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浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

秋、深まる

 早いもので、9月も今日で終わり…
 それにしても、何でこんなに時間が早いんだろ… って思います。

 モタモタしていると、やる事がどんどん溜まっていきます。
 ただもう必死になって、目の前の仕事を悪戦苦闘しながら こなしているのですが、なかなか前に進みません。

 何でなのかなって考えたら、僕って、無駄な作業ばっかりやっているような気がする(笑)

 この前、内田和男先生にアドバイスを受けて、今日、四柱推命の講座の動画をホームページに貼り付けようと思ったんです。
 でも、今までそんな作業なんてやった事ない…

 とにかく、昨日の夜から必死になりながら どうやって進めたらいいのかサイトで調べていました。
 あるサイトには、動画を編集するには、MTSという拡張子はMPEGという拡張子に書き換えてから編集をし、Youtubeにアップロードするって書いてありました。

 そこで、その作業をする為の動画変換フリーソフトをパソコンにインストールする事にしました。

 ところが、フリーソフトのダウンロードの画面に入ったら、ウインドーが英語表記しかされてないんです。
 しかも、やたらと長い英文メッセージのポップアップが開いて、その下に 「OK」 と 「Cencel」 のボタンが…

 いやあ、これには参りました。
 まだフランス語だったら、良かったんですけど…  ウソです

 英文わざわざ調べるの面倒くさいし、「OK」 ばっかり押しておけば何とかなるだろう… って思って、どんどん 「OK」 で先に進んでいって、ダウンロードされたプログラムをインストールしてみたら、動画変換ソフトじゃなくてレジストリ最適化のソフトかなんかだったらしくて、ソフトが勝手にパソコンの最適化を始めました(笑)

 しかも、英文字ばっかりで止め方がわからない…

 デスクトップには、なんだか訳の分からないショートカットがいっぱい増えてるし…

 こんな所で無駄な作業やっている場合じゃないんだ… って焦りながら、全部のページを閉じてパソコンのブラウザを開いてみたら、なんと、勝手にトップページが、英文字のゲームサイトに替わっているではありませんか…

 人生、もう疲れました(笑)

 気を取り直して、訳の分からないソフトを全部アンインストールして、もう一回チャレンジしました!
 目的のフリーソフトの動画変換ツールは、どうやらお試し版だったらしくて、機能が限定されていてまるで役に立ちませんでした。
 しょうがないので、その場で正規版をクレジットカードで購入しました。

 それで、ここが一番のオチですけど、いろいろと詳しく調べてみたら、そんなソフトをインストールして動画変換をしなくても、そのまんま動画データを編集して、Youtubeにアップロードできました。    つい30分前に、アップロード成功…

 一体、今までの苦労は何だったんだ~

 無駄な時間をかけて、手間をかけて、お金をかけて…
 そんな作業をしなくても、本当は目的を果たせたのでした。

 だけど、僕、人生はこういう無駄がいいんじゃないかなって思うんです。
 いや負け惜しみじゃなくてですね(笑)

 何でもすんなり行っちゃったらつまらないです。
 そして、実はこういう失敗から学んでいる部分って、すごく多いと思う…

 こうやって壁にぶつかって、思考錯誤しながら乗り越えていく…
 これでもう、僕は晴れて、動画をYoutubeにアップロードできるようになったんです!
      それって、自慢するほどの事じゃないから(笑)

 秋、深まる…
 時には人生には回り道もいい。

 さて、ホームページの作業はもう明日にして、少し読書でもしてから、寝るとしますか。
     今日から 鈴木基弘先生の 「滴天髄」 を 読むぞ…


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クヨクヨしないで前を向く…

 今日も朝の太陽が気持ちいいです。
 おだやかな暑くも寒くもない、忙しい一日が始まる… 頑張って行かなくっちゃ!

 お客様の対面鑑定をさせて頂く時とか、一旦、仕事モードになった時には、僕は完全にそれに集中しています。

 でも自分の時間に、ふっと我にかえった時、自分ができなかった事や、失敗したなって思った事が、いつまで経っても頭の中に駆け巡っていますね。

 外はこんなにいい天気なのに…
 やっぱり僕は、基本的にネガティブなのかも知れません。
        おいおい…

 どんなに睡眠不足でも、朝から何も食べていなくても、気持ちがスカッとしている時は、不眠不休で仕事を続けても平気です。

 でも、ちゃんと自分の仕事をやりきれなかったな… って感じた時に、どうやら気持ちが立て直せなくなるみたいです。

 あの時、もうちょっとこうやっていればとか…
 なんでちゃんと時計を見ていなかったんだろとか…

 いつまでも、取り返しのつかない事を気にしています。

 これは、仕事に対する真面目さとか、仕事へのこだわりとか、決してそういう立派なものではありません。

 自分の感情に囚われて勝手に苦しんでいるだけで、冷静に自分を突きつめて、根底に何があるんだろうって考えたら、やっぱりエゴですね。

 まあ、その根底にあるものがエゴだとわかっても、そこから抜け出せないから、始末が悪いんですけど…

 いやもっと言えば、抜け出せないというのも偽りで、好きで抜け出さない自分がいますね。
 どこか、悩んでいる事によって自己満足している自分が…

 ところが、根底にエゴがあるにもかかわらず、こういう自己満足に浸っていると、次々と悪循環にハマっていきます。

 昨日の 「四柱推命講座」 では、僕は講座中にまるで時計を見ていなくて、気がついた時にはとんでもない時間になっていました。
 あれはもう本当に大失態です。

 でも、今考えてみると、もっと良くなかったのは 「失敗した」 という事に囚われて心があたふたして、最後の講座なのに、受講生の方と別れる時に、心のこもった挨拶ができなかった事…

 僕は心の中で、「クヨクヨしているのは立派な事ではないけど、ある意味、自分の勝手でしょ」 とか 「悪意がある事を思うのは良くないけど、そうじゃなければ心の中は自由にさせてよ」 とか考えていたけど、こういう心の中の思考って、やっぱり自分一人の問題じゃすまなくなってくるんですね。

 人と挨拶を交わそうとしても、クヨクヨモードに入っていると、気のきいた言葉一つ浮かんできません。
 せいぜい、悩んでいる事がわからないように取り繕うだけで精一杯です。

 じゃあ、誰もいない部屋の中で一人でクヨクヨしているのなら、誰にも迷惑を掛けないのかと言ったら、これも怪しい…

 発展的に上手に悩む(?)のなら、さらに心も豊かになってプラスになる事もあるけど、ヘタな悩み方をすると、そこからますます出て来られなくなります。
 そうなってしまった時、人に会った時だけ瞬間的に気分を切り替えるのって、案外難しいです。

 それに、悩みの中で悶々としていると、注意力が散漫になって事故にあいやすいですし、そんなんで怪我をしたら確実に人に迷惑を掛けますしね(笑)    食傷が多い人、気をつけて…

 とはいえ、ここで一番大切な認識は、「自分を苦しめる行為をするのは、やっぱり罪だ」 という事かも知れません。

 自分の事なんだから、どう思ったって構わないじゃないか… というのは、やっぱり間違いですね。
 (2012/4/22ブログ 「パリに行って変わった事」 参照)

 さてさて… 発展的に悩んでいたら、気分がすっきりしてきました(笑)
 これから早速、鑑定に出かけてきます!

 P.S.
かまぼこ 昨日、講座から帰ってきたら、九州のSさんから、かまぼこ と さつまあげのセットが届いていました。

 袋を開けて、このままムシャムシャ食べたら、とっても甘みがあって超おいしかったです。

 かまぼこ や さつまあげにも、いろんな種類があって、それぞれに味わい深い…
 これは僕、かなりお勧めです。
 
 串木野名産 勘場蒲鉾店

 Sさん、本当にごちそうさまでした!


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運も人生も計画的に…

 すっかり夜になるのが早くなった上に、肌寒くなってきました。
 季節が変わるのは早いもの… もうじき冬だって近づいてきます。

 「アリとキリギリス」 のお話じゃないですけど、寒くなる前に冬仕度をしてしまうのが、達人の生き方というものかも知れません。

 ちなみに、イソップ物語 「アリとキリギリス」 のフランス・バージョンである 「ラ・フォンティーヌ」 では、キリギリスの代わりのセミが登場します。

 あの話のエンディングはどうだったかというと…
 冬になってから、食べ物がなくて困り果てたキリギリスが、アリに助けを求めるんです。
 するとアリは、キリギリスに説教をするのですが、その後でちゃんとキリギリスにも自分の食べ物を分け与えてあげるというもの…

 ところがフランス版イソップ物語の、「ラ・フォンティーヌ」では、キリギリスの代わりに登場するセミに対して、アリは決して同情をしません。
 「セミ君は夏は歌い続けていたんだから、冬は外で踊り続けていたらいいよ」 って言い放って、物語は終わりです(笑)

 
 僕は今日、「四柱推命講座<初級編>」 の最終講座だったのですけれど、時間配分がとてもまずくて、最後になって失敗をしてしまいました。

 本当は最終講座ぐらい、時間に少し余裕を持って、積もる話もしたかったのに…

 もっと最初から、ペースを飛ばしておけばよかったのですが、後悔先に立たずです。
 初級編の受講生の皆様、本当に申し訳ございません。

 僕は何をやるにも、最後になって時間が足りなくなってしまいます。
 講座の時も、本の原稿の提出も、このブログだってそうです。

 本当に何事も計画性が無くて… 穴があったら入りたいです。

 講座が終わって、初級編の受講生でもある内田和男先生と、近くのガストでお茶を飲みながら、人生の計画性について語り合いました。
 というか… 内田先生からいろいろと教わりました。

 一人一人のお客様に対して、もっとちゃんとアフターフォローしていく必要性とか、インターネットを使った集客の方法とか、たくさんの事を教えて頂きました。

 僕も内田先生の話を聞いて、ある一つのプロジェクトをやってみようと心に決めました。
 また準備が出来たら、このブログでも発表します!

 いつも僕は、先を見すえた上での面倒な仕事を避けて、常に目先だけの事に囚われていました。

 たまたま運だけに支えられてここまで来られたのですが、考えてみれば運にだって限りはあります。
 だからこそ、ちゃんと後先を考えた計画性を持つ事で、今ある運を最大限に活かす事ができます。

 運も人生も計画的に…

 人生の冬支度も億劫がる事なく、今の内からやっておこうではありませんか。


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時にはクールな優しさもいい

 暑い毎日が続いていると、ついこの間まで思っていたら、今日は少し肌寒いです。
 すっかり秋ですね。

 四柱推命では、秋は金の五行が支配します。
 だから、秋はクールでファッショナブルな季節なのかも知れません。

 人は辛い事があったり、傷ついたりした時は、普段よりも優しさや温もりがうんと身にしみるものですけど、傷ついている人に優しい言葉を掛けるのって、意外と難しいです。

 やっぱり、同じような経験をしていて、かつその時に同じような痛みを感じていないと、言葉そのものが軽薄になって、かえってその人を傷つける結果にもなりかねません。

 僕が18才で上京して、ミュージシャンになる為の学費や生活費を稼ぐ為に、あるアルバイトの面接を受けた時の事です。

 僕の提出した履歴書に、未成年者の保護者の家族構成を書く欄があったんですけど、それを見た面接官の人が、母親の所が空欄になっているのを見つけて、「君、お母様はいないの?」 って聞かれました。

 「先日、他界しました」 って答えたら、「若いのに可哀そうにね~」 って、わざとらしく泣きまねをされました…

 この面接官の人は、とてもいい人で全然悪気はないんですけど、この時僕が感じた気持ちは正直 「なんか、ムカつく…」 なんですよね(笑)

 そのまま昔 流行っていたドラマのノリで、「同情するなら、金をくれ」 って言いそうになりました。   ウソです…

 あの頃の僕は、いろいろなドロドロした感情や心の問題を抱えて、母の死というものにすら正面からちゃんと向き合えていないような状態でしたから…

 こう言う時の言葉って、本当に難しいです。
 どっちにしても、苦しみを味わっている人の気持ちって、他人が簡単に理解できるようなものではないと思う…
 実際の所、自分の事に当てはめて理解できているつもりになっていても、ちゃんと理解できているかどうかなんて怪しいものです。

 僕がまだ占い師になりたての頃、お客様から指摘を受けたのが、
 「うつ病の人に、『頑張ってください』 って言わない方がいいですよ」 というもの…

 うつ病の状態というのは、ただでさえ自分が頑張れていない事に自責の念を感じているので、こういう言葉はすごくプレッシャーになってしまう…

 僕も軽率だったと思いました。
 精神的に追い詰められた経験はかなりしているつもりでしたが、実際の所、うつ病そのものの経験がないので、それがわからなかったんです。

 つい最近、お亡くなりになられた二枚目俳優の竹脇無我さんは、うつ病の経験者で、自らの闘病記を書いた 「凄絶な生還、うつ病になってよかった」 という本をお出しになった事でも知られています。

 うつ病を発症して、仕事ができなくなってしまった事を周りに打ち明けると、当時竹脇さんが父のように慕っていた故・森繁久弥さんは、
 「そうか。人に会いたくないという病気があるのか…」
 と、竹脇さんに目を合わせる事なく、全く普通の態度で言ったそうです。

 こういうのが本当の優しさかも知れません。
 森繁さんは、うつ病経験者じゃないから、竹脇さんの苦しみそのものはわからない…
 だから、苦しみがわからない事は正直に語りつつも、竹脇さんの事を気遣った態度だったんじゃないかな… って思います。

 時にはクールな優しさもいい…

 竹脇さんが病院に入院していた時、森繁さんと、そして俳優の加藤剛さんからの心のこもった手紙が、本当に心の支えになったそうです。
 どちらの手紙も、さりげなくて押しつけがましくない、それでいて竹脇さんの事を、心から気遣った内容の手紙でした。

 森繁さんの手紙には、次のように書かれていました。

 (前略) 人間は泣いてばかりでは生きられない、また笑ってばかりでも生きられぬ (中略) 交互にやればいいでしょう。太陽にだってそれがあります。
 ましてや人間にだって   三月十日 久彌


 この手紙には、「君の苦しい気持ちがわかるよ」 なんて一言も書いてません。
 そんなのわかる訳がないし、人間は神様じゃないんだから、わからなくたっていいんです。

 それでも人としての優しさや思いやりがあれば、それはちゃんと伝わりますから…

 時に人には、誰からもそっとしておいてほしい時があります。

 そういう時に、過保護なまでに至れり尽くせりにするのが、本当の優しさとは言えないし、「どうしてほしいのか」 というのを問い詰めるのも、優しさではないと思う…

 そんなの単なる自己満足じゃないかって思うんです。

 時にはクールに遠くから見守っている優しさがあってもいい…
 必要な時にはすぐに飛んでいくから…

 お互いにおだやかに、つつがなく人生を生きていこうではありませんか。


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自分と向き合える内は運は上昇する

 僕の母親は、僕が18才の時に他界しました。
 僕が東京に上京して、初めてアパートを借りて一人暮らしをするという時、最後の力を振り絞って一緒に東京まで来てくれたんですね。

 おそらく相当に無理をしていたのだと思います。
 僕を東京に送り届けて岐阜に帰った後、体調の悪さに耐えきれなくなって、病院に行った時には癌の転移が進んでいてもう手遅れだったんです。

 あの頃の僕は、いつも憎しみに支配されていて、人間らしい心を持ち合わせていませんでした。
 とにかく、周りのものをぶち壊したいっていう衝動で生きていました。
 全てのものが歪んで見えたんです。

 あんまりあの頃の細かい記憶は、思い出せないですね。
 何か悪いものに取りつかれていたのかも知れません。

 今ふっと、一緒に東京まで来てくれた母が僕に言ってくれた言葉を思い出したんです。

 それは、
 「すべて自分が悪いと思いなさい。そうすればうまくいく…」 という言葉。

 あれから20年以上も経って、記憶も風化しているので、多少言葉のニュアンスは違っているかも知れません。

 その言葉を聞いた時の、僕の心を支配した感情は、
 「なんて自虐的な嫌な言葉だ。冗談じゃない… ふざけるな…」
 というもの(笑)

 この感情を、その時 母にぶつけたかどうかは、残念ながら思い出せません。
 もっともっと小さな頃の記憶は鮮明に思い出せるのに、この頃の記憶は本当に断片的にしか思い出せないんです。

 過去を振り返れば、僕は15歳ぐらいから、心が荒れまくっていました。
 とにかく病的なくらいに、被害者意識が強かったですね。

 いつも何かにつけ、復讐心というものに支配されていました。
 そもそも上京して、ミュージシャンとして成功してやろう… というのも、根底にはそんな不純な動機があったんです。

 あの頃は、「自分は悪くない。周りが悪い」 というのが基本スタンスだったから、「すべて自分が悪いと思いなさい」 なんて、ふざけるなと思った。

 お恥ずかしい話、やっと今、母親の言葉の意味が理解できました。

 実の所 つい最近までも、この言葉は別に腹を立てるほどのものではないけど、やっぱり自虐的で良くないな… って思っていました。
 「自分が悪い事だってあるだろうけど、何でもかんでも自分が悪いってしちゃうのはおかしい」 って思ったんです。

 やっと今わかったのは、母の言いたかった事はそういう事じゃなかったんだろうな、という事…

 多分、「自分というものに常に向き合って、知らず知らず陥っている心の雲に気づきなさい」 という事が言いたかったんじゃないかなと気づきました。

 地上から、きれいな満月を見上げている時、時々雲に覆われて月がぼやけてしまう事もあります。
 雲が途切れるかな… と思いきや、今度はもっと厚い雲に覆われて、光さえ見えなくなってしまう事だってある…

 それでも、月はそこから照らしている事には変わりないんですね。
 雲なんて地球の大気の一部だから、神話のように月が心変わりしちゃったって訳じゃないんです。
 すべては、自分の心が持たらせた幻影…

 人の心だって、調子の良い時と調子の悪い時があります。
 調子の悪い時でも、自分が今は本調子じゃない事に気づいて自重できる内はまだ良いです。
 そういう時って、知らず知らず暴走していますね(笑)
 何か人と話していても、つい感情にまかせて余計なひと言を言ったり、言葉が激してしまったり…

 運だって、どんなに一見低迷していても、自分と向き合える内は大丈夫です。
 少し痛い目にあったとしても、また元の場所に戻って来れる…

 本当に怖いのは、自分というものと向き合う事ができなくなった時…

 目の前の雑務やどうでもいい事に、自分のエネルギーを使い果たして、自分と向き合うのが億劫になってしまったり、逆に運気がどんどん良くなって、自分に自信を持ち過ぎて、そういうのを怠った時です。

 そんな時、一見飛ぶ鳥を落とすような絶好調の運気であっても、見えない所では すでに運の衰えは始まっていると思っていいでしょう。
     本当、身にしみます(笑)

 自分と向き合える内は運は上昇する…

 それができている間は、決して運気が下降する事はありません。

 思い通りにならない事は、いろいろな要因はあっても、やっぱりそこに自分に対する教えがある…

 ありがたく受け取って、明日からも頑張ります!


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心の傷にするか、ありがたい指摘にするか…

 今日、空きのDVDディスク(講座を収録して欠席した人に渡すために使う)を買いにイトーヨーカドーの文具売り場に行ったら、なんと、来年のカレンダーが売っていました!

 早いものです…
 考えてみれば、今年も残す所100日を切っているんですね。
 お宝期間ももうすぐです。
 年末の3ヶ月間ぐらいを 「お宝期間」 と言って、この時期には努力が何倍にもなって返ってくると、師匠が教えてくださいました。

 僕もここの所、ちょっと気がゆるんでいたので、ビシッと気を引き締め直して、事にあたろうと思います。

 それにしても、やっぱり内容の薄いブログを書くと、ランキングが一気にドサッと落ちますね。
 別にラインキングの順位を気にしている訳ではありませんが…     いや、キミなにげに気にしてるでしょ(笑)

 「人気ブログランキング」 の方、最初のページに載っていないから、どこ行っちゃったのかな… と思ったら、12位になっていました。
 いやむしろ、あんな内容の薄いブログを書いて、12位でいられる事自体がありがたい… 本当に感謝です。

 僕はもう、ランキングの順位に惑わされて、ブログを書こうとは思わないけど、あのランキングは一つの客観的な評価だから、真摯に受け止めて反省したいと思います。

 一生懸命書いた事が伝わらなくて評価が下がるのなら、それは仕方がないけど、今回のは明らかに自分が怠けて手抜きをした結果ですから…

 とは言っても、ブログの順位と、僕というものの価値は、全く別物だから、これで落ち込む事はありません。

 最近の僕は、そこの所がしっかりと割り切れる…

 ある程度責任のある立場に立って、部下とか子供とか叱らなければならない時、ここの所をしっかりとその人に伝わるように叱る必要があると思います。

 そうしないと、叱った相手の心を深く傷つけて、ダメにしてしまう事もあるから…

 だから感情的に暴走して、自分の怒りすら制御できないような人は、そういう人を叱るような責任ある立場につかない方がいいです。

 相手の心をズタズタに傷つけて、あげくの果てに自分も逆恨みされるのがオチですから…

 これは人に対して厳しい事を言ってはいけない… という意味ではありません。

 例え強烈に厳しい言葉でその人の行為を否定したとしても、その人の人格は決して否定しない… これが大事だと思うんです。

 例えば、松井秀喜選手のお父様は、前にもブログで書いたように、時々かなり厳しい事を松井選手に指摘したりします。
 (8/11ブログ 「開運期と逆境は裏表」 参照)

 でも、松井選手の行為そのものを厳しく否定しても、決して松井選手の人格を否定するような事はしません。

 ちなみに松井一家は、お父様の教育方針で、子供に対しても 「さん」 づけで呼んでいるそうです。
 お父様はいつも、松井選手の事を 「ヒデさん」 と呼んで、一人の人間として尊重している…

 だから松井選手も、そういう父親の気持ちをくみ取って、どんなに厳しい指摘であっても、素直に受け止められる…

 別に子供の事を必ずしも 「さん」 づけで呼ぶ必要はなくて、あくまでも大切なのは、自分と同格の一人の人間として、ちゃんと尊重できているかどうかだと思うんですね。

 人を叱る時には、ものすごく大きな責任が伴うと思う。
 もちろん、それで逆に人を叱れなくなってしまうのは、本末転倒ですけど…

 もしも貴方が、過去に心ない人からひどい言葉を言われて、心が傷ついてしまっていたとしたら、そんな人の事なんて、心の中で完全に否定してしまえばいいです。

 その人が発した言葉は、馬鹿な人間のたわごとだと思えばいい…

 例えそれが肉親であったとしても、過去に多少の恩がある人物であったとしても、それでいいです。

 その言葉を、その人の怒気と一緒にのみ込んでしまったら最後、まるで心の中に鉄のとげが刺さったように、自分の事をずっと受け入れられなくなります。

 ましてや長い時間が経って、いつ自分が傷つけられたかを忘れてしまったら、そのトゲは容易には抜けません。
 (自分の中の自分を否定するネガティブな感情は、ほとんど過去において傷つけられた時の事が要因です)

 だから、思い出せる内に思い出して、それを言った相手を否定してしまう…
 その記憶を思い出すと、相手が憎いですけど、報復しようなんて思わなくていいです。
 軽蔑した上で、記憶の中で無視してやればいい…

 まあ、本当の理想としては、その人の事を許してあげる事なんですけど、無理そうだったらそこまでしなくてもいいです。

 ただ、貴方を傷つけたその相手の言葉の中に、多少なりとも人生に役に立ちそうな指摘があったら、それはせっかくだから頂いておいたらいいです。

 そして、貴方の事を大切に扱わないその人とは、決別すればいい。
 貴方を大切に扱ってくれる人は、ちゃんと他の場所にいますから…

 この世の中では、ありがたくもいろんな指摘がもらえます。

 時には人の言葉を通す事で…
 時にはさまざまな形で自分の至らなさを感じる事で…

 それは決して嫌なものではなく、むしろありがたい。
 だって、今の自分をもっともっと大きく成長させてくれるから…

 僕も、ありがたい指摘をいっぱい頂きながら、気合い入れて頑張ります!


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新宿のロボット達

 昨日は、横浜にある 「悠庵」 での講座を終えた後、湘南新宿ラインに乗って、急きょ新宿に向かいました。

 先日、山梨に旅行へ行った時(8/21ブログ 「山梨旅紀行」参照)のメンバーの一人である、Tさんが参加しているロボット・レストランのロボットショーを、「旅行のメンバー全員で見に行こう」 という、約束があったからです。

 ロボット・レストラン…
 一体、それって何だろう、という期待に胸ふくらませました。

 そう言えば、この前池袋に行った時に、ロボット・レストランの宣伝カーが街を通っていました。
 でもその時は、何かすごいものが目の前の道を通っている… って思っただけで、特に意識に残りませんでした。

 ところが不思議なもので、人間の意識というものは、一つ情報を全く別の2つの角度から吹き込まれると、すごく心に印象が残るんですね。

 この事は、なにかの商売を成功させる上で、大きなキーワードかも知れません。
 現に僕もその日まで、ロボット・レストランに行くのが、待ち遠しくて仕方がありませんでしたから(笑)

   ロボットレストラン

 「ロボット・レストラン」 とは、新宿の歌舞伎町のド真ん中にある、たくさんのロボット達が見せてくれるショーを楽しみながら、お食事をするレストラン…

 Tさんは、前にはガテン系のお仕事をしていた事もある、筋肉隆々のたくましい体格をしている男性です。
 そうでなければ、ロボットの中に入って、重量のあるメタリックな気ぐるみのパーツを動かす事なんて、とてもできません。

 「最後までショーを見たら、きっと何か心に得られるものがあるでしょう」

 ショーとショーの合間に何とか時間を作って、我々5人に挨拶に来てくださったTさんは、そう言い残されたまま、カッコよくどこかへ消えていきました。

 Tさんは、ショーの中に出てくるロボットの一体を演じているのです。
 とはいえ、見ている方からしたら、どのロボットがTさんだかわかりません。

 Tさんいわく、自分がどのロボットになっているかは、社内秘密になっていて、一切口外してはいけない事になっているそうです。

待合室にて ショーが始まるまでの時間、待合室でしばし待つ事に…

 この後ろの外人さんの女性… 実はめちゃくちゃリアルに作られた人形です(笑)

 ちょっと、悪ノリしてみました…

 このロボット・レストランの総工事費用は、なんと100億円なんだそうです!

 もう店内の飾りつけはすごいし、まるで異次元空間へ行ったような感覚です。
 細い階段を下へ下へと降りていくと、真っ暗なショーシアターへたどり着きました。

 そのシアターの中でお食事のお弁当をもらって、ロボット・ショーを観賞します。

 最初に踊り子さんが演奏をしながら、お客様を盛り上げて、その後にいよいよロボット達の登場です。

 大まかなシナリオとしては、ある平和なジャングルに、未来の世界からやってきたロボット達が侵略に来るというもの…

 シナリオそのものというよりは、豪華絢爛なロボットや、リアルな動きや異次元の雰囲気が売りですね。

 ものすごい数のロボットが登場するので、とても写真に収めきれませんでしたが… (ショーは写真撮影OKです)

    ロボット(小)

 本当 所狭しと、リアル・ダースベーダーみたいなのが、うようよしていました。

 すごいなあ… って思ったのは、中に入っているのは人間のはずなのに、まるでそれを感じさせない動きをするんですね。

 しかも中には、本当に機械仕掛けで動いているロボットも紛れていたりするから、ますます異次元の世界の虜になっていく…
 ロボット(大)
 ちなみに僕は、個人的にはこのデカいロボットが一番好きでした。

 本当にシステマチックな感じの動きで、しかもロボットの顔がいかにも無機質で、感情がなさそうな所がいいです(笑)

 ショーは、だいたい1時間ほどだったのですが、本当にいい夢を見させて頂きました。

 大都会 新宿の、魅惑と誘惑の街 歌舞伎町の中に生息する、シュールなロボット達から、異次元のすごいパワーとやる気をもらいました。


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夢中にならないとつまらない

 今僕は、これまでになく、人生を夢中になって生きている気がします。
 もちろん、今までは不真面目に生きていたという訳ではありませんが…

 ただ、僕は子供の頃から、どこか冷めているような所がありました。

 興味がある事にすごく夢中になるのは、今と変わらないけれど、興味のない事に関しては、全く見向きもしませんでした。

 例えば小学生の頃、朝のラジオ体操が終わると、町内会で野球の練習というのがありました。

 僕は野球にはまるで興味はなくて、親や近所の大人に無理やり参加させられていた感じでした。

 元々運動神経がほぼゼロに近い子供でしたから、ボールは打てないし、グローブでキャッチする事もできない…
 おまけにボールを5m以上遠くへ投げる事も出来ない(笑)

 町内の子供達は全部で10人いて、年齢的には僕よりも学年が下の子供もいるのですが、やっぱりその中で僕が一番下手でした。

 野球は9人でプレーするから、当然ひとり補欠人員となります。
 言うまでもなく、僕でした。

 こういう時には普通の子供だったら、補欠にされて悔しい… とか思うものなんでしょうけど、別に悔しくない…
 むしろ、楽ができると思っていました。

 一事が万事こういう感じで、おおよそ子供らしい遊びとか、特に外で体を動かすような事に関して、まるで関心がわかなかったんです。

 こういう時に、他の子供たちに負けるものか… って悔しがって、ボールを投げる練習をしたり、バットを素振りしたりして練習すれば、少しぐらいは野球もうまくなったんでしょうけど…
 今思えば、僕は最初から努力する事を放棄していました。

 なんか妙に冷めている嫌な子供でしたね(笑)

 興味がない分野に関しては、人より劣っていても悔しくない…
 悔しくもないんですけど、決して楽しくもないんです。

 僕が子供の頃、まるで運動神経が発達しなかったのは、こういう所に原因があるのかも知れません。

 この性格は大人になってからも、しばらくは変わりませんでした。

 若い頃は何でも、「くだらない」 の一言で片づける事によって、楽をしようとしていたのかなって思う…

 そしてやっと今になって、昔からそうだったこの性格が少しずつ変わりつつあります。

 昔だったら、バッテングセンターに行っても、「そんなとこでボールを打って、何が楽しいの?」 とか、「間違ってボールが体に当たったら危ないよね」 とか思っちゃったりしてたんですけど、今はもし誰かからバッテングセンターに誘われたら、試しに思いっきり楽しんでやろうと思う…

 あえて自分から進んでやろうとは思わないけど、例えばそれが1日中テレビゲームをする事とか、風俗に行ってみる事とか、あまり立派な事ではない遊びであっても、一度くらい試しに経験してみるのはありかな… なんて思い始めてきました(笑)

 もちろん、そういうものにハマってしまう事はまずは無いと思うし、きっと話のタネになると思うから…
     あくまでも、機会があったらです(笑)

 今、目の前にある事というのは、きっと全て、自分にとって何らかの意味があるって感じられるようになったんです。

 目の前の事に一生懸命ぶつかっていく事で、傷つく事もあるし、リスクを伴う事もあるけど、それだけ人生に深みが出てきて、素敵な大人になれる気がします。

 人生、何事も夢中にならないとつまらない…

 もっともっとガッツ出して頑張ります!


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何事もほどほどがいい

 昨夜はハメをはずし過ぎました。
 あんな内容の無いブログを書いて、本当に申し訳ありません。
 昨夜はキーボードをタイプするのが、やっとでした。

 でも、朝までぐっすり寝むったら、無事復活!
 元気いっぱいです。

 僕の場合、自分でも不思議なんですけど、どんなに無茶してても、「この一線を越えたらヤバい」 っていうストッパーが働くみたいです。
 そして、すぐに引き返せる…

 一線を越えて、気持ちが緩みきっちゃうと、今までだったら、なんて事のなかった仕事がやたら億劫になって取り掛かれなくなったり、訳のわからない恐怖を感じるようになったりします。

 これは、司馬遷(しばせん)の 「史記」 に載っている話ですけど…

 春秋戦国時代、斉(せい)の国に、淳于髠(じゅんうこん)という賢者がいました。
 これは、この人のお話です。

 斉の国の王は、よく酒宴を催して徹夜で遊び呆けていて、酒に溺れて国政を顧みる事もなく、政治を大臣や臣下に任せきりにしていました。

 もうすっかり、国は腐敗しきってしまい、周りの国は歩調を合わせて斉に攻め込もうとしていましたが、誰も王をいさめようとする臣下はいませんでした。

 そんなこんなで3年が経った時、淳于髠は王様にこう言ったんです。

 「わが国には大きな鳥がありまして、王様のお庭に降りておりますが、どういう訳か三年間鳴きもしなければ、飛びもしません。王様、この鳥は一体何かご存じですか?」

 その時、王はこう言いました。
 「その鳥は、飛び立たねば何事もなかろうが、ひとたび飛び立てば天に登ろう。鳴き出さねば何事もないが、ひと度鳴きだせば、世を驚かすだろう」

 その後、斉王は国中から県の長官を召し出し、一人に賞を与え、一人を死刑にし、兵を整えて猛然と出撃しました。
 周りの国は驚いて、みな斉から奪った土地を返しました。

 これは、「三年鳴かず飛ばず」 という故事の逸話の一つです。(これ以外にももう一つ、楚(そ)の国の王をいさめた伍挙(ごきょ)の話も、これとほとんど同じ話として記されています)

 淳于髠という人は、他にも斉の国と他国との同盟を成功させたり、優れた能力を発揮した人で、斉の王からも、先生と呼ばれていました。

 ある時、斉王は淳于髠を招いて盃を取らせ、こう問いました。
 「先生はどれくらい飲むと酔われるのかな」

 淳于髠は答えました。
 「わたくしは、一升飲んでも良い、一斗飲んでも酔います」

 王は尋ねました。
 「先生は一升飲めば酔うという事なのに、どうして一斗も飲めるのかね」

 淳于髠はその時、こう答えたと言います。

 「王様のおん前でお酒を頂きますと、お付きの方々が横や後ろに控えていて、この淳于髠は恐れかしこまって、はいつくばって飲みますゆえ、一升を超えずして、すぐに酔ってしまいます。

 もし、わたくしの親の所に、立派なお客様がお見えになれば、この淳于髠はねぎらいながら盃を差し上げます。
 その時に、残りのお酒を返杯してくださると、恐れ多く頂きますが、こんな風に頂く時は、二升を超えずに酔ってしまいます。

 もし、友達や知り合いに久しぶりにバッタリと会い、楽しく思い出話をし、心の中を語らい合う時には、五、六升ほど飲んだ所で酔ってしまいます。

 ところがもし、郷里の集まりで男女が混じって座り、手を握り合っても処罰される事もなく、そこらじゅうに耳飾りが落ちているかと思えば、かんざしが抜けて忘れ去られていたりする。
 こんな風なら、この淳于髠は楽しくてたまらず、八升ばかり飲んでも酔うのは十回のうち、せいぜい二、三度です。

 さらに日も沈み、男女が一つの座布団に一緒に座り、上履きはそこらに散りばめられ、盃もそこらにひっくり返っている。
 そして主人が他の客達を送り返して、部屋の中にはその女性と二人きり…
 その絹の肌の着物はほどけ、濃厚な香りが鼻をくすぐる。
 こういう時になりますと、この淳于髠の心はこの上なく嬉しくなって、一斗の酒が飲めるのです」

 そして、淳于髠は続けてこう言いました。
 「酒を極めれば乱れあり、楽しみを極めれば悲しみあり、と言いますが、いやまさにその通りでして、極めるといけない。極めると衰えるのが必定、という事を申しているのでしょう」

 斉王は、淳于髠の言葉に、「なるほど、よくぞ申した」 と言って、それからは徹夜の酒宴はしない事にしました。

 陰陽論の中にある 「陰陽転化」 という考え方の中にも、「陰を極めれば陽になり、陽を極めれば陰となる」 というものがあります。

 だから、やっぱり何事もほどほどがいい…

 人生をほどほどに楽しむ時、ずっと一生続く本物の末永い幸せを手に入れる事ができます。


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これだけはゆずれない所がある

 人生というものは、常にいろいろな事があるのですが、ちょっと今日は僕にとって大ピンチです。
 いや、気持ち的には、すごく満たされているのですが…

 お恥ずかしい話、これはあきらかに飲みすぎですね(笑)
 こんな事は何の自慢にもならないし、本当にお馬鹿さんだと思うのですが…

 今日、「四柱推命講座<初級編>」 の講座を終えて、受講生の皆さんと 「キリン・ビールシティー」 に行って、ビールを飲みました。

 ちなみに僕は、一人でアルコールを楽しむ事はまずありません。
 お酒を楽しむのは、誰かと一緒って決めているんです。

 誤解のないようにいうと、ハメを外してつぶれるような事も滅多にありません。

 でも、今日はやってしまいました(笑)

 すごくビールが美味しかったんです。

   キリンビールシティー

 朝から何も食べていないのに、講座を終えて、受講生のOさんとTさんとAさんとSさんとMさんとビールをいきなりビールを3杯と白ワインと赤ワインを1杯ずつ飲み干しました…
   このワインがいけなかった…

 いや、こんな事いつもはやりません。
 僕は本当に大して実力もない人間なのに、こんなんでも認めてもらっているのが、すごく嬉しかったんです。

 かなりフラフラになっていた僕をTさんが途中まで送ってくださったのですが、平気なフリをするのが精一杯でした。

 虚勢を張って松戸で別れたら、そのままダウン…
 しばらくそこで動けませんでした。

 …って、こんな事を自慢するつもりは全く無いんですけどね。

 多分、今このコンディションでブログを打っているのは、奇跡に近い気がする…
 (くれぐれも、こんなくだらない事を自慢する気は毛頭なんです)

 なんとか家にたどり着いて、最初に気になったのが、ちゃんと自分がお金を払っているかどうかという事…
 記憶が飛んじゃっているのですが、財布を見てチェックしました。

 次に、今 自分がなすべき事だけは、絶対に怠らないようにしようという事…

 頭がフワフワしていて意識が飛んじゃってたとしても、これは僕のポリシーだから、死んだって絶対に譲れない…

 それがたまたま、僕の場合はこのブログなんですけどね…

 他の人から見たらくだらない事かも知れないけど、これが僕のこだわり… ある意味これは自分の命より大事です(笑)

 確かにつまらないこだわりかも知れないけど、こういう所を一つでもなあなあにしたら、次々に自分が崩れ落ちてく気がするんです、
 だから、そこだけはどんなにくだらないこだわりであっても妥協しない…

 絶対に譲れない所がある…

 どんなにくだらない事でも、それを成し遂げようとする時、貴方は本当に大切なものをつかも事ができるでしょう!


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人生は集中力によって決まる

 今日もさわやかな秋晴れ…
 とっても気持ちいいです。

 通勤や通学をする時、ついいつも同じ道を歩いてしまいますけど、時には普段歩いた事のない道を歩いてみると、新しい発見があったりします。

 たまには今まで入った事がない近所のお店に入ってみるのもいい…

 ちょっとした散歩でも、ひょっとしたら小旅行をしているような気分になるかも知れません。

 人というのは、これから先の事を考えると不安になるし、周囲の人が自分の事をどう思っているかとか、ついつい気になってしまったりするし、本当いろんな雑念が頭をかけめぐっています。

 そういう時って、他の人から見ると、ポカーンと上の空になっているように見えるんですね(笑)
 本人はいたって真面目に悩んでいるのに、他の人から見ると、何だかとっても不真面目そうに見えたりします。

 僕が行く近所のコンビニとかでも、たまに上の空でレジを打っているお兄さんがいたりします。
 「きっと、いろんな心配事があるんだろうな」 と思う。

 別に腹は立たないけど、ちょっとだけ淋しい気持ちになったりします。

 ちなみにパリのスーパーのレジの人なんて、すごいですよ。
 不機嫌だと、品物をかごに放り投げる人だっていますから…(笑)

 そうは言っても、僕も買い物をしている時、ボーっと上の空で、かごをレジに持っていく事もあるから、人の事言えないですよね。

 でも、やっぱりこういう生き方って、かなり損をしているような気がします。
 人生なんて、どこにチャンスが転がっているか分からないですから…

 ひょっとしたら、目の前のお客様がすごい幸せを運んで来てくれるかもしれないし、ひょっとしたら、レジにいた人と運命の出会いになる事だってあるかも知れません。

 ボーっとやり過ごしてしまうと、それに気づかないまま終わっちゃうんですね。

 考えてみたらそうです。
 自分が今、助けてもらっている人とか、人生に大きな影響を与えてくれた人だって、みんな最初はさりげない所で出会っていたりします。

 人生を実りあるものにする一つのコツは、僕は、今 目の前にいる人の為に全力を尽くせるかどうかに掛かっている… という気がします。
 たとえ目の前にいるのが、小さな子供であったとしても…

 最愛の恋人が、家で貴方の帰りを待っていたとしても、今 目の前にいる人と共有している時間だけは、取りあえず恋人の事は忘れて、その人に意識を集中させる事が、とても大事だと思うんですね。

 では、もしもたった一人で、部屋でパソコンの作業をやっている時はどうかというとですね…
 そのパソコンの作業というものに、意識を集中させて全力を尽くす事だと思います。

 これは、相手が人でなくても、きっと変わらない…

 こういうのを、本当の愛情っていうんじゃないかなって思います。
 ちょっと言葉の使い方が間違っているかも知れませんけど、愛情って言いかえれば集中力じゃないかって気がする…

 ちなみに恋愛が上手な人って、集中力がある人です。

 本命とデートをしている時は、なんとかデートを成功させたくて、ハウツー本に書いてあった攻略法とか、いろんな事を考えてあたふたしてしまうけど、結局そういう知識ってあんまり役に立たない気がするんですね(笑)
 昔の僕なんて、いつもそうだったから、よく分かるのですが…

 だからデートを成功させるポイントといったら、やっぱり 「集中力」 だと思うんです。
 そして、これは付け焼刃では身につかなくて、常日頃から鍛えておく必要があります。

 人生を実りあるものにできるかどうかは、集中力によって決まる…

 思いっきり目の前のものに全力を尽くして、最高の人生を築こうではありませんか。

 P.S.
 11月10日からの毎週日曜日、今までの僕の四柱推命講座に参加してくださった受講生を対象に、「四柱推命講座<中級編>」を行ないます。
 詳しくは、ホームページをご覧になってください。

 http://asano-uranai.com/conference6.html
      今後の初級編の開催については、別途メールでお問い合わせください

 さあ、僕も集中していきますよ~


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幸せと不幸の分水嶺

 おだやかな午後の昼下がり…
 なんだか… もう暑くないです。

 寒がり屋の僕には、もう夏は終わっちゃった感じがします。
     なんてったって、もう 「酉」 の月の半ばだし…

 そして、今日は中秋の名月らしい…

 人が幸せをつかむのも、不幸な人生を送るのも、僕はたった一つの条件で決まると思うんですよ。

 結婚ができるかどうかとか、経済的な余裕があるかとか、好きな仕事につけるかとか、健康な体でいられるかとか…
 もう、そういうの一切関係ないですね(笑)

 本当にただ一つの条件… それに尽きると思う。

 その条件とは、「自分が今幸せと思っているか、そうじゃないか…」 という事。

 これが、今まで40年間の人生を生きてきてたどり着いた、僕の偽らざる結論です。

 だって、さっきの事なんてことごとく叶えているのに不幸な人って、世の中にいっぱいいますもん。

 誤解のないように少しつけ加えておきますと、辛いのを我慢して、ただ表面的に 「私は幸せです」 とか言って作り笑いをすればいい、というものではありません。

 むしろ、作り笑いなんてしなくていい…

 誰だって、自分がやりたくもないような辛い仕事をやっている時は、そりゃきついです。
 そんな辛い仕事で上司にどやされながら、「オレは今とっても幸せだ~」 とか言われても、聞いてて痛々しいし、それがウソだってすぐわかります(笑)

 目の前の現実に対しては、正直な気持ちでいたらいいと思うんです。
 仕事が辛かったら、辛いと思えばいいし、病気で苦しかったら、苦しいと思えばいい…
 恋人がいなくて寂しかったら寂しいとちゃんと感じられなくなったら、むしろヤバいです。

 でも、ここ重要ですけど、それでも 「人生は幸せだ」 と思えるかどうかがポイントなんですね。
 これがまさに、幸せと不幸の分水嶺です。

 人生が幸せだと思える人は、少し辛い事があっても、むしろ別の楽しい事ばかりを考えています。
 「恋人はいないけど、仕事が楽しいから幸せだ…」 とか、「仕事は辛いけど、子供が可愛くて、やっぱり幸せだ」 とか…

 そしてやがて、例え今 不幸な現実があったとしても、自然と変わっていく事になるでしょう。
 なぜなら、「人生は幸せなはずなのに、この状況はおかしい…」 って違和感を感じるから…

 自然にその状況を変える努力をしているし、自然に健康だって回復に向かっていきます。
 自分の体も、「健康ではないこの状態はおかしい…」 って感じるから、自然治癒力が出てくる…

 人生が幸せだと思っている人が、恋人がいなくて寂しい… と感じたら、自然に恋人を作る努力をしています。
 いや、むし努力をしているというよりは、恋人ができるように自然に行動してしまっている… と言った方がよいでしょう。
 例え失恋をして一瞬めげたって、すぐに次のチャンスを探してる…

 もしも人生が幸せだと思っている人が、今の仕事がきついと思ったら、長くそこにとどまろうとしません。
 そんなきつい仕事に長くとどまっている人は間違いなく、人生は不幸だと思っている人です。

 人生は不幸だと思っている人の口癖がこれです。

 それは、「どうせ…」

 この言葉って、すごいパワーを秘めてます(笑)

 どうせ、無駄な努力だし…
 どうぜ、そんなの意味ないし…
 どうせ、やっても同じでしょ…
 どうせ、私なんてさ…

 はい。この呪文を唱えると、今どんなに幸せでも、確実に不幸になれます。
      ヤバい… ちょっと汚染された

 不幸になるというよりは、なんか力が抜けるんですね。
 どっぷりとこうして自己憐憫を感じると、生ぬるいお湯につかっているみたいで、悲しみが気持ちいい(笑)
      早く出よう…

 人生は不幸だと思っていると、さっきと逆で、どんなに目の前の現実が幸せに満ちていても、いつも満たされない事とか、腹の立つ事とか、悲しい事ばっかり考えるようになります。
 そして、いつしか自分が不幸でないと、落ち着いていられなくなっています。

 だから、恋人ができそうになると、「いや、自分はそんな幸せなはずはない…」 となって、自ら縁をぶち壊すようになるし、どんなに劣悪な環境にいても、「所詮人生は不幸なものなんだ」 となって、動こうとしない…
 体までだんだんとおかしくなってきます。

 ちなみに僕は、「人生は何て幸せなんだ」 と思っている(というか、そうとしか思えない)人間です。
 おかげでこうして病気もしないし、仕事もうまく行っています。

 もちろん、昔からそうだった訳ではありません。

 こう思えるようになって、知らず知らず口癖になった言葉があるんです。

 それは、「ありがとう…」

 この言葉がいつも自然に出てくるようになりました。
 例え一人で部屋にいる時でも…

 気持ちは幸せに満ちあふれているし、実際に現実の幸せも次々に引き寄せています。

 今 仮に貴方が 「人生は不幸だ」 という世界に居るとしても、ほんのちょっとの勇気で、全てを変える事ができます。
 ただ、今までの不幸な自分を否定すればいい…

 その為にも、立派な人間になる努力しなければ… なんて、肩に力を入れて頑張る必要はありません。

 「人生が幸せだ」 と思っている人は、そういう努力が自然にできているだけであって、努力しなければって頑張っている訳じゃない…
 みんな、好きでやっているんです。

 幸せになるチャンスなんて、いたるところに転がっています。

 いつだって人生は、幸せと不幸の分水嶺…

 思いっきり悔いのないように、幸せをつかもうではありませんか。


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一瞬の刹那の中の塵の叫び

 さっき、Googleのトップページを見たら、ロゴがフーコーの振り子になっていました。
 レオン・フーコーは、フランス・パリの物理学者です。
     このブログ、一応パリがお題だから、ここ強調…

パンデオン パリの街に、パンデオンという霊廟の建物があるんですけど、この中でフーコーは振り子の実験をやったんですね。

 67mのワイヤーで、天井から28kmの重りを吊り下げて、揺らしていたんです。
 なんでも当時、実験の際にワイヤーがちぎれて、鉄球が神殿内を飛んできて、えらい騒ぎになったとか…

 今、パンデオンに飾られている振り子は、そのレプリカです。
     本物だったら危険(笑)

 力を与えられた重~い振り子は、地球の自転のエネルギーの影響下から解放されて、その向きを少しずつ変えていく…

 北半球では右回り、南半球では左回り、赤道上では向きは変わりません。

 いや、正確には振り子が向きを変えるんじゃなくて、すごいスピードで動いている我々の地球の向きが変わっているんですね。
 その事に初めて気づいたのが、フーコーだったって訳です。

 どうでもいいけど、地学って面白いです。
 この前、四柱推命の講座で均時差を説明する為に、地球儀と電球(太陽に見立てる)を持って、悪戦苦闘していたのですが、説明しているこっちまで頭の中がこんがらがってきます。

 うまく説明できないものだから、いろんなサイトを調べまくったんですけど、きっちりわかりやすく図とかで説明してくれるサイトがない…

 もう、開き直って自分で作っちゃいました(笑)

  均時差が起こるわけ…
      使えるようなら、リンクつけてやってください…

 まあ、それはいいとして…

 我々は気付いていないけど、この地球はすごい速度で動いています。

 新幹線の最大速度で、時速280km/時という高速で走りますが、車内に居ると まるで止まっているように感じます。
 多少の揺れは感じますけど…

 あんなものに、跳ね飛ばされたら命はありません(笑)

 でも、地球の自転に伴う、地上の動きのスピードってそんなやわなものではありません。
 例えば赤道直下なら、地球の球体の円周が約4万kmですから、それを地球一周にかかる約24時間(正確には23時間56分)で割ると、なんと時速1700km/時で移動している事になります。
 これ、新幹線の6倍です。

 我々は意識していないけど、こんなスピードで宇宙空間に跳ね飛ばされている…

 とはいっても、光の速度に比べたら、全然遅いですけど…

 ちなみにフーゴーは、概算の光の速度も導き出した人でした。
 その値は、298,000/秒…

 近年になって、より正確な光の速度の値は、299,792.458kmとわかったのですが、本当にわずかな誤差です。

 まあ、光の速度には誰も叶いません。
 アインシュタインが、「光は万物の中で最も高速」 って言っているくらいですから…
 おそらく、今後もこれは覆される事はないでしょう。

 でも、この我々が住んでいる宇宙というやつは、本当にばかっぴろくて、銀河系の端っこにあるUDFy-38135539なんて所に行こうとしたら(いや、誰も行こうとは思わないけど…(笑)なんと、そんな光のスピードでもってしても、131億光年かけなければたどり着きません。

 131億年って… 想像もつきません。

 ちなみに地球が誕生したのは、およそ46億年前と言われています。
 そして、人類の歴史を500万年ぐらいといわれています。

 仮に、この46億年の地球の歴史を1日に見立てた時、人類が誕生したのは、もうすぐ1日が終わる23時58分30秒ぐらいなものです。

 気も遠くなる宇宙の歴史に比べたら、我々人間の営みなんて虫けら同然なんですね。

 そう考えたら、目の前のちっぽけな事にこだわるのもバカバカしくなってきます。

 人の一生なんて、宇宙の時の中では一瞬の刹那…
 その存在なんて、塵(ちり)ほどもない…

 時には日常のしがらみを忘れて、悠久の宇宙の営みを肌で感じてみるのもいいかも知れません。


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形あるものなんて全て無常

 昨日、日本列島を縦断していった台風18号は、被害のあった地域の人々にたくさんの爪痕と痛みを残していきました。

 日頃からの防災を心掛けたり、緊急時に速やかな対応をする事によって、ある程度は、こういう自然災害の難を逃れる事ができるかも知れません。

 でも残念ながらそれは完璧にできるものではないし、大きな災害の前で、人というのはまるで無力です。

 時には無条件に、その痛みを受け入れなければなない事もある…

 人間が何よりもつらいのは、「何も無い」 という苦しみではなく、「失う」 という苦しみだと思うんです。

 今まで築き上げてきたものが、一瞬にして消えてしまう喪失感…

 例えば最初っから、蓄えも何もないような生活をしているのであれば、貧乏という苦しみは、確かに苦痛ではあっても耐えられます。
 本当に耐えがたいのは、今まで一生懸命築き上げてきた財産が、どうしようもない事で一瞬にして消えてしまう事…

 例えば最初っから、一人っきりの生活をしているのだったら、孤独を耐えるのは、まだたやすいです。
 ところが、今まで寄り添ってきた家族が突然にいなくなって、いきなりやってくる孤独は、体験した人でなければとても語れるものではありません。

 結局の所、「失う」 という事に、人は絶望を感じるんだと思うんです。

 あるビジネス本に書いてあった話ですが、ある所に500億円の資産を持つ大金持ちがいたそうです。

 ある時、投資に失敗をして、その内の200億円を全部無駄にしてしまった… それでも、まだ300億円残っています。

 ところがその人、自殺しちゃったんですね…
 300億円も目の前に富があるにもかかわらず、200億円を失ったという喪失感に耐えきれなかったのです。

 もっと日常的な話にしましょう。

 これはブログをやっている人なら一度ぐらいは体験していると思うのですが…
 文章が書き上がってさあ更新しようとした時、どういうわけか、エラーが出て全部の文章が消えてしまう事があります。

 これは辛いです(笑)
 気を取り直すまでに、かなり時間を要します。
 ちょっと、スケールが小さい話ですけど…
    本当にそうならないよう、今 この文章メモ帳に保存しとこ(笑)

 元から何もなければ苦しくもないのに、あったものがなくなるから苦しい…
 結局は、人間の煩悩なんですよね。

 もちろん、災害に遭われた方の痛みを思えば、そんな軽い言葉で済ませられるものではありません。

 でもそんな時は、時が過ぎるのを待つしかない…
 それが軽薄な言葉である事は、重々わかっているのですが…

 今まで当たり前のように、そこにそれがあったのは、当たり前じゃなかったんです。
 そして時が過ぎれば、また違う別の素敵なものに出会える事だってある…

 この世に存在する、形あるものなんて無常です。
 どうせ死ぬ時は、全て手放して旅立っていく…

 でも、人生で出会ったものの全ては、「思い出」 という名の心のキャンパスに描きしるしておく事はできる。

 そのキャンパスは、貴方の心をうんと豊かにしてくれるから…

 それをしっかり心に握りしめて、新しい出会いに胸をときめかせながら、元気に前に進んでいこうではありませんか。


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心の底から望んでいるものだけが手に入る

 窓の外では、ビュービュー音を立てて風が吹きずさんでいます。
 東海地方にいた台風が、いよいよ関東圏に来たようです。

 台風が通り過ぎていった地域にお住まいの皆様、無事に過ごされましたでしょうか。

 昨日の変わった雨は、この台風の影響だったのですね…

 今日は空もどんより暗く、雨と風が吹き荒れています。
 鑑定で東京に出かける前に、雨と風がおさまってくれればいいのですが…

 僕は今、占い師としての生活が成り立っています。
 これはきっと、心の底からこの暮らしを僕が望んでいたかに違いないと感じています。

 そうじゃなければ、この職業ではきっと成功はできない…

 どんな望みでも、それが心の奥底から自分が願っていた事ならば、必ず叶えられると思うんです。
 自然にその為の努力をしているし、自然に成功するように導かれていく…

 心の底の意識は人智の範ちゅうを超えていますから、いろんな感覚を通して、貴方を必ず成功する方向へ導いてくれます。

 そして、これはあくまでも自然な感覚で導いてくれる…
 「どこかから声が聞こえる」 とか 「お告げが降りてくる」 とかいう形ではなく、僕の場合は、本当に自然な形でナビゲートしてもらっています。

 パリから帰国してからは、「何となく、こうした方がいい気がする」 みたいなのにずっと従っていたら、今の心から望んでいた生活がありました。

 僕自身どちらかというと、「自分の生活を満足させたい」 という事以上に、この占いというものを通して、少しでも人の幸せのお手伝いをしたいっていう願望が強いんです。

 これは、綺麗事を言っているのではなく…

 ミュージシャンを目指していた事は、そうではありませんでした。
 いつも、自分の気持ちを満足させる事だけしか考えていなかったです。

 大体そういう時というのは、向いていない事を目指している事が多いです。
 別の言い方をすれば、「心の底では望んでいない」 事を目指していると言っても良いでしょう。

 僕は今、有難い事に自分が欲しかったものをかなり手に入れてきましたが、それでも手に入らない望みだってあります。

 今まで生きてきた僕の経験上思う事は、それはおそらく、その望みが手に入らない方が幸せでいられるという事…

 たぶん、今の自分の状態のままで、その望みが叶ってしまうと、この人生で学ばなくてはいけない事が結果的に学べなくなってしまい、本当にたどり着かなくちゃいけない場所に、たどり着けなくなっちゃう気がするんです。

 もちろん、自分の状態が変わってレベルアップすれば、その望みが手に入る事もある…

 心の底から望んでいるものだけが手に入る…

 自分の望みの本質はなにか…、深くとぎ澄ましていって、本当の自分の欲しいものがわかった時、心がおだやかな安らぎの風に包まれるはずです。


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パートナーを素敵にするのは自分次第

 今日の千葉は雨… でも、何かちょっと変わった雨でした。

 空の3分の1は青空で、雲の隙間から太陽が見え隠れしているんです。
 それでいて、結構雨は激しく降っている…

 近所のイトーヨーカドーへ、コピー用紙と講座を収録するDVDディスクを買いに行こうと、傘をさして歩いていたのですが、太陽の日差しが雨ごしに差し込んで、雨がキラキラと輝いていました。

 なんか、プール場のシャワーの中を傘をさして歩いているみたいで、とっても幸せな気持ちになりました。

 ふと、この前参拝した産土神社(9/6ブログ 「産土様に会いに」参照)の事を思い出して、帰り道にお礼参りに寄る事にしました。    素敵な出会いをありがとう…

 それにしても、人の縁というのは不思議なものです。
 昨日、四柱推命講座の受講生のOさんから、とっても素敵なお話を伺いました。

 Oさんは、結婚まで視野に入れた相手選びは、ただ恋愛の対象かどうかとか、そういう事だけに囚われるんじゃなくて、もっと深いものを見て相手を選ばないといけないって、おっしゃっていました。

 子供を持つベテランの主婦でもあり、人生の先輩であるOさんの言葉に、ズッシリと重みを感じました。

 確かに…
 どうも日本人の恋愛の傾向って、まずは自分が満たされたい… っていう感情から入るような気がします。

 だから、条件というものが、常に先行してしまうのかも知れない。

 これは、フランス人の恋愛スタイルを知って、僕も初めて気がついた事なんですけど…
 (2012/10/10ブログ 「パリ発・純度100%の恋愛観」 参照)

 条件から入るという事は、お互いにまずは個人主義から入る訳だから、やっぱりいろいろ後から問題が起こってくるんじゃないかな… って気がします。

 結婚相手を選ぶとしたら、そういうもので選ぶんじゃなくて、一緒にいて自然な感じでいられるかどうかとか、居心地がいいかどうかとか… むしろそっちを優先すべきじゃないのかなって、最近僕はそう思い始めました。

 だって、子供が生まれれば、またお互いの関係は違ったものになるし、生活の収入だって結婚した当初のままとは限らないし、二人の前にさまざまな問題が突然おそってくる事だってある…

 結婚当初の恋愛感情だけでは、とても乗り切っていけません。

 あとは、結婚を考えるのならお互いに、相手の幸せというものに責任を持つ覚悟が必要だと思う…

 よく女性でも男性でも、結婚して人相がすごく悪くなっちゃう人と、逆に結婚してすごく魅力的な顔になる人がいます。

 ある人の奥様は、最初絶世の美人だったのですが、結婚した途端にブクブクと太り始めて、体重も2倍ぐらいになっちゃったとか…
 ご主人は、「結婚詐欺だ」 とか言ってましたけど(笑)

 まあ、太っちゃうのは別として、パートナーがやつれて不幸そうな顔になっちゃうのって、その相手の責任だと思う…

 結婚した女性が魅力的でいられるかどうかは、相手の男性に掛かっていると思うし、結婚した男性が社会的に成功するかどうかは、相手の女性に掛かっているんじゃないかな、なんて思ったりします。

 結婚する時点での、相手の収入とか社会的ステイタスとかルックスの良し悪しなんて参考程度にしか当てにならないし、そんなものは、いくらでも後で変えていけると思うんです。

 パートナーを素敵にするのは自分次第…

 今もうパートナーと出会っている人も、これから出会う人も、お互いの事をちゃんと理解して、お互いに高め合って、素敵な人生を送ろうではありませんか。


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高所恐怖症はなおる!?

 今日は四柱推命講座の6日目…
 今回、独立してから、5つ目の講座になります。

 僕は講座の度に、たくさんの素敵な人達と出会わせて頂いて、ありがたくもこんなに応援を受けている…
 本当に幸せ者だって思います。

 少しでも恩返ししたいなって、いつも思っているのですが、まだ何にもできていません。

 今、たくさんの温かい人達に守られている事を、しみじみと感じています。
 もう、以前と違って、一人ぼっちじゃないんだって思える…

 昨日、久しぶりに会った親友と一緒に、東京スカイツリーに登ってみました。
東京スカイツリー
 このスカイツリーは、去年パリから帰ってきてすぐに開幕したのですが、今までたった一度も登った事がありませんでした。

 なんせ、僕は高所恐怖症ですから…
(2012/3/21ブログ 「パリの休日」 参照)

 あの… ここだけの話ですけど、僕の高所恐怖症って半端なものではありません。

 小学生の頃、歩道橋が怖くて渡れませんでした(笑)
 それも6年生になっても…
(2012/3/21ブログ 「過去からのメッセージ」 参照)
     中学生になって、やっと渡れるようになった…

 あと、デパートの下りエスカレーターも乗れませんでした…
     タイミング外して、滑り落ちる気がした(笑)

 大人になってからは、さすがに歩道橋やエスカレーターは乗れるようになりましたが、それでもビルの屋上とか、高い所とか怖いです。
 たとえ、そこに柵が設けられていても…

 怖いのを我慢して、柵ごしに下を見下ろしていると、なんかそのまま頭がおかしくなって飛び降りてしまうんじゃないかって不安にかられるんですね…

 または、柵に手をかけたら、何かの拍子で柵ごと下に落っこちちゃうような気がして、足がガタガタ震えるんです。
 冷静に考えれば、そんな訳ないんですけど…

 ある程度高い場所でも、まだガラス越しならそんなに怖くありません。

 でも、あの吹きさらしのエッフェル塔の上は、正直足がすくんで歩けませんでした。

 何でなんだろ…

 ひょっとして前世とかで、高い所から落ちて死んじゃった事があるからかも知れません(笑)

 ところが、どういう訳か昨日は、東京スカイツリーに無性に登りたくなって、僕から親友を誘ったんです。
 なんとなく、今、高所恐怖症が克服できているような気がして…

 パリから帰ってきて、たくさんの温かい人達に出会えて、本当に心が幸せを感じていられるし、もういろんな不安から解放されているから…

 東京スカイツリーに着いたのは夕方、食事をして展望台に行く頃にはすっかり夜になっていました。

スカイツリーからの夜景

 高~い!!   東京タワーが眼下に…

 この東京スカイツリーは634m、エッフェル塔(312m)よりも、東京タワー(333m)よりも、遥かに高いです。

 見渡す東京の摩天楼の夜景が、本当にきれいです。

 今までの一生で一番高い建物に登ったのに、全然怖いとは思いませんでした。
 まあ、ガラス越しだから、落ちる心配がないというのもありましたけど…

 おお~っ これは…

    ガラス板

 これ、「ガラス床」 ってやつです。
 足元のガラス越しに、下界が見渡せます(笑)

 このガラス板の上に立つのは、ちょっと勇気が要ります。
 みなさんさすがに、かなり恐る恐るこのガラスの上に立っていました。

 今までの僕なら、絶対にこの上に立つのは無理でしたね。
 だって、万一ガラスの底が抜けたらどうしようって、考えちゃいますから…

 でも、今回は違いました。
 少し勇気はいりましたが、すんなりガラス板の上に立てたんです。

 ここに来て、やっと初めて、僕は一人ぼっちじゃなくて、みんなとつながっていて一つにつながっている… って、感じられたんですね。

 たとえ1億分の1の確率で、もしもこのガラス板ごと下に落っこちて死んじゃったって、僕はみんなの記憶の中にずっと生き続けられるんだから、それでいいかな… なんて…
 なんだかかなり、大げさな話になっちゃってますけど(笑)

 この分だと、もうパリの吹きさらしのエッフェル塔の上も、案外、大丈夫かも知れません。

 みんなと一つだから、おかしくなって柵を越えて飛び降りちゃう事もないし、万一柵が倒れそうになったら、きっとみんなが体を支えてくれるかななんて、そんな風に思える。

 また、あのパリに行って、エッフェル塔の上に立ってみたくなりました(笑)

 P.S.
 音楽が大好きなお客様のAさんから、とっても素敵な曲のユーチューブを紹介して頂きました。

 これ、ケイティ・ペリー の カリフォルニア・ガールズ という曲です。

 Katy Perry ”California gurls”

 音楽というのは不思議ですね。
 心を一瞬にして、別世界にいざなってくれる…
 思わず僕も、カリフォルニアの浜辺に行きたくなりました。

 Aさん、素敵なミュージックをありがとうございました!


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痛みだって時には必要

 だんだんと少しずつですが、涼しくなってきました。
 あと10日もすればお彼岸… 秋が向こうからやってきます。

 秋って 「胸がキュン」 としますよね…  お前だけだ…(笑)

 僕は最近になって思うのは、人生で時々起こる、困惑とか悲しみとか悔しさとかいったものって、すごく大切なものじゃないかな… という事です。

 僕は元々メンタル的に強い方じゃないので、前はちょっと嫌な事があると落ち込んでいました。
 でも、こういう嫌な事というのは、全部が全部とは言えないかも知れないけど、自分にとって重要な気づきを与えてくれる事も多いです。

 今はそうでもないですけど、昔は劣等感と嫉妬心のかたまりみたいな人間でしたから…

 誰かが自分より先に成功しちゃったり、幸せをつかんだりしてると、もう悔しくて悔しくてしょうがないんです。
 いつも悶々と悔しがっていましたね(笑)

 確かに、嫉妬している人をはたから見ても、あんまり気持ち良いものではないけれど、あながち嫉妬って全部が全部悪とも言い切れない気がするんです。

 「悔しい」 からこそ、頑張ろうって気持ちも起こる…

 発明家の野口英世だって、成功の原動力は半端ない劣等感だったと言います。
 (2012/6/12ブログ 「偉人達の隠された葛藤の日々」 参照)

 つまり、そこで悔しがれる人というのは、100%ではないにしても、成功を収める事ができる可能性があるという事です。
 悔しがらない人は、頑張ろうとも思わない訳ですから…

 誰かから攻撃されたり、否定されたりした時は、人間誰でも心が張り裂けそうなほど辛いです。

 でも、それは自分を見直す良いチャンスかも知れません。
 その人の意見が正しいか正しくないかは別にして、もう一度自分をチェックしてみたらいいと思うんです。
 それでも、間違っていないと思ったら、その道を貫けばいい…

 秋の空気に浸りながら、胸がキュンとしながら道を歩いている時に、仲の良さそうなカップルとすれ違って、とっても淋しい気持ちになったなら、それはきっと恋をするチャンスです(笑)

 「私は一人でも平気」 とか、「俺は一人の方が気楽だ」 とか言っている内は、素敵な恋愛はやってきませんが、こういう淋しさを感じるからこそ、恋だってできます。
 淋しさを感じられるからこそ、人に優しくできるようになる…

 たまに、吉方位旅行に行ってから、すごく悔しい思いをしたり、愕然とした事があった、という話を聞きます。

 なんで吉方位に行ったのに… って感じですが、その経験がきっと、これから大きく運が開くのに必要だったから、起こったんじゃないかって気がするんですよ。

 病気や怪我をした時、痛みを感じなかったら、そのまま状態はどんどんひどくなっていきます。

 痛みを感じるから、すぐに病院に行こうと思うし、血が出ていたなら止血処理をしようと思う…
 痛みって、体を健康体に戻そうとしている働きだと思うんですね。

 これは心の痛みであっても同じで、痛みを感じた時に、どれだけ理性的で発展的な行動ができるかによって、人生がうまく行くか行かないかが決まってくる気がする…

 今、辛い事をいっぱい経験しているという人は、それに負けないで、その困難を乗り越えた時には、必ず大きく花開きます。

 その事を信じて力強く歩み始めた時、素敵な未来は、すでに貴方の目の前にまで来ていますよ ♪

 P.S.
 僕の四柱推命講座の非常に優秀な受講生でもある、富吉美幸先生が、ついについにホームページを立ち上げました。
   パチパチパチ…

 富吉美幸の未来が楽しみになる占い ~オフシェルサイト~
   
 とっても洗練されたオシャレなデザインに、思わず感動してしまいました!
 今月の9月28日(土)には、浅草でトークショーも開催されるとの事、ますます大きな活躍をされています。

 富吉先生も、今までいろいろと苦労が多かった先生なんです。
 そしてついに、大きく花開かれましたね。
 心から、応援しています!


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人生でできる事なんて限られている

 外に出てみると何となく風が涼しくて、秋の訪れを感じます。
 窓の外からは、鈴虫の声が涼しげに響いています。

 なんでこんなに時間が経つのは早いんだろ…
 いつも毎回同じ事書いてますけど(笑)

 でも人間って、ある程度 年を重ねると、本当 時の流れの速さをしみじみと感じるようになるんですね。

 若い時に人生の先輩からそんな話を聞いた時は、「そんなもんかね…」 なんて思ってましたけど、今しみじみ感じる…

 アレ… いやいや、僕はまだまだ若いですよ~(笑)

 毎日が追われるように過ぎていって、いつも夜中の0時ぎりぎりにブログを更新して、そのままベッドの中になだれ込む生活…
 悪くないです。
      たまには早く、ブログを書こう…

 人生でできる事なんて限られている…
 そして今 僕はやりたい事が山ほどあります。

 以前と違って、僕はある程度の幸せを勝ち取ったし、そこにいたる為にどういう道筋をたどったらいいか、自分なりに何となくわかった…

 だから、それを少しでも縁のある人に伝えられたらって、思っています。

 もちろん僕自身もまだまだ学ぶ事があるし、完璧じゃありません。
 間違っている事だって、いっぱい言っているかも知れない…

 今、僕の中で変わるつつある事があるんです。

 僕は昔から。「認められたい」 って意識が人一倍強くて、常に人の顔色とか、人の評価とかが気になっていました。

 だから、このブログを始めた時、ランキングなんてものに登録したのを、最初すごく後悔したんです。

 あれ、順位が上がったり下がったりするじゃないですか…
 その度に心が惑うんですね。
 順位が上がるとすごく嬉しいし、下がるとドーンと落ち込む…

 でも、ある時ふと思いました。
 そんな風に、人の評価や顔色に振りまわされて生きる人生って、本当つまらないなって…

 もちろん、こんなつたないブログを応援してくださる皆様には、心から感謝しています。

 ただ、僕自身がランキングの順位に振り回されていたら、ちゃんと伝えたい事が伝えられなくなっちゃう気がしたんです。

 もちろん、ずい分間違った事を書いちゃっているかも知れないし、反省すべきはちゃんと反省しなければいけないけど、もうランキングというものには振り回されたくない…

 例えば、人間関係ができると、いろんなつき合いやしがらみも出てきます。

 人づきあいは大切にするべきだし、僕はできる限り義理は果たすつもりでいるけど、それに振り回されて、お食事とかパーティーとかのお誘いに全て顔を出していたら、体がいくつあっても足りません。

 それに、本当に自分がやりたい事がわからなくなっちゃいます。

 人を傷つけるのは良くないけど、そうでなければ、ありのままの自分を出していけたら、きっとそれでいいと思う。
 それ以上に人に良く思われても仕方ない事だと思うし…

 人生でできる事なんて限られているから…

 本当にやりたい事をきちんとチョイスして、素敵な人生を歩もうではありませんか。

 P.S.

 僕のタロット講座と四柱推命講座に参加してくださった、プロの占い師・哲ちゃんが僕が掲載された雑誌をブログで紹介してくださいました。
 なんか、嬉しいです。

  手相家 哲ちゃんの夢を奏でるブログ

 哲ちゃんは、手相・姓名判断・タロット・方位学・四柱推命… etc と幅広く活躍している占い師。
 そして、紋付き袴で鑑定する事もあれば、サックス奏者としても活躍している… といういくつもの顔を持つスーパーマルチ鑑定師です。
 それでいて、とっても優しい男性なんですよ。
 
 よろしかったら、ぜひブログのぞいてみてください(^^)

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ムッシュ浅野の「プチ・フランス語講座」 Leçon 8 数え方編

 Bonsoir ! <ボンソワー> (こんばんは)

 皆さん、コンバンハ~。
 「エセ フランス語 講師」の ムッシュ浅野ですヨ~。

 今回も、楽しくフランス語、勉強していきましょネ~!

 ハイ、そこのアナタ 今 「ついに気がふれたか…」 って思いましたね~

 いけませんね~(笑)

 でも、最近になってこのブログを読み始めた人、ちょっとだけビックリしてますネ。
 いきなり、頭おかしくなっちゃったわけじゃありませんヨ~

 このコーナー、なにげに歴史があるんですよ~

 プチ・フランス語講座 Leçon 1
 プチ・フランス語講座 Leçon 2 ~ムッシュはつらいよ編~
 プチ・フランス語講座 Leçon 3 ~Anniversaire編~
 プチ・フランス語講座 Leçon 4 ~ca fait longtemps編~
 プチ・フランス語講座 Leçon 5 ~マック編~
 プチ・フランス語講座 Leçon 6 ~あいさつ編~
 プチ・フランス語講座 Leçon 7 ~2月編~

 今回のレッスン、ついていけてない人、過去の講座をしっかり復習シテクダサ~イ♪     意味なし…

 ハ~イ、今回でもう第8回目のレッスンデ~ス。
     なにげに8回もやってる…

 今日は、フランス語でモノを数える練習をしましょうネ~

 それではムッシュと一緒に、1~12まで数えてみましょう~

  「」  un <アン>
  「」  deux <ドゥー>
  「」  trois <トロワ>
  「」  quatre <カトゥ>
  「」  cinq <サンク>
  「」  six <スィス>
  「」  sept <セット>
  「」  huit <ユイ>
  「」  neuf <ヌフ>
  「10」  dix <ディス>
  「11」  onze <オーンズ>
  「12」  douze <ドゥーズ>

  Très Bien! <トレ ビヤン> (とてもいいデ~ス)

 ムッシュはなにげに、パリにいる時には、暇さえあればフランス語でモノを数えてましたネ~

 つぎは、10ずつ数えてみましょネ~

  「10」  dix <ディス>
  「20」  vingt <ヴァン>
  「30」  trois <トーント>
  「40」  quarante <キャフォント>
  「50」  cinquante <サンカーント>
  「60」  soixante <ソワサーント>
  「70」  soixante-dix <ソワサーントディス>
  「80」  quatre-vingts <カトゥヴァン>
  「90」  quatre-vingts-dix <カトゥヴァンディス>
  「100」  cent <サン>

 ちなみに、フランスでは、
 70(soixante-dix)は、60(soixante)10(dix)
 80(quatre-vingts)は、(quatre)×20(vingt)
 90(quatre-vingts-dix)は、(quatre)×20(vingt)10(dix)、と表現シマス。

 フランスの人達、みんなトッテモオシャレですネ。

 ムッシュは先月、フランスが吉方位だったので、またパリに行こうと思っていたのですが、残念ながら行かずジマイでしたね。

 とっても、Dommage! <ドマージュ> (残念)

 でも、愛知に住んでいるお客様のSさんが、ムッシュの代わりにフランスに旅行してきてくれましたネ~

 ちゃんと、おみやげも頂きましたヨ~
     Sさん、Merci beaucoup! (メーシーボクー)

    パリからのプレゼント

 なにが入っているのか、トッテモ楽しみデスネ~

    Bonne Maman

Bonne Maman Tartelettes <ボンナマモン タルトレット>
 直訳すると、「おばあちゃんのタルトレット」

 Bonne Maman は、フランスで有名なお菓子メーカーです。

 早速、中を開けてみました。

マーマレード・タルトレット

 美味しそうなプチタルト!

 さあ、それでは早速、これがいくつあるかフランス語で数えてみてクダサ~イ!

 un <アン> deux <ドゥー> trois <トロワ> quatre <カトゥ> cinq <サンク> six <スィス> sept <セット> huit <ユイ> neuf <ヌフ>

 ハ~イ、全部で9個ありましたネ~

 日本では、半端な数ですけど、パリでは9個セットのお菓子、別に珍しくアリマセン。

 なにやら、まだ袋の中に入ってイマスネ~

家康くん こ、これは…

 パリのゆるキャラ… じゃなくて、浜松のゆるキャラ 「家康くん」 じゃありませんか~
 ムッシュはなにげに、「家康くん」 コッソリ集めていたんですヨ~

 とっても嬉しいデス…

 ムッシュこれ毎日、持ち歩きます!


 では最後に、フランス語の数え歌を聞いてみましょう~



 Un, deux, trois  森へ行きましょう
 Quatre, cinq, six  サクランボを摘みに
 Sept, huit, neuf  わたしの新しいカゴの中で
 Dix, onze, douze  真っ赤に熟れてるよ

 それでは、今日はこのあたりで、ムッシュ浅野の「プチ・フランス語講座」を終わりま~す。

 みなさ~ん  Bonne nuit. <ボン ニュイ> (おやすみなさい~)


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叶えたい夢はどんどん伝えた方がいい

 だいぶ暑さが収まって、すっかり過ごしやすくなってきました。
 このくらいの暑さなら、僕はもうクーラーは要りません。

 先月は九星気学でいうところの同会月、僕(二黒土星)にとって、西30度は大吉方位だったので、もう一度パリに旅立とうと密かに意気込んでいたのですが、残念ながらスケジュールの関係で今回は行けませんでした。

 考えてみれば、パリから帰ってきて、もう1年半もの年月が過ぎています。
 信じられないほどの速さで、時間だけが通り過ぎていきます。

 それでもこうして、この1年半を振り返ると、自分の叶えたかった夢はかなり叶ってきました。

 占いの鑑定や講座で生活ができているし、本も出版できたし、雑誌にも取り上げてもらいました。
 まだテレビやラジオには出演していませんが(笑)

 そうですね…
 私生活では、そろそろ結婚して、奥さんに仕事のメールの返信を手伝ってほしいですね(笑)

 今日、気合いを入れて一気に溜まっていたメールを返信したのですが、スケジュールに追われると3日分ぐらいのメールがすぐに溜まってしまいます。

 あと、自分の人生で欲を言えば、鑑定スペースを兼ねた一戸建ての自宅に住んでみたいです。
 そして、毎年1ヵ月ぐらいの間は、パリで暮らしたい…

 人間って望みを言いだしたらキリがありませんね(笑)

 もちろん、今のこの恵まれた環境に十分に感謝していますし、全く不満はありませんけど…

 そうですね…
 でも、人生の中で叶えたい夢があったら、どんどん周りに伝えちゃった方がいいです。

 確かに恥ずかしいし、何だか 「おこがましい」 って気持ちになっちゃうけど、こうやって発信していくと誰かがその夢を運んで来てくれるかも知れない…

 本の出版の事だって、考えてみれば僕は、パリから帰ってきてからずっと、「本を出したい」 って言い続けていました。
 それをずっと聞いていた、お世話になっている社長が、僕の願いを現実にしてくれたんですね。

 だから、自分の叶えたい夢があったら、恥ずかしがらず全部人に伝えちゃった方がいいです。

 人に伝える事で、自分でも目的を再認識できるし、言い出したからには頑張らなくっちゃって事にもなります。

 そして、貴方が誰かに伝えたその夢は、やがて現実のものとなって、貴方の元へ訪れるでしょう。

 P.S.
厚切りホエー丼 昨日は、お世話になっている社長と、友人の勤めている 「ホエー丼亭 品川店」 に行きました。
 僕が頼んだのは、「厚切りホエー丼」!
 ボリュームたっぷりです。

 ホエーとは乳清の事で、この乳清がたっぷり与えられた美味しい豚丼が、このホエー丼という訳です。
 店員さんも親切だし、お通しで出てくるキャベツの味噌和えがまた格別です。

 美味しいホエー丼、ご馳走さまでした!


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筆跡にその人の全てが表れる

 昨日の朝、上野にある東京国立博物館で開催されていた、特別展 「和様(わよう)の書」 に行ってきました。

 この展覧会の情報を知った時、「これは必ず見なければ…」 と思いつつ、気がつけば昨日が最終日…
 無理やり詰め込んでいたハードスケジュールの合間に、強引に時間を作って見に行きました。

   和様の書

 なぜそんなに見たかったかというと、天下人・徳川家康の直筆の書状も展示されていると知ったからです。

 他にも織田信長の直筆、豊臣秀吉の直筆、伊達政宗の直筆なんかがありました。

 これは本当に貴重です。だいたい戦国大名ともなれば、書を書く専門の人がそばに仕えていて、大名が自分で字を書く事は案外珍しいんです。

 とても不思議なんですけど、徳川家康の書をじっと眺めていると、やっぱり家康の心境みたいなものが伝わってくるんですね。
 なんというか… 「囚われないで、流れを見守ろう」 みたいな心の声が聞こえてくるような気がする…

 これは前にNHK特集かなんかでやっていたのですが、筆跡のある心理分析家は、「統計的に、家康のような字を書く傾向の人は、飽きっぽい人に多い」 と言っていました。

 ちなみに、信長の字をじっと眺めていたら、すごく気難しそうな人柄を感じたし、秀吉の字を見ていたら、優しくて愛情に満ちた感覚を受けました。

 伊達政宗の字には、なんかものすごく真面目な人柄を感じました。
 僕にとって、政宗は野心家で激情家のイメージだったので、字を見て受けた感覚は、ちょっと自分でも予想外でした。

 人の精神状態って、日々変化します。
 それで、そういう変化も筆跡に微妙に反映される気がします。

 この前、引き出しを整理していたら、僕の20歳頃に作詞していた時に書いたメモが出てきたのですが、その字を見ていたら、あの頃の乱れた精神状態がよみがえりました。
 この筆跡、ちょっとヤバいなみないな(笑)

 今回の展示会には、他にも藤原道長の直筆もありました。
 あの平安時代に栄華を極めた摂政関白の道長です。
 まさか、そんなものが現存しているなんて夢にも思いませんでした。

 信長・秀吉・家康は、たかだか400年前の人ですが、藤原道長と言えば、今から一千年前の超有名人ですから…

 とはいえ、この展示会の中で、こういう歴史の有名人の直筆は、確かに展示物の目玉の一つではあるのですが、本当の主題は他にあります。

 三跡(さんせき)と呼ばれる人物(小野道風・藤原佐理・藤原行政)の能書や、写経、手鑑(てかがみ)など、日本独自に発展した日本風の書の美というものがこの展示会のテーマです。

 その展示物の中でも、写経の質の良さは圧巻です。国宝に指定された 「竹生島経」 や 「浅草寺経」 などの写経の字を見ていると、心がすがすがしくなります。

 もうこれは神の域ですね。
 見ているだけで、煩悩が断ち切られるというか…

 昔は僕、こういう感覚って全くわかりませんでした。
 でも今では、いろんな感覚がとぎすませれてきて、それをひしひしと感じますね。

 書というものには不思議なパワーがある気がします。
 特に日本の書には…

 今回の展示会の特別な出展品として、2011年に京都で出土した、「墨書土器」 が飾られていました。
 これは、平仮名が書かれた最古の土器です。

 この土器の発見によって、平仮名というものはすでに9世紀には使われていた事がわかりました。

 一般的には、大陸からもたらされた漢字を元にして、平安時代に日本独自の平仮名や片仮名が生まれ、国風文化が花開いたとされています。

 では、漢字がもたらされる前の日本はどうだったのかというと、文字というものは存在しなかったという説が一般的ですが、それとは別に 「神代(かみよ)文字」 という文字があって、これが平仮名や片仮名などの元になったという説もあります。

 「神代文字」 は、太古の昔に日本で使われていた文字なのか、それとも鎌倉時代以降に誰かがねつ造したに過ぎないのかは、現在の所ハッキリしません。

 まあ、平安時代以前の神代文字の書かれた出土品でも発見されたならば、事実はもっとはっきりするんでしょうけど…

 文字というもののパワーは、本当に不思議です。

 そして、幾千年前からの人類の歴史や、人々の思いや感情がそれに刻み込まれている…

 「和様の書」 の展示会を後にながら、悠久の時の移ろいと、言霊の込められた文字の神秘というものに感じ入りました。


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願望を叶えるのは夢を語る事

 「2020年東京オリンピック開催決定」 おめでとうございます!

 それにしても、こうして東京が60票も獲得して、2位のイスタンブールに大差をつけて開催地に決定したのは、いろいろな要因はあると思いますが、安倍首相のプレゼンのメッセージがIOC委員の人の心を動かした事は、誰しも認める所でしょう。

 今回の東京オリンピックの招致は、2006年の3月に東京都議会で決定になって、7年半もの歳月を費やして、やっと今回悲願が叶ったものです。

 前回の2016年の開催地決定の時は、残念ながら第3位で落選してしまいましたけど、それでもあきらめないで続けたからこそ今がある…

 人間にとって大切な事は、発展性のある思考を常に持ち続ける事だと思う…
 そうやって常に夢や希望を持って、明るい未来を創造する力… こういうものが人間のやる気につながってくるはずです。

 確かに現在、原発事故の問題もあるし、日本にはやるべき事が山積みです。
 ただ、それとこれとは切り離して考えるべきでしょう。

 「原発の被害が広がっているのに、東京オリンピックなんてやっている場合か」 なんて、安倍さんをこき下ろす人もいますが、そういう人って、この国に不幸なムードをを蔓延させているだけだと思うんですよ。

 少し厳しい言い方ですけど…

 もちろん僕自身も、これ以上原発を作るのは反対です。

 でもあれだけ福島の原発事故が騒がれているにもかかわらず、被曝による死者は一人も出ていません。
 だいたい地球上には原発が無くても、あれ以上の放射能の濃度が高い地域はいくらでもあります。
 原発事故が起きた直後の2011年3月に放射能を測定した所、例えばローマは、仙台や東京よりも6倍も放射能濃度が高かったそうです。

 http://tomisia.blog49.fc2.com/blog-entry-2483.html

 とはいえ、現在も避難されている福島の方々のご心痛はあまりあるものですし、一刻も早くこの問題を解決しなければいけない事も事実です。

 僕自身は、安倍さんの考え方には結構賛同する所も多いのですが、この原発の問題に関してだけは少し違っていて、結果的に多額の税金を投入するしかなくても、やっぱり廃炉にすべきじゃないかって思うんです。

 もう今回の事で 「安全神話」 は崩れた訳ですし、それしかないんじゃないかと…

 世の中には、危険なものがいっぱいあります。

 命の危険という意味では、むしろ 「子宮頸がんワクチン」 をさっさと廃止にすべきですね。
 あれ使って、実際に死者が出ているんですから…

 それに、原発と違って、廃止にしたからって、さらに税金がかかるという事はありませんし…

 まあ これは僕の考え方であって、他にもいろんな考え方はあるとは思います。

 人というのは、誰しもが幸せにならなければいけません。

 だからこそ、できる限り明るく振る舞って、盛り上がっていくのがいい。

 東京オリンピック って、日本中が盛り上がれる話題だと思う。

 「解決できない問題があるから、盛り上がれない」 という真面目な人もいるかも知れないけど、そんな事言っていたら、何一つ盛り上がれません。

 だって、解決できない問題は、いつだって山ほど存在するんですから…

 その為には、批判や足の引っ張り合いではなく、みんなが発展的になって、それぞれに明るい未来をイメージして生きていくのがいい…

 僕はそんな風に思うんです。


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あごを引いて背筋を伸ばして…

 今日は、四柱推命講座の5日目…
 本当に早いものです。

 毎回講座のビデオをDVDにしてチェックしながら、自分の姿を見る度に、「何て姿勢が悪いんだろ…」 って反省させられます。
 それなのに、その場では反省しながらも、いつも結局そのままになっちゃう…

 だから、今日は思いっきり自分の姿勢を意識しながら、講座をしました。
 ちょっと挙動不審な講義でした(笑)

 ちなみに、明治の元勲とか、明治維新の功労者とかの写真を見ると、みんな姿勢が良いです。

木戸孝允 例えば、木戸孝允(桂小五郎)

 キリッとしていますね。
 長州藩を束ね、薩摩藩と共に明治維新を成し遂げた、維新の三傑の一人です。

 明治政府内になっては、廃藩置県を成功させた人物です。
 決議で最初、知事は世襲制って事になってたんですけど、木戸孝允はそれに真っ向から反対して、原案から 「世襲」 の二文字が削除されました。
 藩ごとにバラバラになっていた日本という国を一つにした大人物です。

 剣の達人でもあり、「逃げの小五郎」 という異名も持ってました。
 (2012/5/31ブログ 「くだらないものを相手にしない」 参照)

大久保利通
 それから、この人も姿勢が良いです。

 大久保利通公です。
 ほっそりとしていますね。

 同じく維新三傑の一人…
 西郷隆盛と共に、薩摩藩をまとめ上げ、明治維新の時には政府の中心になって活躍した傑物です。

 冷徹なまでに先を見据えた政治を、信念を持ってやり遂げた偉大な政治家でした。

 予算が足りなかった公共事業に自分の私財を投じる事も多く、死後は多額の借金がだけが残っていたそうです。

 西郷隆盛と最後は敵同士にならざるを得なかった事から、鹿児島出身でありながら、鹿児島県民にはあまり人気がありませんが…

 ちなみに、西郷隆盛の写真は一枚も実在しません。
 現在に残されている西郷隆盛の肖像は、どうやら本人には似ても似つかないものらしいです。

 アレ、西郷隆盛の弟さんの顔を下地にして、体格のいい従弟の体つきを合成して描かれたもので、妻の糸子は晩年に、「あの肖像はまったく本人には似ていない」 と述懐していました。

 高杉晋作
 そしてこれは、高杉晋作…

 あごを引いて、背筋がシャンとのびています。
 やっぱりみんな姿勢が良いです。

 言わずと知れた、長州藩の奇兵隊を創設した人物です。

 庶民からなる奇兵隊を結成し、兵学者・村田蔵六(大村益次郎)の力も借りて、15万人の幕府軍の攻撃をわずか4千人の長州勢で追っ払ってしまいました。

伊藤博文
 そして、明治の元勲といえばこの人、伊藤博文です。

 背筋もピンと伸びています。

 高杉晋作や木戸孝允を助けながら、長州藩を支え明治維新に貢献、維新後は初代総理大臣となった人物です。

 惜しくも韓国の地で暗殺されてしまいましたが…

 やっぱり、一人の例外も無くみんな姿勢が良いです。


 あっ、一人だけ姿勢の悪い人いた…

坂本竜馬 「ニッポンの夜明けぜよ…」

 まあ、この人は特別ですから(笑)

 この人を知らない人は、多分いないと思いますが…

 剣術の達人。
 土佐藩を脱藩、その後 勝海舟からさまざまな教えを学び、薩長同盟を成しとげ、さらには大政奉還の下地を作り上げた大人物… 坂本龍馬です。

 「おまん、志も持たんとぐずぐずしちゅうのは、まっこと大馬鹿者ぜよ…」

 坂本龍馬は、背筋はちょっとだけ曲がってますけど、生き方はまっすぐな人でした。


 それはともかくとして、昔の日本人はやっぱり気合いが入っていたんでしょうね。

 だから、僕も姿勢だけでも見習おうと思って、ここの所ずっとあごを引くように意識しているんです…

 そうすると苦しい苦しい(笑)
 日頃やりなれていない姿勢ですから…

 でも、何でこんなに苦しいのかがやっとわかりました。
 背骨が曲がっているから(笑)

 背骨が曲がっているもんだから、あごを引くと体のバランスが取れなくて苦しいんです。
 尾てい骨と背骨の角度がバシッと垂直になって、背筋がピンとしていたら、そんなに苦しくない…

 こうやってやっぱり姿勢を良い状態に保つと、精神もビシッとしますね。

 問題は、これをどれだけ持続させられるかです(笑)

 僕はいつも三日坊主になっちゃうから、このブログに誓って今度こそ頑張ります!


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産土様に会いに…

 今朝も日差しが気持ちいいです。
 僕は毎日それなりに、忙しく充実した日々を過ごさせて頂いています。

 よく考えてみたら今まで、この近所の産土(うぶすな)の神様に一度もご挨拶をしていませんでした(笑)   ダメじゃない…

 このあたりの産土様は、確か 「白髭(しらひげ)神社」 …
 そういえば、昨年のこれくらいの時期に秋祭りをやっていました。
 (2012/10/7ブログ 「本物の神様」 参照)

 自宅から5分ぐらい歩いて、たどり着きました。

白髭神社

 空は青いのに、何故か天気雨がパラパラ降っています。
 早速、境内に入ってみました。

 ちゃんと、お賽銭に115円用意してきました!
 「いい御縁(115円)」 がありますように(笑)
 これ、講座の受講生のSさんに教えてもらったんです。

 雨が本降りになってきました。
         うわあ、傘持ってないし…

 急いで、お社の屋根の下に入って、お賽銭を入れて、鈴のついた紐をガラガラやって、手を合わせました。

   雨の社

 別に何かお願い事がある訳ではありません。
 ただ、ご挨拶をしに来ただけですから…

 だから、「これからも、どうぞよろしくお願いします」 って、心の中で神様にお祈りしました。
 雨が降って来ちゃったから、しばらくそのまま目を閉じてました。

 不思議…

 なんか、懐かしくて優しいぬくもりに包まれている気分です。
 ポカポカ日のあたる縁側で、まどろんでいるようなおだやかな気持ちになりました。

 これが産土様のオーラかも知れない…
 気のせいかも知れないけど、そんな気がしました。

 5分ぐらい、そのままじっとしていたでしょうか、目を開けて周りを見渡すと、すっかり雨が上がっていました。

 まあ、元々天気雨でしたから…
 でも、ひょっとしたら、産土の神様が僕に存在を知らせようと、一瞬だけ雨を降らせてくれたのかも知れない…

 白髭神社からの帰り道で、今まで一度も言葉を交わした事が無かったご近所の方とご挨拶をしました。

 これからも、もっともっと素敵な出会いが増えるかも知れない…

 そんな予感がした午前中のひと時でした。


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精一杯強く生きる為に

 このブログは去年パリに出発する前日から、何だかんだで毎日、ずっと偉そうな事を書き続けています。
 このようなブログをずっと読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

 今さら言うのもなんですけど、僕自身、そんなにメンタル的に強い方ではありません。
 これは、僕自身が一番よくわかったいたりします。

 だから昨日のブログみたいに、戦国時代の足軽や、戦争に行った軍人さんの置かれた苛酷な状況を、現代人の我々の生活の価値観に置き換える事は、正論ではあっても、すんなりとは受け入れられる話ではない事も、何気にわかっていたりします。

 このブログ、ある意味、僕 自分に言い聞かせる為に、書いていたりもするんです。
 だから、毎回ブログを書き終えると、こんな偉そうな事書いちゃったから、まず自分がやらなきゃ… ってなる…
 これがまた良かったりするんですね。

 戦国時代は、毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際でしたから、戦さに出る兵士達は、勝つ為にいろんな「験(げん)かつぎ」をやっていました。
 誰だって、死ぬのは怖いし、槍に刺されて悶え苦しむのも嫌ですから、神にもすがる思いだったのでしょう。

 良く知られるのが、「三献(さんこん)の儀式」 と言って、打鮑(うちあわび)と勝栗と昆布、それに三つ重ねの盃の酒を、大将が一気に食べて飲み干し、その後、将兵全員が勝どきを上げる儀式です。

 打鮑は 「打つ」 、勝栗は 「勝つ」 、昆布は 「喜ぶ」 を表し、これをやる事で、「打ち勝って喜ぶ」 事ができるとか…

 誰が聞いても迷信ですよね。
 でも、生と死が背中合わせになった戦場におもむくには、こういう根拠の無い自信をつける事が絶対的に必要だったんです。

 僕はこの 「根拠の無い自信」 というのは、本当に大切だと思うんです。
 これは、「いつやるか 今でしょ」 で有名な林修先生もおっしゃっていた事ですけど、今やる人というのは、「何とかなるさ」 という根拠の無い自信に満ちあふれているそうです。

 もちろん中には、根拠の無い自信だけで、芽が出ないままの人もいますが、少なくとも 「何をやってもダメなんだ」 って考えるよりもよっぽどいい…
 まずはそこから始めるべきだって、おっしゃるんですね。

 だいたい、戦さ場で根拠の無い自信が無かったら、足がすくんで戦場に行けないですし…

 そしてもう一つは、昨日のブログの話ではありませんけど、「最悪の時の覚悟」。

 ちょっと矛盾しているようですが、実は最悪の事態にならないように、最悪の覚悟をするんです(笑)
 もちろん、「最悪の事態にならないように…」 というのが残っている内は、覚悟した事にはなっていませんけど…

 不安や恐れが残っていると、やっぱりそれが現実化しやすいです。

 戦国時代の軍人と言われた上杉謙信の春日山城壁書に、次のような言葉があります。

 死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死ぬるものなり。
 家を出ずるより帰らんと思えば、また帰る。
 帰ると思えば、ぜひ帰らぬものなり。

 これは目が覚めるような言葉です。
 怯えを無くして死ぬ気で戦えば、生きられる… って言っているんですね。

 「自信を持つ」 というのと、「最悪を覚悟する」 というのは矛盾するように見えて、実は裏表で、不安や怯えを無くして成功をつかみ取る為の道筋です。

 我々現代人のメンタルは、戦いに明け暮れていた時代の人のそれに比べたら、明らかに弱いです。

 ちょっとした事ですぐにしぼんじゃうし、大した事でも無い事が受け入れられなかったりする…

 それは僕も同じです。

 ただ、林修先生の言葉を借りるなら、「優秀な人間は環境に不満を言わない…」 という事…

 だからこの先も負けないで、精一杯強がって生きていこうと思います。


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失う覚悟ができた時に不安はなくなる

 朝方まで降っていた雨が昼前には上がって、関東地方では少し涼しくなってきました。
 皆様、いかが毎日おお過ごしでしょうか。

 僕は今日も、収穫のあった良い一日でした。

 若い頃の僕は、毎日が不安で不安で仕方がありませんでした。
 本当、どこにいても、何をしていても不安につきまとわれる毎日…
 あの頃は、ミュージシャンになる事に囚われすぎて、身も心もおかしくなっていたんです。

 とはいえ、誰だって少しぐらいは、人生に不安を抱えているものなのかも知れません。
 人によって、不安に思う事の内容はまちまちですが…

 ある人は、人間関係がうまく行くかどうかに不安を感じているし、ある人は、この先経済的に本当に大丈夫なのか、常に不安に思っている…

 ある人は、このまま一生独身になってしまう事が不安で仕方がないし、またある人は、自分の健康状態に常に不安を持っている…

 こういう不安って、どんなに成功を手に入れても、たとえ自分の目標が成就できても、尽きる事がありません。
 例え、今まで不安だった事が解消されても、また別の事が不安になって悩むだけですから…

 人間の煩悩ってヤツは、そんなもんです(笑)

 では、どうしたら、その不安から解放される事ができるかと言ったら、僕は 「それが無くても、やっていく」 という覚悟だと思う…

 人間関係はいいに越した事は無いけど、みんなから嫌われてたった一人きりになったって生きていく腹づもりさえあれば、その不安は無くなります。

 経済的に不安って言っても、この日本で餓死して死ぬような事はありません。最悪、生活保護を受けるという手もあるんですし…

 婚活はやれる限りやればいいけど、別に独身で過ごすのがいけないって訳でもないし、病気にならないように健康管理には気をつけるけど、それでも病気になっちゃったら、その時はお医者さんに任せればいい…

 どちらにしても、今の時代どうとでも生きていけます。

 昔の戦国時代の足軽の人なんて、戦さ働きで弓矢や鉄砲の飛びかう戦場に、槍一つ持って駈けていったんですから。
 いつ命が無くなるとも知れない…

 まあ、命が無くなるのなら、苦しみもそこで終わるけど、弓矢や鉄砲や敵兵の槍に刺されて、目をえぐられたり、腕を切られたり、腹を刺されたりして、痛みと苦しみで悶絶しなければいけない事になるかもしれない…

 いや、戦さに出る度に、半分ぐらいの確率でそうなるんです。
 それでも、彼らは不安はなかったんですね。

 なぜなら、最悪そうなる覚悟ができていたから…

 昔の人はハガネのような根性をしていた訳でも無いと思うんです。きっと、昔の人だって戦さに行く前には、不安になって足がガクガクするほど身震いしていた人だって、中にはいると思う。
 でも、足軽に生まれた以上、その運命は避けられないから、仕方なく覚悟を決めただけじゃないですかね…

 僕らの生ぬるい現代社会における不安とは、まるで違いますが、つまる所は結局同じ話です。

 失う覚悟ができた時に不安はなくなる…

 どうせ一度は人間死ぬもの…
 それなら、思いっきり覚悟を決めて、悔いのない人生を突き進もうではありませんか。


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今、この時代に生まれたからこそ

 今日もまだまだ暑いです。
 でも、寒い冬に比べたら、僕はこっちの方が断然好きです。
       冬の寒さは骨身にしみる~(笑)

 それにしても、僕は本当恵まれた時代に生まれたなって、つくづく思います。
 今こうして、仕事で何とか成功させて頂いているのも、たまたまこの時代に生まれてきたからだと思う…

 だって、便利なんですもん… 何もかもが…

 特に仕事をするという環境においては、もう最高の条件が整っちゃっています。
 これは、クーラーが効いていて、仕事がやりやすいという事だけでなく…

 例えば、何か仕事の情報を集めたい時には、インターネットですぐ調べられます。

 これ、昔だったら、電話で問い合わせたり、本を調べたり、毎日の新聞を皿のように見て、関係ある記事をスクラップして集めておいたりして、資料にしてました。
、場合によっては、資料館を尋ねたり、役所に出かけて問い合わせしたりしなければならない…

 本当に、昔は大変でした。20年前は、まだそんなだったと思います。
 もしも、図書館や役所が自宅から遠かったら、それだけで1日使ってしまいます。

 今なんて、欲しい本があっても、書店に行かなくてもアマゾンで注文すればいいから、それだけでも仕事時間が短縮できる…

 例え絶版になっている本でも、国会図書館に行けば必ず置いてあります。

 情報収集だけでなく、例えば文書を作るのだって、Wordを使えば簡単にできますし、データ処理をしたかったらExcelを使えばいい…
 そして、プリンターですぐに印刷できます。
    こわれると、プリンターのありがたみを実感できる…

 昔だったら、本の原稿を作るのだって、原稿用紙にペンで何度も書き直したりしてました。
 会計処理だって、ノートに線を引っ張って、電卓を使ってちまちま計算していたし…

 本当にいろいろと便利な世の中になりましたけど、中でも特に、個人事業主が仕事をやる上で一番有利な事と言ったら、ホームページやブログで自分の仕事をPRしたり、広告を出したりできる所です。

 これに掛かる費用は、インターネット接続料を除けば、ほぼ無料です。

 テレビやラジオのCMや、新聞や雑誌の広告なんかは、莫大なお金がかかりますが、昔は宣伝と言えばそれぐらいの手段しかなかったんです。
 あとは、管理人さんの目を盗んで、マンションに侵入して、チラシをポスティングするしかない(笑)

 昔は、ある程度の資金が無ければ、事業なんて遠い夢でしたが、今はパソコンさえあれば、誰だって個人事業で成功する可能性が開かれています。

 お店をやるにも、以前なら立地条件が良い場所に店舗を構えなければ成功がおぼつかなかったけれど、今は多少辺ぴな所に事務所を構えていても、インターネットで商売ができる…

 やる気さえあれば、例えどん底からでも、どれだけでも這い上がっていけます。

 もちろん言うまでもなく、これはこの日本という国に生まれてきた特権です。
 今までこの国を支えてきたご先祖の方のお陰で、僕らはこれだけの恩恵を受けられているんですね。

 僕は本当に、現代という時代に生まれて良かったと実感しています。
 この国には、大きな夢をつかむ為のチャンスが、誰でも平等に与えられている…

 すでに成功をつかんでいる方も、そうではなくて今はちょっとさえない人も、このあり余る現代の恩恵をフル活用して、大きく人生に ひと花咲かせようではありませんか。


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人と比べる事で…

 9月に入ったというのに、まだまだ暑いです。
 外にはでっかい入道雲が…

雲

 あの雲の上を歩けたら、きっと気持ちいいでしょうね。
     あの雲、絶対 中にラピュタあるネ!     By 神楽

 今 僕は、おだやかな安らぎに包まれています。
 この安らかな気持ちって、どこから来るのかな… って、ふと思ってみました。

 以前みたいな会社勤めで、時間に縛られなくなったからかって言うと、それも違う気がします。
 今でも、鑑定の待ち合わせの時間は守るし、僕はその辺は全く変わらない…

 上下関係に縛られて、上から命令される事が無くなったからかって言うと、それは少しはあるかも知れないけど、やっぱり違う気がします。

 昔から 「上からの命令は絶対だ」 なんて思った事もないし、今まで一度だって、心まで誰かに支配された事はなかったから…

 丁度1年半前、この日本を飛び出して、あのパリに行って変わった事…

 今までのいろんな人間関係のしがらみとか、すでに僕の価値観の一部になっていたこの国の社会通念なんかが取っぱらわれて、僕はある事から心が自由になれたんです。

 それは、「人と比べて、相対的に自分を見てしまうクセ」 …

 僕は今までずっと、人と自分を比べながら生きていました。
 語るのも恥ずかしいんですけど…

 三人兄弟の一番末っ子として生まれて、一番最初に立ちはだかったのが、二人の優秀な兄でした。
 僕の人生の紆余曲折は、全てここから来ていると言っても過言ではありません。

 その後も、いつも自分と誰かを比べながら生きてきました。

 ミュージシャンを目指していた時代には、成功している人達の年齢がやたらと気になりました。
 同輩や年下に先を越されたと思うと、悔しかったし…

 相手が自分の持っていないものを持っていると、いつもそれが欲しくなった…
 恋愛観さえも、誰かと自分を比べた時の評価に囚われていた…
 僕は日本は大好きだけど、つい、人と自分を比べてしまうのは、ある意味この日本に蔓延する風潮だとも思う…
(2012/10/10ブログ 「パリ発・純度100%の恋愛観」 参照)

 パリに行った時に、あのフランスという国の空気を吸って、その違いを肌で感じたんです。

 それで、人と自分とを比べるのをやめたら、本当に楽になった。

 あの頃の僕は、自分を測るものさしが、人と比べる事でしか見いだせなかったんです。

 もちろん、人と比べる事で得たものだってあります。
 うんと遠回りしてきたけど、人と自分を比べて、誰かに追いつく為に一生懸命努力もしたし、自分を高める事もできた…

 だから、今までの苦しかった人生を無駄だと思った事はありません。

 あの時代が無かったら、今の僕はいなかったと思うから…

 誰でも人生には、いろんな願望があります。

 結婚、子供、自己実現、安定した収入や財産を得る事…

 もしも、貴方の人生の中で、どうしても欲しいものがあるのなら、時には、なぜそれを自分が欲しがっているのか、自分に問いかけてみるのも良いでしょう。

 それが、本当に純粋な気持ちで欲しているものであれば、たいがいは手に入ります。
 人生とはそういうものです。

 でも、その理由が、自分と人とを比べた時に生じる世間体だけでしかない場合、そうやすやすとそれは手に入らないでしょう。
 それは、心の底から欲している訳ではないから…

 場合によっては、それを手に入れる事で、まるでサイズの合わない靴を常にはいているような苦しみを呼び込む事だってある…

 それでも、どうしてもそれが欲しいのなら、一回自分の心の囚われを全部取っ払ってしまうといいです。
 そしてもう一度、自問自答してみる…

 それでもちゃんと、心がそれを欲しているのであれば、きっと、その夢は手に入ります。

 そしてその時、人と自分を比べる事の苦しみから、心が解き放たれるはずです。


 P.S.
 村野大衡先生の 「超初級☆紫微斗数講座」 、アッという間に満席になってしまいました。

 僕は村野先生の人柄を知っていたので、多分、超格安な講座料金だろうと予想はしていました(^^)

 僕も申し込みたかったですぅ~
  それにしても200円って…
  食事代もあるから、受講料は1万円ポッキシぐらいに思っていたのですが(^^;;


 あんまり夜の遅い時間に携帯鳴らすのは失礼だろうと思って、今朝電話しようと、もう一度ブログの告知見てみたら、すでに満席になってました…

 それにしても、大震災の被害に遭われた受講生の方に、往復の交通費まで出すって所が、村野先生のすごい所です。
 これからもっともっと、村野先生はビックになっていかれるのでしょうね。


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下心のない親切が幸せを呼び込む

 いよいよ9月…
 さっき、外を歩いていたら、コウロギの声が聞こえてきました。
 いつの間にか、すっかり夜になるのも早くなっていて、秋の気配を感じます。

車内広告 昨日の講座の帰りの電車の中の壁に、萩本欽一さんの 「ダメなときほど運はたまる」 の広告が貼ってありました。

 このブログにも、何度か使わせて頂いていますけど、この本、本当いい本なんですよ。

 運を高める考え方がたくさん書かれていて、たった800円ですから…

 そういえばこの本の中に、子供の頃の萩本欽一さんとお母様との会話のやり取りが書かれていたのですが、それが妙に印象深いです。

 小学校時代にも、母親の言葉で忘れられないものがあります。
 浦和の小学校にいたころで、僕は二年生だったのかな。学校の帰り、大八車をがらがら押しながら坂道を上っていく八百屋さんを見かけたんです。当時はまだそういう行商の八百屋さんもいてね、大変なそうだったからうしろから押すのを手伝ってあげたの。坂の上に着いた時とき、八百屋のおじさんは 「坊や、ありがとう」 と言って、リンゴを一個くれました。

 なんだかすごくうれしくなってね、家に帰るなり母親に報告したんです。
 「お母さん、八百屋さんの大八車を押したらりんごもらっちゃった」
 母親から帰ってきたのは、すごく意外な言葉でした。
 「欽一、人さまからものをもらったら親切にならないのよ。りんごをもらわなければもっといい子だったのに。今度からそういうときはお断りしてね」

 小学校低学年の子供には意味不明だよね。僕が八百屋さんにねだったわけでもないのに、なんでもらっちゃいけないんだろう? ずいぶん考えましたけど、さっぱりわからない。
 でも、大人になりかけるころ、じんわりとわかってきましたね…(後略)
(萩本欽一 著 「ダメなときほど運はたまる」より抜粋)


 これは深い話です。
 僕もさらっと読んだ時には、萩本さんのお母様の言葉の意味がわかりませんでした。

 普通の母親なら、「良い事をして、ご褒美もらって良かったね」 ってほめてくれそうなものです。
 萩本さんはこの時まだ、小学校2年生の幼い子供だったわけですから…

 それなのに、逆にたしなめられている…

 ちょっと親としては、子供に完璧を求め過ぎているんじゃないかな… って最初思いました。

 でも、何度か読んでいる内に、僕にも萩本さんのお母様の伝えたかった事の真意が、なんとなくわかってきました。

 本当の親切を、子供の内から萩本さんに身につけて欲しかったんでしょうね。
 もっと次元の高い親切を…

 世の中の親切にも二通りあって、相手に何も見返りを求めない親切と、下心のある親切があります。

 これは聞いた話ですが、地上げ屋さんというのは、立ち退きをしてくれない家の人に、いきなり高圧的に出て行くように迫ったりはしません。

 最初は菓子折りを持って丁寧に挨拶しに来たり、やたらと腰が低くて、とっても親切にしてくれます(笑)

 こういうやり方をした方が、うまく事が運ぶって知っているからです。

 もちろん、これは本当の親切ではありません。
 交渉をうまく行かせるテクニックではありますが…

 地上げ屋さんは論外としても、人と人との関わり合いの中では、こういうギブ アンド テイクという関係はありでしょう。

 でも、常にこういう世界で生きていると、親切をした後、相手から見返りが来ない場合には、いつも不満が出るようになります。

 「これだけしてやったのに…」 ってなる…

 僕は、相手に何も見返りを求めない親切が好きですね。

 よく、「人にいい事をすると、自分にもいい事がある」 とか、「人を幸せにすると、自分にも幸せが来る」 とか言います。

 確かに正しい言葉だと思うのですが、せっかくする善意も、本心が 「自分が幸せになりたいから」 という理由だと、やっぱり本当の親切にならない気がします。

 そういうものにも囚われないで、縁がある人やたまたま自分のそばにいる人に、一切かけ引きなしで親切にしてあげられたらと思う。

 そうすると、カッコいい大人になれるから…
 それで、自分で自分の事が好きになれるんですよ。

 自分で自分が好きになれてる時って、きっと神様も、僕の事を好きになっているような気がする…

 そんな時には、ちゃんと神様からご褒美がもらえます。
 もちろん、そのご褒美欲しさに親切をするんじゃ意味がないけど…

 僕の場合には、たくさんの素敵な言葉を頂きました。
 「お告げ」 とかそういう意味じゃなく、内面から素敵な言葉が浮かんでくる…

 それを言葉にしたり、文章にしたりしたら、本も出版できたし、いっぱいいっぱい幸せがやってきました。

 下心のない親切が幸せを呼び込む…

 もっともっと、カッコいい大人になれるよう、頑張ります!


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