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浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

未来はどこまで決まっている!?

 今日は本当に暖かい一日でした。
 この所、僕は新しい生活の準備をしながら、毎日ネットカフェ通いです。
 なんだか、ネットカフェ難民みたい…。

 あと2日あまりの辛抱ですが、本当、プロバイダ解約したのを後悔しています。

 前にも少しだけ書いたのですが、フランスに出国する前に、ある女性霊能者から、
 「今回のパリ行きは、1カ月もしないうちに日本に帰ってくる事になるので、すぐに活動できるように準備をしておいたらいいです。」
 と、予言されたのです。正直、その言葉を聞いた時、1カ月もしないうちに帰るつもりなど全くないし、そもそも、いつ帰るかなんて自分の意志で決めるものだ、と取り合わなかったのです。
 だから、そんな準備も当然しませんでした。

 ところが、結果的に3週間で帰って来る事になってしまい、予言は的中。まあ、確かに自分の意志で、3週間に変更したのですが…。

 あれを信じていたら、プロバイダは解約しなかったです。確かに…。
 やっぱり、未来とはある程度まで決まっている、という事は、間違いなさそうです。

 それで、ふと疑問に思ったのです。

 もし、未来が決まっているのなら、日本に3週間で帰ってくる事だけでなく、やっぱりプロバイダを解約して、ネットカフェに通うという事までも、決まっていたのではないかと…
 だって、普通にその思考の延長線上で考えをすすめたら、そういう事になると思うんです。
 なんだかそれ、とっても虚しいですけど…

 でも、やっぱり、そんなの絶対おかしい。
 いろいろ思いあぐねているうち、僕はふと、ある映画の事を思い出しました。

 その映画は、「マイノリティー・リポート」

 スピルバーグ監督で、トム・クルーズ主演の映画です。ひょっとすると、僕が過去見たすべての映画のうちで、一番印象深い映画かもしれません。
 結構、見た人も多いかもしれませんね。

 少しだけあらすじをお話しましょう。

 この映画の舞台は、今から40年後の未来、2054年のアメリカ・ワシントンなのです。
 そこでは、国家警察の中の犯罪予防局が「殺人予知システム」というものを取り入れていて、その恩恵で、殺人が全く起こらない状態が維持されているのです。

 この「殺人予知システム」とは何か、と言いますと、未来予知ができる3人の霊能者が、イメージを映像化する為の特殊な機械を頭に取り付けられていて、未来の殺人を予知すると、その機械が作動して、犯罪予防局全体に警報がなるのです。
 「あと、何時間何分後に、○○市の○○で殺人が発生する予定。加害者は○○、被害者は○○」と、全て分かってしまう。

 犯行をおかす人間が目にする映像や、殺人の方法の映像が、犯罪予防局にある大きなスクリーンに映し出されるのです。
 そして、トム・クルーズ演じるチーフ・アンダートンが率いる警察特殊部隊が、急いで現場に急行し、犯罪を犯そうとしている人間を、犯行前に捕まえてしまうのです。

 これは便利ですね。霊能者の未来予知の能力によって、アメリカから犯罪がなくなってしまう訳ですから…。

 でも、このシステムに疑問を抱く人間もいる訳です。つまり、犯罪を犯そうとする人間が、途中で心変わりして犯罪を取りやめる可能性だって、あるかも知れない、というんですね。(つまり、「絶対的に未来など決まっていない」という考え方です)
 これが、名優コリン・ファレルが扮する、司法省の調査官・ウィットワーで、このいかがわしい「殺人予知システム」の欠点を、何とか見つけてやろうと、いろいろ調べようとするんですね。

 仕事に燃えるアンダートンは、システムの完全性を信じ「未来の犯罪は決まっている」と、ウィットワーに強く主張します。(つまり、「未来は全部決まっている」という考え方です)

 そうこうしている内に、また「殺人予知システム」の警報が、けたたましく鳴り出します。

 そして、犯人が見るであろう映像が、犯罪予防局のスクリーンに次々に映し出され、何と、その殺人をおかす犯人はアンダートンだと、システムが告げるのです。

 「俺は殺人なんてしない。これは罠だ!」
 犯罪予防局から逃げ出すアンダートン、それを捕まえようとする、かつてのアンダートンの部下たち…。

 ところが、逃走するアンダートンの目の前には、犯罪予防局のスクリーンに映し出された映像の通りの現実が、再現されるわけです。

 やはり、未来は決まっていた!

 そうつぶやくアンダートンの前には、自分の殺人の衝動をどうしても抑えきれなくさせてしまう一人の男がいて、アンダートンは、その男にピストルを突きつけている。

 アンダートンは、そのまま引き金を引いてしまうのか…


 スピルバーグ監督の映画だけあって、息もつけないほどに引き込まれる映画です。
 トム・クルーズの迫真の演技も、また凄い。

 まだ見られていない方には、この映画、ぜひおすすめします。

 この映画の中の主張は、原作者のフィリップ・K・ディックや、スピルバーグの主張という事になってしまうのですが、僕もこの映画の主張に賛成です。

 少し映画のネタばらしになってしまうので、心苦しいのですが、やっぱり未来は、最終的には自分の意志で変えられる、と思うのです。

 ただ、より良く未来を変えるには、自分をどんどん磨いて、スキルアップさせたり、価値観を向上させていなければ、やっぱり本来行くべき未来に、流されてしまうと思います。

 もちろん、目に見えない世界の影響とか、そういうのもあるかも知れないけれど、霊能者じゃない普通の人間がそんな事を気にした所で、何も始まらないですし… 

 人間が生きている意味っていうのは、もっともっと幸せで素敵な未来をつかむ為に、精一杯あがく事じゃないかな、とも思います。

 それから、もう一つ考えられるのは、一見うまく行ってないな、と思える現実には、何かの他の意味があるかもしれない、という事です。

 何かを学び取る為に、目の前の現実があるとか…。

 あと、結果的にその方が良かったと思えるような事が起こるとか…。
 例えば僕の場合なら、このネット・カフェで将来を左右するような運命的な出会いがあるかも知れないみたいな。
  …まあ、あくまでも一つの可能性としてですが(笑)

 でも、そう考えると、なんか楽しくなってきますね。
 未来というのは、幸せになる為にあるものですよ。不幸になる為の未来なんて、存在しないです。

 もし、不幸になってしまうとしたら、何か自分に問題があるか。そうでなければ、もっと大きな幸せになる為の準備の為です。

 とはいえ、決まっている未来を、もっともっと、グレードアップ出来たなら、さらに素敵ですね…
 明日からもまた、輝かしい未来に向かって、胸を張って冒険していきましょう。

 
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