浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

感謝の達人

 皆様、心のこもった励ましのメール、本当にありがとうございます。
 僕はぜんぜん大した人間ではないのですが、多分にほめられ過ぎると、舞い上がって天にのぼってしまいそうです。

 僕は今すごく満たされていて、感謝ができる環境に恵まれているだけなのです。
 まだまだ感謝の達人には、ほど遠いというか…

 感謝の達人と言えば、ときどき岡山のMさんからメールでお便りを頂くのですが、その内容は、いつも必ず感謝で結ばれているのです。

 青空の下でお散歩ができる感謝…
 満開の桜の花が見られる感謝…
 人との出会いがあった感謝…
 このブログを読んで元気になったという感謝…

 Mさんのメールを読むと、心がすがすがしくなります。
 これ、感謝の対象がどれを取っても、当たり前と思える日常の出来事です。
 稚拙な文章のこんなブログまでも、感謝の対象にしてくださっていて、ちょっぴり照れくさいです。
 Mさんのような人こそ、感謝の達人と呼ばれるにふさわしいです。
 僕はそれに比べるとまだまだ青いです。
 もっともっと精進しなくては…


 感謝というのは、不幸な時よりも幸せな時の方がしやすいのは確かですが、いつも幸せ一杯なら、誰でも感謝ができるのかというと、必ずしもそうとは言い切れないようです。

 満たされているのに感謝を忘れてしまっている事は、やっぱりあります。
 「これが当たり前」 と思ってしまうと、人間、際限なく欲が出ます。
 欲が出るのは必ずしも悪いとは言い切れませんが、不平不満がグチグチ出てくるようになったら要注意です。

 感謝を忘れると、心というのは些細な事にも動揺するようになります。
 そして、どんなに恵まれた環境にいたとしても我慢ができず、自分の中で少しでも不幸な部分を探すようになります。
 この発展型が、強迫神経症(O.C.D.)です。

 強迫神経症というのは、必ずしも辛い精神状態の時にかかるとは限らず、幸せな状態の時でも、心の持ち方が間違っていると、同じようにかかります。
 逆に言うと、強迫神経症は「感謝」の気持ちが徹底できていて、さらに感情をさらりと流す心のフォームができていれば、見事完治しますし、再発する事もありません。
 (これが「森田療法」と呼ばれる強迫神経症の矯正法です)

 Mさんが示してくださったように、感謝の対象はいくらでもあります。
 普段のさりげない日常生活も、味気なく過ごしてしまうのではなく、「感謝」という最高に美味しいドレッシングを掛けて味わってみる。

 あふれる日差し… やわらかいそよ風… 新緑の木々…

 普段気づけなかった大切なものが、ひょっとすると、そこに見つかるかもしれません。



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