浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

人生は同じ課題のリフレイン

 今日もさわやかな秋の青空が広がっています。
 いつもよりも暖かくて、過ごしやすい一日でした。

 もう間もなくやってくる冬の前の穏やかな日差し…

 何もかもがいう事のない最高の気候なのですが、ただ一つ…

 すっごく眠くなりますね(笑)
    お昼寝したいけど、そんな時間の余裕はない…

 それにしても、過去から現在までずっと自分の人生を振り返って見ると、いつも同じ傾向の宿題がリフレインされている気がします。
 きっとこれは、僕だけじゃなくて、みんな同じだと思う…

 その人の人生の宿題って何かを知る方法として、自分でも理由がわからないけれども、少し見たり聞いたりしただけで嫌悪してしまう事とか、自分の中で 「絶対にこの部分にだけは触れて欲しくない」 って思っている事とかが、ヒントになっています。

 この人生の課題の一つは、その部分を克服する事だったりもします。
 「そんなの嫌だ」 って言う人もいるだろうと思いますが(笑)

 どうしても心が引っ掛かってしまいやすいその宿題の部分を、人生の中で何度も何度も別の角度から自分に見せつけられて、少しずつ改めていく…

 もちろんその宿題というものは、たった一つだけという訳じゃなくて、何個もあったりします。
 でも、それらは案外、密接な関係でつながっていたりする…

 ハッキリ言えば、その心の中の嫌悪感とかこだわりに囚われる事なく生きていく事が出来れば、人生は全てがうまく行きます。

 ところが、これって、そう簡単なものではないんですね。
 人の価値観は、理屈じゃなくて、むしろ感情に支配されている事の方が多いですから…

 誰だって多かれ少なかれ、心のゆがみはあります。

 これを自分の心の中に押し込んで、感情を飲み込んだまま無理な行動に出れば、心の負担が掛かってストレスになるし、逆にゆがんだままの価値観を全て人前にさらせば、ひんしゅくを買って非難を浴びる事になる…

 だから少しずつ、その間違いを意識して、無理なく直していくしかないんですね。

 まるで、クシャクシャのワイシャツのしわを、心の中のアイロンで伸ばしていくような作業です。
 ちょっと油断すると、毎回同じ所がしわになるけど、それをまた何度もアイロン掛けしていく…

 いっぺんにやろうとしなくていいです。
 絶対に無理が来ますから(笑)

 そして大切なのは、こんな狭量な自分もいるんだというのを、ちゃんと理解してそれをまずは受け入れる事ですかね…

 僕だって日々頑張ってますよ。

 今は忙しいとは言え、生活そのものはおだやかになったから、以前に比べてハードな形で宿題はやらされる事はありません。

 お勤めをしていた時代は、そういった意味では結構きつかったですね(笑)

 でもあの時代、すごく自分自身の内面を克服させて頂いたと思う…

 心が葛藤で悶々としている時って、自分では気づかない事も多いですけど、実は自分の内面が浄化している時でもあったりします。

 常に人生というのは、その人のペースに合わせて、無理のない課題がやってくるから、ただその目の前の課題を精一杯の力で自分なりにこなしていけば、自然と自分の宿題も克服できていたりします。

 もしも、このペースは生ぬるいな… って貴方が感じた時は、ワンランク上の自分を目指す時が来たと言う事…
 思い切って、新しい次の扉をノックしてみるといいです。

 人生の醍醐味は、まだまだこれから…
 お互いに頑張っていきましょう!


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実力が本物ならば見いだされる

 今日は秋晴れ、外は青空が広がっていました。
 四柱推命講座の準備で使う道具を、文具店に買い出しに行ってきました。

 道を歩きながら、「もみじ」 とか 「まっかな秋」 とか、子供の頃に覚えた童謡を心の中で口ずさんでいると(本当に口ずさむと、変な人になるので(笑)なんだか、とてもノスタルジックな気分になってきました。

 ここまで来るのに、ずい分長い道のりだったなって、ふと、昔の自分を振り返ってみたりして…

 20代の頃は、いつも焦ってましたね。

 早く成功したいとか、早く世に認められたいとか、いつも功名心にかきたてられて、窮屈に生きていました。
 とにかく人に負けるのが悔しかったから、大して実力もないのに、自分を売り込むのに必死でした。

 あの頃はミュージシャンになりたくて、ずっとそれを目指していたんですけど、「実力は後からつけばいい」 なんて思っていましたから…

 ひどい歌のオリジナル曲が入ったデモテープを持ち歩いて、いつも自分を売り込む事を考えていました。

 まあ何気に、自分の歌が標準以下である事には、自分でも気づいていたので、性能の良いボーカル・エフェクターやリバーブ(カラオケでいうエコーみたいなもの)で、何とかそれをごまかす事ばっかり考えていました。

 あの頃は、デモテープを聞かせた人にハッキリ駄目出しされても、「オレの音楽を理解できないだけだ」 とか思っていました。
 若い頃は本当、怖いもの知らずでしたね。

 よく、芸能界に親のコネを持っているタレントを、うらやんでました。
 実力がなくても、一発屋でも、とにかくCDを出して売れたらいいとか思っていましたから…

 今ならよく分かるんですけど、やはり全部が全部ではないにしろ、ミュージシャンでも俳優でも、実力がある人が芸能界に残っていきます。
 それは、親が芸能界にコネを持っているというのは、実際のところ関係ありません。

 もちろん、それにより英才教育を受けたり、一流のスタジオレッスンを受ける事ができるという意味では、優遇されているのは事実ですけど、結局は本人次第なんですね。

 例え、親のコネだけで強引に芸能界に入っても、実力がなければ、やっぱり名前を覚えられる前に消えていきます。

 そういう人は数え上げたら、キリがありません。

 芸能界でちゃんと生き残っている二世の人は、ある意味、親の遺伝子をきちんと受け継いでいたとも言えるし、もしくは親以上の実力を持っている事もある…

 僕は今まで機会に恵まれて、そういうタレントさんを近くで目にする事も多かったのですが、巷では、ただの二世タレントだよ… なんて言われている人でも、実際に会ってみると、すごいオーラを持っていたりするものです。

 そこには、音楽や演技力の才能だけじゃなくて、人に対する心遣いとか気配りというものも含まれていたりする…

 きっとこれは、芸能界に限らず、どんな世界であっても同じでしょう。

 どんな業界でも親の七光りというのは立場的に優遇される事は事実ですし、たまたま運が良くて、人脈やコネクションに恵まれている人もいます。
 でも、本人に実力がなければ、すぐにそんなのは破綻していきます。

 若い時って、特に男性なんかは、世に名を成したいって思うのは、ある意味動物の本能だと思う…

 でも、名を成そうとすればするほど、空回りする事も多いです。

 人を押しのけて前に出ようとすれば、多少は注目を浴びるかも知れませんが、場合によってはそれ以上に人の恨みを買います。

 その人の我がままに振り回される周囲も大変ですし、そうやっている内に人望も失っていく…

 結果的にやりすぎると、つぶれていきますね。
 この方法で成功するのは、よっぽどの実力を持っている人だけです。

 例えこういう強引な方法で、その業界の実力者の目に止まったとしても、力が及んでいなければ、結局は捨てられます。 

 だからこそ、一見遠回りに見えても、努力はしつつも、「オレがオレが」 って自分をゴリ押ししない方が良かったりする…

 そしてここがポイントなんですけど、「こんな実力を持った人間がいますよ…」 って、さりげなく大勢の人に、自分の頑張っている姿をPRしておく事です。

 PRしなかったら、どんなに努力して実力があっても、日の目を見ませんから、そこの所は忘れてはいけません(笑)

 でも、あくまでも、さりげない方がいい…
 こういう所で、人に嫌な感じや不快感を与えないのも、実力の一つだったりします。

 自分の目標の成果が見いだせなくて、自分が一体何者だかも分からない…
 こういう時は本当に辛いですけど、やるべき事をやりながら、あとは忍耐です。

 池の淵に伏している伏竜(ふくりゅう)のように、じっと身をひそめて機会をうかがい続けるのがいい…

 時が来れば自然と、才能は世に見いだされていきます。

 その時が来れば、貴方がどんな目立たないようにしていても、人が貴方を放っておきません。
 人生とはそういうものです。

 力が及ばなければ捨てられる…
 実力が本物ならば見いだされる…

 若い人に 「焦るな」 って言っても無理だろうけど、この世の法則というのは例外なくこれです。

 だから大丈夫…
 努力は無駄にならないから、今やれる事を思いっきりチェレンジしていきましょう。


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幸せになる量は器の大きさで決まる

 今日の関東地方は、ずっと雨が降ったりやんだり、ぐずついていました。
 傘を閉じたら、また雨が降ってきて、また傘を開くの繰り返し…

 やっぱり雨の日は、お出かけが億劫になります。
 別に傘さえあれば、何も支障はないのですが、これも気持ちの持ち方の問題ですね。

 人生において誰しも、大変な事を目の前にした時は、心がふさぎます。

 ところが、この 「大変な事」 というものの基準はあいまいで、人によってまるで違います。

 同じ困難に遭っていても、ある人にとっては、ものすごく大変な事だったりするし、別の人にとっては、なんて事なかったりします。

 これって案外、その困難の内容というよりも、「嫌だ~ やりたくない」 っていう気持ちに支配されているだけだったりする…

 それでもって、目の前の困難はすごく大変だって思っている人は、「自分には乗り越えられない」 と思い込んでいます。

 「自分には乗り越えられない」 と思いながらそれに取り組むものだから、やっぱり乗り越えられない…

 もちろん、人には不得意分野というものがあるから、常に気合いだけで何とかなるとは限りません。

 でも、目の前に困難や試練がやってきた時に、どれだけネガティブな思いに囚われないで取り組めるかというのは、そのまま、その人の幸せになる量と比例すると思う…

 言いかえれば、目の前の現実をどれだけポジティブに受け入れられるかというのが、その人の器の大きさじゃないかなって思うんです。

 その器の大きさが人生を決める…

 じゃあ、どうやったらその器の大きさを広げられるかと言ったら、ちょっと荒療治ですけど、大変な事を乗り越えればいい…

 そうすれば、それに満たないような事は大した事では無くなってしまいます。

 元経団連会長の故・平岩外四さんは、「日本財界の良心」 とも呼ばれた人物で、日本でもっとも景気の良くなったバブル経済の時代に、経団連会長の座にいらっしゃった方です。

 27歳の時に、太平洋戦争で陸軍に召集されたのですが、配属されたニューギニア戦線でジャングルの中を敗走し、飢えと熱病の為に、平岩さんの隊は107名のうち、最後に生き残ったのは、平岩さんを含めたった7名だけでした。

 その7名の生き残りの人達は、全員日本に帰還した後、大成功者になっているそうです。

 ニューギニアのジャングルで、敵兵やマラリアと闘いながら生きるか死ぬかの瀬戸際を乗り越えてきた軍人さんにとって、日常で起こる大方の事は、大した事ではありません。

 だから何だってできるようになる訳です。

 言いかえれば、戦線での敗走という とんでもない試練のお陰で、それを体験した人の器がいやがうえにも広がっちゃったという訳ですね。

 平岩外四さんは大の読書家でもあり、3万冊という図書館並みの蔵書をお持ちになっているそうです。

 その平岩さんが、こんな言葉を残されています。

 「人間、逃げちゃいけないと思うんです。大事な時にふわっと逃げる人がいる。これ落第です。ボールは正面でつかむものです」

 何とも、身が引き締まる言葉です。

 やっぱり、今、自分の目の前に起こっている事には、何らかの意味があります。

 もちろん、常にどんな事でも、バカ正直に正面衝突をすればいいとは、僕は思いません。

 でも、目の前の事態を真剣に見つめて取り組みながら、その中で葛藤している内に、自分が今どうすればいいのか、自然と流れが見えてきます。

 それをうまく乗り越えていく方法が見つかるかも知れないし、実はそれは、貴方に別の道に進ませようとする為の、運命の導きなのかも知れない…

 でも、どっちにしても、最初っから逃げ腰になってしまうと、全てが中途半端になります。

 そこで真剣に葛藤して苦しんだり、事態を収拾しようと頑張る事で、その人の器が大きく広がっていきます。

 それは言いかえれば、人間的な魅力ともつながっています。

 困難に直面した時に、愚痴も言わず、やせ我慢しながら一生懸命それに取り組んでいる姿というのは、男性であっても女性であっても魅力的です。

 そして、そんな時に味方になってくれる人がいっぱいできるし、貴方に心惹かれる異性も現れたりする…

 幸せになる量は器の大きさで決まる…

 幸せを入れる心の器をぐんと広げて、思いっきり一生分の幸せを満喫しようではありませんか。
 

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一人で気負うと間違える

 秋もだんだん深まってきて、佳境に入りました。
 暦の上では、もう10日もすると立冬… いよいよ冬の始まりです。

 僕はこうして、好きな鑑定や講座をやらせて頂きながら、たくさんの素敵な方とご縁を頂いております。

 鑑定で初めてお話しするのに、何だか初めてお話しする感じがしなかったりする事があります。
 きっと、遠い昔からの縁を頂いていたんだと思う…

 この仕事は本当に楽しいし、とてもやりがいを感じています。
 僕の仕事は、占い師でもあるんですけど、それと同時に今は、個人事業主という事にもなるようです。

 「個人事業主」 って、ネーミングが素敵です。

 「実は細々と事業を営んでいるのですが…」 とか、格好つけて言える訳ですよね。占い師ですけど…
 何かすごくいいです(笑)   …まるで意味不明

 それはともかく、事業主の人って、全部自分に責任が掛かってくいるから、精神的なプレッシャーは大きいです。
 特に、人を雇っていたら、なおさらでしょう。

 中には気負い過ぎて、ストレスで体を壊す人もいます。

 これは個人事業主という生き方を選ぶ人に多い傾向だと思いますが、何でも自分でやらないと、気がすまなかったりするからだと思います。

 人に任せきる事ができないというか…
 悪く言うと、人を信用できないと言いますか…

 そして、常に自分は完璧に、全ての仕事に目を光らせていないといけないと思っていたりします。

 僕は今まで、これは当然な事で、これが経営者の模範的な姿だと思っていました。

 でも最近になって、ひょっとしたらこういうのって、おごりの一歩手前なんじゃないかな… って思うようになったんです。

 まあ、僕の考え方は、間違っているかも知れないけど…

 だいたい、こういう人の元で働く人って、すごく疲れると思う(笑)

 でも、一番問題なのは、こうやっている内に、自分に弱点がある事を素直に認められなくなる点です。
 どの分野においても、一番自分がしっかりしていなければいけないし、そういうものがトップだと思っているから…

 人にお願いする時にも、素直に頭を下げてお願いする事が、だんだんとできなくなります。
 だから、相手よりも優位な立場にいないと落ち着かなくなるし、権力にしがみつくようにもなる…

 その権力を維持する為には、自分の実績の他に、資金力だって必要になってきます。

 こうやって、だんだん嫌な人間になっちゃうんじゃないかな… って気がしてきたんですね。
 
 政治家も宗教家も、最初はみんな純粋な志があったと思うんです。
 でも、その中の多くの人が、気負い過ぎてダメになっちゃったんじゃないかな… ってちょっぴり思ったりする。

 いつしか、自分だけは特別な人間なんだって、思うようになったりして…
 特別な人間なのはみんな同じなのに…

 僕は、自分が足りない所がある事を認めて、場合によっては、それをみんなに自分から打ち明けちゃったっていいんじゃないかな… って考えるようになりました。

 そうすれば、本当の意味でもっと強くなれると思う。

 それに周りの人達だって、気が楽になるだろうし…

 その自分の足りない所は、周りの誰かがきっと補ってくれるでしょうし、その方が絶対にいいです。
 ストレスで病気にもならなくてすむし…

 自分ができるに関しては部分は、力の限り頑張りながらも、自分のできない部分を認めて、それを人に任せて素直に歩き出した時、きっと人生で素晴らしいものが見えてくるはずです。


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未来の運命は今の状態をどう捉えるかによって決まる

 やっと台風も過ぎ去りました。
 今日は、おだやかな秋の青空が広がっていました。

 一連の台風の影響で、被害に遭われた方々の事を思うと、本当に心が痛みます。

 人生というのは、いろんな出来事が起こるものです。
 その中で柔軟に対応して、最善を尽くしていけば、必ずや結果につながるし、実りある人生になっていきます。

 僕はその結果というのは、今の状態をどのように捉えるかによって決まっていくと思うんです。
 例え目の前の実際の現実がどうであろうとも、未来というものは、その捉え方によって決まってくる…

 これは、事業主にとっても同じです。
 むしろ、比較的収入の安定しているお勤めの人よりも、舵取り一つで収益が雲泥の差で変わってしまう事業主ほど、今の状態をどのように捉えるかが間違っていると、大変な事になります。

 それはどんな状況であっても、周囲に対して感謝に満ちたもので、最終的には明るい展望を持って捉えるべきです。

 ちなみに、これはただ楽観していればいいという意味ではないです。

 不平不満が高じている状態や、暗くて悲観的な展望からは、何一つ良いものが生まれる事はありません。

 こんな時は、ヘタな事をやって、自分で墓穴を掘ってしずんでいきますね…

 こういう時って例外なく、表情がしずんでいるものです。

 もしも経営者の表情がしずんでいたら、周りの従業員もみんなしずんでいきますし、人間関係でいうなら、こういう時には、周りの運気の良い人は何だか違和感を感じて、スーッと離れていきます。

 これって言ってみれば、あんまり目の前の現実とは関係ないです。

 人間は不思議なもので、どんなに人生がうまく行っていても、油断するとつい愚痴が出ますし、未来に対する不安も出てきます。

 事業主ならば、常に先の事を考えながら、新しい手を打ち続けなければいけない事も事実ですが、その根っこにあるものが、未来に対する怯えだったりとか、あまりにも我欲に満ちたりしているものである場合、それって残念ながらうまく行きません。

 失敗して、逆にドツボにハマっていきます。

 それにこういう時って、決まってドジをします(笑)

 何でそうなるかというと、不平不満とか将来の不安の雲に覆われて、本来のカンが働かなくなっちゃうからです。

 逆にそういう変なものが無くて、周囲に感謝できていて、明るい展望が持てている時というのは、カンもさえています。

 そして、不思議といい知恵が湧いてくるんです。

 そういう時は、ドジをしそうになると、ピーンと 「これはやばいな…」 って頭に信号が送られてきますね。

 だから、あとはクールに状況を判断しながら、目の前のやるべき事をやっていればいいんですよ。

 それでうまく行きます。   人生そんなもんだ…

 あと、気をつけなければいけないのが、運気が良い時に陥りやすいのですが、「どんなもんだい、オレってすごいぜ」 って思考になる事(笑)

 これ、確かにポジティブですが、レベル的には不平不満や不安な思考と、大して変わりありません。

 未来の運命は、今の状態をどう捉えるかによって決まる…

 その捉え方さえ間違っていなければ、大丈夫です!

 例えば、いきなり高額な国民健康保険料の請求書が来ても、うろたえない(笑)

 「こんな額、払えないよ…」 なんて眉をしかめないで、今の状況に感謝しながら、目の前のやるべき事に最善を尽くす…

 そうしていれば自然に良い知恵がわいてきたり、周囲に助けられたりして、うまい具合に何とかなります。   実証済み…

 意中の恋人に振られたって、うろたえない…

 自分が今の状態にちゃんと感謝できているのに、そうなったという事は、かえってそれで良い流れになっているんです。

 おそらく、その人と結婚したら、ろくな未来にならないという事…
 もっと素敵な人が、後から必ず現れます!

 心はいつもポジティブに…

 バラ色の未来の運命をつかみ取りましょう!


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行き詰った運を一気につかみ取る荒ワザ

 この前、「四柱推命講座<中級編>」 のテキスト作りの為の資料を、国会図書館でコピーしてもらっている間、いろいろな本を読んでいました。

 何といっても国会図書館は、絶版になった本でもすべて揃っている宝箱みたいな場所ですから、ここのいる時間を無駄にする手はないです。
 だいたい関東圏に住んでいなければ、めったに来られない場所ですし…

 そして、今回僕が夢中になった本はこれ…

 祇園の教訓 昇る人、昇りきらずに終わる人
 (岩崎峰子著・幻冬舎刊/1575円)


 夢中になって読んでいる内に、どんどん時間が過ぎてコピーを取りに行くのも忘れてしまいました(笑)

 実は前に鑑定をさせて頂いたお客様が、ふと、この本の事を口にされた時、頭の中でずっとそのタイトルを覚えていたのです。

 タイトルがわかれば、図書館のコンピューターの端末に打ち込むだけで、その本が閲覧できます。

 この本は、京都の祇園甲部(ぎおんこうぶ)の芸妓置屋(げいぎおきや)で、百年に一人の名妓(めいぎ)と言われた、岩崎峰子さんの祇園秘話です。

 芸妓というのは、舞妓(まいこ)さんの事です。

 タイトルからすると、成功する経営者の秘密がわかるビジネス書という感じですが、ちょっとそういう感じの本ではありませんでした。

 むしろ、一見(いちげん)さんお断りの京都祇園の花柳(かりゅう)界という独特の世界における、人生の成功の為の教訓が書いてある本です。

 この岩崎峰子さんというのは、すごい人なんですよ。
 4歳の頃、近所で可愛いとの評判の峰子さんの噂を聞いた老舗の芸妓置屋 「岩崎」 の女主人は、何度も峰子さんの家に足を運んで、養女にもらい受ける事を頼みこみ、やがて峰子さんは、「岩崎」 の跡取りとなりました。

 その時から、まるでお姫様のように扱われました。
 身の回りの世話をしてくれる女中さんが何人もついて、荷物は全部持ってくれるし、戸の開け閉めまでしてくれるんです。

 やっぱり選ばれた特別な人だったのでしょう。
 それとは裏腹に、非常に厳しい芸妓の踊りの修行を受け、15歳でデビューするのですが、先輩の舞妓さんから辛辣ないじめにあったりもします。

 そんな環境で育った方ですから、やっぱり性格も激しいです。
 これは、この本を読んでいても、言葉ににじみ出てきますね。

 本の中では、ホンダ自動車の本田宗一郎氏や、ソニーの稲森和夫氏、ノーベル賞学者の湯川秀樹氏などの有名人も、花柳界に訪れた尊敬すべき人の横顔として、書かれています。

 また、反面教師的な例として、伏せ字で書かれている人も何人か出てきますが、峰子さんがすごいのは、その人達を一刀両断に京言葉でバッサリと切り捨てられている所です。

 やっぱり、自分に誇りを持っているというか、度胸が据わっているというか… 客を目の前にしても、筋の通らない事はハッキリ正したり、カッとなって襖(ふすま)をバシッと締めて飛び出したりした事もあったそうです。

 こういう所が、ある意味、峰子さんの魅力なのかもしれません。

 でも、こういうタイプって、気性も激しい分だけに敵も作りやすく、壁にぶつかって行き詰ってしまいやすい側面も持っています。
 だって、どっかで自分を絶対的に正しいって思っていますから…

 そんな岩崎峰子さんが書く、その壁を目の前にした時の処世訓が、目からウロコでした。

 例えば、芸事を師から習う時の心得というもの…

 峰子さんは、「稽古とは、自分の個性を消してしまって、師匠の真似をする事から始まる」 とおっしゃるんですね。

 そして、もしも、師匠が 「カラスは白い」 って言ったならば、自分も心の底からそう思って、芸に励んだ時にこそ、芸は身につくとおっしゃいます。

 つまり、心の中のどこかで、「本当は黒い」 とか思っている自分がいる間は、稽古に身が入らない…

 どんなに理不尽だと思っても、それを素直に聞いて稽古に励む事で、芸事を大成できるとおっしゃるんですね。

 これは、例えば会社の中の上司と部下との関係でも同じかも知れません。

 僕はひねくれた人間なので、上司というものが部下よりも偉い人だなんて、絶対に思いません。
 はっきり言えば、「俺はお前よりも偉いんだ」 なんて、部下の前で言うような上司は、最低な人間だと思う…

 でも、その会社の中で、その人が自分よりも権限を与えられているという事は、やっぱりそこで仕事をしている限りは、上司が 「カラスを白い」 と言ったなら、まずは自分も心の底からそう思って仕事をしないと、それ以上前に進んでいけません。

 むろん、実際にはそうじゃない事だってあるでしょう。

 それは仕事が終わってから、ゆっくりと考えればいいです。
 その上司がはたしてそれを聞く耳を持っているか… とか、場合によっては、その会社を辞めるべきか… とか…

 とはいえ、その仕事をやっている最中は、やっぱり心の底から 「カラスは白い」 って思う事が大切です。

 だって、実際に日本にいますもん… 白いカラス(笑)
 
 これと同じような事で、自分が苦手とするお客様を目の前にした時の心得も書いてありました。

 数多くのお客様の中には私の苦手なタイプの方もいらっしゃいました。仕事ですから、それを顔や態度に出すのはプロとして失格です。
 実際、その人の空気を感じただけで鳥肌が立つくらい苦手な方もおいでになりました。そんなときはどうするか?

 ちょっと荒療治ですが、お座敷に伺ったら、まず、その方の前に座るのです。ていねいにご挨拶をしながら、お酌(しゃく)をしてお話をします。そうしておいて、だんだんと好感の持てるタイプの方へと移動していきます。

 たぶん、そのお客様は、私がその方を苦手だということは最後までわかっていないと自負しています。一度経験してみてください。何か大きなものを乗り越えた感じがします。
(岩崎峰子 著 「祇園の教訓 昇る人、昇りきらずに終わる人」 より)


 まさに、これこそ運をつかみ取る為の荒ワザだと思います。
 苦手だからこそ、逆に立ち向かっていくんですね。

 お客様の中には、峰子さんの踊りを見て、「ヘタや踊りなあ」 とか平気で言う人もいたそうです。
 それはもう押しも押されぬ芸妓としての地位を築かれてお仕事をしている時の事…
 当然カチンと来ます。

 普通の人なら、その場は何とかやり過ごしても、二度とそんな客はお相手したくないと思うでしょう。

 ところが峰子さんは、その人にお酌をしながら、「今日の踊りはどうでっしゃろ」 って、毎回お伺いを立てるんです。

 客も照れながら、「まあ、だいぶマシになった」 とか言う…

 結局この人も、本気で けなしている訳じゃなくて、この人なりの愛嬌だったりするんですね。
 知らない間に打ち解けていたりする事もあります。

 さっきの 「黒いカラスを白い」 って心の底から思うのもそうですけど、最初から自分に自信がない人には、こういうのって、そんなには苦痛にはならないはずです。

 ところが、今まで頑張ってきて、自分はここまで出来るんだっていう自負がある人には、こんなに耐えがたい屈辱感はありません。
 ましてや峰子さんは、4歳の頃から人と別格に扱われて、芸妓の道を極めてきたプロ中のプロですから…

 これは、大きな使命と運を持っているからこそ、乗り越えねばならない壁なのかも知れません。

 行き詰った運を一気につかみ取る荒ワザ…
 ちょっとキツいけど、大きな使命を持った貴方なら、乗り越えられるはず。

 時には自分を滅して、未来のでっかい運をその手でつかみ取ろうではありませんか。


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物を大切にする人は、人生を豊かにする

 窓の外では、雨音が激しくなっています。
 ここ千葉にも、台風27号が近づいてきました。
 それにしても、今年のこの台風ラッシュはすごいです。
 台風の通り道にお住まいの方は、とにかく油断しないで、万全を期してください。

 今朝、丸ごとクリーニングに出していたお布団が、宅急便で自宅に届きました。

 この布団、忙しさにかまけて干すのもサボっていたので、本当に汚かったんです(笑)   自慢にならない…

 それが生まれ変わったように、きれいでフカフカになっていました。
 アイクリーンサービス様、ありがとうございます!
 (10/19ブログ 「相手の為にした損は、必ず得になって返ってくる」 参照)

 人によっては、こういう場合、布団を丸ごと買い替えちゃう人もいらっしゃるかも知れません。
 今の時代 物にこだわらなければ、5千円も掛けないで、ネットで布団の3点セットが買えちゃう時代です。

 ただし、その場合の問題は、持っている古い布団をどうするかです。
 自治体の粗大ゴミに出しても、お金を取られるし、ましてや廃棄業者に依頼すれば、かなりの金額になります。

 でも、これって処分の金額が云々という問題ではなく、その人が、物をどれぐらい大切にするかという事が問われている問題でもあると思う…

 今の日本という国は、物にあふれていて、物を使い捨てにするという事は、ごく当たり前のように感じてしまう風潮があります。

 僕もお恥ずかしい話、10年ぐらい前には、すっかりこの使い捨て文化の一翼を担っていました。

 そうですね… 30才になって目標もなくフリーターをやっていた時代、あの頃は、夢も希望も無くしていたのと同時に、物に対しての愛情さえも無くしてしまっていたんです。

 こんな話をするのは本当にお恥ずかしいのですが、罪ほろぼしの意味を込めてお話しすると、あの頃はアルバイトで使うワイシャツとかネクタイなんかも、使い捨てにしていました。

 当時僕が住んでいた新宿には、ドンキホーテっていう24時間営業のディスカウントショップがあったんですけど(今でもありますが…)そこでは、ワイシャツは500円、ネクタイは何と100円で売っているんですよ。

 もちろん、そんなに物持ちがいい訳じゃなくて、ネクタイなんて何日か使っているとすぐに擦りきれたりするんですが、100円だったら安い…
 使えるだけ使って、捨てていました。

 あの頃は、家に自分のお茶碗とかカップとか箸(はし)なんかも置いてなかったです。
 いつも外食ばかりで、家で食事をしなかったという事もありましたけど、コンビニに行けばタダで割りばしはもらえるし、紙皿とか紙コップを必要に応じて買えばいいし、わざわざ食器とか箸なんて要らないと思っていたんです。
 だいたい、洗うのが面倒だし…

 あの頃の僕は、かなり末期症状でしたね。

 それに、持っている物が少しでも痛んだり、気に入らなくなると、すぐに新しいものに買い替えていました。
 本当に物に対して、申し訳ない事をしたと思います。

 ちなみにフランス人は、物を本当に大切にします。
 着る物でも、バックでも、道具でも、ある程度くたびれていたって、つぎはぎしたり修理したりしながら使います。

 物というものを愛しているんですね…

 パリは洗練された都会的な街ですけど、あの街はフランスの中でも異質な場所で、フランスのちょっと田舎の方に行ったら、つぎはぎの洋服で街を歩くのなんて当たり前だったりする…
 これは生活水準が低いという事ではなくて、フランス人が物を大切にしているという事です。

 物になんて心は宿っていないんだから、捨てたって大丈夫だって考える人もいるかも知れないけど、僕は物にも心が宿っているんじゃないかって、最近思い始めているんですよ。

 そして、大切に扱ってあげると、物もいろいろと答えてくれる…

 それに、その人の物に対する思い入れとか愛情って、そのまま人に対する愛情にもつながっているような気がする…

 物を大切にできない人って、人も大切にできないんじゃないかなって気がする…
 10年前のあの頃、使える物でも、気に入らなくなったらすぐに捨てていたけど、あの頃の僕は本当に自分勝手でした。
 だから、平気でそんな事をしていたんだと思います。

 もちろん要らない物をいっぱい抱え込んじゃうよりは、捨ててしまった方が良い事もあります。

 事の発端は、大して考えもしないで、必要のない物を買いこんでしまった事かも知れない…
 それはお金の無駄遣いという意味ではなく、物に対してとても失礼な事をしていた気がするんです。

 あの頃はそんな繰り返しだったから、全然優しくなれなかったし、気持ちもギスギスしていました。

 物を大切にする人は、人生を豊かにする…

 どんなものでも、やがて壊れて、使い物にならない時が来るでしょう。
 そんな時は、「今までどうもありがとう」 って、お別れの挨拶をしてから捨てる…

 いつしかこの体が動かなくなった時も、そんな気持ちであの世に旅立てたらいいなって思います。


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人の痛みがわかる人間になる為に…

 今日の関東地方は、朝から小雨がぱらつく天気でした。
 台風27号は、今、沖縄あたりに来ているとの事… 付近にお住まいの方は十分警戒してください。

 今日僕は、久しぶりに国会図書館に出かけて、四柱推命講座のテキスト作りの資料を確保しました。
 国会図書館は、本の貸し出しはやっていないんですけど、本の複写はやってくれるんです。

 A4判1枚25円ですので、コンビニのコピーに比べれば、少しだけ高いです。
 でも、図書館の入館料は無料ですし、過去に絶版になった本もすべて揃っているし、文筆業の人にとっては、こんなありがたい場所もありません。
 まさに、国の恩恵ですね。

 全部で1,800円分コピー取ってきました。
 書店で本を定価で買うより、ちょっとだけ割高ってとこですね…

 それにしても僕は、今こうして忙しいながらも、気楽に暮らしています。
 だから、いつも心が満たされているし、毎日が幸せです。

 でも、もしも生まれた時から、こういう暮らしをしていたら、その有難みも感じられていなかったかも知れません。

 殺伐とした人間関係の中で、時に悔しい思いをしたり、辛い目にあったりしてきたから、今の幸せを実感できるのかも知れない…

 やっぱり僕も人間ですから、時々過去のきちんと消化できていなかった事を思い出すと、自分を責めたり、その時の相手を責めたりする事だってあります。

 その時は、なんで自分がこんな痛みや屈辱を味わされなければいけないんだ… って思ったりもしたけど、最近それは、きっとこの先自分が同じ間違いをしないようにする為じゃないかなって、思えるようになりました。

 最近よく、クレーマーが店員とか教師とかに、無理やり土下座させようとして逮捕されるというニュースを耳にします。
 あと、どこかの大会社の社長さんは、公衆や他の社員の面前で、平気で自社の社員を怒鳴りつける人がいるそうです。

 どんな理由があったかはわかりません。

 まあ、店員に悪意があって客をだまそうとしたとか、社員が会社のお金を着服しようとしたというのなら、土下座させられても、公衆の面前で怒鳴られても仕方がないと思う…

 でも、おそらくはそうではないでしょう。

 クレーマーが人に土下座させようとするのは、自分の中の劣等感の裏返しかも知れません。
 でも、やり手の社長さんが、大勢の他の社員の面前で罵倒するのは、ひょっとすると、別の意図があるのかも知れません。

 おそらく、それを見せしめにして、他の社員の統制をとっているんだと思うんですね。
 こういう話は、司馬遷(しばせん)の 「史記」 にも出てきます。

 以前にお話しした淮陰侯韓信(わいいんこう かんしん・4/8ブログ 「目指しているものがあるから妥協しない」参照)と並ぶくらいの漢王朝の立役者で、彭越(ほうえつ)っていう人が出てくるんですけど、この人は人徳があって、たくさんの人に慕われていました。

 時代は項羽と劉邦が戦っている戦乱の時代…
 100人くらいの若者が集まって仲間を組み、彭越の元へ訪れて、
 「どうか、我々の首領になってください」 って頼みこんだんです。

 彭越は最初あまり乗る気がしなかったんですが、あまりにも若者たちが熱心だったので、ついに承知して彼らの首領になる事にしました。
 そして、「明朝、日の出に集まれ。期限に遅れたものは斬る」 って言って、その場を一旦解散しました。

 はたして明朝の日の出になると、10人ぐらいの若者が刻限に遅れて来ました。すると彭越は、
 「わしは年寄りだ。それを君達はむりやり首領にした。約束してあったのにもかかわらず刻限に遅れたものが多い。全員を死刑にする訳にはいかぬ。一番遅かったもの一人を処刑する」 って言ったんです。

 若者たちは笑いだして、
 「何もそこまでしなくたっていいでしょう。これからは決していたしませんから」 と、はやしました。

 その時、彭越は一番遅かった若者を無理やり引きづり出して、刀で斬り、祭壇を作って犠牲として捧げました。

 それ以来、若者たちは彭越を恐れて、顔をあげて見る者もいなくなりました。
 もちろん、軍の指揮の統制が取れるようになったのは言うまでもありません。

 彭越の軍はとても強く、どんどんと人が集まってきて、その軍勢は千人となり、やがて一万人にも膨れ上がりました。
 そして、劉邦に味方し項羽を攻め立て、漢王朝の建国に大きく貢献したのです。

 まあ、淮陰侯韓信の時と同じように、劉邦の妻の呂后(りょこう)に謀反の濡れ衣を着せられ、殺されてしまいましたけど…
       呂后は超性悪女だ…

 おそらく、現代のやり手の社長さんは、大勢の面前で誰かを罵倒する事で、社員全員の統制を取ろうとしたんじゃないかって思うんですね。
 まあ、刀で斬られる事を思えば、人前で罵倒される方がまだマシですし…

 今の時代であっても、軍隊なんかであれば、確かにこういう形で統制を取っていく事も、場合によっては必要でしょう。

 統制が取れていなくて、命令が絶対視されていないような軍なら、凶悪なテロ組織や犯罪国家の軍と対峙した時に負けてしまいますから…

 でも、こういう真似を一企業が自社の利益の為にやるのは、僕はどうかなって思うんですね。

 結局、さっきのクレーマーが人を土下座させる話もそうですけど、なぜこういうひどい事が出来てしまうかって言ったら、人の心の痛みを知らないからだと思います。

 一回 自分が痛い目を見たら、きっと性格だって変わると思う…

 イラクのフセイン元大統領が、アメリカの刑務所の中で首実験をされる時に、その屈辱感のあまりに涙を流していたって言いますけど、やっぱりそういう経験が必要なんですよ。

 来世もう一度生まれ変わった時、人の痛みがわかるような人間になる為に…

 僕もうんと過去を振り返ってみれば、人に対してずい分と辛い仕打ちをした事があったと思う…
 あの頃は下積みが足りなかったから、人の痛みが理解できなかったんです。

 人の痛みがわかる人間になる為に、時には自分がひどい仕打ちをされて屈辱感を味わってみるのもいい。
 でも、絶対に人にはそういう真似はしない…

 そう誓った時 貴方は、誰からも慕われる大きな天命を持った人になるでしょう。


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昨日までの自分なんてもういない

 今日も、昨日に引き続き 「四柱推命講座<中級編>」 のテキストを作っていました。

 やっぱり、思った以上に時間かかります…
 でも、テキストを作りながら、四柱推命の知識を再確認できるから、一石二鳥です。

 こうやって理論を整理していると、不意になぜか自分が過去にやった失敗とか、ちゃんとやりきれなかった講座の事とかを思い出しますね。

 「あの時はこうやって説明すれば良かった…」 とか 「何であんな間違いをしちゃったんだろう…」 とか…
 そうすると、狂おしくて叫びそうになります(笑)

 でも、逆に言うと、それに今気付いたって事は、自分は成長しているという事です。
 開き直るのは良くないけど、これは本当の事だと思うし…

 まあ これは、四柱推命だけに限らず、人生全ての事に言えるのかも知れません。

 そうですね…
 僕も何気に下積みが長かったですから、今まで人生のあらゆる場面で、みっともない大失態もさらしたし、お勤めの人が時々味わう、理不尽な思いや屈辱感も体験しました。

 もう本当、過去の自分を思い出すと、恥ずかしくて顔から火が出そうな事や、あまりにも情けなくて、死んでしまいたくなったりします。

 でも、大丈夫なんですよ…
 もう その時のその人、死んじゃっているんです(笑)

 自分が成長した時点で、その時の過去の自分はもう自分じゃない…

 だからもう、くやむ必要もないし、その時のその思いに囚われて、屈辱をあじあわせた誰かを恨む必要もないんです。

 「いや、そんな風に理性で割り切れるもんじゃないから…」 って言う人もいると思うけど、これ本当の事です。

 人の心なんて、例えるならば水みたいなもので、全ての心の存在が意識の奥でつながっているし、絶えず流動している…

 よく、「霊」 って呼ばれる、くっついたり離れたりするエネルギーが、そのいい例です。   ねらってませんよ(笑)

 だからこそ、人の心を読めるサイキックの人というのも存在する訳ですし…

 まあ、脳ミソに記憶という形で情報が蓄積されているから、それぞれの過去を自分がした事だって認識する訳ですけど…

 でも、本来人間は、過去に囚われる為じゃなくて、未来に向けて今よりも成長していく為にあるはずです。

 昨日までの自分なんてもういない…

 成長した明日の貴方は、新たに生まれ変わったばかりの素晴らしい貴方のはずです。


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自分を幸せにできるのは自分だけ

 秋がだんだんと深まっていきます。
 さっきまでずっと、パソコンとにらめっこして、「四柱推命講座<中級編>」 のテキストを作っていました。

 中級編は11月10日開始ですから、まだ3週間も期間はあるのですが、それ以外にやらなければいけない仕事が2つもあって、まずは中級編のテキストを仕上げてしまわないと、先に進めないのです。
   ていうか、順番にやらないと、頭の中が整理できない…

 こうやって、一日家の中にこもって仕事を頑張っていますけど、やがてこの努力が実を結んで幸せがやってくるはずです。

 「四柱推命完全マニュアル」 の原稿を書いている時がそうでした。
 あの頃の時間の追われ方は、今とは比べ物にならないくらいに超ハードでしたけど…

 一般に、成功している人って、一生懸命目的にあった努力を頑張った結果、それが実を結んでいる場合と、そうではなくて、たまたま運が開いちゃっている場合の2つのパターンがあると思います。

 前者の幸せは一生続くけど、後者の幸せにはやがて変化が訪れる…

 僕が思うに、人が人生を幸せに生きられるかどうかは、自分の適性や正しい方向性が見極められるかどうかというのと、その努力に対する頑張りがきくかどうかに掛かっている気がします。

 人生で思い通りにならない時というのは、焦ってむやみにあがいてみたり、誰かに助けを求めたくもなるけど、結局の所、自分の事を幸せにできるのは、自分だけです。

 もちろん、世の中には優しい人はいっぱいいるけど、その人がどんなに助けてあげようと思っても、努力に対する頑張りがきかない人って、どうやっても助けてあげられないんですね…

 そうですね… ハッキリ言って、今 僕が置かれているこの状況はゆるいです。
 四柱推命のテキストにしろ、他の仕事にしろ、まあこのブログだって、どれだけでも手を抜けるし、例えやらなくったって誰からも文句は来ません。

 それに部屋の中は一人きりで、誰にも見られていない…

 そうですね。10年前の僕だったら、1時間もしない内にネットサーフィンとかで良からぬサイトを見て、ダラダラ遊んじゃっていたかも知れません。
 インターネットの世界は本当に誘惑が多いですから(笑)

 もちろん、そんな事に今日は1分たりとも使っていません。
 当たり前と言えば、当たり前ですが…

 そして、こうやってテキストを作りながら、自分自身改めて四柱推命の勉強をさせて頂いてます。
 壁にぶち当たって、いろいろ本とか四柱推命のサイトとか調べている内に、今まで見えていなかった深い部分が見えてくるというか…
      あの本に書き加えたい事、いっぱい出てきた…

 やっぱり、自分を幸せにできるのは、最終的に自分以外にはいない気がします。
 もちろん、心ある人は良いアドバイスをくれたり、ピンチになった時には助けてくれたりもするけど、起き上がれるかどうかはやっぱり自分次第…

 それに、もしも自分が起き上がれなかったら、自分以外の人の事も幸せにしてあげられません。
 僕が今、こうして誰も見ていない所でも、自分をきちんと律していられる理由は、この事かも知れません。

 今、どんなに苦しい状態であっても、起き上がって前に進み始めた時、貴方はたくさんの味方と、未来永劫に続く幸せを確実に手に入れるはずです。


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占い師の立ち位置

 今日は久しぶりに暖かくて、本当に過ごしやすい一日でした。

 お昼に、地元のカラオケボックス(案外、鑑定場所として便利(笑)で、鑑定をさせて頂いたお客様は、7年前 僕がまだ新宿に住んでいた頃に鑑定したお客様でした。

 あの頃は まだかけ出しで、都内の占い処で雇われ鑑定師をやっていました。

 僕はずっと本名を使っていましたから、「浅野太志」 で検索をかけて、僕のホームページを見つけてくださったんです。

 人のご縁というものは、本当に有難いな… って実感します。

 僕のやっている占い師という職業は、何ともつかみどころのない職業です。
 だいたい、「占い」 というものは、科学できちんと証明できないですから…

 まあ、統計をとってみれば、その存在は実証できると思うんですけど、「なぜ当たるのか」 という事を、やっぱり理屈では説明しにくいです。

 だから人によっては、「占い師=うさん臭いお仕事」 という認識を持った人もいるし、「占い師=カウンセラー」 だと思っている人もいれば、「占い師=エンターテナー」 だと思っている人もいます。

 僕は、カウンセラーというのも、エンターテナーというのも、占い師という職業の一面性をとらえた言葉だとは思うのですが、決してそのものであるとは思いません。

 僕は占い師というのは、ある意味 「シャーマン」 じゃないといけないんじゃないかなって気がするんですね。

 太古の昔から、シャーマンの役割をする人々って、いっぱいいました。
 現代人からすれば、そういう職業は、いい加減な言葉で人をたぶらかす怪しげな存在に思えますが、きっと太古の昔のシャーマンの言葉って、そんなに外す事もなかったと思うんです。

 昔は現代と違って、宇宙とか、神とか、そういう存在と通信しやすかったんじゃないかな… って気がするんですよね。

 その時代の人間は非力な存在だったから、厳しい自然環境や外敵に常に生命を脅かされながら、必死に神なるものに祈って、お伺いを立てていたと思うんです。

 その存在の中心が、巫女であったり、神主であったり、場合によっては僧侶であったりしたと思うんですけど、占い師という職業も、その延長線上にあるんじゃないかなって気がします。

 もちろん、占い師は、占術理論を駆使しながら、未来のアドバイスをする職業ですが、現実的に100%占術理論だけを用いて、全ての相談を解決するのは無理があります。

 中には、純粋に占術理論だけを駆使するのが本物の占い師だって主張する人もいますが、僕はそれは違うと思う…
 理論は理論で大切に扱うけど、最後の一厘に関しては、こういうシャーマン的な直観力が絶対必要になってくるはずです。

 だいたい、卜占(ぼくせん/易やタロットなど偶然性を用いた占い)なんて、理論じゃないですし…

 だからこそ占い師って、そういう直感が狂わないようにする為にも、自分の生き様に関しては、普通の人以上に律していないといけません。
   こういうお仕事で生活させて頂いているのだから、それくらいは当然です…

 そうしないと、パワーももらえなくなるし、天のシグナルが受け取れなくなっちゃいますから…

 僕は、占いをやっている時… 特にタロットカードを混ぜている時なんて、自分との闘いですね(笑)
 自分の中の不純物を一生懸命に追い出している感覚です。

 でも、こうやってお仕事をしながら、自分自身もこうして学ばせて頂いて、さらにお客様に喜んで頂いた時、この職業について本当に良かったな… って心から感じます。


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未来に出会う誰かの幸せを願う時

 今日の関東地方は、一日中雨が降りしきっていました。
 また台風27号が、フィリピンのあたりにいて、日本に近づいてきているらしい…

 どういう訳か、今年は例年になく日本に台風が直撃します。

 ここの所 何だか肌寒くて、寒さに弱い僕は過ぎさった夏がとても恋しいです。
 そうそう、天気予報では明日は久しぶりに全国的に暑くなるらしいです♪

 こういう毎日の温度差が激しい季節は風邪をひきやすいので、皆さま体調には十分気をつけてください。

 人というのは、毎日のコンディションによって、すごく気持ちが乗っている時と、何だかわからないけど全然気乗りしない時があります。

 気持ちが乗っている時は行動も早いし、どんどん作業も はかどって行きます。

 でも、何だか気乗りしない時というのは、何をやっても集中できなくてちっとも進まないし、頭もボーッとして良い知恵もわかない…

 何でこんなに違うんだろ… って考えてみたんです。

 おそらくきっと、潜在意識がうまく行く事を望んでいないんじゃないかって思います。

 こういう気乗りしない状態でダラダラやっている仕事は、本当に能率が悪いです。
 もちろん人生には、気乗りしなくたってやらなくちゃいけない事はたくさんあるから、そんな事も言ってられないんですけど…

 それで、決まってこういう状態の時って、自分の未来のビジョンがきっちり見えていません。

 言いかえれば、理想の未来の自分が、きちんと思い描かれていない状況…

 こんな時っていつも、気持ちが目先だけの快楽に占められています。
 「今の人生の望みは何?」 って、誰かに聞かれたら、「お布団の中で眠りたい…」 とかなります(笑)

 人によっては、「美味しいものを食べる事」 とか 「性欲を満たす事」 とかが人生の目的になっていたりもします。

 もちろん これらは、生命や種を維持するにおいて大切な事ですから、悪い事ではありません。

 問題は理想の未来のビジョンが希薄になってきている事です。

 何でかっていうと、結果的に何をやっても気乗りしないような状況を作り出しちゃうから…

 しかも、この状況が続くと、自分が本当にしたい事さえもわからなくなってきます。

 そういった意味でも、未来のビジョンを明確にしておく事は、とても意義があるでしょう。

 僕は、理想の未来のビジョンをイメージする時に大切な事は、その中で自分が誰かを幸せにしたり、社会に貢献しているようなイメージを盛り込む事だと思うんです。

 だって、自分一人で叶えられる理想の未来なんて存在しないですから、そこに登場する人達の事だって、ちゃんと考えてあげなくっちゃいけません(笑)

 そうすると、そのビジョンが叶いやすくなる…

 例えば、素敵な人と結婚して幸せになっている未来を思い描く時には、自分が幸せになっているイメージも大事ですけど、むしろ未来に出会った誰かを幸せにしてあげてるイメージが大事だと思うんですね。

 おいしい手料理を作って食べさせてあげた旦那様が、すごく喜んでいるイメージとか、ドライブに連れて行ってあげた奥様が、幸せに満たされているイメージとか…

 僕の場合には、大勢の人の前で話したり催し物をやったりして、聞いている人がワーッと喜んで幸せになってくれてるようなイメージを、時々描いています。
 そうすると、今の自分の至らなさを、まだまだ痛感しますね…

 自分の未来のビジョンが明確になると、目の前の仕事もスイスイはかどります。
 だって、そのビジョンを叶える為には、やらなければいけない事が山積みですから、時間が本当に足りないんです。
 その事に気づけると、もう目の前の事にモタモタしていられません。

 未来に出会う誰かの幸せを願う時、貴方の未来にふさわしい幸せな人がどんどん引き寄せられてきます。
 そして、未来が動き出す…

 やがて貴方はその素晴らしい未来を、現実に手にしている事でしょう。


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相手の為にした損は、必ず得になって返ってくる

 僕の家には今、布団がありません(笑)
 実は、「四柱推命講座<初級編>速習コース」 に入る前日、布団を丸ごとクリーニングに出しちゃったんです。

 どうせしばらくホテルに泊まる事になるだろうから、丁度いいと思って…

 では、今どうやって寝ているかといいますと、ソファーの上でタオルケットにまるまって寝ています(笑)
 まあ、毎日寝たり寝なかったりだから、これで十分です。

 僕は、以前横浜に住んでいた時から、いつも同じクリーニングの業者さんに、一年に一回(去年はサボった…)の割合で、布団のクリーニングを依頼しているんです。

 それは、なんと広島県にある業者さん…
 もちろん一度も面識はなくて、たまたまホームページで見つけました。

 なぜ、数ある業者さんの中でここにしたかというと、体に優しそうな洗剤を使っていて、ホームページを見ていて、すごく丁寧に心をこめてやってくれそうな気がしたからです。

 僕のこういう直感ってだいたい当たりますね…

 毎年この業者さんにお願いしているんですけど、いつも汚ない布団がものすごくきれいになって返ってきます。
 それでまた、仕上がり状況とかを、逐一丁寧にメールで教えてくれるんです。

 「只今こちらに到着したので、これから洗いに入ります」 とか 「懸命に洗ってみましたが、ここの部分のシミだけは取れませんでした」 とか…

 とは言っても、それだけなら別にブログの記事にしようと思いません。
 人の家の布団のクリーニングの話なんて、誰も興味ないでしょうし(笑)

 実は僕、このクリーニング屋さんのサービスに、すごく感動してしまったのです。

 それは今回のクリーニングを依頼した時の事…

 どんな業種でも、サービスのメニュー料金というものが設定されていますけど、お値打ちな割引き料金のメニューというものもあれば、それに比べるとちょっと割高な料金のメニューだってあります。

 例えばマックだったら、バリューセットは安いけど、それぞれを単品で買ったら、えらく高くついたりします。
 お店って、こういう所でかせぐんです。

 スーパーマーケットなら、たまご10個入りパック 98円(限定先着100名様)で、お客を引きつけておいて、どう見ても割高なお惣菜なんかでかせぐ…

 僕、毎年このクリーニング屋さんに、布団のクリーニングだけをお願いしていたのですが、今回はそれと一緒に、少し特殊な超厚手のフード付き防寒具も、お願いしたんです。

 そうすると、お得なセット価格に該当しなくなってしまって、ちょっと割高な値段になってしまいました。

 とはいえ、この防寒具の上下とフードが相当に汚れていて、洗うのがすごく大変な代物でしたから、それを考えれば、例えセット料金にならなくても安いかなって思ったんです。

 そして、パソコンの申し込みホームから、早速申し込みました。

 しばらくすると先方から、なんと 「これですと料金が割高ですし、前にもご使用いただいていますので、今回2,100円値引きさせて頂きます」 というメールが来たんです。

 これには感動しました…

 いやいや、別にお金にそんなに困っていたとかいう訳ではありません…(笑)

 何に感動したかというと、もうこの時点で僕はインターネットから申し込みを確定している訳なんですね。

 普通、申し込もうかどうしようか迷っているようなお客に対して、「じゃあこの価格でどうですか」 って、交渉の材料として、この値引きという方法を使うのが一般的です。

 もうすでに申し込みが確定しているのに、わざわざ値引きするという事は、いわばお店にとっては、2,100円分の損失でしかない…

 確かにこの値段は、他のコースに比べれば割高ですけど、こちらとしては、その値段で納得して申し込んでいる訳ですから、通常の業者だったらそのまま受けます。

 つまりこれは、一切打算も計算もない、純粋な真心そのままの値引き…

 これはあまりにも申し訳ないな… と正直思いつつも、せっかくのご厚意だからお受けする事にしました。

 というのは、僕が今回 布団と一緒に出した防寒具は、かなり特殊なもので、他のクリーニングの業者さんのホームページとかをいろいろとクグってみたら、中にはたった一着だけのクリーニングで25,000円も取るような業者もあったんです。

 この値段はさすがに、足元を見過ぎです(笑)
 とはいえ、企業が生き残っていく為には、こういう値段設定になるのも仕方がない事かも知れません。

 逆に言うと、こんなとんでもない額の値段設定も存在しているという事は、作業コストもそれなりに掛かっているという事だと思います。

 だからきっと、布団と防寒着が広島にある工場についたら、担当者の方から 「やっぱりこれはコストがかかるので、今回 割引はなし という事にして頂けませんか」 というメールがてっきり来るだろうと思っていました。

 ところが僕の所に着いたメールには、「ちょっとあの防寒着の洗いはコスト的に苦しいのですが、お約束の料金でやらせて頂きます」 というメッセージが書かれていました。

 僕は感動で涙が出そうになりました。

 おそらく、あの防寒着のクリーニング、まったく儲けになっていないと思うんです…
 ひょっとしたら、コスト的に赤になっているかも知れません。

 それにもかかわらず、相手が喜んでくれるのが一番大事だ… という心意気が伝わってきて、それがすごく胸を打つんですね。

 僕は、こういう信念や理念をしっかりと持った企業が、最終的にはこの世に生き残っていくと思います。
 心ある人は共感するし、それならばもっと宣伝してあげようって思いますから…

 という訳で…
 皆さま、布団を丸ごと洗いたい方はこちらです。

   布団クリーニング アイクリーンサービス
  きったない布団が、きれいになってお手元に届きます(^^)
   ※ちなみに神奈川県A様(浅野太志)の直筆アンケート(笑)

 前にヨドバシカメラで買い物をした時も、店員さんがすごく丁寧に対応してくれて、あれ以来僕は電気製品を買うならヨドバシカメラだって決めています。
 (2012/6/11ブログ 「人は損得なしで行動してくれる人に心を開く」 参照)

 人の心って不思議なものです。

 例えば、どっかのレストランに行って、注文してもいないのに勝手に高級なお水が出てきて、レジでお会計をした時に 「アクア800円」 とかレシートに書かれていたら、やっぱり不愉快な気持ちになります。

 800円の出費が痛いとかじゃなくて、そこにすごく冷たい何かを感じるんですね。

 もちろん経営者は悪気がある訳ではないんでしょうし、外国のレストランでは当然の事なのかも知れないけど、これを日本でやったら、たかが800円がとんでもないツケになって返ってくる…

 それなら、お水代の800円ぐらいサービスしてあげればいいんですよ。原価なんて、たかが知れてるんだから…
 やっぱり日本では、料金の掛かるものはちゃんと前もって断るべきだと思う…

 それとは逆に、何の打算も計算もない相手の事を思う真心も、自然にちゃんと伝わって行きます。
 そして、人はそれに温もりを感じるんですね。

 相手の為にした損は、必ず得になって返ってくる…

 世の中って、うまく出来ています。

 貴方がずっと温かい真心を出し続けていたなら、今すぐには理解されないかもしれないけど、時がたった時に必ず、貴方の元に何倍にもなって返ってくる事でしょう。


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悪い所を指摘してくれる人は宝物

 今日は銀座にある 「東京オフィス」 で、今後の仕事の打ち合わせをして、その後お世話になっている社長に銀座の美味しい洋食店のお店でお食事をしました。

 「四柱推命講座<初級編>速習コース」 が終わったかと思えば、次は 「中級編」 の準備、そしてまた今日新たなプロジェクトが決定して、どうやら今年は年末まで身動きが取れそうにないです(笑)

 こうやって、大好きな仕事で忙しいというのは、本当にありがたい事です。

 誰から命令される訳でもなく、自分で好きなように仕事をしていて、その仕事が楽しい…
 結局 「仕事=やりたい事」、な訳ですから、これ以上幸せな人生もないです。

 でも、ここに思わぬ落とし穴があったりします。

 この状態って、厳しく上から指摘をされるような事もないから、よっぽどしっかりとしていないと何一つ自分の事が客観的に見えません。

 こうやって知らず知らずの間に、「裸の王様」 になっていくんですね。
 良くいらっしゃる宗教団体の教祖様なんかが、そうです。
 まあ、全員が全員という訳ではないとは思いますけど…

 人というのは、崇められている内に、いつしかもう戻れないような所へ来てしまうものです。

 そういった意味では、占い師だって同じかも知れない…

 だから僕は、そんな時に、面と向かって悪い所を指摘してくれるような人は、宝物だと思いますね。
 なかなか、そういう事って言いづらいですから…

 もしも聞けるだけの器量を持っていない人に、下手にそんな事したら恨みを抱かれるだけですから、リスクだって多いです。
 クレーマーだと思われる事もあるし…

 僕が尊敬する徳川家康は、「謙言というのは一番槍よりも難しい」 と述べています。 

 「一番槍」 というのは、戦場で真っ先に敵陣に切り込んでいく勇者の事…
 これって、ハッキリ言って死にに行くようなもんです(笑)
 生き残れる可能性なんて、まあ半分以下でしょう。

 難しいどころか、「一番槍をやれ」 って言われてできる人って、今の現代人にはほとんどいないと思います。

 今の世の中、戦さなんて無いからいいんですけど…
        現代に生まれて良かった…

 でも、家康は、「諫言の方が一番槍より難しい」 って言っているんですね。

 一番槍は、例え討ち死にしたとしても子孫には名誉が残るし、主君からも周囲からも惜しまれるのに対して、諫言というのは、言われた本人から嫌悪された上に、場合によっては地位や名誉も失ったあげく、手打ちにされるだってあります。

 現代では 「手打ち」 される事はありませんが、それでも正々堂々と本人の前で苦言を言うのは、やっぱり勇気が要ります。
 陰で悪口言ってるだけなら、ものすごく楽ですけど…

 だからこそ、自分に堂々と忠告をしてくれる人というのは、本当に有難いです。

 逆の見方をすれば、「耳に逆らう諫言」 というものを、どれだけ聞き入れられるかというのは、その人の器でもあると思う…

 こういう人は、末恐ろしい運気を持っています。
 そういう意味でも、徳川家康はやっぱり天下を治める器だったと思うんですね。

 「いつやるか… 今でしょ」 の林修先生がテレビで、「成功する人には色々な要因があるが、失敗する人には共通したある法則がある」 とおっしゃっていました。

 それは、「情報不足」 と 「慢心」 と 「思い込み」 というもの…

 これってどれも、周りに忠告してくれる人がいないか、もしくはそういう人の意見に対して、聞く耳を持たなかった人が陥る条件です。

 そういった意味でも、そうなる前に忠告をしてくれる人は本当に優しい人です。

 耳に逆らう諫言を受け入れ、襟を正した時、貴方にはきっと輝かしい未来が用意されるはずです!

 P.S.
 今日はお世話になっている社長に、銀座の老舗の洋食屋さんや、老舗の文房具屋さんに連れて行って頂きました。

 老舗の洋食屋さんの 「煉瓦(れんが)」 は、明治二十八年創業というお店で、元祖オムライスや、とんかつ(カツレツ)を日本で一番最初に始めたお店です。

ポタージュスープとサラダ 明治二十八年と言えば、あの日露戦争の前…
 ちょうど日清戦争が終わって、下関条約が結ばれた頃の事です。

 メニューの注文は、全て社長にお任せしたのですが、ここの洋食店の味は天下一品ですね。

仔牛チーズ焼 ポタージュスープにサラダ、そして何より、「仔牛のチーズ焼」 が絶品でした。

 「煉瓦亭」 で昼食を食べた後、老舗の文具店 「鳩居堂(きゅうきょどう)」 で、便せんを見て回ったりと、銀座のひと時を満喫しました。   銀ブラ満喫…


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追いつめられていた日々

 ここ最近、今までの調子に比べると、ちょっとだけコンディションが今一つなんです。
 普通なら、絶対にしないような失敗が続くというか…

 すごに返さなければいけないメールに気づけなかったり、忘れ物をしたり、極めつけは、今日の日付と曜日を一日間違えていたり(笑)

 それでもさすがに、鑑定に穴開けちゃったりまではしていないですから、最低ラインの支障は、まだまぬがれていますが…

 こういう時って、ちょっぴり自己嫌悪に陥りますね。

 今はマシになりましたけど、僕の場合、昔 この自己嫌悪が相当にひどかったんです。

 「何でこんなバカな事やっちゃうんだ」 とか 「何でこんな事が出来ないんだ」 とか、自分を責めまくる…

 そうすると感情が乱れて余計に失敗するものだから、どんどんドツボにはまっていきます。

 考えてみれば、子供の頃からずっと追いつめられていました。
 僕にとって、最も恐ろしい敵は、誰でもなく自分だった…
 理想の自分と現実の自分が一致しない時、いつも自分を憎んで責めまくっていました。

 だから部屋で一人きりでいて、何かしてても落ち着かない。
 完璧をしいる恐ろしい敵と、同居していなければいけなかったから…

 最近少し、久しぶりにその感覚がよみがえってきていて…

 それで今朝、ふっと気づきました!
    気づいたから、すぐブログに書いてしまおう…

 この失敗ばかり続くコンディションの中で、僕は何かを学ばせてもらっているんじゃないかと…

 つまり、きっと神様がわざと僕に失敗を連発させているんじゃないかって、ふと考えたんです。
 調子の良い考え方ですけど、あまりにも普段ありえない失敗が続くんですもん(笑)

 で、何を学ばせてもらってるのかな… って深めてみたら、「ありのままの自分を認めて大切にしてあげる事」 かなという結論になりました。    メデタシ、メデタシ…

 少し視点を変えて考えてみれば、自分を責めまくっていると、自分だけが苦しいだけじゃなくて、周りの人まで苦しくさせてしまう…

 だから思い返してみれば、昔はいつも孤独で一人ぼっちでした。
 それもそのはずです。
 自分を憎む事で、何となく怖い雰囲気をかもし出しちゃっているから、誰も近づいて来れないんですよ。

 よく、自分一人愛せなかったら、人を愛せないと言うけれど、自分という最後の砦の味方を敵に回しちゃったら、もう後がない…

 逆に言えば、例え周囲の全員が敵であったとしても、自分で自分を愛せる内はまだ大丈夫です。
 もちろんこういう時は、何か間違っていないか冷静に反省する事を怠ってはいけませんが…

 パリの地に行って、あれから心の中がうんと満たされている今なら、わかります。

 もう同じ間違いは繰り返さない…

 昔の僕と同じように、自分の事を責め続けている人がいたら、どうかありのままの自分を愛してあげて欲しいと思う…

 貴方が貴方を愛しはじめたなら、いつしか周りの人も貴方を愛するようになっています。

 これは僕、証明しましたよ。
 だから元気に明るく、自分も人も愛しながら生きていきましょう!


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人は一人じゃ生きられないから…

 台風がまた日本に傷跡を残して去っていきました。

 僕の住んでいる千葉は、何事もなく通り過ぎていったのですが、どういう訳か今年の日本は、狙われたように台風の進路になっています。
 被害に遭われた方の事を思うと、胸が痛みます。

 人の一生なんて、一寸先に何があるかわかりません。
 だからこそ、与えられた人生を大切に生きていけたらいいと思う…

 台風が過ぎ去って外に出てみれば、すっかり寒いです。
 これからどんどん冬が近づいてくるんですね。

 時が流れるのは本当に速くて、このブログも600回目です。

 パリに立つ前日から今日まで600日間、本当にいろいろな事がありました。
 ひしひしと感じるのが、僕はたくさんの人に支えながら生きてきたなという事…

 この600日の間、いつもピンチになると、手を差し伸べてくれる誰かがいたし、弱気になると励ましてくれた誰かがいました。

 人なんてどんなに強がっていても、結局一人では生きていけない…

 だから時には甘えて、弱い所やだらしない所を見せてもいいんじゃないかって、ふと思いました。

 毎日僕のブログを読んでくれて、今日のブログはちょっと変だなって気がついて、心配してメールをくれる優しい人もいます。
 もちろん、メールは出さなくても、それを感じながら僕の事を温かく見守ってくれる人もいる…

 周りの人の方が案外わかっていたりするんですね。
 本人は、「負けるもんか…」 とか書いているけれど、確かにあの日、ちょっとヤバかったんです(笑)

 「四柱推命講座<初級編>速習コース」 は、その合間に鑑定を入れていたりと、少し無理があるスケジュールを組んでいました。

 にもかかわらず、毎日のブログはきちんと書こうと思っていたので、睡眠時間が1日3時間とかだったんです。
 2日目なんて、寝る時間削ってフランス語を電子辞書で必死になって調べていましたし…   おバカさん…

 しかも、講座の始まる前日は、100問テストを作っていたので徹夜でした。

 今までいつもずっと、このやり方で何とかなってしまっていたので、おごりが出ていたのですね。

 確かにそれでも、1日目・2日目は気合いで何とかなっていました。
 むしろ、いつもよりも調子がいいくらいに…

 でも、3日目にその反動が全部来たようです。
 ハイテンションだけで空回りして、あの時は最悪でした。
 失敗が失敗を呼んで、それで気ばかりが焦るから、見えるものも見えなくなって、どんどん墓穴を掘って行きました。

 あの時、きちんと3日間乗り切る方法はいくらでもありました。

 よく、周りの人からアドバイスを受けるのが、「忙しい時ぐらい、たまには、ブログを3行ぐらいで終わらせたらどうですか?」 というもの…

 確かにそうすれば良かったんです。
 でも、人に弱みを見せるのが嫌だったので、それをしませんでした。

 自分に厳しすぎるのって、あまり良い事じゃない…
 むしろ、自分の弱さを認める事で、人は本当に強くなれるんじゃないかと思います。

 僕は子供の頃から、どうもいつも優等生ぶってしまう悪い癖がありました。
 そうしないと誰からも愛されないって、心の底で思っているからかも知れない…

 きっと他にも、僕と同じように強がっている人、たくさんいるんじゃないかなって思います。

 でも、案外大丈夫なんですよ。
 みんな優しいから…

 ちゃんとしていないと怒りだす人や、そっぽを向いてしまう人だって中にはいるけど、ありのままの貴方を愛してくれる人もいる…

 だから無理をしないで、時にはちょっと甘えるのもいい。
 どうせ一人じゃ生きていけないんだから…

 その時に貴方は、本当に自由で満たされた人生を手に入れるはずです。

 P.S.
第九、今日はお世話になった社長から誘って頂いて、NOA Concert Vol.4 「第九」 に行きました。
 第九(交響曲第九番)とは、いわずとしれた、ベートーベンの最高傑作の一つです。

 圧巻なフルオーケストラで聴く、第九(ダイク)はもう最高でした。
 昔、大みそかの時テレビで見るものがない時、よく教育テレビで、第九を聞いていたものですけど、生で聴くのは今回初めてです。

 素敵な演奏と歌声に、まるで心が洗われるようでした!


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痛みも苦しみも、誰かを幸せにする為にある

 今日は夕方まで寝ていました(笑)
     それ、全然自慢にならないから…

 いや、朝はちゃんと起きたのですが、やっぱり疲れがたまっていたせいか、メールの返信を少しした所でダウン…

 ソファーに少し横になるだけのつもりが、そのまま熟睡してしまいました。
      ちなみに二段ベッドの下の段はソファーになってます(^^)

 「四柱推命講座<初級編>速習コース」 の3日間、充実した講座になったと思います。
 3日目についてだけは、ちょっといろいろな意味で心残りがありますけど、これは僕の今後の課題です。

 僕は講座の度に、受講生の方からいろいろな話を聞かせて頂いて、学ばせて頂いています。
 その話を聞けるのが、毎回すごく楽しみなんです。

 それぞれの人のそれぞれの人生にはいろんな事があるから、そういう話を聞く事で、自分もその人生を体感できる…
 占い師という職業は、そういった意味では役得かも知れません。

 そして今回感じたのは、人生において、ものすごく苦労したり、耐えがたい辛酸を味わった人と言うのは、同じような境遇の人の心を救う事ができるという事…

 今回の初級編の講座に、グリーフ心理カウンセラーの千葉カオリさんが参加してくださっていました。

 グリーフ… というのは、死別の悲しみの事…
 まさにこれは、人間の極限の痛みだと思います。

 僕自身の体験で言えば、18才で母を亡くしていますが、この当時は精神的にすっかり病んでいた状態で、現実に目をそらしていたので、幸か不幸かあんまり悲しかったという記憶がありません。

 おかげで悲しみは感じずに済んでいますが、そういった意味では、僕はまだ本当の意味で、死の痛みというものを感じきれていません。

 どうして、グリーフカウンセラーの千葉さんが、四柱推命を覚えようと思ったかというと、占い師という職業も活かして、より多くの死に対する悲しみや不安に打ちひしがれている人々の心を楽にしてあげたいから… というもの。

 これはきっと、千葉さんの使命なのでしょう。

 僕の本をたまたま書店で見つけて、今回の講座を受講してくださいました。

付箋 それで、その本を見せてもらったらスゴイ…

 付箋がバッチリつけられていて、重要だと思われる所には、何色もの色鉛筆で線が引かれている…

 こんなに使いこなして頂いて、僕はもう著者冥利に尽きます!


死別の悲しみ(グリーフ)専門 訪問カウンセラーのMeruka舎

 このホームページの千葉さんのプロフィールを読むとわかりますが、これって筆舌に耐えがたい辛苦の連続の人生です。

 でも、講座中に千葉さんのお話を聞いたら、実はこんなもんじゃない…
 文字にしてネットに配信するのも ためらわれるような、子供の頃の辛いお話を伺いました。

 その時に僕が感じたのが、こういう痛みや苦しみを体験して乗り越えた人だからこそ、痛みや悲しみに打ちひしがれている人を救っていけるのだという事…

 千葉さんは、クライアントの悲しみを共有したいとおっしゃいます。
 だから本当に、商売っ気もありません。

 死というものは、誰にでも一度は訪れるもので、嘆いたって仕方がないし、死があるからこそ生がある…

 理屈ではそうですし、僕もそう考えています。

 でも、その悲しみや恐怖に打ちひしがれている人にとっては、そんな一般論は何の意味も持たない。
 結局、悲しみなんて理屈じゃないから…

 そして、人をこういう悲しみの痛みや苦しみから解放できるのは、同じような経験をした人だけです。

 痛みも苦しみも、誰かを幸せにする為にある…

 今もしも、貴方が痛みや苦しみに打ちひしがれているとしたら、それは未来に、同じような痛みや苦しみにあえいでいる誰かを幸せにするという使命があって、それを果たす為の一つのプロセスなのかも知れません。


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負けずぎらい

 全ての仕事の予定を成しとげ、今さっき2日ぶりに千葉の自宅に帰ってきました。

 パリに渡仏した時に持っていったスーツケースを転がしながらの家路…
 電車の中で、居眠りしたまま降りる駅を乗り過ごす所でした。

 この3日間、「四柱推命講座<初級編>速習コース」 を行い、その時間の合間にも、たくさんのお客様にお会いしました。

 こんな素敵なお客様といっぱいお知り合いになれて、僕は本当に幸せだと思う…

 それにしても今日は、自分の実力のなさや至らなさというものを本当に痛感した一日でした。

 今まではいつだって、自分の力じゃないような何かの力に守られて、いつも運よく助けられていたけど、今日は、一体自分の実力ってどれ程のものなんだろう… って、本当に考えさせられました。

 僕の周りの人達は、みんなに優しい人たちばっかりだから、こんな僕でも認めてくれるけど、これじゃあ自分で自分が認められない…

 そんな事を悶々と考えている内に、つい電車の中で眠ってしまいました。

 「負けられね…」 とか、小声で寝ぼけながら、独り言を言って目が覚めました。
 うん… これが僕の本音です。
      きっと誰にも聞かれてなかったと思う…(笑)

 例え自信を無くしたって、ここで逃げ出す訳にはいかない…
 開き直る訳ではないけれど、まだまだやれます。

 今までここまでやってこれたんだから、謙虚になって、ちっぽけな自分のプライドにしがみつかずに、もう一度やり直せばいい…

 いやいや、一度どころか、何度だってやり直ればいい…

 失敗しない事よりも、失敗して自分を見直して、もっともっと大きくなる事の方が、はるかに貴いはずだから…

 こんな所で負けられない…
 そう自分に言い聞かせると、なんか元気が湧いてきました。

 まだまだこれから、頑張ります!
 メールの返信、遅くなっていてごめんなさい… ぐっすりと寝て、明日返信します…


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ムッシュ浅野の「プチフランス語講座」 Leçon 9 料理編

 Bonsoir ! <ボンソワー> (こんばんは)

 皆さん、コンバンハ~。
 「エセ フランス語 講師」の ムッシュ浅野で~す。

 今夜も、楽しくフランス語、勉強していきましょネ~!

 ハイ、そこのアナタ 今 「このコーナー、実は毎回同じ文章をコピペして使っているだろ…」 って思いましたね~

 いけませんね~(笑)

 フランス語は、な~んどもな~んども反復練習するのが上達のポイントデ~ス。

 ハ~イ、昨日からムッシュは関内のホテルに泊まり込みで、「悠庵」 で講座をしていま~す。

 でも~、これフランス語の講座では、ありませんネ~。
       当たり前…

 ムッシュは日頃、フランス料理しか食べなれていないので~  ウソつき…  、講座が終わった後、「悠庵」 の隣にあるフランス料理のお店に入ってみましたネ~

ボンマルシェ フレンチ酒場
  「ボン マルシェ

 ボン マルシェとは、
 「Bon Marché」

 直訳すると、「良い市場」 デ~ス。

 でも、フランス人っぽく、これを正しく発音すると、
 「ボン マースィ」 という感じデ~ス。

(2012/3/3ブログ 「パリの朝とマルシェ」 参照)
 受講生のみなさ~ん、視太陽時はこうやって出してクダサイ…

 とっても素敵なお店でしたね。
 ムッシュは、「鴨のコンフィ ~ランティーユ添え~」 を、注文してみました。

 コンフィとは、「confit」 … (最後の 「 t 」 は発音しませ~ん)
 おもに南西フランスで用いられる油に素材を浸して加熱する調理法デ~ス。

 ランティーユとは、「lentille」 、レンズ豆の事…
 この鴨は、フランスのシャラン産だそうデス。

 早速、バゲット(フランスパン)と一緒に出てきましたネ~

   鴨のコンフィ

  C'est bon! <セ ボン> (これはおいしいデ~ス)

 フランスには、おいしい料理、いっぱいいっぱいアリマ~ス。

 少し、覚えてみましょうネ~

 foie gras <フォワーガァ>
 フォアグラ(肥大させたガチョウや鴨の肝臓)

 grenouille <グルヌイユァ>
 グルヌイユ(小麦粉で衣をつけ、いためたカエル)

 escargot <エスカルゴ>
 エスカルゴ(カタツムリ料理)

 truffe <トリュフ>
 トリュフ(キノコの高級料理)

 料理を想像するだけで、トッテモ幸せな気分になりますネ~

 さてさて、ムッシュは今日も関内のホテルで、ゆっくり休みマ~ス。

 ホテルの近くにあったダーツバーのお店の看板に、ムッシュ好みの美しい女性が微笑んでましたネ~(笑)

  PIA

 “貴方はもう PIA で、素敵な時間を過ごしましたか?”

 コレ、アクセント記号の位置がズレまくってマ~ス!
 正しくは、
 「Avez-vous déjà passé du bon temps au PIA?」
 デスネ~
      何で、こんな事に…

 この看板に、チョットだけ誘惑されましたが、明日も早いから今日はやめておきます… 

 それでは、今夜はこのあたりで、ムッシュ浅野の「プチ・フランス語講座」を終わりマ~ス。

 みなさ~ん  Bonne nuit. <ボン ニュイ>
  (おやすみなさい~)


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人生の中の素敵な出会い

 今日は、「四柱推命講座<初級編>速習コース」 の1日目、今、8時間強の講座が終わった所です。

 毎度の事ながら、講座の前はいつも徹夜になってしまいます。いい加減この習慣を改めなきゃいけないと思っているのですけど…

 講座をやっている時は気が張っているし、すごく楽しいから、意識の糸は切れないのですが、こうやってパソコンを打ち始めると、ふっと意識が途絶えますね(笑)

 今日は講座会場の悠庵の近くのホテルに、このまま泊まるつもりです。

 それにしても、こうやって好きな仕事をやりながら、僕は今生活が成り立っていますが、普通の常識で考えたら、これはかなり珍しい部類に入ると思います。

 今の自分の置かれた状況を改めて見てみると、何だか感慨深いです。
 こういう人生もあるのか… っていう感じです。

 僕の父親はずっと定年まで会社勤めでしたし、僕の身内や親戚には、自分で商売をしたり、独立したりしている人って、あまりいません。

 だから僕も、小さな頃はお金というのは、どこかにお勤めして頂くものだという風に思っていました。
 これは小さい頃からの刷り込みですね…

 自分で商売するなんて、そんな博打みたいな事はとてもできない… なんて思っていました。

 ところが気がついたら、こういう感じで、自営業の人生をそれなりに満喫しながら送っているから不思議です。

 今こういう人生を歩めているのは、たくさんの尊敬できる人に会って、その中でいろんな事を学んだからでもあります。

 僕の人生の中でも、いつも人生の節目節目で、本当に大きな影響を与えてくれた先生が、木下順介先生です。

 木下先生は今モスクワで、幅広く活躍をなさっていますが、僕が木下先生から教わった事は、「何もない所からだって、人生は大逆転できる」 という事…

 木下先生はいつも、その事を背中で僕に教えてくれました。

 僕が占い師としての経験を高めるために、池袋で路上鑑定を始めたのは、木下先生も昔、井の頭公園での鑑定をきっかけに占い師として大きく活躍されたという話を聞いていたからです。
(4/27ブログ 「あの日から始まった…」 参照)

 その話が頭の中にインプットされていなかったら、池袋の雑踏の中に机を出して鑑定しようなんて、夢にも思いませんでした。

 木下先生には、人生の中でとても大切なたくさんの事を教わりました。    木下先生、お誕生日おめでとうございます!

 少し前にメールで、ホロスコープでいろんな事を教えて頂いたんですけど、本の出版の事から、仕事の成功の事から、もう見事にその通りの人生になっています。
(6/4ブログ 「人の運命は偶然か…必然か…」 参照)

 僕は昔から頭が固くって、努力をする前からあきらめて、不可能だと思い込んでいた事がいっぱいありました。

 木下先生から、「不可能に思っていた事が、実はそうじゃない」 という事を、たくさん教えて頂いた気がする…

 人生には、自分の可能性を引き出してくれる素敵な人との出会いがあります。

 もしもまだ、貴方がそういう人に出会っていなかったなら、勇気を出して、まだ開けた事のない扉に向かって飛び込んでいったらいいです。

 その扉の先で、素敵な人達が、貴方が訪れるのをずっと待ちわびているはずです!

 
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弱さと優しさの見分け方

 明日からは、「四柱推命講座<初級編>速習コース」 の3日間が始まります。
 このスケジュールで横浜と千葉の往復は結構キツいので、もう横浜のホテルに泊まっちゃう事にしました…

 今、旅支度もかねて、最後の準備に追われています。
 初級編100問テスト作ってます… メールの返信、ちょっと待っててください(汗)

 先日、家の近所にある、今まで入った事のない美容室に行ってきました。
 いつも通っていた美容院が、たまたま満席で当日予約が取れなかったので、そこの美容院に入ってみたんです。

 これが大正解でした!
 すんなり予約なしでは入れた上に、美人の美容師さんがとても丁寧にカラーリングやカットをやってくださって、とてもくつろげました。

 僕、実は髪の毛カラーリングしてるんです…

 真っ黒じゃつまらないんで、今まではいつも少しだけ赤みがかった茶髪にしてたんですけど、なんとこの美容院には、緑のカラーリングというのがありました。     そこかよ…

 もちろん、真緑に髪の毛を染めちゃう訳じゃなくて、少し緑がかった黒というだけで、見た目にはほとんどわかりません。

 この色で髪の毛を染めて見ると、赤みがかった黒よりも、少し落ち着いた感じになりますね…
 これからは、ここでお世話になろうと思います。

 素敵な美容師さんにカットやカラーリングをしてもらいながら、ずっとパリに行った日の事を語っていました…

 僕は基本、あんまり自分の事を初対面の人に話したりしないのですが、その日は妙に打ち解けて、気持ちよく話していました。

 僕の話をすごく楽しそうに聞いてくれたから、つい舞い上がって口数が多くなっちゃったんです… 普段は、口数少ないです(笑)

 いつも美容院でカラーリングやってもらってる時って、何もできないまま待っている時間が苦痛で仕方がなかったんですけど、もうすごく楽しかったです。

 ところが、僕がやらかした些細な事が原因で、会話が沈んじゃいました…

 いや、これは些細な事じゃなくて、すごく失礼な事をしちゃっのだと思う…
 その後ずっと後悔していました。

 カラーリングをしてもらう時って、耳にカラーがつかないように、ビニールを耳にかぶせてもらうんです。
 そうすると、あまり良く音が聞こえません。

 それで、盛り上がっている会話の中で、彼女の話した言葉が一回だけ聞き取れなかった所があったんです。
 本当だったら、その場ですぐに聞き返せばよかったんですけど…

 でも、美容師さんがすごく素敵な笑顔で話してくれたものだから、話のムードを壊したくなくて、聞き返すタイミングを逸しちゃったんです…

 彼女が何を話したかわからなかったけど、何か話さないと気まずくなりそうだったんで、つい流れに合わせて会話を続けてみました。

 これがいけなかったです…
 そのまま自分で墓穴を掘って、会話が沈んで行きました。

 その後ずっと、さっきの事をさりげなく謝ろうと思っていたけど、結局そのチャンスまでも逸してしまいました。

 もちろん、ちゃんと普通には会話しながらカットもカラーリングもやってもらいましたけど、さっきみたいに盛り上がる事は二度とありませんでした。

 聞きとれなかった会話を聞き直せなかったというのは、優しさでも何でもなくて、単なる僕の弱さです。

 僕は、ただ嫌われたくないばっかりに、最悪の事をしてしまった… と今でも反省しきりです。

 優しさと弱さって、一見混同しやすいけど、これは真逆のものです。
 結局、自分の弱さというもので、誰かに寂しい思いをさせてしまったり、大切なものが守れなくなってしまう事だってある…

 恋愛なんかだったら、これが致命的な事にもなります。

 人は誰だって弱い部分を持っているものですが、一番ヤバいのは自分に言い訳して、弱さを優しさと取り違えてしまう事…

 そうすると、自分の中でも、優しさと弱さの区別がつかなくなってしまいます。
 自分は優しいつもりでいるから、それで恋人に嫌われても、自分のどこが悪いのかがさっぱりわからない…   ハハハ 今までずっとそうでした(笑)

 弱さと優しさの見分け方というのは、そんなに難しくなくて、「相手の気持ちを感じているのか」 それとも、「自分の気持ちにこだわっているのか」 その違いだけです。

 自分の気持ちなんて、相手と一緒に過ごしているその瞬間には、もうどうだっていいんです。

 だから、「しまったなあ… 失敗したなあ」 って、いつまでも悔やんでいるのだって、自分の弱さに過ぎない…

 「優しさってなんだろう…」 って、頭で考え始めたら、もうわからなくなりますね。

 きっと考え始めた時点で、何か別のものにすり替わっている気がします。

 こういうものは理屈じゃなくて、実際の人生経験の中で、失敗したり痛い目を見たりしながら、体で覚えていくしかないのかも知れません。

 自分の弱さはちゃんと認めつつも、勇気を出して少しでも人に優しさを与えていける大人になれたらいいと思う…
 
 本当の優しい大人になれるよう、頑張ります!


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言葉はその人の運そのもの…

 昨日は一日かけて、溜まっていたメールの返信を一気にやりとげました!

 朝からメールの返信を始めて、途中でブログを打ったりしながら、気がついてみたらトータルで8時間ぐらいメールの返信していました。

 いったい全部で何通のメールを返信したんだろ… って数えてみたら、ピッタリ20通…
 一通あたりの所要時間は、24分という計算になります。

 メールの内容によっては、5分で返信できるものもありますけど、中にはどうしても1時間以上掛かってしまうものもあります。

 文章を書くにあたって、調べ物をしなければならないというのもありますし、それ以上に、言葉にはやっぱりこだわりたいからなんです。

 言葉って大切だと思う…

 頂いたメールを読んでいても、その文面の端々から、その人の人柄や今の運気さえも何となく伝わってきます。
 もっとも、僕にメールをくださる方は、みんな素敵で運気のいい方ばっかりですけど…

 言葉にこだわりを持つと、いろんな事が見えてくるようになります。

 昨日のブログのフィッシングメールの文章みたいなのを読むと、明らかに変だとか怪しいとか感じるようになるし、誰かが代筆した文章なんかでも、すぐに見抜けます。
 文章を作った人が違うと、明らかに違和感を感じますから…

 極端な事を言えば、言葉ってその人の運気そのものじゃないかな… って思うんです。

 言葉のチョイスによって、この先の未来というものも、人生そのものも、全てが決まってくるような気がする…

 かと言って、頭の中でどんなにこねくりまわしても、良い言葉って出て来ないです。
 難しい言葉だったら、出てくるかも知れないけど、人の心を動かす言葉にはならない…

 良い言葉を発しようと思ったら、もう自分に本当に素直になって、その時にふっと浮かんだ言葉を素早くキャッチするでしかないですね。

 メールの返信の文章を作るのって、ある意味こうしてブログの文章を作るのより難しいです。

 僕がメールの返信をする時は、自然と相手の方をイメージしながら打っています。
 もちろん中には一度もお会いした事のない人だっていますけど、それでもその人に語りかけるようなつもりで文章を作ります。

 人はそれぞれ、こだわりやプライドがあるから、親切なつもりで発した言葉のつもりでも、受け取った側にとっては、何だかトンチンカンで気持ちが落ち込んでしまう言葉になっているかも知れません。
 (2012/5/23ブログ 「人の価値観はそれぞれ違う」 参照)

 結果的にそれは、厳しい言葉で言えば、思いやりが足りなかったという事なんだと思う…

 その辺は、僕は臆病な位でちょうどいいんじゃないかと思うんです。
 偉そうな事言いつつも、僕だって失敗しているのかも知れません。

 言葉はその人の運そのもの…

 素敵な言葉を使って、もっともっと素敵な運をつかんでいきたいです。


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メールざんまい…

 今日は久しぶりの一日フリーの日…

 ここの所、ずっと毎日鑑定が入っていたり、いろんな用事があったりして、なかなかメールの返信が出来ずにいました。

 それでも、これは即返信しなければいけないと思ったものには、すぐに返信したつもりでしたが、やっぱりこの量のメールが来ると、うっかり漏れたりしますね…

 とっくに返信したつもりになっていたのに、実は返信していなかったりするから怖いです。
 メール処理を担当してくれる秘書が欲しいです(笑)

 もちろんメールの中には返信の必要のないもメールもあるし、スパムメールもそれなりにあります。
 村野先生の所ほど、多くはないけど…

  ほのぼの占い師 “村野大衡” スパムも進化する

 そうそう、なんかこれヤバいな… っていうフィッシングメールも来てました。

UC CARD ALERT
 セキュリティーに理由により、アカウントがロックされました。
 復元フォームはこのメールに添付されています。
 添付ファイルをダウンロードして開き、画面上の指示に従って下さい。
 ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
 この自動送信のメールメッセージに直接ご連絡はお止めください。
                       UCCARD_FORM.html


 だいたい僕、UC CARD持っていないし…
 なんだか良く分からないので、添付ファイルを見てみると、名前とかクレジットカードとか有効期限とかを書き込む欄があります。

 ものすごく怪しいので、ちょっと調べてみました。
 ちゃんとUCカードのホームページに記載がありましたね。

http://www2.uccard.co.jp/important/pop/phishing1310.html

 でも、よくよく さっきのメールの文章を読んでみると変です。
 最初の一行なんて 「セキュリティーに理由により」 になっているし(正しくは「セキュリティー理由により」)、UCカードさんが作った文章なら、こんなお粗末ではないですね。

 それに最後の文の 「直接ご連絡はお止めください」 も、絶対に変(笑)
 普通なら 「ご返信いただけません」 とかだと思うんですね。
 これはよっぽど、ご連絡してほしくないんでしょう…

 こういう変な事やってる人って、軽いイタズラ心もあるんでしょうし、「騙されてお金を撮られるヤツが馬鹿なんだ」 とか思っているのかも知れないけど、これシェレにならないです…

 だまされてお金を巻き上げられた人は、ただお金を失うだけじゃなくて、それによってどれだけ気持ちがズタズタになって、心が傷つけられるかという事も、ちゃんと知っておくべきです。

 そういうのって、僕は絶対人ごとにしたくないし、放置できない…

 もしも、UCカードさんや警視庁第2課の方がこのブログ読んでたらご提案ですけど、こういうメールの通報があったら、おとり捜査用のクレジットカ-ド番号をいくつか作って、バシバシ入力したらいいですね。
 その番号をアクセスしてくる人間が、犯人かもしくはその関係者ですから…
    とっくにやっているかも知れないけど…

 そして、「こういう犯罪の対策をしております…」 って、もっと大々的に広告をしたなら、犯人グループも下手にお金を引き出せないし、犯罪そのものの数も減ると思います。

 目標にすべきは、犯人の逮捕ではなくて、犯罪そのものが無くなって被害にあう人が出ないようにする事…
 犯人を逮捕した所で、こういう事をやる予備軍なんていくらでもいるからキリがありません。

 なんか、話それちゃいました…
    このメールのせいだ(笑)

 今日までのメールの返信、だいたい20通近くも溜めてました… 本当ゴメンナサイ!
     やっと3分の1終わった…

 心をこめて、引き続き返信します!

 もしも、「1ヵ月近くも待っているのに、返信が来ないぞ」 っていう人がいらっしゃったら、その時は懲りないで、どうかもう一回メールしてくださいね。


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目の前に壁が立ちはだかった時、人間の真価は発揮される

 またしても台風が、日本にやって来ているようです。
 九州地方や中国・四国地方にお住まいの方は、どうか警戒してお過ごしになってください。

 こちら関東地方では、まだ青空が広がっています。
 今日も僕は、時間に追われながら、充実した日々を過ごさせて頂いてます。

 すみません… 今、メールの返信かなり溜まってます。
 一気にやるので、皆さまもうちょっとだけ待っていてください…

 僕は今でこそ、こうして周りの人にも恵まれて、好きな仕事もできてますが、ここまでたどり着くまでには、人生の壁というものがいつも立ち塞がっていました。

 今思えば、かなりきわどいピンチも経験しましたね。
 もちろん、僕なんかよりも、もっとすごい壁を乗り越えられてきた人だっているでしょうけど…

 人間、目の前に壁が立ちふさがった時には、おおよそ二通りの道が用意されています。
 こういう時にどちらの道を選ぶかで、その人の真価が発揮される気がします。

 まず一つは、そこで思いっきり壁に向かって、精一杯の力で体当たりする道…
 そうすれば、場合によってはその壁を突破する事もできます。

 でも、壁を突破できるかどうかという事は、意外と重要ではなかったりします。
 なぜなら、思いっきり壁にぶつかっていった人は、例えその壁が例え突破できなかったとしても、ちゃんと人生では次のステージが用意されていたりするから…

 本気で壁に体当たりしたなら、この壁はどれくらいの力で突破できるかという事を、体が身をもって感じているから、もう一回体当たりすべきか、それとも別の道を探すかが自然と決められます。

 だから、思いっきりぶつかって行った人は、今はどんな状況であっても、確実に成功の人生を歩む事ができます。

 もう一つの道というのは、目の前に壁が立ちふさがった時、その壁に憎しみを抱きながら、自分に言い訳してそこで止まってしまうパターン…

 これは誰しもが、一度は経験があると思います。
 中には、しばらくそういう状態だったけど、気を取り直して前に進んでいったという人もいるでしょう。
 そうすれば、晴れて成功者の人生の仲間入りです。

 ここで問題なのは、壁にぶち当たった時に思い悩んで、できるはずの努力をやめてしまった事…

 壁と一口で言っても、分厚い壁もあれば、比較的突破しやすい薄い壁だってあります。

 僕が思うに、この壁の厚みというものは、それほど重要な問題でもありません。
 目指しているのが難易度の高い目標でも、素養があれば努力次第で成しとげる事はできるし、一見大した事のない問題だって、思い悩んで行動が滞ってしまったら、本人にとっては大変な障壁になる…

 これは僕の実体験から思った事ですけど…

 僕は18才の時、「ミュージシャンになってメジャーデビューして大成功する」 という一般常識から考えれば、かなり分厚い壁をかかげて上京し、それから10年以上も壁をぶち破ろうと努力していました。

 結局、僕はその壁をぶち破れなかった訳ですけど、当然世の中には、壁を突破して、成功をつかみ取っている人だっています。

 あの時、僕がその壁にありったけの力でぶつかっていたなら、おそらく3年ぐらいの間に壁を突破していたか、さもなくば自分に適性がない事に気づいて、別の道を探すかしていたはずです。

 思いっきり壁に全力でぶつかっていたなら、脈があるのかないのか、自分でもおのずとわかるものです。
 これは恋愛なんかでも、同じ事が言えるかも知れません。

 ところが考えてみれば僕は、18才から30才まで、そんな努力を10年以上もやっていました。

 あの時の僕には、それ以外の道が思いつかなかったというのもありましたけど、後から考えてみると、あの頃 僕は全力で壁にぶつかってはいなかった…
 もちろん、その時は全力でぶつかっているつもりでいましたけど、今思えば60%ぐらいの力でしかなかったですね。

 残りの40%のパワーは、与えられた環境に対する不満とか、自分の邪魔をする(ように当時思えた)人に対する怒りとかに持っていかれていたんです。
 要するに、人や環境のせいにして、言い訳して自分を正当化していたんですね。

 こういう状態だと、まだ余力が残っているから、例え壁に体当たりを続けても、完全燃焼できません。
 そしてあの頃は、囚われた怒りによって、それ以外の道を探す事すらできずにいました。

 まあ 「ミュージシャンになって大成功する」 なんて、突拍子もない事を目指す人は、そんなに多くはいないでしょう。
 これはきっと、かなり分厚い壁です。
 でも、あんまりこの壁の厚みというものは、重要でない気がするんです。

 確かに目標をたやすいものに設定すれば、願いは叶いやすいです。
 厚い壁よりも、薄い壁を突破する方が、はるかに楽ですから…

 でも僕が思うに、本当に大切なのは、この壁に対してどれだけ本気で努力し続ける事ができるかだと思うんです。

 だから、いい加減に努力していて結果だけが手に入ってしまう事は、その時は確かに良いかも知れないけど、僕はあまり価値のある事ではないんじゃないかって思うんです。

 それだと、人間としての深みも出ない…

 僕がこれを確信したのが、たまたま東進ハイスクールの林修先生の 「あすなろラポ」 っていう番組を見た時です。

 林修先生って、「いつやるか… 今でしょ」 のイメージばっかりが先行していたので、「ただ運よく売れちゃった人」 というくらいにしか思っていなかったのですが、これを見て僕は、林修先生の人となりに感銘を受けました。

 これこそが、失敗をして挫折をして追いつめられて、それを乗り越えてできた裸の人間の魅力だと思いました。

 あすなろラボ 林修先生vs不良
 http://www.youtube.com/watch?v=5Qo_belSLQc

 これはかなり視聴率が良かったらしいので、ご覧になられた人も多いかと思いますが、お時間がある人は、是非ご覧になってみてください。

 この中で林先生の言葉で、特にいいなって思えたのが次の言葉…

 「正しい場所で正しい方向で十分な量 成された努力は裏切らない」

 まさに、これは真理です。
 でも残念ながら、正しい場所がどこかなんて、ぶつかってみなければわからない…

 もちろん占いというもので職業の適性を出す事はできますけど、そんなの関係なく、もしも本当にやりたい事があるのなら、あきらめがつくまで全力で言い訳をしないでぶつかっていけばいいと思うんです。

 全力でぶつかったなら、夢が叶うか、それともスッパリあきらめられるかのどちらかになる… でも、仮にどちらであったとしても、それは大きな未来につながる…

 目の前に壁が立ちはだかった時、人間の真価は発揮される…

 人の言いなりになって、自分の生き方に妥協するんじゃなくて、自分の決めた道を、自分で全て責任を取りながら、言い訳しないで真正面からぶつかっていった時、貴方の未来の道筋には、輝かしい太陽の光が降り注いでいるはずです。


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滴天髄 ~遠い過去の師からのメッセージ~

 半月ほど前 東京オフィスに、福岡の四柱推命の権威である鈴木基弘先生から、一冊の本が心のこもったお手紙とビール券と一緒に送られてきました。

 鈴木先生とは、以前よりお手紙をやり取りしていたのです。
  返信、遅れていてごめんなさい。 もうちょっとだけ待ってください(^^;;

その本とは、滴天髄全訳精解
 (鈴木基弘著・東洋書院刊/2400円 + 税)


滴天髄全訳精解 滴天髄(てきてんずい)とは、四柱推命を習った事がある人なら、一度はその名を聞いた事があるであろう推命学のバイブルです。

 その著者は、朱元璋(洪武帝)を類いまれなる才智で助け、明王朝の建国を実現させた宰相・劉基(りゅうき)です。

 かの羅貫中が書いた 「三国志演義」 に登場する天才軍師・諸葛孔明の人物像は、この劉基をモデルにしたのではないかとも言われています。

 そして、この劉基が記した滴天髄こそが、四柱推命の中のバイブルと呼ばれる唯一無二の原書です。

 とは言っても、オリジナルの滴天髄というのは発見されておらず、現存している評注書によってのみ、その原書の内容を知る事が出来ます。

 主だった評注書と言えば、陳素庵(ちんそあん)の 「滴天髄輯要(てきてんずい すうよう)」、任鐵樵(にんてっしょう)の 「滴天髄闡微(てきてんずい せんび)」、徐楽吾(じょらくご)の 「滴天髄補注(てきてんずい ほちゅう)」なんかです。
   いきなり、マニアネタ  (占いブログらしい…)

 それぞれ原文があって、それぞれの評注者の評注が載っています。
 同じ滴天髄であっても、評注者によって多少ニュアンスが異なっているみたいです。

 僕も8年前に、一度は滴天髄を熟読していますが、これを参照しながら命式を占う事はしませんでした。

 というか… 滴天髄って、四柱推命の真髄というべき内容が、簡潔に、ただし漠然と書かれたような本なので、実践鑑定にそれを参照しながら使うタイプの原書でもないんです。

 その漠然とした文章に、著者が何を言おうとしているのか思いを馳せて、そこには直接述べられていない、行間にある何かをつかみ取っていくしかないんですね。

 僕は今回、鈴木先生からこの御本を送って頂いたのを契機にして、どんなに忙しくても、寝る前に1ページは読もうと頑張っていました。

 この本の元となった評注本は、台湾で発見された、詹顯宇という人物によって記された明朝時代の本ですから、今まで最も古い評注本とされていた清朝時代の 「滴天髄輯要」 よりも、さらに古い本という事になります。

 それにしても、こうして改めて滴天髄にふれてみますと、本当 四柱推命学士として忘れかけていた様々な事に気づかされます。

 遠い過去からの、全ての推命学士の師である劉伯温(劉基)からのメッセージ…

 よく四柱推命は、吉凶を明確にする占いだと言われます。

 たまに占い師で、「来年から2年間は忌神が巡るので凶です」 とか 「貴方とご主人とは、相性が最悪なので別れた方がいい」 とか、そういう事を何の解決策も示さないで平気で言う人がいます。

 僕、今まで気づかなかったけど、この滴天髄を読むとちゃんと書いてあったのですね。

 通天論 地道の評注には、

 地有剛柔 故五行生于東南西北中 …
 有偏全之不一 故吉凶定于此

 という言葉があるんですけど、僕はこれを 「十二支には質があって、その配合によってできる五行の偏りで吉凶を見ていく」 程度のニュアンスで捉えていました。

 でも、鈴木先生のこの文の解説には、「命式には個性剛柔があり、たとえ同一命式でも、吉凶は同一ではない」 と記されていたのです。

 これはまさに目からウロコでした。

 当然ながら、その事にはうすうす気づいていましたけど、まさか明の時代の滴天髄の評注本にも、それがきちんと記されていたとは…

 四柱推命には、もちろん吉凶というものも一応存在はするし、それを算出していく事もできます。
 でも、それはちょっとした工夫で変えられるものです。

 滴天髄にだって、吉凶の見方なるものは書いてあります。
 でも、鈴木先生が本の中で解説を加えられていましたが、これは道徳論として書かれている部分が大きい…

 そして、「日常の堅実な訓戒生活で回避できる」 と、言葉を結ばれていました。

 まさにその通りだと思います。
 だいたい四柱推命というのは、その為の学問なんですから…

 足りない星があって、命式のバランスが悪くなっているのなら、意識をしてそこを補えばいいんです。

 改めて滴天髄に触れて感じたのは、占い師というのは、ある程度 人生の哲学というものを持っている必要があるのかも知れない… という事でした。

 でないと、人の人生を、軽率な言葉で振り回す事になる…

 僕はこの本を繰り返し読んで、己のまだまだ至らない哲学を、もっともっと練磨して行こうと決めました。


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楽中苦あり、苦中楽あり

 秋もすっかり深まってまいりました。
 いつも鑑定に使っているファミレスまでの通り道の脇に、キンモクセイの花が咲いていました。

  キンモクセイ

 とってもいい香り…

 イチョウの葉が散っていく並木道を歩くのもロマンチックですけど、ぎんなんの香りはやっぱりロマンには程遠い… そこの所、このキンモクセイの香りは最高です。

 移ろう四季はそれぞれに味わいがあって、過ぎていく時間の速さを感じます。

 最近僕は本当に時間に追い立てまくられています。
 何でこうなのかな… って考えたら、かなり無謀なスケジュールを自分で入れちゃうからなんですね。
 やっと、それに気づきました(笑)

 でも、こうして忙しくしていると、スケジュールとスケジュールの合間のこういう花の香りをかぐ ひと時に、本当に安らぎを感じます。

 忙中閑あり… とはよく言ったものです。
 忙しい中の閑(ひま)は、本当に味わい深いです。

 楽中苦あり、苦中楽ありとも言います。
 楽しい事をしている時に、なんか言いようのないもの悲しさをふと感じる事があります。
 かと思えば、一生懸命頑張っている時には、苦しいけどなんだか心が充実感に満たされている…

 子供時代には、夏休みは楽しいけれど、8月20日ぐらいになると、「あともうちょっとで始業式かよ」 みたいな寂しい気持ちによくなったものです。

 逆に、もうすぐお正月が近づいてくると思うと、年末の忙しい最中に、最後の仕事の追い込みに追われていても、何だか楽しい…
 不思議なものです。

 人生というのは、自分の思った通りには概していかないものですけど、それだけに何があるか分からないという醍醐味がありますね。
 これが不安だという人もいるけれど、むしろ僕は先が楽しみで仕方ないです。

 楽しい事がやってきたら、それをありのまま楽しめばいいですし、苦しい事がやってきたら、その中で希望を感じながら春を待つように楽しめばいい…

 楽中苦あり、苦中楽あり…

 楽しい事も苦しい事も思いっきり楽しんで、有意義な人生を送ろうではありませんか。

 P.S.
 今日、南の島タヒチへ大吉方旅行に行かれたYさんから、おみやげのチョコレートと石けんがが届きました。
 タヒチは、フランス領 です。 一応パリブログなので、ここ強調…

タヒチのおみやげ これ、チョコレート一粒一粒が、パリの画家ゴーギャンの絵になっているんですね。

 ゴーギャンの絵というのは、のちに精神を病んじゃったゴッホとは対照的に、すごく開放的で陽気なのが特徴です。

 ゴッホといろいろあって(精神を患っていたゴッホはゴーギャンへの当てつけの為に、自分の耳を切り取った)人生に疲労困憊したゴーギャンが安らぎを求めた地が、南国の小島のタヒチだったという訳です。

 このチョコレートを食べたら、僕もなんだか、タヒチに行ったような気分になりましたよ~(^^)
 Yさん、本当にありがとうございました!


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物の価値は何かと比べるとわからなくなる

 今日の千葉は雨…
 住んでいる地元の八柱にあるファミレスとカラオケボックスで、今日は2件の鑑定をやらせて頂きました。

 最近はありがたい事に、常に忙しく時間に追われている状況なので、鑑定の合間のわずかな時間に、イトーヨーカドーで食料を買い出しに行きます。

 もう、何を買うかなんて迷っているような余裕はないですね。
 早足で道を歩きながら、頭の中で買うものを決めておいて、あとはそれを買い物かごに入れて、急いで一番空いているレジに並ぶだけです。

 でも、ついつい目に入っちゃいました…

 ORANGINA(420mℓ) 88円

 …88円って、どう考えても安すぎます(笑)

ORANGINA150円 だってこれ、自販機でこうやって1本150円で販売しているんですから…

 僕は去年パリから帰ってきてからというもの、頻繁にこのジュースを自動販売機で買って飲んでいました。

 なんかこれ飲んでいると、パリで過ごした素敵な時間を思い出すんです。
 (2012/4/5ブログ 「ムッシュはつらいよ~『プチ・フランス語講座』」 参照)

 家の冷蔵庫で麦茶を作るようになってからというもの、すっかりご無沙汰していたのですが…
 「88円」 と聞いて、思わず10本ぐらい衝動買いしそうになりました。

 だって、安いんですもん…

 でも、そこまで考えて、ふと本当にこれは安いのかな… という思いがよぎりました。

 なんで安いって思ったかというと、いつもは150円だと思っていたものが88円で売っていたからに過ぎないんですね。
 家で作った麦茶を飲む事を考えたら、88円だって高い…

 なんか今日のブログ、みみっちい話になっちゃってますけど(笑)

 実はここに、人生の全ての事において言える真理があると思ったのです。

 よく、印鑑商法とか、壺を売っている詐欺師が使うトークで、
 「この壺は本当は150万円の価値があるんですけど、特別にお客様には、誰にも内緒で5万円で売ってあげましょう」
 というやつがあります。

 こんな見えすいた嘘にだまされる人なんていないだろうと思いきや、やっぱり買っちゃう人がいるらしい…
 得をしたいという欲に惑わされて、何も見えなくなっちゃうんですね。

 物事の価値って、相対的に何かと比べるとわからなくなってしまいます。
 でも大切なのは、「本当にそれが必要かどうか」 です。

 例えばアフリカのサハラ砂漠で、水に飢えて死にかけている状態だったら、例え水1ℓが100万円だったとしても安いです。
 それで命が助かって生き永らえるのだから、その水で得た、自分の残りの人生の時間と同じ価値があります。

 逆に自分にとって不必要なものは、10円だって高い…

 まあ、そう言いつつも、ORANGINAは価値があって美味しいので、1本だけ買っちゃいましたけど(笑)

 物事を相対的な価値観ではなく、自分の絶対的な価値観で見られるようになった時、貴方は人生で本当に欲しいものを手にする事ができるでしょう。


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淋しさはぬくもりの為に、悔しさは未来の為に

 今日はなんか肌寒い一日でした。
 こうやって占い師として、お客様を鑑定させて頂いて、中には遠い場所から鑑定にお越し頂くお客様もいらっしゃたりして、本当にご縁に感謝しています。

 鑑定が終わった後、ふと僕は、ちゃんと鑑定料以上のものを、お客様に与える事が出来たかな… って不安がよぎる事があります。

 鑑定を受けて頂いたお客様の未来がちゃんと幸せなものになるか… 正しい道を歩む人生になるか… それはある意味、鑑定師の責任でもある気がするんです。

 僕、時々今までの自分の人生を振り返る事があります。
 生まれてから今に至る、もう40年以上の人生…

 いろいろな事がありました。
 思い出すと、感慨深くなりますね。
 楽しい事も山ほどあったけど、悲しい事もあったし、悔しい事もありました。

 これはもう全部宝物ですね。
 人は誰でも、悲しい事や苦しい事、辛い事や悔しい事なんて出来れば味わいたくないと思うものですけど、これって全て幸せになる為に存在するんだと思う…

 悲しみを味わって淋しさにいたたまれなくなるから、人に優しくなれて温もりを与えられると思うんです。
 淋しさって、恋愛の幸せの持続力につながると思う。

 素敵な恋人ができて、最初はみんな幸せな気持ちになりますが、やがて時間が経つと、それが当たり前になって、だんだんと不満が出てくるものです。そして、相手に冷たく当たったりする…
 それって、淋しさの経験がちょっぴり少なすぎるからかも知れません(笑)

 淋しさをうんと体験すると、素敵な恋人がすぐそこにいる事に本当に感謝できるし、いつも幸せを感じていられるようになる…

 悔しさを味わっていたたまれなくなるから、人は奮起して向上していくのだとも思う…
 そして、その先に素敵な未来が生まれます。

 例えそれが、みにくい嫉妬心であったとしても構いません。
 人生がダラダラして、何もやる気がしないような人は、ひょっとしたら悔しさの経験がちょっぴり不足しているからかも知れない…

 そして、とっても幸せな気持ちを味わう事も大切です。
 辛い目にあって落ち込んでいる若者に、
 「俺なんてもっと辛い経験をしているんだぞ。甘ったれるな」 なんて言っちゃう優しくない大人は、辛い経験はしてきたかもしれないけど、幸せをちゃんと味わった事がないのだと思うんです。
 
 だから心がひねくれちゃって、人に優しくなれない。
 辛い経験をした後には、思いっきり幸せな気持ちを味わうのがいい… そうすると人は優しくなれて、人生経験の少ない若者にも、素敵な言葉を掛けてあげられるようになると思うんです。

 淋しさはぬくもりの為に、悔しさは未来の為に…

 人生で起こる全ての感情は、よりもっと幸せになる為にある。
 感じる事を恐れずに、これからも歩み続けようと思います。


 P.S.
 以前に、「タロット講座 ~小アルカナ編~」 を受講してくださった渡部先生が、ついに新宿の占い師としての本格的な活動される事になりました。

 渡部明彦先生は、とてもお優しい先生ですが、それは人生の中の様々な経験によって裏打ちされている本物の優しさだと思います。

 渡部先生、いよいよ本領発揮の時がきましたね。
 心より、応援しております!


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心のキャンパスに具体的に描かれた夢は叶う

 なんか… 溜まっている仕事のドロ沼に、ズブズブと沈んでいっている気分です。
 とっても心地よいので、このまま溺れようと思います(笑)

 ミュージシャンを目指していた頃、丁度あれは19才くらいだったと思いますが、ある映画監督をやっている先生に、夢をかなえる為に毎日欠かさずやると良いという事を教わったんです。

 3年間ちゃんとやり続けたら夢は叶う… って、その時言われました。

 それは夜寝る前に、毎日ノート1ページにでっかい文字で、例えば 「オレはミュージシャンだ」 って書いて、その横にはその日に自分が努力した事を書きそえる。
 例えば、発声練習したとか、作曲をしたとか…
 そして、そのノートを毎日枕の下に敷いて寝るというもの…

 これ、「オレはミュージシャンになる」 じゃダメなんです。
 あくまでも 「オレはミュージシャンだ」 と書く事が大切…

 僕はこれを3年間の間、本当に一日も欠かす事なく真面目に続けました。
 たまにバイトとかで徹夜になりそうな時でも、ノートを枕の下に敷いて寝るという行為をやりたいが為に、10分ぐらい明かりを消して、ノートの上に置いた枕をして横になってました。
 本当、こういう事は病的なくらい几帳面でしたから(笑)

 で、はたして3年後の22才にミュージシャンになれていたかというと、残念ながらダメでした。
 まあ、当たり前ですけどね…

 なぜなら僕は、「3年間ノートを書き続ければ夢は叶うんだ」 という都合のいい話を信じて、ノートを書く事で自己満足をしてたんです。

 確かにそのノートに書いたように、発声練習も、作曲も、時には曲の売り込みも、毎日何かしらの努力らしき事はしていました。
 でも、それって結局、ノートに文字を埋める為にやっていたんです。

 誤解のないように書くと、この方法は、自分の理想の姿を紙に書いて意識する事で、そこへ向かうプロセスの為の行動を起こす事を目的とした、心理学的にもかなり有効なアプローチです。

 ただし、あくまでもこれは夢を叶えるための手段であって、「サブ」 ではあっても、「メイン」 ではない…
 こういう手段そのものが 「メイン」 になってしまった途端、悲しいかな 「ミュージシャンになる」 という目標が 「3年間ノートを書き続ける」 という目標に入れ替わってしまうんです(笑)

 僕にとって、3年間休む事なくノートを書き続ける… という目標は確かに叶いました。   悲劇…

 これはあらゆる事に対して言える事です。
 世の中には目に見えない存在が運を開くきっかけになる事はたくさんあるし、その影響力は思いのほか甚大ですが、あくまでもメインにしなければならないのは、現実的努力です。

 例えば、結婚運が開く大吉方旅行をしたなら、ものすごい運を授かる事は確かですけど、それだけで満足して現実的な努力をせず、家に閉じこもって外出しないような生活を送っていたら、当然運は開きません。

 結局、手段というものにすがっちゃったらダメって事ですね。

 僕の場合、残念な事にミュージシャンになるという夢は叶いませんでしたが、本を出版するという夢は叶える事が出来ました。
 今回は別に、毎日寝る前にノートに書いて枕の下に敷いて寝ていた訳ではありません。

 でも僕はその代わり、いつも心のキャンパスには自分の本を描き続けていました。
 それもかなり具体的に…

 僕は第九章まである本を書くのが夢だったんです。
 1~9までの全ての数字を章にしたかったから…
     くだらない理由(笑)

 いつも電車に乗っていても、第一章はこんな風にして、第二章はこんな事書いて、第六章は自分のオリジナルの内容を書いて、最後の第九章には徳川家康の事を入れよう…

 って、ノートも何もなくても、全部頭の中に思い描いていました。
 常日頃から暇さえあれば、ものすごく具体的に構想というか、妄想をしていたんです(笑)

 人や不思議なノートの力に依存をする事もなく、出版社にアポを取ったりとか、いろんな現実的な努力をしている内に、お世話になっている社長が今回のお話を持ってきてくださったんです。

 夢を叶えるためには、心のキャンパスに具体的に描いて、それに実現する為に行動する事…
 そして行動しながら、そのキャンパスの構想を微調整していく…

 いつしか、それが現実になっている日もそう遠くはないはずです。


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ストレスの上手な乗りこえ方

 今日の関東地方は、シトシトと雨が降っていました。
 個人事業主で、しかも在宅ワーカーが便利なのは、こういう時にも一切外に出かけなくても仕事ができる所です。

 僕は、朝から山のように溜まった仕事をこなしていました。
 鑑定の準備をしたり、ホームページや資料を作ったり、講座のDVDを焼いたり、メールを返信したり…
 楽しくて、やりがいのある仕事ばっかりです。

 こうして好きな仕事で生活が成り立っていて、僕は本当にどれだけ感謝しても足りないくらいです。

 でも、ちょっとだけ今ピンチです。
 いや、かなり仕事が遅れまくっています(笑)
        メールの返信、もうちょっとだけ待っててください(^^;;

 よく、仕事でストレスが溜まっている… などと言います。
 ひどい場合には、そのストレスが精神疾患につながる事だってあります。
 僕も今までの人生、いろんな仕事を経験してきたので、その気持ちはすごく良く分かります。

 不思議な事に同じ仕事をしていても、ストレスを溜めてしまう人と、そうでない人がいます。

 すごくハードなきつい仕事をしていても、あんまりストレスを感じていない人もいれば、人から見たら うらやまれるような仕事をしていても、ものすごくストレスを感じる人もいます。

 僕はきっと、ストレスの原因は、仕事そのものではなく、「こうあって欲しいのに、そうならない」 という不満とか 「こうあって欲しいのに、そうならないかも知れない」 というような不安から来ているような気がしますね。

 これは仕事に対するこだわりや責任感の表れでもあったりするから、必ずしも悪い事ではありません。

 でも、こういうのが強すぎると、やっぱり生きづらいです。
 だから、ほどほどがいい…

 よく、仕事でストレスを溜めて、周りの関係ない弱い立場の人に当たりちらしているような人がいます。
 しかも、「そうやってストレスを発散しないと病気になるんだ」 とか、自分を正当化している人…

 こういう人は僕から言わせると、最低ですね…
 僕は、自分がこういう人間になってしまうくらいなら、まだ病気になる方を選びます(笑)

 周りに当たりちらして自分はそれでいいかも知れないけど、こういう人の周りはいい迷惑で、この人のお陰で確実にストレスがたまります。
 言ってみればこれは、自分のストレスを人に押しつけているような最悪の行為です。

 それでもやっぱり、ストレスで病気になってしまうのも良くない…

 仕事でストレスを溜めこまないようにするには、僕は、目の前の結果に一喜一憂し過ぎない事が大事なんじゃないかなって思うんです。

 これは、仕事を手抜きするのとは違います。
 与えられた仕事は、自分が出来る範囲でちゃんと一生懸命やる…

 でも、例えその結果が思い通りにならなくても、多少 意にそぐわないような事が起きたとしても、それに固執しすぎない事が、ストレスを溜めないテクニックのような気がします。

 その為に必要なのは、精一杯仕事をやったなら、結果はどうあれ 「これで良かったんだ」 と思えるような神経の図太さですね(笑)
 もちろん、客観的に自己反省もできれば、さらに理想ですが…

 面白いもので、人生というのは目の前の結果だけが全てじゃないです。

 例えば、メールの返信が遅くなればなった分だけ、より内容の深いメッセージを思いつく可能性だって増えます。

 例えばケアレスミスをして、もう一度その仕事をやり直す事によって、内容がうんと深まって思わぬ拾いものをする事だってあります。

 その仕事の結果の先に何があるかなんて、まるで見当もつきません。

 だから目の前の仕事を一生懸命やったら、結果に囚われすぎないで流れにまかせてしまうのがいいです。

 仕事を一生懸命しているにもかかわらず、その職場にいられなくなってしまったら、そこから飛び出すという選択肢があってもいい…
 新しい職場で、見違えるような幸せな人生が待っているかも知れません。

 人生って面白いです。
 そして、どうせ一度は死んでしまう。

 だから、何事にも囚われないで、ワクワクドキドキしながら思いっきり楽しもうではありませんか。

 P.S.
sunaga.jpg お世話になっている社長から誘って頂いて、I さんご夫妻と一緒に、下北沢のダイニングバー 「sunaga」 に行ってまいりました。
 ここは本格的なフランス料理のダイニングバー…

 素敵な音楽に、大人の雰囲気が漂った落ち着いた店内に、味わい深い前菜とメインディッシュ…
 それに何といっても、オーナーが注いでくれる辛口のワインの味が最高でした。

 下北沢の駅前の雑踏を少し離れた場所にある、素敵な隠れ家的なお店です。
 デートスポットとしても、とってもおすすめですね(^^)


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