浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

誰かを思いやる心が世界を創っていく

 僕は昔からちっぽけな事ばかりに囚われて、悩み続けているような人間でした。
 細かい事がなかなか割り切れなくて、いつもクヨクヨして、立ち止まってばかりいて…

 いつまでも子供のままでした。

 子供と大人の境目って、年齢とあんまり関係ないような気がします。
 この場合の 「大人」 という言葉は、「良い意味で超越した人」 という意味ですが…

 そういう意味では、僕はいつまでたっても大人になれない人間でした。
 やっと最近になって、少しだけそのあたりの事がわかりかけてきた気がします。

 僕は今、電車の中にいて、このブログを打っています。
       今日は東西線…

 車窓からは いろんな建物が見えて、右の端から左の端に通り過ぎていきます。
 小学校や公民館、まだ建設中の何やらよくわからない建物も…

 今まで考えた事もなかったんですけど、一体こういう小学校や公民館って誰が作ったんだろう… って、ふとそんな思いに駆られました。

 子供達やこの地域に住む人が便利にになるように… って願う誰かがいたから、今あの場所に建っていると思うんですよね。
 それは国の人かもしれないし、自治体の人かもしれないけど…

 ここに一つ学校が必要だな… とか思って、みんなを説得するのも大変だっただろうけど、頑張ってくれた人が必ずいる…
 こういう誰かを思いやる人の心が世界を創っていくのかな… ってしみじみ思いました。
 そういう人こそが、本当の大人なんだろうなって…

 だから、ただの利用者になってしまったらいけないと思いました。

 それがあるのが当たり前に感じてしまうけど、やっぱりそんな事はなくて、それは格好いい大人達が作ってくれた…
 だから今度は、僕らが何かを創っていかなくちゃいけないって思いました。
 ちょっと格好つけすぎですかね(笑)

 自分の事だけに囚われていると、何も見えなくなっちゃうけど、僕なんて本当何にもできてないって気づきました。

 でも、少しずつは大人になれてきているような気がします。
 本当に少しずつですけど…

 人生はまだまだこれから…
 頑張ります!


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心が囚われた時のおくすり

 たぶん僕の前半生は、まるで苦悩の為に生まれてきたような人生で、あの頃、一通りの精神的な悩みを体験したんじゃないかと思います。
 まあ、自分で苦しみを作り出していたんですけど(笑)

 同じような悩みを抱えている人にとって、何かの助けになると思うから、恥ずかしがらずに披露しようかと思うのですが、やっぱり全部は無理ですね…

 どれもこれも、ちっぽけな事ばかりなんですけど、その時は自殺しようというくらい悩みました。
    いつも一人でタロットで占っていました(笑)

 僕は多分、根が神経質なんです。

 ちなみに、中学生の頃に一番頭をもたげていた悩みは、「赤面恐怖」 というものでした。
 あの頃、心理学とか占いとか精神世界にどんどん傾倒していったんですけど、その発端は恥ずかしながら、「赤面恐怖」 (笑)

 笑っちゃいますね…
 でも本人にとっては、いたって真剣な問題だったんです。

 「赤面恐怖って何なの?」 と思う人もいるかも知れません。
 いわゆる、顔が赤くなる事を恐怖に思う心の状態です。
 何でそんなものを恐怖に思うかは、理解できない人には理解できません。

 他にも、どもり恐怖とか、表情恐怖とか、視線恐怖とか…
 いろいろあります。

 どもり恐怖と言うのは、言葉がどもってしまう事を恐怖に思う心、表情恐怖と言うのは、顔が引きつったりする事を恐怖に思う心、視線恐怖と言うのは自分の視線のやり場に困る事を恐怖に思う心…

 他にもいっぱいあります。
 なんでこんな事に詳しいかと言うと、一通り全部体験しているからです(笑)

 今はこうして平気で語れますけど、その渦中にいる時には、もう死にそうなくらい苦しかったですね。
 理解できない人にとっては、「何でそんなものが恐怖なの?」 って思うはずです。

 だって、誰だって赤面する事はあるし、どもる事もあるし、顔が引きつる事だってあるから…

 ところが恐怖症の人って、その思考にハマってしまうんですね。

 これは僕の経験上言える事なんですけど…
 そこには、それによって人から正しく理解されないんじゃないか… という恐れが常にあります。
 だから、目の前に誰もいなかったら、そうなる事はありません。

 ここで赤面したら誤解されるとか、ここでどもったらみっともないとか、ここで顔が引きつったら相手に嫌われるかな… とか、常に自分を見る人がどう思うかという価値観が思考の中にあるんですね。

 ある意味、こういう悩みを持っている人は、一皮むけたら大きく成功する可能性を秘めています。
 つまり、人目を気にする事ができるから…

 最初から 「人からどう思われようが関係ないよ」 と言う人は、こういう悩みも持たない代わり、人の気持ちを察しようともしないから、人を惹きつける魅力も得られません。

 あの頃、僕に足りなかったのは、優しさだったかな…

 いつも自分の事に精一杯で、本当に優しくなかったと思う…
 あとは、自分に自信が無かった事もあります。

 赤面したって、どもり続けたって、顔が引きつっていたっていいんです。
 それ以上に自分に自信があれば、それにとらわれる事無く人と話ができる…
 例えその状態が続いていたとしても…

 そうは言っても、その悩みの渦中にいると、そんな風に理屈で解決できる問題ではない事もわかってます。

 でも、苦しみの中で悶えながら、僕はいろんな事を学びました。

 そして、優しくなれた気がする…

 心が囚われてしまった時、今貴重な事を学んでるんだ… って気づけばいいです。

 少し苦しいけれど、その時にこそ、確実に心が成長しているのだから…


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自信なんて無くていい…

 自信なんてまるで無かった…
 今、やっと少しだけ自信を取り戻せそうな気がします。

 それは気持ちが解放されたというのもあるし、ある程度今までやってきた事の形を残せそうだから…

 よく、自信の無さそうな人に、「もっと自信を持て」 って言う人がいますけど、それって、自信のない人からしてみたら、ちょっと無理な注文です(笑)
 もちろん、その人の為を思って言っているのはわかりますけど…

 結局、自信を取り戻せる時って、誰かから認めてもらえた時とか、ある程度何かの形を自分の力で残した時だと思うんですね。

 僕は10代の最後の頃は、かなりすさんでいました。
 人生で最初の挫折をして、自分の全ての自信を奪われてしまったのが、その頃だったんです。

 荒れていた心の傷をいやすために毎日かけていたのが、当時流行っていたBOWYのCDでした。
 BOWYというのは、あの氷室京介さんとか、布袋寅泰さんなんかが所属していたバンドです。
    あと、松井恒松さんと高橋まことさん…

 あの頃の僕の感性にちょうどピッタリ合っていたんですね。

 今も、曲を口ずさもうとすると、スラスラと詞が出てきます。BOWYの曲の4分の3以上は、歌詞カードなしで歌える自信がありますね。
 別に暗記するつもりなんてなかったけれど、あの頃の記憶力ってものすごいです。
    もっとそれを、別な事に使えば良かったんですけど(笑)

 あれから20年ぐらい経ちます。
 BOWYの中で最も歴史のある曲の一つに 「on my beat(オン マイ ビート)」 という曲があるんですけど、それがどんな時でもずっと、頭の中でリフレインしていました。

 自分を守るのは何かを残した後だぜ
 形にこだわったちゃ 古びたものしか見えない
 やたらと計算するのは棺桶近くなってからでも
 十分できるぜ Life is on my beat…

 (BOWY 「on my beat」 より抜粋 詞:氷室狂介)


 あの頃は全てが、自分の意図していない方向に動いていて、心がボロボロになっていました。
 そんな心を奮い立たせようと、何度も何度もこの曲を口ずさんでいたんです。

 強がって見せていたけど、相変わらず自分に自信なんて無かった…

 でも、自分に自信が無かったからこそ、いろんなことを学べたし、人の心の痛みが分かった気もします。

 自信なんて無くていいです。

 何かを残した時、それはきっと取り戻せるから…


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あの日から始まった…

 僕が占い師として、初めて直接鑑定をしたのは、ちょうど今から7年前です。

 四柱推命やタロットに興味を持ったのは、14歳の時からなんですけど、鑑定料を頂いて鑑定をした事はありませんでした。

 あくまでも、占いを趣味の範ちゅうで楽しんでいただけです。
 確かにマニアックな占術知識は持ってましたけど…

 占い師としての職業を成立させる為にも、ちゃんと鑑定料を頂いて、お客様の顔を見ながら鑑定をしたかったのです。

 その為にも手っ取り早く、路上で鑑定しようと思いました。

 占いのひと通りの道具をそろえて、あと小さい机とイスを買って、せっかくだから、人がものすごく多い池袋駅の東口の人だかりの中に机を出そうと決めました(笑)

 それを占い師としての大成する為の突破口にしようと思ったのです。

 とはいえ、決めたのはいいけれど、内心はおだやかじゃないです。
 ちゃんとお客様を鑑定できるか不安で不安で仕方がなかったですし、あんな所に机出して、警察に捕まっちゃうんじゃないかとか、怖いお兄さんが因縁をつけて来るんじゃないかとか…

 そんな不安に囚われた臆病な自分が出てくるんです。

 そこで、背水の陣をはって、もう自分が逃げられないようにしておこうと、ヨドバシカメラでホームページ作成ソフトを買ってきて、形ばかりでしたが、取りあえず占い師としてのホームページを作りました。
 今の僕のホームページは、7年前のその時から始まりました。

 そして、そのホームページのトップに、

 「5月20日13:00~20:00、池袋東口を出たパルコの前の通りで、浅野太志路上鑑定開始!!(雨天中止)

と、でっかく表示させておきました。

 そして、そのホームページアドレスを印刷した名刺を、友達とか知り合いに配りまくりました。
 これでもう逃げられません(笑)

 でも、その日が近づくにつれて、だんだん不安になってきました。

 当日、雨になる事を願っている自分がいましたね。
 「雨天中止」 だから…

 正直な所を言うと、あの時は 「池袋の路上で机を出して頑張った…」 という既成事実が欲しかったのです。
 まあ、雨が降ったなら、「机を出すつもりだったけど、雨でダメでした」 って最低限の言い訳はできますから…

 当日の20日当日の天気予報は、降水確率50%…
 その当日、親友の鈴木君がワゴン車を出してくれて、机とイスを運んでくれました。

 池袋の路上の人だかりの中で、人の目を気にしながら、机とイスを出して、僕はどっかりとイスに座りました。

 いや~ 居心地悪かったです。
 しばらく座っていると、僕の応援をしに、別の友人がペットボトルのお茶を持ってきてくれました。
 相変わらず、お客様は来ません。

 いや、お客様はむしろ来なくていいと思っていました(笑)

 それよりも、雨でも降りだして、この居心地の悪い場所から撤収する言い訳ができる事を願っていました。
 ホームページの公約だと、20:00までは一応その場所にいなければいけませんから…

 しばらくした時、さっきまでその辺りで携帯電話でずっと誰かと話していた男性が、暇つぶしに僕の10分1,000円の手相鑑定を受けて下さる事になったのです。

 もう、心臓が飛び出すくらいに緊張しました。初対面の人の鑑定なんて、生まれて初めての体験でしたから…

 そのお客様は27才で、最初は半信半疑という感じでした。
 でも、ちょうど生命線の27才の所に、ものすごく分かりやすい開運線が出ていたので、
 「今年何か大きく自己実現されたんじゃないですか?」
と聞いてみたのです。

 そしたら、今年コンピューターの関係の会社を立ち上げて独立したって、おっしゃっていました。
 あと、目が悪いという印も出ていたのでそれも伝えると、こちらも大当たりでした。

 その男性のお客様、かなり驚いていましたね。
 でも、本当は僕の方が驚いていたのです(笑)

 四柱推命やタロットはまだしも、手相に関してはまるで自信がなかったものですから…
 真剣な気持ちが天に通じたのかも知れません。

 そのお客様が帰ると、突然大粒の雨が降り出して、僕は鈴木君と急いで机とイスを撤収しました。

 手伝ってくれた鈴木君にラーメンをおごって、一緒に食べながら、ふと思いました。
 この手ごたえなら占い師としての道で、やっていけるかも知れない…

 この後3ヵ月ぐらいずっと週1回のペースで、池袋の路上に机を出して鑑定をし続けました。

 もしもあの時、一人もお客様を鑑定する事なく、雨が降り出していたなら、きっと僕は池袋の路上で机を出したという事だけに満足して、二度と路上に出る事もなかったと思う…

 そう考えると、あの男性のお客様は、僕に自信をつけさせる為に神様が連れて来てくれたのかも知れません。

 思えば僕の鑑定師人生は、勇気を奮い起して、震えながら鑑定したあの日から始まりました。

 震えていたって大丈夫…

 何が何でもやると決めて、前に進んだ時、貴方が夢見た運命の扉はきっと開かれるはずです。


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人はどう化けるかなんてわからない

 ここまで来るのは長かったなあ…
 そんな風に最近、しみじみ思います。

 自分を見つめてみて、正直、性格良くなったって感じます(笑)
 本当に長い道のりでした。

 僕は、かなり性格悪かったんですよ…
 今でも全然完璧という訳ではないんですけど、あの頃に比べたら、もう本当に変わりました。

 あの頃は何であんなだったかなあ…
 きっと、自分に自信が無かったからですね。

 僕のホームページなんですけど、あれを作ったのは今から8年前なんです。
 もちろん8年間公開していた訳じゃなくて、占い師として会社に所属していた時はずっと閉鎖していたんですけど…

 今は、「浅野太志」 って検索を掛けると、真っ先に出て来るようになりましたが、ホームページを作ってしばらくの間は、検索しても出てきませんでした。

 もちろん、ある程度しっかりしたホームページでないと、検索エンジンには引っ掛かってくれません。

 それにこの世には、浅野太志さんはいっぱいいますから、その浅野太志さんのページの方が上位になる事だってあります。

 少しずつ、立派なホームページになるように改良を繰り返して、検索エンジンのワードのリクエストを送信したりするうちに、僕のホームページも google と Yahoo は、トップに出て来るようになりました。

 でも、ある検索サイトだけは、どんなにリクエストを送信しても出てこない…
 その検索エンジンは、他の浅野太志さんのページさえも出てこなくて、出てくるのは、「浅野忠信のラジオショー、出演 : ○○太志」 みたいなホームページが検索のトップになっているんです。

 つまり検索機能が悪いんですね。だいたい今から8年前の事ですし…

 今だったら、「この検索エンジン駄目だね」 ぐらいに笑って済ませるんですけど、あの当時は無性にイライラしていました。
 自分というものに対して、自信が無かったから…

 あんまりイライラしたから、メールで問い合わせをしました。

 「何度も検索ワードのリクエストを入力しているのに、『浅野太志』 で検索を掛けて、何で検索のトップに出てくるホームページが浅野忠信なんだ…」 って(笑)
   浅野忠信さん、カッコイイですね…

 返ってきた返信が、「検索ワードをダブルコーテーション( " " )で括れば、ちゃんと出ます」 というもの…
 確かに " " で括って検索したら、ちゃんと出ましたけど(笑)

 何かその返信の文章に無性に腹が立ったので、かなりキツイ言葉でクレームメールを送っちゃいました…

 考えてみれば、別にその検索エンジンの会社にお金払っている訳でもないし、クレームを言う資格なんて無いんですけどね。

 とにかくあの時は、占い師という目標は立ったものの、まだ何一つうまく行っていなかったから、心の余裕が無くて八つ当たりしてたんです。
 今思えば、メールの担当の人には本当に申し訳ない事をしました。

 心の余裕の無さというのは、自分の自信の無さの表れだと思う。
 そんな時はちょっとした事に対しても、やたらと腹が立ってしまいます。
 なんか… 自分が馬鹿にされているような気分になっちゃうんですよ。

 今はやっと自分に自信を取り戻せたから、いろんな物が良く見えます。
 あんな心が狭くてどうしようもない人間も、やっと今は、標準位にはなれたでしょうか(笑)

 でも、人間は、どう化けるかわからないです。
 だから今、「どうしょうもない人間だ」 と感じるような人がいたとしても、十年後もその人はその時と同じだとは限りません。

 三国志の話が元になったことわざで、「士別れて三日、即ち更に刮目(かつもく)して相待(そうたい)すべし」 というのがあります。

 呉(ご)の国にいた呂蒙(りょもう)という人が言った言葉で、この人は知勇兼備と呼ばれた関羽という猛将を、知略で討ち取っちゃったすごい人なんですけど、昔は戦さ働きだけが取り柄の、ほとんど無学の人だったんです。

 あまりに立派になっていた呂蒙の変身ぶりに驚いた魯粛(ろしゅく)に向かって、呂蒙が言ったのが、さっきの言葉です。

 「人は三日も会っていなかったら、その間に大きな進歩を遂げているから、よく目を凝らして見直すべきだ」 という意味です。

 人はどう化けるかなんてわかりません。
 人の心というものも、どんどん変わっていくし、どんどんと進化していくものだと思う。

 もっともっとこの先素敵に変わっていくはずだから…

 だから、今はとてもじゃないけど、尊敬できないようなつまらない人だと思っても、侮らない方がいいです。

 どんな人に対しても侮らないで真摯に接した時、貴方の将来の運命を変えてしまうダイヤモンドの原石のような人に出会えるかも知れません。


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今ここに、体が存在しているから…

 今日は外を歩いていたら、少し暑いくらいでした。
 僕は毎日忙しく仕事に追われていても、本当に充実しています。

 それなりにうまく息抜きをして楽しんでますしね…

 それで、何でこうやって充実した楽しい毎日を、送り続ける事ができるのかと言えば、やっぱり体が健康だからなんですね。

 僕は子供の頃は体が弱かったんですけど、ありがたい事に今、本当に健康に恵まれています。
 別に、そんなに食生活に気を配っているとか、規則正しい生活をしているとかでもないんですけど…

 考えられる原因としては、きっとあまり悪い思考をしないからだと思います。

 僕は病気の原因って、生活習慣とか、食べ物とか、遺伝とか… いろいろあるとは思うけど、その病気の引き金って、悪い想念だと思うんですよ。

 病気って悪い思考が固まってなるんだと思う…

 なんでこんな事が言いきれるのかというと、最近敏感になって、悪い思考をすると体がもろに反応するんです。

 例えば少し変な事を考えると、目の上のあたりが凝り固まっちゃったりとか、首の後ろが痛くなったりとか、肩が重くなったりとか、背骨がはったりとか…

 それでこの思考をし続けて、この状態のまま放っておいたなら、絶対に病気になるっていう自信がありますね。
    そんな自信 なくていいから(笑)

 ただ、調子が悪い時って、どうしても悪い思考に囚われやすくなります。

 う~ん、そうですね。こう… 背骨にシャキッと一本筋が入っていない時とか、フニャフニャしている時は、ヤバいです(笑)
 変な思考がよぎって、体のあちこちに何か変なものがくっついてくるような感覚になります。

 だから、時々気合いを入れて、下腹に力を入れてみる…
 あとは僕、いつも感謝を忘れないように気をつけています。

 それは、病気になりたくないから… というよりは、正直、病気になりそうなおかしな思考に囚われている暇はないんですね。
 やらなくちゃいけない事が、山ほどあるから…

 それに、今僕の周りには、本当に素晴らしい人達がいっぱいいるんですよ。

 自分の為だけに生きているんじゃなくて、もっと大きなものの為に動いているような人達が…

 だから、病気になりそうなつまらない思考をしながら、こんな所で止まっている訳にはいかないですね。
 その人達に申し訳なくて…

 もちろん、僕なんて大した事ができる人間ではないけれど、それでも、何かができる可能性は持っているから…

 せっかくこうして生を受け継いで、今ここに、体が存在しているから…
 大した事ない人間ですが、精一杯、悪あがきしてみたいと思います。


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素敵な恋愛を叶える為に

 あの…  あんまり僕は、恋愛について語れるような人間ではないのですが…
 それでも、恋愛の失敗だけは数多くしていますので、たまにはこういうブログもいいかなあと(笑)

 まあ、大したアドバイスはできませんが…
 異性の心をつかもうと思ったら、やっぱり表面的なモノだけじゃなくて、相手の内面性に目を向ける事が大事です。

 もちろん、外見やステータスに囚われてしまうのも、人間の性(さが)というものです。
 それは自分だけじゃなくて相手も同じだから、そういう意味では、やっぱりオシャレをした方がいいし、社会的なステータスだって、無いよりはあった方がいいです。

 とはいえ、相手の内面性に目を向けてみた時に、もしも相手がそういうものだけに囚われているような人だったら、例えつき合ってみてもやっぱり幸せには なれません。

 外見なんて年とともに変わるし、自分のステータスが目当ての人なんて、絶対に自分の事を大切にしてくれないだろうし…

 僕は、恋愛で痛い目にあった事は、もう数知れずあります。
 もともと、軽薄で中身のない人間だから…
      それでも必死に悪あがきしてるんですけどね

 ある時なんかは、デートの時に必死になって、相手の女性に 「きれいだね」 を連発してたんです。

 そしたら別れ際に、
 「もし私がこの顔じゃなかったら、多分私の事好きじゃないですよね」
って言われてしまいました…

 「いや、そんな事ない」 とか必死に言い訳するんですけど、どうも言葉がうわずっちゃって…
 まあ、それっきり終わっちゃいましたね。
      ほろ苦い思い出ですね(笑)

 確かにあの時の僕は、相手の女性の内面性を感じる心の余裕はなかったし、うまく行かなかったのも無理はないんですけど…

 そこへいくと、戦国武将の明智光秀という人は、すごいです。

 
影の日本史 「影の日本史」
  (森博之 著/総和社)

 実はこの本を読んでいたら、知られざる明智光秀の裏話が載っていて、思わず感動してしまいました。

 僕は、戦国時代の武将の話とかは興味があって、割と知っている方なのですが、この話だけは初めて知りました。
   感動的でした…

 どんな話かと言いますと…

 明智光秀には、煕子(ひろこ)という美貌の許嫁(いいなずけ)がいました。

 いよいよ翌年輿入れという時、煕子は疱瘡(ほうそう)にかかって、顔中にたくさんの水ぶくれが できちゃったんです。
 煕子は一命はとり止めたものの、顔中が醜いあばただらけになってしまった…

 いよいよ輿入れという時、煕子の両親は考えました。
 「こんな状態の煕子を、明智殿に嫁がせる訳にいかない」

 ちょうど煕子には、八重という妹がいて姉と瓜二つだったので、煕子の代わりに八重を嫁がせる事にしたのです。

 ところが光秀は、輿入れしてきたのが身代わりの八重であると知って、生家に送り返してしまったんですね。

 そして、こういいました。
 「私が許嫁として将来を約束しているのは、例えどんなに醜く変貌したとしても煕子殿ただ一人。どうか、煕子殿をおよこし下さい」

 その後、改めて煕子が輿入れした時、光秀は煕子に優しくこう言ったそうです。

 「そなたは私の妻であるから、分身のようなものだ。分身にできた疱瘡の傷跡は、私にあるのと同じだ。だからそれを恥じるな」

 まさに男の鏡ですね。
 光秀は外見じゃなくて、煕子の内面性をこよなく愛していた…
 だから外見が どう変貌しようが関係なかったのです。
 こんな旦那を持った煕子は、本当に幸せ者です。

 こんな話を書いてしまうと、悩める男性諸君の中には、
 「オレが今、恋焦がれている人は美人だし、正直それで好きになっちゃってるから、こんな軽薄な恋愛は あきらめるしかないのか…」
と肩を落としている人もいるかも知れません。

 いえいえ、あきらめる必要なんてありませんよ(笑)

 彼女の美貌に夢中になる以上に、彼女の内面を愛する事ができればいいのですから…
 それに美人と呼ばれる人ほど、案外そういう本物の愛情に飢えていたりします。

 モテるとは言っても、体目当てで近づいてくる男性が多いですから…
 そんな中で貴方が、彼女の内面性に触れられれば、唯一の彼女の理解者になれるかも知れません。

 まるで物を欲しがるように体目当ての男性に言い寄られて、傷ついている女性も結構多いんです。
 信じられない話ですけど、思いあまって自分の顔に、刃物でわざと傷をつけたという女性もいるくらいです。

 みんな寂しいんですよ。
 もう、そこらあたりに打算的な恋愛があふれているから…

 自分の内面を掘り下げた時に感じる寂しさを、ひょっとしたら、相手も同じように感じているのかも知れません。
 もちろん、わかったつもりで安易に決めつけては いけませんけど…

 素敵な恋愛をつかむ為に…

 まずは真摯になって、大切に思っている人の内面の存在を、そっと感じてみるのも良いのかも知れません。


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素敵な出会いをつかむ為に

 だんだん気候も暖かくなってきました。
 すっかりと、冬の寒さから解放されたようです。

 案外この時期って、体調を崩す人が多いです。
 何か頭もボーっとしやすいですし(笑)
    ボーっとする暇がないくらい忙しくするのが一番…

 人生の中には、さまざまな出会いがあります。
 その中でも、運命を変えてくれる異性との出会いの影響は大きいです。
 それによって、人生そのものが今までとは全く違う流れになっていきますから…

 僕の今までの人生の経験で言うと、運が乗っていて自分の調子が良い時には、やっぱり良い縁に巡り合いやすいですし、自分の調子が今一つの時は、やっぱり縁も今一つだったりします。

 もちろん全部がそうだという訳ではなく、中には例外もあります。
  不幸のまっ最中、一人の異性と出会って急に運が開けたという人もいます

 では、なぜ調子がイマイチの時は、出会いもイマイチになりやすいかと言えば、大体そういう時は自分の内面性の良さが発揮されていませんから、近づいてくる異性は自分の内面性以外のものにひかれている可能性が高いのです。

 それは外見やルックスだったり、社会的ステータスだったり、もしくは相手の人も調子がイマイチで、一緒にいると悪い意味で傷をなめ合えられそうだとかいう理由だったり…

 結局、本当の意味で自分の内面を好きになってくれた訳じゃないから、つき合ってもうまく行きにくいんですね。

 これが運気が乗ってくると、全然状況が違ってきます。
 まず、出会いそのものの数がぐんと多くなります。
 それに、自分の内面性の魅力がほとばしってくるから、本当に自分を好きになってくれた異性が近づいてきやすいんです。

 素敵な異性と素敵な縁を結ぶ方法は、実は案外簡単です。

 一つは自分の運気を上げて、魅力が外に発揮されるようにする事…
 出会いそのものの数を求めるより、こっちの方が手っ取り早いです。だって、運気が上がれば、何もせずして本物の出会いが増えますから。

 二つ目は、自分自身も相手の内面性に目を向ける事…
 これが意外と忘れがちなんですね(笑)
 自分の内面を本当に好きになってくれる人を求めるなら、こちらも外見やステータスではなく、相手の内面に目を向ける事が大切です。

 もしも、今運気はいいのに出会いはイマイチなんだよな… という人がいたら、これができていない可能性があります。

 自分も相手の内面性に目を向けようとする事で、相手も自分の内面性に目を向けてくれるんですね。

 これは、恋愛対象の異性というような狭い範囲の話ではなく、人間関係の全てにおいて言える事のような気がします。
 ステータスや損得勘定で相手の事を見るか、それとも内面に触れようとするか…

 人生は一度きり…
 素敵な出会いをつかむ為に、もっと相手の心に触れてみる…

 なんて偉そうに言ったりして…
 僕もあんまり得意ではないんですけどね(笑)

 でも、せっかくだから少し頑張ってみる事にします。


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ちょっとだけ背伸びしてつま先立ちした時

 いわゆる 「命理」 の占いと言って、四柱推命とか紫微斗数とか、西洋だったら西洋占星術とか、生年月日時を元にした占いというのは、面白いくらいに当たります。

 まあ、当たってくれないと、占い師という職業が成り立たないんですけど…

 でも、これはどういう事かと言うと、やっぱりオギャーと生まれて生年月日時が確定した時点で、かなりの運命というものが決まってしまっているという事の裏返しともいえます。

 もちろん100%ではありません。もしも100%その通りになってしまうのなら、この世に生きている意味も、ましてや占いを受けて、未来を知る意味だってありません。
 だって、どうせなるようにしかならないのだから…

 では努力しても運命は変わらないのかと言うと、結局努力するという事もシナリオに含まれてちゃっていますから、やっぱりその通りになります。

 運命を悪く変えるのなら、簡単です。
 ダラーッとして、何もしなければいいだけですから(笑)
(2012/10/24ブログ 「違う占いでみても、答えは同じになる」 参照)

 それでも努力するのが習慣になっている人にとっては、意外とダラっとする事自体、難しいかも知れません。
 やっぱりある程度までは、元の運命の流れになっていきます。

 では、どうやったら運命を変えられるかと言うと、普段の自分だったら絶対にしないような無理をする事ですね。

 しかも、徹底的にやる…
 そのくらいしないと、運命の流れって変わりません。
 だらけて、運勢を悪くしたい時だって同じです。
        そんな人いないでしょうが…

 とにかく徹底的にだらける(笑)

 「このままじゃ、ヤバいんじゃないかな」 という、いたたまれない気持ちになっても、「神様を信じて、何があっても、だらけ続ける…」 くらいの気持ちでないといけません。
  きっと神様も、もっとパンチが効いた厳しい人生に変えてくれます…

 それと同じように運命を良くしたい時も、いつもだったら絶対に自分がやらない所まで頑張ってみるというのが必要だという事になります。

 少し極端な事をやるぐらいで丁度いいですね。
     って、よく師匠が言ってました…

 僕も、やっぱり極端な事をやってます。
 例えば、今このブログを電車の中で打ってます。

 ここまでは、まあ普通の人でもやるんでしょうけど、今日の常磐線は席に座れないので、立ちながら左手でモバイルパソコンを持って、右手だけを使ってキーボードを打っています。
 今ブログ更新しておかないと、この後の予定が間に合わないから…

 だいたい、こんないつもダラダラ長くて、訳のわからないブログを、一日も休まずに更新している事も、極端と言えば極端です(笑)
   いつも、こんなもの読んでくださる皆様、本当にありがとうございます…

 でも、極端な事をやると楽しいですね。
 「生きている」 っていう、充実感を感じます。
     パソコンを支える左手が痛くなってきた(笑)

 こんな風に、少し背伸びして無理してみる…

 ちょっとだけ背伸びしてつま先立ちをした時、今までは手が届かなかったものにも、手が届くようになるかも知れません。


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暦が刻み続ける悠久の時の中で…

 今日は朝からずっと雨…
 自分で作った特製万年暦をずっと見直していました。
      う~っ、目が痛い(笑)

 暦って、はるか過去から、ずっとこの先の未来まで永遠に時間を刻み続けて行くんですね。
 当たり前の事なんですけど、そう思うとちょっと不思議な気持ちになります。

 はるか昔から古今東西、人というのは、他人から正しく評価されたいと願っているものだと思います。
 白隠のように悟りを開いて、そういう事に囚われなくなった人は別として…昨日のブログ参照)

 僕は昔、できる事なら実際の自分以上に評価されてみたいと思っていました(笑)
 まあ、今は変わりましたけど…

 実際以上の評価されちゃったら、もうそれは自分じゃないし、苦しくて息がつけませんから。

 野口英世も、ある時ニューヨークの自宅に送られてきた自分の伝記を読んで、
 「あれは悪い本だ。あれは人間ではない。」 と語っています。
 (2012/6/12ブログ 「偉人達の隠された葛藤の日々」 参照)

 実際の歴史上の人物なって、かなり歪められて伝わってます。
 最近は、いろいろと歴史的な検証が進んで、その人物像が再評価されたりもしていますが…

 例えば、徳川秀忠という人は、徳川家康の息子であり、言わずと知れた江戸幕府2代将軍ですが、凡庸で能無しのお人好しのイメージがついて回っています。

 何でそんなイメージになっちゃったかというと、おそらくは関ヶ原の合戦の時に、3万8千もの兵を引きつれていながら、真田昌幸・幸村父子に挑発され、ずっと上田城の2千の兵に釘づけにされていて、結局関ヶ原の戦い本戦に間に合わなかったからです。

 真田太平記なんかですと、それを家康が激怒して、こっぴどく秀忠を叱りつけるシーンがあるんですけど、これは真田父子の智謀に箔をつける為の虚構ですね。

 実際の所、秀忠は真田父子に挑発されて上田城に釘づけにされていた訳ではなく、元々家康から上田城を含む中山道を制圧するように命を受けていたのです。

 ところがその後戦況が変わって、家康は、秀忠に関ヶ原に合流するように伝える使者を出したのですが、その使者は利根川の増水に阻まれて、秀忠の元に到着するのが大幅に遅れてしまい、秀忠がその伝令を知った時には、もうどんなに急いでも関ヶ原の本戦には間に合わなかったのです。

 従って、家康が秀忠をこっぴどく叱りつけたというシーンもウソです。
 まあ、とはいえ秀忠の方は、関ヶ原の本戦に間に合わなかった事をずっと気に病んでいたみたいですが…

 でも、秀忠がもし現代に生きていて、こんな無様なキャラの扱いをされていると知ったら、さぞ嘆くと思いますね(笑)

 事実この人は、政治的手腕で言えば、父の家康以上だと思います。
 現に、お取りつぶしになった大名家の数というのは、秀忠の治世の時代が一番多いです。
 自分の娘を入内(天皇の妃にする事)させたのも、徳川将軍の中で秀忠ただ一人ですし…

 まあ、こんな風に歴史の中で過小評価されてしまった人物はいっぱいいます。
 だいたい人気者の敵役になると、どうもそういう損な役回りにされますね(笑)

 源頼朝も、人気者の弟・義経の影響で、かなり狡猾で非情なイメージがついてしまっていると思いますし、忠臣・楠木正成の敵だった足利尊氏なんて、戦前は逆賊呼ばわりされていましたし…

 織田信長を討ちとった明智光秀なんかも、今は再評価されてきていますが、ひと昔前までは本当に嫌われ者の武将でした。
 まあ、僕は信長より光秀の方が、うんと共感が持てるんですけど(笑)

 あとは、家康の敵になった石田三成…
 実力も無いのに身の程知らずな貪欲な官僚みたいなイメージがありますが、僕はこの人は、無欲でとても義理堅い人だと思うんですね。

 秀吉から大封を与えられそうになった時に、何度となく辞退しているし、それに一切私財を残した形跡もありません。
 居城がある佐和山の領民の評判も良いですし…

 そういう徳川家康だって、江戸時代には 「大権現様」 とか 「神君」 とか呼ばれて、あがめられていましたが、今のような 「狸親父」 のイメージが作られたのは、明治政府の印象操作によるものとも言われています。

 そんな意味においては、第二次世界大戦時の日本も、いかにもキチガイじみたファシズム集団みたいな印象になっちゃってますけど、これなんかは明らかにアメリカなどの戦勝国の印象操作です。

 戦争開戦直前、日本がアメリカとの和平交渉を模索している時に、アメリカが日本に提示した、いわゆる 「ハル・ノート」 と呼ばれる文書が存在するんですけど、あれを読むと、まるで日本はアメリカにハメられたようにしか思えないんですね。

 もちろん歴史の中で絶対に正しいなんて言いきれるものは存在しませんが、残されている資料は、歴史の真実を知る大切な手掛かりになります。

 それで、何よりも大事なのは、少しでも相手を理解してあげようと努める事じゃないかという気がします。
 そうすれば、この世から戦いというものが無くなるはずだから…

 自分の事を人にわかってもらいたいと思うのが人情であるならば、だからこそ、自分も人の事をわかってあげようとする事が大事なのかも知れません。

 暦が刻み続ける悠久の時の中で…

 そう遠くない未来、お互いがわかりあえる時代が来る事を強く信じて。


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人間の生きざま

 ひさびさに自分の時間が取れるようになって、久しぶりに自分のホームページを更新しました。

 ずっと四柱推命のコーナーが、ずい分手抜きのままで放置されていたので、この機会に気合いを入れて更新しました。

 ふ~ 疲れました(笑)
   あいかわらず、エテイヤタロットのページは放置のまま…

 四柱推命の鑑定例を、ちゃんと作りなおそうと思って、生まれた時間がわかる偉人のサンプルで思いついたのが、芥川龍之介…
 でも、わずか35才でお亡くなりになってしまったので、かなり短いサンプルになっちゃいました。

 そこでもう一人、マイケル・ジャクソンをサンプルを追加する事にしました。    出生時間も入手できたし…

 実は3日前ぐらいから、この二人の生い立ちのリサーチに明け暮れていたのです。

 マイケル・ジャクソンといえば、言わずと知れた音楽界とダンス界における最高のスーパースターですが、この世を去る5年ぐらい前に、とんでもなく不名誉な事件に巻き込まれているんですね。
 ご存知の方も多いとは思いますが、いわゆる 「マイケル・ジャクソン裁判」 です。

 マイケルというのは、元来の子供好きなんです。もう子供の事が、可愛くて可愛くてしょうがない…
 当たり前ですけど、決して変な趣味がある訳じゃなくて、純粋に子供の事を大切に思っている…

 ところがそういう所につけこむ、どうしょうもない人間がいるんですね。
 マイケルは世界有数の大金持ちですから…

 マイケルに好意で別荘に呼ばれたある親子が、お金欲しさに性的虐待事件をでっち上げちゃったんです。
    従軍慰安婦問題に似ていると思う…

 もちろん、でっち上げですから証拠なんて何も出てこないし、親子の供述は矛盾だらけでボロが出ちゃうしで、あげくの果てに親子の前科まで見つかったりして、当然マイケルは完全無罪になったんですけど…

 裁判の間、マイケルは世界中から疑いの目で見られていました。    今でも疑っている人もいるけど、絶対にこれは無罪です…

 まあ、欲望まみれに生きている人にとっては、理由もなく子供を別荘に呼び寄せるなんておかしい… という思考回路になってしまうんでしょうけど。
    確かに変わっているけど、この人はそういう人です(笑)

 それにしても、マイケルにとってこんなヒドい屈辱はないと思うんですね。
 子供の事を本当に大切に思っているのに、その真逆の性犯罪者扱いをされてしまったんですから…

 まあ、生きている内に潔白が証明されて良かったです。

 世の中は無情です。時には身に覚えのない不名誉を着せられる事があります。

 日本で最も有名な禅僧の一人に、白隠という人がいます。

 「駿河には 過ぎたるもの二つあり 富士のお山に 原の白隠」 という句が読まれるくらいのすごい人です。

 ある時、白隠の檀家の娘の一人が、子供をはらんじゃったんですね。
 娘の父親は、「いったい相手は誰なんだ」 と娘を問い詰めました。
 娘は答えに窮して、相手は白隠だと答えちゃったんです。
 父親はカンカンに怒って、白隠の元に怒鳴り込みました。

 ところが白隠は、何の言い訳もしないで生まれた赤ちゃんを引き取って育てたんですね。
 白隠は周囲から誤解され、ずっと冷たい目で見られていました。

 こんなに理不尽な話は、なかなかありません。

 でも、さすがは 「臨済宗中興の祖」 と呼ばれるだけの禅僧だけあって、心に少しも動じる事なく、その赤ちゃんを育て続けました。

 やがて3年が過ぎ、娘は良心の呵責と我が子恋しさに、父親に嘘をついていた事を告白します。
 そして白隠は、今度は、3年間育て続けてすっかり情が移ってしまった幼子との悲しい別れを味わう事になるのです。

 自分の事を人から正しく理解してもらえない事って、本当に辛い事です。
 でも、時が過ぎれば、おのずと真実は明らかになってくるはずです。

 だからそんな時は、焦らずに自分の生き様を貫き通したらいいと思う…
 人間の生き様って、体中にほとばしっているから、やがて潔白は証明されて行きます。

 例え、今は理解されない事があっても大丈夫…

 正しい事をやり通していれば、おのずと道は開けるものです。


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それが無くっても大丈夫

 僕は今、何だかわからないですけど、やりたい事が次から次へと叶っていくのを感じます。

 占い師として独立して、自由な生活を満喫しながら、待望の講座も開いて…
  あとは結婚して、家買って、子供作って…   これらは先のお楽しみ(笑)

 何で今、こんなに調子が良く行っているのかな… って考えてみて思いつく理由は一つだけ…
 とっても心が身軽な事です。

 パリから帰ってきたら、気持ちがすごく軽くって、運をどんどん引き寄せている感じなんです。
 だから、こういう状態になってまだ一年ぐらいしか経っていません。   体が慣れていません(笑)

 とにかくそれまでの僕は、特に師匠に占い師としての道に導かれる前なんかは、本当にドヨ~ンと心が重かったです。
 だから、願った事というのは、ことごとく叶わなかったですね。

 恋愛はいつもうまくいかないし、お金もない…
 人間関係はまるでダメで、いつもプライドはズタズタ…

 思い出すだけで、絶望がよみがえります(笑)

 でも、僕が今、運が開いているのは、あの苦しい時代に逃げないで、苦しみ抜いたからのような気がする…

 あの頃はいつもいろんな事にこだわりがあって、それを捨てる事ができませんでした。
 だからいつも、とっても重かったです。

 そのこだわりに囚われているせいで、心はいつもハラハラドキドキしていました。
 そしてその後に絶望がやってくるというパターン…

 でも、この苦しみが、僕をうんと強くしてくれました。

 それで、ここの部分が一番大切なんですけど、ただ苦しみさえ味わえばいいかというと、そういう訳でもないんですね。

 その苦しみを通して、ある一つの事に気づく事が、僕は大事だと思うんです。

 それは…
 「それが無くっても大丈夫」 という事。

 人生には様々な苦しみがあります。
 夢が叶わなかった事… 大切な人との別れ… 財産を失う事… 病気で苦しむ事…

 僕はこれらの苦しみを通して学ぶべき事というのは、そういうものじゃないかな… って気がするんですよ。

 もちろん、そういう悲惨な状態を避ける為に、現実的にあらゆる知恵を使って行動する事も大切な学びです。

 でも、それでも残念な結果に終わってしまった時は、その状態を受け入れて、「それが無くっても大丈夫」 という事を学んでいく…

 何だかすごく冷たい事を言っているのかも知れませんけど…

 僕は本当に執着の強い人間で、いろんな物が捨てられませんでした。
 いつだって、たくさんの物を抱え込んでしまうんです。
 でもあの時代、全てが空回りで、そのこだわりをあきらめて捨てざるを得なかったんですね。

 もちろん、心だけは相変わらずそれに囚われているものだから、何にもやる気がわいてこなくて気持ちが重い…

 気持ちが重ければ、当然フットワークも重くなって行動がにぶるから、夢も叶いません。

 僕がたまたまツイていたのは、師匠に導かれて自分の進むべき道をしっかり見せてもらった事と、3週間のパリ滞在があまりにも衝撃的で、それによって心が解放されて、ほとんどの自分の中の囚われを捨てられた事です。

 僕がもう少し強い人間だったら、苦しみを通して、その場で 「それが無くても大丈夫」 って気づく事もできたかも知れません。
 本来なら、そうあるべきなんだと思う…

 それがちゃんとできる人は、その場で運が開いてしまうし、衰運期はその瞬間に終わってしまう事になります。
 僕がかなり長い間、運がにっちもさっちも開かなかったのは、それが中々できなかったせいなのです。

 いっぱい捨てたなあ…
 くだらないこだわりばかりでしたけど、断腸の思いでした。
 その後に心が囚われなくなってからは、すっかりとこの通り身軽になりました(笑)

 それが無くっても大丈夫…

 貴方には、もっと素敵な神様からのプレゼントがありますから。


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コンプレックスとカミングアウト

 皆さま、こんばんは、42才厄男です。

 なんか、「厄男」 って良い響きですね。
 僕が42才と聞いて、驚かれた方も多いみたいです、精神年齢が低いから、若く見られるんです。

 だいたい昔は、自分の年を滅多に人に言いませんでした。
 聞かれてもあやふやにして誤魔化していました(笑)

 劣等感があったんですよ。あの頃は自分に対して、何一つ自信が持てなかったから…
 他にも、コンプレックスをいっぱい持っていました。

 それに関わりのあるような会話になると、話題を変えたり、その場から上手にいなくなったりしました。
 コンプレックスを人に知られる事を、極端に恐れていましたね。      まあ、くだらない内容のものばかりでしたけど…

 そういう人に知られたくない秘密があればある程、人生はじけられなくなりますね(笑)
 暗く沈んじゃうというか…

 まあ、そういうものって誰でも一つや二つはあるものだし、僕は今でも、全くコンプレックスがないという訳ではありませんけど、以前の10%ぐらいになりました。

 自分に自信がついてくると、だんだん許容範囲が広くなるみたいです。

 それで、コンプレックスに囚われてしまった時にどうするのが一番いいかというと、思い切って人にカミングアウトししちゃう事ですね。

 あえて、自分の弱点をさらけ出してみる…
 もちろん、自分の全てさらけ出す必要はありません。

 だいたい気をつけないと、その事によって人を傷つけちゃう事もあるし、自分の立場が無くなって、その場所に居づらくなってしまう事だってあるから…
    例えば、「オレ、○○さんに告白して、フラれました…」 とか(笑)

 自分にとって隠しておきたい事であればある程、カミングアウトというのは勇気がいりますけど、それによって気がつける事があります。

 それは、自分にとっては一生をくつがえす大問題のトラウマも、人にとっては案外どうでもいいような事だったりするという事…
 その秘密を知られたら、一生笑われて馬鹿にされ続けると思いきや、案外 「ふ~ん」 で終わっちゃったりします。
     少し寂しかったりして(笑)

 まあ、だいたい、結局はコンプレックスなんて自分の感情の中の囚われですから…

 人に言えない秘密があると、ソワソワしやすくなるから、人から不信感を持たれやすくなりますね。

 そういうものから解放される事によって、人との間に壁が無くなって人間関係がうまく行きやすくなります。

 それで、案外とみんな、同じような事にコンプレックスを持っているんですよ。
 それを共感し合える事で、気持ちがわかり合えたりします。

 勇気を出してカミングアウトして、自分をさらけ出した時、今までには無かった人生の解放感を得られるはずです。


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厄年バンザイ!

 今日は本当に暖かい一日でした。
 気候だけではなくて、心の中もポカポカ暖かいです。

 エ~… 何と申し上げていいか…   照れくさいです
 皆様、僕の誕生日を覚えていてくださって、本当にありがとうございます。

 こんなに心のこもったメールやお手紙や誕生日プレゼントを頂いて、僕は本当に地球一幸せ者です。
 言うまでもなく、この数は、過去42年間の人生のうち 最高記録です。

 ノートパソコンで一通一通の心のこもったメールを読みながら、不覚にも涙出そうになりました。
 村野先生からのバースデープレゼント

 家に帰りついたら、村野先生からのプレゼントが…


 毎年、村野先生からお菓子が届くたびに、自分の誕生日を実感していました。
     そのいきさつ



好き!好き!!魔女先生 そして、これは大阪のHさんからのプレゼント…

 これは、まさに今からちょうど42年前のテレビ番組のオムニバスDVDです。

 「好き!すき!!魔女先生

 とってもハートフルで素敵なお話でした。

 これ、かなり高価なDVDだと思うのですが、本当にありがとうございます…


 人生とは早いもので、42年もの間 生きてしまいました。
 いよいよ厄年です(笑)    とっても楽しみです…

 何が根拠で男性の42才が厄年に決まったかと言ったら、その起源まではハッキリしないのですが、四十二で 「死に」 という語呂合わせからっぽいです。

 女の人は33才が厄年で、お産も 「散々」 だからだとか…
 要するに、ダジャレです。

 よく厄年には何かと大変な事が起こるとか言われますけど、別にそういう統計があるという訳ではありません。

 僕の師匠は、厄年とか天中殺の類いは、溜まり溜まったものを清算する為の決算期だとおっしゃっていました。
 だから人によって、ぐんと悪くなる人もいるけど、ぐんと良くなる人もいる…

 まさに、その通りだと思います。

 だって僕、明らかに今までに無いくらいに、運気が上がっていますもん(笑)
     ここで調子に乗ってはいけない…

 やっぱり天は、全てにおいて公平だと思います。
 僕、若い頃の人生は、結構 悲惨だったんです。

 つまり、どんなに悲惨で辛い事ばっかり人生で続いても、それを乗り越えたら、必ずその分うんと幸せになれるんですよ。
 打ちひしがれた時にヤケを起こして、あきらめさえしなければ…

 たまに、まるで運が良くなる見込みが無くて、最後まで悲惨な人生だった… という人もいますけど、それはヤケを起こしてあきらめてしまったからです。

 物事には、時にあきらめる事も必要ですが、人生そのものをあきらめたら、運は良くならないし、体調だって悪くなります。

 逆にあきらめさえしなければ、必ずその分 幸せがやってくる…

 僕は今、本当に幸せですけど、いつかは運気が落ちる時が来るかも知れません。

 その時にはヤケを起こさず、それを楽しんでしまおうと思う。
 僕はもう、その分だけの幸せが絶対に来る事を知っているから…

 42才厄年、頑張ります!


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この世に生まれてきた意味

 4月のさわやかな風の中で、今さらになって、心が解き放たれるような感覚に浸っています。

 昔はいつも誕生日近くになると、意味もなく焦っていました。
 特に20歳の誕生日の前とか、30歳の誕生日の前とか、40歳の誕生日の前とか(笑)
 年のケタが一つ変わる前に、成し遂げておきたかった事があったのに、虚しく年を取ってしまう事にいつも憤りを感じてました。

 若かったですね…
 自分の事ながら、あんなに空回りしている人間も珍しかったと思います。

 今はもう、堂々としています。開き直ったという訳じゃなくてですよ(笑)
 格好よく言えば、生きている意味の本質が見えてきたからですかね。
 悟りを開いた… とかそんな大したものじゃないですけど…

 ちょっと宗教チックになってしまうかも知れませんけど、人間は一体何の為にこの世に生まれてきたのかな… というのが、何となく感覚でつかめてきたんですよ。

 それは美味しいものを食べる為でもないし、自分の種の存続の為でもないと思う。
 ましてや、お金持ちになって、豊かな暮らしを満喫する為でもない…

 もちろん、それはそれで悪い事ではないし、求める事は自然な事ですけど、それが生まれてきた最終目的では無いと思う。
 だって、もしそうだったら、とっても虚しいじゃないですか(笑)
    どうせ、死ぬ時全部なくなっちゃうし…

 結局、いろいろ消去法で考えていくと、唯一納得できるこの世に生まれてきた意味は、「魂を成長させる為」 というものです。
 自分の魂も、他人の魂も全て合わせて…
 それ以外、正直な所、思いつかないんですよね。

 この世的な価値基準に囚われ過ぎると、本当に窮屈です。それで、試しに自分と人とを比較なんてしたりすると、もう悶えるほど苦しいです。
 僕は今までそんな生き方をしてきたから、毎年毎年、年を取るのが怖くて怖くて仕方なかった…

 今までの人生傾向を振り返って、僕の弱点は、どうも異性の事に囚われがちだったかな… って気がします。
 好みの女性を見ると、いつも心がそっちの世界にいってしまうというか…

 まあ、人間は 「種を存続させたい」 という本能を持っているので、当たり前と言えば当たり前です。
 でも、その事に夢中になり過ぎて囚われてしまうと、この世に生まれてきた意味というのは、今、目の前にいる人とヤル事だ(笑) みたいな訳のわからない結論になってしまいます。

 もちろん、その行為自体は別に悪い事ではないんですけど、いつも24時間そういう事に囚われてしまうと、自分の人生の可能性というのは、せいぜい半分ぐらいしか出せないと思いますね。

 今の僕は、そういう性欲が無くなってしまったとかいう訳ではないです。
 その部分の欲求は大して変わらないけど、それ以上に大切なものがわかったから、もうあたふたしないんですね。
 
 この世に生まれてきた意味というのが、頭の中だけじゃなくて、本当に感覚的にわかると、すごく気持ちが楽になってそれだけで幸せになれます。

 それに何となく、自分がこの先進む未来が見えてくるんですよ。もちろん、何となくですけど(笑)

 だから、全然焦らない…

 例えちょっと金銭的にヤバい状態かなとか思っても、そろそろこの年で結婚してないとマズイかなとか思っても、冷静に先の事が感じられるから、今どうする事が一番ベストなのかが手に取るようにわかるんです。

 今までの僕だったらきっと、それに囚われて空回りして、余計にドツボにハマっていたんでしょうけど…

 僕はもっともっと自分の魂を成長させていきたいです。
 だって、それが一番手っ取り早く幸せになれる最短距離だから。

 この世に生まれてきた意味を感覚でつかんだ時、人は永遠に続く幸せを手に入れられるはずです。


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この不可思議な素晴らしい世界の中で…

 僕の書棚の中には、いろんな本があって、本当にまとまりが無いです。
 うち3分の1は占い関係の本ですけど、それ以外の本については、ジャンルがバラバラです。

 まあほとんどの本は、自分で買ったものばかりですが…

世界で一番美しい元素図艦 その中の一冊がこれ…

 「世界で一番美しい元素図艦

(セオドア・グレイ著/ニック・マン写真)


 何でこの本を買ったかというと、1つ1つの原子がカラー写真入りで説明されていて、その写真がすごく綺麗で思わず心惹かれてしまったのです。
   要するに衝動買い(笑)

 化学とか何気に好きなんですよ。
 小学校に上がる前、化学者に憧れていました。
   こどもカラー図鑑の影響…

 映画なんかで、白衣を着た年老いた化学者がフラスコの液体を混ぜ合わせて、いきなり爆発しちゃうようなシーンとか見ながら、やってみたいなあって子供心に思っていました(笑)

 ちなみに原子というのは、全部で118種類あるって言われています。またその内、新しいものが発見されて、数も増えるとは思いますけど…

 それぞれの原子の持っている電子の数(=原子核の陽子の数)というのが、原子番号になっています。
  スイ ヘー リー ベ ボ ク ノ フ ネ… ってやつ…  なつかしい

 原子それぞれに属性というのがあって、原子番号の順番で周期的に似たような性質のものが出てくるんですね。
 アルカリ金属とか、アルカリ土類金属とか、希ガスとか…

 原子というものが単体でポツンと存在する事は、あんまりありません。(希ガスを除いて…)
 普通はだいたい、複数の同一原子、または他の原子と結び付いて存在しています。
 結びつき方や相手の原子によって、その性質が全く変わってきちゃうんですね。

 これ、四柱推命の十干や十二支と、とても良く似ています。

 もっともっと細かく見ていって、素粒子の世界に入ると、「非局在性理論」 といって、物質の存在すら怪しいという、訳のわからない結論になったりもしますけど…
 (1/23ブログ 「認識したものだけが存在する」 参照)

 ちなみに人間の体だって、原子レベルに分けて考えると、みんな同じように、H(水素)と、O(酸素)と、C(炭素)になっちゃいます。    あとわずかに N、P、S、Na、Ca…

 誰一人の例外なく…
 ただ、人によって顔のつくりや体型が違うのは、その結びつき方が違うからです。多分…(笑)

 まあ、そうやって化学だけで表面的な所だけを拾っていくと、何だか訳がわからない事になってしまいそうですけど…
 所詮、人間の頭脳というもので、この世の成り立ちを解明しようなんて無理な話です。

 ちなみに人間一人の体が、どれだけの原子の数から成り立っているかというと、何と七千𥝱(じょ)個です。

 “𥝱”って何? って感じですけど、ものすごいでっかい数字の単位です。
 1億×10000が一兆ですけど、さらに上があって、1兆×10000が1京(けい)、1京×10000が1垓(がい)、そしてその1垓×10000が1𥝱って言う訳です。

 そんな数の原子でこの体は構成されているらしい…

 本当にこの世は摩訶不思議な世界です。
 それで、この7000𥝱個の原子の固まりを、有難い事に僕らは自由に動かす事が出来るんですね。

 きっと、この体って神様からの借り物ですよ。
 だから、大事にしようと思う。

 誰もがこんな訳のわからない世界に生まれ落ちて、この星で自分で自由に行動を選んで、様々な経験を積んでいく…

 当たり前に思っているけど、考えてみればこれすごい事かも知れない。
 まあ、そんな事考える人はそういないでしょうけど(笑)

 この不可思議な素晴らしい世界の中で…

 目の前にある何て事のないすごい奇跡を、もっとじっくり味わって、大切にしようと思いました。


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人生の選択肢に迷った時

 春という季節は本当に気持ちいいです。
 先月、自分の中で ある程度大きな仕事をやり遂げて、一息ついています。

 ふと今までの人生を振り返って見ると、よくこの場所までたどり着いたなあ… という気持ちです。
 ずい分と遠くまで来た気がします。

 今の僕の状態は客観的に第三者が見れば、まだ何も築き上げていない事はわかっているんですけど…

 それでも、人生は人の評価じゃないし、何よりも大切な事は、自分の生き方に自信が持てるかどうかだと思うんですよね。
 結果というものは、きっと、その自信の先にあるものだと思う。

 若い頃の僕は、本当に歪みまくってましたから、ずい分と親にも心配を掛けたと思う…

 人間ある程度生きていると、人生の中で、大きな選択をしなければいけない事態に出くわします。

 だいたいその選択肢のパターンは決まっていて、一つは堅実で安全で無難な道…
 家族や周囲の同意も得やすいんですけど、本人的にはあんまり気乗りがしないような進路です。

 もう一つは、本当に自分が進みたい道なんですけど、成功の保証がなにも無くて、親や家族は まずは反対するような進路…

 こういう時、人は葛藤して苦しみます。

 もちろん程度問題というのはあるんですけど、僕だったら迷わず二つ目の選択肢を選びます。

 その選択をすると、周囲や親との摩擦を起こす事になるかも知れません。
 それにひょっとしたら、収入源が途絶えて路頭に迷うかもしれない…
 それでも僕は、自分が本当に進みたい道を選んだらいいと思う。

 ただし、例え苦しい目にあっても、全部自分で責任を取るという覚悟が持てたならばの話ですが…

 こんな事を書くと、僕は、人の人生に対して、何という無責任な人間だと思われるかも知れませんが…

 もちろん、いい加減な気持ちだったなら、その選択は辞めた方がいいです。
 もし、占いに来たお客様が、そんな選択に迷われている事があったら、僕はまずその気持ちをさりげなく確かめます。

 もちろん占いをすれば、吉か凶かはハッキリ出ます。
 でも、その気持ちが本物なら、凶を吉に変える事だって出来るし、仮にその道が閉ざされても、その先に未来があるんです。

 これは僕が身を持って経験した結果です。

 僕はこれでも、周囲の人にどう思われているという事が気になってしょうがない小心者なんですけど(笑)
 それでも、自分の人生の中で 「ここぞ」 という場面では、例え周囲の人の賛同が得られなくても、常に自分の思った通りにしてきました。

 18才でミュージシャンになる為に、東京に上京してきたのもそうです。

 あの時も無難な人生の選択肢は山ほどありましたし、当然周りのみんなから止められました。
 だいたいミュージシャンとして成功するなんて、千に一つの賭けです。
 まあ、結果的に成功しなかった訳なんですけど(笑)

 でも、あの時周りの人の言いなりになって、自分を殺して無難な人生を選んでいたら、例え安定した収入が得られたとしても、僕は毎日毎日ただ不本意な気持ちを抱えながら、ダラダラ生きていただけだと思う。

 それに今の世の中、そんな気持ちで生きていたら、安定した収入なんてものも長くは続かないでしょうし…

 確かに東京に上京して、ミュージシャンを目指していた十数年の間、それはそれは本当に苦しかったです。
 結局の所、その目的すらも成し遂げられなかった時は、ものすごい空虚感に襲われて、立ちあがる元気もなかったですし…

 でも、精一杯力まかせに生きてきた事で、僕は経験という名のものすごい宝物を得られました。
 そしてなんの運命の巡り合わせか、師匠に手を差し伸べて頂いて、気づいてみれば、今 占い師として、こんなに幸せな人生を歩ませて頂いています。

 僕の場合は、たまたま師匠に巡り合えたから良かったようなものじゃないか… って思われるかも知れません。
 まあ、本当にそうなんですけどね(笑)

 でも、最近はそういう運も自分が引き寄せるものなんじゃないか… って思えてきたんです。
 これは、自分がすごい… とかいう意味じゃなくて、この世界で生きている僕らは、何だか知らないけど、目に見えない何かの力に守られているような気がするんです。

 そして、自分の人生を一生懸命気合いを入れて生きていれば生きているほど、その守られ方も強くなっている気がする。
 気がするというよりは、これは確信に近いですね。

 大吉方位のパリで3週間滞在して帰ってきてからというもの、本当に自分では信じられないほどの引きの強さを感じるんです。
 こんな大した取り柄もないような人間がですよ(笑)

 それでも唯一 僕の中で、心当たりとして考えられるのは、あの20年余りの間、夢に向かって体当たりで苦しみながら、自分の中にいっぱい運を蓄えていたんじゃないのかな… という事です。
 結果的に目的のミュージシャンにもなれなかったから、その運は全く消費していないですし…

 もしも、18才の時に上京しないで、不本意な気持ちでダラダラと生きていたら、収入は安定したかもしれないけど、運を貯め込む事すら出来なかったと思う。

 人生には収入や安定よりも大事なものがあると思うんですよ。
 どうせ、百年後にはみんな死んじゃうんですから…

 人生の選択肢に迷った時は、本当に自分が納得できる道を選んだらいいです。
 もちろん、何が起こっても人のせいにしないで、全部自分で責任を取る覚悟をした上で…

 その先には、本当に自分が求めていた場所にたどり着く未来があるはずだから…


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苦難はかくも有難いもの

 二人を~ ゆ~う~やみが~
    つ~つむ~ こ~の窓辺で~♪

 しあわせだなあ…    By 若大将

     はる先生、ご結婚おめでとうございます!
     お二人の門出を心よりお祝い申し上げます。



 さっき、ふと自分の子供の頃の事を思い出してみたんです。
 小学生の頃とか、中学生の頃とか…

 やっぱり今と同じように、毎日 「僕はとても幸せだと思う…」 とか言っていました(笑)

 中学生の頃、よくエレキベースの弦とか、BOWYのスコア譜とかを買いに、近所の楽器店に出入りしていたんです。
     あの頃 ベースやってた…

 そこの楽器店のお兄さんから つけられたあだ名が 「ラッキー君」 というあだ名なんですね。
 すごく毎日、幸せそうに見えたらしいです。
     ちなみにその前のあだ名は 「玄白坊や

 小学校の頃は、学校でよくいじめられたりとかもしたんですが、うちの親は甘くて、いつも好きな事をやらせてもらっていた事もあって、本当に感謝していました。

 でも、中学校の終わりあたりから、どうしても自分の人生に感謝できなくなってしまったんです…

 いろいろな意味で、自分のプライドが満たされなくなってしまった。
 あの頃は、本当に傲慢でしたから…

 それから20年間ぐらい、正確には、師匠に占い師として生きる道を教えて頂いた34才0ヶ月まで、ずっと惨憺たる暗闇の人生でした。

 まあ、自分で暗闇を作り出していたと言えなくもないですけど…

 あの20年間は、本当に辛かったです。
 常に自分の中に自分という恐ろしい敵がいて、24時間心休まる事が無かったんです。

 こんなにみっともない自分が許せないって、いつも自分を追い詰めていました。

 こういう思考にハマってしまうと、周りの人達が全員 敵に見えてきますね。

 あの頃はいつでも、雲の上にあるような非現実で手に入らないような物ばかりを欲しがっていました。
 自分という敵から逃れる為に…

 苦しかったなあ… あの頃(笑)

 やっと今になって笑えますけどね。

 とは言っても、やっぱり僕にとっては必要な時期でした。
 あの20年間、自分を追い詰めながら苦しんで いろんな事を学べた気がします。

 もしも、中学生の時の幸せな状態のまま、大人になってしまったら、無能で人の痛みも分からないような人間で終わってしまったと思うから…

 苦難はかくも有難いもの… 今なら心からそう感じる事ができます。

 やっぱり人生で起こる事は、全て意味があるんですよ。
 おいしい所だけ取る訳にはいきませんね。
 でも苦しかった時代の出来事は、後になって思い出すとちょっぴりほろ苦くて味わいがある…

 今、辛くて苦しい状態が続いていても大丈夫…

 後から振り返れば、そんな苦しかった時代にも 心から感謝できるようになります。


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その辺に落ちてる石ころみたいな何て事のない一生命体の叫び

 僕はいつも、「幸せだなあ…」 って感じている お気楽な人間です(笑)
     ふたりが~ ゆ~うやみにぃ~  幸せだなあ…   By 加山雄三さん
     若い人は意味わかりませんね…


 別に恋に落ちてるとかじゃなくてですよ(笑)

 パリから帰ってきてから、ずっとこうなんです。
 多分 それは、自分の事が好きななれたから…
 (2012/4/22ブログ 「パリに行って変わった事」 参照)

 もう、あれから一年が経つんですね。

 昔からこうだった訳じゃありません。
 僕は元来 何か失敗した時に、ドスンと落ち込んで、ずっと自分を責めちゃうようなタイプの人間なんです。
 そういう時って、すごく人が近づきがたいオーラを出しているらしい…

 きっと僕だけじゃないですね。
 真面目な人は、案外自分を責め続ける人が多いです。
 中には、これ以上自分が失敗するのが恐ろしくなって、もう何にもできなくなっちゃう人もいます。

 自分の事が嫌いで、どうしても自分が許せなくなっちゃう…

 何でこうなっちゃうんだろう… って考えてみたら、これは傲慢な所を持っているからかも知れないって、ふと思いました。

 傲慢じゃなかったら、失敗しても それをすんなりに受け入れられて、素直に反省できるはずなんですね。

 よく言われるセリフですけど、自己嫌悪の裏側って、自己顕示だったりします。
 意識してないけど、「自分はすごい…」 というのがあるから、失敗した自分が許せなかったりします。

 とはいえ、こういうのは悪い事ばかりではありません。
 それが向上心になって、どんどん成長して行けるのも、また事実ですから…

 でも、自分嫌いのうちは、人生を本当に楽しめないです。

 僕は昔からのクセで、時々落ち込む事はあっても、パリに行ってからは、比較的心のフォームを早く取り戻せるようになりました。

 きっと人間なんて、みんな凡庸なんですよ。
 僕は今、自分の存在が本当に凡庸で、その辺に落ちてる石ころみたいな何て事のない一生命体だって感じられますね(笑)

 それをちゃんと感じる事ができると、体中から余分な力が抜けて、幸せがみなぎってきます。
 もちろん、だからと言ってダラダラ生きようとは思わないです。

 石ころだけど、地球の一部だから、石ころなりに地球の一部の役割をしようと思う(笑)
 肩に力を入れないで…

 そうすると、また自分の事を好きになれるんですよ。
 自分の事だけじゃなくて、自分につながるものの全てが、とってもいとおしく思えるようになります。

 そして、この世に生まれてきて良かったなあ… ってまた感じられるようになるですね。


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頑張っている内はまだまだ

 今、自分の目の前が目まぐるしく変化していて、とてもせわしいです。
 それでも僕は、本当に自分らしく生きているのを感じます。

 でも、あまりにもせわしくて、ついつい感謝を忘れてしまいますね。

 今回もう一度、自分をリセットしようと思って、「史記」 の淮陰侯韓信(わいいんこうかんしん)を読みなおしました。
 4日間も無理やりつき合わせてしまって、ごめんなさい…

 人生で、運が良いとか悪いとか… 幸せとか不幸とか… しいてはそれが、物事が成功するか失敗するか… にもかかわってくると思うんですけど、案外その2つの違いって、シンプルに分けられるような気がするんです。

 これは淮陰侯韓信を読んでて、感じた事なんですけど…

 僕が思うに、きっと思考回路の違いです。

 まず、運が悪くて不幸で失敗する人の思考って、これです。

 「なんでこんなに頑張っているのに、こんな不幸な目にあうんだ」

 まあ、よくありがちな思考です。
 晩年の韓信もそうでしたけど…

 こんなに頑張っているすごい自分が、報われないで不幸なのはおかしい…

 気持ちわかります。
 基本的に、そう考えるのは真面目な人が多いです。頑張っていなかったら、そんな風に考えないし…

 それで、そういう思考になっちゃうのは、少し頑張りすぎた時です(笑)      ちょっと原稿、頑張りすぎた…

 やっと今、このロジックから抜け出しました。

 つまり、頑張っているから いけないんです(笑)
 自分が…

 逆に、運が良くて幸せで成功する人の思考は、きっとこれです。

 「なんでこんなに大して頑張っていないのに、こんな幸せな目にあうんだ。少しは感謝しなきゃ申し訳ない…」
     やっと、この場所に戻ってこれたぞ…

 多分、全てはこの違いです。

 僕は結構、しょっちゅう徹夜で仕事に夢中になっちゃうんですけど、
 「自分はこうやって頑張っているから偉い」とか、
 「これだけ頑張っているから報われるべきだ」
とか考えちゃったら、もう不幸な人の仲間入りなんですよ。

 仕事に夢中にはなっているけど、これは僕が「自分が頑張ってやっている」 というんじゃなくて、ただ 「仕事をやらしてもらっている」 に過ぎないんです。

 原稿の仕事をやっていた時に、少しだけ感じていたんですけど…
 あれができたのは、自分の力じゃないです。
 「アルジャーノンに花束を」 の作者のダニエル・キイスも同じ事を言っていましたけど…
 (2012/6/29ブログ 「感覚生活のススメ」 参照)

 それなのに、自分が頑張っちゃっていると、だんだん傲慢になって、おかしな思考になっちゃうんですね。
 まるで、晩年の韓信のように… 昨日のブログ

 また一つ、僕は人生で教わりました。

 頑張っている内はまだまだ…

 夢中になってそれに感謝できる時、例え望まなくても、大きな運が がっぽり天から与えられますよ。


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天から授かった能力

 いよいよ、淮陰侯韓信(わいいんこう かんしん)のお話も、今日が最後です。

 蒯通(かいつう)は何度もしつこく、劉邦から寝返って独立する事を進言しましたが、韓信は話は聞くも、やっぱりそれはしませんでした。
 仕方なく蒯通は、自分の身に危険が及ぶのを怖れ、気がふれたフリをして、韓信の元から去って行きました。

 今や劉邦の漢軍の力は絶大となり、項羽の楚(そ)軍との差は歴然となりました。

 そしてついに、韓信を先鋒とする劉邦の漢軍30万の軍は、垓下(がいか)の戦いで、項羽の楚軍10万と対峙し、最終決着をつける事になります。

 「四面楚歌」 という言葉がありますが、これはこの戦いでの故事が元になった四文字熟語です。
 四方を漢軍に囲まれた項羽は、漢軍の陣から、自分の故郷である楚の国の歌が聞こえてくるのを耳にして、「敵には、なんと楚の人間が多い事か」 と嘆いたという故事から、生まれた言葉です。

 楚王・項羽はここであえなく最期を迎え、劉邦の漢王朝が、中国大陸を統一する事になるのです。

 やがて韓信は、斉(さい)の国を取り上げられ、代わりに項羽の領土だった楚の国を与えられました。

 実は韓信も、項羽と同じ楚の出身者です。
 晴れて、生まれ育った地である楚の王となったんですね。

 韓信は昔、自分に食事を与えてくれた綿打ちのおばさんを召し出し、千金を授けました。
 それから、自分の股をくぐらせた男を召しだして、警視総監に任命しました。
 その時、楚の将軍や大臣たちに、
 「こいつは立派な男だよ。わしに恥をかかせたのだから…」 と言って、紹介したりもしました。

 思えば、これが淮陰侯韓信の絶頂期でした。

 そんなある時、皇帝になった劉邦に、「楚の韓信が謀反を起こしている」 という上書が届いたんですね。

 韓信は よく村を視察する時に、軍を引き連れて隊形を組んで回っていたんです。
 その様子を見た人間から、勘違いされちゃったんですね。

 劉邦はこれは放っておけないと思いました。
 万一、謀反の噂が本当だったら、天下が危ないですから…

 そこで策をめぐらしました。
 「これからわしは旅行に出るから、陳(ちん)に集まれ」
って、韓信を呼びつけたんです。

 韓信は、まさかそんな風に疑われているなんて思っていないから、昔 劉邦の敵だった男の首を手土産に、陳に行きました。

 すると、いきなり縛りあげられて、カセをはめられちゃったんです。

 しばらくして誤解は解けて釈放されたものの、楚王の位は取り上げられてしまいました。
 もちろんそれでも、臣下の身分は保障されはしましたが…

 当然、韓信は面白くありません。
 同じ臣下の周勃(しゅうぼつ)や灌嬰(かんえい)樊噲(はんかい)なんかと、一緒の身分にされたのを不名誉な事だと思っていました。

 韓信が樊噲の家を訪れた時、樊噲は、同じ身分とはいえ、格上の韓信に
 「大王様には、わざわざ私めの家にお出まし下さいまして、大変嬉しく思います」
と、ひざまづいて頭を下げました。

 韓信は、
 「オレも、樊噲ごときと同じ身分になってしまったとはな…」 とボソリ(笑)

 こういう態度は、以前の韓信には考えられない事です。
 王の位を取り上げられた事が、よっぽど悔しかったのでしょうが、この言葉は、韓信の、「自分はすごい人間なんだ」 というおごりの気持ちそのものです。
 こんな態度を取っていれば、当然人望を失い、周りの人は離れていくのも当然でしょう。

 韓信は、いつも恨みをいだくようになりました。
 そんな事なら、あの時、蒯通の悪魔のささやきの通りに劉邦から寝返っておけばよかった… という思いが、何度も頭を駆け巡ったに違いありません。

 気分がふさぐので、病気と偽って、謁見にも行幸にも一切出ませんでした。
 韓信を敬っていた人達の心は、徐々に離れていきます。

 そんな無為な月日が流れ、悲しい事に韓信は、やがて中国三大悪女の一人としても有名な、劉邦の妻・呂后(りょこう)によって、謀反の罪を着せられた上、だまし討ちにされて、首を切られてしまうのです。


 韓信が劉邦から楚王の位を取り上げられて、しばらくした頃のお話です。
 二人は兵の指揮について、語らいあっていました。

 「わしは、どれぐらいの兵を指揮できると思う」
と劉邦が尋ねると、
 「陛下は、せいぜい十万人の指揮がおできになるに過ぎません」
と韓信は答えました。

 「ならば、君はどうだね」
 「私は、多ければ多いほどよろしゅうございます」
と韓信。

 劉邦は笑いだし、
 「それならば、どうしてあの時わしに捕まったのじゃ」
と言いました。

 その時、韓信は次のように答えたと言います。

 「陛下は兵を指揮される能力はおありになりませんが、将軍を指揮されるのがお上手です。これこそ、私が陛下に捕えられた理由です。
 それに陛下の能力は、天から授かった能力であって、人間の能力ではございません」

 韓信はわかっていたのかもしれません。
 人間の能力ではない、天から授かった能力というものを…

 自分で何か事を成しているようで、実はただ、天から力を与えられているに過ぎない、という事なのでしょう。
 おごりが出ると、こんな簡単な事でさえ忘れてしまいますけど…

 「史記」 の作者の司馬遷(しばせん)は、韓信の事をこう評価しています。

 もしも、韓信が道理を学び、謙虚で自分の功績を誇らず、その才能を鼻にかけなかったならば、ほとんど理想的な人となれたであろう。
 漢王室に対する勲功は、周公、召公(しょうこう)、太公など一連の人にも比べられ、後の世までもお祭りのお供え物を受けられたろうに…

 才智にあふれた英雄は、悲劇の最期を迎えましたが、その生き様は二千年以上たった今でも人々に語り継がれ、我々に様々な事を教えてくれます。


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項羽と劉邦と…

 淮陰侯韓信(わいいんこう かんしん)特集も、今日で3日目になります。     本当にこれでいいのか、このブログ(笑)

 実は、中国のテレビドラマに 「淮陰侯韓信」 というのがあって、日本でもDVD化されて発売されています。

 でも、その時に題名を変えられちゃいました。
 邦題は、「項羽と劉邦・背水の陣」

 みんな、韓信って言われたって誰だかわからないし、なじみもないから…    でも、これじゃあ韓信も浮かばれません(笑)

 昨日のブログの続きですけど、心を砕いた敵軍の軍師であった李左車(りさしゃ)の策に従い、韓信は兵に休養を与え、戦争孤児たちをいたわり、その上で、燕(えん)の国に、使者を立てて降伏勧告をしました。

 すると、李左車の言った通り、燕の国はまるで風にたなびくように降伏しました。

 韓信の主(あるじ)である劉邦は、今度は韓信に、大国である斉(さい)を平定するように命じました。

 ところがその後で、ふと劉邦は気が変わって、何とか斉の国を説き伏せて降伏させられないものかと、学者の酈食其(れきいき)を斉に使者として送りこみました。

 韓信が兵をひき連れて、斉に向かって進軍をしていると、「劉邦の使者の酈食其が斉を説き伏せ、すでに斉の国は我が軍の味方についた」 という連絡が入りました。

 こうなったら、斉の攻撃を中止するしかありません…

 韓信が斉の攻撃を中止しようとしていると、後ろから軍の中に控えていた蒯通(かいつう)という弁論家が呼びとめました。

 この蒯通という人は僕が思うに、まるで 「悪魔クン」 みたいな人です(笑)
 韓信に対して、いったい何を言ったかというと…

 「将軍は勅命を受けて、斉を攻撃しておられるのですぞ。いったい将軍に中止の勅命でもあったのでしょうか。どうして進軍をやめられましょう。
 それに、酈食其は一介の学者なのに、舌先だけで斉の七十余城を落としたのですぞ。それなのに、将軍は数万の軍勢をひきつれて一年余りでやっと趙(ちょう)の五十余城を落しただけ。将軍になられて数年、たった一人の青二才に劣る。
 本当にそんな事でいいのですか?」

 韓信は、それもそうかと思って、そのままの勢いで斉に乱入しました。

 斉の国は、酈食其の説得に応じて、防備もすべて撤去していたので、そのまま韓信の軍勢は国になだれ込めました。

 韓信の軍を見た斉の王様は、すっかり酈食其に騙されたのだと思って、悔しがって酈食其を捕えて、鍋の中で煮殺してしまいました。

 本当にひどい話です。
 僕は、韓信が悲劇的な末路を迎えたのは、酈食其の恨みの念のせいじゃないかと思うんですね。

 まあ韓信は、蒯通という悪魔のささやきに負けちゃった訳ですけど、確かにその分の功績はあげられました。

 韓信の軍になだれ込まれた、斉の王様は、楚(そ)の項羽に救援を要請しました。やがて楚からは、竜且(りゅうしょ)という将軍が率いた軍が派遣されました。

 韓信の軍と竜且の軍は、川を挟んで にらみ合いました。

 実は韓信は前もって前日の晩に、川の上流に土嚢(どのう)を敷き詰めさせ、ずっと水の流れをせき止めていたんです。

 韓信は川を半分くらい渡った所で、わざと負けたふりをして、退却しました。
 竜且の軍はそれにつられて、川の中におびき寄せられてくる…

 その瞬間に、川上の土嚢のせきを切らせて、一気に敵の軍を押し流したのでした。
 その勢いで攻め立てて、あっけなく竜且も殺してしまいました。

 こんな感じで、燕に続いて、大国である斉も手に入れたんですね。

 韓信は主君の劉邦に手紙をしたためて、使者を送ります。

 「斉という国は楚と接していて、仮の王でも立てなければ、政情が落ち着きません。どうか私を、斉の仮の王に任命して下さい」
 ちゃっかりしてますね(笑)

 その手紙を読んだ劉邦は、最初腹を立てましたが、部下にたしなめられて、韓信の使いにこう言いました。

 「立派な男が国を平定したんだぞ。仮の王などという事があるものか。真の王になればいいのだ」

 こうして、韓信は新しい斉王となったのです。

 今や天下の情勢は変わり、漢の劉邦と楚の項羽との一騎打ちとなりました。しかしながら、以前とは違い、断然漢の方が有利です。

 ただし、もしも斉の国の韓信が、劉邦の漢から寝返ったなら、話は別です。
 楚の項羽からも、韓信に同盟のお誘いが来たりもしました。

 そんな折、あの 「悪魔クン」 こと蒯通が、韓信の元にまたやってきました。

 「手前は昔、人相を見る術を学んだことがあります。お二人だけでお話ししたいので、お人払いを…」

 韓信は、二人きりで蒯通の話を聞く事にしました。

 「大王様(韓信の事)のお顔を拝見しますに、位は大名まででございますな。それに危なっかしくて落ち着きません。ところが、大王様のご主君の御顔を拝見しますに、その貴さは言葉には表せませんな」

 「それは何をおっしゃりたいのですかな」

 蒯通は身を乗り出して言いました。
 「今や天下の動向は、漢の劉邦と楚の項羽の二つに分かれています。そして、この二人の君主の運命は大王様の手に握られています。大王様が漢につかれれば漢が勝ち、楚につかれれば楚が勝つでしょう。
 私は腹をうちわり、心の底をお目にかけ、愚かながら方策を献上したいと思います。

 もし私の計略をお取り上げ下さるのなら、両方を利用し、どちらも存続させ、天下を三分に分け、鼎(かなえ)の足のごとく三者併立させる事が出来ます。」

 まさに、「天下三分の計」 です。魏・呉・蜀の三国志の時代は、この400年後の事ですけど、確かにここで韓信が独立したら、この時の三国鼎立は可能なんですね。
 本当に、話のタイトルは 「項羽と劉邦と韓信」 になっていたかも知れません。

 もちろん韓信には、劉邦を裏切る気はありません。

 「漢王さま(劉邦の事)は、わしを非常に優遇して下さる。わしを自分の輿に乗せ、自分の衣服を着せ、自分の食事をすすめてくれた。それなのに、わしは利益にひかれ道義に背いて良いものか。
 項王(項羽)にも仕えた事があったが、身分は下役人に過ぎず、言葉は全く聞き入れられなかった。しかし、漢王さまは、わしに王の位を与え、数万の軍勢を与えてくださった。だから、わしはここまでのし上がれたようなものだ。
 人がわしを親愛と信頼で扱ってくれるのに、それを裏切るのは良い事ではない」

 韓信というのは、すごく謙虚で真面目な人なんです。
 でも、どんな人物にも心の隙はあります。

 蒯通はあきらめません。  この人、悪魔ですから(笑)

 「大王様は、ご自身では漢王と親しいとお思いのようですが、恐れながらそれは間違いだと思います。
 災いというのは、過度の欲望から生まれ、人の心は予測しにくいからです。
 勇気と智謀がその君主を震え上がらせるものは、身に危険が迫り、功績が天下を覆うものは恩賞にあずかれないと言います。
 楚の項王が倒されたら、次は大王様の番かも知れません。

 私が大王様の功業を数えてみましょう。
 大王様は黄河をお渡りになり、魏(ぎ)王を捕え、趙に入り成安君(せいあんくん)を処刑し、燕をおどかし従え、斉を平定され、楚の軍二十万を破り、漢王様にご報告されました。

 功績は天下に比類なく、智謀は世にまれ、とはこの事です。
 大王様の名声は、天下になりひびいているのですぞ」

 まさに、ほめ殺しですね(笑)

 どんなに謙虚なつもりでも、こういう言葉を聞いていると、おかしくもなります。
 韓信ほどの人物でも、そこの所は同じです。

 ある程度、社会で成功するようになると、いつしか甘言で人を惑わすような人物が出てくるものです。
 それには本当に気をつけなければいけません。
 知らず知らずのうちに、心が蝕まれていくものです。

 それでも韓信は、蒯通の献策を取り上げる事はありませんでした。
 ただし、心の中には悪魔の毒がかなり浸透してしまったようです。

 弱肉強食の中国の戦国時代において、蒯通の言っている理屈も間違いではありません。
 この献策を用いていたら、400年早く三国志の物語が成立したかも知れませんし…

 でも、一番大切なのは、自分に対して、胸を張って正直でいられるかどうかだと思うんですね。
 人それぞれ、自分の生き方というものがあります。

 その生き方に嘘をつかない事こそが大切だと思います。

 自分がやましい事をしているな… って思ったらやらない方がいいです。
 そんな気持ちがあったなら、どうせその後うまくいかないから…
 もちろん、それ以上の自分の中の大義名分があるのなら、話は別ですけど…

 きっと、自分の信念というものをしっかり持って、生きる事こそが一番大事だと思う。

 世の中には不安の種はいっぱいあるけれど、そう言ったものに囚われないで、ピュアな気持ちで生きる時、おのずと未来が見えてくるものです。


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目指しているものがあるから妥協しない

 僕が岩波文庫から出ている司馬遷の 「史記」 を書店で買ったのは、25歳の時でした。
 何の為にって言われると… そうですね、難しい本を読んで、格好つけたかったのです(笑)

 というより… 「古典を読むと、心が解放される」 って人から聞いたからですね。
 でも実際には、枕元に積まれたまま、ずっとそのままになっていました。

 この 「史記」 を、何度も繰り返し読むようになったのは、ミュージシャンの夢をあきらめた30歳を過ぎたあたりからですね…
 でも、確かに読む事によって、本当に心が洗われて行きました。

 淮陰侯韓信(わいいんこう かんしん)の話を読むと、成功者になるべき人というのは、やっぱり最初から決まっているんじゃないかって思わずにはいられないです。

 成功者になるべくしてなっている。
 言いかえれば、成功者になれないのを、絶対に良しとしない… という強い意志です。

 昨日のブログにも書いたように、綿打ちのおばさんに食べ物をもらって、何とか食いつないでいた韓信でしたが、ある時、ひょんなきっかけから項羽と出会います。
 項羽というのは、「項羽と劉邦」 の主人公の一人です。
 そして、項羽の配下になる事に成功するんですね。

 項羽は、韓信を警護の下役人に任命しました。
 韓信は頭の切れる人だったので、いろんな策を項羽に提案するのですが、項羽は一切取り上げませんでした。

 すると何と韓信は、何の未練もなく、項羽の元を去っちゃったんです。
 食べるお金も無いんだし、せっかくひとかどの武将である項羽の元にいられるんだから、普通の人ならそこにとどまると思うんですが…

 韓信は多分、そのままそこにいて食べるには困らなくても、その先に可能性が無いのなら、時間の無駄だと思ったんでしょうね。
 やっぱりこの辺りが、この人の普通の人との違いだと思います。

 そして今度は、「項羽と劉邦」 のもう一人の主人公である劉邦の軍に所属しました。
 とは言ったって、ただの食糧係です。当然、劉邦の目にも止まりません。

 ところが、劉邦の配下の名だたる武将である蕭何(しょうか)や夏侯嬰(かこうえい)の目に止まっていきます。
 「コイツは普通のやつとは何かが違う…」 と感じさせるものがあるんでしょうね。
 蕭何はやがて劉邦に、韓信を大将軍にするように強く進言します。
 「天下を取りたかったら、韓信をうまく使うべきです」 って、何度も劉邦に薦めたんです。

 ここで少し解説すると、この時代の中国大陸では大小の国が覇権を争っていました。
 その中でも特に強力な国が、項羽の楚(そ)と劉邦の漢(かん)だったのです。

 そして、この時には断然、楚の方が優勢でした。
 劉邦は大将軍にした韓信を呼び寄せ、「どうしたら自分が楚の項羽に勝てるか」 と韓信に尋ねます。
 その時、韓信は、項羽と劉邦のそれぞれの優れている点と劣っている点を冷静に説いて、劉邦を納得させました。

 劉邦が韓信を認めるようになったのは、この時からです。
 また、韓信も自分を認めてくれた劉邦の為に、一生懸命尽くしました。

 漢の大将軍になった韓信の前には、強大な敵がひしめき合っていました。
 一番手強いのは、項羽の楚ですが、他にも斉(さい)という大国や燕(えん)という小国、そして目の前に立ちはだかる強国である、成安君(せいあんくん)率いる趙(ちょう)という国がありました。

 韓信は、その趙を攻略する事になりました。

 趙の武将である李左車(りさしゃ)は非常に切れ者で、主人の成安君に、絶対に韓信を倒せるような方策を進言したのですが、成安君はそれを取り上げませんでした。
 韓信が連れてきた兵は、自国の兵の数分の1に過ぎないものだから、すっかり油断して侮っていたのです。

 密偵の報告で、成安君が李左車の策を取り上げなかった事を聞いた韓信は、胸をなでおろしました。
 そして奇策を練りました。
 別働隊の二千人に、漢の旗印である赤い旗を全員に1本ずつ持たせて、間道沿いに隠れさせたのです。

 そして、本軍の兵を大河を背にして陣構えをしました。

 それを見た趙の国の兵たちは、もう腹を抱えて大笑いをしました。兵法で大河を背にして陣を構えるなんて、ありえないんですね。
 だいたいそんな事をしたら、退却できないですから…

 そして、韓信は部下の将校達に 「今日、趙を破ってから正式な食事をしよう」 と言って、自分の何倍の数の兵力の趙の砦(とりで)に向かって攻めていったんです。
 将校達も、「コイツ、何いい加減な事言ってやがる」 とは思ったものの、大将の命令だから逆らう事もできないし、しぶしぶそれに従いました。

 進軍した韓信率いる漢の兵と、趙の兵はぶつかり合い、お互いに激戦が繰り広げられました。
 その内に韓信は、負けたふりをして、少しずつ兵をひいて行くんですね。いっぺんにじゃなくて本当に少しずつ…

 やがて戦場は、韓信が大河を背にして陣構えをした漢の本陣に移り、そこで死闘が繰り広げられます。
 だいたい後ろが河だから、逃げたくても逃げられません(笑)

 趙の兵は、ここぞとばかりに いきり立って、みんな自分の所の砦を がら空きにして戦いました。

 ところが、その間に、赤い旗を持って間道沿いに隠れていた例の別働隊二千人が、がら空きになっている趙の砦に一気にかけ上がって、趙の旗指物(はたさしもの)を抜いて、全部漢の赤い旗指物と差し替えちゃったんです。

 勢いづいて戦っていた趙軍の兵士達は、自分の所の砦が漢の赤い旗指物で覆われているのを見て、びっくりです。
 算を乱して、一気に潰走して行きました。

 見事に韓信率いる漢軍の圧勝です。
 趙の国の主・成安君は、首を切られてしまいました。

 韓信の部下の将校達は、改めて韓信の事を見直しました。
 そして、韓信に聞きました。

 「兵法には、『山や丘を後ろにし、水や沼地を前にせよ』 とあります。この度、大将軍はあべこべに河を後ろにして陣構えをし、『趙を破ってから正式な食事をしよう』 とおっしゃいました。我々はみな納得できませんでしたが、何とそれで勝ちました。これは一体どういう戦術なのでしょうか」

 韓信は、こう答えました。
 「これらはみんな兵法にあるんだよ。ただ君達が気がつかないだけなんだ。兵法に 『死地に陥れられて、初めて生きる』 というではないか。私は日頃から皆の心からの信頼を得ていた訳ではない。この状況からして、死地において戦うようにせず、兵に生きる余地を与えれば、みな逃げ出すだろう。どうして戦う事などできようか」

 将校達は この言葉を聞いて、皆心服しました。

 これが、「背水の陣」 という言葉の由来です。

 さて、韓信は趙の智恵者である李左車を、殺さずに生け捕りにするように全軍に命じていました。

 やがて、李左車が縄で縛られて生け捕りにされてくると、韓信は彼の縄を解き上座に座らせ、先生としての礼をとりました。
 そして、李左車に改めて尋ねました。

 「それがしは、北は燕を撃ち、東は斉を討ちたいと思っております。どのようにすれば成功するか、ご教示下さいませんでしょうか」

 李左車は申し出を断りました。

 「敗軍の将は勇気について語ってはいけない、亡国の臣は、他国の存続について語ってはいけないと聞きます。今や私は敗軍の将、亡国の臣です。どうしてそのような大事な相談にあずかれましょうぞ」

 でも、韓信はあきらめませんでした。

 「それがしは、心を傾けて貴方の計略通りにいたします。どうか辞退なさらないで頂きたい。
 もし成安君が貴方の計略を用いていたのなら、私ごとき者は、とっくに捕えられていました。貴方の計略を持ちいなかったからこそ、私は貴方のおそばに座る事が出来たのです」

 李左車は、韓信の為に次のような策を授けました。

 「将軍は今や戦さに連戦連勝し、その評判は世界中に聞こえわたり、威勢は天下にとどろいております。
 これが将軍の有利な点です。
 ところが、実際には兵卒は疲れ果て、現実には戦うのも難しい状況です。
 これが将軍の不利な点です。

 今、将軍は疲れ切った兵を動員し、燕を討とうとされていますが、おそらくは長引いて力づくで攻略する事はできますまい。
 それは恐れながらお考え違いと存じます。
 なぜなら、戦さの上手なものは、こちらの不利な点をもって相手の有利な点を攻撃せず、こちらの有利な点でもって相手の不利な点を攻撃するからです。

 今この時、将軍の御為を思って方策を立てるならば、まずは鎧かぶとを解いて、兵を休養させて趙の国を制圧しつつ、戦争で親を亡くした孤児達をいたわられる事です。
 そのようにすれば、将軍の名声は自然に高まり、百里四方から牛や酒が毎日献上されましょう。

 その上で、弱国の燕へ進軍するそぶりをし、その後に弁舌の士を燕に派遣して、将軍の威風を示して、服従するように説くのです。燕は風になびくように服従するでしょう。
 そして燕が服従した後に、今度は斉にも威風を示すのです。」

 韓信は、李左車の言う通りにしました。
 そして、やがて、李左車の策により、燕の国も斉の国も手に入れる事になります。

 もしも韓信が、李左車に意見をうかがう事無く、力ずくで燕を攻撃していたら、おそらく戦況は硬直状態になって、韓信の飛ぶ鳥を落とす勢いもここで終わっていたと思います。

 とにかく韓信には、大きな志がありました。
 たくさんの人の優れた意見を聞いて、参考にしたかったんだと思います。
 だから、どんな時も常に謙虚でした。

 世に出られるかどうかなんて、ほとんどは運で、その運をつかめるかどうかなんて人にはわかりません。
 だから、取りあえず目の前に食い扶持があれば、普通の人はそれで良しとするものです。

 でも韓信は、それでは絶対に自分を良しとはしなかった…

 かと言って、韓信は 「戦乱の世を終わらせて、平和な世にしたい」 というような大義名分を持った好漢という訳でもないんです。それは、この後の韓信の人生を見ればわかるのですが…

 何が韓信にここまで自分を追い込ませていたのかは、「史記」 の中にも記載は無いし、僕もよくわかりません。

 どちらにしても、韓信が普通の人と違う所は、こうありたいという明確なビジョンを、自分の中にしっかり持っている所…
 そして、いつかその志が天に届く事を信じている。

 目指しているものがあるから妥協しない…

 例え今がどんなに苦しい状況であっても大丈夫です。
 自分というものに妥協しないで、謙虚なままでい続けられたなら、必ずや貴方の願いは天に届きますから…


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大望をいだく者

 人生はいろいろな事が起こります。
 そして、その目の前で起きた事に対して、どのような選択をするかによって、実りある人生になるか、そうでないかが決まってくる気がします。

 だから、チャンスが来たら、躊躇しないで思い切って飛び込んでいけばいいし、ピンチになった時には、感情に走らず謙虚になって対応すればいい…

 とは言っても、人間は感情の生き物だから、こんな当たり前の事がとても難しかったりします。

 僕はここの所、運気だけはものすごく強くて、しかもかなりハードなスケジュールをこなしきった事もあって、調子に乗り過ぎていた気がします。
 何かかなり傲慢になっていたような気がする…
  そんな人間の講座に申し込んで下さった方、本当に有難うございます…

 自分に自信が無くなるというのは、だいたい自分が傲慢になっている時の裏返しですから。

 僕は、自分を見失った時には、過去の偉人の生き様を思い出す事にしています。
 例えば徳川家康だったら、こういう時にはどうするのかな… って、いつも想像してみるんです。
 (2012/4/4ブログ 「いつも心に徳川家康」 参照)

 でも、そんな徳川家康にも、自分がお手本にしていた過去の偉人というのがいました。
 その一人が、淮陰侯韓信(わいいんこう かんしん)という、司馬遷の書いた史記に登場する人物です。

 今日から4日間連続で、この淮陰侯韓信について書いてみたいと思います。

 おいおい4日間も歴史ネタかよ… って感じですが、この人の生き様というのは本当に勉強になるんです。
 ちょっとここの所、少し傲慢になっていた自分の反省という意味も込めて…
 どうかおつき合いください♪

 韓信と言っても、よほど歴史マニアでない限り、知っている人はあまりいませんが、「項羽と劉邦」 と言えば名前くらい知っているという人は結構いると思います。
 韓信というのは、この 「項羽と劉邦」 の物語に出てくる人物です。

 僕が思うに、韓信というのはこの二人に匹敵するくらいの人物ですね。

 きっとタイトルに加えても、いいんじゃないかくらいに思います。
 ただ、人間の器で言うと、ちょっとこの二人より小ぶりです。
 だから、「項羽と劉邦 と 韓信」 ぐらいの字の大きさになります(笑)

 それでも、やっぱり韓信は並みの人ではありません。

 韓信は すごく頭の切れる人だったのですが、昔は貧乏で品行も悪かったんです。
 ある時なんて働き口も見つからずに、お腹をすかして川で釣りをしていました。

 それを見ていた綿打ちをやっていたおばさんが、韓信をあわれんで1ヵ月ぐらい、ご飯を持っていってやりました。

 韓信は喜んで、「俺は必ず、おばさんにお礼をするからな」 って言いました。
 おばさんは怒って、「あたしはお礼なんて、あてにするものか。あんたが気の毒だから飯を食わしてやっただけだ」 って言い返しました。

 まあ、そりゃそうです(笑)
 その状況の韓信を見て、お礼を期待してご飯を持っていく人はいません。

 でも、きっと韓信は本当にお礼をするつもりだったんだと思う…

 「韓信の股くぐり」 という言葉があります。
 ちょっと前に福田元首相が 「私はまさに 『韓信の股くぐり』 だ」 とか言ってましたけど(笑)

 ある時に屠殺者仲間で、韓信の事を馬鹿にする若者がいたんですね。
 「お前、図体はでかくて剣をぶら下げているけれど、心の中はいつもビクついているんだろう」
って言って、大勢の前で韓信をからかいました。
 よくいる いじめっ子です。

 それで、「悔しかったら、死ぬ気で剣を抜いて 俺を刺してみろ。死ぬのが怖けりゃ 俺の股をくぐれ」
と韓信を挑発しました。

 韓信はしばらく彼を見ていて、それから 彼の股の下をくぐりました。
 みんなそれを見て、どっと笑いはやしました。

 全くどこまでいっても、パッとしない人というか(笑)
 でも、韓信にはこんな所で、間違って命を落としてたまるかという計算があったんだと思います。
 自分は必ず大物になるって、あては無いけれど信じているから…

 韓信の母が死んだ時には、貧しくて葬式を出せないくらいでした。
 でも韓信は、高台の広々とした土地に母の墓を作り、その周りに一万軒の家が建てられるようにしておいたんです。
 自分がやがて、一万軒以上の支配者になる事を固く信じていたんですね。何のあても無いけれど…

 大望も抱く者はやっぱりどこか違う…
 だから、名を成す前から成功者の香りがします。

 何のあてが無くても、その事を強く信じている…
 そして、やがて本当にその未来を引き寄せてしまうものです。


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今の僕にできる事

 外は雨…
 ここの所いろんな事があって、僕自身、もう一皮向けようとしています。

 先月の末は、原稿の仕事で極限まで自分を追い込みました。
 まだまだ油断はできませんが、事が順調に運べば、数ヶ月後には、あの努力が日の目を見る事になる…

 その時までの間に、ずい分前から予定していたプロジェクトがあります。

 それは、「第2期タロット講座~小アルカナ編~の開催です!
 詳細は、僕のホームページに…

 日程はずい分前から決まっていたんですけど、なかなか発表できなかったのは、ちょっと心の中に迷いが生じていたんです。
 なんか、今 講座やっていいのかな… みたいな。

 自分の気持ちの中の大義名分を、見失いかけていたんです。
 一体何の為に、僕は講座をやるんだろ?
みたいな所で 「?」 マークが出ちゃっていて、もう一回自分の気持ちを整理していました。
 少し自分に自信が無くなった事もあったし…

 第1回目の小アルカナ講座の時は、正しいウェイト版のタロットというものを、本当に純粋にただ伝えたかったという衝動です。
 パリから帰ってきてすぐの事だったし、パリから持ち帰ったとっておきの情報と、その高なっている気持ちを伝えたかった…

 あれから1年が過ぎて、僕の与えられた役割って一体何なのか…
 今、こんなボンヤリした気持ちでは、受講生の人に失礼になっちゃうんじゃないかな… って踏ん切りがつかなかったんです。

 ホームページに、もっともらしい大義名分を書くのは簡単です。
 でも、それでは自分の気持ちはごまかせない…

 それが少なくとも自分の中で明確にならない限り、ボヤけた講座になってしまう気がしたんです。

 でも、ちょうどここ最近、自分の中の内面を掘り下げながら、悶々と悩んだ事でわかってきた事があります。
 それは、本当の自分は何をしたいのか… という事。

 それは、この占いというツールを使って、一人でも多くの悩んで苦しんでいる人を助けたい… っていう衝動ですね。
 これは僕自身、今までいろんな精神的な葛藤を抱えてきたから、切実に思うんです。
 そして、これこそが、本来の占い師の役割だと思う…

 これは僕の師匠も言ってた事ですけど、占い師というのは、人の運命を切り開く医者のような存在だと思うんですよ。

 だから占い師は、人を幸せにする為に存在しなければいけない…

 悩みを抱えた人の心を正しい方向へ持っていく事が出来るかどうかは、全てその占い師の力量によって決まると思う。
 これはテクニックというよりは、むしろ、その人の人間性がなせる技のような気がします。

 僕はタロットカードを用いた、プロの占い方を伝える事は出来ます。
 ウェイト版の小アルカナの扱いはこうあるべきだ、という自分なりのこだわりや自信だってあります。

 ただ、やり方を正しく覚えたら、良い鑑定が出来るかと言ったら、そうとも限りません。
 鑑定師の鑑定に対する心のフォームがもし間違っていたら、人を不幸にしてしまう…

 僕の周りには、さすがに一人もいませんが、金儲け主義の本当にどうしょうもない占い師というのも、この世に存在します。
 だから僕は、人の心の悩みにつけこんで利用しようとする輩から、一人でも多くの人を守りたい。
 本当に心ある素敵な占い師が、たくさん世の中に誕生する事によって…

 これが、今の自分の内面を掘り下げて見つけた、嘘いつわりのない気持ちです。

 優れた占い師の人達が、これからこの世にたくさん出てくると思う。
 若い人達や、これからこの仕事に挑戦しようとする人達は可能性の固まりだから、僕なんてとても叶わないですよ。

 でもそんな中で出来る僕の唯一の事、それは、今 身につけている僕のスキルを伝えて、その人達の手助けをする事…

 スキルだけじゃなくて、今まで40年あまりの人生で身につけたノウハウも伝えていきたい…

 僕は大した人間ではないけど、それなりに心の葛藤は経験したし、それを乗り越える上で手に入れたノウハウは、占い師が誰かを苦しみから助け出す上での武器になると思うから…

 僕自身、今はまだ何も形を残している訳でもないし、仮にあわよく形を残す事が出来たとしても、これから先、未来の占い師がどんどん僕を追い越していくと思う。

 それでいいです。
 少しでも、今 僕が出来る事をしようと思う。

 やっと、踏ん切りがつきました(笑)
 今回も素敵な講座にして見せますからね。

 
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一つにつながっていけ

 すっかり暖かくなって、「春爛漫(らんまん)」 という感じです。
 僕は、春という季節が一番好きです。
 そういえば昨年も、そんな事言っていましたね。

 外には、綺麗なお花もいっぱいです。
    花
       …どっかの庭先のお花

 僕は子供の頃から、内面にいろんな葛藤を抱え込むタイプでした。
 若い頃は、いつも人間関係なんかに悩んでいましたね。
      いきなり重いぞ(笑)

 今でこそ、そういうものに囚われて、身動きが出来なくなってしまうような事は無くなりましたが、いつも人に対する恐怖心というのが、振り払えなかったですね。

 いわゆる 「対人恐怖」 というやつです。

 今の僕を知っている人は意外かも知れませんけど、本当はデリケートで小心者なのです(笑)

 ミュージシャンを目指していた二十代の頃も、バイト先とかでいつも人に対してビクビクしていました。

 こういう臆病な性格は、別に自慢するようなものでもないけど、とはいえ、それを恥ずかしがる必要もないです。
 徳川家康だって、いつも人に対してビクビクしていましたし、太宰治だって、きっと小説のまんまだったんでしょうし…

 そんなある日の事です。
 当時、僕が勤めていたバイト先の社長が、すごく懐(ふところ)が深い人で、僕の事を可愛がってくれたんですね。
 結構気に入られて、よくいろんな話をしました。
 時には、占いの話なんかも(笑)

 その社長がある時、人間の器を広げるエクササイズというのを教えてくれたんです。
 いつも人前で緊張してしまう僕は、しばらくの間、このエクササイズを毎日やっていました。

 それは、お花を使ったエクササイズ…

 まずは、どこかで花(切り花よりも鉢植えの花の方がいい)を手に入れてきます。

 一体どうやって行うかというと…
 ただ単に、じっと花を見つめるだけです(笑)

 そして、ただただ その花の美しさを感じてみる…
 若い頃の僕もそうだったんですけど、いつも頭で考える癖がついていると、こんな簡単な事さえ難しいんですね。

 「何でこの花は美しいんだろう」 って頭では理解不能だけど、それをしっかりと感じている心というものの存在を感じてみる…

 それを何度も繰り返していると、花と自分がまるで一体となっているような感覚になれるんです。
 この感覚のフォームをしっかりと覚えていると、いつも心が落ち着くんですね。

 その次は、やや上級編です。
 お花のような本当に美しいものは、誰でも比較的簡単にできるんです。
 だから今度は、例えば紙くずとか、たばこの吸い殻とか、あんまり美しくないものをお題にしてみる…

 う~ん、何かないですかね。

 あった!
 傘

 道路にこわれた傘なんて捨てやがって…


なんて、思いたくもなりますが(笑)

 このこわれた傘をじっと見つめて、美しさを感じてみる…
 形は違えども、地球上にあるものという意味では、花と同じです。

 そうしている内に、このこわれた傘と自分が、まるで一体となっているような感覚になったら、もう相当な腕前です。

 この練習をしていると、自分が受け入れられないものを、受け入れやすくなるんですよ。

 でも、あくまでも、無理のない範囲で行って下さい。
 例えば、害虫とか おぞましいものは、初心者はエクササイズの対象にしない方がいいです。
 体がかゆくなってきます(笑)
    やりとげたら、きっと悟りを開いている…

 このエクササイズの応用編として、仲良くなりたい人の写真なんかを使って、その人を思い浮かべながら一体感を感じてみます。

 赤ちゃんなんかは、比較的楽にできます。
 でも、自分が苦手とするような人を思い浮かべた時は、ちょっと大変です。
 それと同様に、自分が大好きな異性を思い浮かべた時も、なかなかうまくいきません(笑)

 一見、自分の苦手な人と、自分が大好きな異性というのでは180度違うように感じますが、自分の中に思惑が出てきて、相手との隔たりができるという意味においては全く同じなんですね。

 僕がこのエクササイズをやっていて、何となく気づけたのは、みんなどこかでつながっていて本当は一つになっている事…

 頭で考えると、またわからなくなるけど、きっとこれは間違いないです。

 もっともっと、一つにつながっていけ…

 全てのつながりを感じた時、不安が消えて、暖かくてフワフワした安心に包まれるはずです。


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いつもこの場所に帰ってくる…

 今日は日差しが温かくて、本当に気持ちがいいです。
 原稿が終わって暇になるかと思いきや、3月の間ずっと先のばしにしていた仕事が溜まっていて、結局の所、それなりに時間に追われています。

 まあ、あの忙しさを乗り切った今となっては、大した事はないのですが…

 昨夜用事を済ませて家に帰りついたのが、午後10時過ぎ…
 まだ食事をしていなかったので、冷凍スパゲティーを食べようと冷蔵庫を見たら、中は空っぽでした。
     そういえば、おととい最後の一つを食べた…

 でも、コンビニに行くのが面倒だったから、昨日の夕食はそこにあった 「小池屋 GOLDEN スコーン95g」 にして、歯を磨いてさっさと寝ました。

 朝起きたら、胃がもたれてました…
 皆さん、絶対にマネをしてはいけません(笑)

 今日の昼、冷凍スパゲティーの買い置きを買いに行こうと、イトーヨーカドーへ出かけました。

 うららかな春の日…
 あちこちに素敵なものがいっぱいありました。
        デジカメ持ってて良かった…

近所

 これが、うちのマンションのすぐ外の空き地…
 のどかでしょう~

桜と畑

 畑に散らばっているピンク色…
 これ桜の花びらです。
 昨日の雨で散った桜が、風に舞って散らばった…

葉桜

 もう、葉桜になってる…

 ふと、足元を見たら、

たんぽぽ

 かわいい、タンポポの花…

 自然って、すごいです。
 見ているだけで、心が癒されていきます。

 気持ちがどんどん解放されていくのを感じる…

 オレの周りにもタンポポぐらい咲いてるけど、全然心が晴れないぞ… って言う人もいるかも知れません。

 嫌な事や心配事が、ふと心をよぎると、こんなに素敵な景色なのに何も感じられなくなってしまう事ってあります。
 それは多分、心がその場所にいないから…

 僕は今、この世界に生まれてこれて良かったって思う。
 喧騒の日々の中で、いつも忘れちゃうけど…
 
 時々その事を思い出せるように、いつもこの場所に帰ってくる事にします。 


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いつしか自分がこの景色の一部となった時… 

 ここしばらくの間、肉体の限界まで夜通しで原稿を作ったり、ちょっとだけ無理をしていました。

 腹痛でお腹を押さえながら、ブログの記事の為に松田優作さんの事を調べたり…   「何じゃこりゃ」 とか言いながら(笑)

 その時に、ふと思ったのが、自分もいつかは死ぬんだ、という事…
 松田優作さんは、40歳の若さでこの世を去ってしまいましたけど、誰もが時間の問題で、いつしかこの土に還る日がくる…

 僕は、まだ実感がわかないですけど、それは紛れもない事実です。

 僕は今まで、どちらかというとガムシャラになって頑張って生きてきた気はします。   自分で言うのもなんですけど(笑)

 ここ1年ぐらいの間は 特に、今まで手に入れられなかったような幸せとか、人生の喜びみたいなものを得られた気もします。

 この先どうなるのかは まだわかりませんが、ここの所続けざまに、本当に素敵な思い出をたくさん作る事ができました。

 夢のようなパリの街で過ごせた事…
 鑑定や講座を通して、素敵な人達に会えた事…
 毎日、自分の好きなように自由に過ごせる幸せ…

 今までの僕はいつだって、功を成したり、名を成したりする事に夢中になって来たのですが、やっとこの年になって、少し落ち着いてきましたかね(笑)

 いつしか遠くない未来、自分が死を迎える時、一体何を思うだろう…

 「なんじゃこりゃあ… 死にたくねえ~」
とか言って、のたうちまわって死んでいくのかも知れませんけど…    「太陽にほえろ!」 のジーパン刑事

 多分、死んでいく時には、ちっぽけな自分の功名心は邪魔になると思います。
 もちろん、若い時だったら、多少の野心や功名心があるくらいの方がいいと思いますけど…

 今、僕が住んでいる千葉のマンションの外は、畑とか草むらとかがあって、比較的自然に囲まれています。
 原稿の仕事に疲れると、よく外に出て深呼吸していました。
 
 こうして自然の中にいると、気持ちが癒されます。
 自然というものは何も語りかけてくれないけど、全てを包み込む優しさを持っている…

 理由はわからないけど、自分の全てを受け入れてくれるような優しさを感じます。

 こういう感じなのが、人の目指すべき本当の優しさなのかも知れない… なんて思ってみたりして。

 よく、自分が生きていたという証を世の中に形として残したいと、人は思ったりするものです。
 僕も今までそうでしたけど、ヘタなものを形に残して死んだら、何だか成仏できない気がする…

 人間というのは欲を出したらキリがないし、それを中心に生きていると、だんだん自然というものとかけ離れていく気がするんですね。

 あんまり自然とかけ離れると、死んでも土に還れないで体が腐らないまま、そこに残っちゃったりして(笑)

 きっと生きている時だって、大自然と同じような気持ちでいられたなら、本当に幸せになれるんじゃないかな… って思ったりするんですよ。
 死に際にしてもきっと同じだと思う…

 まあ、大自然の気持ちって言ったって、よくわかりませんけど…

 いつしか自分が、この景色の一部となった時…

 僕はおだやかに微笑みを浮かべながら、全てを包み込むような優しさに満たされていられるのかな…

 人は生きている間は、自分の行動を自由に選ぶ事ができます。
 素晴らしい人と出会ったり、素晴らしいものに触れて、自分を高められるチャンスもある…
 体を持っている特権を生かして、言葉で人を癒す事もできれば、現実に人を幸せにする事もできる…

 あの世に行っても悔いのないように、改めて精一杯生きていこうと思いました。


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信頼関係が運を呼び込む

 人生には、常に人間関係というものが重くのしかかってきます。
 人にどう思われるかという事は、本来それほど重要ではありませんが、やっぱり悪く思われるよりは良く思われた方がいいですし…

 競争社会というものの中で、うまく生き残っていく為の鍵と言ったら、強靭な肉体でもなく、並み外れた才智でもなく、僕はやっぱり人間関係だと思います。
 人と人との信頼関係というやつですね。

 組織なんかでも、この信頼関係を断ち切られてしまうと、途端にうまく行かなくなります。逆に言えば、信頼関係さえできていれば、どんなに激しく口げんかをしたってうまくやっていけます。

 人と人との信頼関係が断ち切られる原因って、ほんの些細な事がほとんどです。
 それはちょっとした行き違いだったり、ちょっとしたデリカシーの無さだったり…
 どんなに気をつけていても、こればっかりは防ぎようもありません。

 組織や人の団結を、悪意でもって崩壊させてやろうと思ったら、ここを狙う事ですね(笑)

 戦国時代なんかは、相手の国を弱体化させるのに、この方法は良く用いられました。
 そんな時に活躍するのが、忍者…

 戦国時代のリアル忍者って、やっていたのはほとんどが諜報活動だったんです。
   NARUTOの忍者や、風車の弥七みたいにカッコよくなかった…

 例えば、徳川家康が実際に敵をかく乱するために使った手法は…
 夜中の内に、敵の城内に忍者をしのばせて、
 「裏切り者が出たぞ」 って、大声で叫ばせるんです。
 たちまち、敵は疑心暗鬼に掛かって同士討ちを始めて弱体化した所へ、本陣が攻め込んで城を乗っ取るという手段です。

 人はお互いが信頼できなくなって疑心暗鬼にかかると、途端に弱くなります。

 三国志の世界ですと、こういう謀略が得意だったのが、魏(ぎ)の賈詡文和(かくぶんわ)という策士です。
 (2012/5/24ブログ 「パワフルな味方は、最初はみんな嫌な人」 参照)

 この人、悪智恵にかけては、あの諸葛孔明より上だと思うのですが(笑)

 要は、敵国の人の信頼関係を引き裂く事にかけての天才でした。賈詡自身はとても温厚な人だったのですが、いわば人情の機微に通じた天才と言っていいでしょう。

 現代の日本は、戦国時代と違って、隣の国から来た諜報員でもない限り、まずこんな事をする人はいません。
 じゃあ、組織が崩壊する原因は何か… って言ったら、自分達で信頼関係を無くして自滅するんですね。

 例えば人の批判というのは、自分達がより上を目指していく上で、時には必要な事もありますけど、危険な要素もはらんでいます。
 それなら相手にストレートに伝えた方がいい…

 でも、組織にとって一番ヤバいタイプが、
 「あの人、貴方の事こんな風に悪く言っていましたよ…」
って広げる人(笑)
 これは本人は悪気はないんですよ。
 だいたいにおいて、寂しがり屋さんが多いです。さらにその情報は稀有だったりする…
 ところがこういう人が組織に一人でもいると、確実にその波紋は広がっていきますね。

 この問題は、人を責めている限り解決しないし、相変わらず信頼関係は薄れて行くばかりです。

 じゃあ、どうしたらいいかというと、相手にかけて信じてみるしかないですね。
 だまされるのを覚悟の上で…

 結局の所、これが出来るか出来ないかだと思う…

 昨日のブログの話じゃないですけど、Hさんが僕に、「私のメール届いていないですか?」 ってメールをくれたのは、僕が受講生が質問を出しているのに無視してスルーする人間じゃないって、信用してくれたからだと思うんです。

 もし、これが無かったら、僕のメールはHさんに届いていないまま、きっと疑心暗鬼の状態だったと思います。

 人は誰でも、人から騙されたり、裏切られて辛い目に遭うと、だんだん臆病になっていきます。
 信用するよりも、人を疑う方がたやすいですし…

 でも、そんな時はもう一度、人を信用してみようと思う。
 お金の貸し借りではない限り、そのリスクなんて大したものじゃないから…

 信頼関係というものによって、人と人は強く結ばれて行く…
 そして、それはとてつもない可能性と運を呼びこんでくれるはずです。


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運命の扉は二度ノックしよう

 いよいよ4月ですね。
 今日はエープリルフール…
 でも僕にとっては、それを活用するチャンスもなく、慌ただしく時間が過ぎていきました。

 原稿、終わりました。    お疲れさまでした、自分…
 締め切りは昨日の夜の24時ちょうどだったんですけど…
 もうフルパワーで、パソコンのキーボードを打ちまくりました。

 あの仕事は、こだわりだしたら永久に終わらないですね。
 かと言って、こだわらなかったら、良い作品もできない…
 そういうこだわりがある人が作家さんになれるんでしょうけど…  プチ作家(笑)

 まさに、自分との闘いですね…
 どんなにお腹痛くたって、自分からは逃げられません(笑)

 とは言っても、この仕事は僕にとって、苦痛ではなくてむしろ喜びです…

 とはいえ、趣味ではなくて仕事である限り、やっぱり締め切りの時間は厳守です。

 昨日も最後の最後まで、23:59ギリギリまでねばってました。
 時間が迫れば迫るほど、書いておきたい事を思いつくんですね。   まさに、アリ地獄…

 でも残念な事に、それを書きだす時間がない…
 ピッタリ23:59にメールを送信しました。
 しばらくの間、ボーっとメールボックス見つめて放心してました(笑)

 ちなみに、こういうメールって、時々相手の人にちゃんと届いてない事ありますよ。
 「タロット講座~大アルカナ編~」 で、いきなりの抜き打ちペーパー試験にもかかわらず、100点を取ったHさんから質問が来た時には、その日の内にメールで回答を出したんですけど、僕のメール一週間たってもHさんに届いてませんでした。

 僕のメールソフトでは、ちゃんと送信済みになっているんです。
 どっかにメールが消えちゃうんですよ。

 ずい分前に、メールの四柱推命鑑定の仕事を委託でやっていた事があって、仕事の依頼が僕にメールで届くんですけど、やっぱりその中の一通のメールがどこかに消えてしまったんです。
 その後にさらにメールの鑑定依頼が来て、その鑑定結果の文章を送信した時に、
 「そういえば、その前のお客様の鑑定結果はどうなりましたか?」
という話になって、やっとその事に気づけたんです。

 その後、3週間ぐらいして、その1ヵ月ぐらい前に送信されていたメールが届きました。
 あれ、プロバイダのウィルスソフトかなんかに、引っかかっちゃってるんですかね。

 僕の返信メールがHさんに届いていないってわかったのは、もう一回Hさんから、「私のメール届いていないですか?」 っていうメールが来たからです。
 あのメールが来なかったら、僕はずっと送ったメールは届いているものだって思い続けていましたね。

 こういう時に人は気兼ねして、例え返事が来なくても言いだせないままそのままにしてしまったりします。

 意中の人にラブレターを送ったのに、いつまでたっても返事が来ない時、やっぱり脈がなかったんだ… ってあきらめる事はいつだってできるんです。

 でも、その手紙はちゃんと彼に届いていなかったのかも知れません。届いても、つい見過ごしてしまっているかも知れない…

 そんな事を考えながら、しばらくパソコンの前でボーっと放心していた僕は、思い立ちました。

 原稿の締め切りは確かに24:00だった。そして、その期限までに原稿は送った…
 でも、考えてみれば真夜中の出版社のオフィスに誰かが待ち構えていて、そのメールの原稿をすぐに検討し始める訳ではありません。
 朝まで誰も会社に来ないんです。
 大切な事は期限を守る事ですけど、僕はすでにそれを守って原稿を送信している…
 でも別に、それよりももっと出来の良い原稿がもう1つ、朝の9時に会社にメールで届いたって別に問題はないんじゃないかと(笑)

 僕はそのまま、今の書きたい文章を作るのを続行しました。もちろん、それは期限に間に合っていないんだから、24時に送られた原稿を使うと言われても文句は言えません。
 それでも、使ってもらえる可能性があるんなら、もっと良い原稿と差し替えたい…
 そのまま朝の9時まで、作業を続行しました。不思議な事に徹夜でも、全く眠気がわいてこないですね。必死ですから(笑)

 8:59に「もし可能であれば、こちらに差し替えて下さい」 という一文とともに、メールを再送…

 力尽きました。  立つんだ、ジョー(笑)

 ダメ元だっていいんです。運命の扉はその時にしか開かないから…

 たった一度ノックしただけでは、気づいてくれないかも知れない。
 だからもう一度…

 運命の扉を二度ノックした時、貴方の思いが相手に届いて、その扉はゆっくりと音を立てて開かれるはずです。


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