浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

モナリザに癒されて

 いよいよ、エテイヤタロットの取材も、大詰めに入ろうとしています。
 昨日はかねてから予定していた、ルーブル美術館に行ってまいりました。

   ルーブル美術館

 ルーブル美術館には、「古代エジプトの美術部門」という一角があって、そこにはエジプトから、もたらされた膨大な遺跡や美術品が展示されているからです。

 展示品の多くは、1798年から行われたナポレオンのエジプト遠征の時に、船でエジプトから運ばれたものです。

 それはエテイヤの死後7年後の事…
 残念ながらエテイヤがこれらの展示品を見ている可能性はありませんが、その後の「エジプシャン・タロット」を知る上で、大きな手掛かりになると思ったのです。

 という訳で…

  ルーブルピラミッドの前で

 探検家・浅野太志は、ルーブルのエジプト遺跡の調査の為、ルーブルピラミットの中へと潜入するのでありました。


 ものすごい広さのルーブル美術館で、目的のエジプト美術部門を見つけるのが、最初の難関だと思ったのですが(知っての通り、僕は方向オンチなので)、意外にも何かに導かれるように、いきなりたどり着いてしまいました。

 そこで見たものは、数々の古代エジプトの遺跡…
 凄いんです。
 エジプト壁画やヒエログラフが刻まれた大理石を見ていると、まるでアフリカ大陸の熱が、体内に伝わってくるみたいです。

 ラムセスニ二世座像に、たくさん並べられたエジプトの棺…


 ところが、僕は逆に、まるで体中の熱が奪われてしまったように、青ざめてしまいました。
 その理由は、そこには完璧なアフリカ大陸のエジプトが、存在していたからです。

 エテイヤの作った「エジプシャン・タロット」は完璧ではありません。
 何故なら、エテイヤは本物のアフリカのエジプトを知らずに死んだ人だから…

 おそらく今、エテイヤが生きていて、同じようにこの展示品を見たら、彼も僕と同じように青ざめてしまうでしょう。
 エテイヤの思い描いたエジプトと、そこにあったアフリカ大陸のエジプトは、あまりにも違いすぎているのです。

 1798年からのナポレオン遠征によって、フランスに持ち込まれたエジプト文化は、エジプトに対する事実誤認の多かった、クール・ド・ジェブランとエテイヤの幻のエジプトを、完全に葬ってしまった…。

 はるばるフランスの地まで船で運ばれた、半端ではない量のエジプトの美術品は、エテイヤのエジプシャン・タロットを、一瞬にして時代錯誤の過去の遺物に風化させる破壊力を持っていたのです。


 これ以上、この展示場で知ることは何もない…

 エテイヤのタロットが、本物のエジプト文化を持っていない事は、最初からわかっていた事でした。
 それでも、このタロットは非常に優れた芸術性を持っているし、僕がこのエテイヤ・タロットに目をつけた理由もその一つです。

 カメラのシャッターを押す気力さえおこらず、(ルーブル美術館は、フラッシュさえ焚かなければ、撮影は許可されています。)放心状態で、そのままふらふらとヨーロッパ絵画の展示部門へ迷い込みました。

 人の流れが、ある方向へ向かっています。
 あのモナリザの居場所が、近くにあるのです。

 そのまま流れに沿って、彼女に会いに行く事にしました。

       モナリザ

 ガラス越しのモナリザ

 思っていたよりも、美人じゃなかった。
 彼女は予想以上に小柄でした。
 でも、「ここまでよく来て下さいましたね」って、言ってくれた気がして、涙が出そうになりました。

 エテイヤのタロットも、完全にヨーロッパ部門の芸術に属するものです。
 ダ・ヴィンチのモナリザに比べれば、芸術性では見劣りするけれども、エテイヤ・タロットも人を惹きつけるだけの魅力は十分に持ってます。

 「私の友達をよろしく…」

 帰り際、ふとモナリザに、そう声を掛けられたような気がしました。


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