浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

これは僕の力じゃない

 気がつけば、5月も今日で終わり…
 僕は相変わらず、時間に追いかけまわされている生活が続いています。

 もちろん、たまにはバラ園にいったり、神社に行ったりもしていますけど、それでもやっぱり行き帰りの電車の中では仕事をしていたりするし、少なくとも、家でテレビをのんびり見たり、ゲームをやったりしているような時間はないですね(笑)

 実は何気にバラ園も神社も、微妙に仕事に関係していたりしますし…

 一体お前は何にそんなに忙しいんだ… って声が聞こえてきそうですけど、きっと来月それを発表できるかと思います。
 このままの予定で行けばですけど…

 という事で、おそらくこの後も、明日の四柱推命講座で徹夜になってしまうと思います(笑)

 それにしても、僕は本当にありがたい人生を送らせて頂いているなあって感じます。
 気がつくと、「ありがとうございます」 って独り言を言っていたりして…
 人に聞かれたら、ちょっと頭おかしい人ですね(笑)

 特にこれは、タロット占いをやっている時に感じるんです。

 何て言ったらいいか… タロットなんてものが何で当たるかなんて、実は僕にもわからないんですね。
 ただ、なぜか当たっているらしい…
 とはいえ、それはたまたま当たっているだけの話で、今後はどうなるかなんて、わかりません(笑)

 それにもし当たっているとしたら、間違いなく、これは僕の力じゃないです。
 だから僕は、「こんなに占いが当たっちゃいました。すごいでしょ」 みたいな言葉は、口が裂けても言いたくないです。

 だって、これは僕の力じゃないし、それを自分の力だと勘違いしたら、泥棒と同じだと思うから…

 次から、同じように当てられるとも限らないし…(当てようと思って、鑑定もしたくないし…)

 それから、「僕の後ろには、すごい神様がついているんです」 みたいなな恥ずかしいセリフも、言いたくないですね。

 例え、仮にもし、そこに神様がいたとしたって、そういうおかしな事を言ったら、呆れてどこかへ去っていくと思うし…

 それで、何だかわからないけど、この占い師という仕事で、何とかなっている僕ができる事と言ったら、常に精一杯、目の前のお客様を鑑定する事だけです。

 タロット鑑定をやっていると、カードの結果が、自分が出て欲しくないような答えになる事もあります。
 それがネガティブな答えだった時、もちろんお客様を不安がらせるような事は言いませんけど、それでも何度か別の質問をやっても、同じような類いのカードが何度も出てくる時は、一応、遠回しにその意味を探ったり、指摘したりもします。

 鑑定を成立させるには、正直、そのカードのメッセージを無視した方がはるかに楽です。
 でも、何かの力があえて、何度もメッセージを送ってくれているのだから、やっぱりそれを無視する訳にもいかない… って気がするんです。
 多分、占いを信じていない人にとっては、滑稽に思えるでしょうけど…
 占い師というのは、本当窮屈です(笑)

 どちらにしても、今僕ができる事は、何らかの役割をやらせて頂く事だけです。

 大した人間じゃないけど、まあ長く生きられても、あと50年ぐらいだから、それまでの間、精一杯やれる事をやろうと思います。


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占いは相互理解の為にある

 今日は、全国266カ所の観測地点で、真夏日の記録を出したそうです。
 確かに少し蒸し暑いです。

 でも僕は、まだ部屋の冷房は入れませんよ。
 何気に、サウナ風呂も好きですから(笑)
        Bon Anniversaire à Liliane!

 占いというのは、いろんな活用法があります。
 その中でも、こと生年月日時の占いは、相互理解の為にあるように思えてなりません。

 人間の考え方というのは、百人十色…
 それぞれに、意見も思考も違います。

 生年月日時の占いというのは、その人その人の性質や考え方というものが、しっかりと出ます。
 そこで、生年月日時の占いを利用して相性判断をするのも悪くないけど、それよりも、そのの生年月日時の持っている特徴や、基本的な考え方の傾向なんかをみて、相手を理解しようと努める事の方がはるかに有意義だったりもします。

 その人がどういった価値観を持っていて、どんな事を優先して考えるかというのがわかると、なぜこの人はこういう行動に出るのか… というのがわかって、今まで腹が立っていた事に、あんまり腹が立たなくなってきたりもします。

 それによって、相互理解というのも深まっていくような気がする…

 まあ、自分と同じような考え方や価値観を持った人というのは、理解しやすいです。
 でもそうじゃなくて、全く別な価値観を持った人の行動というのは、とても理解しがたいし、時には不快感を感じてしまったりします。

 無理もないです。
 それによって疑心暗鬼にさせられる事だって、ありますから…
 でも、相手に対して疑心暗鬼を持ってしまうと、その自分の心が相手にも伝わるから、どんどん悪い方向に行きます。
 そういうのって、その人にも失礼ですし…

 僕が思うに、相手とうまくやっていこうと思ったら、まずは相手を信じる所から始めるしかないと思うんですね。
 とはいえ、いつも相手を信じすぎて、今まで何度もだまされ続けた人は、契約や印鑑の時だけはちゃんと信用できる人に相談した方がいいですけど…

 時に、相手の人の考え方の特徴や何を優先しているかという事がわかると、そういったものから解放される事もあります。

 例えば、すごく頑張り屋さんだけど、人から自分のやっている事をちゃんと評価してもらえないと愛してもらっていないような気持ちになるという人には、常に 「良く頑張ってくれたね」 みたいに言ってあげないと、すごく不機嫌になったりします。
 まあ、だいたい女性に多いですけど…

 でも、その事を知らないと、何だかわからないけど、気分によって急に不機嫌になる嫌な人という風に認識してしまうでしょう。

 ところが本当は、すごく頑張り屋で、ただほめて欲しいだけの人だったりします。

 こういうのは、別に占いというツールを使わなくても、感覚的にわかる事も多いです。
 ただ、自分のキャラとかけ離れていると当然認識できにくいし、先に 「嫌い」 という感情がわいてしまう事もあります。

 僕は、こういう全然違うキャラ同士がお互いを理解して協力しあったら、これほど強い事もないんじゃないかなって思うんです。
 だって、お互いに背中を預けて、弱点を補い合える訳ですから…

 だからもし、占いを自分で活用したり、人から受けたりする場合、相手の事を理解しようという目的で活用するのは、すごく有意義だと思うんです。

 占いは相互理解の為にある…

 自分のパートナーの特徴や強みを知って、さらにお互いを理解する事で、人生の可能性がぐんと広がっていく事になるはずです。


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奇跡はいつも周りで起きている

 今日は、少し朝早く起きて、RさんとSさんと明治神宮に参拝に行きました。
 ここの 「清正井(きよまさい)」 という場所がとてもすがすがしい場所だと聞いていたので、前々からぜひ一度行ってみたいと思っていたのです。

    明治神宮鳥居

 神社というのは、午前中に参拝するのが、最も良いらしいです。
 なんか、本当にすがすがしいです。
  
  緑

 5月の新緑に覆われて、大自然のパワーがみなぎっています。
 この場所は、東京23区のど真ん中にあるのですが、まるでそんな気がしません。

 もちろん、明治神宮は今までに何回か言った事があるのですが、こんなにすがすがしく感じたのは初めてでした。

 まずは、本殿を参拝して、続けて、夫婦楠(めおとくす)に行きました。

 明治神宮本殿

 夫婦楠の御神木は、縁を呼び込むパワースポット…

 思うに、神社でお参りするのに大切なのは、まずは執着を捨て切る事のような気がします。

 だって、どんなに気の良いパワースポットに行ったとしても、そういう気というのは繊細だから、執着でどよ~んと黒雲に覆われている人には、届きようがないですもの…

 神社の絵馬を書いて、おみくじをして…

 そして、いよいよ加藤清正(1/25ブログ 「熊本旅紀行」参照)が掘ったという 「清正井」 へ行きました。
 何でもこの地は、江戸参勤のおりの加藤清正の下屋敷だったのですね。

 清正井戸

 水が透き通っていて、すごくきれいです。
 本当にすがすがしいですね。

 清正井から帰る途中、何と大きな蛇を発見しました!! 

蛇 蛇っていうと、すごく気味が悪いような感じがしますが、とてもおとなしくて、穏やかな感じの蛇でした。

 蛇だけに限らず、神社にお参りすると、奇跡が起こるって言います。

 でも気づけない事も多いです。
 僕は特に、周りの状況にすごく鈍感なので…
 
 Rさんが教えてくださらなかったら、僕はこの蛇にも気づかず通り過ぎていました。

 結局、奇跡というものは、自分の気づかなかった所で起こっていたりします。

 だいたい、生きている事自体だって、奇跡なんですから…

 僕は今までの一生で、こんなに大きな蛇を見たのは2回目です。
 ちなみ1回目は小学校1年生ぐらいの時でした(笑)

 奇跡はいつも周りで起きている…

 常にその奇跡に感謝して、それを感じ取った時、貴方の人生はう~んレベルアップするはずです。 
 

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自分に合ったアプローチをすれば、夢は叶う

 本当に、時間が経つのは早いものです。
 僕は寒がりなので、まだ部屋の冷房入れていませんが、たまに、今日は入れてもいいかな… って思う日もあるくらいです。

 もう夏はすぐそこなんですよね…

 鑑定をしている時に、自分がなりたい職業に向いているかどうかを聞かれる事があります。

 僕は、なりたいものがあるなら、なったらいい… って思います。
 例えば、四柱推命で見る場合、「絶対にこの職業は向いてません…」 という風に出る事はありません。

 もちろん僕は、どんな職業でも勧めるという訳ではありません。
 40歳を過ぎた男性に、「これからジャニーズに入って、アイドルでもやりたいって思うんだけど」 って相談されたら、当然ですがとめます(笑)
   まあ、そんな人いないでしょうけど…

 ここで重要になってくる事の一つが、本当にその人が心の底から、その仕事につきたいと思っているかどうかだったりします…
 自分ではそのつもりでも、深く掘り下げていくと、案外そうでもなかったりする事だってあります。

 僕は昔、ミュージシャンを目指していたけれど、冷静に考えれば、本当に心の底からやりたいと思っていた訳でもありませんでした。
 今なら、それが良く分かるんですけど…

 それでも、本当に心の底から自分がその仕事につきたいと思っているのなら、アプローチ次第でその目標は達成できると思うんですね。
 さっきの例みたいに、あきらかに物理的に無理なものでなければ(笑)

 例えば、漫画家という職業だって、描く漫画によってそのタイプは全然違います。
 少年漫画や少女漫画、大人向けのものもあれば、作風だって、シリアス系からギャグ系からお色気物まであります。
 自分の個性を生かしやすいジャンルを選ぶ事で、芽が出るかどうかが決まると思うんですね。
 まあ、最低限の作品の表現力は必要ですが、それは後からでも身につきます。

 ミュージシャンだって同じです。
 あくまでも、ビジュアル系で攻めるか、「近所のお兄さん」 っぽい路線で行くか、それとも、ややお笑い系のパンクのノリで行くか…
 その人の個性とその路線がきちんとマッチしていれば、芽はあるんです。
 もちろん最低限の歌唱力や演奏力は必要ですが、それでも一番大切なのは、自分の個性がうまく打ち出せているかどうかです。

 今だから、恥をしのんで話しますけど、僕はミュージシャンを目指している時、BOWYみたいな感じのカッコいい超ビジュアル系を目指していたんです(笑)
 どう見たって、合っていませんよね…

 目指しているスタイルと本来の自分の個性が違えば、当然、自分の良さなんて出ませんから、努力した割には何一つ芽が出なかったのも当然です。

 もしもあの時、「近所のお兄さん」 系のフォークギター持って歌うようなスタイルを取っていたなら、ちょっとは芽の出る可能性だってあったかも知れません(笑)

 例えば、四柱推命の命式を見ていて、確かに、これは普通のサラリーマンには向いていないな… って命式は存在しますけど、サラリーマンそのものが全部ダメだという訳ではありません。

 サラリーマンにもいろんなスタイルがありますから…

 直属の上司にガミガミ言われるような部署は向いていなくても、オフィスのコーナーの仕切りの中で、パソコンをいじってエンジニア的な仕事をするのなら、向いているという事もあります。

 起業家だって同じです。
 世の中にはいろいろなスタイルの起業家がいます。

 僕も起業家で成功している人の命式は何人も見ていますが、特に何か共通した命式の傾向がある訳ではありません。
 有名人の命式の場合には、若干そういった共通項は見られましたけど、それはあの世界は、特定の命式の良さが活かされやすいというだけの話で、これも絶対ではありません。
 例外だって、やっぱり存在していますし…

 だから、「貴方の命式は、絶対に起業家には向いてません」 なんて事は絶対になくて、結局これも、自分の本来の良さを活かしきれるかどうかに掛かっていると思うんですね。

 起業家だって、自分の営業力を武器に起業している人もいれば、自宅でPCを駆使して、インターネット業界で名乗りを上げる人もいる…
 極端な話、社交的か社交的じゃないかさえも、重要な問題ではないです。

 もちろん、時間を守れないとか、普通にやるべき事が出来ていないとか、基本的な問題点を持っている場合はまた別です。
 そこを克服する所から始めるしかありません。

 それでも最低限の所が出来ていて、自分に合ったアプローチをすれば、夢は叶う…

 僕が今、この占い師という職業で成功している理由も、今の仕事のスタイルと、自分の持ち味がたまたまマッチしているからに過ぎません。

 自分の個性をしっかりと見極めて、それを上手に売りにしながら、素敵な夢を叶えようではありませんか。


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いつしか別れの時は来る

 忙しい喧騒の毎日を、結構それなりに楽しみながら、過ごしています。
 所詮、人生は100年そこそこですから、いつ旅立ってもいいように、生き急いでいるような感じです(笑)

 人である限り、いつかは命が尽きる日がくるだろうし…

 自分が死ぬ時の事は、やっぱりまだ、まるで想像がつきません。
 でも、人生ある程度生きていると、親しい人の死というものに直面する機会は多くなります。

 肉親の死や、友人の死… 僕も幾度か、体験しました。

 もしも、自分にとって大切な人が、命にかかわるような大病になってしまったら、出来るだけの事はしたいと思う…
 なるべく最新設備が整っている病気に入院させたいし、効果のありそうな薬があれば、手に入れたいと思うし…

 それでも、人間いずれは必ず、死というものがやってきます。
 だからやっぱり、お別れの時は来るという覚悟は必要だと思うんです。

 これは悲しい事だけど、絶対に避けられない事なのですから…

 死に関する事は、すごくナイーヴな問題だから、できれば触れないでおこうとは思っていたのですが、この死というものに心が囚われてしまうと、本当に地獄のような苦しみです。

 死がやってくるという事自体が、地獄の苦しみなのではなくて、死というものに心が囚われて、そこから抜け出す事ができないのが地獄なんだと思うんです。

 この世に生を受けた限り、どうやったって人間は死にあがなえないです。

 はるか古代、秦の始皇帝は、人を使って 「不老不死」 の薬を探し求めましたが、当然そんなものは、世界のどこにもありませんでした。

 だいたい考えてみたら、わかります。
 もしも人間が永遠に死ななかったなら、地球上の人口はどんどん増えて、とんでもない事になります。

 だから、目の前の人の病気が良くなるように、できうる限りの事をしてあげたらいいと思いますが、生死というものに関しては、やっぱりその人の寿命の問題だから、そこには執着しない事です。

 よく緊急病棟で、患者の心電図が止まってしまった時に、器具を心臓にあてて、思いっきり上から押さえつける事で、一時的に心電図が動き出したりします。
 とはいえ、それは一時しのぎで、束の間だけ心臓は動いても、またすぐに心電図は止まってしまいます。

 これって一体なんのためにやるんだろう… ってふと、思ったりするんですね。
 されている方は、苦しいだけだと思うし…
 少なくとも、これをやる理由は、亡くなろうとしている人の事を愛しているからという理由ではない気がします。

 人生には、あきらめる事が必要な時も、あります。
 人の寿命までは、自由に決められるものではないのですから、その領域に踏み込もうとしない事です。

 大切な人の死というものは、悲しいものです。
 でも、少し冷たい言い方ですけど、その悲しみの本質は何かを考えてみる事です。
 それは、決して愛なんて呼べるような立派なものではなくて、単なる自分の執着だったりします。

 小説家の江國香織さんの詩集に、「すみれの花の砂糖づけ」 というのがあるんですけど、これに父親の死を思う、素敵な詩が載っています。
 その一部を、紹介したいと思います。

 父に

 (前略)
 あの日 病院のベッドで
 もう疲れたよ と言ったあなたに
 ほんとうは
 じゃあもう死んでもいいよ
 と 言ってあげたかった
 言えなかったけど。

 そのすこしまえ 煙草を吸いたいと言ったあなたにも
 ほんとうは
 じゃもうすっちゃいなよ
 と 言ってあげたかった
 きっともうじき死んじゃうんだから
 と。
 言えなかったけど。

 ごめんね。

 さよなら、
 私も じきにいきます。
 いまじゃないけど。

 (江國香織 著 「すみれの花の砂糖づけ」~父に~より抜粋)
   

 僕はこの詞が好きですね。
 この詩を読むと、涙が出そうなくらい感動するというか…
 別に僕の父親は、ちゃんと元気で生きていますけど(笑)

 本当の愛とか優しさって、こういう、ちょっと冷たいような感覚のようなものじゃないかって、気がします。
 肉親が死を迎える事を、だだをこねて、認めようとしないんじゃなくて、その相手を愛しているからこそ、ちゃんと見送る事ができる…

 当然悲しいんだけど、それを必要以上に悲しまないのが、素敵だと思うんです。
 いつしか別れの時は来るのだし、人生に別れはつきものなんですから…

 執着しないで、未来を見て歩き始めた時、もっと深い所で、人の魂が本当は永遠につながっているという事を、うっすら感じられたりもするものです。


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未来に向けて、次の手を打ち続ける

 気がつけば、もうすぐ6月…
 さっきから窓の外では、雨が降り続けています。

 思えば、僕は去年(2013年)あたりからずっと、自分の夢が次々に叶ってきています。

 ちなみに、僕が一生のうちで、最も人生に幸せを感じた年が、一昨年(2012年)です。
 もちろん、今も引き続き、その時の幸せの感覚が続いていますが…

 とはいえ、一昨年は幸せだと言っても、あの時点では、何一つ自分の夢は形になっていませんでした。

 あれからずっと、ぶっちぎりに、自分の好きな事を自分のやりたいように、思いっきり頑張ってきました。

 気がつくと、いつも、たくさんの方に支えられていました。

 僕が一人で成し遂げられた事なんて、何一つなくて…
 本当に感謝の気持ちが、心からこみ上げてきます。

 そうは言っても、この先の未来、自分がどうなっていくかまでは、僕にも正直わかりません(笑)
 占い上は、少なくても、今年はこのまま絶好調のはずですけど、まあ未来なんて、自分で作り出すものですから…

 ちょっと虚無的な言い方ですけど、例え今がどんなに恵まれた状態であったとしても、結局人生なんてものに、この先の保証はないです。

 やっぱりその点、自営業よりもサラリーマンや公務員の方が安心だよね… って思う人もいるかも知れませんけど、それは甘いです(笑)

 会社なんていつ倒産するかわかりませんし、だいたい経済的に問題がなかったとしても、いつ病気にかかって、入院しなくてはいけなくなるかもわかりません。

 道を歩いていたら、頭の上から鉄骨が落ちて来ないとも限りませんし…     これはまあ、滅多にないでしょうけど

 とはいえ僕は、今の目の前に起こっている現実の全ては、過去における行いの結果に過ぎないって思うんですね。

 もしも、会社を運営していて、それが今絶好調であるとしたら、それは以前に一生懸命頑張ってきた結果が出ているに過ぎません。
 自分が頑張っていなかったとしても、前の代の人達が一生懸命に頑張ってきた結果が、今出ているという事もあるでしょう。

 だから、今が絶好調だからと言って、それに甘んじて、何も次の手を打たなかったなら、衰退は目に見えています。

 個人の運気でも、会社の運気でも、国の運気でも、みんな同じ事だと思います。

 今の日本がこんなに豊かなのは、戦後から高度成長期にかけて、何もない所から、一生懸命頑張って豊かな国にしてくださった人達のお陰だと思いますし…

 我々がそこであぐらをかいて、ポワ~ンと遊びほうけて過ごしていたのなら、この国の未来に影を落とす事にもなりかねないでしょう。

 今がいくら良い状態でも、新しい種をまかずに手をこまねいていたら、運気が衰えていくのは目に見えていますし、逆に今がどんなに冴えない状況であっても、一生懸命努力していれば、やがてそれは必ず結果となって現れます。

 結局、目の前に起こっている事って、全部自分が過去にしてきた事のような気がするんですね。

 だからもし、頭の上に鉄骨が落ちて来るような事があったとしたら、それもおそらく、過去の自分(過去世を含め…)に原因があって、鉄骨が落ちてきたに過ぎないって思う…
   まあ、そんな事は滅多にないでしょうけど(笑)

 ただ、ここで一つ問題になってくるのは、明らかに見当違いの方向に、一生懸命努力しているような場合です。

 だいたい、その努力が正しいか違っているかなんて、自分ではわかりませんし(まわりは案外、わかっていたりしますが…)

 この場合は残念ながら、どんなに頑張っても芽は出ません。

 じゃあ、やった努力が無駄になってしまうのかと言ったら、実はそうでもなかったりします。

 僕が思うに、こういう時にした努力は、確かにすぐに結果になる事はありませんが、ちゃんと天に貯金されていますね。

 そして、自分が正しい方向性を見つけて、そこである程度まで頑張った時に、一気にその貯金がおりてきます。

 僕が今、短期間にしてそれなりに成功をおさめられた理由には、それがあるような気がします。

 10代の頃から十年以上もの間、誰が見たって向いていないミュージシャンになるために、的外れな努力ではあったけど、いつでも必死に、自分を追い込んでいましたから…

 仮に努力の方向性が違っていたとしても、最低限、自分の追い込み方のフォームぐらいは身につきますし、それは後からどんなものにでも応用がききます。

 そして、自分の方向性の照準を、正しいものに合わせた時に、今までの見当違いの努力の成果が一気におりてきます。

 思うに、人生に絶えず必要なのは、常に未来に向けて、次の一手を打ち続ける事のような気がします。

 仕事の事だけではなくて、自分の将来設計についても、日頃の健康管理についても々です。
   やっぱり、今の健康管理は真剣に反省しなければヤバそうだ…

 例え今がどんな状況であっても、必死に頑張った分の努力は、必ずや素晴らしい未来を、貴方の元へと運んで来てくれるはずです。


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パリ… ベルサイユ… 素敵なバラの香りに抱かれて

 皆さま、こんばんは。
 今日は日曜日ですが、今週の四柱推命講座は変則でお休みだったので、それを利用して、千葉の八千代市にある 「京成バラ園」 に行ってきました。

 何と今日一日限りのイベントで、あの 「ベルサイユのばら」 の原作者・池田理代子さんと宝塚スターの涼風真世さんがいらっしゃるという事で、友人と前々からここに来ようと約束していたのです。

特設コーナー

 まさに、バラ屋敷といった感じです。

 いきなり、「ベルサイユのばら」 と言っても、多分このブログ読んでいる半分ぐらいの人は、わけわからないと思いますので、ちょっとだけ解説を…

 この 「ベルサイユのばら」 は、ずい分古くからある大人気の少女漫画です。     マーガレットとかに載っていた…
 
 話の内容は、フランス革命時の悲劇のラブ・ストーリーで、最初はベルサイユ宮殿が舞台の中心になるのですが、のちにパリのバスチーヌのフランス革命へと、話が展開していきます。
 一応このブログ、パリブログですから…
    これまで際ぎわなく暴走しておいて、今さら何を(笑)

 この作品は、宝塚で上演された事もあって、社会現象化したほどで、これがなかったら、今ほど日本人がフランス革命の事に興味を持っていなかったでしょう。

 フランス政府は、日本にフランス文化を広めたという事で、池田理代子さんに、「レジオン・ドヌール勲章」 を与えたほどです。 

 僕もこのアニメが好きで、パリにいた頃はベルサイユ宮殿に行きたくて、苦悩した事もありました(笑)
 (2012/3/12ブログ 「成功者の条件」 参照)
   あれからもう、2年も経つのか…

 早速、友人と二人で、池田理代子さんと涼風真世さんのトークショーを聞きました。

ベルばら会場

 見渡す限りのバラの中に作られた特設会場…
  ここのお席は動く度に、バラのとげが体に刺さって痛いです(笑)

 トークショーの風景は撮影禁止なので、ご紹介できないのが残念ですが、本当に池田理代子さんはいつまでも若々しくて、気遣いのある方だと思いました。

 最初イスに座りながらトークショーをする予定だったのですが、「たくさんの方がいらっしゃっていますので、立ってトークショーをさせてください」 とおっしゃって、急きょ、涼風真世さんと立ってトークショーをされたんです。

 会場には、本物の 「ベルサイユのばら」 もありました。
   ベルサイユのばら

 池田理代子さんは、高2の時から、マリー・アントワネットに興味を持っていて、この話を描かれたという事です。

 「ベルサイユのばら」 を知らない人には、ちょっと意味不明になってしまいますが、あの話に出てくる、主人公のオスカルとか、アンドレとか、ロザリーとかって、実際にはみんな存在しない架空の人なんですけど、まるで本当にいる人みたいに生き生きと描かれているのが、この作品のすごい所です。

 あと、すごく素敵な役どころの、フェルゼン伯爵は、本当はとっても変な人だったらしいです。(友人談)

 ちなみに、会場には他にも、オスカルのバラとか、アンドレのバラとか、マリー・アントワネットのバラとか… 登場キャラのバラが販売されていました。

ソレロ 食事を取って、友人とバラ園の中を散策してみました。

 赤いバラの他にも、黄色のバラ、ピンクのバラ、オレンジのバラ、白のバラ… よりどりみどりです。

   バラの大輪

 しかも、このバラの香りが本当に最高ですね…

バラいろいろ ここ最近、ずっと仕事づけだったので、たまには息抜きしなくちゃです…

 ここに来たいが為に、
 講座の休みを今日に
 決めた訳ではありません
   …念の為(笑)




   浅野太志バラ園にて

 バラの通りを歩きながら、少し、物思いにふけっていました。

 この素敵なバラ園を作るのに、一体どれぐらいの時間と手間が掛かったんだろうって、ふと考えてみたんです。

 最初は何もない所から、暗中模索の気の遠くなるような思いで、誰かが種をまき続けて行ったんだろうなって…

 僕も2年前、パリにいた時はそうでした。

 あの日のブログを書いた時は、今みたいに実績が何一つ出せていなかったから、やたら焦り続けていました。

 でも、種だけは一生懸命まいてました。

 池田理代子さんだって、高校生の頃から漫画家になりたくて、出版社に持ち込んでは技術力のなさを指摘され、すぐに道は開かなかったという事です。

 もちろん、ただ闇雲に努力さえすればいいというものではありません。
 村野大衡先生も行っていましたけど、自分の適性を知って、そこに向かって努力しなければ、空回りになるだけです。

 ほのぼの占い師 “村野大衡” 夢を叶える方程式

 よく、生まれてから死ぬまで何一つ良い事がないような、パッとしない人生の人がいたなんて話を聞きますが、それはその人が、死ぬまで本当の自分の適性をつかんでいなかっただけじゃないかな… って気がします。

 僕だって、今でも20代と同じように、ミュージシャンを目指していたら、やっぱりそんな人生になったと思う…

 2年前パリに行って、たくさんの種をまいて、僕も今、やっとこうして自分の居場所を見つけられました。

 素敵なバラの香りに抱かれながら…

 あきらめないで種をまき続ければ、誰でもきっと素敵な人生の花が開くはずです。


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お金も恋愛も仕事も人間関係も、全部つながっている

 昨日のブログは、本当にお恥ずかしい僕の身の上話をしてしまいました。

 さっき、使い始めたばかりの I Phoneの操作を覚えようと、昨日の自分のブログを I Phoneで読み直してみたのですが、これ、やっぱり笑えないな… って反省しました。

 まあ、20万円以上も、携帯サイトにお金を無駄使いしていたという失敗談そのものは、マヌケな人間のエピソードとしては面白いと思ったのですが、よくよく考えてみると、これは、僕の人間性の欠陥そのものだな… って気がしました。

 結局、そのサイトを継続している必要がないのに、解約する手続きを億劫がって逃げだして、先延ばしにした結果が、コレな訳ですから…

 これって、いつも見たくないものから目をそらして放置してしまっている、弱い自分の失敗談そのものかも知れないって、思ったら、急に笑えなくなりました。

 確かに僕には、そんな人生傾向があります。
 恋愛に関しても、仕事に関しても、人間関係に関しても、どこかきれい事で解決して、面倒くさくなると目をそらして逃げ出してしまうような自分がいます。
 まあ、仕事に関してだけは、自分のプライドがあるから、必ずしもこの限りではないのですが…

 時に失敗というものは、単純に物事の認識不足と言うだけではなく、場合によっては、自分の人間性の欠点を示唆してくれていたりする…

 だから、どうせ失敗したのなら、その本質まで学ばないともったいないな… って思いました。
 でないと、20万円ものお金を投じてしまった、元が取れないかなと(笑)

 お金の事も、恋愛の事も、仕事の事も、人間関係も…
 人間の行動はどれをとっても、やっぱりその人らしさが反映されていますね。

 お金に関して欲がない人というのは、恋愛に関しても欲がないし、仕事に関しても欲がないし、人間関係に関しても欲がない…

 「欲がない」 と言えば聞こえはいいですが、これはそんなに立派な事ではない気がします。
 ただ単に、面倒くさがって、それから逃げているだけかも知れない…

 逆に、お金に対してガツガツしているような人は、何に対しても同じように、ガツガツしているような感じになります。
 こういう人は恋愛に関しても、とにかく押しの一手で行きやすいでしょう。
 仕事に関しても、人間関係に関しても…

 欲がない人に比べれば、やっぱり金運も、恋愛運も、仕事運も、パワーがある分だけ、一時的には、良い結果を得やすい傾向にはなります。
 ただしこういう人は、常に周りの人を振り回すので、知らない間に敵をいっぱい作っています。
 そして今度は、思わぬ所でしっぺ返しを食って、怪我をする事になりかねません。
 だからやっぱり、これもそんなに立派な事とは言えないと思うんですね…

 じゃあどうしたらいいのか… って事になると思うんですけど、欲のない人も、ガツガツしている人も、何か重要なものが欠けているような気がするんです。
 これは僕自身にも言える事なんですけど…

 それはおそらく、「大切にする心」 なんじゃないかな… って気がします。
 別の言葉にすれば、「愛」 と言ってもいいでしょう。

 お金というものに、欲を持たないというのも違うし、ガツガツするっていうのも違う…
 そうではなくて、お金を大切にするとか、お金を愛する… って事になるのだと思う。
 「お金を愛する」 っていうと守銭奴みたいですけど、そういう意味ではなくて、価値のある事に使ってあげようとする心です。
 無駄な携帯サイトに20万費やすんじゃなくて(笑) 
    只今、猛反省中!

 お金を大切にする事ができる人は、恋愛をする時に、相手を大切にする事ができるし、仕事を大切にする事ができるし、人間関係を大切にする事ができる…

 きっと、そうだと思う。

 これこそがひょっとすると、人生の運を開く為の鍵なのかも知れません。

 まあ、口先だけではダメですね… 僕も偉そうな事を言った分、これから反省をかねて、これを実践してみたいと思います。


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お金が貯まらないのには、やっぱり理由がある

 それにしても、人生というのはつくづく、人との出会いによって、可能性が開かれるものだなって思います。
 今回のI Phoneの携帯アプリ 「恋と出会いの四柱推命」 のリリースだって、もしも僕が鯉沼様に出会わなかったら、決して実現しなかったはずです。

 元々、鯉沼様は、東洋占術の大家・神熙玲(じん きれい)先生の元で、たくさんの占術を学んだ方で、「恋占」 という、ご自身の占いアプリだって持っていらっしゃいます。

 あえて、表には出ないで裏方に回っていらっしゃいますが、占術界の屈指の実力者で、こうしてご縁を頂けた事に本当に感謝しています。

 やっと今日になって、僕のホームページのアプリ紹介も完成しましたので、お時間がありましたら、見てやってください。
   半日がかりで作った…

 I Phone 専用アプリ 「恋と出会いの四柱推命」

 そんなこんなで昨日は、僕の持っている携帯電話を、I Phone(アイフォン)に替えるために、地元のauショップに行ってきました。

 やっぱり、僕の今まで持っていたAndroid(アンドロイド)は、あまりアプリの制作に適さないようなのです。

 というのは、I Phoneは、どこのメーカーのものでも、規格が統一されているのでプログラミングが容易にできるのですが、Androidというのは、メーカーごとに仕様が違うものだから、それぞれ用にプログラミングをしないといけない…
 これは致命的なAndroidの弱点かも知れません。

 それで、昨日のブログにも書いたのですが、携帯電話を取り替えるのと同時に、どうも毎月の携帯の請求金額が日頃使っていない割に高いな… って気がしていたのです。

 明らかに高い… という訳ではなくて、なんか微妙な感じで高いと言いますか(笑)

 それで思い切って、調べてもらう事にしました。

 昨日、auショップで僕の担当をしてくださったMさんは、とても親切な方で、機械オンチの僕に本当にいろいろとフォローしてくださいました。

 そして、請求金額が高かった理由がわかりました!

 なんと、毎月いろんなサイトの月会費みたいなのが請求金額として引き落とされていて、トータルで毎月1,633円もかかっていたのです。

 自分でも、一体何のサイトに登録したのか思い出せなくて、Mさんに調べてもらうと、「携帯の壁紙」 のサイトとか、「絵文字デコメ」 のサイトとか、「メールの効果音」 のサイトとか、「着うた」 のサイトとか、そんなものばっかりでした。

 そういえば、僕は携帯を買ったばかりの頃、自分の本当に気に入ったものにカスタマイズしてやろうと、いろんなサイトに登録していました。
 一番古い物の記録を見ると、なんと14年前から、ずっと入り続けているのですね。

 それで最初にたった一回、気にいった何かをダウンロードして、その後、解約をしていなかったので、毎月100円とか200円ずつ、ずっと引き落とし続けられていたのです。

 本当、おバカさんでした…

 auショップの担当してくださったMさんは、「どう少なく見積もっても、トータルで20万円以上の損失になっている事は間違いなく、ここまでのお客様は初めてみました」 って、言われました(笑)

 いやいや、これって普通笑えないんですけど、何故かまるで人ごとのように、思わず何度も自嘲してしまいました。

 Mさんは僕の為に親身になって、10個ぐらい登録されているサイトを一つ一つ解約してくださいました。

 Mさんのような携帯のプロがやっても、1つのサイトを解約するのに、3分以上かかりますね…
 解約の途中で、暗証番号を入力しなければならなかったり、解約のアンケートに回答しなければならないので、その度にMさんから携帯を渡されて、僕が4ケタの暗証番号を入れたり、アンケートに回答したりしました。

 おかしいのは、「退会する」 に「はい」 をクリックするのに、その後、「本当に本当に解約しますか」 とか聞かれるんです。

 あと、「会えなくなっちゃうなんてさびしいニャー デコメとり放題だよ~」 とか、情に訴えかけてくるのもあります。
    おそらく10年前、情に流されて解約しないまま現在に至る(笑)

 今日は、Mさんがどんどん手続きを進めてくれたので、くだらない迷いもなく、全部解約できました。

 結局、100円とか200円とかだから、つい軽く考えるんですね…
 それでも14年間払い続けた場合、例え1ヵ月100円のサイトでも16,800円になります。

 僕は本当に、猛反省しました。
 今まで僕は、なんでお金が貯まらなかったのかな… って考えたら、こんな風にわきがものすごく甘かったんです。
 結局、一事が万事で、あらゆるパターンでこういう風にお金がこぼれていくんですね…

 ただ、今こうやって自分の携帯アプリを持たせて頂いて、さらにこれまでの携帯も替えて、やっとお金が貯まらない運気から抜け出したような気がします。

 このブログを呼んでいる皆さまは、僕みたいなマヌケな人はいないと思いますが、人ごとだと思わずに気をつけてください。
 ちなみに、I Phone専用アプリ 「恋と運命の四柱推命」 は、継続課金制ではありませんので、どうぞ安心してプレイしてください(笑)

 もしもどうも自分はお金が貯まらないな… と思ったら、やっぱり何か理由があるんです。

 本多静六さんも言っていましたけど、お金を軽く見る人は、お金からも軽く見られるし、僕も今までそうだったけど、やっぱりずい分と、お金に対して失礼な事をしてきたと思う…

 「無駄なものは1円でも高い…」 そういう覚悟で、ちゃんと自分のお金にたいして感謝した時、貴方には今よりももっともっと大きな金運に恵まれるはずです。


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最高のタイミングで渾身の一撃を

携帯 今日は、地元のauショップに行って、ついに今までずっと使っていた携帯電話を取り替えました。

 やっぱり、グリーンです(笑)

 今までは、Android(アンドロイド)を使っていたのですが、いよいよ今日から、I Phone(アイフォン)に乗り換える事にしました。

 ついでに、常日頃から、毎月の携帯の使用料金が、どうもかかり過ぎているな… って思っていたので、いろいろと調べてもらう事にしました。

 そしたら、その原因がわかりました。
 そして、過去14年間で、とんでもない額の携帯料金が無駄にかかっている事が判明しました!

 …って、今日はそんな記事を書こうとしていた訳ではないので、これは明日のブログのネタにします(笑)

 そんなつまらない事ではなくて、もっとお伝えしたい事があるんです(^^)

 なぜ、わざわざI Phoneに乗り換えたかと言いますと…
 ついに本日、昨年の秋からずっと徹夜をしながら作っていた、I Phoneユーザー限定のアプリがリリースとなったのです。

 おめでとう、頑張ったね 自分!  パチパチパチ… 自画自賛

恋と出会いの四柱推命 ~気付けば10日で恋が叶う~
     なんて、キャッチーなんだ…

  恋と出会いの四柱推命

 いきなり、でっかく広告してごめんなさい…

 いや、これスゴいです!
 なんと、スマホを左右に揺らすと、木の葉がゆれます。

 僕の 「何でもいいので、緑色を入れてください」 という要望を反映してくださったのですね。

 I PhoneのApp Storeから、「恋占い 無料 四柱推命」 で検索すると出てきます。
 くわしくは下記のリンク先の方法で、画面が立ちあがります。

 http://www.asano-uranai.com/application.html

 I Phone持っていない方、申し訳ありません… 一応パソコンでイメージは見れます

 今回のこの企画は、前回の覆面調査企画の㈱イズバックの鯉沼様のお力添えによるものです。
(2/28ブログ 「人を幸せにする本物の占い師が活躍できる時代」参照)

 実際、僕がやった事は、鯉沼様が設定してくださった質問の回答の原稿を書いただけで、内容の企画構成からデザインから営業や売り込みまで、全て鯉沼様のお陰を持って、この企画が実現したようなものです。

 正直の所、僕は今日までどんな形に仕上がっているのかさえ、知りませんでした。

 鯉沼様は、本当にたくさんの人脈も持っていらっしゃって、どんな些細な事でも親身になってプロジェクトに取り組んでくださいます。
 本当にどれだけ感謝しても足りないくらいです。

 そして、なんと…

 このアプリのレビューで、☆5つの高評価をつけてくださった人に、あのディズニーランド内で唯一お酒が飲めるフレンチレストランである、ディズニーランドクラブ33に、何名かの方をペアでご招待してくださるそうです。
     なんて、太っ腹なんだ…

 という事で、i Phone持っている人、レビューをつけてやってくだせぇ(^^)

 ちょっぴり、自分で遊んでみました♪

プロフィール こんな風に自分の生年月日を入れましてですね…

 気になる 「あの人」 の生年月日も入れれば、相性鑑定もできます。

 なんと10人まで登録できますから、浮気性の人にも、ちゃんと対応しております(笑)

 有料のサイトもありますけど、無料サイトだけでもかなり楽しめます。


今日の運勢 ちなみに、今日の運勢の通知設定をONにすると、貴方の今日の恋愛力の%を I Phoneのアイコンの所に常に表示してくれます。

低い数値の日は、
あまり
気にしすぎないでね…


 今日の浅野太志の恋愛力は…

 61%だった(笑)

 確かに日頃の疲れがたまっている…


 今回の企画は、実を言うと僕としては、まだまだ付け加えたい文章や、改良したい内容がいっぱいあったのです。

 でも、そんないつもの僕のやり方だと、このまま完成がズルズルと先送りされていくに違いありません。

 やっぱり、タイミングというものを逃してしまうといけないんですね。

 今回、この時期だったから、最高のタイミングでセールスもできたし、ディズニークラブ33の御招待のタイアップ企画もできたのだと思います。
 仮に半年後、完璧な作品ができあがったとしても、このチャンスを逃してしまったら、運を逃してしまいます。
 これはまさに、クリスマスケーキと同じ…

 付け加えたい内容なんて、別に後から追加したって構わないのですから…
       どんどん追加していきます

 例え同じ企画でも、時が経てば風化するし、二番煎じになってしまう…

 最高のタイミングで渾身の一撃を…

 人生は一度きり…
 その時が来たら思い切って、砕け散るくらいの全力でぶつかって見るのも良いのかも知れません。


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絶対に良くない相性はない

 今日の関東地方は雨…
 窓の外の雨音を聞きながら、早速、次の四柱推命講座の準備に取り掛かかっていました。

 僕は今まで、本当にたくさんの人との出会いがありました。
 恩師や友人、結婚したいって思える女性だって、何人もいました。
 この年ですから、当たり前ですよね…
 結局いまだ、誰とも結ばれるには至っていませんけど(笑)

 それでもし、このブログを読んでいる未婚の人で、今現在、結婚したいと思える相手に巡り合っていて、相手もOKで、特別に何か問題を抱えているのでもなければ、迷う事はなく、その人と結婚したらいいと思うんです。

 お互いがうまくやっていけるように、これから精一杯の努力をする訳だし、それでも結果、どうしてもうまくいかないっていうのなら、その時は別れればいい…

 二人がお互いに、相手を大切に思いながら、高め合う事に意義があると思うんです。

 もちろん、相性鑑定を受けて、占いを上手に活用するのも良いでしょう。
 でも、ここで間違ってはいけないのは、「相性」 というものに、絶対的に悪いというものは存在しないという事です。

 どんな相性だって、良い部分と悪い部分が両方あります。
 そして、良い関係になるにはどうしたらよいか、というポイントが必ずあります。

 例えば、お互いが同じ目標や方向性を持つ事によって、同士のような関係になれる相性とか…

 お互いが一定のテリトリーに入らないようにする事で、うまく行く関係の相性とか…

 片方が主役になって、片方が補佐役になる事でうまくいく相性とか…

 だから、ちゃんとした占い師は、「この相性は最悪な関係なので、今すぐ別れなさい」 なんて言う事は絶対にありません。

 でも、コンピューター占いとか、娯楽の占い本に書いてあるような相性占いなんかだと、身もフタもないような結果が出る事もあります。

 結局、一冊の本の限られた文章の中でとか、コンピューター・ルーチンなんかだと、ある程度の少ない数に絞り込んで、機械的に解説していくしかないから、おみくじみたいに、「吉」 とか 「凶」 とか出すしかないんですね。

 僕が 「四柱推命完全マニュアル」 で、相性にあえて触れなかったのも、そんな経緯があります。
 本当の事言うと、最初は簡単な相性占い(日主だけで見るやつ)の文章を載せていたのですけど、いろいろな意味で、本物の四柱推命が誤解される事になりそうなので、後からカットしたんです。

 それから、僕がコンピューター・ルーチンで、相性のプログラムを組むとしたら、全部小吉以上にするより仕方がないかな… っていう結論になります。
       実際にこれには苦悩した…

 やっぱり、絶対に合わない相性なんてないです。

 とはいえ、こんな風に書くと、中には、「そんな事言ってもやっぱり、どうやっても合わない相手だっている」 って反論が出そうな気もします。

 でも僕が思うにそれは、その人との相性がうまく行く方向性をつかみきれていないだけの話のような気がします。
 とはいえ無理やり、誰とでもうまくいかせる必要なんてありませんが…

 冷静に考えてみるとわかるのですが、世の中には、誰とでも理想的な関係を築けるような人もいれば、反対に、誰とでもうまく行かなくて、いつもトラブルを起こしているような人だっています。

 おみくじ的な占いで分かる相性というのは、だいたいどの生年月日でも、吉の相手と凶の相手が、半数ずつくらいいて、人によって、吉の相性の人ばっかりとか、凶の相性の人ばっかりとかに結果がなる事はありません。

 例えば、僕の若い頃は、本当に協調性がなくって、ほとんどの人とうまくいきませんでした。
 たまにすごく気の合う友人もいましたが、極めてまれでした。

 逆に今は、有難い事に、ほとんどの人と良好な関係を作れていると思います。
 とはいえ、ごくごくまれに、この人とは勘弁… という人もいますが(笑)

 それは、その相手にかなり問題がある場合です。
 それで、その相手は決まって、やっぱり誰とでもうまくいっていなくて、トラブルになっているような人です。

 そんな時、無理をしてまで、その相手とうまくやろうとする必要はないでしょう。
 関わりあいになれば傷つけられるだけだし、意識すれば憎しみもわいてきたりするから、なるべく離れた方がいいです。

 これは相性が悪かったというよりは、その相手がたくさんの問題を抱え込み過ぎていたといった方がよいでしょう。

 もちろん、これとは逆に、うまく行かなかった原因が自分の中にあるというパターンだってあるでしょう。
 そんな時は素直に自分を見つめて、反省するしかありません。

 結局の所、お互いが自分の問題をちゃんと解決していれば、相性はうまく行くし、やっぱり絶対に良くない相性なんて存在しないと思うんです。

 今すぐは分かりあう事は出来なくても、お互いの問題が解決されたなら、きっと誰もが、全ての人と分かりあえるようになるんじゃないかなって、僕は信じているんですね。


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この年齢だからこそ出来る事がある

 ふと。今までの人生を振り返ってみると、ずい分と遠くまで来たものだな… って思う。

 気がつけば、僕ももう43才です。
 43才という年を、若いと見るか、中年と見るか、人それぞれだと思います。

 とはいえ、一般的には、「若いんだ」 って、あまり胸を張って言える年でもありませんね(笑)

 僕は昔、こんな風にさらっと自分の年を言えなかったんです。
 あの頃はいつも、若くしてミュージシャンとして成功しなければ… って焦っていたので、20才を過ぎたあたりからは、絶えず自分の年齢にコンプレックスを持っていました。

 年を取れば取るほど、人生というのは、いろんな可能性を失っていくものだ… って思っていました。

 例えば結婚するのだって、世間では若い方が有利だなんて言います。

 これは特に、女性にその傾向が出やすいのかも知れません。
 妊娠をするにも、子育てをするにも、若くて体力のある方が有利ですし、確かに男性も、若い女性に目が行きやすいという傾向はあるかも知れません。

 でも、それはあくまでも一般論です。
 どちらかというと、外見や、世間体なんかで結婚する人の為の価値観ですね。

 もちろん、若い内に素敵な人と巡り合えたのなら、その人と結婚すればいいでしょう。
 とはいえ、年を取ったからと言って、自分を安売りする必要なんて全くないと思う…

 僕は、年を取る事によって得られる、有利な点だってあると思うんです。
 それは、内面性で深いつながりを持った相手と、つながりやすくなる事…
 これは、なぐさめなんかではなくて、まぎれもない真実です。

 ただし、そういう相手と出会うためには、一つだけ条件があります。
 それは自分自身も、あまり表面的な事にとらわれない事です。

 見た目とか、学歴とか、収入とか… 確かにそういうのも、良いに越した事はないですけど、そんなものを手に入れたくて結婚したいと思っている内は、本当に深いつながりのある相手に出会っていても、スルーしてしまうでしょう。

 例え運命の人に出会っていても、その縁に気づけなかったりするし、それにそんな価値観を持っていると、自分に自信が持てなくて、魅力も十分に発揮されないから、縁のある相手に気づいてもらえない可能性だってあります。

 こんな風に見た目とか、社会的ステータスにとらわれるのは、日本人に多い発想ですけど、フランスなんかに行くと、軽蔑の対象だったりします。
(2012/10/10ブログ 「パリ発・純度100%の恋愛観」 参照)

 結婚だけに限らず、年を取れば年を取るほど有利な事は、人生には山ほどあります。
 年を取ってたくさんの経験をした分だけ、言葉に重みが出ますし、それはそのまま人の心を動かす武器にもなる…

 とどのつまり、年の取り方によって、人生は決まると思うんですね。

 そして僕が思うのは、常に、今の年齢だからこそ出来る事があるという事です。
 僕は今よりも若かったら、ここまでの考えに至る事が出来なかったし、今よりも年を取ってしまったら、丸くなりすぎて、こんな主張をする気も、なくなってしまうかも知れない(笑)

 この年齢だからこそ出来る事がある…

 変なとらわれを捨てて、今の自分の年に自信を持った時、本当の人生の可能性が開かれてくるはずです。


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大きななにかが動き出す時

 僕が思うに、世の中で末長く発展していく組織というのは、必ず見えない所で、その組織の軸というか、天とのパイプ役のような存在の人がいるものです。

 フロントに立って前面で活躍している人とは別に、陰で組織をサポートをしていたり、メンバーの心の拠り所のような役割をしていたりします。
 いつもブレない軸になっていて、必要に応じて、メンバーを叱咤激励するような存在です。

 そして、その軸の役どころをする人と、前面で活躍する人達と、陰と陽がうまく結合する事で、何かが生み出されていくと言っていいかも知れません。
(2013/1/5ブログ 「陰と陽の結合で」 参照)

 車体で例えるなら、陰の役割をする人がブレない軸になって、陽の役割をする人が、その軸を中心として回転する車輪の働きです。
 それが大きく回転し始める事で、プロジェクトが完成していく…

 軸になる人というのは、表面に出ない事も多いですし、外からその存在を感じさせない事も多いです。
 でも、実際にその人に会って見れば、雰囲気で何となくわかります。
 魅力的で神々しいというか… ああ、この方が中心にいるから、この組織はうまく行っているんだ… って納得させられるような存在が、役割のある大きな組織には必ずいます。 

 だいたいは、女性がこの役割をする事が多いでしょう。
 女性は男性以上に、天の気に敏感ですから…

 経営の神様といわれた松下幸之助さんも、常に奥様にだけは絶対に頭が上がらなかったと言います。
 家で奥様に小言を言われる度に、小さくなっていたとか…

 松下幸之助さんのイメージからは、ちょっと想像しずらいですけど、あれだけ大きなお役割を持った方だったから、奥様がしっかりと軸の役割をされている事が必要不可欠だったに違いありません。

 秀吉の豊臣政権の場合であれば、正室である北政所(別名 「おね」、または 「ねね」)が、その軸の役割だったと思います。
 加藤清正(1/25ブログ 「熊本旅紀行」参照)とか、福島正則とか、浅野長政とかいった豊臣恩顧の武将の心の拠り所だったし、みんなが北政所を慕っていたんです。
 間違っても、淀君ではなくてですね(笑)
  ちなみに、さっきの3人が関ヶ原で東軍(家康方)についたのは、
  北政所のアドバイス…


 この軸になる陰の役割というのは、陽の役割をする人よりも、はるかに重要な役回りになります。

 だって、天のパイプ役ですから…
 つまり、その人がそこに存在する事によって、初めて物事がスタートする…
 昔で言うならば、シャーマンとか巫女といった存在だと思います。分かりやすい例が、日本だと卑弥呼みたいなものです。

 ハッキリ言えば、陽の役割をする人なんて、いくらでも取り換えがきくんです(笑)
 多少実力があって、博学で謙虚な人だったら、陽の役どころは担えます。

 でも、陰の役どころはその人しかできない…
 天の神様が選んだ人だから、他に代わりがきかないんですね。

 そしてたいがいは、陽の役割をするたくさんの人達のサポートを受ける事によって、その歯車が動き始めます。

 僕が思うに、陰の役どころを受け持つ人も、陽の役どころを受け持つ人も、やっぱりその時代に必要があって、そこに表れているんじゃないかなという事です。
 そして、お互いが出会うべき時期に出会うようになっているに違いありません。

 天は、その人にその役割が果たせるように、時に理不尽な目に合わせたり、艱難辛苦に合わせたりする…

 ひょっとしたら人間なんて、天の作ったシナリオで、ただお芝居をさせられているだけなんじゃないかな… なんて、僕はたまに思ったりする事があります。

 大きななにかが動き出す時…
 それが何だかはわかりませんが、もしも自分にでも出来るような何かの役どころがあったなら、それを精一杯やらせて頂けるだけで、心から嬉しく思います。


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いつかまた、この自然の中へ

 今日は、四柱推命講座・中級編の2日目…
 より深い形で、「甲乙丙丁定戊己庚辛壬癸」 の十種類の日主について、考察していきました。
 まあ、四柱推命の基本というのは、全てを大自然のものに置き換えてイメージしてみる事です。
 そうすると、きっと何か見えてきます。

 今日の講座の後には鑑定が入っていたので、講座の荷物を抱えながら、赤坂の地へと向かいました。
 外は初夏の陽気、柔らかくてちょっぴり眩しい日差しが心地よいです。(最近になって、僕が丁度気持ちよいと感じている気候は、普通の人にはかなり暑いという事がわかってきました…)

 たくさんの荷物を抱えながら歩いていたので、ちょっとだけ一休みしたくなって、駅の近くにある広場のベンチで10分ほど腰をおろしました。

 ベンチの前には、花が咲いて、丸い石が敷き詰められた、小さな噴水がありました。

 噴水

 この噴水の水がすごく気持ちよさそうで、たくさんの小さな子供たちが水にさわって遊んでいました。

 そして、僕のベンチの前を、ぬいぐるみみたいに可愛らしい高級な犬を連れている貴婦人が、何人も通り過ぎて行きました。

 ふと気がつくと、僕の足元には、二匹の鳩が歩いています。
 人間を全然怖がらないんですね…

 何だかすごく心地よくなって、そのままベンチで眠ってしまいそうになりました(笑)

 自然との調和って、こういう事を言うんだなって思いました。
 まさに、これが天国という世界なのかも知れません。

 確かのこの広場は人工的に作られたものかも知れないけど、この地上の自然は、全てこんな風に調和が取れている…

 人間というのはついついいろんな雑念や人間関係のしがらみに囚われてしまうし、その途端、地獄の苦しみから抜け出せなくなったりするけど、本来はそうじゃない…

 小さな子供たちや、無邪気な動物たちみたいに、こんな風にそのまんま自然の中に溶け込めたら、どんなに幸せなんだろうと思いました。
 いずれは自分だって、死んだ時には土に還る訳ですし…

 子孫を残したり、名誉を残したるするのも、確かに悪くないけど、その前に、自分が死んだ時には、ちゃんと土に帰りたいなって思いました。
 いつまでも、みにくい屍を地上にさらしているのだけは、ちょっとイヤかなって(笑)

 大自然の素敵な調和の中で…
 いつかまた、この自然の中へちゃんと帰っていけたなら…

 生きている間に、精一杯そばにいる誰かに出来る限りの愛を与えて、そのまま土に還れれば、僕はそれで本望です。


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心の焦点がどこにあるかで全ては決まる

 僕は今ありがたくも、周りの人に支えられながら、本当に幸せな人生を送らせて頂いています。
 好きな仕事で毎日を楽しみながら生きているというほど、恵まれた事もないし、どれだけ感謝してもしきれないほどです。

 今になって、自分は遅咲きで良かったなって、しみじみと思います。

 もしも若い内からこんなに恵まれてしまっていたら、こうやって感謝する事もできなくなっていたと思います。

 若い頃の僕は、ちょっとした事で心がブレまくっていたし、精神的にもタフじゃなかったから、すぐに落ち込みやすかったんです。

 でも、年を取って、正しい心のフォームとでもいうものが身についてくると、だんだんブレなくなってくるというか…

 これはもちろん、感情が冷めて、何も感じなくなってしまったからという訳ではありません。

 嬉しい事があると嬉しいけど、やっぱり悲しい時もあるし、腹の立つ時だってあるし、今日はちょっと体がだるくて何もやる気がしないな… って時もあります。
 その辺は、昔とちっとも変っていないです(笑)

 ただ、感情に流されなくなったというか… きっと、それだけの違いですね。

 若い頃は心のコンディションが、すぐに自分の行動に反映されていましたから…

 だから調子の良い時は はり切り過ぎて、今思えば、相当周りからひんしゅくを買っていたと思います。

 あの頃は、心の焦点が常に自分の損得にありました。

 若い頃から、割と口先では立派な事を言っていたりしたんですけど、精神性はまるで幼かったというか、なっていなかったんです。

 じゃあ今は、そんな立派な生き方をしているのかといったら、そういう訳でもないんですけど、少なくとも自分の損得にはあんまりとらわれないようになりました。

 最近、本当思うんですけど、人間立派に生きようなんて、あまり頑張り過ぎない方がいいですね(笑)

 ひょっとすると、立派に生きようと意識している時点で、自分がブレている可能性だってありますし…

 よくよく自分の心の奥の奥までのぞいてみたら、「立派に生きる事で、人から賞賛されたい」 とか思っているかも知れないし、 「自分は特別な人間だから、立派に生きるんだ」 って思っている傲慢な自分がいるかも知れない…

 一番いいのは、そんな意識なんてまるでしているつもりがないのに、端から見たら結構立派な生き方をしているっていうのじゃないかと思います。

 あまり自分の損得ばっかりにとらわれないようにして(お人好し過ぎない程度に…)、自然な形で、周りの人の事を思って大切にしているだけで、案外十分じゃないかなって気もします。

 そういう所に心の焦点があれば、人からの支持も受けられるし、運も自然に良くなっていると思うんです。

 心の焦点がどこにあるかで全ては決まる…

 気負いすぎず焦らず、自然体で肩の力を抜いて生きてみるのも、時にはいいのかも知れません。


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失敗した時に悔しがる人が伸びる

 今日のブログは、また家康公の事を書こうと思います。
 毎度毎度で、本当すみません…

 それにしても、徳川家康の事を書いていれば、永遠にネタがつきないです。
 僕にとっては、この人は本当に偉大だと思うし、やっぱり目標としている人です。

 ただ、僕の中の家康像は、巷で言われているような腹黒いタヌキ親父ではないです。
 あの悪いイメージは、明治以降になってから、かなり作為的にゆがめられて作られたと思うんですけど…

 家康の業績の中で、一番家康を悪いイメージにしているのは、大阪の陣の理由づけとされた方広寺鐘銘事件(5/1ブログ 「家康公について」参照)だと思います。

 あとは、関ヶ原の戦いで、毛利家の領土を一切削らないとか言っておきながら、騙し討ちみたいに、結局 毛利領を4分の1にしてしまった事なんかも、悪いイメージの理由の一つとしてあるでしょう。
(2012/11/8ブログ 「周りの人に流されない」 参照)

 でも、あれは当然ですよ。
 だって、毛利輝元は西軍の総大将として、全国各地の大名に家康を罵った弾劾文を送っている訳ですから、あれをそのまま許したら、男がすたるってもんです(笑)
 まあ、吉川広家には、ちょっと気の毒な事になってしまったんですけど…

 あの時代、なぜ徳川家康だけが天下人となって260年も続く幕府を開けたかと言えば、やっぱりものすごく負けず嫌いだったからだと思います。

 戦さに負けたり、失敗したりすると、人一倍悔しがって歯ぎしりするような、家康の負けず嫌いで不器用な性格こそが、全ての勝因だったような気がします。
 言いかえれば、これは劣等感の裏返しでもあると思うのですが…

 現代でもそうですけど、伸びる人と伸びない人の違いというのは、全てここにあると言ってもいいでしょう。
 例えば、時間に遅れるとか、忘れ物をするとか、何か失敗をやらかしちゃった時、「まあ、いいや」 って軽く考える人は、その失敗した事も忘れちゃうし、何回も同じ失敗を繰り返します。

 家康という人は、一度失敗した過ちは二度と繰り返さなかった人でした。
 それはやっぱり、自分の失敗に対して、ものすごく悔しがる人だったからだと思うんです。

 「三方ヶ原の戦い」 というのは、武田信玄を相手に、家康が生涯で唯一経験した、ひどい惨敗を喫した負け戦さだったのですが、家康はこの時、自分の軽率な決断を本当に悔しがりました。
 そして、その惨めな姿を絵師に描かせて、その絵をずっと自分のそばに置いておきました。
 こんな絵を(笑)

 これ、「しかみの像」 って言うんですけど、この顔を見るだけで、家康の悔しがり方がわかります。
 「二度とこんな馬鹿な事はやるものか」 って、何度も何度も自分を責めたんだと思う…

 あと、家康を天下人にならしめたもう一つの理由は、今川家の軍師である太原雪斎(たいげん せっさい)からの教えを受けて、幼少の頃から古典の良書を、熟読していた事にもある気がします。

 「論語」 とか 「史記」 とか 「易経」 といった古の知恵を、自分の中に上手に取り入れていたのは、やっぱり大きかったはずです。
 そういう意味で、家康というのは本当にラッキーだったと思う…
 この時代、古典なんて読みたいと思っても、よほど良い家柄に生まれるか、もしくはそういう人と縁がなければ、巡り合う機会もありませんから…

 それに比べると、現代は本当に恵まれた良い時代です。
 「史記」 だって、「易経」 だって、「論語」 だって、「吾妻鏡」 だって、書店に行けば、たった数百円で手に入るのですから…

 確かに古典を読むのは面倒だし、最初からスーッと入って行けないかもしれないけど、あとは気合いだと思うんですね。

 もちろん、古典をただ読めばいいというものではなくて、それを日常生活の中で活かして、自分で考えて、体得して行く事が大事ですし、それをやり切った事こそがまさに、家康の凄みなのでしょう。

 僕は最近、もっとしっかりと家康を見習わなくてはと感じているのが、特に、健康管理の部分なんです。
 自らを反省して、やっぱり体は大事にしなきゃいけないな… って、今さらながら思います。

 家康が260年も続いた江戸幕府をを作れたのも、健康管理あっての事ですし、十一男の徳川頼房(水戸徳川家初代当主)なんて、家康が59歳の時に生まれた子供です。
        この時代、側室との年齢差はすごい…

 江戸幕府が15代まで続いたのも、家康の子孫がたくさんいたからにほかなりません。

 結局、自分の体というのは、そのまま子孫に反映される…
 変な物を食べたり、不摂生したりすると、その毒は子孫代々まで行きわたるって考えると、もう自分の体だからと言って、勝手な事はできないです。

 まあ、体だけではなくて、自分の生き方とか人生経験なんかも、きっと子孫に遺伝するんじゃないかって思うんですね…
 もちろん遺伝子情報でという意味ではなく、この世の法則として…

 失敗した時に悔しがる人が伸びる…

 もっともっと悔しがって、より高みに上がっていこうではありませんか。 


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夢が叶う人は本当に好きな物に囲まれている

 今日は朝起きて、すぐに日曜日の 「四柱推命講座・中級編」 のプロジェクターの準備に取り掛かりました。
 僕はいつも準備を、結局土曜日になってから始める事が多いのですが、やっぱり先手必勝だと思いまして…

 それで、別に遊んでいる訳でもないのに、いつも何でそんな流れになってしまうのかが、やっとわかりました(笑)

 それは、僕はその日朝一番に取り掛かった仕事だけに手いっぱいになって、いつまで経ってもそればっかりやっているからです(笑)

 だから、朝一番にメールの返信から始めると、大部分の時間がメールの返信だけに費やされる事になって、他の仕事が溜まっていくんですね…

 そして今日一つ、仕事の能率を高める究極の方法を発見しました。
 まあ、あまり人にはお勧めできる方法ではないのですが…

 それは、朝から何も食べないで、なるべく空腹のまま仕事を続けるという方法です!
 そうすると、仕事をやっている間、ずっとお腹が空いています。
 でも、その代わり、絶対に眠くならないのです(笑)
     この方法を使ったら、かなり今週の講座の準備が進んだ…

 僕は、この年になって、やっと自分の夢を次々に叶えるにいたっています。
 念願の出版、雑誌の掲載、テレビ出演(一応、こんな形でですが…)

 最近、ふと思ったのですが、夢が叶う人というのは、いつも本当に好きなものに囲まれて生活をしていますね。
 すぐに手に取れる所に、自分が一番大切にしているものがある…

 家族を大切にしている人は、机の上に家族の写真が置いてあるし、中にはそれが恋人の写真の人もいるでしょう。

 料理を作るのが大好きな人は、料理のレシピなんかが寝室の枕元においてあるようでしたら、きっとますます料理に夢中になって腕をあげていくと思います。

 僕のすぐ目の前にあるのは、占いの本や原稿を打つのに使っているパソコンです。
 確かに部屋は少し散らかっていますけど、こういう所は外していないんですね…

 一番問題なのは、自分の人生の中で何が一番大切なのか、考えた事もないし、よく分かっていないという人…

 こういう人の枕元や、すぐ手に取れる場所には、読みきりのコミック雑誌とか、パチンコ必勝本とか… なんだかくだらないものが置いてあります。
  こういう雑誌が必ずしもダメだとはまでは言いませんけど(笑)

 よくよく考えてみれば、その人の人生の象徴は、その人がすぐ手に取れる物を見ればわかります。
 携帯電話がすぐ手に取れる所にある人は、人とのコミュニケーションを大事にしているのでしょうし…(ネット上での人間関係も含めて…)

 夢が叶う人は本当に好きなものに囲まれている…

 あまり好きでない物で、必要がない物は、捨ててしまった方がいいです。
 もちろん、好きな物だけ見ているのでは視野が狭くなってしまうので、場合によっては、あまり自分が好きでない物も、ちょっと試してみて、好きになっておくというのも良いでしょう。

 どんな事だって、初めて挑戦する時は難しいし、あまり好きになれない事もあるけど、回数を重ねるごとに楽しくなってきたりするものです。

 好きな物に囲まれながら、夢が叶う素敵な人生にしていこうではありませんか!


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自分に合った役割を与えられた時に、はじめて輝く

 外は、さわやかな5月の風が気持ちいいです。

 今日は、「四柱推命講座・中級編」 の受講生でもある、東緑先生から、ご招待を受けて、お世話になっている社長と一緒に、代々木のけやきホールに、オカリナのコンサートに出かけました。

    けやきホール

 すごく大盛況で、220席もある会場は全て満席になって、席に座れない人の為に、新たにイスが並べられたほどでした。

 オカリナを演奏するのは、La carafaという4人組の素敵なアンサンブル…

 La carafa … って当然フランス語だと思って、愛用のフランス語電子辞書(2012/3/4ブログ 「翻訳生活」参照)で調べてみたのですが、どんなに調べても 「carafa」 という単語が出てこなかったんです。

 多分、何か深い意味の固有名詞なんだろうな… って思いきや、なんと、オカリナに使う事ができる13音階の事だったみたいです。
 オカリナという楽器は、低いラの音から、1オクターブはさんで、高いファの音まで出す事ができる…
 なるほど、だから 「La carafa(ラからファ)」 という訳だったのですね!    真面目に調べて損した(笑)

 オカリナは、本当たった13音階しか出せないですし、すごく演奏が難しいんです。
 それを補うために皆さん、「ピッコロ」、「ソプラノ」、「アルト」、「テナー」 という4つのシフトした音階のオカリナを、演奏中に何度もとっかえひっかえ使っていらっしゃいました。

 本当にたくさんの素敵な曲を、披露してくださいました。

 中でも、弦楽五重奏曲のメヌエットのアンサンブルや、チャールダーシュのソロなど、本当に見事でした。
 極めつけは、パッヘルベルのカノンで、4人のオカリナのハーモニーが調和した、とても素晴らしい演奏でした。

 僕がコンサートを聞いていて、つくづく思ったのは、きちんとオカリナという楽器の良さを活かした選曲をしているな… という事です。

 木管楽器って、チューニングも狂いやすいし、何より音色がポワーンと ぼやけやすいから、本来アンサンブルには向かない…
 その難しいアンサンブルを見事にこなされていたのには、本当に感動しました。

 でも逆に、このオカリナの独特な ぼやけた優しい音色が、人の心を和ませてくれたりもします。

 これは、楽器だけではなくて、人間にも同じ事が言えるような気がします。

 ポワーンとしていて優しい人が、会社でノルマを最優先しなければいけない最前線の現場のチームリーダーに向くかと言ったら、絶対に向かないし、そんな仕事についたら体を壊すだけです。

 よく、その人の新しい可能性を引き出すためだ… とか言って、誰が見たって向いていない事をやらせる職場の上司がいますが、そういうのって、その人の自信を無くさせてしまうだけだし、意味ないと思うんですね。
 同じ事をドラッカーも、言っていましたけど…
 (2012/8/31ブログ 「自分の才能は、意外と自分では分からない」 参照)

 僕だって、占い師をやっているから、こうして自分の良さを生かせるけど、もしも借金の取り立て業務なんかをやらされたとしても、多分ほとんど回収できないと思います。

 それってまるで、オカリナでハードロックを演奏するようなものです(笑)   きっと、すごくまぬけな曲になる…

 人間も、楽器も、自分にあった役割を与えられた時に、はじめて輝く…

 本当に自分にあった生き方のスタイルを見つけて、人生を最高に輝かせようではありませんか。


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冬が寒いのも、雨が降るのも、犬が吠えるのも…

 今日の千葉は、朝からシトシト雨が降り続いています。
 朝から郵便局に行ったりと、いろいろと用事を済ませました。

 こんな時、傘をさして歩くのも、また素敵です。
 さすがに5月ともなると、外も暖かいから、ヤケに雨が心地よい…

 そういえば、いつしか冬、終わっちゃっていたんですね。
 僕の中では、いまだに毛布にくるまって、震えながら本の原稿を作っている感覚が体に染みついています(笑)

 寒いのは嫌いですけど、雨は好きですね。
 この心が潤うような感覚が…

 でも、寒いのだって、こうして雨が降るのだって、全てが自然の営みなんですよね。
 近くで犬が吠(ほ)えているのだって…
     本当に犬が吠えている(笑)

 そうそう、これはもう20年ぐらい前の… 僕がまだ20代の頃に、あった事なんですけど、当時のバイトで、イベント会場の準備をする為に、そこへ文具やら、紙コップやら、ティッシュペーパーといった備品を運び込む仕事があったんです。

 先輩2人と僕の3人がかりで、車に乗せられた備品の荷物を、何往復もして運び込みました。
 近くの駐車場に車を止めて、そこから何度も歩いて往復しながら、会場の部屋に荷物を運び込むのですが、その会場と駐車場の小道が、ある家の庭に隣接していて、そこに犬がつながれていました。

 そして、その小道を3人で通る度に、毎回その犬がものすごい剣幕で吠えまくるんです。

 すごくうるさくて、近所迷惑になりそうなので、僕はなるべく早く荷物を運び込もうとしました。

 そんなこんなで、何往復かして、やっと全ての荷物を運び終えた後の駐車場への帰り道…
 また例によって吠えだした犬に、ついに先輩の一人がキレてしまったんです(笑)

 先輩もまるで犬のようにすごい顔で、その犬をにらみつけると、犬はさらに勢いを増して吠え始めました。

 ついには家から飼い主が出てきて、
 「吠えてはいけません」 とか犬をなだめるんですけど、もう止まらない…

 ふと気づくと、その先輩は、その辺に落ちている石を手にしていました。
 嫌な予感がするなと思いきや、案の定、思いっきり犬めがけて投げつけました。

 これには飼い主の人も、「やめてください」 ってケンカ腰になっているし…
 あの時は、本当に修羅場でした。

 僕は、「問題になるとまずいんで、早く帰りましょう」 ってなだめて、そこを退散しました。

 まあ、この先輩が犬に腹を立てる気持ちも、わからなくはないんですね。
 僕もその犬に全く腹が立たなかったかって言えば、嘘になります。
 あの頃は僕もまだ、血気盛んな二十代でしたし(笑)

 ただ、犬に腹を立ててもつまらないって思ったので、やりすごしていました。
 まあ、それが普通でしょうけど…

 冬が寒いのも、雨が降るのも、犬が吠えるのも、みんな自然の営みなんですから…

 それで時々ですが、人間の中にも、この時の犬みたいに、つまらない事に難癖をつけて、やたらと吠えまくっているケンカ腰で我が侭な人がいます。

 そんな時、このバイトの先輩みたく、石つぶてを持って投げつけたら、こっちも同じレベルになっちゃいます。

 こういう時は、軽くいなして、それ以上かかわり合いにならないのが一番です。
 戦国武将の伊達政宗という人は、一見血気盛んなイメージがありますが、こういう時にはものすごく冷静でいられる人でした。
(2013/7/12ブログ 「腹を立てない人が、志を立てる」 参照)

 もちろん、そのケンカ腰で我が侭な人がそういう精神状態に常になっているのは、今までの人生のトラウマとか、いろんな事情があるに違いありませんが、本気でその人を変えようと思ってかかわるつもりなら、その人の怒りを全部自分が呑み込むような強い覚悟が必要です。

 とはいえ、本人がまだその時期が来ていなかったのなら、簡単に変えられるものではないでしょう。

 うるしの木に手をふれれば、かぶれます。
 もちろん、うるしだって役に立つ事もあります。
 でも、必要もないのに好きこのんで、うるしの木にふれる事もありません。

 冬が寒いのも、雨が降るのも、犬が吠えるのも、うるしの木がそこにあるのも、大自然の営み…

 心をでっかく持って、全てを受け入れた時、貴方はこの世界を、本当に手に入れる事ができるはずです。


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要るものと要らないものを分ける事で、本当に大切な事がわかる

 昨日は四柱推命講座・中級編の初日… 最後の力をふりしぼって昨日のブログを書き終えると、力尽きて眠ってしまいました。
 
 そして今日、起きるとすぐに、溜まっていたメールの返信を始めました。

 それにしても…
 僕の部屋、散らかっています。
 一昨夜、講座のテキストで、ミスプリントしたコピー用紙をそのまま足もとに散らかったままにしたら、前よりもさらにひどい事になりました。

 これはもうすでに、引き返せない所まで来ているようです(笑)

 とはいえ、部屋を全部一気に片付けるような長い時間も今は取れないので、取りあえず足もとにある要らないものを、片っぱしからゴミ箱に入れる事にしてみました。

 昨日、お世話になっている社長が話してくれたのですが、片づけコンサルタントの近藤真理恵さんの本に、「物を溜めこんで整理整頓ができない人というのは、心の中にも要らないものを溜めこんでいて整理整頓できていない」 って、書いてあったそうです。

 まさしく、これは真実だと思います。

 こういう人というのは、心の中にも要らないものがいっぱいあるものです。
 冷静に考えれば、それってどうでもいいよね… っていう事が、気になって仕方がない…

 やっぱり捨てるというのは、気持ちがいいですね。
 大分、部屋の状態がまともになりました。

 要るものと要らないものを分ける事で、本当に大切な事がわかる…

 例えば床に、本の原稿に使った大切な資料のコピーも、おそらくこの先使う事もない段ボールの中のプチプチシートも散らかっている。

 つまり僕にとって、この2つが同レベルになってしまっていた訳なんでしょうね。

 心の中の整理整頓だって同じです。
 本当に大事なものとそうでないものが混在して、その見分けがつかなくなってしまっている結果、どうでもいい事に心が囚われて本当に大切な事を見失ってしまう事だってあります。

 だからその為にも、要らないものは捨てた方がいいです。

 そうする事により、人生で本当に大切なものをつかみ取る事だって、うんと実現しやすくなるはずです。


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アクシデントは乗り越える為にある

 今日は 「四柱推命講座・中級編」 の初日…
 講座会場の東京都・亀戸の梅屋敷に、6名もの受講生の皆さんが集まってくださいました。

 中級編は初日からどんどん四柱推命の核心部へと、とばしていきます。
  普通の生活では決して味わえない、訳のわからない世界です(笑)

 引き続きあと7日間、気合い入れて頑張ります!

 最近、何だかちょっとだけ仕事に押されぎみです。
 一生懸命こなそうと頑張っているのですが、やっぱり追いついていません。

 特に昨日のあのブログは、もうヤバいですね(笑)
 明らかにアレ、時間切れのできそこないの文章です。
    近い内、こっそり書き直します…

 溜まっているメールの返信も、明日から少しずつ始めます。
 本当は今すぐにでも返信しなくちゃ、という気持ちなのですが、この精神状態で書くと、昨日のブログみたいに半分寝ぼけているような返信文になりかねないので、ちゃんと休んでから書きます。

 どうか、もう少しだけ待ってやってください…

 昨夜は講座のテキストのファイリングや諸々の準備をして、睡眠を2時間ぐらい取ってからシャワーを浴びて講座会場に出かけました。
 僕は講座の前は、完全に徹夜になってしまう事がほとんどなので、いつもに比べるとちょっぴり贅沢です。

 そんなこんなで、講座に使うたくさんの荷物を抱えて電車に乗り込み、亀戸駅で降りる時…
 やってしまいました(笑)

 講座で使うプロジェクターを映し出すスクリーンを電車の中におきっぱなしにして、駅におりてしまったのです。

 降りてから10秒後に気づいたのですが、もうあとの祭りでした…
 スクリーンを乗せた列車は、はるか三鷹駅へと向かってどんどんと遠ざかって行きました。

 別れというものは、せつないものです。
 小さくなっていく列車を見送りながら、ふと涙ぐんでみました(笑)

 すぐに駅員さんに事情を話したのですが、この状況ですから、当然1時間後に始まる四柱推命講座に間にあいません。

 スクリーンなんてどこにでも売っているようなものでもないし、スクリーンがなければ、苦労して作成したプロジェクターの映像を映し出す事もできない…

 講座会場の教室の正面にある壁は、色鮮やかな素敵な日本画で飾られているので、プロジェクターで映し出す場所がない…
 ここ最近では、久しぶりのピンチでした。

 でも、お世話になっている社長の見事な機知により、この最大のピンチから救われました。

 その解決法は、教室の机の向きを180度入れ替えてしまうというもの…
 こうすれば背面の白い壁が正面になって、プロジェクターのスクリーンが映し出せるではありませんか!

 社長の素晴らしいアイデアにより、無事に講座を実施する事ができました。
 本当に感謝です。
    しかも、毎回スクリーンを持っていく必要がないという事もわかった…

 アクシデントは乗り越えるためにある…
 時に人生には、泣きたくなるような試練もあるし、そんな時は途方に暮れてしまうものですけど、大丈夫です。
 あきらめない限り、それは必ず乗り越えられるようになっていますから…


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相手主体である限り、全てがうまく行く

 いよいよ明日は、「四柱推命講座・中級編」 …

 毎回のように、テキストのファイリングと講座準備に、時間を追われながら、いっぱいいっぱいになっています。

 中級編のテキストは80ページ、初級編の時からテキストはクリア・ファイルに綴じようって決めたのはいいんですけど、1枚1枚ファイリングするのって意外と手間がかかります。

 でも何気に、僕はこういう単調作業をするのって、大好きです…

 ただ、そのうちに、こういう雑用的な仕事は誰かにやってもらうしかないかな… って、今おぼろげに感じています。
 本当こんな楽しい仕事は、全部自分で、一人占めしたいのですが(笑)

 ちなみに僕は、よく宅配便で送られてくる段ボールの箱の中に入っている、商品を保護する為のプチプチシートをつぶすのも大好きです。

 プチプチシートを見るたびに、思わずプチプチをやりたくなってしまうのですが、残念ながら今はそんな時間の余裕はありません。

 でも、いつかプチプチして遊ぼうと、部屋の隅にシートを溜めています♪
 どうりで部屋が片つかないはずです…

 今回の講座は、前回の 「四柱推命講座・初級編」 から3ヵ月ぶりの講座です。

 3ヵ月も講座のインターバルを開けたのだから、準備の時間もたっぷり取れるかと思いきや、いつも何かしらの用事が入ってしまい、結局、準備はやっぱりギリギリになってしまいました。   また、メール溜めてます。本当にごめんなさい…

 もちろん、こまめに動いている分だけ、自分自身の仕事の成果は確実に上がっていますけど…

 今日は朝シャワーを浴びてすぐ、浅草橋のシモジマ5号館に、持ち運びができる少し大きめのホワイトボードを買いに出かけました。

 今回の会場である亀戸の梅屋敷では、基本プロジェクターを中心に講座を行ないますが、やっぱり、何か文字や図を書いて説明したくなった時の為にも、ホワイトボードはあった方がいいと思って…

 ただ、会場にホワイトボードをぶら下げられる場所もないので、机の上で単体で立てかけられるようなホワイトボードが欲しかったんです。
 まあ、そんな都合の良いホワイトボードなんてないかも知れないけど、シモジマは大手の文具品取扱い店だから、何かしら見つかるだろうと、早速ホワイトボードの売り場である8Fにエレベーターで昇りました。

 そこにいらっしゃったホワイトボード売り場の店員さんは、すごく親切に対応してくださいました。

 「立てかけられるタイプのホワイトボードはありませんが、ホワイトボードと一緒にイーゼル(画板とか立てかけるやつ)を買って、組み合わせて使われてみたら、いかがですか」
と言って、いろいろとたくさんの商品を持ってきてくださいました。

 ホワイトボードの枠やイーゼルにも、2タイプのカラーがあって、木目調と白色がありました。    緑はなかった…

 講座に使うのなら、木目調のよりも、白い方がいいか… って思ったのですが、お店の方の意見をうかがってみました。

 お店の人は2つの商品を見比べながら、
 「そうですね… 木目ですと喫茶店などのお店のイメージっぽくなりますから、白色の方がいいと思います」
 とおっしゃいました。

 最高に感じの良い店員さんでした。
 お陰ですぐに決められました。

 こういう質問をお店の人に言っても、普通の店員さんは、「ご自由にお客様の好きな方をお選びください」 みたいに言われる場合も多いです。

 でもこれだと、ちょっと寂しいんですね。
 丁寧な言葉使いではあると思うんですけど、そんな事言われても、あまり嬉しくありません。

 これは社員教育が充実している云々というより、その人の人柄が出ているような気がする…
 相手の気持ちを思うと、自然にこういう対応ができるんじゃないかなって、感じたりします。

 人というのは、相手と同じ目線に立って、物を考えた時、きっと自然に優しい対応ができるのじゃないかと思います。

 仕事というのは、こういう所がとても大切じゃないかなとも思う…
 
 やっぱり相手の気持ちに立って、どれだけ喜んでもらったかという事が重要だったりしますから。

 どんなに自分は一生懸命頑張っていても、それがただ独りよがりの親切だったら意味がないし、マニュアル通りの対応が良いとも限らない…

 結局の所、全ては人に対する思いやりかも知れません。
 
 相手主体である限り、全てがうまく行く…

 よ~し、僕も負けないように頑張りますよ~!
              眠くて、クラクラしてきています(笑)


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未来を信じられるからブレない

 最近人生というのは、なんと不可思議で、それでいて素晴らしいものなんだろうと、つくづく実感しています。

 来たるべき時期がこれば、巡り合うべき素敵な出会いによって、自分の未来の進むべき道がしっかりと見えてくる…
 僕は本当、パリから帰ってきてからというもの、すごく冴えていて、自分の直感が信じられるし、決して間違わないんです。

 それにしても、昔から相変わらず、感覚というものの方は感覚の方はにぶいですね。
 僕のすぐ目の前で、超有名人がビュフェのお皿を取っていても、まるでそれに気づけないというか…
 う~ん、僕は視界に入っているものをきちんと認識できていないみたいです(笑)

 ユングが言ったように、直感型タイプは、感覚というものが劣勢機能になりますから、まあこれは仕方がないですかね…
(2013/3/5ブログ 「誰だって不得意分野はある」 参照)

 でも直感が得意分野である分、自分の未来が明確に信じられる…
 きっとこの先、間違いなく大きく発展していくであろうという事も…

 そんな事はちゃんと成功を形にしてから言え… って感じですけど(笑)

 最近は目の前の事で、あんまり迷わなくなりました。

 若い時は貪欲というか、例えば目の前にチャンスがあったら、自分に実力があろうがなかろうが必ずぶつかっていくタイプでした。
 自分の好みのタイプの女性と出会ったら、必ず声をかけていましたし(笑)
 今の僕からは、想像がつかないかもしれませんが…

 でも本当の事を言うと、その女性に声を掛けたいから声を掛けていた、という訳でもなかったんです。
 むしろ、「このチャンスを逃したら、この女性には二度と巡り合えないかも知れない…」 とか、「せっかくチャンスが巡ってきたというのに、それを無駄にしたくない」 というような強迫観念でしたね。

 もちろん、こんな風にいきなり女性に声を掛けて、うまく行く訳もありませんし、実際にそれでつきあう段階にまで行った事は一度もありませんでした。

 今、あの頃の事を振り返って反省するならば、もっと自分の気持ちに正直になるべきだったな… という事です。

 いつも自分の未来に貪欲になって、「こうやらなければ、損をする」 なんて頑張るのって、やっぱり疲れますね(笑)

 気持ちに素直なまま、行動すればいいんですよ。
 未来を信じ続けている限り、時が満ちれば必要なものは全て手に入ります。

 それよりも、今、時間の余裕がある時に、いろんな知識や話題を吸収しておいたらいいです。
 それが必ず、役に立つ時が来ますから…

 実は僕、今日までシンデレラの物語をちゃんと知らなかったんです。
 シンデレラと王子様が、舞踏会で出会う話で、ガラスの靴とカボチャの馬車が出てくる事は知っていたのですが、自分でちゃんと話が組み立てられない事に初めて気づきました(笑)

 それにしても現代は、インターネットというもので、どんな情報でもすぐに手に入るからいいですね。
   グリム童話のシンデレラ(灰かぶり姫)は怖い…

 目の前に起こる事にうろたえないで、強く未来を信じて努力し続けたなら、必ずその場所にたどり着きます。

 僕には悪い癖があって、人から強くいわれると、そう思わなくても取りあえずそれに合わせてしまうような軟弱な所があるんですけど、そんなんでも、自然な形で軌道修正されて、本来進むべき道に戻っていくみたいです。

 未来が信じられるからブレない…

 だから大丈夫。
 自分の気持ちに正直に生きてさえいれば、必ずや素晴らしい未来に、たどり着けるはずです。


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悩みの苦しみの度合いは、囚われた時間に比例する

 5月の空が気持ちいいです。
 僕もやっと本の原稿の仕事から、ほぼ解放されて、今は講座の準備や鑑定をさせて頂きながら過ごす毎日です。
 パリから帰ってきて、もうすでに2年間… 有難くもこうして忙しく過ごしています。

 特に去年の秋頃は、忙しさもピークでした。
 おかげで今も、相変わらず部屋は散らかったままです(笑)

 こんな風に忙しいと、日常の細かい事に、あまりこだわっていられないです。
 僕は今 本当に充実した日々を送っていますが、ひょっとしたらそのお陰のような気もします。

 人の悩みの大きさというのは、結局どれだけの時間、それに心に囚われたかに比例すると思うんです。
 思いつめた分だけ悩みは大きくなりますから、さらっとホコリをはらうように、常にその悩みに囚われないようにしていれば、心も健やかに生きられます。
 
 悩みもそれに囚われ過ぎて、執着になってしまうと、中々それを取り払うのが大変です。
 そうですね… 例えるなら、皮膚に貼っている絆創膏(ばんそうこう)とかサロンパスが、長い時間たつと中々はがせなくなるのと同じですね。

 絆創膏もサロンパスも、確かに貼ってからすぐはがしても痛いですけど、長く放置すればするほどにもっと痛いです。

 もっと大変なのは、アロンアルファで何か変なものを皮膚にくっつけちゃった時…
 その瞬間的にはがさないと、取れなくなって、無理やりにはがそうとすると皮膚の皮がむけます。

 これって何だか、今までずっとこだわり続けてきたような執着を、無理やり捨て去るのに似ています(笑)

 こういう時に、力任せにすればいいというものではありません。
 完全に貼りついてしまったものを、力任せにはがそうとすれば、皮がめくれて血が出て大変な事になりますから…

 そうですね… こんな時はお湯の中でもみほぐしたり、温めたりしながら、時期が来た時にパッとめくるのがいいですね。
 時が経つと不思議な事に、いとも簡単に はがれたりします。

 いろんな事が空回りしている時には、ついつい自分の感情を無視して無理をしたくなりますけど、実際にそれをやろうとして もがいた経験がある人はわかると思いますが、人の心は複雑なものだから、理性で考えた通りにはいかないもんです。

 でも、人間が意識しているような表面的な意識のレベルよりも、もっと深い部分で、こうした心のこだわりもトラウマも癒され続けているのだと思う。
 体の心筋代謝と同じように、自然な形で…

 だから焦らないで それを信じて、無理に自分を強いたりしないで、なるべく悩みに囚われないようにしながら、自分ができる事を精一杯やったらいいと思うんです。
 
 その先に、心が囚われから解放される瞬間が来るし、必ず素晴らしい未来がやってくるのですから…

 P.S.
治一郎のバウムクーヘン 東京オフィスに行ったら、四柱推命講座とタロット講座の受講生でもあるNさんから、美味しいバームクーヘンが届いていました♪

 治一郎のバウムクーヘン

 これはまさに最高級のバウムクーヘン…
 卵黄がたっぷりと入っていて、しっとりとしていて、これ僕の大好物です。
 Nさん、本当にご馳走さまでした(^^)


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その痛みはみんなの痛みだから

 ゴールデン・ウィークも、あっという間に終わってしまいました。
 まるでジェットコースターに乗っているみたいに、時間が過ぎていくのを感じます。

 僕は人生というのは、心の持ち方を工夫する事で、常におだやかで心地よく過ごせるものだと思うし、極力そうあるべきだと思うのですが、時にはタロットカードの 「剣の3」 みたく、グサッとハートを刺される事だってあるでしょう。

 本当に充実した人生を送ろうと思ったら、いつもいつも楽しい事や喜び事に目を向ける事ではなくて、たまには苦しみや痛みに目をそらさないで立ち向かっていくような事も必要だったりします。
 どうせ、避けられないんですから(笑)

 人それぞれに、プライドの場所が違うから、普通の人なら笑って流せるような事が心に引っかかってしまう事もあるし、そんなつもりで言った訳じゃないのに、何気ない一言が相手を傷つけてしまう事だってあります。

 自分の心が傷ついても、相手に悪気があった訳でもなかったりすると、それを吐き出す事もできなかったりします。

 それに、誰かが自分に言った言葉じゃなくても、テレビやラジオでタレントの言った言葉が心に刺さってしまう事だってあるかも知れませんし、言葉ではなくて、報道される何かのニュースを耳にして、気分が滅入ってしまう事だってあるかも知れません。

 人間の心って複雑ですから…
 理性で考えれば、何一つ自分に問題は起きていないはずなのに、心は痛みにあえいでいる…

 誰かの言葉で傷ついた時には、それを溜めこまないで、ちゃんと言葉に出してすっきりさせてしまった方がいい事だってあります。
 ただしこの場合には、その自分が発した言葉によって、新たに人を傷つけてしまわないように気をつけなければなりません。
 でないと、二次災害になりますから…

 とはいえ、自分の心の中にあるこだわりが原因で起こっている自分にしか理解できないような痛みは、あんまり周囲の人に話さない方がいいでしょう。
 どうせ理解してもらえないし、わがままな人だって思われるだけですから(笑)

 そういう時は、自分一人でその痛みを処理するか、もしくはカウンセラーや、懐(ふところ)の深そうな占い師を探すしかないでしょう。

 でも僕は、人が痛みを感じる部分や、こだわりというのは千差万別であっても、きっとその痛みや苦しみそのものは、みんな同じなんじゃないかなって思うんです。

 もしも、心理学者のユングが言うように、世界中の人々の心がたった一つにつながっているとしたら(2012/10/28ブログ 「人は『忘れ神』」参照)人間が感じる心の痛みや苦しみというものは、人類全体の宿題であると考える事もできるでしょう。

 そうすると、今 自分が感じたこの心の痛みは、人類が解決しなければならない宿題を減らす為に、自分が人類の代表となって受け取っているんだ… と捉える事もできる…

 まあ、この僕の思考回路を、一般の人に理解してもらえるかどうか、ちょっと不安ですけど(笑)

 自分が人類の代表になって痛みなんか受け取るなんて冗談じゃない… って考える人もいるかも知れませんけど、僕はむしろ、誰かに痛みを負わせるくらいなら、自分が身代わりになった方がいいかな… って、最近は思えたりするんです。

 多分、普通の人より耐久力もあるだろうし、少しは上手に痛みをかわす術も知っているから…
     そう言えばそんな事、M先生も行ってたな…

 そう思うと、今感じている痛みが決して無意味なものじゃないって気づけたりします。
 きっと、何かを学んで、より大きな器になるためにあるんだと思う…

 その痛みはみんなの痛みだから…

 甘んじて受け入れて、もっともっと器がでっかくなれるように頑張ります!


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幸せはどんどん広がって

 愛してる 愛してる  ど~んなときも~ 君のこと~を
 ふ~た~りの愛が決して消えないよ~う~に♪
     はる先生のお兄様、ご結婚おめでとうございます!(今ごろ式だな…)

 米米クラブの 「愛してる」 は、当時大ヒットした曲で、結婚式で歌われる定番の曲ですが、これはカールスモーキー石井さんが、妹の美奈子さんと、米米クラブのメンバーのフラッシュ金子さんが結婚した時に、お祝いに作って贈った曲でもあります。

 カールスモーキー石井さん(2012/10/6ブログ 「コンサートの余韻の中で」参照)の優しさが込められた素敵な曲です。

 それにしても、縁がある人が幸せになっていくのを見ると、なんだかすごく嬉しくなってきます。

 誰かの幸せを祝うと、心がポカポカと温かくなって、自分も幸せな気持ちになるから不思議です。
 冷静に考えれば、別に自分の利益になる事なんて何一つないのに…

 ここだけで告白しますと、僕が素直に人の幸せを願えるようになったのは、結構 最近になってからなんです。

 昔の僕は、人の幸せを心から嬉しく思えるような人間ではありませんでした。
 そうですね… ミュージシャンを目指していた頃なんて、知り合いがレコードデビューしたとか、テレビ出演したとか聞かされると、祝福するどころか、もう嫉妬のやっかみの気持ちで、悔しくて夜も眠れなかったくらい心の狭い奴だったんです(笑)

 あれから10年以上の時が過ぎて、知らない内に自分もずい分と成長したな… と思う。

 あの頃はずっと、自分の事が本当に大嫌いだったんですけど、今では自分の事を結構いい奴なんじゃないか… と思えたりするし、それがきっと、自分の自信にもつながっているような気がします。

 よく、「人の幸せを願える人は、自分も幸せになれる」 と言いますけど、これは間違いなく本当の事だと思います。

 でも、「自分が幸せになる為にも、ちゃんと人の幸せを願うようにしなくちゃ」 と頑張るのは、若干本末転倒のような気もするんですね。

 人の心はみんな一つにつながっているから、人が幸せになるという事は、本来自分の心も本当は幸せを感じているはずなんです。
 頭だけで考えるとわからなくなるけど…

 だからよく、「人間なんて、口では人の幸せを祝福するような事を言っていたって、所詮心の中ではやっかみでいっぱいなんだよ」 って言う人がいますけど、それは、たまたま自分がそうだ、というだけの話です。

 だって僕も、昔はそうだったけど、今はそうじゃないですもん…

 まあ、自分が好きだった人が他の誰かと結婚しちゃったとかいうシチュエーションなら、素直に喜べないかも知れませんが、よほど特殊な状況でない限り、今では僕は理由抜きで、人が幸せになっていくのを見ると嬉しく感じます。

 きっと、自分と他人との間に境界線を引っ張っちゃうから、訳がわからない事になるんだと思う…

 競争社会の中で、いつもいつも 「勝った」 とか 「負けた」 とか言いながら生きていると、人間が昔から本来持っているピュアな感覚が麻痺してしまうような気もするんですね。

 もちろん僕は、競争社会そのものを否定する気はありません。
 その中で、切磋琢磨をする事で、お互いを向上させていく事ができるのだから…

 でも、それが度を過ぎて、人の足を引っ張ろうとするような人間を見てしまうと、さすがに興ざめします。
 もちろん、それに対して、怒りを覚える必要なんてありません。
 ただ、かかわり合わなければいいだけの話ですから…

 誰かの幸せを願う事ができる人は、自然とそばにいる人を幸せにしながら、お互いがどんどん幸せになっていく…

 幸せはどんどん広がって…
 こうしてたくさんの素晴らしい縁を頂けた事を、今 僕は心から感謝しています。


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未来を担う子供たちへ

 早いもので今日は5月5日、子どもの日です。

 今朝はいきなりすごい地震があって、思わず目が覚めてしまったので、そのままシャワーを浴びて、早速、今月の11日に開催される 「四柱推命講座・中級編」 の準備に取りかかる事に…

 受講生の方に渡すクリア・ファイルを買いに、東京都内へ向かう途中、たくさんの親子連れに遭遇しました。

 「やっぱ、家庭っていいよな」 なんて、ふと思ってみたりして…

 帰りに山手線の電車の窓から、新宿の西戸山公園を見下ろすと、見事な鯉のぼりが たなびいていました。

 大量のクリア・ファイルを持ちながら、ちょっぴり寄り道してみました(笑)
  鯉のぼり

 鯉のぼりというのは、江戸時代から続く日本の風習ですが、夏の訪れを感じさせてくれます。

 江戸時代の当初は、黒くてでっかい真鯉(写真の一番手前に写っているような鯉のぼり)だけしかいなかったんです。
 そして後から、子供たちを表す、小さい鯉たちがどんどんつけたされていったみたいです。

 風にたなびく見事な鯉のぼりを眺めながら、ふと、人間の人生というやつもこんなものなのかな… なんてちょっぴり感傷に浸ってみたりして…

 自分の連れ添いや子供たちと一緒に、吹いてくる風を思いきり吸いこんで、身をたなびかせながらその瞬間を一生懸命楽しみながら生きる…

 僕はまだ子供を持った経験がないのでわからないのですが、自分の血を分けた子供がいるというのは、苦労する事もあるでしょうが、とても素晴らしい事だと思いました。

 でも、僕は最近、自分の血を分けているかどうかというのは、そんなに重要な事ではないんじゃないかって思うようになったんです。
 自分の血を引いていない子供だって、同じように未来の担い手なんですから、何ら変わりない…

 血を引いているかどうかにこだわりすぎるあまりに、どうもおかしな方向にいっている親もいる気がするんですね。 

 本多静六(敬称略)は、明治神宮や日比谷公園を始めとした日本中のたくさんの建造物を手掛けてきた偉人で、「公園の父」 とも呼ばれていました。

 扶養家族が9人もいて、そんなに収入があったという訳ではないのですが、何があっても収入の4分の1を貯蓄するんだ… と決めて、最後には何百万の富を築いたという人です。

 もちろん、子供たちにも恵まれていました。孫には文化功労者で化学者の本多健一もいます。

 でも、本多静六は、子供たちに一切の財産を残す事はありませんでした。
 それどころか、全財産を匿名で、日本の教育機関や、公共の関係機関に寄付したんです。

 本多静六は、「相当な財産の分与などはまったく顧慮する必要がなく、かえって子孫を不幸に陥れるものだ」 という言葉を残しています。

 間違ってもこれは、本多静六は子供たちに冷たかったという事ではありません。
 本多静六は、子供にとって本当に大切なのは、その子が努力しやすいように教育し、なるべく早くから努力の必要な境遇を与えて、努力の習慣をつけさせる事だと考えた…

 今の日本では、子供にたくさんの財産を残す事がすごく立派な事だと考える風潮がありますけど、努力もろくにできないような子供に財産を与えた所で、それを全部ろくでもない事に使ってしまうだけです。

 「子供が生まれたら、その子が大学にいくまでの学費は親が何とかするべきだ…」 みたいなのが日本では当たり前のように言われていて、この考えだと、一人子供が生まれる度にとんでもないお金がかかるから、みんな子供を作るのを躊躇してしまう…

 僕はこの考え方こそが、日本の少子化の最もたる原因になっている気がするんです。

 例えば、フランスではこんな考え方はないです。
 子供はみんな18歳の成人になったら、親元を離れて自立するのが普通ですから…
 (2012/10/9ブログ 「パリ風生活スタイル」 参照)

 僕はまさに、本多静六が言うように、子供たちに残すべきものは、決してお金ではなく、自分で努力する事の大切さや人としてのあり方をしっかりと身につけさせてあげる事だと思うんですね。

 未来を担う子供たちへ…

 大した事は残せないかも知れないけど、お金とかじゃなくて、何か素敵なものを残せたらいいなと思う。

 血がつながっているかどうかは関係なく、自分の人生が尽きた後にも、今までした経験の中で培ってきたこの思いや志を引き継いでくれるような未来の子供がいたなら、僕はとても嬉しく思います。


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限りある緑を守るために

 早いもので、このブログついに800回目を迎えます。
 今までお引き立てくださいました皆さま、本当にありがとうございます!   あと200回、気合い入れて頑張ります…

 そしておりしも、今日はみどりの日…
 緑と言えば、「みどりん」 こと 東緑先生です!
 (ブログ 「占いとセラピーで笑顔になれたら・・・」 連日更新中)

 外を歩いていたら、街路樹の緑が目に飛び込んできて、何とも幸せな気持ちになりました。

緑の木々


 何回もこのブログを読んでいる人には、すっかり知れわたってしまいましたが、僕は緑色が大好きなのです。
 なんだか、グリーンを見ているととっても癒されます。

 いつ頃からそうなったのかは、ちょっと思い出せないんですけど、緑色というのは、大自然の木々や草の色…
 これらが人間にとって、無くてはならないものである事は間違いありません。

 でも、この地上において、この緑がどんどん減少しつつある事も、また事実です。
 今世界にある森林は、人類の文明が始まった今から8,000年前に比べると、その頃のたった5分の1になってしまっていると言います。

 ちなみに2000年~2010年の間のデータを取ると、世界で消失した森林の1年間の面積の平均値は、およそ521万ヘクタール… イメージしづらいですけど、これは日本の本州の面積の3分の2に相当します。
 もっとわかりやすく、この数字を1分間で消えた森林の面積にして換算すると、東京ドーム2個分の広さになります。

 恐ろしい事に、この地上では、今現在も1分ごとに東京ドーム2個分の緑が消失し続けている…

 日本人が、割りばしなんか使うからです(笑)
 ってまあ、確かにそれも原因の一つではある事は違いないでしょうが(僕も今ではコンビニでなるべく割りばしをもらわないようにしていますが…)この問題は根本的に、もうそういうレベルの話ではありません。

 では、森林が減少している最も大きな要因は何かというと、火災です。

 火災の中には、干ばつや猛暑などが原因で発火した自然火災もありますけど、ほとんどは地域住民による人為的な火災なんですね。

 つまり焼畑農業というやつです。
 古来の焼畑農業であれば、一時的にその土地を農業に利用した後は、そのまま放置されるので、また自然のサイクルによって元の森林に戻るという循環が今まで繰り返されてきていたのですが、最近はちょっと違います。

 急激に人口が増加している発展途上国に住む人々の住む居住地や食料を確保する為に、どんどんと際ぎわなく森林が燃やされていく…
 しかも、ガソリンをかけて森を燃やしています。
 どおりで、1分間に東京ドーム2個分もの森林が減っている訳です。

 マレーシアという国なんかはまさにこんな状況で、その森林を燃やした煙の灰が大気に乗って、川の向こう岸のシンガポールにまでやってくるのだとか…
 これはすでに、大気汚染問題です。

 シンガポールに住んでいる人の中には気管支がやられてしまう人も多くて、シンガポール政府はマレーシア政府にやめるように呼びかけているのですが、事態は一向に変わらないそうです。

 貧困を抱えながらも避妊も普及していなくて、人口だけがどんどん増えていくような状況の中で、その地域に住んでいる住人にしてみれば、他に食べていく方法が思いつかない…
 これは、相当に深刻な問題です。

 とはいえ、世界全体からしたら確実に森林の緑は減っている訳ですが、中には森林を増やす事に成功している国もあります。

 緑が増えている国のダントツのナンバーワンは中国…
 以前中国では、森林が伐採される事で、渇水や洪水、それに土地の砂漠化や土砂崩れなんかが頻発していたそうです。

 つまり、身を持って緑というものの大切さを知った…
 確かにあの国はいろんな問題を抱えてはいますが、ちゃんと評価できる所だって持っているんですね。

 我々が住んでいるこの地球は、様々な問題を抱えています。

 この問題を森を燃やしている人達だけのせいにするのは、酷というものでしょう。
 むしろこの問題の解決の鍵は、豊かで力を持っている先進国の動向にかかっているとも言えそうです。

 この世界が抱えるこうした環境破壊の問題や、その延長線上にある地球温暖化問題、そして発展途上国の食糧問題といった山積みの課題は、一朝一夕に何とかなるものではありません。

 でも、世界の人々の意識が変われば、きっと少しずつ解決の糸口も見つかっていくはずです。

 限りある緑を守るために…

 今、我々は自分の事だけでなく、他者へと目を向けていかなければいけない時期が来ているのかも知れません。


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人生は自由にあふれている

 ゴールデンウィークの真っ只中…
 いよいよ今日から、4連休のスタートです。
 僕にとっては、あまり影響はありませんが(笑)

 今日はS君達と集まって、バーベキュー大会をしました。
 ここの所ずっと仕事漬けだったので、たまには息抜きしなくちゃ… です。

 とはいっても、家に帰ったらすぐに電話鑑定があるので、半日だけの息抜きですが…
高層ビルとバーベキュー
 S君の実家のビルの屋上で、みんなで炭火を囲んでバーベキュー大会…

 西新宿地区の高層ビルのメガノポリスの道路を見下ろしながら、みんなで炭の上で焼いたお肉や野菜に舌づつみを打つというのが、ちょっぴりシュールです。

 メンバーは去年も参加した7人です。
 (2012/6/30ブログ 「夏のくもり空は最高」 参照)
 久しぶりにあった仲間と、話が盛り上がりました。

 さっきみんなが話していた事なんですけど、この時期はやっぱり、誰もが精神的にだるいというか、やる気が起きないというか、いわゆるプチ鬱(うつ)状態になりやすいみたいです(笑)

 5月病というのは、会社に入りたての新入社員がなるものですけど、新入社員じゃなくても、気温が暖かくて、気持ちがポワーンとゆるむから、何だか精神的にかったるくなります。

 そう言えば、僕も最近、仕事に時間をさいている割には能率が落ちているというか、仕事のエンジンが掛かるのが、いつもよりも時間がかかるような気がします。

 もちろん、時間に追われているので、そんな事言っていられないし、こんな風にして、帰りの電車の中でブログの文章を考えているのですが…

 何とか無理やり、自分に気合い入れて、仕事をこなしています!

 でも、この鬱というやつは、気合いさえ入れれば何とかなるのかと言ったら、決してそうではありません。
 自分を過信して力任せに頑張りすぎると、人によっては、元に戻れなくなる事さえあります。

 ある意味これって、「無理しすぎるな」 という心の叫びだとも思うから…

 じゃあ、何で僕はこうして何とかなっているのかと言ったら、多分、仕事を好きでやっているからだと思います。
 僕の場合、「やらなければいけない」 という義務感を一旦捨てていますから…

 5月病とか、うつ病とか言いますけど、おそらくアフリカやニューギニアに住んでいる原住民の人達には、こういった病気はないだろうし、原始時代にまで さかのぼれば、この地球上にはどこにも、5月病も、うつ病も、なかったと思うんです。

 まさに、この文明社会の中こそ存在する病気とも言えましょう。

 僕はこれらの原因の元になっているのは、人間の 「…しなければいけない」 というような思いこみにあるような気がしますね。

 冷静になって考えてみれば、人生の中で、「これを絶対にやらなければならない」 なんてものは何一つない…

 それがまず、心の原点にあるべきだと思うんですね。

 もちろん、豊かな社会生活をしていく上でやるべき事というのはありますけど、それは決して強制や義務ではなくて、有意義な人生を送るために、自分が自発的にやっているに過ぎないし、常にそういう気持ちでなければならない…

 どうしてもそれをやりたくないというのなら、やらなくてもいいんです。
 そこに戻れれば、気持ちもうんと楽になるし、何をやるにも苦痛ではなくなるはずです。

 人生は自由にあふれている…

 この人生に、どうしてもやらなければいけない事なんて、何一つないです。

 たまには肩の力を抜いて息抜きをしながら、気楽に人生を楽しもうではありませんか。

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人からの信用が全てを決める

 昨日の夜は、体がばてばてに疲れた状態で、半分眠りながらブログを打っていました。
 いや、あんなグチャグチャな文章になって、しかもまさか、あれがアップされてしまっている事に全く気づいていませんでした。
 多くの方からメールでお問い合わせ頂いたり、たくさんの方にご心配をお掛けしてしまいました…

 本当に申し訳ありません。
 もうしっかりと文章を直しておきましたので、読んでやってください(^^)

 でもこのブログが、こんなにたくさんの方に読んで頂いていると思うと、感謝の気持ちでいっぱいになります。
 本当に皆さま、ありがとうございます。

 昨日は家康公の話を書きましたけど、昔も今もやっぱり人との信用というものが、人生を有意義に過ごす全ての鍵になると思います。
 人からの信用を失ってしまった人は、例え今どんなにうまく行っていたとしても、やっぱり未来はないです。

 だから、人との約束は、どんなちっぽけなものであったとしても、できうる限りは守った方がいいです。

 これは僕がまだ小学生の頃の思い出です。僕の小学校には、全校朝礼というものがありました。

 それは毎週月曜日の朝あって、小学1年生から6年生までの全校児童が8時15分に学校の運動場に集められて、校長先生や生活指導の先生の話を聞いたり、音楽に合わせて行進の練習をしたりしていました。

 その出来事で今でも、しっかりと覚えている印象深い思い出があるんです。
 まあ、悪い意味での思い出ですが(笑)

 ある時の朝礼で、生活指導の先生が壇上に上がって、「行進の時に使用する曲で、新しい良い曲があるので、みんなで多数決をしてその曲を使うかどうか決めよう…」 って言われたんです。

 そして、その新しい曲を、学校のスピーカーを使って、全校児童に聞かせてくれました。

 それから全員に、「この曲が良いと思う人、手をあげて!」 と言ったのですが、先生の予想に反して、ほとんどの児童が誰も手をあげなかったんですね…

 次に、「では、元々の曲の方がいいと思う人」 って言ったら、そこにいたほぼ全員の児童が手をあげていました。

 ところが、その生活指導の先生の次のセリフが、
 「次から、行進は新しい曲にする事にします…」 という一言…

 そして苦笑いしながら、壇上を去って行きました。
 みんな、ガヤガヤと どよめいていました(笑)

 まあ、くだらない話なんですけど、30年以上たつのに、今でもその時の事をしっかり覚えています。

 その先生は子供達が新しい曲を気に入ってくれると、きっと信じていたんだと思います。
 まあ、多数決で半々ぐらいになったとしても、みんなで決めたって事で新しい曲にすればいいや… ぐらいのつもりだったのでしょうが、まさかこういう展開になるとは思わなかった…

 でも、相手が小学生だからと言って、僕はこういうのって、人として最低だと思うんですね…

 もしも僕がこの立場だったら、例えたくさんの予算を使って用意した新しい曲が使えなかったとしても、児童の意見を尊重します。
 教育上の事を考えても、それ以外にないと思うんですけどね。

 でも僕の場合は、「絶対にああいう大人にはならない」 って、物心つく前に自分に誓う事ができましたから、結果的には良い経験になったのですが(笑)

 昨日の話の続きになってしまいますが、徳川家康というのは、完璧という訳にはいかないにしろ、あの戦国時代には珍しく、極力約束を守った人でした。

 その事が、結局人からの信用につながって、最後には天下人の座におさまる事ができたのだと思います。

 ちなみに、その逆が織田信長です。
 信長という人は、すごく頭の回転が速くて、非常に合理的精神の持ち主でしたが、いつも自分のやり方で事を進め、自分が交わした約束も平気で破るような所がありました。

 戦果が上がらないというだけの理由で、家臣に与えている領地を取り上げて追放したりしました。

 信長の思考の中には、領地を人に与えたという意識はなくて、元々領地は全部自分のもので、家臣にそれを任せているだけに過ぎない…
 それを返してもらって何が悪い… となる訳です。

 でも、こういう事をやると、みんなが疑心暗鬼になっていきます。
 だから今まで信長の味方だった人物が、次々と新たな敵になっていきました。

 近江の大名・浅井長政の裏切りの理由も、信長が約束を破って同盟国を攻めた事が原因ですし、室町幕府15代将軍・足利義昭は信長の専横に我慢ができず、反信長包囲網を形成しました。

 信長の配下であった荒木村重の裏切りも、またしかり…
 そして最後は、腹心中の腹心である明智光秀の謀反によって、本能寺で最期を迎える事になります。

 明智光秀も荒木村重も、別に最初から野心があった訳ではなく、信長の事が信用できなくなってしまっていたのだと思います。

 それでも本能寺の変までの間、信長が無事に生きていられたのは、僕はきっと、羽柴(豊臣)秀吉や徳川家康のお陰でピンチを乗り越えて、なんとかギリギリ命拾いしていたからだと思うんですね。

 人からの信用が全てを決める…

 信頼関係があれば、例え自分に特別な能力が無くても、周りの人が助けてくれます。

 目の前にいる人に誠意を尽くして、出来うる限り約束を守るように心掛けたなら、必ずやそれは自分に帰ってくるし、幸せに満ちた有意義な人生につながっていくはずです。

 P.S.
携帯用硯箱セット 福岡のソフィさんから、素敵なプレゼントが届きました。

 なんと、これは携帯用の本格硯(すずり)セットではありませんか。

 常緑の松葉色の墨に、熊毛の筆に、おしゃれなきんちゃく袋…

 なんだか使うのがもったいないです。
 もっともっと、字を練習しないといけませんね。

 ソフィさん、素敵なプレゼントありがとうございました!


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