浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

悩みの本質は全て共通している

 今日の関東地方は雨がずっと降り続いています。
 でもたまには、こういう雨のいいもんだ… なんて最近思ったりします。

 僕は若い頃から、いつもありとあらゆる悩みを抱えていました。そういう意味で僕は、悩みのエキスパートです。
 悩みに関しては、一家訓あると言いますか(笑)
     自慢にならない…

 それで最近ふと思ったのが、僕が今まで抱えてきた全ての悩みもそうですけど、世界中に存在するありとあらゆる悩みの本質は、全て一つの事に共通しているという事です。

 それは一言で言うと、「執着」 というやつです。

 悩みの度合いというのは、実際に抱えている問題がどれだけの規模のものかとか、今置かれている状況がどれだけ悲惨であるかとか… もう一切関係ないですね。

 この執着というものがなくなれば、例え今、断崖絶壁の岩の端っこを片手だけでつかまって、宙に浮いた体を支えている究極な状況であっても心は解放されるし、例え地位にも健康にも美貌にも満たされて、あり余るお金があったとしても、執着に取りつかれれば、たちまち地獄の底です。

 本当、そんなもんですよ(笑)   断言…

 何かに囚われている内は、どんなに現実が満たされていたって、苦しいです。

 言うまでもありませんが、この 「囚われる事」 と 「一生懸命夢中になって努力する事」 とは、もう全くの別物です。

 人によって、執着する内容はいろいろと異なりますが、そうですね…
 悩みの本質の一番わかりやすい例えが、「鼻尖(びせん)恐怖」 というやつだと思うんです。

 これは、鼻の先が見えて気になってしまう恐怖症です。
 なにそれ… って、思われる人もきっと多いでしょう(笑)

 鼻尖恐怖の人は、自分の鼻の先が見える事が気になってしまって、本も読めないし、なんだか鼻に視界を塞がれたような気持ちになって、道も歩けない…
 それで、なるべく鼻を見ないようにしようとすればするほど、前よりもっと鼻が気になって、何にも集中できなくなってしまう… こうなると日常生活が困難になります。

 だから、鼻尖恐怖の人は、鼻が低い人をうらやましがりますね(笑)
 そして、「オレも昔は、こんな風に鼻が見える事はなかったんだけど…」 とか言います。

 いや、それはただの思い違いで、昔から鼻は見えていたけど、気にならなかったというだけの話です…

 でも、僕が思うに、世界中にある人の悩みの本質は、これと同じだと思うんですよ。
 それは、全て執着というもの…

 そしてその解決法は、「執着しているものが無くたって平気だ」 という事を心から理解するという事です。

 この世は無常です。
 何一つ、変わらないものなんてありません。

 体の健康状態だってそうですし、この先の収入だってそうです。

 試験に受かるかどうかとか、プロポーズが受け入れられるかどうかなんて、執着したって結果は変わりません。
 そんな時間があったら、頑張って自分をもっと高めていったらいい…

 人の命そのものだってそうですし、人の心なんてものは、なおさらの事です。
 信じていた人の心変わりは悲しいものですけど、それが世の常だと思えば、その悩みから解放されます。
 それが常だからこそ、今周りにいる人達に出来る限りの愛を与えようと思う…

 悩みの本質は全て共通している…
 執着を断ち切って、心を自由にできれば、置かれた状況がどんなであったとしても、心は幸せに満ち溢れるはずです。


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古き良き時代

 ゴールデン・ウィーク真っ只中…
 吹き抜ける風が気持ちいいです。

 今日は昭和の日…
 元々は、昭和天皇の誕生日として祝日になっていた日でした。

 昭和天皇が崩御された後、一時的に、「みどりの日」 って呼ばれていた時期もありました。
   ふと気づけば、みどりの日は5月4日に移動していた…

 今年は平成26年…
 という事は、昭和の時代というのは26年も前になるんですね。
 そしてしかも、26歳未満の人は、昭和を知らない訳なのですね(笑)

 何だか自分が、すごく年寄りになってしまったような気分です。

 まあ、昭和って一言でいいましても、昭和時代は64年まであった訳で、昭和一ケタの戦時中があって、戦後の時代があって、その後に昭和30年代の高度成長時代があって(ちなみに、まだその時代には僕も生まれてません)、そしてその後に、比較的豊かな昭和時代というのがありました。

 だから、昭和時代を一色単にしてしまうのは無理があるのでしょうが、今の平成の日本の元になった時代である事は変わりありません。

 あの頃に頑張ってくださった人達のお陰で、今の我々日本人はこんなに豊かな暮らしができているんだ、と思うと、本当に有難いな… って心から感じます。

 これは僕も聞いた話でしかなく、自分の体験談ではないのですが、(僕が生まれた時代には、とっくに日本は豊かになってしまっていましたから…)昭和の前半の時代は、本当に大変だったらしいです。

 僕は、親がもう40歳ぐらいになってから生まれた子供なんです。だから、僕の父親は昭和一ケタ生まれ…

 小さい頃は、よく父親から戦争の話を聞かされたものでした。
 軍歌なんかも、何回もよく聞かしてもらったので、何曲か歌えるのもあります(笑)

 あの頃は本当に日本は貧乏で大変な時代だったんです。
 そして、アメリカの戦闘機がやってきて、空から空爆を落としていく…
 その度に空襲警報が鳴って、みんなが防空壕に入って避難する。

 サッカリンとか、ズルチンとか、そういうすごく不味(まず)そうな名前の甘味料がお砂糖の代わりにあって(僕は味は知らないですが)、それがとても貴重だったのだとか…

 昭和初期というのは、食べるものも何にもなかった時代…
 男の子供達は、みんな坊主刈りだったんです。
 食べるものがないんで、子供達は畑を荒らし回って、農家にあるスイカを奪って食べる…
 そうするとお百姓さんが出てきて 「コラーツ」 って子供たちを追いかけてくるというようなシュチュエーションが、日常茶飯事だったとか…

 今ならこれって、軽犯罪ですよね(笑)

 あの頃はアメリカは敵国でしたから、尋常小学校(というのがあった)の小学生が 「エイ・ビー・シー…」 なんてうっかり言おうものなら、先生から 「非国民だ」 という事で死ぬほど殴られるのだそうです。
 今だったらきっと、言論統制だとか体罰反対って事で、その先生はPTAから訴えられて、マスコミが騒ぎだすでしょう。

 あと、「赤紙」 っていう召集令状の話も聞きました。
 それで、赤紙がきた人は徴兵されるのを逃れるために、お醤油をビンごと飲んじゃうんですって…
 そうすると高熱が出て、召集されずに済むのだとか…

 まあ、あの時代の憲兵さんに、こんなふざけた事書いているブログの記事を読まれたら、タダでは済まされませんね(笑)

 みんなが極貧の大変な時代…
 あの時代の人々は、それを乗り越えて頑張ってきたのだと思う…

 アメリカ軍のGHQによる占領時代も、日本は本当にボロボロの状態だったって聞きます。
 アメリカ兵がジープで、チョコレートを配っていたんですって…
 子供達がそれを受け取って食べようとすると、親に 「毒が入っているから食べるな」 って捨てられちゃったとか…

 仮に日本という国を一人の人間に例えるとしたら、きっと昭和の戦時中の時代や戦後の時代というのは、体育会系の部活でしごかれている青春時代ですね。

 しごかれてしごかれて、だから日本はここまで強くなったような気がします。

 そして、その後の高度成長時代… みんな貧乏から脱して、一生懸命はい上がる為に必死だった時代…

 「三種の神器」 っていうのがあって、それがテレビと洗濯機と冷蔵庫…
 今ではどこの家にもある家電製品ですが(ちなみに、僕のうちにはテレビはありませんが…)、昔はこれを揃えるのがすごく価値がある事だったそうです。

 それからどんどん、物があふれる豊かな日本になった…

 恥ずかしながら、僕はこの豊かな日本しか知りません。
    これでも、まだまだ若いのです(笑)

 つまり軟弱な時代の申し子なんですね。
 だからしっかりと父の話を覚えておこうと思います。
 次の時代に、昭和の時代に培った日本人の力を伝えるために…

 古き良き時代、そして日本の礎(いしずえ)の時代を思い返して…
 この先もこの国がますます発展して栄えていく事を、強く願っています。

 P.S.
 今日は、この前大阪のHさんが送ってくださったDVD 「泣いてたまるか」3/31ブログ P.S 参照)を見ていました。
 これは昭和42年~43年に放送されたテレビ番組で、モノクロ映像…
 まさに古き良き昭和時代をしのばせる名作です。
 渥美清さんが主役なんですが、毎回役柄が違って、寅さんとはまた違う一面を見せてくれていました。

 Hさんが教えてくれたのですが、今日(4/29)は、この話の中で子役として登場する女優の菊容子さんの命日なのだそうです。
 なんでも24歳という若さで、惜しくもちょっと不幸な形で亡くなってしまったらしい…
 でもこうしてDVDは未来に永久に残りますし、Hさんを始めとしたたくさんのファンの人達の心に、きっと彼女は永遠に生き続けるに違いありません。


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人生で起こる出来事は、最初の1ページを見ただけではわからない

 僕は今、本当にたくさんの素敵なお客様と出会わせて頂いて、心の底からの充実感を感じます。
 それにしても、人の運命というのは、その人が本当に望んでいるものがやってくるんだな… って今、切に思います。

 これは起きる出来事の最初の1ページを見ただけではわかりません。
 そして、長いスパンでは、最終的には必ず幸せになっていく…

 僕は結局、人間の抱く様々な悪い感情が、本来のその人の幸せになろうとするパワーを曇らせてしまっている気がするんです…

 怒りの感情だったり、悲しみの感情だったり、自己本位な欲望だったり、嫉妬の心だったり…

 もちろん誰だって、そういう感情がわいてくる事はあるし、それは当たり前で仕方がない事なんですけど…
 問題は、その感情に心が支配されてしまっている場合です。

 こうなると、心の内側からわいてくる幸せになろうとするエネルギーが、その変なものの雲に覆われてパワーダウンしてしまいます。

 そして、それに相応しい運命へといざなわれて行きます。

 悪い感情に支配されて、心のおもむくままに行動すれば、やがて巡り巡って、その行動の因果は自分の所へと帰ってきますから…

 それで、自分だけが不幸になっていくのならまだいいんですけど、一番問題なのは、周りにいる人をも不幸に巻き込んでしまう事です。

 人生上で起こりうる大方の問題は、自分の心の中の悪い感情によって引き起こされる事がほとんどです。
 でも、たまに人生には、どう考えても理不尽な形でやってきている不幸というのもあります。
 まあだいたいは、そばにいる人の不幸に巻き込まれているパターンです。

 でも、この場合には、なにも心配する事はありません。
 それは絶対に長く続きませんから…

 人生で起こる出来事というのは、最初の1ページを見ただけではわかりません。
 それは時に、大きな幸せのプロローグとしてやってきていたりします。
 思いっきり幸せになる為に、導入部としての不幸が、その人にどうしても必要な場合だってあるんです。
 そして、本来たどり着くべき場所にたどり着く…

 僕は今それを、ひしひしと感じるんですね。


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魂と魂の触れあい

 今日は、大田区民プラザの大ホールで、「コール・フォレスト」 のコンサートを楽しんできました!

 コール・フォレストとは、子育てや働き盛りで忙しいメンバーが月一回歌を楽しむという合唱団…
 500席ある大ホールはもう満席状態で、開演時間前にはスタッフ席として確保されていた関係者席を全て開放するという盛況ぶりでした。それでも、座れなかった人がいたみたいです。    Oさん、ソプラノで参加されていたのですね(^^)

 それにしても、素晴らしいコンサートでした。
 たった月一回の練習しかしていないにもかかわらず、非常に完成度の高いコーラスとピアノ演奏に、僕はすっかり魅了されてしまいました。

 美しい音楽というのは、人の心を癒してくれるものです。きっとそれは、何かのエネルギーが魂に訴えかけてくるからかも知れません。

 おそらく、メンバーの人たちの充実した豊かな人生経験が、練習量以上に余りあるものをおぎなっていたからのようにも思えます。

 実は今朝、ちょっぴり悪夢を見て、目が覚めたんです。

 なんか新入社員として、どっかの会社に入社して、そこのオフィスで初めて仕事をする日の夢…

 そこには、どっしりとイスに座っている経営者がいたり、先輩にあたる一見優しそうなキャリアウーマンの女性がいたりするんですけど、どんな仕事をしたらいいのかわからなくて、あたふたしていたら、二人からものすごく厳しい注意を受けるという、訳のわからない夢です(笑)

 理不尽だとは思いつつも気を取り直して、周囲でやっている事を見ながら率先して仕事をしはじめて気分がノッてきた所で、目が覚めました。

 僕は今まで、こういう形での会社の新入社員になった経験は一度もないのですが、それにしてもやけにリアルな夢でした。

 目が覚めた時に、「やっぱ、新入社員はつらいよな」 って思いました(笑)

 そういえばこの前、通りを歩いていたら、一人の女性が携帯で大声で話しながら通り過ぎて行ったんです。

 「うちの会社の社内規則に、新人に叱ってはいけないっていうのがあるのよ。うちにも使えない新人が来てるけど、いったいどうやって仕事させればいいっていうのよ」

 かなりストレスが溜まっていたみたいで、声が荒立っていました。

 最近の新人って、二十歳過ぎの男性でも、ちょっと叱られただけで社内で泣き出してしまうようなナイーヴな人も多いみたいです。
 今までに学校でも家庭でもあんまり強く叱られた事もなかったりして、免疫ができてないんだと思います。

 これは本当にすごく難しい問題だと思う…

 こういう若者に、仕事場でいきなり怒鳴りちらしたりしようものなら、病気になってしまったり、場合によっては命を絶ってしまう可能性だってあるかも知れません。

 とはいえ、この携帯の女性の言っている事ももっともな話で、もしもあまりにもやる気のないぐうたらした仕事をやっているのに叱る事すら出来なかったら、仕事にならないでしょう。

 僕の意見を言えば、叱るべき時は叱らなければいけないと思うんです。
 ただしここが重要なのですが、叱る資格のある人と叱る資格がない人というのが存在すると思うんです。
 叱る資格がない人は、やっぱりそこの社内規則の通り、新入社員を叱ってはいけません(笑)

 基本的には、自分勝手で人の気持ちも考えられない人は、叱る資格はないし、上司という立場にもならない方がいいです。
 人を傷つけるから…

 とはいえ、相手の気持ちを考えすぎてしまったら何も言えなくなってしまうのもまた事実です。

 大切なのは、決して怒りの感情だけで叱らない事だと思う…
 確かに、仕事が滞っているのに生意気な態度を取られたら、多少の怒りの感情はわいてしまうかも知れないけど、大切なのはその人に、なぜ言われているかと理由をちゃんとわからせてあげる事です。

 そして、例え厳しい口調になってしまったとしても、それと同時に相手の事を大切に思っているという気持ちも伝える事… できれば言葉ではなくて心で…

 これができる人は、人を叱ってもいいし、それによってその人をさらに高めてあげる事もできると思うんです。

 結局大事なのは、魂と魂の触れあいと、人を受容する心だと思う。
 これは、叱る側も叱られる側も同じです。

 それなりに一生懸命本人は頑張っているというのに、やたら人から怒られたり、邪険に扱われやすかったりする人っています。
 すごく損な役回りの人だと思うのですが、共通する特徴として、人を受容できないような心の狭い所を持っています。
 僕も若い時は、本当にそうだったので気持ちは良くわかるのですが…

 人を受容できるようになると、自分を叱ってくれた人の言葉も、すんなり心に入ってくるようになるものです。
 そして、結果として、そういう人は仕事もできるようになるし、あんまり叱られる事もないんですね。

 もちろん世の中には、どうしたって受容できないものもあるでしょうけど、その時はその時でまた考えればいいです。

 魂と魂の触れあいの中で、お互いに高めあって、もっともっと素敵になって行こうではありませんか。

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占いをつき詰めれば真理にたどり着く

 気がつけば5月の初夏が、向こうから迫りつつあります。

 僕は占い師としての活動を始めてから9年…
 本当にこの職業について、良かったと思っています。

 僕が思うに、中身のある占いというのは、人生を探求する哲学につながっているんじゃないかという気がします。
 深めていくと、やがて人生の真理にたどり着くというか…

 まあ、そうはいっても僕もまだまだ浅学なので、そこまでたどり着いたという訳ではないのですが、深めれば深めるほどに、そういうものとつながっている痕跡を感じます。

 たまに 「占いは科学だ」 って本に書いている人がいるんですけど、僕はそういう風には思いません。
 だって、この世界はどうやったって、論理的な説明ができる世界じゃないから…

 でも、僕は、間違いなく、占いというものは真理に近づくための学問だと思っています。

 四柱推命の世界でもそうですし、タロット1枚1枚のカードの中にもそれはあると思う…
 易の世界もそうだし、占星術やカバラにも、手相や人相の世界だって、そうだと思います。

 なんで、この占いはこういう事になっているんだろ… って、「ああでもない」「こうでもない」 って必死になって考えていると、突然ハッと気がついたりする事があったりします。
 これが面白いし、だから占いはやめられません(笑)

 ただし当然ですが、全部の占いが学問だとは思っていません。

 平面的で決めつけが激しいような、おかしな占いは、それ自体が真理と矛盾しているから、薄っぺらくて深めようもありません。
 どの占いがとは言いませんけど…
   このブログをいつも読んでくださっている人は、きっと言わなくてもわかる…

 本物のちゃんとした占いは、この時期は絶対的に悪い事が起きるとか、貴方は生まれながらに俗悪な人間だとか、そういうおバカな事は絶対に言いません。

 そして、そこには必ず、人が幸せになっていく為の道しるべがあります。

 僕は占いをする時には、「占いを当てる」 という事に決して重きをおきません。
 なぜかというと、「占いを当ててやろう」 って、必死に頑張っていると、どんどんおかしな方向に行って、真理から遠ざかっていく気がするんです。
 だいたいそういう思考になる事自体、占い師の虚栄心だと思うし…
 そうじゃなくて、意識していないのに、占いが勝手に当たっちゃっているのが理想ですね。

 大事な事は、当てる事じゃないと思うんです。
 だいたい未来というものは完全に1つの道筋に決まっている訳じゃないですし、例えば、同じ生年月日時に生まれたとしても、全然違う人生になる事だってあります。

 本当に大切なのは、それぞれの人生の可能性を最大限に生かせるように、どうやって持っていけるかに掛かっていると思うんですね。

 占いとは、元来その為の学問だと思う…

 ちゃんとした占いを極めていくと、そこには普遍的な真理や教えというものが存在します。

 誤解のないように述べておきますと、占いを受けたお客様を宗教に勧誘するとんでもない占い師(というか、勧誘員(笑)がいますけど、それはもっての外です。

 そもそも、占いと宗教とは全く別物ですし、宗教なんか頼らなくても、占いそのものに真理や教えが存在するのですから…

 占いをつき詰めれば真理にたどり着く…

 だから、やっぱり占い師はやめられません(笑)
 占い好きの皆さま、もっともっとこの素晴らしい学問を究めていこうではありませんか!

 P.S.
 明日はちょっと息抜きに、合唱を聞きに行ってこようと思います♪
 実は、「四柱推命講座・初級編」 を受講してくださったOさんから、コンサートの招待状が来たのです。
 ちょうどその日は、鑑定の予約も入っていなかったので、大田区民プラザまでコーラスを楽しみに行ってきます!

 コール・フォレスト 5th Concert
 場所:大田区民プラザ大ホール
 入場料:1,000円
 PM2:00開場 PM2:30開演
 詳しくは、コチラ

 ジプリ・ソングとかJ・POPとかいろいろあるみたいで、すごく楽しみです。
 明日お時間のある方、大田区民プラザでお会いしましょう(^^)


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人生は芸術活動

 今日も一日良い天気になりました。
 寒くもなく、暑くもなくて、本当に気持ちいいです。

 オバマ大統領は、韓国に旅立っていきましたし…
 何らかの形で、今 世界が変わろうとしているのかも知れません。    北朝鮮をのぞいて(笑)

 そして僕は今日、やっと過去の四柱推命講座を受けられた受講生の方全員に、最終日の実践鑑定講座のフォローDVDを送り終えました!

 すでに送ろうと決断してから、2ヵ月もの時が過ぎてしまいました…
 遅くなってしまった方、本当に申し訳ありません。

 意外と実は、撮影した映像のDVDを家庭用のパソコンで焼き増しするのって、時間がかかるんです。

 その作業をやっている間は、パソコンのパフォーマンスが落ちて、他の作業もできなくなってしまうので、少しずつ少しずつDVDを作っていました。

 DVDを焼いている間は、例えばWordを立ち上げても、何かキーを押す度に1秒ぐらいタイムラグが生じて、もう仕事にならないので、本の原稿の校正作業をやっている間は、その作業は中断したりしてしました。

 それにしても、これでやっと一つの作業が終わったという感じです。

 これは僕の欠点でもあり、ひょっとしたら良い所なのかも知れませんが、あんまり仕事の儲けとか収入の事とかを考えていません(笑)

 それよりも、ただ目の前の仕事を、完成度の高いものにしたい… というようなこだわりの方が強いです。

 もちろん、それは単なる自己満足かも知れませんけど、例え自己満足でも、最初はそこから入るしかないような気がします。
 だって、仕事に取り組む本人が、「こんな程度でいいかな…」 なんて手を抜いちゃったら、もうどうしようもないと思うし…

 今までの四柱推命講座の最終日の実践鑑定の内容で、僕は本当どうしようもないミスを2つも犯していたんです。

 その部分に関して、特に問い合わせもなかったから、自分でもそんなミスをしている事に気づきませんでした。

 1つ目のミスは第3期の受講生であるMさんからメールで質問を受けて、初めて気づきました。
 そしてもう一つのミスは、その時にじっとテキストを見ていたら、自分で発見してしまった…

 ミスに気づいてしまうと、もう気持ち悪くて気持ち悪くて…
 「知らぬが仏」 と言いますが、知ってしまったら、もう地獄です(笑)

 そして今日、フォローの講座を直接受講された3名をのぞく26名の方に、やっと刷り直したテキストのページとDVDを入れて、ゆうパック350とゆうパック360で送り終えました。(送っている途中で、郵便代金が値上がりした…)

 芸術家というのは、誰しも自分の作品にこだわりを持つものですが、僕は仕事というもので成功する最低限の条件は、自分のやった仕事にこだわりを持つ事だと思う…

 それがなくて、ただ義務感とやらされている感で仕事をしている内は、仕事も楽しくないし、決して成功も望めないでしょう。

 そうですね…
 例えば僕は、ミスをフォローをする事で赤字になってしまったとしても、いい加減な仕事をやって儲けを出してしまうよりも、よっぽどマシだと思うんです。

 はい… 申し訳ありません。
 最初から、ミスをしなければ良かっただけの話でしたm(_)m

 人生は芸術活動…

 例え自己満足でも、こだわりを持って全力で仕事をすれば、仕事が最高に楽しいし、今すぐではなくても、必ずやその仕事で成功をつかめるはずです。

 P.S.
 DVDの作成と郵送が終わって、ホッとしたのも束の間、つぎはいよいよ 「四柱推命講座・中級編 第2期」 の準備に取り掛かります。
 第1期の講座会場 「悠庵」 のように、今回ホワイトボードが使えないので、これからプロジェクターであらかじめ板書を作る作業をしなくては…
 今回第2期の講座会場は、東京・亀戸にある、すごく広くてきれいな会場です。

 詳しくは、「四柱推命講座・中級編のご案内」 をご覧になってください。
 (参加資格:過去に 「初級編」・「実践編」を受けられた方)

 また明日から、バリバリと仕事頑張りま~す!
     こうして結局、部屋は散らかったままとなる…

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あふれるばかりの恵みの中で

 本当に過ごしやすい季節になってきました。
 溜まった仕事を片つけながら、気分転換に外を歩いてみると、日差しがとても気持ちが良いです。

 オバマ大統領で厳戒体制になっている東京の都心とは違って、千葉は平和なもんです(笑)

野バラ 通り道に、きれいな野バラが咲いていました。

 花というものがこんなにきれいなものだなんて、今まで僕は感じた事もなかったです。
 きっと、鈍感になっちゃっていたんですね。

 地球って、本当に恵みにあふれています。
 日常生活の喧騒の中で、つい忘れてしまうけど…

 もちろん、世界を見渡せば、常に飢餓に見舞われている国もあるし、大変な暮らしを強いられている人々もいます。
 地震や津波、干ばつなどといった自然災害はあるし、それに我々はなすすべもありません。

 それでもこの星には、感謝してあまりある恵みがあると思う…

 それで、じゃあ人類は今、幸せなのかといったら、決してそうとも言えないでしょう。
 でも、人々の不幸の多くの原因は、結局の所、人によって巻き起こされているような気がします。

 閉ざされた地域によっては、まるで地獄絵図のような事が行われているらしい…

 女性や子供が常に虐待を受け続けているような国もあれば、マフィアによる人身売買や臓器売買なんかが横行している地域もある…
 アフリカのどこかの地域では、金持ちの人間が娯楽として秘密裏に、現地に住む人々をライフルで撃ち殺して楽しんでいると聞いた事があります。

 全てが嘘であってほしいと願わずにはいられません。

 世界中には、記憶に新しい尼崎事件の女モンスターみたいな劣悪な人間がごろごろとして、徒党を組んで今も悪行を繰り返している…
 こういう現実に目を向けると、こちらも思わず憎しみに駆り立てられてしまいます。

 でも今、世界全体が替わろうとしている時代が来ているようにも思うんです。

 経営者の船井幸雄さんが 「丑寅の金神がやってきて、世の中の立て直しが始まる」 とか、よくおっしゃっています。
 僕は大本教の信者でもないし、基本的に、人に恐怖を駆り立てる終末思想は嫌いなのですが、それでも、世界中で悪行を繰り返している劣悪な人間が堂々としていられる時代は、間もなく終わるだろうって思うんです。

 だって、それがこの世の法則だと思うから…

 我々日本人は、世界でも常に恵まれた生活ができています。
 あふれるばかりの恵みに感謝しながら、何事にも囚われる事なく、もっと心をどんどん豊かにしていけたなら…

 別に大して立派な事ができなくたって、僕はただ、それだけでいいと思うんですよね。


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心をレベルアップさせれば、囚われから解放される

 本当に、時が経つのは早いものです。
 ついこないだまで、寒い寒い冬だと思っていたのに、気がついたら春… しかも、夏の訪れの予感さえ感じます。

 一年なんて本当にあっという間だし、きっとこの分だと、一生もあっという間のような気がしてきました。

 生まれてから死ぬまでの間に、どれだけの事ができるんだろう…

 なんて、ちょっと大げさですかね。
 でも本当、真面目にそんな事を考えるようになりました。

 若い頃は、つまらない事で時間を無駄にしていましたね。
 本当どうでもいい無駄な事が止められなくて、そんな事にいつも心が囚われたりしていました。

 まあ、誰でもそういうのって、一つや二つはあると思います。
 テレビゲームが止められないとか、お酒が止められないとか、たばこが止められないとか…

 お金や時間が無駄になるし、体にも悪いって分かっているのに…

 最近の僕の場合は、どうしても「小池屋スコーン・バーベキュー味」 が止められなくて(笑)   でも、ここの所ずっと断っています…

 もっと破滅的なものになると、ギャンブルがどうしても止められないとか、浮気や不倫がどうしても止められないとかいった人もいるでしょう。

 真剣に心を葛藤させながら、これをやっぱり止めるべきか、止めないべきかって、悩んでいる人も多いと思います。

 端から見たら、そんなの止めた方がいいに決まっているし、それで全てが解決する話じゃないかって思う人もいるかも知れません。

 でも心の働きってそう単純なものでもなかったりする…

 自分では欲し続けているのに、ただ無理やりに我慢しているような状態だと、その欲求が抑え切れなくなった時に、反動でさらにその癖がエスカレートしてしまう事もあります。

 結局の所、冷たいようですけど、心に迷いがある内は、無理やり我慢していても、完全に解決した事にはなっていません。

 まあ、感情のおもむくまま行動に移してしまうよりは少しはマシ… っていう程度です。

 人によっては、吉方位旅行をする事によって、こういう悪い癖が治ったという例もあります。
 僕も吉方位でパリに旅立ってからというもの、今まで外食ばかりで一切自炊しなかったという悪い癖がピタッとおさまりました。
 (2012/5/2ブログ 「気づきと日常の生活の中で」 参照)

 結局、一番大事な事は、「それをしなくても、実は大丈夫なんだ」 という気づきなのかも知れません。

 ぶっちゃけ、そういう癖って、それ以上に心が満足していられる何かを見つけてしまったら、ピタッと止められます。

 創作活動をするとか、大自然の中で新鮮な空気を吸うとか、心地よいアロマオイルの芳香を楽しむのもいいでしょう。

 心をレベルアップさせれば、囚われから解放される…

 どんどん高みを目指して、囚われの内自由で幸せな充実した人生を送ろうではありませんか。

 P.S.
メモ帳 徳島県の物理学者のIさんから、お誕生日のプレゼントにメモ帳を頂きました。
 最近外出する時に、これを持ち歩いて、いいアイデアや、ブログのネタを思いついた時、さっと書く事にしています。
 これでもう、このブログもネタ切れで困る事もありません(笑)
 I さん、ありがとうございました(^^)


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夢と目標があれば、幸せに満たされる

 昨夜は、徹夜でなんとか原稿を仕上げようと頑張ったのですが、ちょっと甘かったです(笑)
 なんでもっと計画的に取り組まなかったんだろうと、反省することしきりです。

 それにしても、眠気をこらえて、いよいよベッドにうずもれて眠る時の瞬間というのは、もう最高の幸せですね…

 ブログの更新をする時間に万一寝過ごしてしまわないようにと、最後の力を振り絞って目ざまし時計をセットして、横たわるその瞬間…
 そして、自意識と潜在意識がお布団と一体化していくような、何ともいえないこの恍惚とした感覚(笑)
     「21.The World」 のカード

 気持ちいい事、この上ないです!  水の五行は、睡眠欲に弱い…

 じゃあ、一生寝てろ… って感じなんですが、これはきっと、何かを思いっきり頑張ってヘトヘトになって眠るから、気持ちいいんだと思います。

 全然疲れていなくて、寝ようとしたって眠れないし、逆に必死に寝がえりを打っていても苦しいだけだと思いますし…

 だから、この睡眠という快楽を得ようと思ったら、何でもいいから、思いっきり無理して頑張るに限ります。
 まあ、その対象が自分の好きな事や、やりがいのある仕事だったら理想なのですが、中々そういう訳に行かない場合もあるでしょう。

 でも、あんまりやりたくない仕事であっても、その先に自分の夢や目標があって、それを叶える為にその仕事をやっているのであれば、充実感もわいてきます。

 本当、ちっぽけな事でいいと思うんです。
 例えば、海外旅行に行くお金を貯める為に、一生懸命バイトをするとか…

 そうすれば、いつだって、旅行先ではあれしようとか、これしようとか、ワクワクしながら毎日を過ごせますし、やりたくないような仕事だってそれなりに頑張れます。

 目標を持たないで生きていると、目の前のいろんな悩みに囚われてしまいますけど、夢や目標を持っていれば、常にそれに夢中になって生きていく事ができます。

 夢と目標があれば、幸せに満たされる…

 そして、それに向かってヘトヘトになるまで頑張って、クタクタになって眠りにつく時、きっと珠玉の幸せを感じる事ができるはずです。


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その時の精神状態で運気は決まる

 今日は、朝早くから原稿三昧です。
 途中、電話鑑定なんかもこなしながら、ぶっ続けでパソコンを見ています。

 昨年は時間に追われながら、勢いに任せて文章を書きまくっていたので、気がついてみると、文字数とかそれぞれの文章の長さとかが全然まとまりがなくて、78通りある文章の長さがみんなバラバラになっていたのです。

 そして、それを今こうやって眠気と戦いながらそろえています(笑)

 まあ、長い文章はどこか削ればいいんですけど、短い文章にちょこっとした文を付け足すのって、意外と大変です。
 ちゃんと前の文章に、かみ合わせないといけないし…

 明日提出する約束だから、今日はこのまま徹夜コースです。
     徹夜するのは、もうすっかり慣れっこです♪

 それにしても、その日の気分によって、発する言葉や作る文章というものは微妙に影響を受けますね。
 たまに、自分の昔のブログ読み返したりすると、すごく良く分かります。

 ある意味、その人の言葉は、その人の運気の状態そのままだと思う…

 う~ん、環境問題を訴えるとして、運気が今一つでいつもいっぱいいっぱいになっちゃっているが発する言葉は、例えばこんな感じです。

 今、私たちはもっときちんと環境問題に取り組んでいくべきなんです。
 この問題が非常に大きな問題であるという事ぐらいは、皆さま当然分かっていらっしゃいますよね。
 我々は無知で愚かな行為を、今すぐにやめなければいけないんです。


 確かに真剣さは伝わってきますが、こんな風に、道で通りすがりの人にPRしても、おそらくみんなちゃんと聞いてくれません。
 確かに言っている事は正しいかも知れませんが、なんか嫌な印象だけが残って、言葉が心に入ってこなかったりします。

 同じ事を言うのでも、こういう言い方ならちょっとは違ってきます。

 今、私たちは環境問題というものを、きちんと見直していかなければならない時期に来ているのかも知れません。
 この問題の重要性は、きっと皆さまも良くご存じの事と思います。
 我々はお互いに情報を交換し合って、一丸となってこの問題に取り組んでいこうではありませんか。


 やっぱりこういう言葉遣いの中に、その人の今のコンディションや人間性が反映されてしまうものです。

 そして結局の所、言葉によって人の運気というのは決まってきます。
 
 いくら自分の発する言葉じりに気をつけようとしても、それは本末転倒あって、本当に気をつけるべきは日々の精神状態だったりします。

 自分勝手な事を考えていると、やっぱり言葉も自己中心になるし、何だかかったるいって思っていると、やっぱりかったるそうな言葉になります。
 怒りの感情を抱いていると、最悪ですね。
 知らず知らずに言葉がとげとげしくなって、人に不快感を与えてしまいかねません。

 そんな精神状態の時には、あんまり人と話したりしない方がいいです(笑)
 そしてすばやく、自分の精神状態をノーマルな状態に戻すように持っていく…

 やっぱり一番の理想は、周囲に感謝している状態かも知れません。
 そうすると、自然と周囲の人に対して、優しい言葉が出てくるようになります。

 いくら言葉だけを気をつけていても、心がその時に伴っていないと、すごく違和感を与える事になりかねません。

 その時の精神状態で運気が決まる…

 いつも心を良い状態に保って、しっかりと運気をつかんでいこうではありませんか!
     ヤバい… 眠そうな精神状態が文章に反映している(笑)


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人生は創作活動

 久しぶりに、うなぎのかば焼きを食べて、原稿の校正の作業をしてみたら、めちゃくちゃ能率が上がりました。
 やっぱり、ここ最近ちょっと栄養不足だったみたいです…
     Rさん、本当にご馳走様です(^^)

 この原稿は、去年の年末に時間に追われながら、ひたすら書きまくっていたのですが、年末に何とか書き上げて、自分で読み返してみた感想は、「何これ…」 っていう感じだったんです。

 なんか、内容が薄っぺらいというか、ウケばっかり狙って中身がないというか… 正直、「これダメじゃないですか」 みたいな(笑)

 でも、こうやって、プロの制作の方の手にかかって、原稿が帰って来てみると、それなりにまとまっている文章になっているんですね。

 それで今、今度は僕が、その文章の長さを合わせたり、細かい微妙なニュアンスをチェックしたりして、最終調整をしているんですけど、こうして改めて読んでみると、今回もそれなりに良い作品になりそうな予感がしてきました。
 ちょっと、自画自賛入ってますけど…

 どんな分野でも一つの作品を作る時って、最初は混沌としたカオスの状態です。

 もう自分でもわけがわからないまま、成り行きまかせに作っていくしかないような泥沼の状態…
 この段階が一番しんどいです。

 彫刻で例えるなら、もう無我夢中で四角い木から彫りまくっている感じです。
 自分のイメージを信じながら…

 そうすると、形がなんかおぼろげに見えてきます。

 もちろん、本当にこの掘り方でいいかなんて分からないし、作品に自信も持てない…

 もしも、この段階で自信が持ててしまうようなら、それは多分大した作品じゃないです(笑)

 そして、その後も うなりながら、あっちを掘ったりこっちを掘ったりして形を整えていく…

 もしも運が良ければですが、そうするとその作品が一瞬キラッと輝く事があるんです。
 ああ、なんだ実はここに埋まっていたんだ… みたいに、そこにそれを発見した感覚ですかね。

 だから、自分でその作品を作ったというよりは、きっとそこに元々あったものを掘り出していくような感じなんだと思う…

 これは、物づくりだけの事ではなく、きっと人生で自分のやりたい事を見つけて、それを叶える時のアプローチもこれと同じなんじゃないかなって気がします。

 さ~て、まだまだ作業は終わりません。
 これから少し寝て、明日も朝早く起きて頑張ります!!


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この世という不思議な世界で…

 今日の関東地方は、4月だというのに、とても寒い1日でした。

 僕は今、この世というものに生きている事の不思議さを感じています。

 たまたま、この時代のこの場所に生を受けて生きている、異邦人みたいな感覚というか…

 今までそんなおバカな事を考えもしなかったし、ちょっとイッちゃっている人みたいですがけど(笑)

 人間なんて、本当に無力です。

 近くの海で隣の国の船が海中に沈んで、大勢の人が生死をさまよっているというのに、何一つしてあげられる事ができません。
 それどころか、その苦しみをちゃんと実感する事さえもできない…

 もし自分だって、たまたまその船に乗っていたなら、その運命を受け入れるしかないはずです。

 あらためて、人というのは、運命の前では、まるで蟷螂(とうろう)の斧だと思う。

 今現在も、この海の中で苦しみながら命が尽きようとしている人の事を思うと、自分が幸せに満たされているとか、自分が不幸に苦しんでいるとか… そういうのがスーッとさめて、どうでも良くなってきました。

 なんか、宙にういて さまよっているようなシュールな感覚になります。

 だから、僕らはただ日々淡々と、こうして無事に生きている事を感謝して、目の前に与えられた役割をこなしていくしかないのかなって思う…

 自分にどんな役割があるかなんて、まるでわからないし、僕なんてごま粒みたいに大した事がない人間だと思っているけど…

 それでも運が味方についてくれたなら、大きな事だって、できるかも知れません。
 もちろん、運が味方についてくれるように努力はするけれど、最終的には運命なんて、天が決めるものだと思うし、それには逆らえないと思う…

 だから、ある程度もがいて頑張ったら、運命なんて天に任せて、生があるうちに思いきり人生を楽しんでみる…

 そして、今この世で生を共有している仲間や、未来の子供達の為に、何かを残す事ができたなら、素晴らしい事だと思う。

 くたくたになるまで頑張った後で、そのままぐっすり眠るようにあの世にいけたなら、僕はそれで本望です。

 P.S.
 僕の 「四柱推命講座・初級編」 に参加してくださった、綾野結麻(あやの ゆま)先生から、ホームページをリニューアルしました、というメールが入りました。

 早速、クグってみたらスゴイ!!
 こ、これは、本当に感動のホームページです…

 このホームページ、綾野先生の占いに対する真摯さがにじみ出ていますね。
 四柱推命の事も、このサイトの中のページを一通り読んだだけで、一番大事な基本的な知識が身についてしまいます。
     僕の事まで紹介してくださり、本当にありがとうございます…

  占いサロン ひなた
  http://hinata-fortune.jp/

 綾野先生のサロンは、女性専用です。     男子禁制ですぞ…
 悩める女性の貴女、直接鑑定の他にも、電話鑑定やメール鑑定なんかもありますから、ぜひ一度のぞいてみてください(^^)


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変わりつつあるのは心の軸

 43才を迎えて、2日目です。
 別に今までと何も変わりませんね(笑)

 今日はずっと家にこもって、原稿の校正の作業をやっていました。
 なんか、昨年の今頃も、同じような事をやっていた気がします。    まるで、デジャヴみたいに感じる…

 この1年の間、ひたすらつっ走ってきました。
 まだまだ、加速度はついていて、つっ走っています!

 正直いうと、今の自分の運が強すぎて、ちょっと怖くなったりしています。
 昨日もつい電話で、村野大衡先生に弱音を吐いてしまったんですけど…

 なんだか、今の運気に自分のちっぽけな性格がそぐっていない気がして…

 自分の性格は、やっぱり自分が一番よく知ってますから(笑)

 まあ、人間の持って生まれた性格なんて、そうそう変えられないです。
 ひょっとすると変える事自体、不可能なのかも知れない…

 確かに本人の努力や周囲の環境によって、ある程度は見た目を変化させる事はできるとは思いますが、根底にあるものなんて、やっぱりそう簡単には変わりません。

 そして、未来というのは、基本的にその性格や考え方の延長線上にあります。

 それで、自分でふと疑問がわいてきたんです。

 僕の特にこの2年間は、本当につきまくっています。
 でも20代や30代の頃は、お世辞にもあまり幸せとは言えなかったと思います。

 30代の頃と今で、性格や考え方に大きな変化があったかというと、確かにあの頃よりはちょっとは知恵もついたけど、基本は変わりません。

 相変わらず、そそっかしくて周りが見えなくて、それでいて腰の定まらない軟弱な性格です。

 ただ、それでも、あの頃ときっと何かが違っていると思うんです。
 でなければ、こんなに運気が変わる事もないと思うし…

 一つだけ心当たりがあるとすれば、それは、心の軸がまっすぐに天にのびているかどうかかも知れません。
 ちょっと、うまく表現できないのですが…

 やっぱり人の運気というのは上がり下がりがあるし、今までずっと羽振りが良かった人が、急に運に見放されたようになってしまう事って、現実に良くあります。

 別にその人の性格は、昔と何一つ変わらないのに…

 う~ん、多分それって、心の軸のアンテナがそれてしまっているんじゃないかな… って気がするんです。

 人は幸せになると、ポワーンとしてだらけてきます。
      昔に比べて、かなり だらけているのを感じる…

 だらけてくると、だんだんと心の軸が傾いてアンテナが天につながらなくなってしまうんじゃないかな… って思う。
 アンテナが天につながらないと、天の波動をキャッチできなくなって、運気を体に蓄えられなくなってしまう…

 だから、ある程度運気が良い状態が続くと、だんだん運気が落ちてしまう事になるのかも知れません。

 だったら、運気を持続させるコツは、心の軸を常に天にまっすぐに伸ばしていればいい… という事になります。

 じゃあ、どうしたらいいのか… というと、これは方法論じゃないような気がします。
 ただ、それが大切だなって気づく事が、一番大事なのかも知れません。

 変わりつつあるのは心の軸…

 心と行いを正して、天にピンと心の軸を伸ばしていれば、永遠に幸運の波動はやってきて、ずっと一生幸せでいられるような気がするんです。


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43才の誓い

 昨日を持ちまして、僕の42歳の厄年が終わりました。
 今日から43才です♪   ウ~ム、手放しで喜べない(笑)

 たくさんのお祝いメールを頂き、皆さま本当にありがとうございました!

 僕の誕生日を覚えていてくださっている人がこんなにいるなんて、思ってもみませんでした。
 生年月日なんてホームページのプロフィールにちょろっと公開しているぐらいですし、4月17日なんて、別に覚えやすくもない日にちですし…

 今までの43年間のうちで、こんなに多くの方から祝って頂いたのは、もちろん初めてです。
 本当に今、心から感激しています。

 43才を迎えて、また新たな気持ちで頑張ります!

村野先生からのプレゼント 例年のように、村野大衡先生から、あま~いお菓子が届きました。

 今年のお菓子の中身は…


 花椿ビスケット48枚入り!!

    花椿ビスケット
  アサノフトシは、「花椿ビスケット」 をゲットして、Lifeが93ポイント上がった♪

 今日、村野先生と久しぶりに電話でお話ししました。
     前回はお出かけの前だったので、長く話せなかったのです…

 村野先生とは、僕がまだ20代の本当に何一つ冴えなかった時代からのつき合いですから、全部ご存じなのですが、今まで僕の人生の中でこれほどまでに波に乗っている時期もなかったんです。

 「まだまだ若い… これからどんどん、今までの分の幸せを取り返そうね」 って、温かい激励の言葉を頂きました。

 僕にとって昨日までの1年間は、42歳という巷では厄年と呼ばれる期間だったのですが、何一つ悪い事はなくて、念願の本の出版を始めとして、いろんな夢が叶った年でした。

 本当に僕は、周りの人に支えられて今があるというのを、ひしひしと感じます。

 忙しさにかまけて時間が取れなくて、何一つ恩返しができない事や、すっかりつき合いが悪くなってしまっている事が、本当に心苦しいです。

 今の溜めこんだ仕事をやり遂げて、このブログを1,000回書いて一区切りつけたら、皆さんの元に飛んでいこうと思います。

 昨日のブログで、例え人から愛を受けられなくても、自分がちゃんと誰かを愛する事ができればいい… みたいな事を書きましたけど、やっぱり人間のパワーって、誰かから愛される事によって得られるのかも知れません。

 そして、この受けた愛は、決して自分の欲望の為だけに使うような事があってはいけないと思いました。

 43才の誓いにかえて…

 大した事はできないかも知れないけど、少しでも誰かの幸せに役立てるように、今の自分がこの世でできる事を精一杯やってみようと、心に誓いました。


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新しい世界

 すっかり暖かくなりました。

 パソコンのやり過ぎで、仕事に疲れた体を少し動かそうと思って、外を散歩すると、太陽の日差しがまぶしくて、道に咲いている鮮やかな花の色が視界にとび込んできました。

 どこかの家の物干しに干してあるお布団の白が、日差しを浴びて、キラキラと光り輝いています。

 なんて事のない日常の景色のはずなのに、やけに新鮮に感じます。

 今までとは違う、全く新しい世界にいるような感覚…

 僕は、人生というのは心の持ちようで、どれだけでも幸せになれるんだなあ… って、今 本当に実感しています。

 これに気づいたのは、思い返してみると、やっぱりパリに旅立った時からでした。

 それまで日本にいる時は、正直、人間関係のゴチャゴチャに心が疲れきっていました。

 訳のわからない中傷やら、誤解やら、人間不信みたいなものが、心に渦巻いていて、毎日そんな心のフィルターを通してしか、外の景色を見られなかったから、感動も何もなかったんです。

 あの頃だってきっと、目の前には素敵な景色が広がっていたと思うけど、それを感じ取る心の余裕がなかったというか…

 パリに旅立った時、「もう、そういったものには、一切関わらなくていいんだ」 って思ったら、心がバーンと解放されたんです。
 あの頃は日本に帰ってくるかどうかも、きちんと決めていなかったし…

 パリの街は本当に美しくて、それにあのパリ渡航は、大吉中の大吉方位であったというのもありますけど、あの時に、そういった心の雲がきれいに吹きとんでしまったのです。

 もちろん、その雲を作ってしまったのは、誰のせいでもなくて、他でもない自分自身のせいです。
 僕はいつだって、本当に周りの人には恵まれていました。

 今思えば、あの頃の僕は、いつも失う事を恐れてばかりいました。

 人からの愛を失う事や、人からの信用を失う事や、人が自分から離れていってしまう事なんかを…

 だから、誰かの愛が消えてしまうのも、濡れ衣を着せられて誤解を受けるような事も耐えられないと思った…
     うちはイタチには、なり切れなかった(笑)

 人は愛がなくては生きられないと言いますけど、確かに誰からも愛されないというのも辛いですけど、もっと辛いのは、それまでそこにあった愛を取り上げられてしまう事かも知れません。

 それは、生き別れたり、死に別れたりする事によって起こる事もあるし、人の心変わりというものによって起こる事もある…

 人生の中でも、これは本当に耐えがたい苦しみだと思います。

 あれから2年がたって、最近ふと気づいたのは、今では案外、そういう事態に遭遇しても冷静にいられる自分がいるという事です。
 これは別に、心が冷たくなったとかではなくて…

 愛を失うっていうと、自分が被害者になってしまうけど、実は本当はそうじゃないという事に気がついたからなんです。

 今まで自分が愛されていたという事が、本当にありがたくて恵まれていた事であって、それがただ終わってしまったというだけの話に過ぎないという事を…

 そしてまたこの先、別の所から愛を受ける事もあるかも知れない…

 だからそういう事には、もう動じないでいようと思うんです。
 人が誰を愛そうが、それはその人の自由なんですから…

 もしもこの先の人生、自分が結婚するような事があって、その妻よりも先立つような時に、言い残してみたいカッコいいセリフがあるんです。

 それはこれ…

 俺の事は愛さなくていい…
 お前がこの先どうなろうと、俺はお前をずっと愛してる…
    どっかで聞いたぞ、コレ(笑)

 例え自分が愛されなくても、人を愛する事なんて、そうそうできる事ではないけれど、いつもそんな気持ちでいられたら、ずっと心は晴れやかにいられるに違いありません。

 キラキラと光る午後の日差しの中で、ふと、とりとめのない思いをよぎらせていました。

 <お知らせ>
 携帯電話から、「鑑定のお申し込みフォーム」 でお申し込みくださるお客様は、どうか携帯の 「パソコンからのメール受信拒否」 を解除しておいてやってください。
 こちらから返信したくても、できません(><)

 ちなみに僕は、すでに4月19日(土)は用事が詰まってしまっていますが、4月24日(木)でしたら鑑定入れますよ~    業務連絡♪

 このブログを、ご覧になってくだされば良いのですが…

 携帯からメールを送ったのに、いつまでたっても返信がこないぞ… という方は、ちょっとだけ、携帯の設定を確かめてみてくださいね。


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パッと手放す事で運が開ける

 今日も東京と松戸間を行ったり来たりしながら、慌ただしく飛び回っています。

 常に時間に追われながら、忙しく充実した日々を送っています。

 電車の中でも極力パソコンを開くようにしていますが、さすがに満員電車ではちょっと無理ですね…
    皆さまメールの返信、もう少し待ってくださいm(_)m

 江戸川橋にある出版社の総和社で、お世話になっている社長と仕事のプロジェクトを終えた後、家に帰ろうと日暮里(にっぽり)駅まで行って、常磐線(松戸と東京をつなぐ電車)に乗り換えようとしたら、なんと、人身事故で止まっていました。

 「普及の見込みがわかり次第、放送します」 って駅のアナウンスが流れていました。

 まあ、ほとんどの電車の人身事故というのは、飛び込み自殺の事です。

 なんてこったい…

 こっち方面に帰る人は、みんなそんな気分だったと思います。
 特に時間に追われているような人なら、なおさらです…

 でもこんな時、「ちきしょう… ついてない」 とか思うと、運が下がって、本当についてない事が起こります(笑)

 こういう時には、冷静に自分ができる限りの最善を尽くすのみ…

 周りの人を見ていたら、みんなそれぞれの動きをしますね。

 中にはノーリアクションで、悠然とその場で電車を待っている人もいます。
 でも大半の人は、振替乗車の方法をネットで検索したり、駅員さんにたずねようと詰め寄ったりします。
 冷静な口調でたずねる人もいれば、イライラした口調でたずねる人もいます。

 駅員さんはプロですから、親切丁寧に、最善の振替乗車の方法を教えてくれます。

 僕の場合、Suicaカードを使って電車に乗っていたので、振り替え輸送のサービスが受けられないんです。
 それでどうしたらいいか、駅員さんに聞いてみました。

 どうやら私鉄の北総線を使うのが、一番時間のロスが少ないらしいんですけど、やたらと電車代が跳ね上がってしまうらしくて、その駅員さんは、なるべく安い料金で行けるように、津田沼駅まで行ってまた戻ってくるという迂回ルートを教えてくれました。
 でも、この方法だと電車賃はほとんど変わらないけど、余分に1時間ぐらいかかってしまいます。

 すみません、ローカルな話なので、千葉県民以外は少しイメージしづらいと思います(笑)

 僕はこんな時は迷う事なく、少し電車賃が高くなって自腹を切っても、早くいけるコースを選びます。
 金額の差とは言っても、数百円の差ですから…

 運を生かせない人はここで、「自分には無関係な人身事故のせいで、無駄なお金を支払わされた」 って考えます。

 でも、僕はそうは考えないです。

 確かに自分には無関係の出来事とはいえ、もうすでに予定の時刻には帰れない状況になってしまっているんですから、それを受け入れて、あきらめてパッと手放す…

 そうすると、「たった数百円で、本来なら手に入れられない時間が手に入って、超ラッキー」 ってなります!

 このパッと手放すというのが、運を開くポイントだったりします。

 そうすると、次々に良いアイデアが浮かんできたりすしますし、例えついてない出来事が起きている時でさえ、感謝する事ができます。
 
 パッと手放す事で運が開ける…

 自分のこだわりや執着を捨て去る事で、毎日の出来事は、きっと喜び事だらけになるはずです。


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みんな最初子供だった

 おだやかな春の日… とはいえ、最近少し寒いです。
 僕は寒がり屋なので、もう少しだけ暖かくなってくれたらな… なんて、少し欲深くなったりします。

 人生を生きていると、いろんな事があります。
 嬉しい事も、悲しい事も、時には腹の立つ事だってあるかも知れません。
 でも、感情を自然にまかせていれば、全部おさまって、また心に平和が訪れる…

 僕は子供の頃から(というか、これは僕だけではなくて、みんなそうなのかも知れませんけど…)すごく感情の起伏が激しい所があって、何かが起こる度に一喜一憂していました。

 でも、今は不思議な事に、何が起こってもそんなに動じないようになったと言いますか、ずい分と自分を客観視できるようになりました。

 どこかに 「この試練はきっと神様のテストに違いない」 なんて思いながら、平然としている自分がいますね。

 昔だったら、失敗する度にドーンと自己嫌悪にかかって落ち込んでいたのが、今では自分の事を冷静に叱っているもう一人の自分が心の中にいたりして、しかもそんなに落ち込む事も少なくなりました。

 まあ、病院で検診を受けて、「あなた、余命が一年ですから今すぐ入院してください」 って言われたら、少しはへこむかもしれませんけど(笑)

 それでも多分、すごく動揺して取り乱したりはしないだろうっていう自信はあるんです。

 「そっか、やっぱりちょっと不摂生し過ぎたのはマズかったな…」 って反省して、残りの余命一年を悔いのないように生きようとすると思います。
 まあ、余命一年なら、病院に入院するのは拒否すると思う…

 あとは、理不尽な事や腹が立つ事をされたり、言われたりしても、感情を乱されないですむかと言ったら…
 う~ん、これは少しだけ自信ないです。
 これが僕の子供の頃からの不得意分野でしたから(笑)

 でも、昔みたいに怒りをあらわにする事は、もうないと思う…

 僕が大好きな曲に、イエローモンキーの 「JAM」 って曲があって、時々思い出すんです。
 僕はこの曲の特に二番の詞が好きだった…

 キラキラと輝く大地で君と抱き合いたい
 この世界に真っ赤なJAMを塗って、食べようとする奴がいても

 過ちを犯す男の子 涙化粧の女の子
 たとえ世界が終ろうとも二人の愛は変わらずに

 Good Night 数え切れぬ
 Good Night 罪を超えて
 Good Night 僕らは強く
 Good Night 美しく

 あの偉い発明家も 凶悪な犯罪者も
 みんな昔子供だってね
 外国で飛行機が堕ちました ニュースキャスターは嬉しそうに
 「乗客に日本人はいませんでした」「いませんでした」「いませんでした」
 僕は何を思えばいいんだろう
 何て言えばいいんだろう…
  (「JAM」 詞:吉井和哉 より抜粋)


 今では考えられない事ですけど、この当時は外国で飛行機が落ちて日本人が一人もいなかったっていうニュースが報道される度に、キャスターが「今日は最高のお花見日和ですね」 と言うみたいにニッコリとして、「乗客に日本人は一人もいませんでした」 って、しゃべっていました。

 思えばあれって、かなり不謹慎だったかな… って感じます。

 まあそれでも、朝鮮中央放送のニュースよりはマシですけど(笑)  何言ってるかわからないけど、キャスターがやたら怒っている…

 話が少しそれましたけど、この歌の中に出てくるような、世界にJAMを塗って食べようとする奴とか、凶悪な犯罪者なんかを目にした時、誰だって怒りたくなると思うし、それはむしろ人間として当たり前の感情だとも思う…

 もっと身近な話をすれば、デリカシーのない言動をする人や、自分勝手な事ばかりしている人間に対しても、やっぱり怒りの感情ががこみ上げてくるだって、人間だから当然あると思うんです。

 ただやっぱり、その怒りからは何も生まれてこないし、怒りに任せて行動しても、まずロクな事にならないのも事実です。

 もちろん時には、相手に対してハッキリとその事を意思表示をしなければいけない事だってあるでしょう。

 でもそんな時、怒りの感情だけに身を任せるんじゃなくて、できれば相手を包み込むような優しさも欲しいと思うんですね。
 これは理想論かも知れないし、もちろん相手に通じない場合だってあるでしょうけど…

 そんなくだらない相手を包み込むような優しさなんて、考えられない… って思う方もいるでしょうけど、少なくとも相手を変えようと思うのなら、それではいけません。

 僕はそんな時、この詞の「みんな昔子供だってね」 っていう部分を思い出すんです。
 多分、今でもまだその相手には、我が侭な子供の部分が残っていて、そうなっているだけなんですよ。

 それで僕は、その相手のうんと若い頃や子供の頃の姿を、ちょっぴり想像してみたりします。

 その人は何かの事情で、今みたいな風になっちゃったんだろうし、もちろん、やった事を許すとか許さないとかは別問題ですけど、子供になったその人をイメージすると、ちょっとはその相手を包み込めるような優しい気持ちになったりする…

 怒りに任せて、その相手の欠点を吊るしあげようとしても、それは禍根を残す事になるし、逆効果になる事も多いです。
 でも、我がままな子供を抱きしみて、たしなめるように欠点を言ってあげられたなら、また変わってくると思うんですよね…

 みんな最初子供だった…

 自分だって欠点だらけだし、まだまだ子供の部分もいっぱい抱えていると思います。
 それはお互い様なんだから、きっと、わかり合う事だってできると思う…
 例えそれが、今すぐではなかったとしても…

 いつの日か、みんながわかりあえるような素敵な時代が必ず来ると思うんですよね。

 
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この世にあるものは役に立つものばかり

 ここの所ずっと、パソコンの前で座りっぱなしで仕事をしていて、肩が凝りまくって体がガチガチです。

 一昨日お会いした渡部明彦先生に、「前よりずい分やせられましたね」 って言われましたが、多分これは仕事やせです(笑)

 それにしても、肩が凝って体がガチガチになった状態で眠ると、ろくな夢見ないですね。

 今日の朝は6時に目を覚ましたのですけど、子供の頃の夢で、周りの人がみんな僕に理不尽な事を言ってきて、それで怒りまくっているという夢を見ました。

 目が覚めた時、「あっ、夢だったんだ」 って気がついて、改めて、「今の自分の生活は、なんて幸せなんだろう…」 って感じてみる…

 そして、ここで大切なのが、二度寝するんじゃなくて、さっさと起きて仕事をする事です♪

 若い頃の事を思い出してみると、いつも、いろんな事に怒りまくっていた気がします。
 周囲の人や、置かれている環境なんかに、常に不満を持っていました。

 確かにあの頃は、いつも理不尽な目にあわされていたような思い出ばかりなんですが、今、冷静に考えれば、ある程度までは自分に原因があるような気がします。

 おそらく、自分の中にある怒りが人にも伝染して、そういった不幸な境遇を呼んじゃっていたんじゃないかな… って思うんです。

 とはいえ、あの頃の僕をあえて弁護すれば、怒りというものが、必ずしも悪になるとは限らない… という事はあると思います。

 時に、怒りはこの世に存在する悪をこらしめる役割もするし、また、怒りはある意味、起爆剤でもあります。
 社会や文明が発展していくために、非常に良い役割を果たす事だってあるでしょう。

 怒りや憎悪というものが、最も深刻な形になってしまったのが、戦争だと思う…

 お互いが相手の思想が受け入れる事ができなくて、最悪な結果になってしまった訳ですが、皮肉な事に今の世の中の科学技術というのは、戦争によって発展してきた事も、また事実です。
 コンピューターとか、GPSとか、航空機なんかでも…

 だから、怒りが行きついた先の戦争というものでさえ、生みだしているものはある…

 大切なのは、この怒りというものを、どうやってコントロールするかに、かかっているとも言えそうです。

 そうですね… 怒りというものを正面から人にぶつけるんじゃなくて、上手にそのはけ口を他に見つけて、怒りのエネルギーを別のものに昇華させてしまう事かも知れません。

 たくさんの人がその昇華したエネルギーを、一つの場所に集結させたなら、それはものすごく大きな発展の力の源にもなっていくでしょう。

 この世にあるものは役に立つものばかり…

 全ては使いようです。
 大量のゴミだって、それを燃やす事によって得られるエネルギーで発電する事も出来ます。

 うまく怒りのエネルギーを使って、大きく人生を発展させていこうではありませんか。

 P.S.
 一昨日のブログと、昨日のブログに、かなりの不備がありました。
 時間に迫られて作っていた事もあって、リンクはちゃんと連動していないし、文字は間違っているしで、もうめちゃくちゃでした。
 更新も随分と遅くなってしまった上に、グチャグチャな内容で、本当に申し訳ありません。
 今日からまた、ちゃんと真面目に更新します!
 ちゃんと直しておきましたので、暇な時にまた読んでやってください(^^;;


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フカフカのお布団の上で飛び跳ねて遊ぶ子供のように

Bonjour ! <ボンジュー> (こんにちは)

 …… ノリ間違えました(笑)

 ここの所、常に時間に追われている状態で、やらなければいけない仕事がどんどん増えて、かなりヤバい状態になっています。

 すみません、今またメールの返信ためちゃっています…

 多分この仕事を全部一人でやろうとしている事に、無理があるんだろうって、うすうす気づいています(笑)

 でも、なんかすごく今の生活が心地いい…

 そうですね… 無邪気な子供が、柔らかくてフカフカなお布団の上で、飛んだり跳ねたりして遊んでいる感覚に似ています。

 大人になってからというもの、僕はこの感覚を忘れていました。
 2年前、パリに行くまではずっと…

 確かに仕事の事を考えると、この状況を何とかしなくっちゃヤバい… なんですけど(笑)

 以前の僕を知っている人は、きっとわかってくれると思いますが、僕は何に対してでも、クソ真面目すぎる所がありました。

 特に時間に対しては厳格で、普段、待ち合わせ時間とかに遅れる事とかは滅多にありません。
 
 昔は、約束の時間や期限に遅れたりすると、まる1日以上ずっと落ち込んでいるような神経過敏な性格だったのですが、今では大分変わりました。

 NARUTOに出てくる、カカシ先生みたいに、急に時間にルーズになってしまった訳でもないですけど…
    このネタわかる人は、ほとんどいない(笑)

 時間の事だけに限らず、いろんな物事に対して、「こうだったらいいけど、こうだったら嫌だ」 みたいなのが多ければ多いほど、人生は生きづらくなるし、将来の不安にかられて、行動力もにぶくなります。

 もちろん、人生には 「こうじゃない方がいい」 というのはあるし、自分の 「こうだったらいい」 という形にする為に、精一杯の努力をする事は当然の事なんですけど、終わってしまった事に関してや、まだ始まってもいないこの先の事に関しては、いつまでもクヨクヨと思いを巡らせない事です。

 人生には葛藤や苦悩はつきものですし、確かに、そういう苦悩をする事で人の気持ちや痛みを知る事ができる訳ですけど、人の一生は短いから、いつまでもそうしている訳にはいかない…

 人は弱いから、物事を相対的に 「これはいい」 と 「これは嫌」 という二つの区分に勝手に分けて、自分から不安を作り出してしまう…

 物事は全て移ろい過ぎるのが世の常だから、この世の中に絶対的な安心なんて存在しないし、そういうものにしがみついているうちは、例え今が一時的に満たされていても、本物の幸せを手に入れるには程遠いといえます。

 確かに、お釈迦さまじゃないんだから、人が自分の欲望を完全に捨て去るなんて無理があるけど、目の間の事に囚われ過ぎないようにする事で、少しはそれに近づけるような気はするんです。

 その相対的な葛藤から顔をあげて、子供の頃の純粋な心に戻る事ができたなら、目の前には喜びに満ちあふれた世界がある…

 神様がくれた、柔らかくてフカフカのお布団の上で、ある程度は運命に身を任せながら、まるで子供のように飛び跳ねて遊んでみるのもいい…

 その時、柔らかい日差しに包まれながら、自分は守られているなって実感できたりします。

 P.S.
精霊タロット・ファイル① 昨日は、東京オフィスに僕の 「タロット講座~小アルカナ編~」 を受講してくださった渡部明彦先生が、鑑定を受けに来て下さいました。

 そして、ある1冊のファイルを見せてくださいました。

精霊タロット・ファイル② なんと、そこには僕の無料コンピューター占いツールである 「精霊タロット」 のカードをめくると出てくる全ての文章のデータがまとめてあるではありませんか。


精霊タロット・ファイル③ 
 どんだけ~ って感じです。

ちょっと古いですね(笑)

 「精霊タロット」 で出てくる文章は、大アルカナ+小アルカナ78枚×2(正位置・逆位置)、さらに4つのポジションの精霊たちの言葉がそれぞれ違うので、4×144で、576パターンがあるんです。
 まあ全部、僕が作ったんですけど…

 このタロットカードはランダムに場に置かれるので、よほど根気よくやらない限り、576パターンなんて全部を出せるような事はありません。
 本当、これをなしとげてしまった渡部先生には脱帽です。

 手相家・恋愛プランナー 渡部明彦

 渡部先生は、新宿の占いのお店で、ほぼ毎日タロット占いや手相鑑定をされていますから、お近くにお住まいの方は、ぜひ予約をされて鑑定を受けられてみてください(^^)

 とってもお優しい先生ですよ~

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ムッシュ浅野の「プチ・フランス語講座」 Leçon 10 voyageons編

 Bonjour ! <ボンジュー> (こんにちは)

 皆さん、コンニチハ~。
 「エセ フランス語 講師」の ムッシュ浅野デ~ス。

 今日も、楽しくフランス語、勉強していきましょネ~!

 ハイ、そこのアナタ 今 「このブログ、最近無理やりネタ作ってたけど、ついに限界が来たか…」 って思いましたね~

 いけませんネ~(笑)

 このブログも、今日で777回目、トリプルセブンで縁起も良い事ですし…

 今日は、プチフランス語講座・特別編…
 「ボーイング777で、フランスを旅しよう」 企画デ~ス!
      なにそれ(笑)

   ボーイング777

 実はこの前、タロット講座と 四柱推命講座と、プチ・フランス語講座の優秀な受講生でもある、「みどりん」 こと東緑先生から、トッテモ素敵な今年のカレンダーを頂きまシタ。
 (東緑先生の 「占いとセラピーで笑顔になれたら・・・」)

 これデ~ス!

   フランスの絶景


   旅してみたい、フランスの絶景カレンダー 2014

 このカレンダーには、素敵なフランスの風景写真が、全部で14枚もあって、ムッシュは写真をながめていたら、パリの事を思い出して、ウットリしてしまいましたネ~

 その写真の何枚かの情緒あふれるフランスの風景を楽しみながら、ムッシュと一緒にフランス語を勉強していきましょうネ~

 さあ、それでは、
   Voyageons! <ボワヤジュン> (=Let’s travel!)

 まずは、こちらデ~ス!

サン・シル・ラポピー
 St-Cirq-Lapopie  サン・シル・ラポピー

 フランス南西部、ロット川のほとりにたたずむ小さな村。フランス人に最も人気のある村のひとつで、切り立った崖の上に民家が寄り添うように建つ全景、15~16世紀の建物が並ぶ石畳の細い路地など、どこを歩いても絵になる風景ばかり。
(旅してみたい、フランスの絶景カレンダー2014 ~1月~より)


 では、次の文章を訳してみてクダサ~イ!

 Son rêve est de visiter St-Cirq-Lapopie.

 ~彼女の夢はサン・シル・ラポピーを訪れることだ~

 ハ~イ! estは、êtreの変化形ですねエ。
 これは英語の 「is」 と同じデス。
 Son rêve(彼女の夢) = de visiter St-Cirq-Lapopie(サン・シル・ラポピーを訪れる)という事デ~ス。

 フランス情緒あふれるのどかな村、ムッシュも一度でいいから、サン・シル・ラポピーに行ってみたいデ~ス。


モンマルトル
 Paris Montmartre  パリ モンマルトル

 パリの街を見下ろすモンマルトルの丘。その頂には白亜の聖堂サクレ・クールが建ち、常に観光客で賑わっている。画家たちに愛され、「アメリ」をはじめ数々の映画の舞台となった場所でもあり、パリらしいノスタルジックな雰囲気が今も残る。
(旅してみたい、フランスの絶景カレンダー2014 ~2月~より)


 次の文章を訳してみてクダサ~イ!

 S'est promenés dans le quartier de Montmartre.

 ~モンマルトル界隈の散歩に出掛けました~

 quartierは、4分の1という意味ではなく、「界隈」 というようなニュアンス、デ~ス。
 このサクレ・クール寺院には、ムッシュも行きましたヨ~
 トッテモきれいなお城でしたネ~

 高所恐怖症のムッシュには、モンマルトルの丘はちょっと落ち着きませんでしたネ~(笑)
 (2012/3/21ブログ 「パリの休日」 参照)


モン・サン・ミッシェル
 Mont Saint-Michel  モン・サン・ミッシェル

 8世紀からの歴史を持ち、中世には多くの巡礼者を集めた修道院。砂州にそびえ立つ孤島のように見えるが、満潮の際には周囲まで水が迫る。自然の神秘と中世の建築が織りなす幻想的な風景は、とりわけ夜明けと夕暮れ時に一層の輝きを見せる。
(旅してみたい、フランスの絶景カレンダー2014 ~3月~より)


 それでは、次の文章デ~ス!

 Mont Saint-Michel est l'endroit que j'adore le plus dans France.

 ~モン・サン・ミッシェルは、フランスの中でもわたしが一番大好きな場所です~

 少しパリから離れていますが、大人気のスポットデ~ス。
 村野大衡先生も憧れていましたが、ムッシュも一度は行ってみたいです。


セナンク修道院
 Abbaye de Sénanque  セナンク修道院

 南仏プロヴァンスの深い谷間にあるシトー会の修道院。12世紀創建の聖堂は、余計な装飾を廃した簡素な造り。その清楚な姿をひきたてるのが、修道院前に広がるラベンダー畑だ。7月上旬には花が盛りとなり、一面鮮やかな紫に染まる。
(旅してみたい、フランスの絶景カレンダー2014 ~7月~より)


 次の文章を訳してみてクダサ~イ!

 il y a la Abbaye de Sénanque prè d’ici.

 ~この近くにセナンク修道院がある~

 il y aというのは、英語で言うと 「There is~」 と同じような構文で、「~がある」という意味でデ~ス!

 まるで紫のラベンダーの香りが漂ってきそうな素敵な場所デスネ~
 ムッシュは、とってもここに行ってみたいデ~ス


ノートルダム大聖堂
 Notre-Dame de Paris  パリ ノートルダム大聖堂

 パリ発祥の地でもあるシテ島に建つゴシック様式の傑作。正面の彫刻、内部空間はもちろん、ステンドグラスのバラ窓も素晴らしい。2013年には創建850周年を祝い、数々の記念行事が行われたほか、9つの鐘が新しく付け替えられた。
(旅してみたい、フランスの絶景カレンダー2014 ~9月~より)


 それでは、次の文章を訳してみてクダサ~イ!

 Sur une île de la Seine se trouve une grande église appelée Notre Dame.

 ~セーヌ川の中の島にノートルダムと呼ばれる大きな教会がある~

 まずは、意味がわからなくても、何となくこんな感じかな… っていうような気持ちで、覚えていきましょう!

 2年前には、ノートルダム大聖堂では、遠い異国である日本に起きた東日本大震災によって、被害に遭われた方のミサが優しいパリの人達の手によって行われました。
 (2012/3/11ブログ 「あの日から一年…」 参照)

 このノートルダム大聖堂の大広間は、入場料無料で入れます。
 中にある膨大な展示品は、圧巻でしたヨ~


凱旋門からの風景
 Paris Arc de triomphe de I’Etoile
   パリ エトワール凱旋門

 パリを代表するモニュメントのひとつ。オステルリッツの戦いに勝利した皇帝ナポレオンが命じ、当時5本の通りが集まっていた星型(エトワール)広場に建てられた。屋上に上ると、放射状に延びる大通りと美しい街並みを見渡せる。
(旅してみたい、フランスの絶景カレンダー2014 ~11月~より)


 それでは最後に、この文章を訳してみてクダサ~イ!

 Je voudrais visiter l'Arc de triomphe de I’Etoile.

 ~私はエトワール凱旋門に行きたい~

 Etoileというのは、星の事…
 放射線状に延びたエトワール広場にある凱旋門なので、こう呼ばれマシタ。

 ムッシュも雨の中、傘をさしながら行ってきましたヨ~
 (2012/3/5ブログ 「雨のパリと凱旋門」 参照)

 さっきの写真は、凱旋門の上に登って、シャンデリゼ通りを撮影した写真ですネ~

 懐かしいです。シャンデリゼ通り…

 エッフェル塔に登ろうと2時間待ちをしていた時、陽気なイタリア人達が大声で 「オ~ シャンデリゼ♪」 って、歌っていました(笑)

 では最後に、この歌を聞きながらお別れしましょう!



 それでは、このあたりで、ムッシュ浅野の「プチ・フランス語講座」を終わりま~す。

 みなさ~ん  Bonne voyage!. <ボン ボォワヤージュ>
           (よいご旅行を)


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世界は無限大…

 今日も暖かくて、気持ちよい春の日が続きます。

 この前、お世話になっている社長から、
 「ここの所、浅野さんのブログを読んでいて感じたのですが、書くネタに困っているんじゃないですか?」
 とたずねられました。

 実は全くその通りでした(笑)
   苦しまぎれに、強引にネタ作っていたのがばれた…

 このブログ、「Songe a Paris(パリに思いを馳せて)」 とか題名つけておきながら、最近のネタはもうパリとは全く関係なくなっちゃっているし、内容に何のしばりもないから、ネタは無限にあるように思われるかも知れません。

 確かにそれはそうなのですけど…

 何かの本や、どっかのサイトの文章を、そのままコピペして貼り付けておいて、最後に 「僕もこう思いました」 とか一行加えておしまい… みたいにすれば、きっと毎日なんの負担もなく更新できるとは思うんですが(笑)

 でも、多分それだと、誰一人感動してくれないんじゃないかと思うんですね…

 いや、ひょっとしたら、そのコピペした文章に感動する人はいるかも知れないけど、もしも僕がその文章をちゃんと咀嚼(そしゃく)できないまま貼り付けたら、やっぱり読んでいる人は興ざめして、だんだん離れていってしまうと思うし…
 どっちにしても、そんなブログは意味がないような気がします。

 人に何かを伝えようと思っても、結局の所、自分が深めて理解した分しか伝えられない…
 そんなもんだと思います。

 世の中には、いろんな知識や情報が氾濫していますけど、大切なのはただその知識を手に入れる事ではなくて、それを探求して深めていって、自分がそこから何を感じるかだと思う…

 ちゃんとこういう事ができる人が、人に何かを伝えていく事ができるし、新しい時代のリーダーになっていくんだと思います。
 こういう人は、将来の自分の仕事とか、就職先なんかに悩む事もないと思うんですね…

 知識や情報を得るという目的だけが先行して、表面的なものだけで満足してしまう人は、やっぱりその本質は理解できないし、例えそれを人に披露しても、人を感動させるにはいたらない…

 とはいっても、そうやって何かの分野を探求して深めていく作業って、すごく面倒くさくて疲れます。

 どんな分野でも、深い部分の知識は、言葉だけで理解できるものではないし、例え言葉で説明しようとしたって、意味は伝えられないと思うから…

 それを習得しようとすれば、多くの時間が取られてしまって、他の事ができなくなるし…

 僕は多分、こんな事をやりとげる事ができるのは、心がそれを本当に必要として、欲している人だけじゃないかと思うんです。

 じゃあ、心が欲する為にはどうすればいいかと言ったら、いろんな人生の苦しみに直面して、そこで葛藤をして、一生懸命もがいてみる事ぐらいしか方法がないのかも知れません。

 そういった意味でも、苦しみや葛藤って、人生の宝物だと思いますね。
 そんな風に考える人は、あまりいないと思いますけど(笑)

 自分が掘り下げて深めて心が感動した分だけしか、人に伝えられない…

 世界は無限大…
 どんどんいろんな事を掘り下げて、心で感じてみようではありませんか。


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ペルソナを取り替えながら

 松戸の自宅と東京を行ったり来たりしながら、今、僕は、本当に自分は幸せだと感じています。

 たくさんの素敵な人との出会いがあって、その中で僕なんかでも、何かしらのお役に立てたりする事もある…

 「生かされている」 という喜びに、心が満たされています。

 昨日のブログでは、ユングが提唱したペルソナというものについて、少し触れてみたのですが、このペルソナというのは、社会生活をする人にとって、心の病を引き起こしかねないような要素を持っています。

 例えば、自分には合わないペルソナをつけさせられた場合です。

 これ、よく親が我が子にやってしまうケースがあります。

 親が子供に、無意識の内に自分の理想を押しつけるようなパターンです。

 よく子育てで、子供をほめあげて、やる気にさせるという方法があります。
 でもこれもやりすぎると、子供は自分の逃げ場を失ってしまいます。

 「○○ちゃんは本当にいい子だね。勉強もできて優秀だし、いつもみんなの事を考えている模範生だ」
 みたいな事を何度も子供に言い聞かせる…

 確かにこの方法は、優秀な子供を育てるのに、かなり効果はあるかも知れません。
 でも両刃の剣で、すごくリスクもあると思うんです。

 それでも、「自分は本当はそうじゃない…」 って子供が感じられるようなら、まだマシな方です。

 中には、親から与えられたそのペルソナを、実際の自分とは違うのに、必死に演じ切ってしまう子供もいます。
 むしろ、こっちの方が悲劇ですね。

 合わないペルソナを無理やり自分と同化させてしまって、ふと子供が、自分の本当の心を垣間見てしまった時、それを自分だとは認める事ができなくなります。
 だから、否定するしかない…

 このペルソナと同居している間は、自分で自分の事を認めてあげる事ができなくなって、時に深刻な自己嫌悪に陥りかねません。
 もちろん、これは向上心にもつながる訳ですから、全部が全部、悪い事ばかりではありませんが、これが心の病につながっていく可能性だってあります。


 じゃあ、自分にピッタリと当っているペルソナを身にまとう分にはいいのかと言ったら、これもまた考えものです(笑)

 例えば、ロックが死ぬほど好きで、自他共に認めるロックンローラーがいたとします。
 言いかえれば、ロックンローラーというペルソナを身にまとった人です。

 ライヴハウスでライヴをやる時にはこれでいいでしょう。
 でも、これも度が過ぎて四六時中やっていると、TPOというものがまるでできなくなります。

 時にはそれが微笑ましいような事もあるかも知れませんが、場合によっては周りの人を疲れさせますし、何より本人もそのペルソナに振り回されて、不器用な生き方しかできなくなります。

 それにだいたい、ペルソナ(仮面)をつけていると、腹を割って人と心を通い合わせる事もできなくなります…

 結局、ペルソナって自分の事を制限してしまうものだと思うんですね。

 もちろん、社会生活において、こういうものは必要です。
 その中で大切なのは、いくつかペルソナをきちんと使い分けていく事かも知れません。

 ペルソナを取り替えながら…

 自分をこうだと決めつけないで、常にいろんな自分を受け入れてあげる…

 その時に貴方は、今までに見た事もないような素敵な自分に出会えるかも知れません。


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「自分らしさ」 って一体…

 4月のおだやかな春の日、今日あたりから、学校が始まる所も多いと思います。
 社会人としての新生活をスタートする人も多いでしょう。

 人はそれぞれ、役割を背負って生きていく…
 その中で自分らしく生きられたら、本当に幸せです。

 でも、一体 「自分らしさ」 って何だろうって考えると、意外と何だかよく分からなかったりします。

 心理学者のパイオニアであるカール・G・ユングは、人は誰しもペルソナというものをつけて生きていると言いました。

 ペルソナ… 直訳すると、「仮面」 という言葉なのですが、まあ 「役割」 とでも訳したらいいでしょうか。

 よく、「そんなに落ち込んで、君らしくないじゃないか…」 なんて言葉が使われたりしますが、これなんかは周囲や社会から、「この人はいつも元気で落ち込まない人」 といったペルソナで認識されているという訳です。
 そして、ペルソナというものは、自分でも 「オレはこういう人間だ」 みたく、ちゃんと自覚されている事が多いです。

 だから、なんか今日はいつもの自分らしくない事をしているな… なんて思うと、人はどうも気持ち悪くなります(笑)

 これって、ひょっとすると、「自分らしさ」 というものに縛られてしまっているという事かも知れません。

 ハリウッド映画なんかのアクターの世界には、「メソッド演技」 というものがあって、映画の中で、完全にその役になり切って迫真の演技をします。
 その為に、いろんなアプローチをしたり、自分に暗示をかけたりします。
(2012/5/28ブログ 「イメージした自分が現実になる」 参照)

 例えば、ロバート・デニーロなんかは本当に天才アクターです。
 映画によって、まったく別の人格を使い分けて演じ切ってしまう…

 こういう演技ができる名優は、日常生活の中でも、ペルソナというものの存在に気づいていて、それをちゃんと使い分ける事ができる人です。

 アクターズ・スクールの最初の訓練は、自分を見つめてそのペルソナを捨て切る事だったりします。
 でないと、できる役が限られてしまいますから…

 ちなみに、同じ名優でも、ジャン・レノは、どの映画を観ても全部ジャン・レノです(笑)    まあ、これはこれでいい…

 ペルソナというのは、たまに心の病を引き起こす原因にもなります。

 それゆえに、よくアクターズのレッスンは、心の解放にもつながるなんて言われています。

 僕はそれでも、ペルソナというのは社会生活においては、ある程度必要なものだと思う…

 でも、時々 「自分らしさ」 って何だろう… って、冷静に考えてみたらいいと思うんです。

 それだけできっと、心の呪縛から解放される瞬間を感じる事ができるはずです。

 P.S.
ラーメン一点張 今日は、お世話になっている社長と赤坂で仕事の打ち合わせをしました。

 お昼のランチに、社長がとても美味しいというお勧めのラーメン店に連れて行ってもらいました。

 ラーメン 赤坂一点張

 全てメニューも社長にお任せして、出てきたのがこの3点セット

 煮卵入り味噌ラーメンと特性チャーハンとさらにサービスのスープです。

 本当にしっかりとしたコクのある美味しいラーメンでした。チャーハンもスープも、本当に絶妙な味加減で、もう最高でした。

 しかし、この量は僕にはちょっと量が多かったかも…
 全部食べてから、しばらくその場で動けませんでした(笑)

 また赤坂に寄った時は、ここに食べに行く事にします!


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ほどよい糸の張りぐあいが丁度いい

 春の日差しがすごく気持ち良くて、今、本当に 「生きてるな…」 って充実感を感じます。

 この心地よい充実感は、こうやって日々仕事に追われて、気持ちを張りめぐらせながら、時々息抜きをする中で感じられる気がします。

 もしも四六時中、気持ちがゆるみきっていたならば、春の日差しに充実感を感じるどころか、虚しさで心に穴があいてしまったようになっているかも知れません。

 この占い師という仕事に巡り合えて、こうして忙しく過ごしていられる事に、僕は今、心から感謝しています。

 小説家の故・遠藤周作さんは、仕事というものには、三種類あると言いました。

 一つは、ただ苦しい仕事… これは誰もやりたい思わないような仕事の事…

 二つ目は、楽しい仕事… これは誰もがやってみたいとは思うものの、じきにイヤになってしまう仕事…

 そして理想は、三つ目の、苦楽(くるたの)しい仕事で、苦しさもあるけれど、それを超えた先には楽しさに出会えるという仕事で、やり遂げた時にはものすごく達成感がある…

 この 「苦楽しい」 という言葉は、遠藤周作さんが編み出した造語です。
 そして遠藤さん自身、小説を書くのは、たいへん苦楽しいものだとおっしゃっていました。

 書きものの仕事というのは、ある程度ちゃんとしたものを書きあげようとするならば、やっぱりしんどいです。
 でも、良いものが出来上がった時には、本当に達成感があります。   このブログを書くのも、何気に苦楽しい(笑)

 この世界の楽しみと苦しみって、常に表裏一体です。
 どっちも、切り離す事ができない…

 だからこそ、楽しいだけの仕事って、じきに飽きてしまうんだと思います。

 気持ちがゆるみきった先には、すでに喜びも無ければ、達成感も無い…

 だから、どんなにお金持ちになって、毎日遊んで暮らす事ができたとしても、決して幸せにはなれません。
 遊んで過ごしているうちに、心が虚しさを訴えてきます。

 ギターだって、バイオリンだって、三味線だって、絃というのは、張りつめ過ぎてもゆるみすぎても、良い音は出ません。
 ほどよい張りぐあいが丁度いいんですね…

 そういった意味でも、遠藤周作さんの随筆や小説の文章は、本当に心地よくて良い音色の言葉だったと思います。

 今から20年ぐらい前だったと思うんですけど、遠藤周作さんの自宅が空き巣に入られた事があったんです。
 その時にニュースで報道された、遠藤さんの泥棒に向けてのコメントが面白くて、今でも印象に残っています。

 「泥棒さんも生活が大変だろうから、盗んだ金を有効に使って更生してほしい。けれど僕の家も生活が苦しいので、せめて半分だけでも返してくれると嬉しい」
 みたいな事をおっしゃっていました。

 本当、粋ですね…

 でも、これが別の局のニュースで放映された時に、コメントを思いきり省略して、アナウンサーが次のようにしゃべってました。

 「遠藤周作さんは、『せめて半分だけでも返してほしい』 と訴えました」

 これを聞いた時、遠藤さんのコメントをこんな風に編集してしまった編集者の無神経さに、悲しくなったものでした。

 これでは、遠藤さんの心遣いも伝わらないし、その気持ちさえも曲解されてしまう…

 気持ちがゆるみきった編集者が、遠藤さんの粋な言葉を見事にぶちこわしてくれたな… って思いました。

 ほどよい糸の張りぐあいが丁度いい…

 ゆるみ過ぎず、張りつめ過ぎず、ほどよい緊張感を保ちながら、日々苦楽しい人生を送ろうではありませんか。


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衰運期のない人生もある

 今日の関東地方は、なんだか冷え込んでいて、とっても寒かったです。
 気温の変化が激しい今日この頃、皆さまどうか、風邪などひかないように気をつけてください。

 人生には、開運期というものと衰運期(僕はこの言葉が好きではない…)というものがあると言いますが、人によっては、衰運期なんてない人生もあると思うんです。

 僕が思うに、徳川家康という人がそうだと思います。

 もちろん、この人はいろいろと苦労をしているし、それは半端ないものだったと思うのですが、その苦労している時期でさえ、客観的に見たら、衰運期なんて呼ぶ時期にはなっていなかったと思うんです。

 これは徳川家康だけじゃなくて、成功者の人の多くは、ある程度みんなこういう傾向にあります。

 四柱推命の一般的な見方で、あんまり良い時期になっていないような時期にも、成功者の人というのは、まるで開運期じゃないかと思えるような活躍をしていたりします。

 試しに、過去のその時期の事を本人に聞くと、「人からはうまく行っていたように思われるけど、その頃は本当に大変でした」 などと答えが返ってきたりします。

 徳川家康の例で言うと、駿府で今川家の人質になっていた幼少の時代は、よく大変な時代だったって言われますけど、あの頃の普通の足軽なんかに比べたら、はるかに幸せだったと思います。

 あの人は人質とは言え、一応三河の国の主だった訳ですから、人質になっていたとはいえ、当然近習はいるし、この時代の普通の武士よりはうんと恵まれた生活をしています。

 よっぽど、近習として家康のそばに仕えていた鳥居元忠の方が、苦労は多かったと思います(笑)

 幼い頃の家康はわがままで、不器用な元忠は、家康をイライラさせて廊下からけり落とされたりしています。
(余談ですが、この鳥居元忠はずっと家康と心を通い合わせ、関ヶ原の前哨戦の際には、京都の伏見城に籠城して玉砕し、関ヶ原の戦いの東軍の勝利の契機を作った忠臣です)

 あと、家康にとって、豊臣秀吉の政治力に負けて、秀吉に臣下として従っていた時期を、まるで衰運期のように思う人もいるかも知れませんが、冷静に考えればそんな事はないです。

 結果的には豊臣政権のNo.2になっている訳ですから、衰運期どころか、これって大開運期であると言ってもおかしくはないです。
 まあ、本人的にはいろんな気苦労もあったでしょうけど、他の人から見たら、うらやましい限りです。

 つまり、家康の人生には、衰運期はない…

 この時代の武士は、一生貧乏な足軽として、合戦に明け暮れて体中傷だらけになって死んでいった人がほとんどです。

 こうして考えると、人の人生なんて決して平等ではないどころか、不平等そのものです。

 それを思えば、現代のこの時代の日本に生まれている我々は、その気にさえなれば、無限に運を開くチャンスを与えられているし、本当に恵まれていると思います。

 もちろん、人生にも浮き沈みというものはあるでしょうけど、それはあくまで主観的な本人の感じ方の話で、その浮き沈みの底辺であったとしても、案外他の人からみたら、幸せそのものに見える事もあったりします。

 結局の所、本人の感じ方というものだって 「心の持ち方」 というもので変わってくると思うんです。

 だから、必要以上に 「衰運期」 と呼ばれるものを恐れる必要なんてありません。
 
 徳川家康の人生みたいに、衰運期がない人生だってあるんですから…

 人生の空模様はいろいろです。

 曇りの日だって、雨の日だって、雪の日だって、嵐の日だって、それぞれに趣があります。
 恐れるんじゃなくて、全部楽しんじゃったらいいと思うんですよね。


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微妙な心の持ち方の違いで、運命は天と地ほどの差がでる

 春のうららな陽気、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

 気持ちいい春の風を思いっきり胸に吸い込んで、もう幸せいっぱいです。     春、大好き…

 時々おそいかかってくる眠気と闘いながら、僕はたまった仕事を少しずつこなしています。

 仕事でも恋愛でもそうですけど、やっぱり人生、運というものに左右される部分は大きいと思います。

 「大きなチャンスがやってきた時に、それをつかみきれるかどうか」 という運も大切ですけど、なにげに、「日常生活の中で、細かい成果をどれだけあげられるか」 という事に関する運の影響も大きいです。

 それによって、どれだけ自分らしさを保てるかが違ってきますし、仕事だって恋愛だって、結局の所、日頃の積み重ねです。
 日常のちょっとした感情的な対応や行き違いが、それを台無しにしてしまう事だってありますし…

 人って何気に、毎日コンディションが変わります。

 調子の悪い日は、まるで洋服のボタンの掛け違いをした時みたいに、何から何までうまく行かない事もあります。

 逆に調子の良い日は、何をやってもツボにはまります。

 そのコンディションの差って、何で出てくるるんだろう… って、この前ずっと一人で考えていました。   もの好き(笑)

 僕が思うに、調子の悪い日って直感がものすごく鈍くなってます。
 それでだいたい、感情的になっていて、自分でわざわざ無駄な動きをして墓穴を掘っています。

 冷静に考えると、自分の行動が、いつもの自然な行動じゃないんです。

 逆に、調子の良い日というのは、直感がとぎすまされたように鋭くなっていて、目の前にきた運の波に乗るような生き方をしています。
 だから、無駄な動きがありません。

 そんな時の特徴は、不思議と人生のあらゆるものに感謝している事です。

 例えば、目の前に異性がいて、自然な流れでその人と恋愛関係になれそうなシュチュエーションになっていたとします。…本人は、現在未婚であるという設定の上で(笑)

 調子の悪い時というのは、決まって自分の好みや損得勘定の感情に振り回されて、あたふたと無駄な動きをします。

 「絶対にこの人とは、そういう恋愛関係にはなりたくない」 と固くなに拒絶したり…
 逆に、「絶対にこのチャンスを逃すもんか…」 とばかりに、はりきり過ぎて相手に逃げ出されたり(笑)

 まあ、それなら、その場限りで終わる話ですけど、調子の悪い時というのは、直感が冴えなくて、相手の人柄もぼんやりとして見抜けない状態で、何となくその人と一緒になって、後で後悔するような事になる可能性だってあります。

 でも、自分のコンディションの調子の良い時というのは、不思議と直感で、この人と一緒になるべきかどうかがわかる…

 そこには、好き嫌いとかの損得勘定はなくて、何となく相手の人柄や考えている事が、微妙なしぐさや言葉使いによって、感じ取れたりします。
 そして、自然な流れでその人とつき合い始めたり、もしくはさらっとお断りしていたりします。

 さらにコンディションの調子が良い時というのは、自然に周りに感謝しているような自分になれていて、冷静な対応ができています。
 結局、そのお陰で直感が冴えていると言ってもいいでしょう。

 この微妙な心の持ち方の違いで、運命は天と地ほどの差がでる…

 そして、この積み重ねこそが、その人の人生の運気そのものと言ってもいいでしょう。

 もしもこの事に気づけたなら、それだけで貴方は、運命をどこまでも良くしていく事ができる幸運の人生の片道切符を手に入れたのと同じです。

 後はそのままその幸運列車に乗って、思いっきり幸せをつかんじゃってください!


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意味のないものは一つもない

 だんだんと、春らしくなってきて、外を歩いていてもすごく気持ちいいです。

 なんというか… 地球の温もりを感じます。
 まるで、この星に抱きしめられているような感覚になります。

 ちょっと大げさでしたかね(笑)

 この世の中には、様々な考え方や価値観があって、人というのはそれぞれに、いろんな事を言っていたりするものです。

 周りの人の意見に振り回されると、本当にもう何を信じていいかさえ分からなくなります。

 世界にはいろんな宗教や思想が存在していて、それでお互いがぶつかり合う事もあるし、それが元で国と国とが戦争になったりする事だってある…

 でも僕は最近、どんな宗教でも考え方でも、よっぽど極端なものは別として、それぞれに素晴らしいし、やっぱりそれを必要としている人が必ずいるんじゃないかという気がします。

 胃腸薬とか頭痛薬とか、いろんな薬があるように、宗教だって何らかの役割があると思うんです。

 もちろん、健康体の人がそんなものを飲んだら、体をおかしくしますが、やっぱり中にはそれが必要な人だっている…

 中には下剤を必要とする人だっているでしょうし、劇薬や毒薬でなければどうにもならない事もあるでしょう。

 この世の中に存在しているもので、意味のないものは一つもないような気がします。

 これは、人生で起こりうる物事に関しても、同じかも知れません。
 僕がまだ20代の頃に、ある人から、「人生というものは、それ自体が癒しである」 という言葉をうかがった事があるんです。
 そして、今まさに僕も、それを実感できるようになりました。

 人生では、良い事も悪い事も色々な事が起きるけど、みなそれぞれに意味が合って役割がある…
 やっぱり、これも意味のないものは一つもないような気がします。

 そこにはきっと何かの意味があって、何らかの教えがあると思うんです。

 たまに人生の中で、いつまでたっても同じような事が繰り返されてしまうような事がありますけど、ひょっとすると、今その状況にいる事が、自分にとって必要な何かなのかも知れません。

 薬を繰り返し飲み続ける事で、体が健康を回復するように、繰り返し起こる物事は、貴方の心を健康体に戻す働きをしてくれているのかも知れない…  

 この世で、意味のないものは一つもない…

 それを本当に感じた時、世の中のあらゆるものに感謝できるようになるはずです。


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4月の雨

 今日は朝からずっと雨が降り続いていて、少し肌寒い1日でした。

 お世話になっている社長と、今後の仕事の打ち合わせを兼ねて、江戸川橋にある総和社に行きました。

 僕が目の前の仕事に振り回されている間に、たくさんのプロジェクトの形ができ上がっていて、しかも、それが自分の思っていたものよりもうんと素敵な形になっていたりして、本当に嬉しくなってきます。

 雨の中、傘をさしての道すがら、お世話になっている社長といろいろと語りあいました。

 社長は今までに本当にたくさんの人を見てきているのですが、仕事ができる人というのはみんな、同時進行で複数の仕事をきちんとこなす事ができるそうです。

 でも、中には目の前の一つの仕事を終わらせてからでないと、絶対に次の仕事に移れないという人もいるそうです。

 結局そういう人に何かを頼んでも、いつまでたっても取りかかろうとしないので、だんだんと仕事の依頼が減っていくのだそうです。

 う~ん、まさに僕も今、これに近い状態になりかけていて、身につまされる思いです。

 なんでこうなってしまうかというと、多分完璧主義に陥ってしまうせいじゃないかという気がします。

 完璧主義に陥ると、どうでもいいような小さな事が、やたら気になってくるようになりますね。
 だから本当、いつまでたっても仕事が終わらないです。

 やっぱり、仕事というのは、ある程度の数は同時進行でやっていけないようではダメですね。

 そして、その仕事のポイントを見据えて、どうでもいい所はさらりと流せるようにならないといけない…

 世の中に完璧なものなんてないし、案外自分では完璧のつもりでも、人から見たら実はそうでもなかったりします。

 また逆に、自分では見切り発車になってしまったと思っていた事が、誰かの手に引き継がれた時に、思ってもいないような素晴らしいものになっている事だってある…

 物事の成り行きなんてわからないです。

 優しく降る4月の雨の中を歩く帰り道…
 そんな思いに、心の中が満たされました。


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時には思いきりもがいてみるのもいい

 4月に入って、もう2日目…
 ここの所、バタバタと仕事に追われて、若干睡眠不足です。

 この状況、昨年の年末のあわただしさに比べれば、はるかにマシなのですが、本当ならとっくに済ませていなければいけない仕事が山ほど溜まっていて、必死になって格闘しています。

 今日も朝早くから出かけて、空きのDVDや文具の買い物をしたり、鑑定や用事を済ましている内に、すっかり家に帰ってくるのが遅くなってしまいました。

 そして、必死になって今日のブログに取りかかる…
   すみません。メールの返信もすぐに取りかかります。

 まあ、自分としては、こんな風に時間に追われながら過ごす毎日も悪くないと思っていたのですが、冷静に考えれば、着実に年は取っていく訳ですし、そろそろまともに将来の計画を立てておかないと、後で後悔する事になるような気がしてきました。

 必死になって現状維持をしようした所で、その場は何とかクリアできても、また同じ事が繰り返される事になります。

 僕も今、一つの転機の時を迎えているのかも知れません。
 もう、一人で全部の仕事を抱え込もうとするのは限界が来ているような気もするし…

 人生には時折、大きな方向転換を強いられるような時があります。
 そのまま進もうとしても、にっちもさっちもその先に進めないような事だってあります。

 そんな時、人は不安や絶望感にさいなまれるものですが、ひょっとしたらそれは本当に自分が巡り合いたいものに出会う為のチャンスかも知れません。

 僕はミュージシャンの夢をあきらめて、初めてこの本当にやりたかった占い師という仕事を見つける事ができました。

 そんなような経験は、誰だって一度や二度はあると思います。

 だからきっと、変化する事を恐れないほうがいい…

 現状維持する事に囚われていても、そこから生み出されるものなんて何もないのだから、いっその事、自分の生き方のスタイルを変えるために、思いきりもがいてみるのもいいのかも知れません。

 必死になって、もがいて見つけた道の先には、きっと貴方が本当に満足する素晴らしい未来が待っているはずです。


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自分を取りつくろいながら

 お昼に近所の立ち食いそば屋さんに行ったら、いつも300円の月見うどんが、330円になっていました…

 「消費税アップなどの影響により…」 って書いてありましたけど、税金は3%上がっただけなのに、これ、値段上げすぎです(笑)

 まあ、こういう便乗値上げは困るけど、僕はこの税率アップは仕方ない事だと思います。
 安倍さん以外は、みんな先送りにしていましたけど、いずれはやらなければいけない事でしたし…

 ちゃんとした税金の使い道をしてくれれば、僕はそれでいいです。

 という事で、いきなり330円の月見うどんを食べて、郵便局でレターパック350ではなくて、レターパック360を大量に買い込んできました。

 気持ちいい日差しとその風…

 まだまだ、溜まった仕事が片づかなくて、あたふたしていますが、こうやって春の昼下がりを歩くのは気持ちいいです。

 そう言えば、今日はエープリル・フールだったのですね。

 エープリル・フールの起源はフランスで始まったとも言われています。
 昔のフランスでは3月25日が一年の始まりで、それを4月1日までお祝いしていたのですが、シャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用した事から、4月1日が 「ウソの新年」 と言う事になり、エープリル・フールになったのだとか…

 今年は結局、ウソをつかずじまいで終わってしまいました…

 僕が大好きなカールスモーキー石井さんが、本の中にこんな素敵な事を書いていました。

 ウソというのは人をだますために使うものだけど、人を陥れるためにつくウソと、自分を陥れるためにつくウソと、自分を向上させるためにつくウソと、言っちゃいけないことを隠すためにつくウソがあると思うんですね。
 このなかでついていいのは、あとのふたつのウソだと思う。そして、その向上させるために使うウソのなかのひとつとして、つくろうこと、があると思う。
 自分をつくろう、もがく、つまり自分と闘う、ということでしょう…
 (カールスモーキー石井 著 「アートの祭り」~臆病・躊躇・不完全~より)


 なんか、僕もずっと自分を取りつくろって生きてるような気がするんです。
 いつも必死に、人にいい所を見せようと思って…

 でも、こんな風に肯定してもらえると、なんだか嬉しいです。

 きっとみんな同じだと思う…
 自分を取りつくろうのって、案外いい事なのかも知れません。

 これからも自分を取りつくろいながら、どんどん高みを目指して、頑張ります!


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