FC2ブログ

浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

もっと大きなものに感謝しよう

 人生はいろいろな事がありますが、僕は、目の前に起こる事というのは、必ず何らかの意味があると思うんです。
 それが例え良い事でも、悪い事でも…

 その時は意味がわからないかも知れないけど、後になってわかる事がある。
 案外すぐかも知れないし、ずい分後になってからの事かも知れない…
 ひょっとしたら、死ぬまで意味がわからなかった(笑)… という事もあるかも知れませんが、それでもやっぱり、何らかの意味があると思うんですよ。

 人は誰でも過去にいろんな事があって、いろんな傷を背負っていたりするものですけれども、その原因を自分を傷つけた相手に見ようとした時には、やっぱり憎しみしか湧いてこないものです。

 誰だって、自分を傷つけたりひどい目に遭わせた人は憎いですし、自分の事を助けてくれて元気づけてくれた人の事は大好きです。
 だから、自分に良くしてくれた人には感謝できるけど、自分をひどい目に遭わせた人には感謝できない。
 まあ、当たり前と言えば当たり前ですが…

 でも、「感謝の達人」 になろうと思ったら、これではいけません(笑) (4/16ブログ 「感謝の達人」 参照)

 「いや、別に 『感謝の達人』 になんてなりたいと思ってないから…」 っていう人もいるかも知れませんが、感謝の達人はいいですよ。
 少なくとも、怒りや憎しみとかいった感情に、支配されずにすみますから…
  僕は達人になりきれてないので、たまにやられてしまう…(ただいま修行中)

 なぜなら「感謝の達人」の感謝の対象というのは、もっと大きなものだからです。
 人生そのものとか、身の回りの自然とか、宇宙とか…
 だから、自分をひどい目にあわせた人にも感謝できる。
 その人単体に感謝するんじゃなくて、その人を含めた宇宙とでもいうべきものに感謝している…

 で、ここでもう一つ大事なのは、自分に良くしてくれた相手に感謝する時も、気持ちの持ち方としては、その人個人に感謝するのじゃなくて、やっぱり、その人を含めた宇宙とか、そういったものに感謝した方がいいのです。

 それでは、自分に良くしてくれた相手に申し訳ない… なんて思う必要ありません。
 本当に善なる素晴らしい人というのは、決して個人的な見返りなんて求めていませんから…
 これは、今まで何人も、そういう素晴らしい人に会ってきた僕の見解です。まず、間違いありません。

 そうではなくて、
 「これだけしてやったんだから、俺に感謝しろよ」
 という人もいるかも知れませんが、逆にそういう人個人に感謝する事は、とても危険です。
 このように、相手に見返りを求める人というのは、恩を売った相手を自分のテリトリーに結び付けて、操ろうとしてきますから…

 それに、一人の個人というものに感謝しすぎると、人間はやたらと弱くなります。
 特に自分に良くしてくれた相手に、頭が上がらなくなる… その結果、大きな働きもできなくなります。

 本当に善意にあふれる人は、相手が自分に恐縮しまくる事なんて、全く望んでないです。
 自分を含めたもっと大きなもの(宇宙とか神様とか)に、感謝してくれれば、それでいいと思っている。
 そうじゃないのは、ニセモノです。

 人間なんて誰しも、そんなに大きな違いがある訳ではないと思うんです。
 確かに、立派な人やダメな人がいるように見えても、それはちょっとした価値観の違いが結果として表れているだけですし、未来永劫変わらない訳ではなくて、時間と共に常に変わっていきます。

 もっと大きなものに感謝した時、人はきっと、本当の意味で自由になれる… そんな気がするんです。



関連記事