浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

思うように方位が取れなくても…

 どこかに出かける用事があると、占い師の性(さが)か、ついつい毎日の方位のチェックをしてしまいます(笑)

 でも、僕もさすがに鑑定に行く場所の方位とか、毎日の買い物の方位まではみません。
 そんな所までこだわったら、生活ができなくなってしまいますから…
 占いは活用するものであって、占いに自分が操られるようになったら、本末転倒です。

 ただ、出版社に原稿を持って売り込みに行ったりとか、ここぞという勝負の時は、やっぱり方位をチャックします。
 場合によっては方違え(かたたがえ)をする事もあります。
 (3/23ブログ 「東京漂着」 参照)

 僕の場合、最近はパッと決めた日がそのまま吉日になっている事が本当に多いのですが、たまにはそうでない事もあります。
 中には、どうしても吉日にならないような事も起こったりします。

 例えば、先方が毎週金曜日が予定があいているという事で、それで打ち合わせの日を決めるとします。
 今週の金曜日は凶方位…、来週の金曜日は予定が入っている…、その次の金曜日もダメ…

 それで、
 「あの… 大変申し上げにくいんですが、方位がどうしても良くならないので、打ち合わせは来月の初めという事で」
とか言ったら、たちまち変な人です(笑)
 これがデートの約束なら、それで多分次はないです…

 とても重要な商談とかの場合、方違えをするという方法もありますが、それさえもできない場合…
 そんな時は迷わずに、凶方位でも行ったらいいです。

 引越しや長期旅行に関しては、方位はしっかりとこだわるべきですけど、日の方位の運気の影響はせいぜいその日とその翌日ぐらいです。

 確かに調子が今一つだったりとか、自分の欠点が出やすくなるというのはあるかも知れません。
 でも、自分の欠点をよく知りつくしていて、それが出ないようにすれば、問題は全て解決です。

 ちなみに僕の欠点は、すぐに調子に乗って思いあがってしまいやすい所…(笑)
 だから、凶方位で人に会う時は、絶対にそうならないように気をつけます!

 今から400年前… 天下分け目のあの 「関ヶ原の合戦」 の事です。

 徳川家康が西軍討伐の為に、江戸を出発した九月一日は 「西塞がり」(にしふさがり) の大凶方位でした。

 出発を決めた家康に、重臣の石川家成は、
 「その日は 『西塞がり』 の日で、大事な門出なのにいかがであろう…」
と、止めました。

 家康は、
 「西はすでに塞がれておる。それを開けに行くのじゃ」
と言って出発したそうです。

 確かに、関ヶ原の戦いでの家康の調子は、今一つでした。
 道中では風邪をひいて逗留するし、関ヶ原についた時も、小高い丘とか戦いに有利な要所は全て西軍に取られてしまっているし、息子の秀忠の三万五千の軍は遅れて到着しないし…
  これが痛かった…

 楽勝で勝てる予定のはずの戦いが、最初から押されっぱなしでした。
 でも、最終的に戦いの勝敗は周知の通りです。

 家康が九月一日の日に急きょ出陣を決めたのは、豊臣恩雇の福島正則が東軍について、西軍の織田秀信(織田信長の嫡孫)の守る堅城の岐阜城をたった1日で落とすという目覚ましい働きがあったからです。

 この状態で、「方位が悪い」 とか言って家康がもたもたと江戸にとどまっていたら、東軍の士気が下がるのは必然です。

 確かに日にちを先に延ばしていたら、方位の悪影響は受けなかったかもしれませんが、家康の器がその程度であったのなら、やっぱり天下なんて取れていないはずです。

 たった一日、日の凶方位を取ったくらいで、人の運命が大きく変わってしまう事なんてありません。
 運命の力は、もっと大きな所で動いています。
 あの時点で、関ヶ原で東軍が勝つという運命は、絶対に揺るがなかったはずです。
 家康という人間の人徳がそれを決めていたと思うし…

 思うように方位が取れなくても大丈夫。
 覚悟を決めてそれに立ち向かう時、方位以上の天のパワーが受けられます。


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