浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

自分の悩みから抜け出るテクニック

 8月もいよいよ今日で終わり…
 本当に時が経つのは、あっという間です。

 今日は、「四柱推命講座<初級編>」 の4日目でした。
 早いもので、もう半分の日程が終わってしまいました。

 こうして僕は、日々やりたい仕事をさせて頂いて、毎日 本当に感謝しています。

 でも人間ですから、いまだにちっぽけな事に心が囚われる事だってあります。

 そうですね…
 僕の場合は、自分が約束の時間に1分でも遅れたりとか、何かの支払いが一日でも遅れたりしてしまうと、すごく気持ちが落ち込むんです。
 その日一日、上の空になっています(笑)

 かといって別に、誰かが約束の時間に遅れても、そんなに腹を立てる事もありません。
 自分が遅れた場合のみ、いつまで経ってもそれを気にしている…

 まあこれって、エゴと言えばエゴです。

 この前、ある人に そんな話をしたら、「その悩みは贅沢だ」 って言われました。
 僕も確かにそう思います。

 それで、その時アドバイスをされたのが、本当に大変な人の苦しみというものをイメージして想像してみるといいという事…

 例えば、車をガレージから出そうとして、我が子を殺してしまったという人がいるらしい…
 車のタイヤのそばに子供がいたのに気づかずに、そのまま車を動かしたらひいてしまったそうです。

 その親はずっと、「もう後30秒、アクセルを踏むタイミングがずれていれば」 って、もだえるような苦しみに打ちひしがれている現実がそこにある…

 そういう人の苦しみを想像したら、1分待ち合わせに遅刻した事を気にして悩んでいるなんて、申し訳なさ過ぎてできない…

 まさにその通りだと思います。

 人の不幸を、自分の心の解放の為に利用するのは、卑怯な事かも知れないけど、ちっぽけな悩みから抜け出す為の一つのテクニックではあると思います。

 案外、人の悩みというのは、他の人から見たらくだらない事だったりします。
 その苦しみの大小は、悩みそのものの大小よりも、むしろ、どれだけそれに囚われるかどうかによって決まります。

 逆に本当に大変な目にあっている人は、悩んでいるような余裕さえ無かったりします。

 まあ、悩んでいるのは個人の自由だと思うんですけど、もったいないのは、そんな事に悩んでいて、本当に重要な事に対して、気持ちがおろそかになってしまうという事…

 上手に悩みから抜け出るテクニックを身につけて、未来の人生をもっともっと価値のあるものにしようではありませんか。

 P.S.
新横浜機関区 今日は、四柱推命講座を終えて、講座会場の悠庵で鑑定をさせて頂いてから、お世話になっている社長と関内の鉄道居酒屋 「新横浜機関区」 にお食事に行きました。

 前に鑑定にいらしてくださったお客様が、すごく良いお店だとすすめてくださったので、前から一度は入ってみたいと思っていたのです。

      店内

 とっても素敵な店内…
 懐かしい列車のパーツやグッズがいっぱい並んでいます。

 まるで列車の中にいるみたいな気分…

焼きうどん 注文した、焼きうどんの味は最高にグッドでした。

 テーブルの上にも、何か素敵なものがいっぱい飾られていました。

  これって、京浜東北線の電車に貼ってある路線図ですよね…

 今回は、仕事の打ち合わせだったので、店内でお酒は飲まなかったのですが、いつも店内は鉄道マニアの人々がたくさん集って盛り上がるそうです。

 帰る時には、駅長さん(店長さん)自ら、お出迎えしてご挨拶してくださいました。

 鉄道ファンの方や、ふらりと素敵な懐かしい列車の旅に出てみたい方、とってもおすすめのお店ですよ。


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当たり前だと思うから不満が出てくる

 ついに、今まで使っていたプリンターが壊れました。
 何回、ヘッドクリーニングをかけても、色がまだらにしか出ないので、メーカーに問い合わせたら、お預かり修理になるとの事…

 講座の度に毎回、全員分のテキストを印刷したりして、結構コキ使ってきたから、ついに限界が来たのかも知れません。

 修理費用がいくらになるか聞いたら、何と1万7千円!
    いきなりこの出費は痛いぞ…

 実はこれ、一口にプリンターと言っても、スキャナの機能とコピーの機能と電話の機能の付いた、かなり優れモノの複合機なんです。

 ただ、これがかえって裏目に出ましたね(笑)
 つまり、修理に出してしまうと、スキャナにコピー、それに自宅の電話まで使えなくなっちゃう…

壊れた複合機
   どの色もまだらですし、黄色は完全に全滅です…

 こういう時には、村野大衡先生みたいに、即決でプリンターを買い直しちゃえばいいのでしょうけど、部屋が狭いから、あんまり備品を増やしたくないし…

  ほのぼの占い師 “村野大衡” 即決な人々

 ちなみに、この複合機は村野先生が即決で買った 「MFC-J960DN」 のワンランク下の 「MFC-J950DN」 です。

 実は僕も今日、プリンター使わなくてはいけない用事があったのです。

 仕方ないので、データをUSBハブにコピーして、近くのインターネットカフェでプリントアウトしてきました。

 なんか、出てきた文字が全部ゴシック体になってました(笑)
 せっかく原稿は、楷書体のフォントで作っていたのに…
   まあ、妥協するしかない…

 こういうアクシデントが一つ起こると、やっぱり落ち着かないですね。
 全ての仕事が、順番順番に遅れていきます。

 「なんでよりによってこんな時に、プリンターが壊れるんだ」 って、イライラしたりしますし…

 でも、冷静に考えたら、例えいつプリンターが壊れようが、「なんでよりによってこんな時に…」 って思うんでしょうけど(笑)

 せっかく良い機会だから、このイライラってどこから出てくるのか考えてみました。    物好き…

 きっと、壊れていないプリンターが、そこにいつもあるのが当たり前だと思っているから、不満が出てくるのかも知れません。

 最初から、プリンターがあるのが当たり前だと思うと、「何でこんな時に壊れれるんだ」 って腹が立つけど、考えてみれば、いつもこのプリンターが頑張ってくれてたから、これまでの仕事ができてたんですよね。

 今、それが使えなくなってみて、初めて有難みがわかりました。

 これって、人生の全てのモノに言える事かも知れません。

 身近にあって当たり前になっているモノは、実は当たり前ではなかったりする…

 物だけじゃなくて、人間関係なんかでも同じ事かも知れません。
 自分の恋人とか親とか、良くしてくれる友達とか、応援してくれる人達とか…

 うまくいかなくなって別れる時には、「こんちきしょう」 とか思うかも知れないけど、そうじゃなくて、思うべき言葉は 「今まで、ありがとう」 のような気がする…

 「あるのが当たり前」 になってしまうと、そんな大切な事さえ忘れてしまうけど…

 という事でプリンターさん、これまでもいつもありがとう!
 修理を終えて、また元気な姿で戻ってきてくださいね(笑)


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運をもらうのにがっついちゃダメ

 先日、僕のタロット講座と四柱推命講座に参加してくださっている内田和男先生のブログを読んでいたら、この内容は特にいいな… って感動したお話があったんです。

 これが、人間の心理ですし、まさに運気の法則そのものだと思いました。

  幸せを呼ぶ実践方位鑑定
  「なぜチャンスをつかめないのか!

 ブログの中で、内田先生は、「自分のメリットの事ばっかりを考えて、行動し過ぎない事が大切だ」 という事をおっしゃっているんですね。
 さらに、「好意的に接してくれる人に対して、求めすぎない」 という事がチャンスをつかむコツだとも、つけ加えています。

 さすが内田先生の言葉だな… と思いました。

 やっぱり、がっつき過ぎると運は逃げるんです。

 以前に、神戸の大成功者のお客様を出張鑑定させて頂いた時のお話なんですけど、実は僕、事前になんにも鑑定コースとか鑑定料とか決めていなかったんです。

 ただ、決まっていたのは、交通費と宿泊費は全部負担して頂けるという話だけ…
 こういうアバウト過ぎる所は、本当に僕の反省点なんですけど…

 それで、神戸に行って、僕がお客様にさせて頂いた鑑定は、タロットを30分強ぐらいだけでした。
 これは、僕の鑑定料の規定では7千円になります。

 鑑定が終えて、その後お客様から、「鑑定料はお幾らにしましょうか」 って尋ねられたので、「では7千円という事で…」 って答えたんです。

 そしたら、「いやいや、わざわざここまで来てもらって、それはいけません。7万円にしましょう」 って、お客様いきなり万札を数え始められたんですね。

 僕はもう即座に 「いえ、僕は絶対に交通費と7千円しか頂きません」 って、断固お断りしました。
 「本当、欲のない方ですね」 って、お客様驚かれていましたけど…

 どうしてお断りしたかって言ったら、その時の鑑定には、どう考えても7万円もの価値は見出せないと思ったからです。

 何一つ、重大な案件を鑑定した訳でもないし、それにお食事代から宿泊代から交通費までご負担頂いているのに、さらにそんなお金まで頂いてしまったら、きっとバチが当たるって思ったんです。

 この話をすると、だいたいの人は、「それはそのお客様の御好意だから、有難く頂くべきでしょう」 って言いますね。

 この前、内田先生とお食事をした機会があって、内田先生のご意見も伺ってみようと思って、この話をしました。

 内田先生は今まで話した人の中で、唯一僕と同じ意見でした。
 やっぱり、それだけの対価を与えていないようなお金は、頂くべきではないという…   同志だ…

 僕は、そういうお金を頂いてはいけないとまでは言わないけれど、やっぱり頂かないという選択をした方が、よりベターな気はします。

 だって、あの時は、最高級のホテルから美味しいお食事、それに往復の交通費や正規の鑑定料までちゃんと頂いていました。
 僕はもう、それだけで十分すぎるくらいに幸せですから…
 (7/17ブログ 「神戸のゴージャスな夢」 参照)

 それにもかかわらず、そこでもっと欲をかいたりして、運の神様に嫌われたくないんです。
 運の神様は、がっつくと逃げていきますから…

 考えてみれば人間だって同じです。
 欲望に振り回されてがっついている人って、やっぱり嫌な感じがするし、できればおつき合いしたくないって思っちゃう…

 これは、萩本欽一さんも本に書いていらっしゃいました。

 僕が浅草の劇場で修行してるとき、ときたま先輩が 「メシおごってやる」 なんて言うことがありました。一緒にそば屋に行くと、「欽坊、なんでも食えよ」 と言ってくれるんですけど、僕はいつも 「かけそば」 を注文してたんです。

 「俺は天ぷらそばを食うから、欽坊もそうしろ」
 なんて言われても、
 「あの、僕、かけそばが好きなんです」
 って押し通してました。

 応援している人を増やすことも大事だけれど、そういう人に甘えて贅沢したらいけない。この微妙なところで運がたまるかどうかが違ってきます。
(萩本欽一 著 「ダメなときほど運はたまる」より抜粋)


 別に、「天ぷらそば」 ぐらいおごってもらってもいいじゃないか… って話かも知れませんが、やっぱりここに気遣いを感じるんですね。
 自分の事よりも、何気にちゃんと先輩の事を気遣っているっていう心がいいなって、思うんです。

 やっぱり神様って平等です。
 がっつかないで、今与えられたものに感謝するような気持ちでいると、必ずその分の運は貯蓄されていく。

 そしてそれは、必要な時にちゃんと形になって降りてきます。

 僕は今、ひしひしとそれを感じるんですね。

 P.S.
雑誌 この前、「エテイヤ・タロット」 の取材を受けて掲載して頂いた雑誌が、東京オフィスに届いていました。

 もっと元気になる! 大人女子の本当の占い

 Part5「世界のタロット」のコーナーで、浅野太志が「エテイヤ・タロット」を紹介しているのですが、まさか2ページにも渡って紹介して頂いているとは、思っても見ませんでした。

 他にもたくさんの良心的そうな占い師さんが掲載されている、完全保存版の本です。
 ギャップ・ジャパンのご担当のS様、本当にいろいろありがとうございました。

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真・藤堂高虎伝

 僕は藤堂高虎という武将は、人格者ですごく立派な人だと思うんですけど、なぜか、お調子者の変節者のようなイメージがつきまといます。

 昨日のブログにも書いたように、確かに主君は何度も替えていますけど、戦さ場で敵に寝がえったりした事は一度もありません。

 戦国時代というのは、下剋上の世で、寝がえりや裏切りなんかは日常茶飯事だった時代です。
 そんな中で、藤堂高虎はいつだって旗幟鮮明(きしせんめい)でした。
 もしも、徳川家康が討ち死にするような事があれば、間違いなく一緒に討ち死にしていたでしょう。
 あんまりそんなキャラには思われませんけど…

 歴史作家の羽生道英氏は、藤堂高虎が変節者の代表格みたいな悪いイメージになってしまったのは、幕末の津藩(藤堂高虎の子孫が継いだ藩)が、鳥羽・伏見の戦いで見せた対応が原因ではないかと言います。

 津藩は最初、幕府軍について官軍を迎え撃っていたんですけど、官軍が優勢になると、反旗をひるがえして味方である幕府軍に砲撃を開始したんです。

 幕府側の人々は、「さすが藩祖(高虎の事)の薫陶著しい事よ」 と皮肉交じりに言いました。
 高虎は、そんな薫陶はしていなかったと思うんですが(笑)

 せめて、城を明け渡して官軍に降参するぐらいにしておけば良かったのに、いきなり味方に砲撃してしまうんじゃ、裏切り者と言われても仕方ないです。

 きっとそれを見て、高虎もあの世で嘆いていたと思う…
   やっぱり、子孫に伊勢の領主を継がせるんじゃなかったって…

 藤堂高虎という人は苦労人だけあって、部下に対しても常にいたわりの気持ちを忘れませんでした。
 自分も長く人に使われていたから、部下の気持ちもわかるんですね。
 決して、部下を自分の所有物のように粗末に扱わない…

 ある時、家臣で、暇を願い出た者がいたのですが、その時も 「明朝、お茶を振る舞ってやろう」 ともてなしてやり、さらに自分の刀まで与えた上に、「行く先がもし思わしくなければ、いつでも戻ってきたらいいぞ」 とまで言っているんです。

 そして、その者が帰ってくると、元の所領を与えて帰参を許したそうです。

 気持ちが大らかな人ではありますが、かと言って何でもかんでも、なあなあにする訳でもありません。
 いつだって、高虎なりの価値観を持っていて、合理的に対処をします。

 ある時、高虎の家臣の内の五人が無駄遣いをして破産をしてしまいました。
 その内二人は遊郭に通い続けて破産した者、残り三人は博打を続けて破産した者たちでした。

 高虎は遊郭で破産した家臣はその場で放逐し、博打を続けて破産した三人は、家禄を減じた上、百日閉門の上で許しました。

 「何ゆえ、平等な罰をお与えになりませぬか」
と、家臣の一人が尋ねると、高虎は、

 「女にうつつを抜かして破産するような者は、どうにもならないが、博打を続けて破産したというのは、負けを取り返そうとした結果であろう、まだ性根を入れかえられる余地はある」
と述べたと言います。

 藤堂高虎は部下を見る目もありましたし、徳川家康と同じように、「損をする生き方」(2012/7/30ブログ 「堪忍を全うした偉人」参照)ができた人です。

 基本的に、あんまり欲がない人です。
 かなり誤解されていますけど…

 だいたい藤堂高虎が損得勘定だけで動く中身のない人間だったら、家康だってそれを見抜きます。
 ここまで取り立てられて、出世できる訳がありません。

 家康は高虎に、自分に似たようなものを感じたんだと思う…
 だから自分の死の直前まで、枕元に呼んで話をしていました。

 もっとも、徳川家臣の多くは、主君を何度もコロコロ替えている藤堂高虎の事を、やはり良くは思っていなかったようです。

 これは、大阪冬の陣の折りの話です。

 藤堂高虎は言うまでもなく徳川方として戦さに参戦しているのですが、そんな高虎の陣所に大坂方から密書が届きました。

 すると高虎は、その密書の封も切らずに家康に差し出すんですね。

 家康の側近が封を切ってみると…

 「かねての約定通り、東軍を引きだしてくれたので秀頼公もご満足である。今後とも内応に努めれば、懸賞は思いのまま与える」

 家康の側近は、顔色を変えました。

 でも、家康は、
 「敵に内通することなど、高虎に限ってある訳がない。このような小細工でわしをひっかけようとは、大坂方には愚者ばかりが揃っておる」 と一笑に付し、密書を破り捨てました。

 高虎と家康とは、これくらい信頼関係に結ばれていました。

 藤堂高虎の 「損をする生き方」 の最もたるものは、この後の大坂夏の陣での高虎の取った行動でしょう。

 高虎が大坂城へ軍勢を進める途中、大坂方の長宗我部盛親隊の五千五百の兵が、徳川家康・秀忠本体を奇襲しようとしているのを、たまたま高虎の部下が発見したんです。

 ところが、発見したのはいいのですが、長宗我部隊を攻撃するには、藤堂高虎隊は自ら沼地のぬかるみの中に突っ込んで行かなければならない…

 でも、そんな事をしたら、動きが取れないまま敵の弓矢の襲撃にあって、自ら死にに行くようなものです。

 それに藤堂隊と長宗我部隊との距離はずい分とありますから、発見していなかったフリもできます。
 しかも、家康は全軍に勝手な攻撃する事を慎むようにという、お触れを出しているし…

 こういう場合、多くの人は見て見ぬふりをするでしょう。
 損得勘定に長けた人物ならば、なおさらの事です。

 でも、藤堂高虎は決めました。
 沼地の泥沼に向かって、長宗我部軍に決死の攻撃を仕掛けたのです。

 この戦さで、藤堂軍は多くの死傷者を出し、名だたる藤堂家の武将も戦死してしまいました。
 高虎としては、本当に辛かったと思います。

 しかしながら、徳川本陣への奇襲を食い止める事は出来ました。

 この件でさらに徳川家康の信頼があつくなった高虎は、領国の伊勢に帰る事無く、ずっと江戸屋敷で家康のそばに仕えていました。
 
 藤堂高虎の忠誠ぶりは、「心残りは、そなたと宗派が違うから来世で出会えぬ事じゃ」 と語った家康の為に、自分の宗派を日蓮宗から天台宗に替えたほどのものでした。

 家康の死後も、徳川家に忠誠を尽く続け、二代将軍・秀忠からも、三代将軍・家光からも信任され続けました。
 秀忠の娘である和子を、後水尾天皇に入内(天皇の妃になる事)させたのも、藤堂高虎の功績です。

 藤堂高虎は自分の死の間際、息子の高次に、「油断禁物、時間厳守、早寝早起き」 などと書いた二十一カ条の遺訓を残し、75歳で息を引き取りました。

 死後、日光東照宮の家康の脇に、藤堂高虎の像が置かれました。
 微笑ましい事に、死んでからも、自分の主君に仕え続けているんですね。

 藤堂高虎という名の忠節をつくした英雄は、さまざまな誤解を受けながらも、我々にたくさんの人としてのあり方を教えてくれているような気がします。

 
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実力があって生き方が道に叶えば、運は開く

 ここの所、暗くて重~いブログが続いていて、読んでいる人も疲れたと思うので、ちょっと趣向を変えて、戦国武将の話でもしましょう。

 僕が一番好きな戦国武将は、やっぱりダントツで徳川家康なんですけど、どの武将もみんなそれぞれに好きです。

 織田信長や豊臣秀吉、あんまり人気のない明智光秀や石田三成だって、僕は好きです。
 こうやって戦国武将の名前を挙げていったら、キリがありませんけど…

 基本嫌いな武将というのは、いないですね。
 あっ、一人だけいた…


   淀君(よどぎみ)   武将じゃないけど…
   なんとなく虫が好かない(笑)


 そんな冗談はさておき、僕にとって、数多い戦国武将の特に好きな武将の一人が、藤堂高虎(とうどう たかとら)です。
   石田三成ファンのNさんは多分、嫌いな武将の一人だと思う…

 という事で、今日から2日連続で、この藤堂高虎について語りたいと思います。   もう、まったくパリブログじゃなくなってるし…

 きっと、藤堂高虎って言っても、そんなにメジャーじゃないから知らない人も多いでしょう。
 あと、司馬遼太郎さんの小説なんかのせいで、主君を何度も替える、要領が良い貪欲な人のように思われる事も多いです。

 でも、僕はむしろその逆だと思うんですね。

 確かに藤堂高虎が仕えた主君というのは、半端なく多いです。

 最初、近江の浅井長政に仕えて、浅井家滅亡後は阿閉貞征、そして磯野員昌に仕え、やがて信長の甥である織田信澄に仕え、のちに秀吉の弟・豊臣秀長に鞍替えします。

 秀長の死後は、豊臣秀吉に才能を惜しまれて仕えるも、秀吉の存命中から、秀吉の臣下になっていた徳川家康に急接近しているのです。

 これって、秀吉に仕える周りの人間から見たら、絶対に良いように思われません。
 この時代は、家康は秀吉の部下の一人にすぎない訳だから、秀吉の周囲の人間は、高虎の事を白い目で見るようになります。

 よく、藤堂高虎は、秀吉には子が幼い事に目をつけて、次の天下は家康のものになるとふんで、自分の利益の為に家康に近づいて行ったように言われますけど、僕はそうは思わないです。

 この時代の家康なんて、前田利家からは目をつけられているし、豊臣家臣の中で一番近づいたらヤバい存在ですから…
 当然、家康にだけ近づいていけば、秀吉にだって良く思われないだろうし…

 だから、保身を考えている武将は、絶対に家康には近づきません。
 前田利家なんかを敵に回すから…

 さすがに、秀吉も前田利家も死んでしまった関ヶ原の合戦前あたりの時代になってくると、自分の利益の為に家康にこびを売る武将も増えてきましたが…

 多分、藤堂高虎は、徳川家康と親交を持った時に、「この人は天下を治める大きな器を持っている」 って、感じたんだと思います。

 これは、勢力が大きいからという理由ではなく、その人柄に感じ入ったと思うんですね。
 多分、自分の持っている考え方に似ていたから…

 僕は、藤堂高虎という武将は、基本一匹狼の人だと思うんです。
 元々誰かの言いなりになる気はなくて、今まで仕方なく誰かに仕えてきたに過ぎない…

 だから、何度も主君をコロコロ替えた…、というよりは、ある意味誰にも従ってはいなかった…
 それは、秀吉に対してでも同じだったんだと思うんです。

 藤堂高虎がここまでトントン拍子に出世してきたのは、決して要領が良いからじゃなくて、実力があったからです。

 築城をやらせればうまいし、仕事はきっちりこなすし、戦さ場での勇気もあるし、人を上手に味方の陣営に引き込む事もできる…
 出世するのも当然です。

 それで、初めて藤堂高虎が主君として惚れこんだ人物というのが、徳川家康だったんだと思うんです。
 多分、自分と同じ志を感じたから…

 藤堂高虎という人は、自分の欲みたいなものに縛られない人でした。
 決して、分不相応なものを望んだりしません。

 そんな所が家康の好感を得たのでしょう。
 江戸幕府の支配の下、藤堂高虎は外様大名ながらも、別格譜代大名とされ、伊勢32万石という大封を与えられました。

 ある時、高虎は家康に、「自分が死んだ後に、息子の高次には伊勢の地を与えないでほしい」 と頼んだのです。

 家康が 「なぜか」 と訊ねると、
 「伊勢は徳川家の要衝あって、上国でございます。このような重要な地を、不肖の高次がお預かりするには分に過ぎます」 と答えました。

 すると家康は、「そのような高虎の子孫ならこそ、かかる要衝の地を守らねばならぬ。そちの子孫以外に伊勢の地を預けられる者などおらぬ」 と述べたと言います。

 この話は 高虎が、息子に伊勢が与えられるのを計算ずくで、忠義者ぶって発言した言葉のように言われる事もありますが、それは凡人の見解です。

 ちなみに、徳川家康が死の間際に、外様大名に述べた言葉で、次のようなものがあります。

 「我が命は尽きようとしているが、後には将軍(二代将軍・秀忠の事)がいるので天下の心配はないだろう。されど、もし将軍の政治が理にかなわなかったり、たくさんの民を苦しめるような行ないがあれば、誰でも将軍に代わられよ。
 天下は一人の天下にあらず、天下の天下ゆえ、例えそのようになろうが、この家康は恨みには思わない。」

 これもよく、「天下を奪えるものなら、奪ってみやがれ」 って強がっている言葉だって曲解されますけど、そんな風にひねくれて考えない方がいいでしょう。

 藤堂高虎も、徳川家康も、こういう広い価値観で考える事ができる人だから、天下に君臨する大成功者になれたのだと思います。
 こういう生き方をしていれば、自然に天の法則に合致するから、運だってついてきます。

 豊臣秀吉には悪いですけど、
 「秀頼の事を、お頼みもうす…」 とは、もうレベルが違うんですね(笑)

 実力があって、生き方が天の道に叶っていれば、絶対に運は開きます。
 あとはただ、時間の問題です。

 焦って目先の事に囚われる事無く、大きな運をつかみ取ろうではありませんか!


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劣等感と自己嫌悪の霧が晴れる時

 今まで本当にたくさん、いろんな感情を乗り越えてきた気がします。
 中には、思い出す事もできないものだってあるけど…

 こうして時間をおいてから見つめてみると、全部僕には宝物です。
 アロマオイルのようにいろんな香りがする小瓶のサンプルが、まるで宝石のように、心の書棚に並んでいる…

 今でも過去のその香りをかぐと、その時の思いがよみがえります。
 せつない思いの小瓶は、胸がキュンとなるし、怒りの小瓶の香りをかげば、腹が立ってくるし(笑)

 でも、人間は未来に向かって歩いて行かなくちゃならないから、いつまでもその思い出の場所で感情と遊んでいる訳に行かない…

 数ある感情の中でも、最も苦しい感情の一つが、僕は 「劣等感」 とか 「自己嫌悪」 というものかなって思うんです。

 怒りでも悲しみでも、その矛先が他者に向けられている内は、まだいいんです。
 自分を正当化できている分、余裕もある…

 でも、その矛先が自分に向かってしまうと、本当に苦しいです。
 これがひどくなってくると、自分で自分の体を虐待しようとしたり、強迫神経症で悶え苦しむ事にもなりかねない…

 この苦しみというのは、きっと経験していない人はわからないですね。

 その原因は、自分の外見とか、社会的立場などに対するコンプレックスかも知れないし、自分の内面性や性格についての事かも知れない。

 パターンはいろいろありますけど、共通している所は、自分を責めて、自分の事を憎んでいる事…

 向上心があって、自分に厳しすぎる人なんかが、陥りやすい心の状態です。
 経験がない人には、こういう感情は理解不能かも知れません。

 よくこういう苦しみに対する、定番のアドバイスの一つが、
 「自分の事を認めて、自分を受け入れなさい」 というもの。

 これはまさに正論です。

 でも、この言葉だけで救われるようであれば、実はまだ比較的軽症なんですね(笑)

 これは、僕もこの苦しみを とことんまで体験したからわかるんですが…
 劣等感や自己嫌悪の苦しみに、かなり深い所まで陥ると、この感情のドロ沼の世界から抜け出すのは、そんな甘いもんじゃないって事に気づきます(笑)
 結局、自分の事を受け入れる事ができないから、苦しんでいるのですから…

 それよりも、そういう思考が出てきたら、深みにハマる前にパッと切り上げて、他のもっと価値のある事を考える… という方法の方がはるかに現実的です。

 僕の場合はどうかというと、そのままドロ沼にずぶずぶとハマって、地の果てまで行きました(笑)

 ところがある時、ふっと苦しみが消えるんですよ。
 どういう訳かわからないけど…

 そして自然に、自分を許して認める事も、受け入れる事もできるようになっている…

 まあ、僕の場合はずい分と時間がかかりました。
 完全に劣等感や自己嫌悪から解放されて、本当に自分が好きになれたのは、パリの地を訪れた後の事です。
 (2012/4/22ブログ 「パリに行って変わった事」 参照)

 苦しみから解放された時、ふと こんな風に思えたんです。

 「自分」 という枠を作って考えると苦しいけれど、そのフィルターさえ外す事が出来れば、これは大した問題ではないと…

 そんなもん外せるようになるのか、って思うかもしれませんけど、僕はほんの一時的になら、自分というフィルターを外せるようになりましたね。

 これは別に特別な事じゃなくて、人はある程度 年を取って、いろんな苦しみを経験したら、自然にできるようになったりします。

 もちろん、ずっとそうしていられる訳じゃないですよ(笑)
 悟りを開いたお釈迦様じゃないんですから…

 その時感じるのが、自分の枠にとらわれると、つい自分を責めたくなるけど、これは自分一人だけを責めるような問題じゃないって事…

 ユングも言ってましたけど、人類全体の心というものは、深い所でみんなつながっていると僕も思うから…

 そして、それは良い方向に絶えず変化しているはずです。長期的にみれば必ずそうです。
 だって、みんなが幸せになりたいと思っているんだから…

 荒唐無稽かもしれないけど、僕はそう確信しています。

 もちろん、僕は自分のこの妄想を人に押しつける気なんてありません。
 僕は、宗教の教祖様だけにはなりたくないから(笑)

 もしも今、劣等感や自己嫌悪で苦しい思いをしている人がいたら、自分に囚われすぎないで、その悩みはいつか必ず晴れるって信じて欲しい…

 そして、その霧が晴れた時、自分が本当にでっかくて素晴らしい世界の一部である事に気づくはずです。

 P.S.
ほうとう 山梨に旅行に行った時に、自分用のおみやげに買ったカップ麺をお昼に食べてみました。

 「山梨郷土料理 ほうとう

 ほうとうとは、山梨県の野菜がいっぱい入った味噌仕立ての郷土料理です。
 まあ、必ずしもこのカップ麺のように、うどん状であるとは限りません。

 これ、カップ麺のくせに、450円もするんです(笑)

 でも、高いだけあって美味しかったです。
 レトルトの具には、かぼちゃとかが入っていたりして、お腹にぎっしりときました。
 しかも、体がポカポカ温まって暑いです。
 特に冬場なんかにはおすすめの、本格即席すいとんですよ。


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その時 味わうべき感情がある

 人生というのは、嬉しい事も楽しい事もいっぱいあるけれど、時には悔しい思いをしたり、苦しい思いをしたり、憤りや悲しみや焦りや恥辱の思いに身もだえする事だってあります。

 そういうネガティブな感情は上手にかわして、人間は常にポジティブな気持ちでいるべきだって、僕は最近まで思っていましたけど、ひょっとしたら、そういうものにも何かの意味があるのかも知れません。

 だから、自分を誤魔化して、ネガティブな感情だけを感じなくしちゃうというのは、あんまり良い方法ではないのかも知れない… って少し考えるようになりました。

 その感情の中に、学びがあったりするから…
 
 そういうネガティブな感情を経験しているから、人の悲しみや痛みがわかるし、人を許せるようにもなると思う。

 もちろん、その感情に囚われるんじゃなくて、全てを受け入れた上で消化していく…

 僕は割と記憶力がいいせいか、過去の経験に関して、嬉しかった事も嫌だった事も、比較的しっかりと覚えているんです。

 ところが、なぜか記憶のある一部分だけ、どうしても思い出せないような所や、すごく曖昧な所があったりするんですね。

 そしてその部分は共通して、何かとんでもない失敗をしていたり、すごく惨めな体験をしている時期だったりする…

 心というのはうまくできていて、何かを感じる事に恐怖を覚えるようになると、シャットダウンしてしまうんです。
 そういえば、最近パソコンが勝手にシャットダウンするようになった(笑)  ヤバい…

 でも、そこでシャットダウンすると、何も学べない…

 だから、何かを感じる事を怖がらない方がいいです。
 それはちょっとだけ勇気がいるかも知れないけど…

 やっぱり、失敗をして恥ずかしい思いをするから、自分は完璧じゃないってわかるし、謙虚な気持ちで人とうまくやっていく事ができる。
 でないと、自分を棚に上げて人に完璧を求めるようになるから…

 性格が悪い上司にひどい事を言われた時、怒りを覚えるから、人を使う時には、自分だけは言葉に気をつけようと思う。
 でないと、自分もそういう嫌な上司になっちゃうから…

 人生に希望が見いだせない状態で、不安とか焦りを感じるから、やがてそこから抜け出した時に、全ての事に感謝できるようになる。
 でないと、幸せが来てもそれが当たり前になっちゃうから…

 だから、そのネガティブな感情は、うまく避けて感じなくするんじゃなくて、囚われない程度に感じて、消化していく事が大切だったりします。

 その感情をきちんと消化できたかどうかのリトマス試験紙は、今の状態のままでも人生に感謝できるかどうか… という事かも知れません。

 もちろん、すぐに感謝なんてできなくても構いません。
 時が経てば、自然と感謝できるようになりますから…

 そして、それができるようになった時、次々にあふれるばかりの幸せが貴方に降り注いでくる事だけは、絶対に間違いありません。


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たどり着いた先には天国がある

 今日は、「四柱推命講座<初級編>」 第3日目でした。
 地球儀を使えば、「均時差(きんじさ)」 をうまく説明できるかな… って意気込んでいたのですが、やっぱりアレをうまく説明するのは本当に難しいですね。
    それにしても、電球(太陽)割れなくて良かった(笑)

 その後、お世話になっている社長と、I さん夫妻と、お酒を飲みに行きました。

 僕は基本、鑑定とブログを終わらせない内は、お酒は飲まないと決めているのですが、ついつい勧められて、ブログを書く前なのに、気がついたらかなりの量のお酒を飲んでいました(笑)

 ちなみに僕は、一人きりでお酒を飲む事は絶対にありません。
 だから以前は、せいぜい2ヵ月に1度程度お酒を飲めば良い方でした。

 でも、最近飲む機会が増えて、いろんな方とお酒を飲んでます。
 やっぱり、素敵な人達と飲むと、お酒が美味しいですね。

 僕は今、本当に幸せだなあ… としみじみ感じています。 
     アルコールでまだ体が宙に浮いている…

 やっと今、本来出会うべき人達に出会えた気がするから…

 思えば、パリに行った時から、正直な所、流れにまかせて流されて、たどり着いたらここに居たっていう感じなんですよ。
 
 本当はそんな無計画な事じゃいけないって、わかっているんですけど、自分の直感を信じて、ただ突き進んでいた…

 もちろん不安もあったし、別れだってあったけど、こうしてたどり着いてみれば、これで良かったと思う…

 こんなにたくさんの素敵な人達が周りにいて、守られている…

 流れにまかせて、たどり着いた先には天国がありました。

 パリに行った時から、確かに流れまかせに生きてきたけど、唯一意識していたのは、自分の欲やエゴには振り回されないようにしていた事。
 もちろん、人間だから完璧という訳には行かなかったけど…

 でも、あれからの人生、ほとんどが楽しい事ばかりで、時々ちょっとだけ辛い事があっても、何故かうまく解決してしまう…

 今までの人生は、そうじゃなかったです。
 いつも泥沼にハマって、もがくように苦しんでいました。
 ひょっとしたら、あれは、自分のエゴが作り出していた幻影なのかも知れない…

 これから先、確かに何があるかわからないけど、不思議と不安はありません。

 なんで今まで、人生がこんなに楽しいものだって気づかなかったのかな… って思います。

 今 出会っている素敵な人達と、これからまた出会う素敵な人達と、お互いに手を取りながら、思いっきり充実した残りの人生を楽しみたいです!


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どん底を体験すれば、でっかい幸せにたどり着く

 楽しかった小旅行を終えて、今、溜まっていた仕事を少しずつ進めています。
 久しぶりに動かした筋肉の疲れが、とっても心地よいです。

 昨日、S君が運転する帰りの車の中で、その日の朝、芸能人の方がマンションから飛び降り自殺した… というニュースの話題になりました。
 しかも、偶然にも僕らの車は気がつけば、その現場付近の西新宿を走行している…

 本当に何を言葉を述べていいのか、わかりません…
 きっと、お辛い事もいっぱいあったのだろうと思います。

 確かに、我々一般人から見たら彼女は大成功者ですし、経済的な意味では何一つ不自由はしていなかったでしょう。
 とはいえ、人間の幸・不幸というのは、そんなものだけでは推し量れません。

 ただ、そのニュースを聞いて、僕が最初に思ったのは、残された娘さんはどんな気持ちになるだろう… という事でした。

 もう、これは自分一人の問題ではない…

 もちろん、そんな事を考える余裕がない位に、自分一人の世界で苦しんでいたのだから、そこを責めるのは酷な事なんでしょうけど…

 こういう苦しい気持ちは、自殺をしたいと思った人にしかわからないものだと思います。

 このブログは、僕の人生の過去の反省の意味も込めて、かつ同じような苦しみを抱えている方の為に、自分の恥も外聞もかなぐり捨てて、できるかぎり吐露しようと決めたので、今回もやります!
   ある意味コレ、自殺以上に勇気いるかも(笑)

 僕の人生の中で、最も悲しみに打ちひしがれていた時期というのは、30代になって間もない位の時でした。

 それまではずっと 「20代の内に、必ずミュージシャンとして芸能界で成功する」 という誓いを立てて、常にその為の行動をしていました。

 他人が聞いたら、支離滅裂でめちゃくちゃな話なのですが、少なくともその頃、ミュージシャンではない状態で30代になってしまった自分の存在というのは、絶対に認める訳にはいかなかったんです。

 そこには、いろんなトラウマや劣等感なんかが絡んでいたのですが、これは長くなるので省略します。
 そんなもの聞かされても、みんな困るでしょうし(笑)

 だから、僕の20代の頃というのは、精神的に常に追い詰められていた時代でした。
 僕の今までの人生の中で、一番苦しかったのは この時期です。

 そして、当然と言えば当然なのですが、その目的をなしえる事なく30歳を迎えてしまった時、もう自分の人生そのものが空虚になっちゃったんです。

 だから、人生で一番苦しかった時期は20代なんですけど、人生で一番絶望に打ちひしがれた時期は、30代の初めという事になります。

 これって、客観的に見れば、何も失ったものはありません。
 体は健康そのものだし、別に借金をしている訳でもない…

 もちろん、今までバイトをして稼いだお金はすべてミュージシャンになる為の資金として使い果たしたので、確かに貯金は無いですけど、いくらでもやり直しはきくのです。

 ところが、全てが虚しいんですね。
 それで、自分の部屋でじっとしていると、とめどなく涙があふれてくる…

 もちろん、そんな事を誰にも相談しようとは思わなかったし、例え相談した所で、「気分転換に旅に出たら…」 とか 「思いっきり恋愛でも楽しめば…」 とか、ありきたりな答えが返ってくるのも予想できた…

 でも、とてもじゃないけど、そんな気分になれないんですよ。

 もしも、「今、一番何がしたい?」 って聞かれたら、多分即答で 「死にたい」 となる(笑)
 
 そのまま半月ぐらいボーッとしながら過ごして、貯金も底をついて、食べていくお金もないので、交通整理の警備員のバイトの面接に行きました。
 警備員の仕事というのは、基本きちんとした態度を取っていれば、よっぽどでない限り面接に合格できますから…

 ただし、法定研修の期間というのがあって、4日間、新宿にある警備会社の自社ビルの屋上で、敬礼のポーズとか交通誘導の練習をやらされます。
 鬼のような教官に、上から目線で命令されながら…

 その最中、もう本当、自分の人生が虚しくなっちゃいました。

 その研修の休憩の時、ふと、屋上のビルの縁から下界をのぞいてみたんです(笑)

 僕は本来かなりの高所恐怖症なのですが(2012/3/22ブログ 「パリの休日」参照)、この時はなぜか、全く怖いとは思いませんでした。
 そんな事以上に、自分の人生に憤りを感じていたから…

 むしろ、ここから飛び降りたら楽になれるな… と思った。

 では、なぜそこから飛び降りなかったかと言うと、まずは正直な所、死んでから自分が恥ずかしめを受けるのに耐えられなかったんですね。
 自殺するのなら、誰にも分からない所でやろうと思った…

 ただ、もう一つだけ理由がありました。
 それは、「これをやったら、親を悲しませることになるな…」 というもの。

 当時は かなり追い詰められていましたが、まだ最後の理性が残っていたのですね。

 人というものは、この世にある程度生きていると、つながりというものができてきます。

 そのつながりに気づけば、自分の命が自分だけの命でない事がわかる…

 そして、誰かの為にその命を捧げる事だってできる…

 原始時代にも、男は、家族に食糧を与える為に、命を顧みず狩りをしていたし…
 戦争というものは悲しいものだけど、戦場へ自ら志願して出ていく人達の気持ちも、それと同じでしょう。

 これは、同じ死を決意するのでも、自殺とは真逆の境地です。
 いってみれば、自分のちっぽけな事に悩んでいられない状況だから、自分の苦しみもない…

 「ゲゲゲの鬼太郎」 の作者としても有名な漫画家の水木しげるさんは、今の成功をつかむまでの人生は筆舌に尽くしがたいほど辛酸なもので、先の戦争でも、敵機の爆撃で左腕をなくしたという苛酷な経験をされていますが、自殺者に対して、次のような意味のコメントをされています。

 彼らは自分の好きで死ぬのだから、死なせてやればいい。どうして止めるんですか。戦争へ出兵した軍人達は生きたくても生きられなかったんです。

 一見冷たいセリフですけど、自殺者に対して厳しくいさめているんですね。

 僕がこれから自殺を考えている人にメッセージを送るとしたら、こうです。

 今は辛いだろうけど、死ななければ必ず幸せになれますよ。
 そして、その幸せは、今のその気持ちを経験をしていない人には決して味わえない、相当にでっかい幸せですから、頑張って生きていきましょうね。

 僕は本当に我がままで、お世辞にも立派な人間とは言えないけど、この事は経験済みだからわかるんです。

 どん底を体験すれば、でっかい幸せにたどり着く…

 せっかく一度きりの人生、一緒に手を取り合いながら、頑張って生きていきましょう。

 P.S.
家康くん昨日の高速での帰り道、石川パーキングエリアで、講座の受講生の人へのおみやげのお菓子を買おうと、売り場を探していたら、とっても素敵なノートを見つけてしまいました。

 浜松のゆるキャラ 「家康くん」 …
 なぜか、浜松に全く関係ない石川パーキングに売っていました(笑)

 これ、おかしいです。
 ちょんまげが うなぎ で、家紋がみかん、それでもって袴がピアノの鍵盤になっています。
 まあ、全部浜松の名産なんですけど…

 浜松城は、昔 曳馬城(ひくまじょう)って呼ばれたんですけど、信長と同盟時代の徳川家康の居城でした。
 「馬を引く(戦さに負ける)」 では縁起が悪いんで、浜松って名前を改めたんですね。

 江戸時代にも、浜松城主はみんな幕閣に出世していて、縁起がいいんで、浜松城は 「出世城」 って呼ばれたんです。

 僕、今までずっと、隠れくまモンファンだったのですが、こっちに乗り換えました♪

 それにしても、こんなゆるキャラ作られて、家康は草葉の陰から、何を思っている事やら…


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非日常的なバカンスが運を刺激する

 昨日の夜は、山梨県笛吹市の石和温泉花火大会を、ビジネスホテルの屋上で鑑賞しながら、みんなでお酒を飲んだり、おつまみを食べたりしていました。

 でも、僕はビールを片手に持ちながらも、携帯用パソコンを使ってブログを打っていました。
 そんな事やっていたら、全然くつろげませんでした(笑)

 それにしても、本当に綺麗な花火でした。
     慌ただしくしながらも、ちゃんと写真は撮った(笑)

花火1


花火2


花火3


 今日は旅の2日目…

 相模原湖の近くの河川で、みんなでバーベキュー大会をやりました。

 S君の友人で、この前のバーベキュー大会(6/30ブログ 「夏のくもり空は最高」参照)にも参加していた二人が新たに合流して、総勢6人で川で泳いだり、網や鉄板で焼いた新鮮な魚や野菜、お肉なんかを焼いて、ビールを飲みながら食べました。

 中でも美味しかったのは、S君が持ってきた、飯ごう で炊いたご飯…

     飯ごう

 いや、炊飯器で炊いたご飯とは、全然味が違いますね。
 こんなにお米が美味しいものだとは、今まで知りませんでした。

 それにつけても、山間の河川の景色が本当に綺麗です。
 S君の運転で、曲がりくねった細い山道を、1時間ぐらい揺られながら着いた、秘境の地です。

河川

 まるで楽園見たい…
 日本にも、こういう場所があったんですね。

   川の中

 サブサブと足を滑らせないように、川の浅瀬を歩いてみました。
 冷たい水が気持ちいいです。

 本当、大自然の中で心が癒される気分です。

 これは、車の中でS君と話していた事なんですけど…

 あえて、エアコンはもちろん、電気とかガスとか便利なものが何もなくて、携帯の電波さえもつながらないような場所で生活してみるのも、人生を豊かにしていくのかも知れません。

 ガスがあれば、火をつけようと思えば、ただツマミをひとひねりするだけですが、焚き木と木炭とライターを用いて、風よけをしながら発火するって、本当に大変です。

 うまく火がついて、バーベキューをする為の火種ができた時は、本当感動モノですね。

 これをみんなで助け合いながら、別に誰かが役割分担をした訳でもないのに、それぞれが知恵を使って、燃えやすいものを調達したり、風よけをしたり、逆にうちわで炎を大きくする為の風を作ったりとかして、工夫をして目的を成しとげる…

 こういうのって、いいなあ… と思いました。

 便利な生活は、それはそれで良いんですけど、逆にそれによって、自分の頭で考える事がおろそかになったり、何でも人任せにして依存する習慣にもつながりやすい…

 でも、こういう経験をする事で、また今までとは別の視点で物を見られるようになるし、普段何気なく享受している便利な生活にも感謝できるようになります。

 こうやって、自分の視野や見識が広がる事で、確実に運気が刺激されて上がっていくと思う…

 それにしても、良いバカンスでした。

 非日常的なバカンスが運を刺激する…
 たっぷりパワーを補給して、明日からの仕事に生かしていくつもりです!

 P.S.
 今日は、フランスの作曲家・ドビュッシーの生誕151周年記念日!
 携帯用のパソコンでみたGoogleの検索画面が、シネマのような雰囲気モノの画面になっていて、クリックするとドビュッシーの 「月の光」 の素敵なメロディーが流れ出しました。

 僕はピアノ曲の中でも、ドビュッシーはすごく好きです。
 同じ時期の作曲家であるラヴェルや、ピアノ曲の定番であるショパンやリストなんかも好きですけど、やっぱりドビュッシーの情緒あるピアノの調べは最高です。
       特に「亜麻色の髪の乙女」 が好き…

 ドビュッシーは、フランス・サン・ジェルマン・アン・レーで生まれ、パリで死没した、パリの生み出した代表的な芸術家の一人です。

 ドビュッシーの曲って、なんか懐かしい気持ちになる楽曲なんですね。
 久しぶりにピアノのな色を聞いていたら、大自然の山々の景色と合わさって、胸がいっぱいになりました。


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山梨旅紀行

 今日は友人のS君から、山梨への旅行に誘われて、只今、山梨県笛吹市に滞在中です。

 朝7時に東京都内で集合して、S君が運転する車に仲間4人で乗り込んで、相模湖の近くの渓流に行きました。
 その近くにある、S君おすすめの釣り堀で、みんなで釣りを楽しみました。

 相模湖の近くの渓流
 山の樹々の緑と綺麗な水に癒されながら過ごす幸せな休日…

 まさに天国にいるような気分です。

 みんなで、にじますを釣りまくりました。


 魚釣り
 僕はそんなに釣りは得意ではないのですが、S君に釣り方を教えてもらって、いきなり釣れました!

 釣れたのはいいのですが、魚の口に針が刺さって痛がっているようで、可愛そうに思えてきたんですが、実際には、魚は神経が無いので痛みは感じないのだそうです。


     魚
 みんなで火を焚いて、網の上に魚を載せて焼いて、塩とレモン汁をつけて食べました。

 山の緑に囲まれ、仲間と一緒に語らいながら食べる、大自然の恵み…
 本当にごちそうさまでした。

 渓流

 山の渓流の水面に、足をつけて見ました。
 まるで、心が水であらわれていくような思いがします。

 幸せだなあ…
 来てよかった。

 旅は、まだまだ終わりません。

 次は、武田神社へ…
武田神社
 武田神社は、躑躅ヶ先館(つつじがさきやかた)の旧跡の事…

 戦国時代屈指の名将・武田信玄公の住まいです。

 武田信玄は、この躑躅ヶ先館と要害山城(ようがいやまじょう)を本拠地として、天下に覇を唱える為に京に上洛するその途中、病の為に陣中で没しました。

 武田信玄は、織田信長がもっとも恐れていた敵でもあり、もしも信玄の寿命が半年のびたなら、日本の歴史の流れはすっかりと変わっていたかもしれません。


    神社の鳥居

 みんなで境内に入って、参拝してきました。

 こうやって、歴史の流れに思いを馳せると、本当に感慨深いです。

 このブログを読んでいる方は、ご存知の方も多いと思いますが、僕は徳川家康が大好きで、心が迷った時には家康の生き方を手本にしています。
 
 その徳川家康が、自分の人生のお手本にしていた人の一人が、この武田信玄でした。

 神社の境内をさまよいながら、うっとりした気分です。

 旅はまだまだ続きます。
 今、ビジネスホテルの屋上で、みんなできれいな花火を見つつ、お酒を飲みながらこのブログを打っています。

 この場所でいっぱい、思い出を作ってきます。


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無駄をはぶけば運は良くなる

 暑い暑いと言いつつも、確実に秋が近づきつつあるのを感じる今日この頃です。

 別に結婚した訳でもないのに、なんか最近だんだんと所帯じみてきて、自分の生活のいろんな部分を見直しています。

 例えば飲料水… 僕は30代の初め、缶コーヒーとか、炭酸飲料やカルピスなんかの缶ジュースを、夏場は一日5本ぐらいは飲んでいました。

 それで、いつも家ではなく、必ず外で飲んでいましたね。
 家に持ち帰って飲むと、空き缶がたまるから…

 あの頃はいつも外食ばかりしていて、コンビニでお弁当を買って家で食べるという事もありませんでした。
 容器のゴミがたまるから…

 まったく、どういう生活してたんだか…
 食費だけで1ヶ月10万近くかかっていた気がします。
 エンゲル係数は、発展途上国の国民並みでしたね(笑)

 あの頃はミュージシャンの夢をあきらめて、人生の何もかもが嫌になってヤケを起こしていました。

 ヤケになっている時って、先の未来のビジョンも、周りの人の目とかも、どうでも良くなってきます。
 その先、やがて行きつく所は破滅だけ…

 僕の場合は、たまたま師匠に救われて何とかなりましたけど…

 逆に、人生どんなに辛くても、ヤケさえ起こさなければ、破滅する事はありません。
 しっかり未来の事を考えて、ある程度計画を立てて人生を送っていれば、多少計画が狂った所で、必ず良い未来がやってきます。

 お金はちゃんと考えて使う事…
 最近は僕も、缶ジュースは滅多に飲まなくなりました。

 コンビニで、2ℓの麦茶のペットボトルとかアクエリアスとか買って冷蔵庫に入れてます。
 麦茶なんて、2ℓでも168円ですから…

 この頃ちゃんと節約できてるな… って思っていたんですが、最近、実はそうでも無いという事に気づきました。

むぎ茶 こんなものがスーパーで売っているではありませんか…

 これ、1ℓの水にティーパックを入れて、2時間冷蔵庫に入れておくだけで、一切火を使う事なく麦茶ができます。

 実はこの前、友人のFさんが大量に麦茶のティーパックをくださってので、この方法に気がついたのですが、これ1箱で64パックも入って、たった178円です。

 そうか、これでよかったのか!
 こういう発想は今まで思いつきもしなかったです(笑)

麦茶ポット
 ガラスポットで作った麦茶…
 味も、ペットボトルの麦茶と変わりません。

 夏場でガブガブ水分を取ったとしても、せいぜい1日2ℓ…
 つまり1箱で1ヵ月以上持ちます。
 1日当たりの飲料水代は、約17円という所ですね。

 結構みみっちいお話かもしれませんが、これを継続すると とんでもない額の差が出ます。

 例えば毎日夏場のようにガブガブ水分を取ったと仮定して、昔僕は缶ジュースを毎日5本飲んでいたので、毎日600円ずつかかっていました。

 これを1ヵ月続けると、18,000円、さらに1年だと×12で、216,000円、10年だと、2,160,000円!   わお~

 ちなみに毎日この麦茶を2ℓ飲み続けたとしても、1日当たり17円と仮定して、1ヵ月で510円、1年だと6,120円、10年だと61,200円…

 つまり10年間で2,100,000円の差ができてしまう事になります。
 しかも、缶ジュースを10年間ずっと1日5本飲み続けていたら、絶対体を悪くするだろうから、入院費だってかかります(笑)

 些細な事でも長く続けていれば、大きな差になって出てきます。
 これはお金の節約の話だけじゃなくて、人生のあらゆる事がそうです。

 無駄をはぶけば運は良くなる…
 節約なんてしようと思えば、どれだけでもできます。

 明日から、友人のS君に誘われて山梨に旅行に行ってきます。でも、宿泊代がビジネスホテル一泊たった4,000円なんです。
 しかもワゴン車で、みんなで乗り合わせていくから、交通費もほとんどかからない…

 僕はこういう贅沢をしない質素な旅行が好きですね。

 明日の朝5時に起きて出発!
 ちょっと息抜きをしてきます♪


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心は水の流れのように…

 まだまだ暑い毎日が続きます。
 でも、部屋はクーラーが効いているから大丈夫…

 人生というのは、本当いろんな事があって楽しいです。
 正直 昔はいろんな事があって、人生は不安だらけだって、ずっと思っていたのですが、今は心から楽しいって思える…

 僕は昔、ミュージシャンとか俳優を目指していた時期が長かったのですけど、その中で、映画やプロダクション所属のオーディションを受けた事もありました。

 映画のオーディションは、残念ながら受かったためしはないです(笑)
 まあ、ああいうのって、あらかじめ配役は決まっていたりして、映画のコマーシャルの為にオーディションをやっている事も多かったりします。

 それで、オーディションに合格する為の秘訣をたった一つだけあげるなら、審査員の前で、ニッコリとほほ笑む事ができるかどうかに掛かっていると言ってもいいです。

 その笑顔が、最高に感じのいいものだったら、もうオーディションに合格したも同然です。

 そうは言っても、いざ審査員の前に行くとみんな固まっちゃって、なかなかこの笑顔というのができません。

 この笑顔って、俳優のオーディションだけに限らず、あらゆる物事をうまく行かせる為の基本です。
 特に恋愛を成功させられるかどうかなんて、ほとんどこれに掛かっていると言ってもいいかも知れない…

 やっぱり僕は、笑顔の素敵な女性がいいですね。

 プンプン怒っている人は論外ですけど、悲しそうな顔をしている人や、暗く沈んでいる人よりも、やっぱり笑顔の女性がいいです。
 だって、心が疲れた時、その笑顔に癒されたいですから…

 まあ 中には、薄幸そうな悲しげな雰囲気がする女性が好きだ… という男性だっていますし、一概には言えませんが…

 女性から見た理想の男性だって、だいたいこれと似たようなものじゃないですかね。

 でも、このニッコリほほ笑むというのが、案外難しかったりするんですよ。
 特に不幸な時には…

 笑おうと思っても笑えないし、ぎこちなくなっちゃう…

 当初ミュージシャンを目指していた僕が、俳優の勉強を始めたきっかけは、自分というものを解放する為でした。

 あの頃は本当に心に余裕がなくて、自然な笑顔が全くできなかったし、致命的だったのは、当時シンガーソングライターというスタイルを目指していたんですけど、歌を歌おうとする度に、のどをしめる癖がついていて、音程が取れなくなっていたんです。

 だから、演技のレッスンを受けて、発声の基本とか、自然な笑顔の練習を一生懸命やっていました。

 でも、皮肉な事に、一生懸命やればやるほど、ドツボにハマっていきますね。
 最後には、ステージや舞台に上がると、顔面神経痛みたいになっちゃって、にっちもさっちも行きませんでした。

 あの頃は本当に苦しかった…

 今になって、あの時 何がいけなかったかが、冷静に見渡せたりするんですよ。

 あの頃は、いろんな感情がさらっと流せなかったんです。
 「まっ、いいや」 っていうのが、全くできなかった。

 だから、何かが起こってその感情に囚われる度に、心が道に迷っていました。
 その内、明日何が起きるかが気が気じゃなくて、不安で不安で 精神がさいなまれていきました。

 僕、今は何が起こっても、その事に囚われないようにしています。

 良い事が起こったら、「ありがとうございます」 って感謝して さらっと流すし、悪い事が起こっても、自分の至らなかった点は反省するけど、「まっ、いいや」 って流す…

 それで道を歩いている時には、そよ風の心地よさを感じながら、なるべく笑顔でいるように心掛けています。

 心は水の流れのように…

 人生はいろんな事が起きるけど、さらっと流して、優しくて素敵な笑顔で居続けられたなら、僕はもうそれだけで十分です。


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良いアイデアは体全体で思いつく

 暑い日が続きます。
 今年はお盆に入ってから、急に暑くなったような気がします。

 パリから帰ってきてからというもの、まるで天から降ってくるように、僕はアイデアやひらめきがいっぱいわいてきます。

 それで、そのインスピレーションに従って行動すると、面白いくらいにツボに当たります。

 このひらめきは、自分で考えついたという感じじゃないです。
 神様からのメッセージをキャッチしたような感覚… とでも言ったら良いでしょうか。

 「私には、神様の声が聞こるんです」 なんて、おバカなセリフを言う気はありませんよ(笑)
 例えていうなら、そんな感じというだけです。

 だから、僕はもう、以前のように悶々と悩みながら考え込んで、ドツボにハマる事は無くなりました。

 とはいえ、気がついてみれば、思いつくアイデアそのものは、以前とそんなに大差ないです。
 別に何かすごい事を思いついたりする訳でもありません。
 平凡なアイデアやひらめきばかりです。

 でも、その後の結果が違ってくる…
 うまい具合に、全てツボに当たっているんです。

 どこが違うかと言えば、そうですね… 体のどこの部分で思いつくかが違いますね(笑)
 これは、多分に感覚的なものですが…

 以前なら、頭の中で悶々と理屈をこねくり回して、アイデアを出していました。

 だいたい、頭の中でこねくり出した答えというのは、一見良さげに見えて、行動に移すと失敗する事が多いですね。

 もちろん悪い事を考えている訳ではありません。
 行動に移すなら、まっとうな事をしたいと思っているし、一生懸命みんなに利益になるような方法を、頭の中でうなるように思考していました。

 ところが、こういうのって何やってもうまく行かないんですよ。
 「人に良かれ」 と思って考えて行動をしているのに、やる事なす事チグハグになって結局人から嫌われたりとか…

 それで何故かいつも、頭がハチマキできつく締めつけられているように痛い(笑)

 僕、昔 偏頭痛持っていたんです。
 時に中学生の頃なんて、いつも頭痛かったです。その上ついでに蓄膿症でした。

 医者に通う訳でもなく、薬を飲んでいた訳でもないのに、いつの間にか完治していたんですけど…

 それでも、いつも頭の中で物事をこねくり回して考える癖だけは、抜けませんでしたね。

 では、今はどうしているかというと、頭で考えないようにしています(笑)

 頭で考えないで、尾てい骨で物を考えたり、足のつま先で物を考えたりするイメージ…
 まあ、そんな所で物を考えられる訳は無いんですけど(笑)

 言いかえれば、頭に血が行かないようにしながら、体全体(というか、自分の気のオーラ全体)で、物を考えるようにしています。

 頭を使うのは、情報をスクラップしたり分析したりするのと、成功や失敗の可能性を計算ではじき出すだけで、頭の中でうなりながら結論を出す事は、極力避けています。

 そうやると、だいたい間違うから(笑)

 頭の中で考えるのをやめて、体全体で感じたアイデアやひらめきで行動する習慣をつけると、人は本来の運気に戻るように思います。

 「本来の運気に戻る」 というのは、頭で考えないように思考停止をすれば、誰でも良いアイデアやひらめきがやってくるという意味ではなく(…それは甘い(笑)、その人の心の状態にふさわしいアイデアやひらめきが、天から降りてくるという事…

 その人その人の心の広さに比例して、それにふさわしい運気になっていく…

 今まで頭の中で、一生懸命立派な事を考えていたという人は、きっと心も広くて純真なはずですから、それにふさわしい素晴らしいアイデアやひらめきがやってくるはずです。

 僕みたいに、まだまだ心が狭いような人間だって、それなりに良いアイデアやひらめきがいっぱい降りてくるんですから…

 良いアイデアは体全体で思いつく…

 頭で考えるのをやめて、体全体でアンテナを張り巡らせた時、今までとは比べ物にならないような、天からの叡智がやって来ます。


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運も命式も自分で決められる

 今日は、「四柱推命講座<初級編>」 の2日目でした。
 第1日目は、「真似してはいけない四柱推命一日講座」 だったので、本題の講座に入るのは、今日がスタートです。
 四柱推命の基本は、何といっても十干と十二支なので、これをみっちりとやりました。

 この十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)と、十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)の組み合わせが、その人の生年月日時によって、無限のバリエーションで決定され、基本的な性格や運命傾向を表しています。
    今日のブログ、いつもと違って、ちゃんと占いのブログっぽい(笑)

 だから、正確な生年月日がわからないと、当然、四柱推命は占えません。
 でも、まれに昔にお生まれになった方の中には、自分の本当の生年月日がわからない方もいらっしゃいます。

 僕がずい分前に占った方も、四柱推命の鑑定を申し込まれたにもかかわらず、戸籍上の生年月日と自分の本当の生年月日が違っていて、本当の生年月日はわからないという方でした。

 その時は最初、お聞きした戸籍上の生年月日を、その方の本当の生年月日だと思い込んで、鑑定をしたのでした。
 後から、実は本当の生年月日ではない… と聞かされたのですが、なぜか案外当たっていたらしいのです。
 もっとも時柱不明なので、そんなに踏み込んだ内容ではなかったのですが…

 まあ、偶然にそういう事も起こるかも知れない… ぐらいに思っていました。

 四柱推命では、実際にお生まれになった日と戸籍上の日が異なる場合は、実際にお生まれになった日で、運命は見ていかなければなりません…
 って、今日まで思っていました(笑)

 実は、今日の講座の中でそんな話になって、受講生でプロの占い師でもある笹々木龍一先生から、ある人の実際の生年月日と、普段意識している戸籍上の生年月日の両方を運命学で占ったら、明らかに戸籍上の生年月日が当たっていたというお話を聞いたのです。

 僕も観念が破れました。
       講座をしながら、本当にいろいろと勉強させて頂いてます…

 その時に、ふと頭をよぎったのが、小泉純一郎元首相の四柱推命の命式…
 生まれた時刻はわからないのですが、あの方の命式って、ものすごい特殊なんですよ。
 まるで、誰かが例題として紹介する為に、十干・十二支を組み合わせたかのような(笑)

 四柱推命の書籍やサイトに、よく取りざたされていました。

 ところが、「あの生年月日は戸籍上のもので、実際の生年月日は違う…」 という情報が、後になって出てきたんです。

 その生年月日でも命式を調べてみたら、全然普通の、一般的にはあまり良い命式に区分されるような事もない命式でした。

 もっとも僕は、命式を良いとか悪いとか区分する事はありませんが…

 これ、どっちの説が正しいのかわからないので、そのまま放置していました。

 でも、ひょっとしたら、実際に生まれた日は違う日であったとしても、意識している生年月日の情報が運勢上に出てしまうという可能性だってあるかも知れません。

 まあ、これは懸案事項という事で、僕の結論は保留にしようと思いますが…

 ちなみに芸能人には、SHAZNA(シャズナ)のIZAM(イザム)さんのように、実際に生まれた日と、タレントのプロフィール上の生年月日が違う人が本当に多いです。
 だから、出生時間がわかっていない芸能人の生年月日の情報は要注意です。

 でも、案外それなりに当たってしまう事も多いんですよ。もちろん三柱だけで軽く見ているだけなのですが…

 ちなみに、IZAMさんは、占い師にプロフィールの生年月日を決めてもらったそうです。

 僕がまだ、20代半ばのまだミュージシャンを目指していた頃の話です。
 F先生という、あらゆる占術に精通された博学な占いの先生と、お話をさせて頂く機会がありました。

 その時、F先生に 「中学生の時から、趣味で四柱推命の本を読みまくってました…」 と話したら、「どれだけ占えるか やってみなさい」 という事になって、おそるおそるF先生を占わせて頂きました。

 F先生は、僕にこうおっしゃったのです。

 「アナタ、それだけの知識を持っているのなら、ミュージシャンのプロフィールに使う生年月日を、芸能界で成功できて、近い未来のバイオリズムが良いものに、四柱推命で調べて書き替えなさいよ。
 その生年月日を意識したら、運も動き出すから…」

 F先生の言葉は僕にとって、まさに目からウロコだったのですが、自分の生年月日や、自分の四柱推命の命式に愛着があった事もあって、結局それはしないままでした。

 でも、今思い出してみると、これはすごい開運法かも知れません。
 自分がその生年月日を意識するだけで運が動き出すのですから、お金も時間もかからない。

 まさに、楽して運を開く究極の開運法~!

 ただ冷静になると、もしこんな簡単な方法で運が開いちゃったとしたら、その分の帳尻はどこに行くのかな… って、僕は考えてしまいます。

 この方法で運を手に入れる事ができた人は、天に積まれた運気の貯金を引き出しただけに過ぎないと思う…

 だから、引き出した分だけ運気を蓄えて置かないと、そのまま頭打ちになっちゃう気がするんですね。
 現に、芸能人とかで一時的にすごく羽振りがよかったのに、今はすっかり凋落しているような人もいるし…

 これは、改名をしたり、吉方位を使ったりするような開運法に対しても、言える事だと思うんですけど…
 (2012/11/23ブログ 「運気が良くなったなら…」 参照)

 全ての開運法というのは、運気を引き出して使っちゃう為にあるんじゃなくて、運気を引きだして幸せになる事で、さらに徳を積んで、運気を蓄える為にあると思うんです。

 そして、その事に気づけた時には、果てしなく尽きる事のない運が手に入るし、永遠に幸せが続く…

 やがてそれが連鎖して、この地球上に存在する全ての人の運勢も、大きく開いていく事になるはずです。


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しなやかに、したたかに…

 お盆もあっという間に終わってしまいました。
 昨日今日と、少しだけ時間に余裕ができたので、ずっとネットサーフィンをしていました。

 いつも忙しくて、ランキングからリンクに入れる知人のブログ以外、なかなか訪問できるにいたのですが、あちこち巡ってみました。

 みんな、楽しんだり頑張ったりしている、それぞれの素敵な日常があるんだな… って、ふと感慨にふけりました。


 昨日の終戦記念日、安倍晋三首相の行動は、多くの人達から注目されていたと思うんですけど、やっぱりさすがだなって思いました。

 安倍さんは、絶妙な舵取りができる人だと思う…

 言うまでもなく安倍さんは、靖国神社に参拝したかったと思うんです。
 だいたい、そういう事に関して、他の国がゴチャゴチャと口を出す事自体、おかしな話だと思いますし…

 別に僕は、右翼とか皇国史観を持っているような人間って訳ではないですけど…

 でも中には、「何で隣国とトラブルを起こしてまで、そこまで靖国に こだわるの?」 って思われる方もいらっしゃるでしょう。
 あんまり歴史に興味がない人にとっては、むしろそう考えるのが普通だと思います。

 でも、歴史好きな人間はわかるんですけど、靖国神社というのは、日本をここまでの国にしてくれた人達のお墓みたいなものなんです。
 今でも、世界でトップクラスのこの国は、その人達のお陰で存在していると言ってもいいでしょう。

 祭られている人の中には、屈辱的な汚名を着せられて犯罪人にされちゃった人もいますけど…
 敗戦国はいつでも、戦勝国の勝手な史観を押しつけれるのが世の常ですから、仕方ない事と言えば仕方ない事です。

 でも、あの時代の日米交渉からハルノートまでの経緯や、いわゆるA級戦犯と言われている人達の経歴を、客観的に読めば、おぼろげに真実が見えてきます。

 日本だって、あの時代の世界中の国々の利己主義と戦争の火種の中にいやおうなしに巻き込まれた被害者に過ぎない…

 だいたい好きこのんで、戦争を始めたい人なんて、この世にいません。
 軍事産業で潤っている業者は別としても…

 A級戦犯にされたあの人達が、まるでファシズムの極悪人で、戦争をおっぱじめた張本人のように言われていますけど、本当にそうだったなら、合祀の対象から外れているはずです。
 あの合祀名簿ができたのは、昭和40年代半ばですから…

 実際の所は、ただ濡れ衣を着せられただけだから、それじゃあ あまりにも不憫で、宮司さんもそれができなかったのだと思います。

 隣国やアメリカから、「靖国には参拝するな」 って言われるのは、例えるなら、先祖のお墓参りをしようとしたら、「お前の先祖は悪党だから、墓参りなんかするな」 って、他人に口出しされているようなものです。

 そんな訳で国内では、安倍さんには今年こそは靖国に参拝してほしい、という声も高まっていました。

 とはいえ僕は、安倍さんは頭の良い人だから、おそらく今回は参拝は見送るだろうな… って、実は思っていたんですね。

 この決断は、アメリカや隣国に媚びてとか、国内の反対勢力を敵に回すからという目先の事だけで決めた訳ではないはずです。

 きっと、もっと先の日本の事を見据えていると思うんですよ。
 いや、もっと言えば、もっと先の世界を見据えている…

 何でもそうですけど、被害者意識を持っている相手を敵に回すとやっかいです。

 安倍さんが今回靖国に参拝しなかったのは、とりあえず引く事で機先を制した、しなやかで良い意味でしたたかな戦略だと思う…

 本来、目指す所は、世界が仲良く共存してやっていく事ですから…

 仲良くする為には、相手の国も、被害者意識を無くしてくれない限りは、どうしょうもないのですが…

 とはいえ、あれは、国民の不満をそらす為に政府に故意に作っている被害者意識だったりするから、一筋ならでは行かないんですけど…    案外その事は、国民だってわかっている…

 例えば、戦時中のアメリカは、広島・長崎の原爆投下や東京大空襲など、当時の日本の一般人に対して、むごい仕打ちをしています。

 でも、日本政府がアメリカ政府に、戦争中の行為を謝罪しろとか、損害賠償を払えとか言ったりした事は一度もありません。

 例えば、アメリカの大統領が、原爆投下の指示を出したルーズベルト大統領の墓所にお墓参りをしたとしても、抗議をするという事もありません(笑)

 まあ、敗戦国だから、それはできなかったって事も、あるでしょうけど…

 だからこそ、今こうやって、日本はアメリカと仲良くやれているんだと思う。

 もし、日本が過去の事をいつまでもグチグチ持ち出したら、アメリカという味方を得る事はできなかったし、今頃 国際社会から孤立しています。

 被害者意識を捨てて、お互いが未来に目を向けなければ、いつまで経っても世界の国は、仲良くなれない…

 これは、どちらかが一歩的に謝っていてもダメです。

 弱い立場のいじめられっ子が謝れば謝るほど、いじめっ子というのは、つけ上がってくるものです。

 かと言って、ケンカ腰で向かっていくのがいいのかと言ったら、そういうものでもありません。

 安倍さんは、靖国参拝はしたかったんでしょうけど、あえて切り札は取っておいたんですね。

 安倍さんが毅然としている所は、靖国神社には参拝しなかったけど、その代わり8月15日の戦没者追悼式では、日本新党の細川首相以来、歴代首相の通例になっていた 「日本はアジアの国々に多大なる損害と苦痛を与え…」 っていう、あのお詫びのスピーチをやりませんでした。

 今回 自分の手で、バシッと悪循環を断ち切ったんですね。

 安倍さんは、よくマスコミから右翼の危険人物のように言われるけど、僕は決してそうではないと思う。

 隣国の国民の、ほんのひとにぎりの心ない人達は、「広島や長崎に原爆が落とされて、日本人がたくさん死んだのは、当然の報いだ」 って言っています。
 これは、イスラエルの元高官だけの話ではなくて…

 とはいえ残念な事に、我々日本人の中にも、「ああいう隣国には、核を落としてやればいいんだ」 などと言うセリフを、平気で口にする人もいます。

 僕は、ある人からその言葉を聞いた時、「これってまるで同じレベルじゃないか…」 って思ってしまいました。

 その人には、それなりにその時お世話になっていたので、あえて何も言いませんでしたが…

 安倍さんは、自分のフェイスブックの中で、隣国に対しての憎悪表現のコメントが多く寄せられている事について、こう訴えていました。

 「他国を誹謗(ひぼう)中傷する事で、我々が優れているという認識を持つのは間違っている。 日本の国旗が焼かれても、その国の国旗を焼くべきではない。それが私たちの誇りだ」

 まさに、これだと思うんですよ。
 これがリーダーというものの素質だと思いました。

 安倍さんのしなやかさは、こういう視点で物を見る事ができるから、生まれてくるんだと思いました。

 これからの日本は、ただ謝っているばかりの弱虫じゃなく、でもそれでいて他の国の事を思いやる事もできる、世界のリーダーになっていかなければならないと思う…

 リーダーの器を兼ね備えた宰相である、安倍晋三首相のこれからのかじ取りに期待したい所です。


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運が上がるも下がるも自分次第

 いよいよ今日でお盆も終わり…
 あまりにも月日が経つのが速いので、そのスピードに追いつけないでいます。

 今日は終戦記念日… 今から70年ほど前、日本の戦争が終わった日なんですね。
 僕が生まれるうんと前の出来事ですけど…

 時はどんどん過ぎていって、やがて全ての出来事が遠い過去になっていく…
 今この一瞬の時間さえも…

 今日は、鑑定も入っていないオフの日です。
 朝から洗濯機を動かしながら、タロット・カード取り出して、絵柄を一枚ずつ、特徴の種類ごとに分けたりして、じーっと観察していました。
 日々、占いの研究の毎日です。

 今 僕は有難くもたくさんの仕事のチャンスを頂いて、本当に運には恵まれています。

 運をつかみ取るには、なるべく運の良い相手とつき合って、運の悪い相手からは遠ざかる事だ… と良くいいます。

 確かに的を射た言葉かも知れません。
 賭博師小説で有名な小説家の故・阿佐田哲也さんも、勝負師のシビアな世界に長く生きてこられた方ですが、「落ち目の相手の逆を行け」 っておっしゃっています。

 だから、運気が悪そうな相手が来たら、自分に近づいてこないように上手に逃げまくる(笑)

 …って、確かにそれも一つの開運法かも知れませんが、僕は最近、そういうのってどうなのかな… って疑問を感じるようになりました。

 だって、なんだかそれって、冷たくね…(笑)

 よく、物事が調子よく行っている時はベッタリついてくるけど、一旦落ち目になってくると、スーッと居なくなっちゃう人っています。

 それはある意味、人の性(さが)だと思うし、運気の法則でもあると思うから、僕はそれを誰かにされても、絶対に恨む事はありません。

 昔 自分もそんな事をやっていたような気もするし…
 本当にもう、汚点だらけの人生です。

 ただ、その方法では、本当の意味で頂点に立つ事はできない気がします。
 だって、そのスタイルで生きてる事自体が、利己主義そのものだから…

 ある程度までは運気の良い人にくっついて何とかなっちゃうかも知れないけど、結局いつか頭打ちにあうと思うんですよ。

 だいたいそんな生き方だと、運気の良い人には好かれないですし…

 それに、人の運気なんて一定じゃないから、今一見運気が悪そうに見える人だって、三ヶ月後にはすごい人になっちゃっているかも知れません。
(4/26ブログ 「人はどう化けるかなんてわからない」 参照)

 僕が思うに、運気が悪い人とつき合ったとしても、運気が落ちるか落ちないかというのは、その人次第だと思います。
 確かに波長は乱されるかも知れないけど、しっかりと自分がブレない軸を持っていれば、一緒になって運気が落ちる事はありません。

 自分の軸が確立されてないから、相手の言葉や運気にそのままのみ込まれたり、相手に腹を立ててトラブルに巻き込まれたりして、運気が下がるんです。

 自分もそこで学べる事があるのに、それを忘れて、相手の事だけを責めるからそうなるのかも知れない…

 もちろん、その人に必要以上に自分の仕事の権限を与えるとか、大事な取引をするとかいうのは、また別の話です。
 確かに避けた方が無難でしょう。

 でも、仮に運の悪い相手が近づいてきたとしても、自分がブレない軸を持ってさえいれば大丈夫です。

 貴方によって引き上げられて、相手の人の運気が良くなるか、もしくは相手が貴方に近づきがたくなって、スーッと去ってしまうかのどちらかです。

 もしも前者のようになれば、相手の運を引き上げた分だけ、確実に貴方の運も良くなっています。

 僕自身も、今までずっと守りのスタイルだったんですけど、パリに滞在している時に、パリの人達があまりにも親切なのに影響されて、生き方のスタイルを変えました。

 確かにあれから、確実に運気が上がっているのを感じます。

 松下幸之助さんも萩本欽一さんもそうですけど、一流の人はみんな、「運気の良い人と組みなさい」 って言います。
 でも、「運気が悪い人が来たら、逃げ出しなさい」 とは言っていません。
 だって、別に運気が悪い人が来たって、こっちがブレなければいいだけの話ですから…

 僕は人を選ぶ時に、人間性やその人の言動に疑問を感じた場合は別としても、「この人は運が悪そうだから…」 という理由で、逃げるようなマネだけはしたくないんです。

 もしも、運が悪くたって人間性が良い人に頼られたのなら、僕はその人の運を引き上げてあげられればいいと思う…
 それで僕の運が多少落ちようが構わない…

 だいたい人は、考え方の深い部分を変える事で、運なんていくらでも良くなるものです。

 運が上がるも下がるも自分次第…

 常に真っ向勝負で、小手先の技は使わずに、人生生きていこうと思います。


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運の良し悪しと選択肢の数は連動する

 今日の昼食は、友人のFさんからの頂きものの日清ラ王でした。     毎日じゃないですよ(笑)

 カップ麺の方じゃなくて、鍋でゆでる袋詰めタイプの方なんですが、お店のラーメン並みに美味しいかったです。
 香りが良いというか…

 お世話になっている社長が教えてくださったんですけど、こういうインスタント食品とかって、メーカーは香料というものに、すごく予算をかけているらしいです。

 どうりで、食欲をそそられるといいますか(笑)

 今年のお盆休みは仕事三昧です。
 ここの所、何度も実家に帰省しまくっていましたから、今回はスルーです。

 まあ、休みの過ごし方も、いろいろな選択肢があっていいと思います。

 ところで、運の良い人と悪い人の一つのファクターに、運の良い人ほど、どんな局面であっても、いくつかの選択肢や可能性を考えつく… というのがあります。

 それで、運が悪くなっていくにしたがって、視野が狭くなって、どんどん選択肢が減っていく…
 運気が最悪の時は、常に選択の余地がない… となります(笑)

 客観的に他の人が見たら、いくらでも選択肢はあるんですけど、その人にとってはたった一つの選択肢しかない… それもかなり破滅的なやつ…

 「項羽と劉邦」 のお話(7/25ブログ 「才能よりも人を扱う器量が勝る」参照)の中に、黥布(げいふ)って人が出てくるんです。
 「黥」 という字は、入れ墨の意味で、元々の名前は英布(えいふ)だったんですけど、昔 罪を犯して、顔に入れ墨を入れられていたので、みんなから黥布って呼ばれていました。

 最初、項羽に仕えていて、やがて劉邦に寝返った将軍の一人なのですが、戦さの采配がうまくて、その上、人に対して冷酷非情なので、項羽も劉邦も、黥布の事を最も恐れていたと言われています。

 やがて劉邦が項羽を破り、漢王朝が中国全土を統一すると、黥布は反乱を企てました。

 功績があるにもかかわらず、劉邦の一族でない将軍たちが、劉邦の妻の呂后(りょこう)によって、次々とワナにはめられ殺されていくのを見て、その前に自分の領地で独立してしまえ… って思ったんです。

 しかも、惚れていた側室の女性との愛憎問題がきっかけになって、その謀反が露見してしまった。

 黥布は部下の将校たちに言いました。
 「お上(劉邦の事)は年老いた。おそらく直接指揮を取らず、将軍たちを派遣してくるだろう。将軍の中で面倒なのは淮陰侯韓信(わいいんこう かんしん/ 4/8ブログ 「目指しているものがあるから妥協しない」参照)ぐらいのものだが、今はもう殺されてしまった。他の連中など心配するに及ばぬ」

 ところが黥布の予想は外れて、劉邦は自ら戦地に赴いて、直接指揮を取りました。

 劉邦は出立前に、薛公(せっこう)という策士に、黥布と戦うにあたっての対策を聞いておきました。

 薛公はこう言いました。
 「黥布が上策をとれば、漢の東半分は もはや漢ではなくなります。中策をとれば、勝敗はどちらに決まるかわかりません。下策をとれば、陛下は枕を高くしておやすみになれるでしょう」

 そして、それぞれ上策・中策・下策を劉邦に説明しました。

 劉邦が 「黥布はどの策をとるだろうか」 とつぶやくと、薛公はキッパリと 「下策をとるでしょう」 と答えました。

 劉邦が 「なぜ上策や中策を用いないで下策をとるのか」 と尋ねると、薛公はこう答えたのです。

 「黥布は昔は懲役囚でした。自分の力で大国の君主にのし上がったとはいえ、それは全てわが身の為でありまして、後々の事を考えたり、人民や万世の為の配慮をするものではありません。ですから、おそらく下策をとるでしょう」

 薛公の予知した通り、黥布は下策をとり、乱は鎮圧されるにいたりました。

 運が悪い人の行動って、はたからみると、わかりやすいです。
 目の前の欲とか、利己主義でちっぽけなプライドに囚われて、短絡的な行動に出ますから…
 だいたいそうやって、自ら墓穴を掘って、ドツボにハマっていきます。

 だから、ある程度人を見る目があって、運気が良い人からすると、運気の悪い人が次に取る行動というのは、手に取るようにわかります。

 それに、ある程度運気が良くなってくると、ものすごく冷静に自分の取るべき行動も見えてくるんですよ。
 そしてその時、いくつかの選択肢が出てくる…

 僕も最近は、そういう局面に遭遇すると、昔の僕なら短絡的にこうするだろうな… でもこういう方法もあるな… あとこうしたらむしろ これをチャンスにだってできるな… みたいに、同時に3つぐらいの選択肢が浮かびます。

 どの選択肢を取ってもいいんです。
 どうせなら、一番後々の事を考えたものの方がいい…

 いくつもの選択肢を常に持っているから、その人の次の行動はわかりにくいです(笑)

 運の良し悪しと選択肢の数は連動する…

 選択肢が多くなれば多くなるほど、未来を自分で自由に変えていく事ができるし、自分の好きな未来を創っていく事ができる…

 どうせなら、思いっきりわかりにくい人になって、でっかい未来をつかみ取ろうではありませんか。


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絶対なんて何一つない

 気がついてみれば お盆…
 外では蝉の鳴き声
 いいですねえ。一句詠みたくなりました。

 うたかたの 世を儚(はかな)んで 蝉しぐれ

 駄作ですね…(笑)
 セミって、10年ぐらい土の中で、幼虫として生きながらえているんですけど、成虫になってミンミン鳴きはじめてからは、わずか1ヵ月足らずでこの世を去ってしまう…

 今、鳴いているセミ達って、10年前くらいからこの世に生を受けていたんですね。
 地球の営みってすごいな… とかしみじみ感じたりして…

 それにしても最近感じるのは、この世の中で、人が残した言葉というのは絶対に正しいとは限らないという事…
 そういう言葉に すがりつこうとすれば、だまされます。

 だから、もし信じられるとしたら、唯一、自分の心の奥深い部分にある感覚から来る言葉ぐらいなものです。

 誰かの言った言葉もそうですし、本の中の活字でも、ずい分 間違ったものもあります。

 小学生の時に呼んだ、豊臣秀吉の伝記に、
 「秀吉は将軍になりたくて、室町幕府の将軍だった足利義昭の養子になろうとしたが、断られました」
って書いてあったんです。

 それが僕の記憶にあって、つい昨日まで、すっかりそれが史実だと信じていたのですが、どうやら実際にはそうでないらしい…

 「タロットカードは、古代エジプトのマギによって作られ、やがて大アルカナが欠落してできた物がトランプ(プレーイング・カード)です」
という根も葉もない事が、まことしやかに長い間信じられてきたのと、まさに同じパターンですね。
(2012/3/10ブログ 「子供の頃の思い出」 参照)
     嘘つき、エテイヤ…

 やっぱり、ある一つの世界観や歴史認識だけで、何かを決めつけようとするのは、すごく危険だと思いました。

 例えば、自分が信じていた人が言った事は、常に正しいって思いたいし、「間違っているかも…」 なんて思うと、心が引き裂かれそうになるから、僕は考えないようにしていたんですけど…

 最近になって、それって依存の一種だな… と思うようになりました。

 よく、なにかの宗教の教えにハマってしまって、そこから抜け出せなくなってしまう人がいるけど、結局それと同じなんですね。

 もちろん、宗教というもの自体が悪い訳じゃなくて、こと信仰という意味で言えば、僕は宗教っていいものだと思うんです。

 ただし、「これはこういうものだ…」 って決めつけられた教義に、それを入信している人が何の疑いを持たなくなって、自分で考えるのをやめちゃう事が問題だと思う…

 お盆でお墓参りに行くとか、神社に行って参拝するとか、日曜の朝に教会のミサに行くって、それぞれに僕はいい事だと思います。

 でも、それはそこの教祖様がいい事だって言っていたからとか、聖書にそう書いてあるから… っていう理由ではあって欲しくないんですね。

 僕がそれをいいことなんじゃないか… って思うのは、何となくですが、心が洗い清められるような感覚になるからなんです。
 結果的に運気もアップしているし…

 自分のその感覚を信じてみる…

 絶対なんて何一つなから、誰かの言葉は参考にしても、盲信も依存もしない。

 その上で自分で考えて行動した時、いつでも背筋をピンと伸ばしたまま、生きていけるような気がするんです。


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心のフィルターが限界を作ってしまう

 明日からお盆だと言うのに、暑い日が続きます。
 皆さま、熱中症にはくれぐれもご注意ください(^^;;
 熱中症予防には、早めの水分補注を~

 今回の 「四柱推命講座<初級編>」 に参加してくださった、笹々木龍一先生のブログの中でお勧めされている商品は、「OS-1」 。熱中症対策の医薬品です!
     今度、早速飲んでみよっ♪

 それにしても人生、すんなりと思い通りに行く事があれば、中にはなぜか、本当にこれでもか… っていうくらいにタイミングが狂わされて、うまく行かない事もあります。

 もちろん精一杯努力するんですけど、まるで目に見えない何かに邪魔されているみたいに、物事が空回りする事があります。

 こういう時って悔しいから、何がなんでもゴリ押ししてうまく行かせてやろう… って心が囚われがちですけど、案外それはさっさとあきらめて、前に進んだ方がよい事の方が多いです。

 自分の価値観のフィルターを通して、物事を感情で考えてしまうと、すごくつまらない事でも、まるで一生の死活問題のようにさえ思えてきます(笑)

 人生の中で、物事をあきらめてさらっと流す事も、すごく大切な学びだったりする…

 自分の意志が弱いと、そのどうでもいいはずの悩みが、心の中に何度もリフレインしてきますけど…
      煩悩ってヤツ… 時には煩悩もいい(笑)

 どうしてもうまく行かない事というのは、案外 「それはもうあきらめて、前に進んで行きなさい」 っていう神様のメッセージかも知れません。

 これは、江戸時代の儒学者である林羅山の説による話ですが…

 天下を目前とした豊臣秀吉は、どうしても征夷大将軍という官職につきたいと望んでいました。
 征夷大将軍は、鎌倉時代以降、武家の棟梁の代名詞のような肩書で、いわば天下人のブランドの官職です。

 「征夷大将軍は源氏しかなれない」 と聞いた秀吉は、それでも将軍になりたくて、都を追われていた室町幕府の15代将軍である足利義昭に、自分を養子にしてほしいと頼むも、義昭に身分の低さを理由に拒絶されてしまいました。

 秀吉は、こう考えました。
 「征夷大将軍はあきらめて、関白になろう。関白は官職の上では征夷大将軍より上位だし、将軍にこだわる必要なんてない…」

 そして、近衛家の猶子となり、関白になったとの事です。

 実を言うと、これは林羅山による、江戸幕府の将軍の権威を高める為の作り話です。

 実際には、過去に秀吉は正親町帝の征夷大将軍の任官の話を断っています。
 秀吉にとっては、征夷大将軍より中央政府の中枢である関白の方が、よっぽど魅力的に映っていたに違いありません。
     秀吉らしいと言えば、秀吉らしい…

(余談ですが、足利義昭は、秀吉が天下を統一する2年前の1986年までずっと、実は征夷大将軍として在位しています。そして秀吉の為に、九州の島津家などに秀吉と和睦するように働きかけていました)    By 歴史マニアより

 戦国時代というのは、時代区分としては室町時代になる訳で、形骸的ではあったにしろ室町幕府の将軍は最高権力者でした。
 だから、征夷大将軍という役職は、多くの戦国大名にとっては憧れの的であったはずです。

 でも、秀吉は、そういうどうでも良い事には、こだわりませんでした。
 
 はっきり言って、天下人になるのに 「征夷大将軍」 も 「関白」 も関係ありません。

 頭の良い秀吉は、征夷大将軍よりもむしろ関白を望んだのです。(ちょうどその頃、公家同士で関白の地位をめぐる争いがあって、それをおさめる意味もあった)

 例えば、今 目の前に結婚のチャンスが来ているのに、仕事がうまく行っていないから、結婚は仕事がうまく行ってからにする… と言って、先送りにする人がいます。

 でも、そんな事を言っている間に、結婚したい相手が心変わりして、別の人の元に嫁いでしまうかも知れません。

 別に結婚してから、仕事をうまく行かせたっていいんです。
 順番が逆になっても、何も変わらないのだから、そういう所にこだわらない方がいい…

 自分の心のフィルターが、人生の限界を作ってしまう…

 自分のフィルターを無くしてしまう事って難しいですけど、例えばそんな時、僕は、自分自身の存在がこの世から消えてしまった時、その問題はどうなんだ… って考える事にしています。

 そうすると、だいたいはどうでもいい事になっちゃうんですね。

 それでもかつ、依然として残る課題こそが、みんなで取り組むんで行かなければならない問題ではないかと思います。

 そうやって、自分のエゴを空白にしてみると、いろんな物が見えてきたりします。

 そして、人生がいろんな可能性に満ちあふれてくる…

 心のフィルターを無くして、全ての物事を臨機応変に考えられるようになった時、貴方の人生は素晴らしく輝きだすでしょう。


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開運期と逆境は裏表

 ふと気づけば、もうすぐお盆…
 信じられないくらい、時間が経つのが早いです。

 でも今、「生きてる」 って実感しています。去年の初めから、本当に 「自分らしさ」 を取り戻した気がする…

 ただ、不安はあります。

 いや、経済的不安とか、このまま一生独身のまま終わっちゃうんじゃないか(笑)…とか、そういうのはないです。

 それに関しては、絶対的に自分の運命を信じてるから…

 目の前の事に一生懸命 最善を尽くした上で、経済的に困窮したのであれば、何かそこに僕の問題点があるのだから、貧乏をしながら、それを学ばして頂くだけですし…
 別に一生独身であったとしても、それが人生の流れであれば 受け入れようと思うし、また 「それもいいかな」 って思うんです。

 逆にそんなちっぽけな事に、人生囚われたくない…

 むしろ僕が不安なのは、自分がどこに流れていってしまうのかな… という事です。

 今 何だか幸せすぎて、どれだけネジを締めなおしても、すぐにゆるくなっちゃう気がするのです。

 「そんなの気合いが入ってないからだ」 って、以前の僕なら言っているんですけど、この環境に置かれると、確かに… 気はゆるんできます…
 いや、仕事はちゃんとやっていますけど、自分の精神状態の方のゆるみです。

 やっぱり、自分の思うように行かなくて、いつも誰かの顔色をうかがいながらしか生きられなかった時というのは、窮屈だけど、気合いは入りやすかったです。
 気がゆるんだら、おっかない人から叱られますから(笑)

 今はそれがない…

 というか以前だったら素直に受け止められた言葉が、今はそれもできなくなっているかも知れない…
 そしてこの先、これがもっとエスカレートしていく気もする…

 そうしたらもう、元の場所に戻って来れなくなっちゃうんじゃないかなって、正直これが不安なんです。

 今はもう何をしても、誰にも何か言われるような事はないから…

 それなら、どこか鬼のような社員がいるような所で、アルバイトでもやればいいのかも知れないけど、時間的にそれもちょっと難しいですし…

 僕の好きな書である 「菜根譚」 (2012/7/16ブログ 「菜根を噛みしめて」参照)の中に、こういう言葉があります。

 居逆境中 周身皆鍼薬石 処順境内 満前盡兵刃戈矛

 逆境であれば、全ての起こる事が薬となる。何故なら、心や行いが知らず知らず磨かれていくから…
 順境な時は、矛や刃を持った兵に囲まれているようなものだ。知らず知らずに身は骨から蝕まれて行く…

 だから、順境な開運期は、余程自分に注意深くしていないといけない…

 この前、国民栄誉賞を取った松井秀喜選手は、野球界のスーパースターというだけではなく、優れた人格者でもありました。

 この人にはたくさんの恩師となった人がいるのですが、厳しい恩師が本当に多いんです。
 特に父親の昌雄さんは、聖職者をやっている人なんですが、心の持ち方という事に関しては、とても厳しい人でした。

 松井選手は、父との約束で 「人前で他人の悪口を言わない」 という事を、ずっと守り続けているような人です。

 日本一になった巨人軍の4番バッターの主砲として、MVPも取ってホームランも打ちまくっていたある時、久しぶりに実家に帰ると、父からこう諭されたんですね。

 「自分を主観的に評価してはいけない。
 世間の人は野球という君のごく一部の面を評価しているだけで、君の人間の全てを評価している訳ではない。
 今日の君のマスコミの対応には、明らかに傲慢さを感じました。お父さんにはわかります。謙虚さを失った君の姿は、周囲から見て、みにくく映るだけではないか」

 別にマスコミとの対応といっても、松井選手はマスコミに一べつする為に、テレビカメラの前で片手を上げただけなんですけどね…

 松井選手はその時の事をこう語っています。

 「確かに僕は、チームの日本一に貢献できた事で得意満面だったから、父の言った通りだったと思います。
 あのような言いづらい事を、父に言わせてしまった事を申し訳なく思うし、また感謝もしています」

 まさに、「この親にしてこの子あり」 というか、本当に謙虚な人です。

 松井選手がコンディションの浮き沈みはあっても、栄光に満ちた開運期をずっと歩み続けていられるのは、こういう指導者の厳しい諫言を受けながら、それを素直に受け止めて、その教えが体に染みついているからかも知れません。

 考えてみれば、窮屈な逆境の時というのは、たくさんの教えを請うには最高のチャンスです。

 一旦開運期に入ってしまうと、松井選手のように、中々こんな風に誰かから厳しく教えを請う事はできませんから…

 開運期と逆境は裏表…

 例え今が逆境の中でも、その事に気づいて感謝ができた時、貴方の開運期はもうすぐそこに来ています。


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大真面目な占い談義

 今日は、「四柱推命講座<初級編>」 の第1回目。
 この意識さえ遠のくような猛暑の中、お集まりいただいた皆様、本当にお疲れさまでした。
   欠席した人も、DVDがあるから大丈夫(^^)

 毎度毎度の事なんですけど、朝のギリギリの時間までテキストを作っていて、昨夜も完全に徹夜でした。
 もっと前もって準備すればいいのに、本当懲りないというか…

 いや本当の事言うと、いつも講座の直前になって、だんだん欲が出てくるんですね。

 こういう資料もテキストにあった方が、もっとわかりやすいかな… みたいに、こだわり出して作業が止まらなくなっちゃう…

 しかも今日は、せっかく印刷した資料を家に置きっぱなしにしてしまって、あわててコンビニでコピーするというドジもしました。

 睡眠不足とこの猛暑で、講座が終わると同時に、もうフラフラになっていました。
 家に帰りつくとそのままスーッと意識が途絶えて熟睡してしまい、やっとさっき眠りから覚めた所です(笑)

 いつも、この 「真似してはいけない四柱推命一日講座」 はそれなりに楽しいです。

 元命とか、十二運とか、神殺とかを全部出していきながら、「正財はコツコツ貯蓄型です」 とか 「沐浴は色情注意」 だとか 「血刃があると事故や手術で血を見る事になります」 とか…(笑)

 誰でも簡単に理解しやすいし、とりあえず盛り上がるから、教える方も楽でいいです。

 ただ、こういうのって深みもないから、遊びの占いとして楽しむ分にはいいけど、実際には何の役にも立たないです。

 こういう内容だったら、市販の本に書いてあるから、わざわざ高い受講料を払って講座を受ける必要はありません。

 四柱推命の真骨頂というのは、その人の運勢の弱点がわかるのと同時に、その理由も解決策もわかる所にあります。

 まあ、「血刃があるから、怪我には気をつけてください」 というレベルの四柱推命で鑑定されても、どう気をつけていいかもわかりませんし…

 別に簡単でわかりやすい占い方は、内容が薄いと言っているだけではありません。
 簡単なものでも、深い占いだってあります。

 僕が最も簡単で精錬された占いだと思うのは、「血液型人間学」 ですね。

 たった4種類に分けるだけでシンプルだけど、これは深いと思う…

an・an 最近つい衝動で買ってしまったan・anに、血液型の相性パーフェクトガイドが載っていました。

 なんと、同じ血液型でも両親の血液型によって、いろいろタイプが分かれるらしい…

 これはなかなか面白いアプローチだと思いました。

 血液型を12星座と結びつけたり、九星と結びつけたり、雑誌とかでいろんな風に扱う人がいます。

 まあ、それはそれでいいと思います。

 でも、これは絶対にやっちゃいけない… って思った血液型の扱いがありました。   本当、やめてほしいと思った…

 それは、血液型別に今週の運勢とかを書いている人…

 タロットとかで適当に占って、記事にしているんだろうけど、そういうの絶対にありえないから(笑)

 というか、血液型人間学はそれなりにリサーチされて構築されたちゃんとしたものなのに、そういうでたらめなものによって、それ自体が誤解されてしまうのが許せないんです。

 僕は、占いというのは2つの側面があると思う…

 一つはエンターテイメント的に人を楽しませたり、心を癒したりする要素…

 もう一つは、人生の行き詰まりや隠れた問題点をあぶり出して、開運のツールとして扱う要素…

 どっちの要素も、占いの素晴らしい魅力です。

 でも、やっぱり占い師というのは、それを自分の中で区分けして、整理できていないといけないと思うんです。


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今 精一杯の力で…

 明日はいよいよ、「四柱推命講座<初級編>」です。
 たいして宣伝した訳でもないのに、こんなに多くの方に集まって頂いて、本当に感謝しています。

 あまりにも講座のPRが下手な僕にシビレを切らして、内田和男先生が大々的に宣伝してくださったおかげもあって、8名の方が講座を申し込んでくださいました。

 今回の講座の半数の方は、「四柱推命完全マニュアル」 を読んで、僕の事を初めて知ってくださった人…
 しかも、明日初めてお会いする方もいます。

 今、僕は相当に気合い入っています。
 絶対に満足して頂けるすごい講座にするつもりですので、期待していてください。   多分、今夜は寝ない…

 やっぱり、大好きな事を調べたり、テキストや資料を作ったり、講義をしたりするのって、本当に楽しいです。

 正直言うと、「仕事をやっている」 という認識は全くありません(笑)

 もちろん頂いた受講料以上の講座にするつもりですし、その自信もあります。
 というか、それは絶対にそうしなければいけないと思っています。
 当たり前ですけど…

 価値のある良い講座をやっていけば、必ず栄えていくし、反対に金儲け主義で、頂いている受講料の価値もないような中身のない講座をやっていれば、衰退していくに決まっています。
 人の評判なんて、あっという間に広がりますから…

 世の中には、「楽してお金が儲かるのは、ラッキーだ」 なんて考える人がいますけど、それは間違いで、そういう人は自分で気づいていないだけで、ものすごい損をしているんです。

 自分が儲かった分だけのものを、お金を払った相手に与えていないのだから、天の法則でその分はちゃんと天の借金としてカウントされています。

 だから、もしもこれから先、僕の講座や、僕の占い師人生がうまく行かなかったとしたら、それは受講料や鑑定料以上のものを僕がお客様に与えられていなかったという事だと思う…

 もしもその時は、潔くそれを受け止めて、反省しようと思います。
 そんな事がないように最善を尽くしますけど…

 僕は今 とにかく、申し込んでくださった受講生の方のために最高の講座にしたいし、僕と縁ができた人の為に今、出来る限りの事をしたいと思ってます。

 もう、くだらない事やつまらない相手に意識をもっていかれて、落ち込んでいる暇なんてない…
 そんな事をしていたら、僕を信じてついてきてくれている人に申し訳がないから…

 明日の講座は、恒例の 「真似してはいけない四柱推命一日講座」

 やっぱり、オタクの強みというのはありますね…
 僕は、ちゃんとした四柱推命では決して扱う事がない、ヘンテコなものについても、どうでもいい知識をいっぱい持っているんです。   唯一、こういう時にしか役に立たない(笑)

 今回は、元命占い、十二運、神殺、納音、空亡… 変なものを全部たった一日でやるんですけど、どういう時代背景でこういうものが出来たかとか、どういう星の算出の仕方をしているかとかも、しっかりとお伝えします。

 明日一日の講座で、納音を使って大真面目に占っている巷の占い師さんより、納音の知識が豊富になります(笑)
    たいして、占いの役に立たないけど…

 自分の今できる限りの事を、精一杯の力で成し遂げる…

 もう、絶対に負けませんよ~


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「しゃあない」は魔法の言葉

 若い頃は、すごく細かい事が気になって、いつも毎日 神経をピリピリさせていた僕でしたが(今はそんな風には見えないでしょうけど…)、最近はそういうのはなくなって、おだやかで幸せな日々を送っています。  なんか、お年寄りのセリフみたい(笑)

 でも、細かい事が気になるという事自体は、悪い事ではないと思います。

 これは、今まで何人もの成功者を見てきて断言できるのですが、成功者の人ってみんな、それを表情に出すか出さないかは別として、基本細かい事にこだわります。

 細かい事が気になる事は悪い事ではありませんが、それに囚われて、自分が振り回されるというのが良くないんです。

 例えば、何か受け入れがたい事が起こったとすると…

 自分が振り回される人というのは、まずは 「何でこんなにツイてないんだ…」 ってパニクります。
 そして、多くの場合、その原因の引き金になった人を責めて、「アイツのせいで、こんな目に遭った」 って怒ったりします。
 今度はやがて、自分の事を責めるようになります。
 「ああなったのは、あそこで自分がこうしなかったからだ」 って、自分を責めたてていく…

 こうやっていると、すごく苦しいんですね。

 若い頃の僕は、いつもこういうので悶々と苦しんでいました。
 でも、きっとこうやって苦しんでいる人って、僕以外にもいると思います。

 現実には、起こった事柄によっても、いろいろなパターンがあります。

 その原因の引き金になった人といっても、その人が普通にただ何の気なしにした事が、こちらにとって大迷惑になったというパターンもあれば、その人間の明らかに悪意のある故意の行為で、こちらが被害をこうむったというパターンもあります。

 これらは現実面ではしっかり区別して、全く別の対応をしていかなければいけませんが、受け入れがたい事が起こった時の心の持ち方という意味においては、同一視して考える事ができます。

 それで、こういう受け入れがたい事が偶然に3つぐらい重なってしまうと、人というのは、心がボキッといきますね(笑)
 いつしか、自分の運命を恨むようになっています。
 いわゆる、心が病んでいる状態というやつです。

 人によっては、お薬を飲んで、何とか乗り切ったという人もいるでしょう。薬を飲むと、細かい事が気にならなくなりますから、確かにそれも一つの方法です。

 でも僕は、薬は飲まずに、たった一人で乗り越えました。

 僕は科学的に調合された薬が嫌いで、風をひいて熱が出ても、漢方以外の薬は飲まない人間ですから…

 それに細かい事が気になるという事自体の問題ではなく、その事に対する心の受け取り方のスタンスに問題があるはずですし…

 どうやって僕は乗り越えたかというと…

 毎日うまく自分に言い訳して、「それは しゃあないよ」 っていう結論に持っていったんです。

 最初やり始めた時は、まるで負け惜しみしているみたいで、ちょっと嫌だったんですけど(笑)

 いきなり昨日のブログみたいに、「今 目の前に起こっている事は何らかの意味がある」 って抱え込んでも、一度に解決するような問題でもないし…

 それは、いずれたどり着く結論であって、そこにたどり着くまでは、上手に自分に言い訳してごまかすしかないと思うんですね(笑)

 あくまでも無理は禁物です。

 例えば、人間関係ですごい傷を負って悩んでいる人に、もっと苛酷な人間関係の中で辛い目に遭えば、ちょっとした事でへこたれなくなって強くなるんだ… ってスパルタ式な方法を勧める人がいますけど、それは非常に危険です。

 自分はそれで強くなったのかも知れないけど、心に傷を負っている人がそれと同じ事をしたら、中には奇跡的に立ち直る人もいるかも知れないけど、取り返しがつかない事になってしまうかもしれない…

 そういうのを勧める人は、僕から言わせれば無責任です。

 そうじゃなくて、少しずつ少しずつ出来る範囲で人の輪に入っていって、「それは しゃあないよ…」 って毎回自分に言い訳しながらやり過ごしていけばいいんです。

 例えば、朝起きて職場や学校に行こうとしたら、誰かから電話がかかってきて、それに長い時間つき合わされたあげく、結局遅刻して、上司や先生に叱られてしまったとします(笑)

 真面目な人は、「何で遅刻なんてしてしまったんだ」 ってずっと自分を責めたりするけど、そうじゃなくて 「それは しゃあない」…

 緊急の電話かも知れないから、電話に出ない訳に行かないし、それにかけてきた相手も悪気があった訳じゃないだろうし… って、一つ一つ受け入れていく。

 もちろん次からは遅刻しないように、少し早目に家を出るようにするとか、朝の電話は早めに切り上げるようにするとか、自分の習慣を改めていく…

 過去に起きてしまった事は 「しゃあない」 でも、同じ失敗を何度も繰り返すようじゃダメです。 
 (2012/8/7ブログ 「大した事ないと思う事が大した事だったりする」 参照)

 恋愛で失敗した時だって、これと同じで 「しゃあない」 …

 例え、自分が言ってしまった一言が致命的になって終わった恋愛があったとしても、その時にはその事に気づけなかったのだから、やっぱり 「しゃあない」 です。
 でも、そこから学ぶ事もできたし、その人よりもっと自分の事を幸せにしてくれる人が、未来に必ず現れますから…

 「しゃあない」 は魔法の言葉…

 そうやってやりすごして時間が経過すれば、受け入れがたかった出来事が、いつの間にか、ものすごく小さな出来事に変わっているものです。

 「しゃあない」 って自分を認めて、勇気を出して歩み始めた時、貴方の人生はバラ色の未来がやってきますよ。


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静寂の後に幸福はやってくる

 夏 真っ盛り、今日も暑いですね…

 僕は今、本当に幸せに満たされた日々を過ごさせていただいています。

 別に何かいい事があったとか言う訳じゃないんですけど、やっとこの年になって、「生きてて、良かった…」 って心から感じる事ができるようになりました。

 一年前の夏は、これほどおだやかじゃなかったです。
 僕の一年前のブログを読んで頂ければわかると思いますけど(笑)

 人間 調子の悪い時というのは、人から見たらどうでもいいようなつまらない事に、腹を立てたりイライラしたりするものです。

 例えば、気持ちが盛り上がって、「頑張るぞ」 って勢いづいている時に、そういうちょっとした事が起こると、途端に気分が萎えて、やる気を失ってしまう…
 「なんで、こんな時に限って…」 って、そんな時には無性に叫びたくなります。

 僕は元々、神経質で我がままでしたから、20代の頃なんて、テレビのスイッチをつけて、嫌いなタレントがしゃべっているだけで、その日はもう一日気分が塞いでいました(笑)

 あの頃はミュージシャンを目指していて、アルバイトをしながら、バイトが休みの日にはオリジナル曲を作ったり、そのアレンジなんかもしていました。

 「今日はバイトが休みだから、まる一日使って、曲のアレンジを完成させてやる」 って意気込んで布団から起きて、朝食を食べながらテレビのスイッチをつけると、僕の大嫌いなタレントがしゃべっている…

 普通、「だから何?」 って話なんですけど、あの頃の僕はそれだけで気分が塞いで、テレビのスイッチを消して、そのまま また布団に入って寝てしまいました。

 それで、「なんでこうやって、オレが何かやろうとすると、決まって邪魔が入るんだ…」 ってわめいていました。

 冷静に考えてみれば、別に何も邪魔は入っていないんですけどね…(笑)

 僕の場合ほど極端ではなくても、運が開かない不幸な人のパターンって、だいたいこれに似ています。
 小さなどうでもいい事によって、気分が左右されてやる気が起きなくなってしまう…

 ちっぽけな事で気分が塞ぐと、集中力も無くなるし、うっかりミスも犯しやすくなります。
 その結果、つまらないトラブルの悪循環に巻き込まれてしまう事になる…

 あの頃は、誰かのちょっとした言葉の言い回しなんかが気になって、バンドの仲間と口論したり、そのまま仲違いする事さえありました。
 僕の場合はそうやって、自分で自分の可能性をつぶしていた気がします。

 今の僕の雰囲気からは、想像がつかないかも知れませんけど…

 まあ最近は、すっかりそういうのは無くなりました。
 今は、心の中が静寂に満たされているというか…

 もちろん、まだまだ完璧という訳ではありませんけど…

 人生には、物事が何でも思い通りに運ぶ開運期というのがありますが、その開運期の正体というのは、こういう心の静寂にあるような気がします。

 心が静寂でいられるから、強い運気が呼び寄せられるように思うんです。

 心に怒気や不安を持っている人って、何となく話しかけづらいオーラが漂っています。
 いくら自分では、態度に出さないようにしているつもりでも、やっぱり表情とか語調なんかに自然と表れてきます。

 中には、見事なまでに顔に出さないで、中に溜め込んでしまう人もいますけど、こういう人は、ストレスが溜まって病気になります。
 それに溜め込みすぎてそれが限界に来た時には、精神的に取り返しのつかないところまで行ってしまっている事もある…

 そういった意味では、適度に鬱憤(うっぷん)を人にぶつけたり、人の悪口を言って気持ちを吐き出すのも、ストレスを溜めない為の方法ではあるのですが、僕はそれでは根本的な解決につながらないと思うんです。

 大切なのは、目の前に現れた現実に対して、腹を立てたり、イライラしたり、不安になったりしない事のはずですから…

 もっとも、それがいかに難しいかという事は、僕もよくわかっています。

 では、若い頃ちょっとした事ですぐにキレていた僕が、どうやって今のように心が静寂でいられるようになったかと言うとですね…

 今、一見 偶然に目の前で起こった、受け入れがたい出来事と言うのは、実は全て自分にとって重要な意味があるという事が、身をもってわかったからです。

 だから、ただ 「ちぇっ、ツイてない…」 だけじゃなくて、なにかそこに自分へのメッセージがあるに違いない… って冷静に分析するんです。
 あれ、自分… 今腹立ててるけど、なんで腹立ててるんだろう… って、考えてみたりとか。

 そうやっている内に、腹立ててる事 忘れちゃいますから(笑)

 もちろん、人から褒められたり、ラッキーな事が起こった時は、「ありがとうございます」 って感謝する…

 そうやって心が静寂になると、いい事がどんどんやってくるんですね。
 まあ、当たり前の話と言えば当たり前の話です。

 だって、誰かに仕事を頼むとしたら、怒気をもってイライラしている人よりも、心がおだやかな人の方が頼みやすいですし、心が静寂だと集中力も発揮しやすいですから、仕事だってうまく行く…

 それに魅力的に見えるから、当然いつもイライラしている人に比べて、恋愛運や結婚運だって良いです。

 静寂の後に幸福はやってくる…

 心を落ち着かせて、人生の全てのものに感謝できた時、貴方は不動の幸福をつかんでいるはずです。


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深い縁で結ばれた人達と共に

 今日の千葉は雨もようでした。
 そう言えば、昨年の8月6日も雨だったなって、ふと記憶がよみがえります。
 (2012/8/6ブログ 「雨の日と月曜日は」 参照)

 あのパリ取材から帰ってきて、僕の周りの何もかもが変わってしまった気がします。
 特にパリに行く前の人間関係と、戻ってきてからの人間関係は、全く別なものになっていました。

 確かに、出発前は横浜に住んでいたけど、戻ってからは千葉に住んだというのも大きく影響しているんでしょうけど…

 ある出版社からのタロット本の出版の打診を頂いて(2012/3/14ブログ 「急展開の未来」参照)たった3週間のパリ滞在で日本へ戻ってきた僕の目の前には、たくさんの味方になってくれる人達がいました。

 あれから、鑑定のお客様も途切れず、毎回の講座にもたくさんの人が集ってくれました。

 これは狙ってできる事ではないです。
 僕は、親しい身内以外は、自分からは誰にもパリに出発する事を口にしなかったし、ましてや3週間で帰国なんていう筋書きも考えていなかった…

 それにしても、あれから縁ができた人って、みんな運気がこれから上がっていくって感じの人ばっかりです。
 そしてもう一つ、無償で人に良くしたいって思うような気持ちの優しい人が本当に多い…

 これは、僕の人生上、今まで初めての事でした。

 人間というのは、ありもしないような自分の権利を主張してわめきたてるのが性(さが)だって、今までの僕は思いこんでいたから…

 パリから帰ってきた僕は、優しくて素敵な人ばっかりに囲まれている…
 その時、「これが開運期だ」 っていう言葉がよぎりました。

 今までの僕は、ガムシャラに自己実現だ… とか、成功をつかむんだ… とか わめいていたけど、なんかすっかりそういう衝動も落ち着いちゃって、それよりもまず今周りにいる優しい人達に恩返しをしたいって思うようになりました。

 この人達こそ、人生でやっと巡り合う事ができた深い縁で結ばれた人達だと思った…

 そして気がついてみれば、不思議と自分の望みも、いつしか叶っていました。

 念願の出版もできたし、占い師として取りあえず金銭的にも困らず暮らしが成り立っている…

 別にこれ以上望むものもありません。
 まあ、結婚とかも多分、自然な形でできるだろうと思うし(笑)

 本当に縁のある人達の顔を思い浮かべながら、優しくておだやかな時間が過ぎていく…

 みんな、自分の事よりも誰かが幸せになるのを見て嬉しいと感じるような、素敵な人達ばかりです。

 この人達と一緒なら、お互いが高め合ってみんなで幸せになれそうです。

 僕も、もっとみんなの為に頑張らなくっちゃですね。


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四柱推命講座への意気込み

 今日は本当に暑い一日でした。
 有楽町の駅前に行ったら、「打ち水」 やっていました。
 打ち水というのは江戸時代からの一つの風習で、桶の水をひしゃくですくって空中にまくのですが、今はもう平成の世…

打ち水のジェット噴射機

 打ち水のジェット噴射機です(笑)

 ゴゴーーーッ!

 すごく気持ちが良かったです♪

 有楽町でお二人のお客様を鑑定させて頂いて、さらに秋葉原のヨドバシカメラの文具コーナーによって、8月10日から開催する 「四柱推命講座<初級編>」 で配る、テキストをはさむファイルを注文しに行きました。
      …あと、2席空きがございます(^^)

 ふと気がつけば、講座の初日まであと5日です。
 今回 「四柱推命完全マニュアル」 で僕の事を知って、申し込んでくださった方が約半数です。

 だんだんと気持ちも盛り上がってまいりました。

 僕の事を信じて、講座に申し込んでくださった方を後悔させない為にも、思いっきり内容のある本物の講座にして見せます。

 ただ講義したら終わりというんじゃなくて、ご縁ができた人には僕ができる限りの事は、していきたいと思う…
 それが、僕のを信じてくれた人への務めだと思うし…

 まだまだ微力で、大した事は出来ないかもしれないけど…

 よく、「あなたは正財だから、銀行員が向いてます」 とか 「あなたは劫財だから、外面が良くて内面が悪いです」 とか、元命だけで決めつける四柱推命がありますけど、そういうの聞いてると、うんざり来ちゃうんですよね(笑)

 本当の四柱推命って、そういうくだらない占いじゃないから…

 今回の初級編の講座の最終日は、「実践鑑定講座」 と題して、四柱推命がどのように当たるのか、実際に何名かの有名人で検証していこうって考えています。

 ずい分前に、僕は有名人とか著名人の命式を調べまくっていた時期があるんです。
 全部で800人ぐらい… とは言っても半数は時柱不明ですけど…

 あの 「四柱推命完全マニュアル」 という本は、4年前に一度、完全に原稿は完成していました。
 とはいえ、その時の原稿は今回出来上がった本とは、似ても似つかない別物です。

 そうですね… 言ってみれば、完全に売れ線を狙った、タレントさんのゴシップ本みたいな内容でした。
   こんな星だから、この人こうなっちゃいました… みたいな(笑)

 去年の暮れ、お世話になっている社長から、四柱推命の本の出版のお話を頂いて、その原稿を4年ぶりに読みなおした時、自分で書いた原稿なのに、読んでて吐き気がしちゃったんです。

 こんなものは絶対に出版してはいけない… って思った。

 だから、原稿の大部分を自分で全部ボツにして、新たに作り直しました。

 有名人だからって一人の人間だし、その人の人生を面白おかしく書いてこんな風に本にするのは、決して良い事ではないと思ったんです。
 その人だって、その本を読むかも知れないし…

 あの本の中で、四柱推命の命式を事細かく検証しているのは徳川家康だけなんですけど、まあ徳川家康は400年以上も前にお亡くなりになっている方ですし、僕の尊敬する人物という事で、本人に断る事なく(それは無理…)例題として本に掲載させていただきました。

 とは言っても、確かに四柱推命を説明するには、実際に有名人を例にとって、どんな風に当たっていくのかを伝えた方が理解するにも手っ取り早いんです。
 とはいえ講座でも、その人がいないからと言って、なるべく人格を否定するような物言いはやめようと思います。

 四柱推命というのは、深めれば深めるほど、いろいろな事がわかるし面白い…
 この占いは、東洋の叡智が生んだ学問だと思うんです。

 僕は四柱推命は、まだまだ発展途上中の占いだと思うし、これから先もっともっと進化していくと思う…
 もちろん、元命占いレベルの四柱推命では、残念ながら発展のしようがないですけど…

 僕自身さらに研鑽を重ねながら、講座や鑑定を通して、少しでも本物の四柱推命を広げていきたいと願っています。

 そして、そんな役割ができたなら、まさに本望です。


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たいした事ない

 昨日は友人のS君からお誘いを受けて、東京都中野区の 「なべよこ夏祭り」 に行ってきました。

なべよこ夏祭り

 S君は、僕が初めて占い師として池袋の路上で鑑定した時にもお世話になった、僕の古くからの友人です。
(4/27ブログ 「あの日から始まった…」 参照)

 それにしても、ものすごい人だかりです。
 何せ2日間で5万人が訪れるという盛大なイベントですから…
 歩行者天国となった、青梅街道の路地を曲がった鍋横通りには、缶ビールやジュース、串焼きやかき氷なんかの出店が出ていて、お花見の時みたいに、通りの端っこにシートを敷いて、お酒を楽しんでいる人もいます。

 この鍋横通り、普段はものすごく交通量の多い都心のど真ん中の通りなんですけど…

なべよこでピース 祭りって楽しい…

 S君とS君の奥様とS君のいとこさんと4人で路上で乾杯したり、祭りのキッズダンスを見たり、みんなで写真を撮ったり…


 串焼きの美味しそうなにおいや、祭り独特のざわめきが、なんとも言えない懐かしさや風情を呼び起こしてくれる…

 この懐かしい感覚ってどこから来ているんだろう…

 ふと、通りを歩きながら、そんな思いにふけってみました。

 多分、少なくとも江戸時代の頃から、こんな風に祭りって続いていたと思う。
 さすがにその頃、かき氷はなかったと思うけど…
       冷凍技術というのは、偉大な発見に違いない

 僕は江戸時代には生まれていないけど、その頃の先祖の体験した記憶が、僕の血液の中に流れている気がします。
 だから、こんな風に懐かしく感じるのかも知れない…

 僕らは間違いなく、はるか地球誕生の時から、ずっと先祖の血の中に生き続けていたのだから…

 そして、この先もずっと未来永劫、太陽系が崩壊してしまうまで永遠に生き続ける…
 これは例え自分の直系の子供がいなかったとしても、この地球(ほし)の一部の記憶として…

 祭りの楽しい雰囲気に浸りながら、ふと「一人の人間の力なんてたいした事ない」 という思いがよぎりました。

 僕は占いをやって、お客様を鑑定させて頂いたり、こんなブログで偉そうな事を書いてますけど、本当ちっぽけでたいした事ない… って思いました。

 そしたら、ますます祭りの賑やかなざわめきや、美味しそうなにおいなんかが体に溶け込んできて、本当に幸せな気分になりました。
 ビールの酔いが、少し回ってきたのかも知れません(笑)

 現実の日常の中で、人は不安になったり、腹を立てたり、落胆したりして…
 もちろん僕もそうなんですけど、なんでそうなるのかなって考えたら、それは 「自分はたいした事ある」 って思ってしまっているからかも知れません。

 言うまでもなく、人は自分を幸せにする義務があると思うし、自分を大切に扱うべきです。
 でも、それはそれとして、自分の気持ちなんて、1秒後にはどう変化して変わってしまうかわからない…

 「自分の考えはこうだ」 なんて頑張ってみても、いつの間にか地球が動いているように、自分の意識だって知らない内に変容していたりする…

 人の運命だって同じで、今までずっと沈んでいてパッとしなかった人が、急に花開く事もあれば、当然その逆だってある…
 なぜそうなるのかというその理(ことわり)がわかる人なんて、この世にいないと思うし…

 だから、目の前にあるできる限りの事をやって、精一杯あがいてみたら、後は今ある流れに身を任せたらいいと思うんです。

 毎日酒びたりではマズいけど、お祭りの時ぐらいなら、少し酔ってみるのも悪くない…

 本当、人間なんてたいした事ないから…

 だからこそ、人生を思いっきり楽しむ事だってできる気がするんです。

 P.S.
巨大ナン みんなで、夕食を食べに入ったお店は、鍋屋横丁の細い路地を曲がった所にある、インド人の方だけで営業している本格カレーの専門店…


チキン お店の方も日本語があまり堪能でないので、S君が身ぶり手ぶりを交えて、ビールの値段を聞いてくれたり、料理を頼んでくれたりしました。


 でも、本格カレー料理店とあって、味は最高でした。

   インディーアンダイニング イメージ

 店内は比較的すいていて、みんなで美味しいお食事やお酒を飲みながら、とってもくつろぎました。

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何があっても不安にならない心

 今日も暑くなりそうです。
 これから友人からの誘いを受けて、夕方から夏祭りに行く予定です。

 仕事も溜まっているけど、ある程度は、人生を楽しんでみるのもいいかなと思いまして(笑)

 僕は基本、自分の生き方は自分で決めるというタイプです。
 この人の言う事は絶対に正しいとか信じ込んで、盲信してついていくタイプではありません。
 (2012/6/10ブログ 「同じ失敗を繰り返さない」 参照)

 例えば、仮にその人がいつでも必ず正しい事を言っていたとしても、自分で考える事を止めて、その人の言葉に自分の人生の価値観を全てゆだねてしまったら、もう、自分が生きている価値が無くなってしまうような気がするんです。

 それに、いつでも必ず正しい事を言う人なんていないと思っているし…

 逆に、「これはいいな」 と思える内容の言葉を発したのが、例え小さな子供であったとしても、僕はそれを進んで取り入れようと思う…

 そんな中で、最近感銘を受けたのが、昨日のブログでも書いた川田薫先生の次の言葉…
 
 「例えば、地球がどう変わろうとも、微動だにしない自分をどうしたら培う事ができるのか… むしろ私はそちらに視点を向けています」

 言葉の言い回しは、すごく優しいんですけど、これは気合いが入った言葉です。
 この言葉の覚悟ができたら、全ての人類の悩みは即座に解決してしまうと思います。

 さらに、こうつけ加えているんですね。

 「だからあまり将来の事を考えない。それよりも、今自分は何をやらなければならないのかを考える。そして今果たさなければならない事に全力投球する」

 これは言いかえれば、人生でこの先何が起きようと、全てを受け入れるという覚悟ができているという事だと思います。

 人って弱いから、収入の保証とか、病気に掛かった時の保証とか、いろいろな保証に頼ろうとします。
 こういう保証がないというのは、不安で仕方がないとおっしゃる人もいますけど、どっちにしろ人生なんて、平穏無事でいられる保証なんて無いです。

 この先、仕事がなくなって生活苦になるかも知れないし、病気に掛かったまま看病してくれる人もなく、家から出られなくなってしまうかもしれない…
 地震が起こって、そのまま生き埋めになって死んでしまうかもしれない…

 もちろん、そうならないように備えはするのですが、やるだけの事をやったならそれ以上は考えない事です。

 僕自身はこう思っています。
 考えてみれば、僕の職業なんて将来に何の保証もないです(笑)

 今はたまたま、お客様がいらっしゃっているから良いようなものの、この先の生活の保証なんて、何もありません。
 もちろん、可能であれば貯金もしたいと思っているし、万一自分が病気になった時にも備えたいと思っています。

 僕は、それはそれで置いておいて、今目の前にいらしてくださったお客様に全力を尽くそうと思う…

 この先の事なんて、正直わからないですよ。
 もちろん、占い師ですから、自分の未来もだいたいの答えは出ていますけど、それが100%とは限りませんし…

 もしも、精一杯やるべき事の全ての手をうち尽くした上で、それでも収入が途絶えてしまったら、僕はその運命を受け入れようと思う…

 そうなったと言う事は、そこにはきっと、僕が学ばなければならない何かがあるという事だと思うから…
 そして、改めてその状況において、ベストだと思う手を打ち続けていこうと思う。

 どのような事が起こっても、不安にならない心…

 例え、受け入れたくない未来であったとしても、何か意味があるのだから、それをいさぎよく受け入れる…

 人は強くないから、それで心が揺れ動く事だって当然あるでしょう。
 その時はその時で、あるがままに任せておけばいい…

 精一杯全力を尽くして生きて、いさぎよくおだやかに死んでいく…

 そう心に決めたら、何だか背筋がシャンとしてきました!


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全ての世界は一つにつながっている

 今日、有楽町に行く用事があって、銀座の 「東京オフィス」 に寄ってみたら、素敵な贈り物が届いていました。

 ベテランの手相家でもあり、僕の 「四柱推命講座・実践編」 で最も優秀な成績だった富吉美幸先生からでした。

 中を開けてみたら、素敵なネクタイとポケットチーフ…

  ネクタイとポケットチーフ
     しかも、緑のネクタイ~♪

 富吉先生、本当にありがとうございます!

ネクタイとチーフ着用
 すごく嬉しかったので、早速 着用してみました(^^)

 似合っていますか~

 大切に使わせて頂きます。

 洋服であっても、持ち物であっても、どんなモノにも魂が宿ると言います。


 ホームページの 「申し込みフォーム」 を、以前「SYNCKGRAPHICA」 の和田憲幸さんに作って頂いた(2012/11/13ブログ 「時には人を頼ってみる」参照)、のですが…

 その和田さんのブログの中に、「私はよくモノに語りかけます」 という言葉が書かれていたのを、今でも覚えています。

 だから、僕もモノに挨拶をしたり、お礼を言ったりします。
   緑のネクタイさん、ポケットチーフさん、これからずっとよろしく…

 いや、頭おかしい… とかじゃなくてですね(笑)

 実は、最近そういう事が大切だなって感じたのは、富吉美幸先生が紹介してくださった理学博士の川田薫先生の事を知ってからです。

 川田薫先生が書かれている 「いのちのエネルギー」 という小冊子の中には、いろいろな事が書かれていました。

 富吉美幸先生のブログにもあるように、川田薫先生は、ラットを使った超精密天秤による実験で、初めて 「生命」 の質量というものを計測された方です。

 川田薫先生は、空海(弘法大師)についても造詣が深くて、五輪(五大)の事も語られているのですが、本当にすごく言葉に深みがあるというか… 感動しました。 

 五輪というのは、密教(仏教)の中の地・水・火・風・空の五元素の事を言います。

 よくお寺とかに立っている変な形をした 「五輪塔」 という塔は、積み上がっているそれぞれの形がこの五元素を表しているんです。
 
 一番下の土台の四角い形をしたのが 「地」 で、その上に置かれた球形なのが 「水」 、さらにその上の三角なのが 「火」 で、その上のおわん型なのが 「風」 、そして一番上に置かれた玉ねぎみたいなのが 「空」 を表します。

 一見、五行思想(木・火・土・金・水)と関係がありそうにみえますが、こちらはインドで作られた思想で、元々これとは別物です。(ちなみに、五行思想は中国大陸で作られました)

 ちなみに、この五輪の元素の中の 「空」 というのは、青空の空とは違うんですね。

 音読すれば 「くう」…

 元々の古代インド思想では、最初は五大(五輪)ではなくて、四大(地・水・火・風)だったんです。つまり、西洋思想の四つのエレメンツ(火・地・風・水)と全く同じ構成だった…

 そこに後から 「空」 が加わったんです。

 話がちょっと横道にそれてしまったのですが、川田薫先生が指摘されるのは、この 「空」 の事…

 これ、どうやら 全てのモノの境界線がなくなった状態を言うらしいです。

 いろいろな物の境界線や区分けがなくなって、全部がつながった状態の事を、「空」 という言葉で表すらしいのです。

 ちなみに、何もない状態の事は 「無」 と言うらしい…

 「空」 というものについて、すごくうまい説明していると思ったのが、次の例えです。

 例えば、ここに田んぼがあるとします。
 すると、そこには必ずあぜ道があります。

 自分の家の田んぼと、人の家の田んぼの境界線は、普通そのあぜ道によって認識できます。
 ところが、雨が降って水かさがあふれてくると、やがて、そのあぜ道は水に沈んで、境界線が見えなくなってしまいます。

 その境界線のなくなった田んぼこそが 「空」 …

 つまり、「空」 とは、自分という存在も、他人という存在も、何もなくて、全てがつながってしまった状態を言うのでしょう。

 「人の意識というものは、全て奥深い所でつながっている…」 というのは、心理学者のパイオニア・ユングが言った言葉でもありますが(2012/10/28ブログ 人は「忘れ神」参照)、これと同じ事を表しているのでしょう。

 モノに語りかける事に意味があるというのは、やっぱりモノにも意識というものが宿っていると思うんですよ。

 いや、頭おかしい… とかじゃなくてですね(笑)

 自分にも、モノにも、そして他の人にも意識というものがあって、それは全部たった一つにつながっている…

 この現実の中で生きている人にとっては、荒唐無稽なイッちゃっている人の話って事になってしまうんでしょうけど…

 僕、少しずつですけど、わかりかけているんですよ。
 自分というものと、それ以外のものに境界線で分けてしまうから見失うけど… きっと 「空」 ってあると思う。

 僕らの一生の内には無理かもしれないけど、必ずそういうものをわかりあえるような時代が来ると思う。

 そして今、少しずつですが着実に、それに向かって歩み続けているような気がするんです。


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