浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

未来始動…

 今月末のこのタイミングで、auショップで携帯の一つを解約しようと思ったのですが、解約金が発生して、今解約するよりも11月に解約した方が安いという事がわかりました…

 まあ、それならこのまま11月まで使います(笑)
      携帯のメルアド解除して損した…

 さてさて、このブログも今日で888回目を迎える事になりました。

 「8」 という数字は横にすると、「」 それに第8(オグドアド)の領域は、グノーシス主義でいう本来の魂の場所… どんどん末広がりに広がっていく世界です。

 ブログが888回目だからと言って、どうという事はないのですが、それでも感慨深いものはあります。
 そうか… 888日も毎日続けてきたのか… みたいな(笑)

 500回目のブログの時に宣言したように、このブログ、一応1,000回までやって終わりにするつもりです。

 きっとそのタイミングが、また新しい何かを始める一つのきっかけになるような気もします。
 この分ですと、このブログのXデーは、11月半ばぐらいで終了です。

 それで、代わりに明日から、メールマガジンを始める事にしました。

 今度は、毎日書くのではなくて(まあそんなもの毎日送られて来ても、みんな困るでしょうし…)、ひと月に1回ぐらいにするつもりです。
 気が向いたら、号外を出すかも知れませんけど…
     これなら、楽です♪

 実はメールマガジンのアイデアは、ずい分前に、内田和男先生からアドバイスを頂いていたのです。 
 (2013/9/28ブログ 「運も人生も計画的に…」 参照)

 この日のブログに書いた、ある一つのプロジェクトというのが、内田先生がアドバイスしてくださったメルマガの事だったのです。

 あれからもう、1年ぐらい過ぎているのですね。

 メルマガの名前は、「シルフィーユ~sylphille~」 …

 浅野太志のメール・マガジンは、こちらにて無料で登録できます。
 いつでも退会自由です(^^)

   浅野太志メールマガジン 「シルフィーユ」

 だから、シルフィーユってなんだよ… って感じですけど、特に深い意味はありません(笑)

 どうしても気になる人は、ぜひ登録してください。
 明日8月1日付けのメルマガで、理由を説明しています♪

 メールマガジンの登録ページを作ったと同時に、ホームページも少し模様替えしてみました。

 そして、この機に、9月1日から、東京でちゃんとオフィス(鑑定室)を構えて、新しい鑑定料金体系で始めるつもりです。

 オフィスの場所の候補はいくつかあって、まだ決まっていないのですけど、23区内でやる事だけは決めています。

 オフィスを持てば、それなりに家賃も掛かったりして、経費のリスクもあるから、正直なかなか腰が上がらなかったのですが、今回、うまいタイミングで運命に背中を押されたような不思議な感じがします。

 ハハハ…、不安ですね(笑)

 だからいいんだとも思う…
 このドキドキ感が、たまらないです。

 未来始動…

 そのまま、突っ走ります!


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状況を改善しないと未来は変わらない

 すっかり夏になりました。
 今日はいつもよりも暑くなくて、案外気持ちいいです。
            ナツ ナツ ナツ ナツ ココ~夏っ♪     …古い

 僕は目の前にやらなければならない事が積み上がっていて、今日も一日、悪戦苦闘していました。

 確かに仕事は、少しずつ前には進んでいるのですが、それ以上のスピードでタイムリミットが迫って来ていると言いますか…

 なんか、一人で仕事を始めてから、僕 毎日こんな事を言っています。

 では、いつもいつも一日にすごい数のお客様を鑑定しているのか、と言ったら、そんな事はありません。

 やっぱり、仕事のやり方が間違っているんでしょうね。
 うすうすと、それに気づいてはいたのですけど(笑)

 僕は一つの仕事に時間を掛け過ぎるんです。
 中途半端にしたくないというのが強すぎて、いつまでたっても仕事が終われないと言いますか…

 鑑定を受けてくださったお客さんは何となく僕の性格はわかると思いますが、何をやるにしてもこうなのです。

 だから、いつもメールを溜めてしまって、時間がうんと取れた日に一気にメールを返すという繰り返しです。

 間違いなく、これが僕の欠点ですね。
 僕はどうも自分に甘い所があって、一つの予定と一つの予定の間に、ものすごくインターバルを取っているのです。
 こうしておけば、仕事に時間を掛け過ぎて負われなくても、次の仕事に支障が出ないから…

 でも、これがいけないんでしょうね。
 不思議な事にどんなにインターバルを開けても、なぜか次の予定に間に合うのがギリギリです。

 昔から僕は、「自分がへばるだけで、結果的にそれで良い仕事になるのなら、それで構わない」 とか思っていたのですが、最近本当にへばりました(笑)

 この状態で、さらに無理くり何とかしようとすれば、もっと体に負担がくるし、結局疲れが出て、仕事全体に支障をきたす事になりかねません。

 最近になって思うのは、やっぱり根本的にこの状況を何とかしようとしなければ、未来は変わらないという事…

 物事がうまく行かない時というのは、自分の中の何かを壊さなければいけない時なのかも知れません。
 今まで生きてきた人生のこだわりとか、スタイルを捨てて、一皮むけなさいって言う、天からのメッセージのような気がします。

 僕の場合だったら、わざと時間ギリギリにして、次のお客様の予約を取っちゃうとか…、そんな風にして、自分のこだわりを壊す事が必要なのでしょう。

 もちろん、いい加減に仕事をするという意味ではなく、問題を抱えたまま、うまく逃げのびようとしない事です。
 間違ったスタイルのまま、うまく逃げきれてしまったら、人は成長しませんから…    結構、自分で良い事言ってる(笑)

 人によって、価値観やこだわりが違うから、そのアプローチはケース・バイ・ケースです。

 今までずっと続けているやり方を、あえて放棄して捨ててみる…

 その時に、同じ所をグルグルと回ってしまっていた迷路の抜け道が見つかるのかも知れません。


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過去よりも未来に生きる

 夏 真っ盛り… 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

 僕は夏は大好きですが、ここの所 少しだけバテてます(笑)

 なんて、弱音をはいている訳にいかないんですね…

 今日も新しいビジョンに向けての準備で、仕事専用の固定電話とか、固定の鑑定場所なんかを探すために、日差しの強い東京の街を寝不足状態で歩き回っていました。

 今まで、仕事用とプライベート用の2つの携帯電話を持っていたのですが、仕事専用の固定電話も合わせると、毎月の料金も馬鹿にならないし、1つを解約する事にしました。

 どちらかの携帯番号をメルアドと同時につぶさなければいけないのですが、仕事用の携帯にするか、プライベート用の携帯にするか、ここで二者択一の問題に迫られました。

 パリから帰って、占い師として独立して仕事を始めてからは、仕事用の携帯番号とメルアドを載せた名刺を配っていますから、ここ1~2年に親しくなった多くの人からは、仕事用の携帯に連絡が来ます。

 でも、プライベート用の携帯番号は、もう20年ぐらい前からずっと使っているんですね…

 最近の使用頻度としては、確かに仕事用の携帯の方が多く使うのですが、昔からの知り合いや、今はもう全然連絡を取っていないような人を合わせると、プライベート用の携帯電話を解約する事で、ゆうに100人以上の人と連絡が取れなくなってしまいます。

 まあ、20年前にケンタッキーのバイト仲間だった人とか、まず連絡を取らないような人がほとんどですけど…

 それから、20年間ずっと使ってきた番号だから、なにげに愛着もあったりします。

 とはいえ仕事用の新しい携帯番号を解約したら、最近親しくなった人だけではなくて、僕の名刺を見て仕事の依頼をしようとしてくださった人とも、つながらなくなってしまう…

 なんとも、もどかしいです(笑)

 もちろん、今まで通り解約しないで、両方とも使い続けるという選択肢もあるのですが、これから新しくビジョンを始めるのにあたり、出来る限り無駄は省いて、身の回りの状態をシンプルにしておきたかったんです。

 まあ、僕の中では二者択一の答えはとっくに決まっていました。

 いさぎよく、プライベート用に20年間使っていた携帯を捨てる事にしました。
 この機に過去の全てを捨てるのも良いかと思いまして…

 もちろん、何人かの人にはちゃんと連絡して、新しい連絡先を伝えていかなければいけないのですけど…
 でも、100人以上もいる全部の人に伝えるのは無理ですね(笑)

 いきなり全然疎遠になっちゃっているのに、こちらから連絡しても、向こうもビックリしちゃうでしょうし、かえって迷惑かも知れませんし…

 そういえば、少し前に読んだ富吉美幸先生のブログに書いてあった内容を、ふと思い出しました。

 富吉美幸 の 未来が楽しみになる占い ブログ
 出し入れの「出し」

 よし、これでいこうっと(笑)

 それに、「浅野太志」 って検索かければ、僕のホームページも見つかるし、メールアドレスも見つかるから、それでいいかと思いまして…

 過去の思い出は大切にしたいけど、いつまでも過去に生きている訳にもいきません。

 人生に別れはつきものですし、それに僕も昔とは同じじゃない…

 それよりも、今 僕の周りにいる人や、この先の未来に出会う人を大切にしたいと思う…

 過去よりも未来に…

 時間はすごいスピードで過ぎていくから、過去に立ち止まらないで、この勢いで未来に突っ走っていこうと思います。


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世の中にはいっぱい良いものがある

アゥルターム つい先日、新宿にある 「占い館アゥルターム」 に行ってきました。

 南口を出て、甲州街道に沿って、まっすぐ1分歩いた正面のビルの7Fにある占い館…

 ここに以前、僕のタロット講座を受講してくださった、Robin先生が在籍していらっしゃるのです。

Robin先生プロフィール エレベーターを昇ると、さっそくRobin先生のプロフィールが…

 20分3,000円のコースを申し込む事にしました。

 僕は予約も入れていませんし、もちろんRobin先生に何も連絡していません。


 いきなり不意打ちをするのが僕の趣味です。   悪趣味…

 Robin先生の事は、かなり前から知っているのですが、何に対してもまっすぐな先生で、今まで人生の中でいろいろな苦労をされていらっしゃるだけに、とても心の優しい先生です。

 元々ミュージシャンとしても、活躍されていたりするので、音楽理論やギターのコード進行なども詳しい…

 ギタリストの為の分散和音練習ノート
 http://robinmusic.blog.fc2.com/

 なにげにミュージシャンの感性と、占いに必要なインスピレーションは、共通していたりします。

Robin先生の部屋 ここがRobin先生のお部屋です。
 他にも占い師さんの部屋がいっぱいあって、幻想的な雰囲気がすごく素敵です。

 Robin先生は、いきなりの訪問だったにもかかわらず、暖かく出迎えてくださいました。
 ちょっと驚かせてしまいましたけど(笑)

 良く考えたら 僕、何を占ってもらうか決めていませんでした…

 Robin先生は、新しく 「潜在意識転換」 や 「過去性療法」 、「チャクラ正常化」、「守護天使セッティング」なんかも始められたとの事…

 タロットを受けるのもいいけど、この際せっかくだから、この 「潜在意識転換」 というのをやってもらう事にしました。

 なんか、ドキドキしますね…

 この 「潜在意識転換」 というのは、自分の心のブロックになっているものを見つけ出して、それを解消するというもの…

 心に潜む問題がその人の運を阻害しているという事は、実際に良くある事です。
 せっかくなので、これをやってもらう事にしました。

 案外こういう心理療法みたいなものって、料金が半端なく高かったりする事があります。
 でも、Robin先生の場合は、どれでも20分のコースであれば3,000円しか掛かりません。
 これはかなりお得です。

 まず最初に、Robin先生が僕の心の中に抱える問題点を見つける事から、始まります。

 これはオーリングテストによって、行ないます。

 親指と人差し指をくっつけて輪を作って、例えば 「自分を認める」、「自分を愛する」、「自分を許す」 などなど…、他にもいっぱい項目があるんですけど、その項目に心の拒否反応があると、体の力が抜けて、くっつけていた親指と人差し指が離れる…

Robin先生 僕も早速やっていただきました。

 僕は普通の人に比べて、ネガティブな要素は非常に少なかったようです。

 それでも、Robin先生がいろいろ調べてくださった結果、どうやら、「普通には絶対に不可能な、高すぎる目標を設定して、無理くり頑張って自分を痛めつけてしまう」 という問題点があったようです。

 言われてみれば確かに、僕にはそんな所がありますね。

 そして、その後、Robin先生が僕の意識のイメージとつながって、それを解除してくださいました。

 Robin先生は、具体的に解除する為のイメージを教えてくださるのですが、残念ながら僕にはすぐに理解できませんでした。
 でも今思うと、あの日から、ずい分と心が楽になってきているなあ… って感じます。

 Robin先生の良い所は、言葉がとてもソフトで、物腰が柔らかい所です。
 心の問題点を特定した後でも、それを相手を傷つけないように気遣いながら、やわらかく言ってくださるんですね。

 なかなかこういう気遣いは、誰にでも出来る事ではありません。

 僕のお勧めの先生です。

 占いアゥルターム Robin先生

 僕もパリから戻ってきて、早いもので2年以上がたちます。
 その間に、タロット講座や四柱推命講座を通じて、本当に多くの方に知りあいました。

 なかなか連絡が取れない人もいるけど、ふと 「今頃どうしているかな…」 って思いがよぎったりします。

 こんな僕の講座に来てくださったんですから、せめて僕が出来る事はしたいと思うし…

 最初の頃、受講生の方のブログは、片っ端から毎日読む事にしよう… なんて気負った事もありましたが、受講生の数もどんどんと増えて、さすがにここまで時間に追われてしまうと、それも出来そうにありません。

 だからもし、このブログを読んでくださっていたなら、「今こんな活動をやっています…」 ってメールで教えてくれると、嬉しいです。
 僕の所には、一度に大量にメールが来たりしますから、返信はすぐに出来ないかも知れませんが、これは面白いと思ったらブログに紹介したいと思いますし…

 世の中にはいっぱい良いものがあるなら、それを少しでも広めていけたら嬉しいです。

 なるべく自分の言葉で伝えたいので、可能な限り、自分の目で確かめて記事を書きたい思う…

 このブログも、たくさんの方が読んでくださるようになった今となっては、もういい加減な事は書けないし、ただの広告媒体みたいにする気もありません。

 それにしても、Robin先生に久しぶりにお話できて、本当に良かったです。
 僕もまだ、生き方を模索中の身の上ですし、自分のスタイルさえ決め切れていません。
 それに、気負っている事もいっぱいあります。

 でもある程度天に任せて、肩の力を抜いて生きていけたらと思います。

 Robin先生のお陰で、すっかりと心が軽くなりました(^^)


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心の探究には終わりがない

 暑いです… 灼熱の夏がやってきました!
 昨日なんて、岐阜県多治見市では39.3度を記録していました。
 もう殺人的な猛暑です。皆さま、熱中症にはくれぐれもご用心ください。

 ちなみに岐阜って、日本全国の中でも一番暑くなったりします。
 周りに海が無いから、熱の逃げ場がないというか…

 僕が夏に比較的強いのも、育った環境のせいかも知れません。    いや、多分関係ない(笑)

 昨日は伊泉龍一先生のタロット講座に行ってきたのですが、この度、伊泉先生の待望の翻訳本の新刊が発売になりました。
タロットの書~叡智の78段階~
タロットの書
  ~叡智の78段階~

(原題 78 Degrees of Wisdom) 
(レイチェル・ポラック著
伊泉龍一訳/フォーチュナ刊
3,000円+税)
 


 この情報を聞いて、昨日講座の帰り、すぐに新宿の紀伊国屋本店に行ったのですが、占いコーナーを見渡しても、どこにもありません。

 お店の人に聞いてみたら、もうすでに売り切れとの事…
 「新宿南口店から、店頭の在庫を持ってきますので30分程お待ちください」 と言われ、30分後にやっとこの本を手に入れる事ができました。
 やっぱり、もうすでにタロット・ファンの間で評判になっているのですね。

 著者のレイチェル・ポラックという人は、アメリカの第一線で活躍するタロティスト…
 それと同時に数々の受賞作家でもあり、感受性が非常に強い性転換をした女性としても知られています。

 日本では今までそんなに知名度があった訳ではないのですが、鏡リュウジ先生と現代タロット研究会による 「タロット バイブル 78枚の真の意味」 という邦題で、レイチェル・ポラックの 「Assertiveness for Earth Angels」 の翻訳本が出て、日本のタロット界でも、レイチェルは一気に脚光を浴びる事になりました。
 なにげにみんな、あのピンク色の本持ってますし(笑)

 でも、本当の意味でのレイチェル・ポラックの代表作というのは、「Assertiveness for Earth Angels」 ではなくて、今回伊泉先生が翻訳された 「78 Degrees of Wisdom」 だったりします。

 いわばこれ、タロットの聖典とも言える本です。
 レイチェルのウェイト版タロットのカード1枚1枚を、深い部分でえぐり出すような洞察がすごい…
 まさに、本当のタロットの事を知りたい人には必読書です。

 レイチェル・ポラックの凄みであるタロットカードの深い洞察力に裏打ちされているものは、彼女独特の感性の鋭さや人生というものに対する真摯な探究心にあるのかも知れません。

 そして、この本は、ウェイトの思想体系や秘教哲学、その中でのウェイト版タロットができるまでの流れといったものが、きちんとした説明されています。 

 ただ、あえて僕の個人的な不満を一つだけ言えば、レイチェルがエテイヤの事を完全に無視している事ですかね(笑)

 クール・ド・ジェブランやエリファス・レヴィが何度も何度も登場しているのに、なぜかエテイヤだけ完全無視されてます。
 まあ、いいんですけど…

 タロットを扱う人には、必見のお勧めの一冊です!

 …って、そろそろこの辺で、「浅野太志よ、お前の本はいつまで経っても出る気配がないけど、やっぱり頓挫(とんざ)したのか」 ってツッコミが入りそうです。

 まだ今の所、頓挫はしていません(笑)
 おそらく、2週間ぐらいの間には出ると思います。
 多分ですが…

 さてと、話は変わって、昨日は渋谷で伊泉龍一先生の講座を受けて、たっぷりとウェイト版タロットの世界観を吸収してきました。

 やっぱり、グノーシスというものが、ウェイト版タロットの非常に重要な鍵を握っているようです。
(7/23ブログ 「気分どっぷりグノーシス」 参照)

 僕はグノーシスに対して、少し否定的なイメージを持ってしまっていたのですが、昨日伊泉先生の講座を聞いていたら、なんだか 「グノーシスっていいかも…」 って思えてきました(笑)

 ウェイト版のカードの大アルカナに込められた真の意味を理解するには、当時のキリスト教の世界観とグノーシスとの関係、さらには当時の占星術の世界観も把握しておく必要があります。

 まあ、伊泉先生が昨日話してくださった事の受け売りになってしまうのですが…

 まだ、天動説が信じられていた頃のお話です。
 元々、天動説というのは、古代ギリシャの時代からあった考え方なのですが、どんな世界観かというと…

 世界の真ん中には地球があって、その上に月が運行している天球層が覆いかぶさっている… その向こう側には水星の天球層がある… そして、その向こう側には金星の天球層が、さらに向こう側には太陽の天球層が、さらに火星の天球層、木星の天球層と続いて、最後は土星の天球層が、全ての物質世界を包み込んで制限する境界線になっているという7層でできた世界観…
 (だから、土星は占星術上で 「制限」 という意味になる)

 その外側にあるのは、オグドアド(8番目)という絶対神の領域です。
 元々、古代ギリシャの考え方には、絶対神なんて存在はなかったのですが、キリスト教がここに絶対の神の領域というのを盛り込んだんです。

 ところで、天王星や海王星はどうしたんだ… って話になりそうですけど、当時はまだ発見されていませんでしたから(笑)
   そういえば、冥王星って惑星から外されてしまいましたね…

 で、この前のブログで、グノーシスの考え方は、魂が肉体に無理やり押し込められているという窮屈な世界観だと書きましたが、それをより細かく説明すると、プネウマ(訳すと 「息」 の意。例えるなら、魂の中の原子核のような部分)と呼ばれるものは、元々7層の物質領域の外側にある神の領域であるオグドアドにあって、出産の瞬間になると、何万光年の時を越えて、地球にビュ~ンとやってくる…

 それで、その時プネウマは、7層になっている惑星層の世界を通過してくる事になるんですけど、通過の際にそれぞれの惑星層にあるチリやホコリみたいなのがくっついて、初めてプシケー(個性を持った魂)になる… と考えられた訳です。

 つまり、星の配置によって、人の性格や運命が決まるという西洋占星術の元となる世界観も、こうやって説明すると筋が通るんですね。
 本当かウソかは、知りませんけど(笑)

 グノーシスの考え方って、すごいです。
 僕は、昨日の講座の伊泉先生のグノーシスのお話に、思わずグイグイ引き込まれてしまいました。

 例えば、旧約聖書に出てくる有名なエデンの園のアダムとイヴの話なんかでも、グノーシス主義者からすると、善玉と悪玉が入れ変わっちゃうんです!

 あれ、神様から 「知恵の実(禁断の果実)だけは、食べてはいけない」 と言われていたのに、最初にイヴが、蛇にそそのかされて、その実を食べちゃうんですね。
 そしてアダムもそれにつられて食べちゃう… その後二人は、楽園を追放されるというお話…

 キリスト教では、イヴをだました蛇はサタンの化身という事になってます。

 ところが、キリスト教グノーシス主義者にとって、この物語はどう解釈されるかというと、物語に出てくる神様というのは、デミウルゴス(創造神)という、いわば物質世界のみの低次元の神様って事になります。
 そして、あの蛇こそが、物質主義から解放してくれる 「真の神様の使い」 って事になるんです。

 つまり、「エデンの薗」 という物質世界に囚われた人間を、真の神の使いの蛇が、その囚われに気づかせて、目覚めさせてくる…

 なるほど、こういう考え方もあるか(笑)
 キリスト教グノーシスというのは、物質的な考え方や人間のエゴや利己主義を嫌うんですね。
 (別のグノーシスには、快楽主義に溺れる事を良しとするものもある…)

 それにしても、心の探究には終わりがないです。

 こうやって書き続けていると、いつまでたっても永遠に終わらなくなりそうなので、今宵はここまでにいたしましょう(笑)


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それはきっと必要があってやらされている

 今日はこれから、伊泉龍一先生の講座に出て、ウェイト版タロットに秘められた真意を学んできます。
(6/28ブログ 「学びはどこまでも楽しい」 参照)

 今、地下鉄千代田線の中で、立ったままでこのブログを打ってます。   多分、名人芸です(笑)

 それにしても、学ぶという事は、本当に楽しいです。
 また一回り、今日も大きくなってきますね。

 よく考えたら、僕自身のタロット講座の開催までの期間も、1ヵ月切ってしまいました。
 時間がたつのは、本当に早いです。

 今日は朝起きて、久しぶりに腕立て伏せをしたんです。
 汗かきそうだったから、一時的にクーラーで部屋をひんやり冷やして(笑)

 昔なら50回はできたのに、あまりに久しぶりにやったせいか、20回が限界でした。   超 ひ弱です…

 二十代の頃は、ミュージシャンの夢を捨てきれなくて、音楽学校とか演劇の学校とか、たくさん通っていました。

 複数の学校を掛け持ちして、今日は楽器の練習の日、今日は歌のボイストレーニング、演技の体の解放の練習、作曲の為の音楽理論の講座…、みたいにほとんど毎日、何かしらの講座に通っていた時期がかなり長かったです。

 音楽理論の勉強もしているから、音大生みたいに楽典とかコード進行理論みたいなのも一応わかるし、アレンジなんかもできます。
 まあ、人生において、結局何の役にも立っていませんけど(笑)

 10年以上もそんな事をやっていましたから、学費だけでゆうに1,000万円は超えちゃってますね。

 普通の人ならそういうお金で、車を買ったり、家のローン組んだりしているんでしょうけど…

 毎日欠かさず、発声練習と体を柔らかくする為の柔軟体操や腕立て伏せなんかの筋トレ、それに表現力をつけるためのイメージトレーニングをやっていました。

 だいたいこの全部のエクササイズのプログラムを終えるのに1時間ぐらいかかるんですけど、一日も欠かした事はなかったです。

 友達と旅行でお泊りの日なんかでも、一人だけ少しの時間みんなと離れたりして、ちゃんとやっていましたから…

 18歳からずっと30歳迎えるまで、ずっとそんな事を続けてました。

 悔しい事に全部無駄になっちゃいましたけど…

 …って、最近まではずっと思っていたのですが、ここ最近になって、あれって無駄な事ではなかったような気がしてきたんです。
 負け惜しみじゃなくてですよ(笑)

 最近、昔に比べて少し体力が落ちてきて、ふと思ったのが、なんであの頃はあんなに、いつも体調が絶好調だったんだろうという事です。
 その時には、当たり前のように思っていたのですが…

 あの頃は毎日カップラーメン食べてたし、生活のリズムだって今と同じくらい不規則だったのに、なぜか体力だけはあって健康でした。

 少し前までは、あれはきっとポジティブシンキングのせいだ… とか思っていたのですが、冷静に考えるとやっぱり違う…

 もしそうだったら、今だって絶好調のはずですし、それに20代の頃の僕は、どう考えてもポジティブシンキングじゃなかった(笑)

 それで他に考えられる理由としたら一つだけ…

 毎日欠かさず、体の基礎トレーニングとエクササイズをやっていた事ぐらいです。
 あのお陰で、僕はほとんど病気をしないで過ごせたような気がします。

 30歳になって、エクササイズはピタッとやめてしまったのですが、やめてからもエクササイズを続けていた12年間ぐらいはずっと体調が良かったです。

 20代だって大病する人はいっぱいいますし、ましてやあの頃の僕の生活習慣からして、普通なら病気にならない方が不思議なくらいです。

 あの頃は、ミュージシャンとして成功するという目的の上で、毎日あんなエクササイズをバカみたいに1時間近くもやっていたのですが、潜在意識の深い部分では案外別の事を考えていたのかも知れません。

 それはきっと必要があってやらされている…

 一見無駄になってしまったような過去の努力も、実は別の意味があって、潜在意識にやらされているのかも知れません。

 今日の朝、久しぶりに少しやろうとして、あまりにもできなくなっていたのに愕然としました(笑)

 まあ、毎日はしんどいですけど、自分の体のコンディションを取り戻すために、たまにこのエクササイズをやってみようと思います♪


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幸せ共同体

 すがすがしい朝、目を覚まして、青空の下で思いっきり深呼吸する…
 夏の朝って、いいです。

 そういえば僕、子供の頃、夏休みの朝はいつも朝寝坊をしていました。

 それでもラジオ体操がある時だけは、ちゃんと朝の鐘の音(町内会で交代で、6時15分に鐘を鳴らしながら、回っていた…)で目を覚まして、公園に行っていました。

 ラジオ体操が終わると、家に帰って朝ごはんを食べて、そしてまた寝ました(笑)

 本当あの頃は、なまけものでした。
 ラジオ体操がない時なんて、朝ごはんも食べずに昼過ぎまで布団の中でごろごろしていましたし…

 グータラな子供でしたね。
 今の生活とは、まるで対照的です。
     そういえば、ラジオ体操、最近全然してない…

 あの頃、自分から何かを人に与えようとは一切しなかったし、そういう発想すらなかったです。

 親から大事に扱われて、必要なものは全て与えられていましたし、そんな事わざわざしなくても、何一つ不自由なく生きられたから…

 まあ、18才で上京して、親元を離れて暮らすようになってからは、何もかも頭打ちになっていったのですが、その原因も、しばらくはさっぱり分かりませんでした。
     ただ、「世間は冷たい」 と思っていた…

 それにしても、僕は今、本当に恵まれているなあ… と思っているんです。
 たくさんの優しい人達から、たくさん優しさに支えられて、こうして生きていられるのを感じます。

 いつの間にか自分も、その 「幸せ共同体」 の中で、支えられて生きている…
 そして、自分自身も、その 「幸せ共同体」 の構成員として、誰かの幸せを願って生きている…

 あくまでも例えで、別に変な宗教組織を作ったとかいう意味じゃないですよ(笑)

 あえて言えば、それ以上にもっと強い心のつながりです。
 自然に無償で、誰かの幸せを願っているような気持ちですかね…

 そこには堅苦しい義務感もなく、「自分が幸せになる為に、人の幸せを祈る」 という下心もない…

 それでいて、そこにいると自然に、自分の幸せを願ってくれている他の誰かの優しさを感じる、と言いますか…

 義務的に何かをしなければならない… なんてしばりは一切ない共同体です。
 気がついたら、自然な形でさりげなく何かをしている… これが一番いいですね。

 その行為自体に、変な義務感が伴っていたり、そこに何か下心があったりすと、受け取る方も何だか暑苦しいし、かえって負担になったりします。

 お金なんてものは、そんな所に多くかけなくていいと思うんです。

 時々、「貴方が幸せになる為にも、うちの宗教団体にお布施をしなさい」 なんて、変な事を言う人がいらっしゃいますが、それ明らかに間違っています。
 そんなお金があるのなら、歳末助け合い運動や被災者救済募金に回した方が、はるかにマシです。

 「幸せ共同体」 は、形も形式も持たない共同体…
 登録も手続きも一切不要で、お金も1円もかからない…

 それは世界中の70億の人達の間に、シャボン玉みたく無数に存在していて、その思いさえあれば、すぐにその場で発足する…

 やがて、そのシャボン玉が自然な形で一つにつながっていったら…

 気持ちよい夏の朝、ちょっぴりとりとめのない空想に浸ってみました(笑)


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ひまわりスマイル

 暑い日が続いています。
 夏の照りつける太陽… 好きです!
 でも女性にとっては、お肌の厄介な天敵でしかないのかも知れませんね(笑)

ひまわり  クリーニング屋さんによった帰り道の道沿いに、ひまわりの花が咲き誇っていました。

 太陽の日差しを浴びて、元気に微笑んでいる花…

 よく、「幸せになろうと思ったら、いつも笑顔でいなさい…」 なんて言われます。

 どうせお店で接客をされるのなら、やっぱりブスッとした店員さんよりも、例え作り笑いでも、笑顔の店員さんに接客された方が全然いいですから…

 とはいえ、あくまでも、作り笑いは応急処置にすべきです。

 生真面目な人があまりにも笑顔を意識しすぎて、一生懸命笑顔にしている姿って、ちょっとイタかったりする…

 鈍感な人には、あまり区別がつかないかもしれませんが、分かる人にはやっぱり分かります。

 もちろん、優しい人はそれに気づいても、決して口に出す事はありませんし、本当に優しい人なら、わざと鈍感な振りをしています。

 だいたい、笑顔なんて、顔の筋肉だけで作ろうとしたって出来ません。
 どうやったって、今の状態の心そのものが表情に出てしまいますから…
 例え天才俳優だって、それだけは無理です。

 自然でさわやかな笑顔はというのは、演技の中でも最も難しい感情表現で、基本、「解放」 というトレーニングができていないとどう見ても不自然になります。
(2012/5/29ブログ 「自分の性格は自在に変えられる」 参照)

 では、天才俳優はどうやって、自然で素敵な笑顔を作り出しているかというと、心をうまくコントロールして、感じたままの表情を顔に出しているんです。

 以前、二十代の松平健さんが、勝新太郎さんに演技指導されている様子のビデオ映像がテレビで放映された事がありました。

 若かりし頃の松平健さんがテレビカメラの正面に写っていて、その映像に勝新太郎さんの演技指導の声が入っているんですね…

 「いいか健… カメラを見てちょっとだけ笑ってごらん… そうすると、なんだか知らないけど、だんだんおかしくなって、自然に笑えてくるんだよな…」 とか、勝新太郎さんがカメラの横で話している…

 間違っても、笑顔をするのに、あれこれあんまり考えない方が良いです。
 考え過ぎると、どんどんおかしな事になりますから(笑)

 ひまわりの花が太陽の日差しを浴びて、そのまんま微笑んでいるイメージがいい…

 人間はどうしても、自然な笑顔になれない時だってあります。

 それは決して、心の持ち方が間違っているからではなく、心が少し道に迷って疲れてしまっているからに過ぎません。

 ひまわりの花のように、太陽のパワーをいっぱい吸い込んで、それをそのまま表現すればいいです。 

 ひまわりスマイル…
 肩の力を抜いて、気持ちを楽にして、笑顔はありのままに…

 あせらなくてもその時が来れば、心から幸せに満ちあふれ出るような、素敵な笑顔になれるはずです。


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気分どっぷりグノーシス

 今日は赤坂で、お世話になっている社長と、これからの未来のプロジェクトをミーティングしました。

 実は僕、今朝 あんまり体調が良くなかったのです…
 ここの所、原稿の仕事をずっと無理して続けたせいで、疲れが溜まっていた反動が来たのかも知れません。

 でも、おしゃれな喫茶店でミーティングしている間に、すっかり体調も元に戻りました。
  調子が悪い間、宇宙から元気のエネルギーをもらうイメージしてた(笑)

 それにしても、肉体というものを持っている人間というのは、本当に窮屈なものだ… なんて、グノーシスチックに思ってみたりして…

 最近、福岡の四柱推命の権威の鈴木基弘先生(2013/10/7ブログ 「滴天髄 ~遠い過去の師からのメッセージ~」参照)が勧めてくださった、「グノーシスの宗教」 という本を読んだせいで、どっぷりグノーシスにハマってます(笑)

グノーシスの宗教 
グノーシスの宗教
(ハンス・ヨナス著 秋山 さと子・入江良平 翻訳・人文書院刊/4800円+税)


 この本はいわゆる宗教哲学の専門書なのですが、488ページもあって、枕にするには丁度いい高さだと言いますか(笑)
 一昔前の僕だったら、多分2~3ページめくっただけで、本当に枕にして眠ってしまっていたと思います。

 何で、この本を夢中になって読んでいたかというと、今度の 「タロット講座 ~大アルカナ実践編~」 をやるにあたって、ウェイト版の作者であるアーサー・エドワード・ウェイトという人を少しでも知っておこうと思ったからなのです。

 アーサー・ウェイトの事を知ろうと思ったら、この人の根底にある思想の 「神秘主義」 というものと、「グノーシス主義」 というものが良く分かっていないと、その実態がまるでつかめないし、ウェイト版の特に大アルカナに込められたカードの真の意味というものもつかめない…

 ウェイト版って、まるで初心者向けの一番やさしいタロットみたく言われていますけど、ウェイトという人は自分の持っている哲学に対して、ものすごく真面目な人だったんです。
 まあ、アレイスター・クローリーからは、学者気取りの愚物だとか言われてますけど…

 僕はこのウェイトの哲学的な所が好きで、それが、あくまでもこのウェイト版にこだわっている理由です。

 一つ目の 「神秘主義」 は、まだ比較的わかりやすい考え方(要は、多くの新興宗教が、あたかも自分の所だけの教理のように語っているアレです…)なんですけど、二つ目のこの 「グノーシス主義」 というのは、本当につかみどころが無くて、僕もさっぱりわからなかったんです。

 講座を始める前に、そういう意味でも、一度はこの本を読んでおかなければって思っていました。

 この本をざっと読んでみて、何となくグノーシスというもののニュアンスはわかった気がします。
 でも、なんだかうまく説明できませんけど(笑)

 一つの側面だけ言えば、「我々は魂であって、肉体の中に押し込められて窮屈だ」 っていう思想ですかね…

 グノーシスって、いろんな宗教の中に存在するんです。
 マニ教、マンダ教、バビロニア教… メジャーな所では、キリスト教やユダヤ教の中なんかにも存在します。

 その宗教によって、同じグノーシスでも、禁欲主義になったり、放縦主義になったり、いろいろです。

 元々、グノーシスという言葉は、ギリシャ語の 「知る」 という意味で、以前は 「急激にギリシャ化された異端のキリスト教」 みたく捉えられていた事もありましたが、それはかなり狭い見方であって、この本の著者のハンナ・ヨナスは、グノーシスの起源は、アレキサンダー大王に一時的に征服されたオリエントにまでさかのぼる事ができる、という考えを述べています。
 つまり、キリストの生誕よりも、う~んと昔からグノーシスはあった…

 とはいえ、起源がわかってみても、グノーシスってやっぱり何だかよく分かりません。

 まあ、ものすごく乱暴にグノーシスを一言でまとめてしまうなら、「人の存在は、宇宙からやってきて、旅をしている魂だ」 って事でしょう。     本当にそれでいいのか(笑)

 ある意味グノーシスは、実存主義(「我思う、ゆえに我あり…」 という考え方で、実在主義(思おうが思うまいが、世界は存在するという考え方)の逆)とか、禅の考え方なんかに、少し共通点があります。
 まあ、グノーシスの方が、実存主義よりも、うんとネガティブチックです。
 だって、我々は肉体の中に無理やり押し込まれている…、という考え方ですから…

 このグノーシスというものの見方の欠点としては、これは実存主義にも言える事なんですけど、「この世なんて、所詮はまぼろし…」 っていう考え方ですから、人や社会の為に何かするような行為の価値が希薄になっていくというか…

 この部分が、特に一般のキリスト教なんかから、グノーシスが批判されやすい所だったりします。

 それに、グノーシスの考え方にハマり過ぎると、なんだか孤独な気持ちになりますね。
 このブログを書いていても、「本当にこうやってブログ書いている意味があるのかな…」 なんて思えてきます(笑)

 まあそれでも、たまには、このグノーシスの世界観を楽しんで、この世を旅する異邦人のような気持ちになるのも、また新鮮なものです。

 気分はどっぷりグノーシス…

 旅を終えたら、ちゃんと実在主義の世界へ戻ってきますからね(笑)


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無駄になった年月なんてない

 だんだんと、暑くなってまいりました。
 いよいよ子供たちにとっては、夏休みの始まりの時期です。

 子供の頃、夏休みが始まったばかりの時には、本当、まるで天国に昇るような、幸せな気持ちになったものでした。
   いっそ、部活も夏休みになればいいのに、って思ってました…

 まあ、今思えば、だらけた子供でしたね(笑)

 これまでの過去を振り返ると、いろいろな事がありました。

 一生懸命に頑張っていた事だってありましたけど、だらだらと過ごしてしていた時期もありました。

 過去に戻れるのなら、あのだらけていた時期に戻って、もう一回しっかりやり直したい… って、少し前までは良く思ったものでした。

 でも、今になって ちょっとだけ、自分の中の考えも変わってきました。

 確かにこの世的には、だらだらと無駄に時間を過ごしてきた時期も、案外と必要な時期だったんじゃないかな… なんて思うようになったんです。

 まあ、現実の部分だけで考えると、すごくもったいない事をしてた事になってしまうのですけど、振り返ってみると、案外そうでもなかったりします。

 いや、正確に言うと、その時点では同じ場所を堂々巡りをしていたり、足踏みをさせられていた事には変わりないんですけど、ある時点で何かに気づけると、堂々巡りをや足踏みの意味がきちんと見い出せて、その瞬間、その年月が無駄な時期ではなくなってしまう…

 人生って、本当に不思議なものです。

 だらだらと時間を無駄に過ごしてと思っていた時期も、不遇で前に進めないで満たされない気持ちで過ごしていた時期も、ある瞬間、ハッとあれはあれで良かったんだって気づくと、全部本当に意味のある時間になる…

 だらだら自堕落に過ごしていた年月も…

 結局は結ばれる事のなかった、その時つき合っていた人と過ごした年月も…

 周囲のしがらみに縛られて、不遇なまま身動きが出来なかった年月も…

 神経がまいってしまって、強迫観念におびえながら過ごした年月も…

 まだ今は、無駄にしてしまった時間だと感じているかも知れないけど、後でその意味さえ分かれば、全部自分の宝物になります。

 無駄になった年月なんてない…

 自分の未来を強く信じて気持ちを切り替えたら、精一杯の力で、好きなように歩んでいったらいいです。

 今はまだ、その年月の意味がわからなくても、必ずそれに気づく時が来ますから…


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純粋なパワーがわいてくる限り、ずっと開運期

 今日は海の日… 世の中では祝日なのですね。
 もちろん、占い師には祝日なんて関係ありません。
 逆にこうやって、鑑定のお仕事がある事に本当に感謝です。

 昨日のブログでは、また訳のわからない事を語ってしまいましたが、僕も偉そうな事を言って、今までずっと遠回りをしてきました。

 ありのままの自分が、なかなか受け入れられなかった時期が、本当に長かったんです。
 まあ、それでも今となれば、回り道をしながら覚えた事も、その時の苦しみさえも、自分の血肉になっています。

 意外に知られていませんが、立派な功績を残した人や偉人と呼ばれるような生き方をした人だって、自分をなかなか受け入れられなくて苦しんでいた人もいますし、逆にそれがバイタリティーになっている事だってあります。
 野口英世なんて、まさにその典型です。
 (2012/6/12ブログ 「偉人達の隠された葛藤の日々」 参照)

 ただ、やっぱりそのままですと、本当の幸せにはたどり着けないんですね…

 例え仮に今の自分の目標が叶った所で、自分の事を受け入れられなくて心の囚われから解放されない限り、次から次へと、いろんな悩みが頭をもたげてきます。

 こういう状態だと、例えどんなに成功をつかんだって、危なっかしいです。
 「この自分は認めるけど、こんな自分は絶対に認めない」 って、いつまでもやっていると、まるで恐る恐る平均台の上を歩いているみたいに、人生落ち着かないと言いますか(笑)

 もちろん、そういうものが向上心につながる事だってありますけど、本当の向上心はもっと明るくて発展的ですし、例えそういうものが無くたって、心の底から自然にわいてくるものです。

 人間は元来、無限のパワーを持っていますから…

 どうせなら、自分の空洞を埋めるためのパワーではなく、周りの人の幸せや社会の事を思って、義務感ではなく、自然にわき上がってくるようなパワーの方がいい…

 それで、僕が思うに、心が幸せに満たされていて、こういう純粋なパワーをわいてくる限り、人というのは、ずっと開運期になると思うんですね。

 これは例え、今の現実がどんな状態であってでもです。
 その状態はどんどん良くなっていきますから…

 仮に多額の借金があったとしても、そういうパワーがみなぎっていて、やる気に満ちている状態が続くのなら、見る見るうちにどんどん返済できていくでしょう。

 例え今、体の具合が悪かったとしても、どんどん良くなっていくはずです。
 人間は元来、自然治癒力が兼ね備わっていますし、そういう純粋なパワーは自然治癒力そのものですから…

 病気は生まれつきや遺伝から来ている要素は確かにありますけど、多かれ少なかれその人自身の心の偏りの一面が反映されていたりします。

 それで、心の状態が良くなってくると、健康状態もそれに連動して良くなるものです。
 だって、健康な状態が、本来の人の姿なのですから…

 ちなみに僕は、昔は病気の宝庫みたいな子供だったんです。
 あの頃は本当、いつも良からぬ事ばっかり考えていましたから(笑)
 (2013/1/28ブログ 「健康は気の流れから」 参照)

 それでも、ろくに病院も行かずに、自然治癒力だけで健康を取り戻しました。

 純粋なパワーがわいてくる限り、ずっと開運期…

 無限のパワーで心を満たして、幸せ全開な一生を送ろうではありませんか。


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ありのままの自分を受け入れると、たちまち運が開く

 7月も半ば過ぎて、いよいよ猛暑の時期が一刻一刻と近づいています。

 それにしても人生というのは、本当に不思議なものです。
 自分の思いただ一つで、どれだけでも幸せになれるし、反対にどれだけでも不幸になれるというか(笑)

 まだ若かった頃の僕は、「人生は成功をつかめてこそ幸せで、そうでなければ不幸だ」 とか、「彼女がいるヤツは幸せだけど、いないヤツは不幸だ」 とか、自分勝手に決めつけていたのですが、今ならそれが、いかに間違っていたかが良くわかります。

 で、そういった間違った囚われが、自分の弱点になっていたりするんですね…

 僕の場合だと昔は、「人に自分を完璧に見せたい」 とか、「恋人がいないのは淋しいし、カッコ悪い」 っていう、明らかにおかしな願望や思い込みがあったんです。
 さすがに今はもう、なくなりましたけど(笑)

 結局、こういうものに囚われている内は、いつまでたっても幸せになれない…
 完璧な自分なんて、この世のどこにも存在しないし、例え恋人が一時的に出来たとしても、いつか別れの時が来ないとも限らないですし、常に不安につきまとわれます。

 そして、こういう間違った心の囚われが、人の言動に影響を及ぼして、その人の運を傾けます。
 昔の僕は、何かとやり過ぎて、せっかくのチャンスをぶちこわしたりとか、異性の事でいつも自分で悩みを作り出したりしていましたが、その根底にはこういう間違った囚われがあったんです。

 人によっては、ちょっとした事に腹を立てて、積み上げてきたものを台無しにしてしまったりとか、お金を失う事にすごく恐怖感があって、がめつくなって人望を失うとか…
 まあ、悩みや囚われも千差万別です。

 でもって、こういう心の囚われや執着がひどくなって、しかも長期にわたると、だいたい体を悪くしますね。

 そうですね… いつも悩んでいる時に、変な力が入って力んでいる部分に関連する場所が悪くなります。
    最近、原稿の仕事に完璧主義になり過ぎてたら、体の調子悪い(笑)

 こういう囚われや悩みの全てにおいて、その根本の所にあるのは、「ありのままの今の自分を受け入れられていない」 という事だと思う…
 逆にそれさえ出来るようになれば、囚われや悩みからたちまち解放されます。

 ちなみに、「ありのままを受け入れる事」 と 「目標をあきらめる」 事は全く別物です。

 ありのままの自分を受け入れられていない状態で、しかも、自分の願望の根底にそのコンプレックスがあったりすると、どうしても地に足がついていない感じになりますし、その願望も叶いにくいです。(というより、それは心の底からの自分の願望ではなかったりします)

 自分の今のありのままを受け入れられたら、人間は本当に強くなれます。

 それによって、本当に自分の欲しいものがハッキリ分かるし、逆に要らないものもハッキリ分かる…
 その結果、努力の方向性も的を射たものになりますし、目標も断然、叶いやすくなります。

 ありのままの自分を受け入れるのって、結構勇気が要ります。
 やっぱり誰でも、自分の見たくない部分や、受け入れたくない部分がありますから…

 でも、それが出来た瞬間、心が本当の幸せに満たされるし、何より自分の事が好きになれます。
 そしてその結果、現実的な幸せもどんどん引き寄せられてきます。

 まあ、僕もこれに気づいたのは、本当につい最近なんですけど…

 ありのままの自分を受け入れると、たちまち運が開く…

 過去に誰かから言われた、自分を否定されるようなヒドい言葉は、全部忘れてしまえばいいです。
 少しだけ勇気を出して、自分を受け入れた瞬間、天からあふれるくらいに、幸せのシャワーがふり注ぎます。


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自分の弱点を知っていれば、流されにくい

 今日の千葉の天気は曇り空… ときどき雨が降ってきたりして、いつもより涼しく過ごせました。

 曇り空は、少しだけ気分がふさぐけれど、水気を含んだ湿った風がすごく心地良くて、案外好きです。

 最近の自分のブログを読んで、普通の占いというものに対して、なんか批判的すぎたかな… って、少し思いました。

 というか… これって、占い師が書くブログじゃなくて、むしろ占いを否定している人が書くような内容になっている気がします(笑)
 ひょっとすると、一部の占い師さんとかに煙たがられているかも知れません。

 ただ、僕の価値観では、「星の配置で、これから二年間低迷期になってます」 とか、「あがけばあがく程、ドツボにハマるから、家でじっとしていた方が良いです」 とかって、もう絶対にあり得ないです。   …って、やっぱりこういう展開になる

 まあ、中級編に参加してくださった、東京白山・自由が丘の女性専用占いサロン 「ひなた」 の綾野結麻先生なら、きっと僕の意見に手をたたいて賛同してくださるでしょうけど(笑)
 (2/19ブログ 「進化する四柱推命」 参照)

 僕の中では(というか絶対に…)、「この時期だから、運が開かない」 なんてあり得ない…

 運が開かない事に時期なんて関係なくて、その要因がハッキリわかってそれが解決できれば、どんな時期でも運は開くし、人は幸せになれるはずです。

 じゃあ、占いで何がわかるのかと言ったら、この時期にはどんな要因が障害になりやすいか… という事です。

 だから、十二年間の中で、二年もしくは三年、定期的に運が開かない時期があるなんてナンセンスだし、だいたいあの手の占いだと、運を阻害する要因が何かすらもハッキリしないです。

 まあ、ああいう類いの占いは、とっくに時代遅れですから、もうこれからの21世紀は通用しないでしょう。
   そういえば、最近メディアであの人見なくなった…

 そうは言っても、もちろん、誰だって今すぐ運が開いて幸せになれる… なんて綺麗事に過ぎないし、それがそんなに簡単な事ではないのも、良くわかっています。

 運を阻害する要因なんて、人によって千差万別ですし…

 「何事にも、ついやり過ぎて失敗しやすい」 とか、「異性に関心がいきやすくて、自分から悩みを作ってしまいやすい」 とか、「賭け事が大好きで止められない」 とか、「すぐにカッとなって自分から運をぶち壊す」 とか、「お金に対して執着しすぎて嫌われる」 とか…
 運を阻害するパターンなんて、あげたらキリがありません。

 僕自身の場合はおそらく、はじめの2つです。
 だから、そうならないように、いつも気をつけています(笑)

 とはいえ、こういった一見千差万別にみえる、運を阻害する要因となるものも、元をたどれば、一つの所に集約できるような気がします。
 長くなりすぎるので、それはまた、明日のブログにでも書こうと思いますが…

 人は弱いから、自分の弱点は分かってはいても、どうしても多少は流されて行きますね。

 それでも自分で自分が陥りやすい傾向を、知っているのと知らないのとでは、大きな差が出るし、自分の弱点を知っていれば、早く くい止められます。

 これからの時代の占い師に求められてくるのは、こういう事を踏まえながら、いかにして、お客様の運が開くお手伝いができるかという事のような気がします。

 その為にも、占い師自身の足元がぐらついていたら、話が始まりませんから、まずは自分がブレないようにしなければいけません。

 まあ、逆に言えば、こういう所をブレないように気をつける事で、占い師自身も幸せになれますから、一石二鳥で丁度いいです。

 僕は自分で言うのもなんですけど、本当にゆるい人間なんです。
 放っておくと本当、いつでも楽な方に流されていきます。

 でも、この占い師という仕事について、本当に良かったと思えるのは、この仕事に誇りを持っている事で、いつも何とか自分を取り戻す事ができていたりする事です。


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人生はオセロゲーム

 昨日はお世話になっている社長にお食事に誘って頂き、デザートに美味しいケーキセットをごちそうになりました。

 ここの所、東京に進出する事に対して、あまりにもいろいろ気負い過ぎて、すっかり煮詰まっていたので、相談に乗って頂いて、すっかり肩の荷が下りた感じでした。

 まあ、あんまり無理しないで、少しずつ行こうと思います。
 人生はまだまだ、先が長いはずですから(笑)

 今までこうやって生きてきて、本当、人生ってオセロゲームだな… って思ったりします。

 僕はそこそこ、オセロゲームが強かったんです。
 オセロゲームには、四隅を取った方がかなりゲームを有利に進める事ができるという法則があるのですが、小さい頃、年の離れた兄から、どうやったら四隅を取れるかをいう方法論を教わってからというもの、ほとんど負け知らずでした。

 でも、5年ぐらい前、すごくオセロゲームが強い女の子と知り合ったんです。
 その女の子にだけにはどうしても、何回オセロゲームをやっても、一回たりとも勝てませんでした。

 4つある四隅の3つぐらいは僕が取っているのに、なぜか毎回負ける…
 しかも、かなりの大差で…

 やっぱり頭の構造の違いですかね… 彼女は天才でした。
 僕には絶対に追いつけない領域です。

 なんだか話がそれてしまいましたが、人生ってオセロゲームに似ているような気がします。
 一回ひっくり返されても、また次の一手で場面をひっくり返す事ができる…

 だから、目の前の事に一喜一憂しないで、常に大局を見ていかなければいけないと思うし、一見自分に損になるような事でも、後々大きな布石になる事もあります。

 例え落ち込むような事があっても、希望を捨ててはいけないし、ヤケになる必要もありません。
 人生、塞翁(さいおう)が馬なんだから…
 (3/13ブログ 「人生、塞翁が馬」 参照)

 村野先生なんて、ラインを乗っ取られて、ニセモノになり変わられて好き放題されて、本当あれはシャレにならない… と思ったのですが、やっぱりそれによって、いろいろ得ているものだってあったりしますし(笑)

ほのぼの占い師 “村野大衡” LINE乗っ取り事件、その後の結末。

 人生はオセロゲーム…
 大きく負けた後には、大きく勝つ事も出来るから…

 焦らないで、大局を見ながら次の一手を打ち続けている限り、多少の浮き沈みはあっても、着実に手は広がっていくものです。


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公私混同しない人が人生を制する

 今日も太陽がギンギンに照り輝いて、とっても暑くなりそうです。

 僕も昔は、生きていく為にいろんなアルバイトをしながら生活してきました。
 まあ、人生の明確な目標があったから、社員とかになりたいと思った事は今まで一度もなかったし、お誘いを受けてもいつも断り続けてきました。

 今こうやって独立して、自由の身で働いてみて、これまでにない充実した人生を送らせて頂いています。

 でも、バイトでも何でも、会社とか組織に所属していると、良い事もあります。
 収入が安定していたり、社会保険に入れたり、会社の福利厚生施設が利用出来たり…

 せっかく会社に所属している特権なのですから、こういうものは有意義に活用したらいいと思います。

 ただ、甘えられる所は甘えてもいいけど、一つだけ忘れてはいけないのは、組織にマイナスを与えてしまう事だけは極力しない事だと思う…

 これをやったら、会社にマイナスを与えるな… と思ったら、どんなに社員の特権であっても、やっぱり甘えない方がいいと思うんです。

 僕が昔、お世話になっていた会社は、自分を向上させる為に買った良書は、領収書と買った本の名前がわかれば、全部会社が代金を払ってくれるという特権があったんです。
 社員の教育を考えた、立派な経営者の方でした。

 僕は本が大好きですので、こんなありがたい話はないんですけど、結局一回たりともこの特権を使いませんでした。
 欲しい本は、全部自分のお金で買っていました。

 やっぱりこういう本って、自分のお金で買うべきだと思ったんです。
 せっかく経営者の方が考えてくださった訳ですし、甘える事が絶対に良くない事だとまでは思わないけど、僕には出来なかった…

 だって、僕が3,000円の本を買ったら、会社の利益が3,000円分マイナスになる訳ですし、やっぱりそれはしない方がいいと思ったんです。

 良く聞く話ですけど、会社の物を自分の物のように、平気で利用しちゃう人がいます。

 会社から渡された携帯電話で、自分の私用の電話をどんどんかけて、毎月それがすごい額になっているとか…

 家に帰りたくないものだから、仕事をする訳でもないのに会社に毎晩泊まって、いつもクーラーを掛けて広い部屋をギンギンに冷やしているとか…

 出張中に、接待費用でもないのに、一人でとんでもなく高価な食事をして、それを平気で経費として会社に申告するとか…

 こういう人って、僕からしたら絶対にあり得ない…
 僕が経営者だったら、絶対に雇いたくないですね(笑)

 まあ、そういう僕も昔は若気の至りで、そこまでひどい事ではしてないけど、軽い気持ちで公私混同していた時期もありました。

 今から20年ぐらい前の事です。
 その頃は、ケンタッキー・フライドチキンにバイトしていたんですけど、あそこのチキンを入れる箱って、何気にオシャレなんです。   と、当時の僕は思った(笑)

 スナックボックスとか、シャープペンや消しゴムを入れる箱にピッタリだし、チキンを10ピース入れるバケツ(バケツの形をした紙の容器)なんて、小物入れとして部屋に飾っておくだけで、レアなファッションだったりします。   と、当時の僕は思った(笑)

 それである日、バイトが終わった帰り、悪気なしにスナックボックスとバケツを片手に、店長に 「お先に失礼します」 って挨拶したら、しっかりとめられて、たしなめられました(笑)

 どうせ経費なんて数十円ぐらいのものだし、みんなうっかり落としたり、チキン入れ間違えたりで、度々ロスになっているから、少しぐらいいいだろ… とか思っていたのですが、今考えると、やっぱり良くないですね。

 資材の損失を会社に与えるという意味よりも、むしろその心の持ち方に問題があったと思います。

 一見、そんな風に考えるのは堅苦しすぎるって思われるかも知れないけど、やっぱり、こういう所で公私混同してしまうと、自分の運も開かないです。

 だって、その時にあるのは、「会社なんてどうでもいいから、自分だけが得しよう」 という心だから…

 こういう考え方でいると、いつまでたっても大局が見えないというか、少なくとも人を動かしたり大きな事をやる立場には立てない…

 だから、本当にそのスナックボックスとバケツが欲しかったら、やっぱりお店でチキンを買うべきだし、ちゃんとそうしようとする人が運が開くのだと、今ならわかります。

 公私混同しない人が人生を制する…

 それができる人は、どんな組織にいたって、愛されるし重宝されます。
 そしてやがて、大きな役割を担って、素晴らしい人生を制する事ができるはずです。


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今となってはそれも宝物

 今日は太陽の日差しがずっと照り続けていて、さすがの寒がりの僕にも、やっぱり暑かったです。

 ちょっと外にお出かけして、家に帰ってくるだけで、グッタリとしますね。
 クーラーを最強にして涼むと、本当に気持ち良くて… 思わず眠ってしまいそうになります(笑)

 今までの自分の過去を振り返ると、ここまでずいぶん長い道のりでした。
 たくさんの人から叱られた事が、今では宝物のように思えるから不思議です。

 色々といっぱい教わったな…

 言いづらい事でも正しい事を指摘してくれた人がいるから、今の僕があると思う。

 僕もそろそろいい年になったし、今度は自分がそういう事を伝えていく番かも知れないと思い始めています。

 本当は人にうるさい事を言うのも、いちいち細かい事を指摘するのも、自分の柄ではないと思っていたし、今までそういう事から逃げてばかりいたけど、この先もしも人を雇う事になったりしたら、そういう事も免れないと思うし…

 心に響くような厳しい言葉を掛けてくれた人には、今でもすごく感謝しています。
 でもやっぱり、随分とヒドい言葉で傷つけられた思い出もあったりします。

 さっき、叱られた事が全部宝物に思えると書きましたが、それは、こうして今、自分がそこそこの幸せになれたから思える事であって、その時はそのヒドい言葉が心に刺さって、ずっと悲しくて、何もやる気が起きなくなってしまったものでした。

 一体、叱る人によって、何でこんな差が出るんだろう… って、思うんですけど、多分その人が何を対象に言葉を発しているかにあるような気がします。

 僕の所には、日本中のたくさんの人から、いろんなメールが届いて、中々すぐに返信できなかったりするのですが(笑)

 先日、ある人から、職場のたくさんの人から指摘を受けた… っていうメールが届いたんです。

 僕の経験上、人からの指摘というのは宝物だと思っていたから、そんな内容の事を書いたメールを返信しました。

 でも、その後、どんな指摘を受けたかが具体的に書かれたメールが来たんですね。
 どうやら、「やる気がなさそうで、腹が立つ」 とか、「暗いから、イライラする」 とか、そういう事を言われたらしい…

 まあ、確かにこういう指摘も、時がたてばやがては宝物になるのでしょうが、僕が思うに、こんな風に、その人の人格を否定して傷つけるような叱り方をする人は卑怯です。

 「お前の事を思うから、キツイ事を言うんだ」 って、もしもその人が言うのなら、それは嘘で、ただ自分の感情やイライラをぶつけているだけです。
 根本的にこれは、憎しみのエネルギーから発せられた言葉でしかないです。

 その人を良くしてあげようとかなんて、全く考えていないし、少しでも愛があれば、こういう言い方にならないです。

 だって、こんな言葉を浴びせられたら、本人はもっとやる気が出なくなって、暗くなります(笑)

 そうではなくて、指摘をするのなら、一つ一つの行為に対してダメ出しをする…
 本人に、どこがダメかわかるように、できればより具体的な方がいいです。

 例えば、ちゃんと確認しないでミスばっかり連発する部下に対しては、「一つ一つ確認する事を怠るな」 とか、「机の横に確認する事を、ポストイットで貼って、一回一回チェックしろ」 とか…

 だいたい暗い人に、「イライラするから、明るくしろ」 って言って、明るくなれるもんじゃないです。そういう事を平気で言っちゃう人は、優しくない…

 いろんな不安や怯えがあるから、暗い表情になっている訳で、別に暗くして職場を盛り下げてやろうと思っている訳ではないんですから…

 だから、もしもそういう人を明るくしようと思ったのなら、気持ちを盛り上げてあげるしかないと思うんです。

 「君、少し暗くてやる気なさそうな感じが、アンニュイでおしゃれだけど、やっぱり、明るく振る舞っていた方がもっと素敵だよ。さあ、一緒に、このお店の売り上げをあげるにどうしたらいいか考えよう」 みたいに(笑)

 それでも変わらなかったら、部署を変えるか、辞めてもらうしか方法がないかも知れないけど、頭ごなしに、「暗くて腹が立つ」 とか言って、相手の人格を否定するのは、上司だろうがなんだろうが、僕から言わせたら絶対にありえないです。

 というか、そうやって平気で人を傷つけてしまう、自分の憎しみさえもコントロールできていない人は、上司という立場になってはいけませんね。

 もちろん、厳しい言葉を使ってはいけない… という意味ではなくて、明らかに誰が見ても間違っている考え方や行為に関しては、きちんと本人にわかるように厳しい言葉で示すべきです。

 仕事中に店でエロビデオ見てました(笑)… って店員がもしもいたとしたら、そういう行為に関しては、厳しく徹底的に追及しなければいけないと思うし、場合によってはそれなりの処分も必要でしょう。

 人を使うような立場に立ったら、こういう使い分けが必要になってくるんじゃないかなって、僕は思うんですよね…

 僕も今までいろんなアルバイトをして、いろんな人に使われる事で、たくさんの経験を積んできました。

 確かにその時は傷ついた事もあったけど、今となってはそれも全部宝物です。

 そして、痛い目にあったからこそ、もしも自分が人に指摘する立場に立った時、そこの所だけは自分は絶対にブレないようにしようと思うんですね。

 P.S.
香港のお土産 四柱推命講座の受講生でもある、鹿児島の麗貴さんから、西の吉方位の上海のお土産が送られてきました。

 中を開けたら、上海の蓮子香甜(ハスの実)と、お茶が入っていました。

 左の袋の中の飴みたいに見えるのは、お茶の葉で、お湯を入れると花が開くとの事…

 ふむふむ… 1回目のお湯は軽く注いで捨てて、2回目から数回はお茶が飲めるそうです。
お茶 こ、これは、すごいです!

 本当に花が開きました。

 ハスの実を食べながら、この後、お茶を5杯もお代わりしました。


 麗貴さん、香港のお土産、ごちろうさまでした(^^)


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一見損をしている人が得をしている

 だんだんと、夏らしくなってきました。
 この時期は不思議と、なんだかワクワクしてきます♪

 学校に通っているならば、あと1週間で夏休み…

 僕は毎日が仕事であって、毎日が休みみたいな、不思議な生活を送っています。
 気分的には、ずっと夏休みの研究課題をやっているような感じですね。

 忙しいけれど、楽しいと言いますか…

 でも、今 僕が置かれているような状態に、世の中の人が置かれたら、おそらく半分近くの人が、ダラっと遊びほうけてしまうような気もします。

 やっぱり人は管理されていないと、どうしても気持ちがゆるくなるし、いくら自分に、気合い入れてやらなきゃって言い聞かせてみても、どうしてもだらけてしまうと思うんですね。

 体を鍛えていない人が、一人で重い荷物を運べないのと同じで、それでも誰かから追い立て回されれば、嫌々でも運ぶ事になるんでしょうけど、そういう事でもなければ、「これは自分には無理」 って言い訳して、きっとほったらかしになります(笑)

 やっぱりある程度は、人は厳しい環境で鍛えられて強くなるのだと思う…

 元経団連会長の故・平岩外四さんと共に過ごした、太平洋戦争でニューギニア戦線に配属されて、生きるか死ぬかの視線をさまよった7名の生き残りの人達は、日本に帰還した後、みんな大成功者になっているそうですけど、それもうなずける気がします。
 (2013/10/29ブログ 「幸せになる量は器の大きさで決まる」 参照)

 そう考えると、若い頃の少しきつかった時代も含めて、僕は本当に人生に恵まれていたなあ… と感じます。

 そうそう… 先日読み直した斎藤一人さんの 「微差力」 という本の中に、実に興味深い話がありました。

 天才って、天才がわかるんです。
 昔、家康が天下をとる前の徳川家って、今川家の属国だったんです。
 徳川家は、家康が人質にとられているから、今川には逆らえない。だから、いつも戦うんだけど、戦に勝っても恩賞がないんです。今川家は恩賞もくれなかったんです。
 と、ここで、普通の人は 「徳川家が損している」 と、思うんですよね。
 ところが、秀吉が足軽のときに、それを聞いて、こう言ったのです。
 「そんなことしてたら、徳川家だけが強くなって、たいへんなことになっちゃう」
 さすが、天才・秀吉、着眼点が違いますね。
 恩賞ももらわないではたらくクセがついたら、エライつわもの集団になってしまうんですよ。戦上手になっちゃう。
(斎藤一人 著 「微差力」~微差って、スゴイ!~より抜粋)


 この話、会社に勤めている人にも、あてはまります。
 よく、仕事が楽で、しかもお給料がいい会社に、みんな憧れます。
 間違っても、仕事がきつくて、お給料が安い会社なんて、誰も行きたいなんて思いません(笑)

 だから、仕事が楽な会社で働いている人は幸せで、仕事がきつい会社にいる人は不幸だ… って普通の人は思うけれど、僕が思うに後々の人生の事まで考えたら、むしろこの逆です。

 斎藤一人さんも、うまく行かない人は、「同じ給料なら、はたらかない方が得だ」 という風に考える、とおっしゃっていましたが、まさにその通りです。

 今になって僕も、それがしみじみと分かりますね。

 それに、自分だけが得をしようと思っている内は、いい仕事なんてできないと思う…

 雇われている内は、まだそういうのがダイレクトに自分に跳ね返ってこないけど、独立したらもろにそれが自分に跳ね返ってきます。

 さっきの本の中のお話は、実際に足軽の秀吉が言った訳ではなくて、おそらく斎藤一人さんの創作だとは思いますが、それにしても、うまく作っています。
 本当に秀吉が言いそうですもの…

 一見損をしている人が得をしている…

 やっぱり人生は公平です。
 頑張った分だけは、必ずいつかは恵みが返ってきますから、すぐに自分の得にならなくても、どんどん幸せのタネをまき続けようではありませんか。


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どの選択をしても、ちゃんと一つの所にたどりつく

 ワールドカップの栄冠は、ドイツの手に渡ったのですね。
 さすが常勝国… 本当に強いです。
      フランスを負かしただけはある…

 僕は今、追いかけ回されるように、目の前の仕事に追われています。
 それだけ忙しいのだから、相当に収益を上げているのだろうと思われそうですが、とんでもない…

 むしろその逆です。
 ハッキリ言って、お金の掛かる事ばっかりに忙しい(笑)

 要は、いろんな業者との契約にかかるお金ですけど…

 忙しい上に、出費がかさんで、だんだん首が回らなくなってくると言いますか…
 まあ、これでも極力出費を抑えているつもりですけど…

 それで、一番時間が取られるというか、悩ましいのが、どの業者さんを選べばいいかという決断です。
 同じ業種の業者さんなんて、ごまんといますし、インターネットで検索すると、どれだけでも無尽蔵に出てきます。

 やっぱりお金がかかる事だし、自分の未来のビジョンもそれによって決まってくるだろうからと思って、慎重に検討していると、いつの間にか時間がどんどんと過ぎていきます。

 魅力的なサービスや物件なんていくらでもあるから、ブックマークがどんどん増えていくと言いますか…

 こんな事やっていると、永遠に決まらないですね。
 
 それにホームページ上の広告で、完璧に100%自分の基準を満たす所なんて、そうそう見つかりません。
 良いサービスや物件は、それなりにお金もかかるし…

 探し続ければ、探し続けるほど、気力がそがれていくと言いますか、何だか疲れて、もうどうでもいいや… って気持ちになっていきます(笑)   いかんいかん…

 で、僕が思うにこういう時は、どれでもいいから目についた業者に連絡を入れちゃった方が早いです。

 確かに電話をかけたり、問い合わせメールを出したりするのって、面倒です。
 それに、「決めた訳じゃないのに、相手の人に手数を掛けさせて、それで契約しなかったら悪いな…」 とか考えると、やっぱりもっとホームページを検索し続けて、完璧に気にいった業者を見つけた方がいいかな… って気持ちになってきます。

 そうすると、いつまでたっても、インターネット巡りが終わらないと言いますか、永遠に決まりません。

 確かにずっとネットで探し続けている内に、とんでもない掘り出し物が見つからないとは限りませんが、大体は似たり寄ったりの物件やサービスです。

 だから、ある程度の目途をつけて、自分の基準を100%満たす所じゃなくても、どれか適当な業者にコンタクトを取った方が早いんじゃないかな… って気がします。

 その業者がひょっとしたら、ホームページに書いていない自分の要望を聞いてくれるかも知れませんし、逆に、「ここはダメだな…」 って見切りがハッキリつくかもしれない…
 それによって、自分の選択肢が限られてくるし、未来が近づいてくるような気がするんです。

 業者の選択によって、この先の自分の運命が決まってしまう… って深刻に考えると、何も決められなくなってしまいますが…

 僕のマンションの近くでは、新しいマンションが建ち始めていて(7/10ブログ 「最初は何もない所から始まる」参照)、今もハンマーの音が聞こえてきます。

 どっから集めてきたのか、たくさんの鉄骨や壁材なんかの資材が、いっぱい置いてあります。

 でも、その資材をどこから集めてきたかなんて、そんなに重要な問題ではなかったりする…
 多少コストが違うという事はあるかも知れませんが、形は全く同じだし、どうせそこに同じ建物が立つのだから…

 どの業者に資材を頼んでも、同じものが出来ます。
 きっと、人の未来だって同じだと思う…

 それにひょっとすると、その連絡を取った業者にお世話になるか、ならないかという事も、未来の世界では決まっているかも知れません。

 どの選択をしても、ちゃんと一つの所にたどりつく…

 だから安心して、迷い過ぎる事なく、決断していこうではありませんか。   まあ、タロットで決めるという手も、一応ありますけど…


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今出来る事がいくらでもある

 今日は朝早く起きて、近所のホームセンターに延長コードと白色球のクリップライト(仕事で使う…)を買いに行きました。

 気がつけば今日は日曜日… いつもなら、また徹夜で講座というパターンなんですけど、今日はちょっと違います。

 クリップライトが意外に高くて、延長コードと合わせて5千円を超えてしまいました…
 ちょっと財布が痛いと思っていたら、なんと5千円枚に1枚もらえる福引券がもらえました。

 早速、ガラガラまわすやつ(名前忘れました…)を1回だけやったのですが、いきなり見事2等賞… ユニディ商品券を頂いちゃいました!

 やっぱりパリから帰ってきてから、確実にクジ運良くなっています。
 これは偶然とは思えないというか…

 じゃあ宝くじ買えよ… って言われそうですが、僕、あんまりそういうの興味ないんです。
 当たるか当たらないかって、ハラハラドキドキするのが嫌いだというか…
 それに、多分当選発表を見るのを忘れて、そのまま1年間放置すると思いますし(笑)

 家に帰って、ちゃんとライトのスイッチがつくかどうかを確かめて、早速今日も仕事です。    原稿の最終チェックです

 正直な所、5千円で財布が痛いって言っているくらいですから、そんなに優雅な生活を送っている訳ではないんですが、僕は本当に、今充実していて幸せだと思う…

 確かにもっとお金があれば、仕事を手伝ってくれる人を雇いたいし、都心のど真ん中に広いオフィスを持つのもいいなと思うけど、やっぱりそれは今の僕の身の丈に合っていない気がします。

 まあ徐々にこれから少しずつ、自分の身の丈を立派にしていって、そういう事も出来たらいいとは思っていますが、今すぐはまだ早いと、自分で感じているんです。

 いつも無い物ねだりをして、だから自分は不幸なんだ… という結論に行きつく人がいますが、僕はむしろ、今自分に与えられているものに感謝したいと思う…

 どんな状況であっても、出来る事はいくらでもあると思うんです。

 要は、その方法を思いつけるかどうかで、全てが決まるような気がします。

 これは僕の経験上ですが、そういう方法って、頭でうなりながら必死に考えても、良いものは出てきませんね。
 もちろん、一生懸命考える事自体は悪い事ではないですけど…

 そうではなくて、今の自分の環境に感謝していると、ふと自然に今やるべき事が見えてきたりします。
 だから、僕はいつも忙しいです(笑)

 いや、本当はこの忙しいというのも言い訳で、やっぱり能率の悪い仕事してるし、細切れの時間はあるのに上手に活用出来ていなかったりしてるから、ホントはまだまだやれる事はあるような気もしなくはありません。

 今、思うのは、こんな僕の事を信じて認めてくれたり、こんなブログを読み続けてくれる優しい人達に、少しでも恩返しがしたいという事です。

 それにもかかわらず、今の僕はあまりにも非力で、あげくに時間に追われて何も出来ていない…

 でも、ちゃんと少しは前に進んでいます。

 もう少し力がつくまで、どうか待っていてくださいね。


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全てが一体になって、奇跡が起こる

 東京オフィスに行ったら、注文した本が届いていました。
 世界的な氣孔家・三好宗彰(みよし むねあきら)先生の 「奇跡の氣孔」 という本です。

奇跡の氣孔 すごく読みやすくて、思わず引き込まれてしまう(特に後半部の三好先生の修行のお話の部分)本だったので、満員電車の中で一気に読めてしまいました。

 僕は三好先生を良く知っているので言えるのですが、この本に書いてある、にわかには信じられないような数々の話は、全部本当のお話です。

 例えば、複雑骨折でまっすぐ立つ事もできなくて手術を余儀なくされていた重症の患者さんが、三好先生の施術を受けたら、その場で歩けるようになって、連れてきたタクシーの運転手さんが驚かせた話とか…

 一つ一つあげたらキリがありませんけど、前半部には、そういうお話がいっぱいのっています。
 骨折だけにとどまらず、いわゆる難病とされていたような様々な病気も、治されます。

 まあ、理屈では説明できません。

 初めてそんな話を聞いたら、にわかに信じられないというか、「それって、怪しくね…」 って思われそうですけど、繰り返しますが、全部本当の話です。

 なんでそれを断言できるのかと言いますと、実際に自分が体験したからです。
 (2012/5/22ブログ 「気功の達人」 参照)

 あの時は本当、現実の世界にこんな事があるのかと、自分の観念が破れました。

 それにしても、今回この本を読ませて頂いて、三好宗彰先生はすごい人だと、改めて認識しました。
 まさに、世界レベルの気功の達人です…

 僕は実際に自分の体で体験したし、目の前で、いともたやすく人の首の骨を外して調整をして、また元通りにはめる所も見たのですが、三好先生があまりにも簡単そうにやられるので、つい誰でもコツさえつかめば同じ事ができるんじゃないか… って思えてしまうのですね。

 もちろん、見よう見まねでやったら、危険極まりない行為です。

 でも、この本を読むと、あそこまでの技を習得されるのに血のにじむような苦労をされていた事がすごく良くわかりました。

 本の後半部には、中国に渡って厳しい師匠の手ほどきを受けた、地獄のような特訓の日々の事が書かれています。

 鬼のように厳しい師匠から、訳も分からず背中をけられて池に突き落とされたりとか、まあ現代では考えられない超スパルタ教育です。

 ところがその鬼のような師匠は、いつもにぎり飯を作ってくれたりとか、三好先生に何度何度も、自分の体を練習台にして、うまくいくまで関節を外す練習をさせてくれる…
 最初は中々うまく行かないものだから、そのうちに、師匠の関節は腫れあがってしまったそうです。

 一見、鬼のように見えて、本当は仏のように優しい師匠だったのですね…

 最後のくだりには、三好先生が師匠の勧めを受けて、少林寺拳法の道場に入門する話が書かれています。
 僕がこの本で、一番ハラハラしながら読んだのがこの部分です。

 道場などといっても、我々がイメージするような道場ではなくて、腕自慢の猛者達による生きるか死ぬかのサバイバルの世界です。
 そして、その中で一番強い相手を倒した三好先生は、道場の卒業の仕上げとして、獰猛な虎と戦う事になるのですが、これがすごい…

 あまりにもすごい話なので、まるでフィクションのようにも思えてしまうのですが、全部本当の話です。
 実際の三好先生の鉄のような体と、虎の爪痕を見たら、納得するはずです。

 読み物としても、お勧めの一冊です。

  奇跡の氣孔
 (三好宗彰著・中央アート出版刊/1,600円+税)


 この本のタイトルですが、「氣」 という特殊な文字が使われています。
 「氣」 は、繊細で特殊なものだから、誰でも扱えるものではないし、三好先生も自分一代限りのものだとおっしゃっていました。

 患者さんの症状や状態によって、技法術は座る位置から手の置き方から、いろんな型があるのですけど、その時の正解は、たった一つしかないそうです。
 その位置のその型のその 「氣」 でないと、技法術はなりたたない…

 これは一般的な科学では、説明のしようがありません。

 あえて言葉にすれば、頭の中で視覚化したイメージが瞬時に物質レベルまで反映されて、異常がある所を本来あるべき状態に戻すという世界…

 この本に書かれている、一見、目的が理解できないような苛酷な修業を全て修得された三好先生だからこそ、成し得る技なのでしょう。

 そして、その時に必要になってくるのが、完全に相手と一体となって集中するという事だそうです。
 ちょっとでも、集中力が欠けたらできない…

 奇跡というものは、やはりこういう時に起こるのでしょう。

 全てが一体になって、奇跡が起こる…

 もちろん、我々一般人が三好先生のような技を使いこなすのは、絶対に不可能です。

 でも、ひょっとするとこの事は、どんな仕事にも当てはまる真髄なのかも知れません。


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きっと天に守られている

 日本をゆっくりと横断していた台風8号は、温帯低気圧に変わってしまったようです。
 いよいよこれから、本格的な夏が近づいているんですね。

 毎日生きていると、調子の良い日もあれば、なんだか調子の悪い日もあります。
 とはいえ、鑑定に関してだけは、僕もプロですから、日々のコンディションに振り回されないようにしています。

 実は一昨日あたりから、どうも調子が悪くて、ずっと、チグハグな事ばっかりやっていたんです(笑)

 傘を持っていくのを絶対に忘れないようにしようと思って、玄関の鍵をしめて外に出てみたら、傘持っていなかったりとか…

 勘違いしたまま、ずっとパソコンで意味のない作業をして、時間を無駄にしてしまったりとか…

 今日はやけに携帯が鳴らなくて静かだと思いながら、ふと画面を見たら、ずっと圏外表示になっていて、おかしいと思ってauショップに行ってみると、内蔵されているIDチップが接触不良になっていたりとか…
 まあ、早くわかって良かったんですけど(笑)

 何をやってもうまく行かなくて、前に進めない時って、やっぱり気持ちが焦ります。
 自分に腹も立ってきますし…

 でも、こうやって空回りしている時は、あんまり頑張り過ぎない方が良いのかも知れないと、ふと今日、そんな思いにかられました。

 僕はいつもこういう時に、負けを取り戻そうとして、勢いだけで頑張ってしまう事が多かったんです。

 多分、頑張る事自体は悪くないと思うんですけど、問題はそういう時、ただガムシャラになる事で、すごく大事な事を忘れていた事に気づいたと言いますか…

 少しだけ、自分の力を過信しておごっていた… という感じがするんです。
 何か謙虚になって、自分を振り返るのを忘れていたというか… 

 我々は、あんまり意識する事はありませんが、きっと誰もが、天というか、目に見えないものからの応援を受けていると思うんです。
 ところが目の前の事に煮詰まって、躍起になっていると、どうも自分一人だけで頑張っているような気持ちになってしまってくるというか…

 そういう時って、例え大勢の人ごみの中にいても、何だかすごく孤独を感じたりします。

 まあ、天とか、目に見えないものの応援とか言っても、何の実体もないし、こんな話していると危ない宗教みたく思われそうですけど…

 ただ、一流の芸術家とかアーチストとか、場合によっては経営者の人なんかでも、みんな、天から力をもらっているとか、みんなそういうちょっと不思議な事を言われるんですね。
 別に変な宗教をすすめるつもりは、これっぽっちもありませんが(笑)

 天が守ってくれてるって信じる事ができると、不思議と孤独を感じなくなるみたいです、

 それに目の前の事がすんなりうまくいかない時も、焦って自分を見失わないようになります。

 物事が前に進まなくて、無駄になったと思える時間も、決して無意味ではなくて、謙虚になって自分を振り返れば、そこにはたくさんの学びがあるのかも知れません。

 きっと、天に守られている…

 誰もがみんな、道を間違える事だってあれば、道を見失ってしまう事だってあるでしょうけど、その時は一人でガムシャラに頑張り過ぎないで、謙虚に振り返って学んでいければいい…

 そしてそのまま、それを信じて、道を歩き続けていこうと思います。


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最初は何もない所から始まる

 僕の住んでいる千葉県の松戸は、台風が近づいているせいか、どんより曇り空です。
 おかげで、風が涼しくてとっても気持ちいいです。
    ポジティブ思考…

 台風付近の皆さまは、通り過ぎるてしまうでは、どうか十分に警戒してください。

 最近、僕の住んでいるマンションの近くに、新しいマンションが建て始められました。

  建築現場

 元々この場所は、ガレージになっていました。

 この所、忙しくてバタバタしていたので、今まで気に留める事もなかったのですが、いつの間にかずい分と出来上がっているではありませんか。

 なんか、感慨にふけってしまいました…

 何もなかった場所に、日本中のあちこちから鉄骨やら、壁材やら、いろんな物が持ちよられて、組み合わされて形になっていく…

 こういうのって、気がつかないうちに作業が進んでいるんですね。

 物事が成就する時というのは、全てこういうもんなんじゃないかなって思う…

 今はまだ、土台と1階部分しか出来上がっていませんけど、これからどんどんと出来上がっていくんでしょうね。
 一体、何階建てになるのかは知りませんが…

 僕は、物事ってなんだって、始めてしまえば出来るんじゃないかと、思うんですよね。
 よっぽど、無茶なものは別としても…

 そんな事言うと、無責任な事言うな… って声が飛んできそうですけど(笑)

 もちろん、一生懸命頑張ったのに途中でとん挫… っていう事だってあるかも知れません。
 でもそれは、頑張ってきた事が何もかも無に帰す… っていう事ではありません。

 実現はしなくても、頑張った事は無駄になった訳ではなくて、全部自分自身の血肉となって蓄えられている…

 だから、とん挫するのを恐れて、自分の本当に叶えたい夢をあきらめたらダメです。
 例え、占いで 「あきらめろ」 って出ていても(笑)

 だって、未来って変えられるんですから…

 僕には昔、30代のうちに、世の中に1冊でいいから本を出しておきたいっていう夢があったんです。
 だからその頃は、ろくに毎日を楽しむ事もなく、時間さえあれば家にこもって、本の事ばかりに没頭していました。

 結局その計画はとん挫して、その時の原稿は日の目を見る事もなく、40歳を迎えた時、一時的に虚脱状態になってしまいました。
 でも今思えば、あれで良かったんだと思う…

 その時頑張った経験は、僕の宝物です。

 あの頃、必死になって調べ物をしたり、文章を何度も何度も書き直して練り込んだりしていましたが、あの経験がなかったら、今の僕はなかったと思いますもん…

 僕は自分で言うのもなんですが、運はかなり良い方だと思います。

 でも、その 「運」 というのを、そういう風に今までコツコツためて、つくってきました。
 別に吉方位を取りまくる事によって、運をためた訳じゃなくて…

 占いの中には、吉方位以外にも、いろいろな開運策と呼ばれるものがあるけど、僕が思うにそういうものは、物事を成就する為の最後の仕上げとして使うのがいいのであって、人生の目標がそういうものになっちゃったら、本末転倒だと思うんです。

 もしも今、自分のフィールドがただの空き地だったら、あちこちから資材を集めて準備を始めたらいいです。

 やがてコツコツためた努力は、時間は掛かったとしても間違いなく、自分の人生にかえってくるはずですから…


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未来の幸せがリアルに想像できれば、優しくなれる

 今日の関東地方は、ずっと雨が降り続いていています。
 今、九州付近にいる台風8号は、ゆっくりと日本を横断してくる気配を見せています。

 近くにお住まいの方は、くれぐれも十分にお気をつけてください。

 僕は今日も朝から、傘をさしながら、都内をあちこちして、新しいプロジェクトの下見をしたり、タロットの知識を吸収したりしながら、忙しく過ごしています。
 そして、いつものごとく、電車の中でこのブログを書いています。

 心に余裕があるから、時間に追われて焦っていても、あんまり顔に出ませんね。

 今までの経験上、やるべき事をきちんとやっていれば、ちゃんとノルマの日にちまでに間に合うと思うし…
   まあ、油断しないで、きっちり頑張ります!

 以前の僕は、何でもすぐ顔に出てしまう分かりやすい人でした。

 こんな風に落ち着いてきたのは、つい最近になってからです。
 結果的に、落ち着いていた方が、物事は何でもうまく行きますし…

 僕は以前はすごく嫉妬深くて、やきもち焼きでした。
 人から認められなかったり、冷たくされると、すぐに落ち込んでいましたね…

 あと、周りの人が成功になったり、有名になったり、家庭を持って子供が生まれたりした時、そんなに素直に喜べませんでした。

 嫉妬というのは醜いものだ、と人は言いますけど、僕はある意味、それは人間の性(さが)なのだとも思う…

 ただし、いくら自分が嫉妬心に取りつかれたからと言って、それで人の足を引っ張ったり、悪意のある行動をするのはナシです。
 それだけは、最低限のルールだと思う…

 若い頃の僕は、嫉妬心にとらわれて、醜くイビツに歪んでいましたが、そこだけはきちんと押さえていました。
 だから、今があるのかも知れません。

 昔は、自分に関係ない人が幸せになった所で、何一つ得をする事がないのに、そんな事になんで素直に喜べる人がいるのかが、不思議で仕方ありませんでした。
 すごく、自分勝手で嫌なヤツでしたね…

 だから、無償で人の幸せを喜んでくれる人を見ると、「この人は生まれながらの聖人に違いない…」 って、尊敬したのと同時に、「いやいや、どうせ自分と同じで、表面上喜んでいるふりをしているだけでかも知れない…」 って、思った事もありました。
 本当、お恥ずかしい話です。

 でも、今は違います。
 自分でも理由は良く分からないけど、今では、人の幸せを心から喜べるようになりました。

 ある程度の仕事での成功をつかんだから… というのもあるかも知れないけど、それよりも、未来の幸せをつかんでいる自分を、リアルにイメージできるようになったからかも知れません。

 ネガティブな気持ちにとらわれないで、やるべき事をやっていれば、おのずとおおよその幸せは入ってくるものだという事が、今ではハッキリと信じられる…

 恋愛でも、仕事でも、人と自分を比べて焦ってしまうと、ついつい自分の事が見えなくなります。
 そして、気持ちががっつけば、がっつくほどに、結果は逃げていく…

 周りの人だって、がっついている人を見ると、なんとなく逃げだしたくなりますから…

 だからこそ、ノーマルな気持ちになって、今やるべき事をきちんとやっていれば、普通の人が持っているたいがいの望みは手に入ります。

 未来の幸せがリアルに想像できれば、優しくなれる…

 これから起こる幸せを先取りして、ハッピーな気分で心を満たした時、本当に優しくて素敵な自分を、再発見できるはずです。


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占い師の本当の役割

 「四柱推命講座・中級編」 が終わって、少しずつですが、溜まっていた仕事に取り掛かれるようになりました。

 毎回、四柱推命の最終講座では、実際に実在する人物の生涯を四柱推命上で検証していくのですが、確かにきちんと調べてみると、大運や年運のその人の人生への影響というのは、何かしらの形で、象徴的に出ていたりします。

 ただ、この星が来たので、この人はこの年に結婚しました… とか、この星が来てしまったので、寿命が尽きてお亡くなりになりました(笑)… とか、そういう風に、「いかにも」 という感じでは出ていないんですね…

 まあ、こじつけようと思えば、いくらでもこじつけられるから、そういう説明の仕方をしようと思えばいくらでもできますけど、僕はそういうのは、あんまりしたくないです。
 どうせ、すぐにボロが出るし…

 そういう占い師を黙らせるのは、いとも簡単です。
 同じ生年月日時の人の命式を見せて、「この人、そうなっていないんですけど…」 って言えばいいです(笑)
     僕もかつて、それで黙らされた…

 未来は完全に100%決まっている訳ではありませんから、同様に過去だって、たまたまその人がそのように生きただけで、別の人生を送る可能性だってあったかも知れない…

 中級編の実践鑑定の題材の一人にされて頂いているのが、シンガーソングライターの故・尾崎豊さんです。

 僕も、尾崎豊さんの胸を打つようなが切ない歌が好きで、昔から良く聞いていました。

 もうお亡くなりになってから20年が経つのに、未だに人気は衰えません。

 僕は人の人生をとやかく詮索するのも、批評するのも、あんまり好きではないんですけど、確かにあんまり要領のいい生き方ではなかった気がします。

 昔は尾崎さんのような生き方に、僕も憧れていたものですが、確かに今思えば、もっと幸せになれたはずだし、長生きもできたはずだと思う…

 尾崎豊さんが26歳でお亡くなりになったのは、最初から決まっていた訳ではないし、もちろん命式のせいでもない…
 やはり、本人の不摂生である事は否めません。

 その当日は、アルコールで意識がもうろうとしていて、全身が傷だらけだったそうです。
 どういう原因でそうなったのかは全く謎で、いろいろな憶測が飛び交っていますが、確かなのは、極度の飲酒による肺水腫が死因だった事だけです。

 きっと、心の傷を癒すのに、お酒や覚せい剤なんかに依存し過ぎたのかも知れません。
 覚せい剤で、警察につかまったりもしたし…

 覚せい剤と言えば、最近だとASKAさんの事がよく話題に取りざたされていますが、ASKAさんの場合も、深刻な心の闇を持っていて、いろいろな事が明るみに出るのが不安で不安で仕方がなかったのが、覚せい剤に手を出したきっかけだと言います。

 ちょっと話がそれてしまいましたけど、占い師というのは、鑑定にいらしたお客様を幸せな未来に導くために存在すると思う…

 その為にいろいろなアドバイスをします。

 でもここが大切なんですけど、頭から 「お酒はやめた方がいい」 とか、「覚せい剤は手を出してはいけない」 とか、「不倫はやめるべきだ」 って、ただ言った所で、大して意味がないような気がするんです。
 そんなの本人だって、よくわかっている事ですから…

 覚せい剤を取り締まるのは警察の方の仕事であって、占い師の本当の役割はもっと別の所にあるはずです。

 占い師の本当の役割は、覚せい剤にも手を出しかねないような、その人の心の不安や傷を癒してあげる事ではないかと思う…

 その為にも、ただ上から目線で一般論を言うのではなくて、その人の気持ちになって、一緒に考えていく必要があると思うんです。

 それによって、その人の心の傷が癒えたのなら、その人の未来だって変わるはずだし、本当の意味で人の未来を良く変えようと思ったら、それしかないと思うんですよね。

 未来は、その人の心や考え方によって、導かれていくから…

 まあ、その為にも、軸になっている自分がブレていては、何も始まらないから、僕も常に自分をかんがみながら、一生懸命に生きていこうと思います。


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運が良い人ほど、遠い未来を信じられる

 今夜は七夕…
 織姫さまと彦星さまが巡り合う、ロマンチックな夜です。

 とはいえ僕は、溜まっている仕事を片づけるのが精一杯で、そんな感傷にひたっている暇もなさそうです(笑)

 都内で用事を済ませた帰り、乗り換えでいつも利用する松戸駅の改札を見たら、見事な七夕飾りがありました。

 お願い事が書かれた短冊が、所せましとぶら下がっていました。

  七夕に願いを

 どうか、皆さまの願い事が叶いますように…

 僕が思うに、運が良い人というのは、遠い未来を強く信じる事ができる人です。
 そういう人は、自分で自分の未来を創っていく事ができます。

 もちろん人生というのは、いろいろな事がありますから、時には思い通りに行かない事もあるでしょう。
 でも、本当に強く未来を信じているからこそ、その障害だって乗り越えていけるのだと思います。

 その反対(つまり、運の悪い人…)が、いつも目先の事に囚われて精一杯の人です。

 このまま収入が途絶えたらどうしようとか…
 この先、もしも病気になってしまったらどうしようとか…
 いきなり大地震が起こって、全てを失ってしまったらどうしようとか…

 こんな事を考えていると、常に明日をも知れないと言いますか(笑)

 誤解のないように付け加えておきますと、決して無計画に生きるのがいいとか、まずい状況になっても放っておけばいいとか、そういう事ではありません。
 もちろん、もしもの為の備えは、万全にしておくに越した事はないでしょう。

 とはいえ、いつもネガティブな事ばかりにとらわれて、守りにの人生になってしまうと、残念ながら未来というものはありません。

 仕事もそうです。
 「このまま仕事がなくなって、収入が途絶えたらどうしよう…」 なんて、いつも考えている人は、絶対に良い仕事なんてできません。

 もしも目先の事に汲々として、自分の利益ばっかりに腐心するようになれば、人の心はだんだん離れていきます。
 そういうのって、自然と態度に出ますし(笑)

 何につけても、目の前の事ばかり心配し過ぎると、いつしか自分が得をするにはどうしたらいいかばっかり考えるようになりますから、人に対して何にも与える事ができなくなります。

 結局、こうなってしまったら、全てが終わりだと思うんです。

 だいたい収入って、自分が人に何かを与えた分だけ入ってくるものですし、自分の夢だって未来だって、みんな、周りの人から与えられるものなんですから…

 もちろん誰でも自分の将来が心配になる事だってありますし、たまになら、思案にふけるのも健全な事です。

 とはいえ、少なくとも仕事をやっている最中は、そういう心配は、わきに置いておいた方が良いでしょう。

 それよりも、損得勘定を一旦抜きにして、目の前の仕事に集中して全力を尽くすべきです。
 さらにいえば、その仕事を楽しめるようになったら、もっと良いでしょう。

 遠い未来の事を強く信じられれば、例え一時的に損をする事があっても、あわてふためかずにいられます。それは、未来の投資になっている事だってありますし…
 こういう人には自然と人望が集まるし、また、こういう人はいつも落ち着いて目の前の事に対処できます。

 そうやっているうちに、自分の夢だって未来だって、いつの間にか手に入れてしまっているものなんじゃないかって、思うんですよね。


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ブレに気づけば戻ってこれる…

 ついさっきまで、眠りについていました。
 なんだか、夢と現実が錯綜(さくそう)しています(笑)

 今日は、「四柱推命講座・中級編」 の最終講座…
 例のごとく、昨夜も夜通しで準備していました。
 昨日急になんとなく思いついて、確認テストを作ったりとか、そんな事をやっていて気がついたらほぼ徹夜でした。

 いつもいつも前日になってから、バタバタして、その度に毎回、「もっと早くから取り掛かれば良かった…」 って反省しているのに、ちっとも変えられないというか…
 本当、自分の愚かしさに恥ずかしくなります。

 それにしても、こんな講師の元に、こんなに素晴らしい受講生の人がよく集まってくださったと、毎回最終講座の度に、目頭が熱くなる思いです。

 こんな凡庸な人間が、こんなにも優しくしてもらっていいのだろうかと思うと、少し怖くなります。

 毎日時間に追われていると言っても、その原因は、仕事を進める能率が悪いからなのは間違いないし、自分のやるべき事がおろそかになっている事は否めないです。
    ごめんなさい…  またメールの返信ためちゃってます

 ブログを書こうとする度に、パソコンを立ち上げて自分の前のブログを読み返す事になるんですけど、偉そうな事を書いている割には、一日の自分の言動を振り返った時、現実と理想とのあまりのギャップに気づかされます。

 あんなに立派な事を書いておきながら、まるでなっていない自分自身に本当に赤面するばかりです。

 もう情けなくて、死にたくなってきますね…

 でも、まだここで死んでしまう訳にもいきません。
 それでは、こんなに素晴らしい縁をつないでくださった神様に申し訳がないから…

 だから、ちょっぴり開き直る事にします(笑)

 やっぱり人間は凡庸だから、理想通りには生きられないです。
 だから僕は、とりあえず最低限としては、自分のブレに気づければ、それでいいんじゃないかと思うんです。
 きっと、その気づく回数が、多ければ多いほどいい…

 僕は本当に人の縁に恵まれていて、今の僕の周りには、素敵な人ばっかりです。

 その中には、すごく繊細な方もいらっしゃって、僕が全く気にも留めていなかった事を、「気を悪くしたかな」 と、気遣ってくださる人もいます。

 自分で言うのもなんですが、僕は小さな事であんまり腹を立てるような事はありませんから、どうか安心してください(笑)

 でも、そうやって自分を省みられる事って、本当に素晴らしい事だと思います。

 確かにそれをやりすぎると、気を病んで疲れてしまうから、ほどほどで良いと思うんですが、それができている内は、例え自分がブレたとしても、必ず元に戻ってくる事ができますから…

 人間なんて凡庸だから、自分を振り返った時には本当に穴に入りたくなるほど恥ずかしい事もあるけど、それはお互い様です。

 例え何度間違ったとしても、その度に気づいて、自分を高めていけたなら、それだけでも、この人生を生きている価値は十分にあると思うんですよね。

 P.S.
 一昨日のブログで写真を載せたお花の名前を、親切な方がメールで教えてくださいました。
 「うすべにあおい」とか、「ブルーマロウ」という名前で、ハーブティーなんかでも使用されている花らしいです。

   ガーデニング花図鑑

 あれって、ちゃんと人が育てる植物だったのですね。
 僕はてっきり、ただの雑草かなんかだと…

 ごめんなさい…
 うすべにあおいさんに、失礼な事をしました(^^;;


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ポジションに安住するとおかしくなる

 今日の関東地方は曇り空… お陰であまり暑くない一日になりそうです。
 ちょっと湿度が高くて、ジメジメとしていますけど…
     フランスもワールドカップ負けてしまった…  残念…

 今日は朝から、明日の講座のプロジェクターの準備です。
 いつもいつも準備がギリギリになってしまっていますけど、それなりに充実した生活を送っています。

 今 僕は、やりたい仕事でちゃんと生活もできて、かと言って、押しも押されぬその道の権威になっているというほどでもなく、自分としてはこれで丁度いいかな… って思っています。

 まあ、それでもいろんな流れに背中を押されているし、もしも役割があたえられるのなら、それをただやるだけの事ですけど、今となっては、もっともっと成功して有名になってやる… とか、そういう事を思わなくなりました。

 年を取ったせいかも知れません(笑)

 若い頃は、功名心も結構あったので、地位や名誉みたいなものにやたら弱かったです。

 そういうものに弱いと、どうしても、くだらないものに振り回されますね。
 ついつい権威を持っている人に対して、及び腰になってしまったり、なんかおかしいんじゃないかと思っても、とりあえずおもねってみたり…

 今思い出せば、本当に恥ずかしくなります。

 何であの頃、あんなに地位やポジションを求めていたのかな… って考えると、そういうものにしがみついて、安住を得たかったのかも知れません。
 そこにたどり着いてしまえば、一定の世間体も保証されるし、楽して収入も得られるから…

 もちろん、それが悪いとは言わないけど、もしもそこまでに至る道のりで、ちゃんと自分というものを確立していなかったら、本当にみっともない事になる気がします。

 中世のヨーロッパでは、キリスト教のカトリック教会が全盛期で、人々は疑う事なく、それを信じていました。

 その中で、神様の意思のパイプ役というポジションが教皇で、人々からとても崇拝されていました。

 別にその人の人格が立派だから崇拝されていたとかではなく、教皇という地位そのものが、すごく尊いという固定概念ができ上がっていたんですね。
 今でいう所の教祖様です。

 だから、ヨーロッパの民衆は、飢えや疫病で死ぬか生きるかの生活を送っている状態でも、教皇はその地位についているだけで、人々からいっぱいお布施をもらって、贅沢をしてまるまる太って、ワインを毎日飲み明かしている…

 人々はそれでも、そんな人におもねって、天の恵みが訪れるように有難く崇拝している…

 本当なら、教皇は神様のパイプ役なんだから、誰よりも模範的な生き方をしなければいけないのに、まるでその役割が果たせていないんですね。

 これは遠い異国の歴史の中だけの話ではなく、今でもこんな図式がそこらあたりにあるような気がします。

 僕は絶対に、こんな風にだけはなりたくないと思う…

 その地位について、権力を得るという事は、大きな責任がともなうし、それを全うできないのに、その地位にしがみついているのは、恥以外のなにものでもないです。

 どんな職業でも、人からの評価が定まれば、成功者の仲間入りはできます。
 でもその後、本物かニセ物か問われる事になる…

 占い師だって同様だと思います。

 もちろん術そのものや、当たるとか当たらないという事も大切だと思いますが、僕はそれ以上に求められるのは、その人の人格のような気がします。

 人格が優れている人は、相談に来たお客様を高みに持っていく事ができるし、その結果、ちゃんと幸せに導く事ができる…

 自分自身がブレまくっているような人は、人を満足に導く事さえもできないし、幸せにもできない…

 偉そうな事を言っても、僕自身もまだまだ全然です。

 でも、この先、ひょっとしたら何かのポジションを与えられる事もあるかも知れない…

 万一そうなった時の為にも、今のうちから、常にブレないような自分であり続けたいと、今 本当に思っています。


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同じ季節、同じ花

 今日も少し早起きして、燃えないゴミを出して、これから都内へお出かけの予定です。

 月日はまるで矢のように過ぎて、一瞬たりとも止まってくれなくて、気がつけばまた夏…

 なにげに僕は夏が好きですから、気分は解放されるのですが、相変わらず仕事の方は山積みのままで(笑)

 まあ、自分の基盤をちゃんと整えるまでのあと3~4ヵ月の辛抱だと思っていますけど…

 外を散歩したら、また去年と同じようにアラマンダの花が咲きほこっていました。
 (2013/7/11ブログ 「夏の色」 参照)
 アラマンダの花

 この花は、いかにも夏って感じで好きです。

 やっぱり、毎年同じ色の花になるんですね…

 去年はオレンジだったから、今年は黄緑の花が咲くとか、そういう訳ではないのですね(笑)     そんな訳ない…

 毎年同じ時期に、同じような素敵な花を咲かせる…

 人の人生と同じだだな… って思いました。
 来たるべき時期には、その人その人の良さが発揮されて、その人しか出せない色になる…

 路上に咲いていた花…

     道端の花

 花のお名前、わかりません…
 少し地味ですけど、僕、こういう花も好きですね。

 同じ季節、同じ花…

 その時が来たら、それぞれの美しい花を咲かせる…

 僕も素敵な色の花、咲かせてみようと思います。
       緑色の花 (笑)  キモい…


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自分のやり方で生きればいい

 久しぶりに柔軟体操をやろうとしたら、体がガチガチに固まっていて、にっちもさっちも動きませんでした(笑)

 体が固い人って、頭も固くて頑固者だって言います。
 僕もご多分に漏れず… と言った所ですね…

 でも昔、俳優を目指して頑張っていた時には、前屈は足を一切曲げずに手の平までベッタリ地面につける事ができたんですよ。
 あの頃は毎日柔軟体操を日課にしていたら、自然にそこまでなれて、よく仲間に自慢していました。   過去の栄光…

 やっぱり、柔軟は日課にしていないとダメですね。
 まあその時でも、僕は頑固者でしたけど(笑)

 それを自分でわかっているから、心して、人の意見を聞いて参考にしようと思っています。

 とはいえ、どんなに良いアドバイスだと思っても、それをするのが自分のキャラに合っていないというか… やっぱりやりたくない事もあります。
 それが例え、自分のお世話になっている人が親身になって言ってくれる、すごくまともなアドバイスであっても…

 まあ、そういう風に考える所が頑固者なのでしょうけど(笑)

 本当はそんな時、やりたくなくても、軽い気持ちで素直にそれを試してみる事で、人は自分という枠の限界を超えられるし、運が開く事も多いです。

 ところが、確かにそれが良い事だと理解できても、自分としてはその必要性を全く感じられないし、それをすると、どうも自分らしさを失ってしまうと思うような場合、僕はそれを無理にしなくていいと思うんですね。

 その代わり、それに勝るような自分のオリジナルな幸せを見つけて、実行すればいい…

 一番良くないのは、不本意だなあ… と思いつつ、その人の顔を立てるためにそのアドバイスに従う事です。

 こうなると、それがどんなに素晴らしいアドバイスであっても、その心のわだかまりが取れない内は結果は望めません。

 それよりも、自分の人生なんだから、自分のやり方で生きればいいし、人の言いなりになるなんて意味がないと思う…

 僕も、これまでの人生、たくさんの人から、いろんなアドバイスを受けました。

 20代のアルバイトをしながら、俳優やらミュージシャンやら目指していた頃、よく受けたアドバイスが、「きちんと正社員として会社に就職してから、趣味でそういう事をやりなさい」 というもの…

 確かにこれは、まともなアドバイスかも知れません。
 結局の所、僕は俳優としてもミュージシャンとしても成功しなかった訳ですから…

 でも、今でもそうなんですけど、僕には、「正社員として、会社に就職する」 という事自体に、何の価値も持ち合わせていないんですね。

 だから僕にとっては、せっかくのアドバイスではあっても、余計なお世話… と言いますか…

 もしも、そのアドバイスをしてくれた人の顔を立てる為に、不本意ながら、その時にどっかの会社の正社員なんかになっちゃっていたら、多分自己嫌悪で人生真っ暗になっていたと思います(笑)

 その人と僕とは、キャラも価値観も違うんですから、そのアドバイスをそのまま鵜呑みにしても仕方がないです。
 別に会社の正社員にならなくたって、幸せをつかむ方法は山ほどありますし…

 あと、特に30代ぐらいになってから、いろんな人から良く受けたアドバイスが、「お見合いをして、早く結婚しなさい」 というもの…

 もちろん、言ってくれる人は、僕の事を真剣に考えてくださっているんです。
 それがわかるから、その言葉をむげにできないと思っても、やっぱり僕にはその気はないし、そこまでして今すぐ結婚する必要性も感じられない…

 だから、ありがたいアドバイスではあるのですが、やっぱり、余計なお世話… と言いますか(笑)

 そのアドバイスに従わなかったが為に、未だに僕は独身です。
 とはいえ全然、今が不幸だとも思っていませんけど…

 結婚のチャンスなんて、この先まだまだあると思うし、残念ながらそれに恵まれなくて一生独身になったとしても、それはそれで構わないです。
 それでも十分に、僕は幸せを感じながら生きる自信があるし、世間体みたいなものに囚われた人生も送りたくないし…

 この覚悟があるのなら、別にお見合いなんてしなくたって構いません。
 それ以上に、実りがあると思える人生を見つける事ができているのだから…

 逆に、「確かに今の状況は出会いも限られているし、そろそろ真剣に将来の結婚の事を考えるか…」 って、自分で客観的に思えるのなら、そのアドバイスに従って、どんどんお見合いをしていったらいいと思うんですね。

 自分の人生なんだから、自分のやり方で生きればいい…
 その代わり、自分の将来がどうなろうと、ちゃんと自分で責任を持つ覚悟が必要です。

 その覚悟ができた時、自由で有意義な、本当の意味での自分らしい人生を送る事ができるはずです。


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いろんな事態を想定して、万全の手を打つ

 だんだんと暑くなってきました。
 僕は、昨年の末から、寸暇を惜しんで準備をしていた仕事が次々に芽を吹き出しています。

 とはいえ、一番苦労の大きかった原稿の仕事は、今、形になるのが少しだけ遅れています。

 あの仕事は、ずっとまる1日、パソコンの前に悪い姿勢でかがんでやり続けていた事もあってか、今頃になって、どうも体に負荷が来ているのを感じますね(笑)

 あれが完全に形になる前にやっておかなければならない事が、何かしらまだあるような気がするし、今、足りないジグソーパズルのピースを探しているような気分です。

 僕は仕事の要領が悪いので、いつも一日のスケジュールが仕事で手いっぱいになってしまうのですが、仕事の合間に、気分転換に数分寝っころがって本を読んだりします。

 今日は久しぶりに西谷泰人先生の本を読みなおしてみました。

 幸せグセがつく きらめきのルール
 (西谷泰人著・学研パブリッシング刊/1400円+税)
 幸せグセがつく きらめきのルール
 何事も小さいうちが解決しやすい

 …曲がってしまった腰の場合はどうでしょうか。腰が曲がった人たちは、少しずつ腰を曲げて生活していたか、かがんだ作業を毎日続けた結果として、5年10年後にはハッキリ分かるほど曲がってしまったのです。早めに矯正すれば治る期間も短くて済みます。

 これを部屋の片付けで見ると、毎日少しずつ部屋を片付けていれば問題なく過ごせるものを、ちょっと気を抜いていると、1か月、2か月と乱れていって、半年も経った時には、もう大変な散らかりようになっています。こうなると1~2日掃除をしたぐらいでは追いつかないレベルになってしまっています…
(本文 「10.小さいうちに大騒ぎしよう。大きくなったら落ち着いて」より抜粋)


 まさに、これは身に覚えがあります。
 というか、今、目の当たりにしてます(笑)
        腰イタイ…

 あの作業をするのに、日によっては、徹夜をするつもりが悪い姿勢のまま居眠りしていた事もあったし、前回の 「四柱推命完全マニュアル」 を作っていた時もそうでした。

 このブログを書く時も、講座の資料を作る時も、全く同じ事をやっています。
 どうりで、そんな年でもないのに肩や背中とか、腰にくるはずです…

 おまけに、忙しさにかまけて部屋は散らかりっぱなし、この状態、明らかに1日~2日掃除をしたぐらいでは追いつきません(笑)

 やっぱり、何事も小さいうちが解決しやすい…
 本当、身に染みます。

 この本には、本当にたくさんの運を開く為の法則が書かれているのですが、中でもあらためて素晴らしい話だと思ったのが、「成功のイメージトレーニング」 のお話…

 西谷先生は、本の中で、未来の夢を叶えるために、最悪の時のシナリオまで考えて、腹をくくった上で、成功するビジョンを描く事が大事だとおっしゃっています。

 最高の時の事だけを考えていると、困難に遭遇した時に、対処ができないという理由からです。

 そうする事で、問題が起きた時に早めに手を打つような、フットワークの速さも身につく…

 まさに目からウロコの想念術です。
 
 そういえば、僕も今、次々に目の前の夢が叶っています。
 まあ、ちょっと、ここ2年間の悪い姿勢による生活習慣病が心配ですけど…

 小さな事をそのままにしないで、万全な手を打つ。

 油断しないで腹をくくって、未来に向かって邁進する時、必ずや貴方の人生は成功と幸せに満たされているはずです。


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