人間的にも、人々からの尊敬を集めるような立派な人です。

 僕は、この日本の国において、見えない所で非常に大きな役割を果たされた軍師が、故・安岡正篤(まさひろ)先生だと思うんです。

 そこそこ大きな書店の占いコーナーに行くと、安岡正篤先生の易や干支の本は、必ずと言っていいほど置いてあります。

 まあ、安岡正篤先生は 「易者」 というくくりに入れられるような人物ではなく、非常に学問を積まれた思想家であり、研究者であると表現した方が自然かも知れません。

 最晩年は、あの細木さんと一時期入籍してしまったりして(その当時、安岡先生は認知症にかかっていて、きちんとした判断ができなかったとも言われています)それで変な形で有名になったりもしましたが、あれほどまでに釣り合いのとれていないカップルも珍しいです。

 過去においても、吉田茂元首相や中曽根康弘元首相など歴代の総理大臣の多くは、安岡正篤先生に様々な事を相談し、多くの影響を受けてきました。

 財界人でも、平岩外四さん、船井幸雄さんなどといったそうそうたるメンバーが安岡正篤先生から学んでいらっしゃいます。
 安岡正篤先生というのは、昭和天皇に直接ねぎらいの言葉をかけられたほどの人物ですから…

 安岡正篤先生のアドバイスは、時の総理大臣である佐藤栄作元首相とアメリカのニクソン大統領の会談を成功に導き、これにより日本の沖縄返還の交渉が順調に行ったとも言われています。

 また、昭和天皇の終戦の詔書のラジオ放送の原稿の推敲加筆をしたりもしました。
 ちなみに 「平成」 という元号は、昭和天皇が崩御される前から、安岡正篤先生によって考案されていたとも言います。

 安岡正篤先生の偉大な所は、その実践的で非常にレベルの高い思想にあります。
 中でも 「陽明学」 と呼ばれる学問に精通していらっしゃいました。
 長くなってしまうので、これについては明日のブログにでも日を改めて書こうと思いますが…

 学問を身につけ、常に心を研磨していらっしゃるから、常に安岡正篤先生は自分がぶれなかったのだと思います。

 でなければ、昭和天皇とか歴代の首相と堂々と渡り合って話したり、その人達に、国も存亡を揺るがしかねないような重要なアドバイスなんてできません。

 安岡正篤先生は、易や干支に精通した易者でもありながら、迷信のようなたぐいのものには一切振り回されない人でした。

 「丙午を恐れるような事で起こる社会への弊害(へいがい)は計り知れない」 とハッキリ断言しています。
 最期に 「大界による社会への弊害は計り知れない」 って言ってほしかった…

 我々占い師にとって、故・安岡正篤先生は、きっと時代を超えて、たくさんの指針を与え続けてくれる存在のような気がします。


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