浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

人生は取捨選択の連続

 いよいよ、やって来てしまいました。
 原稿の提出の締切期日…(笑)

 今日の24時までに、全ての原稿をまとめ上げて、メールで提出しなければいけないんですけど…
 残り7時間弱余り…

 どうしても、どこかを妥協して提出するしか手が無さそうです。
 ここ数日はものすごいスピードで、どんどん原稿が仕上がっていったんですけど…
 そんな中で、「何を優先するか…」 という事が、本当に大切だという事を学びました。

 僕はホント、何をやるのにも要領が良くないです。

 ちなみに、いつも食事をする時には、一番美味しそうなものを一番最後まで取っておく性分です。
 そうすると、食事の最後まで楽しみが残るから(笑)

 一事が万事で、この性格って、人生の全部の行動に反映されますね。

 今回の原稿の仕事でも、何故か一番どうでもいい部分から書き進めようとする自分がいます。
 確かにその部分を先に書けば、より完璧な内容になるんですが、時間切れになったら全体が仕上がらなくなるリスクがあります。

 何だか自分をあえて追い詰めようとする、もう一人の自分がいますね(笑)

 ところがこの2~3日になってやっと、そんな事言ってられない事がわかりました。        気づくの遅すぎ…

 自分のちっぽけなスタイルやこだわりに囚われていると、作品ができ上がらないんです。
 仕方ないので、自分の中のこだわりの枝葉末節は、もう捨てまくりました。    僕も大人になれた気がする…

 捨てるのって、気持ちいいですね♪

 結局、人生って取捨選択の連続だと思う。
 本当に欲しいメインディッシュを手に入れるか、あくまでも自分のスタイルにこだわって、つまらないものを選んでしまうか…

 毎日の食事は、時間の余裕さえあればゆっくり食べられるけど…     そういえば昨日から何も食べていない… 腹痛だったから…

 どうせなら、人生で一番美味しいメインディッシュを手に入れようではありませんか。
      お腹へった… けど、原稿 頑張る


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絶対に大丈夫!

 ちょっとここの所、無理をしすぎているのか…
 今日は、お腹の調子が悪いです(笑)
       せっかく、このブログ400回記念だっていうのに…

 多分、寝冷えしてお腹を冷やしたのが原因ですね。

 それにしても、人間の運というのは、その時の調子によって本当に左右されます。
 調子の良い時は、飛ぶ鳥を落とすような、破竹の勢いで、快進撃をとげる時もあるし、調子の悪い時は 「泣きっ面に蜂」 とばかりに悪い事が続きます。

 そんな時って何故か、ボーっとしてありえないような忘れ物をするし、電車を乗り過ごしちゃったりするし、考えられないような失敗をするものです。

 何をやってもタイミングが悪くて 「こんなついてない事ってある?」 みたくついていない事が起こります。

 例えば、たまたま女の子と手をつないで、新宿通りを歩いていたら、向こうから彼女がやってきて、バッタリと出くわしちゃうとか(笑)        自業自得…

 冷静に考えると、あえてそういう風になるように行動している自分がいますね。
 多分深い部分の意識では、間違いなくそうだと思います。
        不幸になりたがっている自分がいる…

 でも、人間って誰もが強くないから、こういう不運が3つくらい重なると、心がボキッと折れます。
 多分、今の方向性が間違っているんでしょうけど、その時はどこが間違っているかなんてわからないし…

 だんだん、自分の将来に自信がなくなってきます。
 このままどんどん自分は不幸になっちゃうんじゃないかって…

 そんな時、僕は自分にかける魔法の言葉があります。
 その言葉は…

 「絶対に大丈夫」

 これを何度も言い聞かせているんです。

 このブログを読んでいる人には、僕はいつだってハイテンションでボジティブ思考の人間に見えるでしょうけど、やっぱりそうじゃない日もあります。
 人間ですから…

 僕は、人間というのは決して、目の前の現実とか、誰かからの悪意とかと言うものに負けてしまう訳ではないと思うんです。
 多分、自分というものに負けてしまうんですよ。
 特に調子の悪い時には… 

 故・松田優作さんは、昔も今も比類なき映画スターですけど、弱冠40歳の最晩年の時には仕事と癌との闘いでした。
 最後の作品となった 「ブラック・レイン」 の撮影の際には、膀胱(ぼうこう)癌が腰にまで転移して、腰骨がもう腐っていたと言います。

 その中で、映画の撮影を優先して延命処置をしなかった松田優作さんは、たった一人の友人以外、一切病気の事を告げず、力尽きるまで、命の最後のひとしずくを作品にかけたのでした。

 医師に末期癌の宣告された時も、家族に病気の事を告げるのを口止めし、全部の苦しみを自分一人で背負い込んだ…
 いつも血尿が出ていたので、人に見られないように、トイレは必ず誰ものいないのを確認してから入ったと言います。

 これはもう、ただの腹痛というレベルではありません。
 ついていない事がいくつも重なってしまって、人生にやる気が起こらないというようなレベルの苦痛でもない…

 だって、全身にずっと激痛が走っているんですから…

 きっと、映画にかける自分の情熱だけを頼りに、何度も何度も、自分を奮い立たせて立たせて頑張ったんだと思います。

 最初っから、末期癌の痛みと闘いながら、仕事ができる人なんていません。
 必死になって最後まで、自分と闘い続けたんだと思う。

 僕は、人間の真価というのは、体調の悪い時に取る行動で決まるような気がします。
 もちろん体の調子の悪い人は、ちゃんと治療すべきです。人生は長丁場なんですから…

 松田優作さんのような、こんな強烈でカッコいい生き方をする人は、ざらにはいないでしょう
 無論 我々は、別にこれをマネする必要なんてありませんけど…

 それにしても、人生にはいろんな事が起こります。
 調子の悪い時は、心が打ちひしがれる事も続くものです。

 「絶対に大丈夫」

 ピンチになった時の魔法の言葉…
 となえた途端に、不思議とピンチが切り抜けられますよ。


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人生は時間のと闘い

 春のうららかな気候が気持ちよくて、幸せを感じながらも、目の前の仕事の締め切りに追い立てられています。

 それにしても、昨夜みたいな あんなつまらないブログの文章もたくさんの方に読んで頂けて、本当に僕は幸せ者です。

 今やっている原稿の仕事は、僕の今後の占い師としての活動に大きくかかわってくるので、もちろんなのですが、このブログも、これだけ多くの方に見て頂ける今となっては、同じように僕の人生そのものです。

 どんなに忙しくても、それを言い訳にして、適当に済ませて良しとする事はもうできないですね…
  それにしては、昨日の赤ペンのネタは 「何なの」 って感じですけど(笑)

 いや、もしも自分だけの視点だったら、
 「今日は時間がないから。3行で終わらせよっ♪」
というのもOKだと思うんですけど…

 「今日のブログの浅野太志は、何を書いてくれてるのかな…」 って、わざわざパソコンを立ち上げて期待して見て下さっている人がいるのに、もうそれはできない…
 それやっちゃったら、僕は二度と自分に自信を持てなくなってしまうんです。

 それに、ちょっとだけ思いあがった発言をすれば、
「だからこそ、僕には未来がある」 とも思うんですよ(笑)
     調子乗り過ぎ…

 今、時間に追われながら、僕はたくさんの事を学ばせて頂いています。
 限られた時間の中で、どれだけの事をやり遂げられるかの闘いですね。

 故・松本清張さんの奥様は、清張さんの事を
 「主人の晩年は、常に時間との闘いでした」
って、語っていたそうなんですけど、今の僕は少しだけそれに近い体験をしている気がします。

 きっと、「締め切り」 というものがあるからいいんですよ。締め切りがないと、時間の有難みがわからないから…

 普段は気づいていないだけで、我々はみんな本当は、人生という限られた時間の制約を受けているんです。
 できる事だって、限られている…

 だから今やれる事を、全力でやっていくしかないと思うんですよね。

 「締め切り」 というものもなくて、気持ちがダラっとしていると、本当にいくら時間があっても何にも前に進んでいきません。

 ちょっとした用事が入っただけでも、「今日は時間がないからできない」 とか言い訳しちゃうし…
 「原稿 頑張らなくっちゃ」 って気合い入れてパソコンの前に座っても、今までの原稿を何度も何度も読み返しているだけで、一行も前に進んでいかないですね(笑)

 でも、本当に切羽つまってくると、そんな時間すらないんです。
 電車に乗っていても、食事をしていても、トイレの中でも、原稿の事ばっかり考えています(笑)

 一行も前に進んでいかないような箇所はとばして、書き進められる所から書いて行くようになります。
 そうこうしている内に、さっきの箇所をどう書き進めたらいいかも閃(ひらめ)くんです。

 それで、今 不思議な事に、自分でも驚くくらいのスピードで原稿ができ上がっていきますね。
 まるで自動書記みたいに、天から文章が降りてくるのに近い感覚です。
 もちろん、僕はそんな能力を持っている訳ではありませんけど…

 生まれて死ぬまであっという間。
 迷ったり、悩んだり、怒ったりしている時間がもったいない…

 限られた人生という時間の中で、できる事を片っぱしからやろうじゃありませんか。


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不思議な力に助けられて

 子供たちは春休み、窓の外は元気な声が飛び交っています。
 皆さま、いかがお過ごしでしょうか…

 僕は、仕事がいっぱいいっぱいです。
 原稿の提出期限が間近に迫ってきて、いよいよ精神的にジワリジワリと追いつめられています♪
    いや 「♪」 なんてつけてる場合じゃなくて(笑)

 でも、僕は本当に運に恵まれていて、特に今、なんだか不思議な力に体を持ちあげられて、助けられている感じなんですね。
 結構、今 切羽詰まってきているんですけど、例えば、「あっ赤ペンが欲しい」 って思ったら、そこにあるとか(笑)

 それもただの赤ペンじゃなくて、これは確か、少し前に鑑定を受けて下さったお客様が忘れていかれた赤ペンなのです。
 それで、そのお客様に連絡を取ったら、「もういらないので、どうぞ使って下さい」 という返事が返ってきました。
 まさか、こんな所でこの赤ペンに助けられるとは…

 もちろん、赤ペンを買いにコンビニに行く事はできるけど、そんな所で仕事を中断すると致命的に能率が悪くなるのです。

 他にもこんな事がいっぱいあります。
 この原稿にからんで、どうしても仕事をお願いしたいって思っていた人と、絶妙のタイミングで連絡が取れて、しかも最高のものができ上がってきたりとか…

 いつもだったら、この原稿以外にもやらなければいけない事がいっぱい出てくるはずなんですけど、なぜか今日に限っては何もそういうのが出てこない…

 とにかくこれは絶対に不思議な力に助けられているとしか思えないです。

 この不思議な力を持続させる為に、僕ができる唯一の事、それはとにかく一生懸命全力でやる事…

 目の前の事を全力で一生懸命やれば、不思議な力が貴方の事を応援してくれますよ。
     今日のブログ、たった25分で仕上がった!


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混沌とした時に下地は作られる

 今日はまた雨… ちょっぴり寒いです。
 でも雨、嫌いじゃないです。   「癸」の原稿、頑張るぞ(笑)

 昨年の今日は、もうパリから帰ってきて日本にいました。
 あの時は、まさかこんな急きょ帰国するなんて思っていもいなかったから、ネットをつなげる環境がそろってなくて大変でした。    仕方なく、ネットカフェ通い…

 今でこそ、イーモバイルまで始めちゃってますけど…

 何でこんなに昨年の今日の記憶が出てくるかというと、今日は村野大衡先生の誕生日だからですね。
   村野先生、お誕生日おめでとうございます(^^)

 村野先生とはお互い誕生日になるたびに、毎年プレゼントを贈りあって十年以上…

 人間関係というのは、些細な事で壊れてしまいやすいものですけど、そういった意味ではこれはすごい事かも知れない…
 お互いが忙しいから、別に頻繁に会っているという訳でもありません。

 多分、村野先生と僕は、内面世界の目指している所が同じなんだと思います。だから、こうやってつながっていられる気がします。

 というか… これは僕が村野先生から、今までにたくさんの事を教わった結果なんですけどね。

 僕は確かに14歳から四柱推命やタロットというものを かじっていましたが、占術そのものの体系とか、四柱推命と九星気学以外の東洋占術については、全くの無知でした。

 とはいえ、きちんとした占術理論や知識を有している占い師って、本当に数が限られています。
 もちろん、一般書店なんかで売っている本には、そんな専門的な知識までは書いてないし…
  だいたい普通の人には、そんな本売れないし(笑)

 だから、そういう特別な人に出会わなかったら、一生本物の占いの神髄には触れられない…
 そういう意味で、僕は村野先生に出会えた事で、人生の可能性が開けたとも言えます。

 その時はまさか、占い師を職業にする気なんか全然なかったんですけど…

 僕が本気で占い師として生きて行こうと考えるようになったのは、師匠に声をかけて頂いて、四柱推命を本格的に始めるようになってからです。
 でもそれも、それまでに村野先生と出会って、占い師としての下地ができていたからこそ叶った夢です。

 四柱推命の理論を確立した徐子平(じょ しへい)だって、師でもあり大の親友でもあった紫微斗数の創始者である陳希夷(ちん きい)と交わりをもって、占いの様々な事を教わったそうです。     この話、村野先生から聞いた…

 僕のちっぽけな よもや話の後に徐子平の例えを書くのは、成り行き上の事とはいえ、あまりにも無礼千万の身の程知らずですね(笑)
 四柱推命を扱っている占術家の皆様、どうか平にお許しください。

 それにしても、あの頃の僕は本当にくすぶっていました。
 ミュージシャンになる… とは言っていたものの、大した努力もしていなくて、そのくせ いつも悩んでいました。

 でも、そんなくすぶっている混沌とした時に、今の自分の下地が作られていたんだな… って、しみじみ感じるんですね。

 目の前の事が今、くすぶってうまく行っていなくても大丈夫…

 混沌としている時にこそ、将来の下地が作られているものです。


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「何もしない」という行動

 だんだんと暖かくなってきて、とても過ごしやすくなりました。
 これからまた、暑い夏がやってくるんですね。
         気が早すぎ…

 本当に毎日の時間が経つのが速くて、僕は一日48時間ぐらい欲しいです。
 やらなければいけない事が、てんこ盛りです(笑)
 でも、本当に毎日が充実してます。

 今、安倍政権で日本の景気もどんどん良くなっていますけど、それでも将来が不安だって言う人、いっぱいいらっしゃいます。
 とはいえ、クヨクヨ悩んでいても何も始まりません。

 大丈夫ですよ。前向きな気持ちを持てば、必ずいい方向に向かっていきますから…

 ただし一つだけ。
 ちゃんと、やるべき行動を取っていれば…

 これがとても重要な所なんですね。

 クヨクヨ悩んでいても時間の無駄ですけど、じゃあ 「もう悩まない」 って開き直るだけではダメなんです。
 もちろん、神様に手を合わせて拝んでもダメです(笑)

 やるべき行動を取らなくては…

 斎藤一人さんの 「微差力」 という本を読んでいたら、とってもいい事が書いてありました。

 この地球という星は、想念して行動する星。
  (中略)
 だから、この星で行動しないということ自体、どういうことかと言うと、「何もしない」 という行動をしているのです。
 「行動しない」 のは行動しないのではなく、「何もしない」 という行動をとっている。その結果、どうなるかを学んでいるのです。

 「何もしないと何も起きない」 と思う人がいるけど、「何もしないと、嫌なことが起きる」 ということがわかります。
 何もしないと、いつもエライたいへんなことが起きていて、経済的に苦しくなったり。
 だから、何もしないのは、行動しないではないのです。「何もしない」 という行動を取っている。
 それだとしたら、建設的な行動をとったほうがいいじゃないですか。
  (中略)
 この建設的な行動に、結果がついてくるのです。
 (斎藤一人 著 「微差力」 ~人生って、楽しいね~ より)


 何もしないんじゃ無くて、「何もしない」 という行動を取っている…

 確かに、「何もしない」 という事は、とんでもなく罪な事をしているのかも知れません。

 それなら、失敗したって、間違ったっていいから、何かやっている方がマシです。
 せっかくこの星に生まれてきたのだから…

 思いっきり、ハメをはずそうではありませんか。


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雨桜

 東京地方では、あいにくの雨…
 朝から小雨が降ったり止んだりで、今もまた窓からシトシト雨音がします。

 まあ、今日は一日中ずっと家で原稿の仕事ですから、あんまり外の天気というのは、僕には関係ないんですけど(笑)

 外は桜が満開ですが、この程度の小雨なら散る事もなさそうです。

 お昼、パソコンのやり過ぎで目があまりにも疲れたんで。気分転換に外に散歩に行った時、写真撮ってきました。

 これ、地元の八柱駅前の桜です。

雨桜

 「雨桜(あまざくら)」 ってやつですね。   勝手に命名

 降りしきる雨にも耐えて、咲きほこっている花、すごく素敵だと思う。

 人の人生というのも、ただ幸せいっぱいの笑顔もいいけど…
 やっぱり時には悔しい思いや辛い思いをして、それでも健気(けなげ)に笑顔でいる… というのが僕は好きですね。

 よく見ると、その笑顔はまだ完璧じゃなくて、少しひきつっているかも知れない…
 それでも構わないと思う。

 優しくない人は、そういうのを見ると、とたんに嫌悪感をあらわにして
 「貴方はうわべだけで本当に笑っていない」
とか指摘するんですけど…

 そういう事が言えちゃう人は、苦労知らずの人です。

 本人は、「私はいろいろ苦労したから、人の心が見抜ける」 とか自信満々に言ったりしてますけど、この手のタイプって、確かに人とぶつかって苦労はしているかも知れないけど、自分に対してまともに向き合った事はないんですよ。

 自分とちゃんと向き合ったら、二度とそういう事言えなくなりますから(笑)
 だから、ニセモノに騙されてはいけません。

 本当にできた素晴らしい人は、一人の例外も無くみんな優しいです。

 厳しい事を言う時も、ただ自分の感情に振り回されて、怒りを爆発させるんじゃなくて、ちゃんと相手の事を思って言える…

 今は完璧な笑顔じゃなくても、そのうちにもっと素敵な笑顔ができるから…
 僕は、不完全な方が人間らしくていいと思いますね。

 雨桜 打たれて耐えて 咲きほこれ

 なんて… 今日はちょっとポエムチックに決めてみました(笑)

 P.S.
 「タロット講座~大アルカナ編~」に受講して下さった、プロの占い師でもある櫻井愛子先生から、ブログをやっています… というメールが届きました。

 僕も最近いろいろな事があって、少し自分に自信をなくしていた時があったんですけど…    ほんの一瞬だけ(笑)

 その時には櫻井先生や講座の皆様にから励ましてもらって、元気を取り戻しました。

 伊瑠香 改め 占い師 櫻井愛子のブログ
      タイトルの通り、今月改名をされました…

 このブログはとってもポエムチックで、一回の文章が超短いから、すぐに全部読めますよ♪
 よろしければ、ぜひ訪問してみてください(^^)


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まだ間にあうから

 今日は、いつもよりも少し肌寒かったです。
 外は桜が満開なのに、ちょっとだけ春が小休止したという感じでした。    いっぱい、着こんで暖かくしてました…

 さっき書店から帰ってきて、自宅のマンションに入ろうとしたら、暗闇の中にキラリと光る怪しい目が…

 よく見たら、真っ黒なノラ猫でした。
 ずっと寒い外を一匹であてもなく暮らして、きっと保健所の人につかまったら、殺されちゃうんでしょうね。

 今から10年ぐらい前、その時、僕はまだミュージシャンを目指していて新宿に住んでいたんですけど、外を歩いていると、いつも僕になついてくるノラ猫がいたんです。
猫
 可愛かったので、その時写真取りました(笑)

 あの頃の僕は毎日、近所にある自動販売機で缶コーヒーを買って、その場所でゴクゴク飲んでました。

 気分転換に一日に3本ぐらいは飲んでいましたかね。
 当時は自炊なんて一切してなくて、家でコーヒーすら作りませんでした。
 しかも空き缶のゴミが出るのがいやだったから、その場所で飲んでいた…

 本当にもう、生活荒れまくってましたね(笑)  …反省

 それでいつも缶コーヒーを飲んでいると、コイツが足にまとわりついてくるんですよ(笑)

 何かエサを欲しがっているんですね。鈴もついてないから、飼い猫って訳でもないのに、やけに人になついてました。

 とは言っても、缶コーヒーをあげる訳にもいかないから、わざわざキャットフードを買ってきて、よく食わしてやりました。

 でも他にも同じように思う人はいるもので、いつもコイツ、誰かからもらった缶詰とかなんか食ってました。

 今頃どうしているのかな…
 猫の寿命は長くて10年だから、もう生きてはいないんだろうな…

 この前、悠庵のイベントでカルチャーカルチャーへ行った時(3/13ブログのP.S.参照)博水社の田中秀子社長からとても考えさせられる話を聞いたんです。

 それは、こういうノラ猫やノラ犬の殺処分の話…
 僕もネットでいろいろ調べてみたら、すごくむごい殺され方をするんですよ。   このサイトにいろいろ書いてあった…

 田中社長は、「まだ間にあうから」 というプロジェクトを組んで、社長自らノラ犬やノラ猫の飼い主探しをしています。
     この曲、泣ける…

  まだ間に合うから

 タロット講座の大アルカナ編・小アルカナ編に参加した受講生のみずぽんさんは、本当に動物が好きで優しい人だから、ノラ犬とかノラ猫とか見つけると、ひろってきて育てちゃうんですけど…

 普通はなかなか、そうはいきません。  特にマンションとかだと…

 だから、ノラ犬やノラ猫が殺処分されるのは仕方がない… と考えがちですけど、例えばドイツとかだと、こういう動物の殺処分はゼロなんですね。

 この問題は、一人一人のちょっとした意識によって、今ある様々な問題の中でも比較的解決しやすい問題のような気がするんです。

 ちょっぴりだけ、みんなが優しくなる事によって…

 一人一人の心が優しくなれば、この問題だけじゃなくて、この地上で起こっているあらゆる問題の解決の糸口が見えてくるかもしれません。


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中心に行くほどわずかなブレも許されない

 暑さ寒さも彼岸まで… って言いますけど、今日は、外も暖かくて春風が気持ちいいです。
 これだけでも十分に幸せなのに、人間というのは弱いから、ちっぽけな事に心が囚われて抜け出せなってしまったりします。   しみじみ…(笑)

 まあ、この世に生きている限りは、まぬがれない宿命かも知れません。
 心がブレたらブレたで、またそこから学べばいい…

 普通の人はそれで十分だと思います。心がブレるのを恐れていたら、人生楽しくないですもん。
 「これをやったらいけません」 「あれをやったらいけません」 って、自分に戒律作っちゃうと苦しいです。

 時には思いっきり間違いをやらかして、人からひんしゅく買うのも良いと思います。
 それで反省して、人は成長していくのだから…

 でも悲しいかな、ある程度の大きな役割を人生に担わされてしまうと、そうもいかなくなります。

 人に影響を与えられるような地位を手に入れたりすると、ちょっとした軽率な言動が大ごとになります。
 役割の中心に行けば行くほど、わずかな心のブレも許されなくなります。

 それによって、多くの人が深刻な影響を受けてしまう事になるから…
 まさに、「大いなる力は、大きな責任を伴う」 という訳です。
 (2012/6/22ブログ 「大いなる力は、大いなる責任を伴う」 参照)

 いよいよ3月29日からプロ野球が開幕します。
 僕は特別にどこのファンという事はないんですけど、強いて言えば、「巨人」 ですかね。
 僕、原監督が好きなんですよ。あの笑顔とか、あの真面目さに、何とも癒されるんです。采配もうまいと思うし…
 (正直言うと、あんまり野球見ている訳ではないので、他のチームの事よくわからないのです…)

 この前そんな話をしていたら、ある友人が 「絶対に巨人だけは好きにならないし、巨人の応援はしない」 って言ってました。
 その理由を聞いたら、

 「ナベツネがいるから」

 なるほど…(笑)     言わんとしている事は、わかる気もする…

 権力を持った人がそれを行使して、自分勝手にやりたい放題やっているのって、はたから見ていてあんまり気持ち良いものではないです。
 それによって、周囲の人の人生も振り回すし…

 だからやっぱり、役割の中心にいる人というのは、心がブレた状態で気ままに言動するのは許されないと思うんです。
 そういった意味で、地位や役職を持っている人というのは、本当に大変です。

 僕なんかはそこの所、地位にも権力にも無縁な人間です(笑)
 でも、心がブレている状態で鑑定をすれば、やっぱり鑑定がブレてしまうし、そんな状態でこのブログを書いたなら、知らず知らず文章に反映されてしまいます。
 そんな事になったら、鑑定を受けて下さったお客様や、このブログを読んでいる人をがっかりさせてしまう…

 僕はまだまだ未熟な人間なので、些細な事で腹を立てたり、気持ちが後ろ向きになったりします。
 例え表面だけは穏やかに振るまう事ができたとしても、そんな状態では、やっぱり鑑定をしちゃいけないし、ブログも書いてはいけないと思うんです。

 僕は昔、そういうネガティブな感情に囚われてしまうと、なかなか抜け出せませんでした。
 でも、今はその感情を解放するコツをつかみました。

 それは一言でいうと、「感謝」 ですかね。
 無理やり感謝するんじゃなくて、とにかく今、自然にいろんな事に感謝できてしまうんですよ。
 そうすると、さっきまで怒っていたり後ろ向きになっていた自分がどっかに行ってしまいます。

 しばらくしたら、またその怒りや後ろ向きの感情が戻ってくるかもしれないけど、そしたらまた 「感謝」 ですね(笑)
 それを何度か繰り返している内に、いつの間にかさっきまでのネガティブな感情を忘れちゃってます。

 本当の所言うと、責任というものがあるから、そんな感情に囚われている訳に行かないんですよ。
 でないと、大切なものを見失って、とんでもない事をしでかしてしまう…

 僕は本当に自分に自信が持てなくて、臆病な人間です。
 でもこれに関しては、少し臆病で小心なくらいぐらいの方がいいのかも知れない… って思うんですよね。


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本物は必ず報われる時が来る

 今でもたまに、若い頃の事を思い出すと、発狂しそうなくらい恥ずかしくなる事があります(笑)
 特に二十代の頃…
 あの頃は毎日、変な自分のプライドに振り回されていました。
 自分にいつだって自信がなかったです。

 いつも自分と人を比べながら生きていました。本当、窮屈な生き方してましたね。

 例えば、バイトの仲間の時給を聞かされて、なんでアイツがオレより時給が10円高いんだ… とか思ったりしたりして(笑)
 別にそこまでお金にせっぱつまっていたって事ではなくて、気になっているのは人の評価ですね。
    今でも思い出すと恥ずかしい…

 まあ、でもこういうのって、誰でも多少はあると思います。

 例えば、同期で入社した誰かが、自分よりも先に役職に就いちゃったりしたら、誰だって悔しいはずです。しかも、自分の方がその人よりも仕事を頑張っている自信があったら…

 それは正常な事だし、それで発奮してもっと頑張れるのなら、そういう感情はプラスだと思うんですね。

 でも中には、それでやる気をなくして、腐っちゃう人もいると思う…
 その気持ち、痛いほどわかります。

 この社会では、実力があっても、時には正当な評価を得られない事があります。
 一生懸命頑張っているのに、不遇に扱われる事もあります。
 そんな時はもう、じっと耐えるしかないんですね…

 でも、実はここだけの話、今そういう目に遭っている人は、とっても得しているんですよ。

 なぜなら、それを見ている周りの人が、同情して味方になってくれるから…
 腐ったりしなければ、半端ない人望をつかむ事ができるチャンスなんです。

 逆を言うと、実力もないのに評価され過ぎちゃっている状態というのは、気が気じゃないです。
 知らない間にたくさんの敵を作っています。

 「易経」の風沢中孚(ふうたくちゅうふ)の卦の中に、
 「翰音(かんいん)天に登る、何ぞ長かるべけんや」
というのがあります。

 翰音とは、鶏(にわとり)の事…
 「鶏が空を飛んでいる。そんな事が例え起きても長く続く訳がない」 という意味です。
 
 これ、僕のすごく好きな言葉です。
    師匠もきっと好きな言葉だったに違いない…

 世の中の道理って、まさにこれなんですよ。
 泥水だって時間がたてば、土は下に、きれいな水は上に、自然に分離されて行くんです。

 頑張っているのに、評価されなくたって大丈夫…

 貴方の実力が本物なら、それは一時的なものだし、必ず報われるようになってますから…


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慣性の法則

 最近は、毎日のハードな生活にも慣れて、結構過密スケジュールでもリラックスしています。
 電車の中でだって、ブログの記事は書けるし(今、電車の中で記事を書いている)、食事をしている時間も考えてみれば休んでいるようなものですし…
 今では、だんだんこの生活が普通だと思えてきました。

 よく、充電期間とか言って、長期休暇を満喫する人がいますが、それはそれで必要な事だと思います。
 でも、僕の場合の充電期間は、今のこの状態(笑)

 いや、もっと正確には、「運気の充電期間」 って呼んだ方がいいですね。
 忙しくしていると、運気溜まりますよ。これ本当に…
       暇していると、運気が漏れる … 漏電(笑)

 蓄電池と同じです。忙しく動き回っていると、エネルギーがどんどん溜まっていくんです。
 たまたま僕の場合は、自分の好きな仕事で収入になっているから、エネルギーがたまるんだ… って、思う人もいるかもしれないですけど、そんな事ないです。

 例え、好きな仕事じゃなくても、収入につながらなくても、忙しくしているという事に意義があったりします。

 よく、会社で正社員として働いている時って、基本どんなに一生懸命頑張っても、ダラダラ仕事をやっていても、お給料が変わらなかったりする事があります。
 そんな時に、楽をしてダラダラしてた方が得だ… って思う人は、運命の法則を良くわかっていないです。

 楽な仕事をやっていると、本当、漏電しますね(笑)
 昔、アルバイトで守衛業務をやって事があるんですけど、あれ、本当に楽でした。
 イスにずっと座って、「お疲れ様です」 って挨拶して、他には何にもしないんです。
 いや厳密には、そこに怪しい人が忍び込んでいないかを常に目を光らせているんですけど、まずそんな事なんてないですし…
 それで、お給料は時給千円とかだったりして、結構いいんですよ。
 ただ、みんなは暇すぎるのが疲れるって、言っていました。

 僕は20代の頃、結構長くそのバイトをやってしまったんですけど…
    いつも挨拶しながら作曲してた…

 あんな楽な仕事をやっていると、人間ダメになります。
 だんだん気力が無くなっていって、家に帰ってもボーッとしちゃうんです(笑)

 逆に例えお給料が出なくたって、とにかく忙しく動く回っていると、それが習慣になって、いつもテキパキ動けるようになります。
 仕事をしていない時でも、気がつくと常にそのフットワークで動いているんですよ。よく、仕事明けにそのままバンドの練習に行ったりとかしてました。

 体が動きまわっている状態に慣れてしまっているから、慣性の法則でじっとしていられないんです。
 もう、どうにも止まらない♪… って感じですね(笑)

 やっぱり運を開かせる鍵は、これだと思います。

 人は目先の事に囚われる生き物だから、忙しく動き回っても実入りがないと、損したような気持ちになりますけど、実際にはそんな事無いんです。

 人生ってうまくできています。頑張って努力した分は、ちゃんとご褒美が返ってきます。

 だからうんと生活を忙しくして、しっかり運を充電して、思いっきり開運しようではありませんか!


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神様のリズムに乗って

 月日が経つのは早いもので、気がつけば今日はお彼岸でした。
 お昼に買い出しに行こうと、最寄駅の八柱駅のあたりを歩いていると、なんだかものすごく混んでいました。

 何でかな… って考えたら、八柱には 「八柱霊園」 っていう大きなお墓があるからなんですね(笑)
     ローカルな話題で誰もついて来れない…

 昨年の今頃は、思いっきりパリを楽しんでいました。
 パリから帰ってきてから、何だかいろんな事がタイミングよく起こるんですよ。
 もう、奇跡としか思えないくらいに…

 例えば、スケジューリングなんかでも、ほとんどバッティングした事が無いです。
 不思議な事に鑑定なんかでも、まるで予定調和的に空いている日にちに埋まっていくんです。

 それはもう、絶妙なタイミングです。
 まるで、その日にその予定を入れるのが元々決まっていたように、そこだけポコッと空いているんですね。

 いや、次元を超えた所では、本当に決まっていたんだと思います(笑)
 この世に生きていると、どうしても時間軸というのに縛られていますけど、あの世では過去も現在も未来も同時につながっているだろうから…

 それでまた、不思議と会いたい人に会えるんですよ。

 で、ここが大切な所ですが、そういった時にタイミングを外すような行動を取らない事です。
 運命はテンポ良くリズムを刻んでいるのに、こちらがそれに乗っかれないでテンポを外しちゃうと、全てのその後の流れが狂ってきます。
 そうなると、もう修復がきかないです。

 例えば、今すぐやるのが面倒くさいとか、少し休みたいとか、「大殺」 だからとか、訳のわからない事を言って、大切な予定を3年後とかにずらしたら、もう致命傷です。
 (2012/9/5ブログ 「大真面目な『占い幸福論』」 参照)
       それにしても、あれは本当に罪な占いだ…

 タイミングっていうのは、本当に大事です。
 だいたい運の悪い人って、別にさしたる理由がある訳でもないのに、「今はまだ早い」 とか 「もう遅すぎる」 とか言い訳して何も始めようとしないんですね。

 今、ポンと目の前にチャンスが来たのなら、何かきちんとした筋の通る理由が無い限りは、それに乗っかるべきです。
 それは神様が最高のタイミングでくれたプレゼントなんですから…

 神様のタイミングに合わせると、神様と同じリズムで大きな運勢の波に乗れます。
 だから、そのリズムのテンポに、常に自分を合わせる事…

 そのリズムに乗っている限り、次から次へと貴方に幸運がやってきますよ。


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ダメダメだっていいんじゃない…

 子供の頃の思い出って、あんまりいいものがないです。
 それでも、うちの親は比較的何でも自由にさせてくれたので、学校から帰ってきてからはいつも好きな事をやっていました。

 だから体を鍛える事も無く、好きな本を読んだり、だらだらテレビを見ていたりしたので、相変わらず 「ひょろ」 というあだ名のひ弱な少年のままでした。 昨日のブログ参照)

 そう言えばもう一つ、上級生からつけられたあだ名で 「ゲンパク坊や」 って言うのがありました。
 学校の帰り道、重いランドセルをしょって、押しつぶされそうにフラフラ歩いていると、6年生の上級生が
 「あっ、ゲンパク坊やだ」 って言って、からかいに来ました。
 僕はずっと、「何それ?」 って思っていました。
 からかわれはしても、嫌がらせをされるような事までは無かったんですけど…

 小学校6年生になって、社会科の歴史の授業を受けた時、やっと 「ゲンパク坊や」 の意味がわかりました。

杉田玄白 杉田玄白 … 江戸時代の蘭学医。非常に優れた外科の名医であり、オランダの医学書「ターヘル・アナトミア」を「解体新書」として和訳出版する。

 間違っても、天才少年という意味で、このあだ名がつけられた訳ではありません。

 雰囲気ですね、多分。肖像画の…

 つまり、こんな感じの小学生だったんです(笑)

 そんなひ弱な子供だった僕ですが、中学生になると、生徒会をやったり、学校新聞を作ったりと、それなりに自分らしさを出せるようになりました。
 学校の授業とか勉強とかは、そんなに嫌いではありませんでした。

 ところが中学校の時に、死ぬほど嫌いな、ある授業の種目がありました。
 それがある日は、本当に学校に行きたくなかったです。
 あまりにも嫌だったんで、自殺を考えた事もありました(笑)
        苦悩の日々でした…

 それは、体育の授業の 「バレーボール」…

 「何で?」 って思う人もいると思います。
 でも、今でもあのバレーの白いボールを見ると、体が拒絶反応を起こします(笑)
 まあ、人がやっている試合を見るのは、結構好きだったりするんですけど…

 どうしてもボールを返せないんですよ。
 レシーブもトスも全くダメです。サーブもできなかったし…
 何とか当てる事はできても、ボールがどこか、とんでもない方向へ飛んでいってしまう。
 それでいつも、授業の度に突き指をして保健室に行ってました。

 ボールが飛んでくると、体が緊張して固まっちゃうんですよ。
 元々小学生の頃から、ずっとボール恐怖症だから(笑)

 バレーボールができないのは、素質の問題だと思いましたね。
 どんなに練習しても(仲間に無理やり練習させられた)ダメなものはダメです。
 バレーボールが得意な人からしたら、「甘えてる」 って事になるのかも知れないけど…

 体育の授業の中で、チームを組んでリーグ戦をやらされるんですけど、相手チームはみんな僕のポジションを狙ってボールを打ち込んできますね。
 だから、一緒にチームを組んでるみんなから責められました。
 「お前がいたから、うちのチームが負けた」 って…

 返す言葉も立場も無かったし、本当に辛かったです。
 世界中から、バレーボールという競技が無くなってしまえばいいと思っていました。   ドラえもんの 「もしもボックス」 とかで…

 それにしても、当時はこんな話、こうやって話せる時が来るなんて思ってもいませんでした。
 ものすごく劣等感を持っていたんです。バレーボールに(笑)

 学校の体育の授業とあっては、そこから逃れる事もできないし…

 こうして大人になった今、自分の中のいろんなしがらみが解放されてみてわかった事…

 別にバレーボールなんて、ダメダメだっていいんじゃないって事。

 自分の人生は、自分の自由に選ぶ事ができる。
 当たり前の事なのに、つい忘れてしまうけど…

 人生には、今やっている仕事や役割が、自分に合っていないという事が多々あります。
 あの頃の僕のバレーボールのように、いつも上司に叱られたり、周りの人に責め立てられながら、肩身の狭い思いでやっているような事…

 真剣に取り組んでは見たけど、苦痛ばかりで何の情熱も感じられないような時は、思い切って別の道を探すべきです。

 自分の人生を自由に選ぶ事ができるのは、大人の特権です。      これ読んでる中高生の人は、もうちょっとの辛抱だよ(笑)

 辛いと思いながらも、我慢しながらそれに耐えるなんて、美徳でも何でもないし、そんな事をしていると、ますます自分に自信を無くしてしまいます。

 誰だって、人は得意分野を持っています。
 得意分野を活かしていけば、人は輝けるし、人生はどれだけでも有意義になります。

 ダメダメだっていいんじゃない…

 だって、それ以外の所に、本当の自分の売りがあるんだから。


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根性無しの小学生が変わった時

 小学生の時の事を思い出すと、親に心配ばかりかけていました。
 学校に行くのは嫌いでしたね。友達も少なかったし…

 いろんな意味で、普通の子とは違っていたんです。

 例えば、男の子がするような遊びができなかったです。
 ドッジボールなんかは、ボールをぶつけられるのが怖くて怖くて…
 間違っても、飛んできたボールをキャッチするなんて事はできませんでした。

 力も無かったです。
 だいたい腕相撲をしても、女の子に勝てなかったんですよ。

 掃除の時間、水の入ったバケツが持てなかったんです(笑)

 掃除当番になると、ほうき係、バケツ係、雑巾係の3つに分かれて、通常はその中で雑巾係が最も不人気なのですが、僕はそれよりもバケツ係の方がキツかったです。

 だって、持ちあがらないんですもん…
 いつも誰かに手伝ってもらっていました。

 夏休みなんて、ほとんど家の中で遊んでいました。みんな新学期が始まると、日に焼けて真っ黒になっているのに、僕一人だけいつも真っ白でした。
 外でみんなと遊ぶより、一人で本読んでいる方が好きだったんです。

 今よりももっと痩せてました。
 つけられたあだ名が、「ガリ」 「ひょろ」 「よぼ(お年寄りのイメージですね)」 「ガイコツ」 …(笑)
 いじめられていましたよ、やっぱり…

 あの頃は体が弱かった…、というより、今思えば根性そのものが無かったです。
 だから、「体が弱いから、体を鍛えよう…」 という発想にはならなかったんです。
 飽きっぽくて、何をやるにも嫌な事からいつも逃げてばかりいた…

 親には本当に心配掛けていました。

 授業の中で一番苦手だったのが、体育の授業…
 逆上がりはできないし、縄跳びも水泳もダメ…

 水泳なんて、顔を水にもつけられなかったんです。
 「なんで、そんな簡単な事もできないの?」 って言われても、なんかそのまま水飲みこんで死んじゃう気がして(笑)

 それで、小学校4年生の時の体育の先生が山本先生といって、とにかくおっかない先生だったんですよ。
 僕はどんな運動をやらせてもダメな上に、根性が無い事も見抜かれていたから、それはもう厳しくされました。
 今思えば、あれは先生の愛情なんですけど…

 いつだって体育の授業がある日は、何とか学校をズル休みできないものかと必死に思案していました(笑)
     何とかして、38度以上熱が出ないかなとか…

 そんな山本先生に、体育の授業で一回だけほめてもらった事があります。
 それは登り棒で競争して、タイムを競っていた時の事…
 5人づつ同時に登るんですけど、みんなはとっくに上まで登り切って、降りてきて終わっているのに、僕だけ腕の力が無くて全然登れなかったんです。
 登り棒の途中で止まっちゃって、そこから上によじ登っていく力が出ないんですね。
 いつもなら、さっさと棄権してしまうんですけど、その時はあきらめきれなくて、人の10倍ぐらいの時間を掛けて一番上まで登り切ったんです。
 みんな、ずっと僕が登り切るのを待っていました。
 えらく時間がかかっちゃったから、すっかり怒鳴られると思っていたら、
 「よく最後まで頑張ったな、えらいぞ…」って、みんなの前でほめてもらいました。

 今でもあんな昔の記憶をしっかり覚えているのは、僕にとって、あれはよほど印象が深かった事だからでしょうね。
 僕が今、昔のように何でも途中であきらめない様になったのは、あの時以来の事だと思います。

 人それぞれ、能力にはレベルがあります。その中で大事なのは、人と比べて結果は例え全然ダメでも、自分のできる限りの力を出し切る事…

 根性無しの小学生だった僕はあの時、生まれ変わったような気がします。


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「ありがとう」としか言いようがない…

 今日はポカポカ暖かくて、本当に気持ちの良い一日でした。
 「タロット講座~大アルカナ編~」 は、本日が最終講座…

 今まで、独立してから3回の講座をやりましたけど、毎回講座の最後の日って、いろんな思いがあふれます。
 こうして今、たくさんの方とのつながりができて、まるでそれが家族のつながりみたいに感じられます。

 だから、「ありがとう」 としか言いようがなくて…

 暖かくてやわらかい優しさに包まれて、こんなにも幸せというものを感じられる…

 僕は今までの人生、なんでこんな大切な事を気づかなかったんだろうって思います。
 今でこそ、やっと感じられるようになったけど…

 この世に生を受けてから、いつだって僕の味方になってくれた人はいたと思う…
 ところが、よく思い出せないんです。というか、その事にさえ気づけなかったというのが正しいです。
 心がいつも、つまらないものに囚われていたから…

 目先の損得や、過去の後悔、将来の不安、振り向いてくれない人や離れていく人達の事…
 あの頃は、自分で悩みを作り出して、知らず知らず人を寄せ付けない雰囲気を出していたと思います。

 それでも、僕の事を遠くから見守ってくれた人はいたはずなのに、それに気づかないままでした。
 本来なら、「ありがとう」 ってお礼を言わなきゃいけないのに…

 遠くからそっと見守ってくれた人もいたし、厳しく諭してくれた人もいたけど、ちっぽけな怒りや目の前の不安に囚われて、何も見えなくなっていました。

 やっとこの年になって、素直に 「ありがとう」 って言葉が出てきますね。
 やっと今になって、愛されているんだな… って実感できるようになりました。

 まったく、「ありがとう」 としか言いようがないです。

 今でも僕は、つまらない事に囚われて、それを時々忘れてしまうけど、何度でも思い出すようにします。

 だから、これからもどうぞよろしくお願いします。


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積み重ねたものは人生の宝物

 確定申告終わりました。   体の力抜けました(笑)

 それにしても今回は、領収書とか銀行の振り込みの控えというものの価値を思い知らされました。
    まさか募金まで免税の対象になるなんて思わなかった…

 ずっと、確定申告に追われていて、明日のタロット講座の準備が全くできていません(笑)   毎週の事ですが…

 いよいよ明日は最終日、朝方、修了証書とテキストの最後のページを作っていました。
 こうしてでき上がって見ると、全部で80ページ…
 自分で言うのもなんですが、このテキスト、結構いいんじゃないですか。
 いや、よくこんな立派なテキストができたと思います(笑)
      自分で言うと、イヤらしい…

 毎晩、講座の前日になる度こりないで徹夜して、その積み重ねででき上がりました。

 こうやってコツコツ積み重ねたものって、宝物です。
 この宝物は、どんなにお金を積み上げたって絶対に買えない…

 どんな事でも、一生懸命夢中になっていると楽しいです。
 まあ、確定申告はあんまり楽しくなかったですけど…

 実はついさっきまで、先週の講座で行ったタロットの試験の採点をやってました。
 なんと1名、満点取った人いました!

 あのテストの問題からして、よっぽど講座の細かい所まで聞いていないと、なかなか満点は取れません。
  引っかけ問題に引っかかります(笑)
 
 それに全員の人が、基礎問題はほとんど間違っていなかったし、なんだか本当に嬉しいです。
 こんな頼りない講師に、よくついて来てくれたと思いますね。

 僕はこの講師という仕事は大好きですけど、本当に立派な講師と言えるのかどうかというと、やっぱり自信はないです。
 時間配分も下手だし、話し方もそんなにうまくないし…

 ただ唯一自慢するとしたら、毎回全力で取り組んできたという事ぐらいですかね…

 人生で一番幸せな事って、僕は自分が楽しいって思える仕事につける事じゃないかと思います。
 もちろん、こればっかりは、すんなりとはいきません。

 僕もここまでいたる下積みの過程は、かなり長かったです。
 そんな時ひたすらに、目の前の事を必死でやっていました。

 でも人生というのは、そうやっていると、いきなりバーンと開けたりするみたいです。

 こうなってしまうと、毎日が楽しくてしょうがない…
 この快感は、やみつきになりますね(笑)

 また、新しい講座を始めたくなってきました。


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ピンチはチャンスであって、ドキドキして楽しい

 ついに… 確定申告終わりました。
 はい。お疲れさまでした、自分…(笑)

 今回は僕にとって、事業主として初めての確定申告でした。
 お世話になっている社長に、書類の書き方とかいろいろ教わったお陰で、何とかここまでたどり着きました。
 本当にありがとうございました。

 何とか期限ギリギリで、松戸税務署に書類を提出できました。
 ホッと一息つきながら、税務署の窓口に提出した所、
 「もう、国税のお支払いはお済みですか?」と聞かれて

 「えっ‥‥ それって今日までに払うのですか!?」

 まさか、算出した税額も3月15日までに納税しなきゃいけないなんて、知らなかったです(笑)

 そういえば、今まで国税というものを自分で手続きして払った事なかったです。だいたい、地方税と国税との区別も良くわかっていませんでした。

 今までずっと、地方税を払う事で自分で税金を払っているつもりでいたのですが…

 そっか… 国税は今まで僕の代わりに会社とかバイト先が払っていてくれたのですね。
 これまで勤めていた会社に、本当に感謝です。

 「あの… この金額、やっぱり今日中に払わないといけないですかね…」

 「多少遅れても、大して問題はないですが、法的には滞納という事になります」

 「えっ 滞納…」

 僕、この滞納って言葉に、訳もなく拒絶反応があるみたいです(笑)   融通がきかない石頭…

 すぐに銀行のキャッシュコーナーに行って現金を下ろして、その場で全額の国税を払ったのですが…
 自分の通帳の残高を見たら、思わず目が点になりました。

 我ながら、自分の計画性の無さにあきれましたね(笑)

 でも僕はピンチになると、なんだかワクワクするんですよ。
 ピンチになるほど燃えますね。   二重感情線だし

 少なくとも、パニックになったりしないです。
 パリに渡航した時なんて、この程度のピンチじゃなかったですから(笑)
(2/26ブログ 「あの日起こった奇跡」 参照)

 だから、今回もきっと何とかなる…
 じゃなくて、何とかする!   …ここ重要

 税金を納めた後、松戸駅の近くの定食屋 「松屋」 に寄りました。
 そしたら、たった一人の店員さんが10人くらいいるお客様を全部一人で対応していました。
 多分、一緒にシフトに入る人が風邪とかで急に来れなくなっちゃったんじゃないですかね。

 でも、対応は、それは見事なものでした。

 お肉を鉄板で焼きながら、お客様に水を出して、ご飯とみそ汁をよそおって、お弁当を買いにお使いにきた小さな子供の対応までしていました。
 まさに、あれは神技です。見ていて気持ち良くなりましたね。

 本当は大ピンチなのに、そんな事に動揺しないで、目の前の事に全意識を集中させていました。

 僕はこれだと思いました。
 ピンチでくじけちゃう人って、目の前の事にすぐ動揺したり、ぼやいたりするから、力が出せないんですよ。
 一番最悪なのは、「なんでこんなに辛い目に遭うんだ」 とか思ってしまう事です。
      その思考になると、ピンチから二度と抜け出せなくなる…

 そうではなくて、ピンチはチャンスです。
 だから、ドキドキして楽しい!
     本当にそうなんだってばよ~  By NARUTO(笑)

 今、どんなにきつくても大丈夫。
 やれるだけの事を精一杯、全力を出し切ってやっていれば、いつしか笑える日が来ますから…


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ホワイトデーは純和風文化

 今日は、ホワイトデーです。
 バレンタインデーでチョコレートをもらった男性が、女性に返礼をする日…
 誰が考えたんだか知りませんけど(笑)

 福岡の老舗のお菓子屋さんが、バレンタインデーのお返しに… という事で、白いマシュマロを売り出した事で、「ホワイトデー」 になりました。

 なぜ3月14日に決まったかというと、この日はローマ皇帝に逆らって、司教バレンタインが内緒で結婚させた兵士のカップル(2/14ブログ 「セント・バレンタイン・マジョリティー」参照)が改めて永遠の愛を誓い合った日だからです。

 ただし、ローマ帝国のあったヨーロッパでもアメリカでも、こういったホワイトデーの風習はありません。
 これは元祖、純和風日本文化です(笑)
 最近は、おとなりの台湾や韓国、それに中国の一部でもホワイトデーの風習が取り入れられているようですが…

 だいたい、ヨーロッパには 「お返し」 という習慣がないです。
 そもそも、社交辞令で物を贈るという習慣もないです。(だから、義理チョコというものも存在しません)

 パリに住んでいるマダムに、「これからお世話になりますアサノです。これはほんの気持ちですけど…」 なんて言って、菓子折りを渡そうものなら、びっくりされます。

 中に時限爆弾とか入っているんじゃないかと不安がられるかも知れません(笑)

 吉村葉子さんの 「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」(2012/10/8ブログ 「フランス式人生の楽しみ方」 参照) には、フランスの 「お返し」 というものについて、次のように書かれています。

 フランスには、「おかえし」 という習慣がない。お中元やお歳暮もないし、そもそも日ごろの感謝をこめてモノを贈るという習慣がない。いつもお世話になっているからとか、お付き合いがあるからという意味で、モノを贈ることはない。あるのは目的が明確になっているプレゼントだけ。

(中略)「おかえし」 という習慣がないのだから、たとえご近所や親友に手作りのお菓子やお惣菜を届けても、「おかえし」 はない。美味しいプリンを食べてもらいたくて持って行った容器や、雑誌に載っていた写真を再現してこしらえた、色とりどりのちらし寿司を入れたプラスチック容器は、空のまま、とても美味しかったというお礼の言葉と一緒に戻ってくる。わざわざ 「おかえし」 のために買ってくれた、イチゴがのっていることはない。

 こんなに喜んでくれるなら、ついでのときにまた作ってあげたいと思うような、フランス人の笑顔が恋しくもある。
 (吉村葉子 著 「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」より)


 その辺り、この 「ホワイト・デー」 と言うのは、いかにも真面目な日本人らしい文化だと思います。
 ある男性なんて、ホワイトデー一日の為に10万円以上のお菓子を買い込んだとか…

 頂いたものは、きちんとお返しをしなくては申し訳ない… という発想って、我々は当たり前だと思っていますけど、本当はそうでもないのかも知れません。
ホワイトデー
 ちらっと、ケーキ屋さんのホワイトデー売り場とか、のぞいてみたりして(笑)

 お返しをするしないに関わらず、最も大切なのは、「ありがとう」 という感謝の気持ち…

 立ち並ぶホワイトデーの商品を見て、そんな思いに駆られました。

 P.S.
 確定申告の提出の期限は明日3月15日です。
 まだ提出されてない自営業の方、忘れずに税務署に行きましょう(^^)

 それから、提出期限間際に部屋の中を探しまわったりしなくていいように、日頃からレシートや領収書などは、ひと所に保管しておきましょうね。       お前が言うなー(笑)


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世の中には不思議な事がいっぱいある…

 昨日のブログでは、肝臓を移植された人が、ドナー(提供者)の趣向や性格を受け継いでしまう事があるという話をしました。
 他にも、臓器移植をする事で、その人の特性だけでなく記憶まで乗り移ってしまったという話もあります。

 これは1988年にアメリカ・コネティカット州で心臓と肺の臓器移植をしたクレア・シルヴィアさんのお話…

 クレアさんは、それまでファーストフードの食べ物が大嫌いだったのに、手術を受けた後、やたらケンタッキーのチキンナゲットが食べたくなったり、今まで苦手としていたピーマンが好きになったりしました。

 また、自分でも、今まで物静かな性格だったのが、急に活動的になっているのに気づいたそうです。

 その後しばらくしてから、自分が移植手術を受けた日に起きた、バイクに乗っていた少年の死亡事故の記事を読んだ彼女は、不意にその少年がドナーではないかという思いに駆られ、その両親に接触しました。
 通常、患者にドナーの生い立ちなどの情報がもたらされる事は、ほとんどありません。

 彼女は接触した少年の両親から、息子が臓器の提供者である事、そして彼がチキンナゲットとピーマンが大好きな活発な高校生であった事を告げられたのでした。

 次の話は、1989年アメリカのミシガン州に住む未亡人グレンダさんのお話です。
 交通事故で夫を亡くしてしまったグレンダさんは、あるきっかけで、夫の心臓が移植されたスペイン人の青年カルロスさんと面会する事が叶いました。

 グレンダさんには、亡き夫との仲直りをする時、いつも交わす合言葉がありました。
 それは、「Copacetic(コパスティック)」 という言葉で、普通あまり使われる事がない 「申し分ない。順調な…」 というような意味の単語でした。

 面会の時、移植手術に成功した青年カルロスさんは、そっとグレンダさんの手を取って自分の心臓の上に置きました。

 その時、グレンダさんは思わず夫との合言葉である 「Copacetic」 という言葉を口にしてしまった…

 カルロスさんとそのお母さんは、それを聞いた途端、驚きで声も出ませんでした。
 それは、心臓の移植を受けてからというもの、カルロスさんは意味もわからないまま、何度も何度もその言葉を口にするようになっていたからです。
 (だいたい、元々カルロスさんはスペイン語しか話せないのにもかかわらず…)

 カルロスさんは、今まで菜食好きだったのに、移植手術を受けた後は、急に肉を食べたがったり、それまでは、音楽はヘビメタルしか聞かなかったのですが、どういう訳か1950年代のオールデイズに興味を持つようになったりしたそうです。

 せっかくだから、もう一つおまけにいきましょう(笑)

 これは医学誌にも掲載された、心臓移植をしたある8歳の少女のお話…
 この少女は、殺人事件に巻き込まれて亡くなった、ある10歳の子供から心臓を提供されていました。
 もちろん、少女がそんな事を知るよしもありません。

 心臓移植の後、少女はたびたび不気味な夢を見るようになりました。
 夢には毎回、見知らぬ男の顔がハッキリと表れたそうです。

 ある時少女は、その男の顔の似顔絵を描きました。

 その後、その少女の描いた似顔絵や夢の中の場所の特徴が手がかりとなって、子供を殺害した犯人は逮捕されたそうです。

 こう言った話をリサーチしてみて、僕も本当に考えさせられました。

 こういう話を聞いても、そんな事は作り話だ… とか、単なる偶然だ… とか言って、片づけてしまう人も多いと思います。
 一般的に、人間の思考というのは、脳細胞の信号の送受信で決まるとされていますから…

 でも、「脳が思考を決めているんだ」 と、断固主張をしている人は、一体何を根拠にして、そう言っているのだろうと、疑問に思います。

 確かに人間は脳というものを持っていますが、別の場所にある心というものの状態が、たまたまその部分に映し出されているだけの事かも知れない…
 「脳というものが全てを決定しているんだ」、と決めるのは、ちょっと早計だと思う…

 僕が思うに、人の心とか精神というものは、体全体に宿っている気がするんです。
 だから、内臓という一つ一つのパーツに多少の記憶や性格や趣向が残っていても、そんなに不思議ではない…

 世の中には不思議な事がいっぱいありますけど、それは我々の固定概念というものが、それを不思議な事だと、ただ思わせているだけかも知れません。

 人間の心というものは、きっと、永遠に存在し続けるように思います。      きっと、動物も…

 それでもって、そういう心という存在は、エネルギーの世界で、まるで水のようにグルグル混ざり合ったりするように思うんです。
 生まれ変わり、死に変わりしたり、このような臓器移植がきっかけになったりして…

 心理学者のパイオニアであるカール・G・ユングは、「世界中の人の意識は、普遍的無意識というもので一つにつながっている」 と考えました。
 これには、反対意見もあるし、少なくとも、学術的には、オカルト扱いされてしまう事も多いのですが、僕はありえない話ではないと思います。

 そして、このユングの説を突き詰めた時、自分の事ばっかり考えて、個人主義に生きる事は、非常に愚かな事なのかも知れないと、ふと、気づかされたりもします。


 P.S.
 昨夜は、
東京カルチャーカルチャーの、「酒場のおんな」 (本文社)出版記念パーティー・トークショーに出席しました。
 題名からして、演歌の抒情詩の本のように思われそうですが、これは酒場での粋な女性の一コマが連ねられた、昭和の懐かしさを思わせるような写真集エッセイ!

 進行役のテリー植田さんの軽快な司会で、著者の如月さんをはじめ出版関係者の方々と、「割るならハイサワー」でおなじみの博水社・田中秀子社長が織りなす素敵なトークショーでした。

   トークショー

 皆さん本当にお優しい方ばかりでした…

 直接、田中社長ともお話しできる機会があって、動物愛護の大切なお話をうかがえました。
 この話題はまた後日、日を改めてブログにしたいと思います。


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レバーの話

 今日は、お世話になっている社長から、夜からお台場の出版記念トークショーに誘われていて、いつもよりさらに時間に追われています。    最近いつも走りまわってます…

 美味しいお食事やお酒を飲みながら、盛大に行うパーティーという事で、講座で使わせていただいている悠庵の鑑定師もそこで鑑定するとの事…

 とはいえ残念ながら、確定申告の期限に追われている身の上、思いっきり羽目を外せそうにはありません(笑)

 ここの所、いつもちゃんと自炊をしていたのですが、今日は夕方までに全ての仕事を終わらせなければいけないので、近くのスーパー 「つるかめ」 で、レバニラ炒め弁当を買って食べる事にしました。

 これ、大ヒットでした!
 一切れ一切れのレバーが分厚くて、究極の味わいです。
 とても398円のパック弁当とは思えません(笑)

 レバーと言えば、肝臓の事ですが、肝臓にまつわる事で不思議な話があります。

 それは、肝臓の臓器移植を受けた人が、どういう訳かドナー(提供者)の趣向や好みが移ってしまうという事です。
 こういう例は、少なくとも移植手術を受けた一割以上の人にあるようです。

 例えば、フランスに行って、肝臓の臓器移植を受けたある日本人の男性は、それまでお酒が一滴も飲めなかったのに、移植手術を受けて帰ってくると、ワインが好物になっていて、大の酒豪になってしまったそうです。

 まあ、これくらいなら常識でも説明がつきます。
 肝臓が丈夫になったら、お酒だって強くなりますから(笑)

 これはクロアチア東部のスチュパン・リザリクさんという、木こりをしていた男性のお話です。

 スチュパンさんは、大酒のみで、家事をする事が大嫌いという人だったのですが、ある女性から肝臓移植を受けてからというもの、何故だかわからないけれど、お皿洗いや編み物やアイロン掛け、おまけにタンスの整理なんかが大好きになっちゃったんです。

 今では家事のほとんどをやるようになってしまって、奥様はたいそう喜んでいるようとか…

 その人の考え方とか趣向というのは、よく脳ミソが決めているように思われやすいですが、必ずしもそうとは言い切れないみたいです。

 これもよく聞く話ですが、赤ちゃんがお腹に宿った母親は、その時だけ食べ物の趣向が変わってしまうと言います。

 お腹の中にいる赤ちゃんの食べ物の好みが反映されるんですね。

 頭の中で常識というものに囚われると、にわかに信じがたい話ですが、世の中には不思議な事がいっぱいです。

 美味しいレバニラのお弁当を食べながら、ふとそんな思いにふけりました。
     生レバーは危険だから、食べるのはやめましょう(笑)


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時に人は無力で、時に人は無限の力を秘める

 僕はどういう運命の巡りあわせか、占い師という仕事について、不遜にもお客様にアドバイスをさせて頂いたり、こんな生意気なブログを書き連ねたりしています。

 時々、こういったありきたりな人の言葉なんて、本当に無力なものだと感じる事があります。

 人生には、筆舌に尽くせないような悲しみとか絶望というものがあって、それにぶつかった時には、いっその事死んでしまった方がどんなに楽だと感じる事もあるでしょう。

 ちょうど二年前の今日、この国で起きた大災害に被災された方々の心に残った傷は、こんなありきたりな言葉や、わずかなお金では、決して癒えるものではありません。

 この人類の歴史というものが始まって、地球上でこんな事が何度も何度も繰り返されている…
 天災や人災、もちろんもっと日常的な心に突き刺さった数々の傷に関しても…

 現実的な問題なら、お金で解決できる事もあるかも知れません。
 でも、こと心の傷に関して言えば、人はとても無力なものです。

 僕は、たかが自分の力だけで、他人の心を苦しみから完全に解放してやるんだ… なんて考える人は、少し傲慢なんじゃないかって思うんです。

 もちろん、その手助けというものはできるけど、結局最終的その人が苦しみから解放されるかどうかは、その人自身の決意や、もっと深い 「何か」 が関わっていると思うんですね。
 その 「何か」 というのが何なのかは、僕にもよくわかりません。     説明しようとしたら、嘘になる気がする…

 だから、僕は誰かを苦しみから連れ出してあげたいと思ったら、そうですね… とりあえず祈ってみます。
 別に何に祈るって言う訳でもないし、宗教なんか信じていませんけど…   あえていえば哲学

 でも、そういう気持ちで鑑定させて頂いたり、人に接したりしていると、時々自分じゃないような力が発揮できる気がするんです。
 気がするだけで、本当にどうなのかは疑わしいですけど…

 というか、そのくらいしか他に思いつかないんですよ(笑)

 時に人は無力で、時に人は無限の力を秘める…

 人間って誰でも、何かの大きな力につながっている気がするから…

 東日本大震災が起きて二年が過ぎます。
 僕自身は、ただのカヤの外にいる無力な人間です。

 でもいつか、人々の過去の悲しみや絶望の傷が癒えて、元気を取り戻せるその日がくる事を、ずっと祈り続けるつもりです。


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過去の出来事は全てまぼろし

 外もすっかり暖かくなって、厚手のジャンパーを着なくても過ごせるようになりました。

 今、僕は時間というものの有難みを、ほとほと感じています。

 時間というものは、無限の可能性を秘めた宝物です。
 時間さえあれば、どんな夢であっても、だいたいは叶うと思う…
 もし資金というものが無くても、住み込みでバイトをしてお金を稼いで、資金を貯めればいいのですし…

 でも、僕もずい分前には、時間はたっぷりとあるのに、何もやる気が起きない… という経験もした事があります。

 何で、やる気が起きないかというと、過去の嫌な思い出がフラッシュバックしたりして、心が萎えてしまうんです。
 それで、自分がすごく惨めに思えて、布団から起き上がれなかった経験もあります。

 そんな時、ものすごく時間は余って退屈なのに、努力しようって気持ちになれないんですね。

 過去のトラウマや得体の知れないモヤモヤが出てきて、胸が苦しくって体の調子も悪い…

 小学校の頃、友達にいじめられたとか、バイト先でひどい事を言われたとか… そういう事を不意に思いだして、心が滅入ってしまった状態。

 今でも僕、時々ありますよ(笑)

 でも、昔と違ってすぐに気持ちを切り替えられるようになりました。

 僕、全ての過去の出来事には、まったく実体が無いという事に気づいたんです。
 全て単なるまぼろしに過ぎないんですね。

 だいたい、この人生だって、たかだか100年ぐらいのまぼろしなんですし…    飛躍しすぎ(笑)

 でも、この人生の未来のまぼろしは、具現化して現実にする事ができます。
 ところが、過去の出来事というのは、もう二度と現実となる事が無い永遠のまぼろしです。
 例えそれが、屈辱の出来事であっても、栄光の出来事であっても…

 とはいえ、過去の出来事の苦しみから抜け出せない時には、僕のこんな言葉は、調子の良い口先だけのなぐさめかも知れません。

 今はそれでも大丈夫です。
 ある程度幸せになったら、本当にその事に気づけますから…

 過去の出来事は全てまぼろし…

 まぼろしを消し去って、生まれ変わった時、そこから貴方の新しい希望に満ちた人生が始まります。
 


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誰もが知らず知らずに迷惑を掛けている

 今日は暖かくて、本当に気持ちいいです。

 ここだけで告白します。
 僕は、人との協調性がありません(笑)

 まあ… それがわかっているから、少しでも欠点が出ないように頑張っているのですが…

 基本、一匹狼タイプなんですね。
 何でも一人でやった方が気が楽だし、人に迷惑を掛けるのも、迷惑を掛けられるのも嫌だという…

 ところが最近になってやっと、それは間違いだって気づきました。
 本当に自分は人に迷惑を掛けていないかというと、ただ迷惑を掛けていないつもりになっていたんじゃないかと、気づいたんです。

 だいたいこの世に生まれて、人に迷惑を掛けないでいられる訳もないんですね。
 道を歩いている時に、後ろの人の通せんぼをしているかも知れないし、要領を得ない話をして誰かの時間を無駄に使わせているかも知れない…

 そうやって、知らず知らず迷惑を掛けていたり、お世話になっていたりしているのに、自分一人で生きているような気になっていただけなんだなって、気がつきました。

 そして、それで良しとするべきだと…

 人は誰もが知らず知らずに迷惑を掛けているけれど、その分周りの人に、無理のない範囲で、自分のできる事をしてあげられればいいんじゃないかと思いました。

 もちろん、これは、何でもかんでも人の力をあてにしようという意味ではなくて、迷惑を掛けていないつもりでも迷惑を掛けているのだから、なるべくそれは最小限度にとどめるに越した事はないですけど…

 でも、こうやって考えると、気持ちが楽になります。

 自分という存在も、周りの人の存在も、地球という存在も、実は暖かい春風でつながっていて本当は一つなのかもしれない…

 もちろん、それを実感できるほど僕は悟りきった訳ではありませんが(笑)

 人の人生はいろいろな葛藤があって、みんなそれと戦いながら生きている…
 いつかそれを乗り越えて、笑える日が来るのを信じて…

 だから、無理はしないで一歩ずつ、前に進んでいけたらいいんじゃないかと思いました。


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早春の風の中で

 今日は税務署に、確定申告の書類を取りに言ってきました。

 お世話になっている社長から、個人事業主の確定申告の必要書類を教えて頂いたお陰で、何とか頑張れそうです。
    部屋中に散らばったレシート何とかしなきゃ(笑)

 ありがたくも今、忙しく時間に追われていて、こんな税務署行っている暇があったら、少しでも遅れている原稿を書きたい… なんて言ってはいけませんね(笑)

 だって、我々の税金でこの国は成り立っているし、この国のお陰で我々は安心して暮らしていけるんだから…   反省

税務署 松戸が最寄り駅の松戸税務署は、家から新京成線に乗って4駅、駅から5分くらい歩いた場所です。

 ここで頂いた必要書類を15日までに仕上げなくては…

 それにしても、今日はかなり春っぽくて暖かいです。

 去年の今頃は、パリの街を歩いていました。
       去年の今日は、モンパルナスのあたりフラフラ歩いていた…

 時間に追われていると、つい忘れてしまうけど、こうやって時々周りの景色や風を感じてみるって、すごく大切だと思いました。    特に 「直感タイプ」 は…(笑)

お地蔵さん
 駅へ帰る途中で、お地蔵さんを見つけました。

 100円お賽銭に入れて、拝んでみました。

   ちい散歩の地井さんみたい…

 うららかな早春の風に包まれた帰り道…


 あわただしく、いつも目標とか夢とかに追われているのもいいけど、たまにはこうやって優しい風の中で、何も考えない時間を過ごしてみるのもいいかも知れません。


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あまのじゃくは恋愛で損をする

 ここの所、本当忙しくて、恋愛なんて全然もう忘れかけているんですけど…
 そうですね。もう ずい分遠い昔、そんな経験もあったような気もする(笑)

 恋愛を続かせるのって、何気に根気がいるものです。
 でも、恋愛をうまく行かせようと思ったら、面倒がっていてはダメですね。

 やっぱり、お互いに相手を思いやり続ける相乗効果で、恋愛はうまく行くと思います。    …お前が語るな(笑)

 僕が良く知っている、ある夫婦のご主人は、
 「妻は、僕の事を本気で思ってくれているから、僕はそれ以上にもっと妻を大切にしたいと思う」
と語ってくれました。

 やっぱり、これだと思うんですね。
 愛のキャッチボール…

 ところが、どちらかが面倒がってボールを返さなくなったら、終わってしまいます。
 いくらもう一方が、愛情のボールを送り続けても成立しない…
 やがて、ほんのちょっとした事がきっかけで、お互い気まづい雰囲気になっていきますね。

 だけど、面倒がらずに、愛のキャッチボールさえ続けさえいれば、大丈夫です。
 二人の前に、多少の厄介事があっても、それによって二人の絆はもっとかたく結ばれて行きます。

 人間だから、何かやらかしちゃう事もあるし、不意に相手からプライドを傷つけられる事もある…
 そんな時は我慢しないで、自分の気持ちを相手にちゃんと伝えたらいいです。

 ただし、それは決して自分の感情を満足させるのが目的じゃなくて、二人のキャッチボールを続けたいから… という目的であってほしいんですね。
 別にわざわざ、それを説明する必要はないけど…
     むしろ説明しない方がいい

 愛情を出し続けながら、相手にわかってほしい気持ちを伝えれば、ちゃんと通じます。
 そういう気持ちって、言葉じりとか語調とかに自然と出てきますから…

 愛情のボールは、例え取りこぼしても、間違って糞ボールを投げても、キャッチボールは続けられます。
 ボールが遠くに飛んでいっちゃったら、二人で取りに行けばいい…

 もちろん相手から、「もうお前とのキャッチボールはご免だ」 って、言われる事もあるかも知れません。

 万一そうなった時、素直にあきらめる覚悟はあらかじめ持っておいた方がいいです。
 そうなった時には、それが相手の人への一番の愛なのだから…

 だからこそ、人生のパートナー選びは大切です。
 相手がそのキャッチボールを、ちゃんと続ける気がある人じゃないといけません。
 逆に言えば、それ以外の部分なんて、そんなに重要じゃないです(笑)

 もうすでに結婚をして、パートナーが決まってしまっているという人は、お互いがキャッチボールをやっていこうって同意するだけで、全てうまく行きます。
 そこそこ相手の事を知りつくしているだけに、こっちの方が有利ですね。

 恋愛で一番損をしているのは、「あまのじゃく」 さんです。
 いつも自分に興味を持ってくれない人ばっかり好きになる人…

 それでいて、相手から、「好きだ」 って言われたら、ウザく感じてしまって、今まで好きだったのが、もうどうでも良くなっちゃう…

 ちなみに、「ツンデレ」 さんと 「あまのじゃく」 さんは、似ているけど違います(笑)
 ツンデレさんは、自己表現が下手なだけで、本当は相手の事が好きなのです。

 どちらにしても、自分の事を好きになってくれる人が相手でなければ、愛のキャッチボールは成立しません。

 今よりももっと恋愛を楽しみたかったら、恋をする事に夢中になるのもいいですけど、愛を与える事を今以上に意識したてみたらいいです。

 その先に未来につながる素晴らしい恋愛が待っているから…

 恋愛にあまのじゃくにならないで、素直に自分を愛してくれる人を見つめた時、きっと貴方には素晴らしい将来が待っているはずです。


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不得意分野には、運命を開く鍵がある

 今日は、いつもより日差しが暖かくて過ごしやすいです。
 なんか、とっても幸せな気分…

 昨日は、カール・ユングの4つのタイプ論(直観・感覚・思考・感情)について書きました。
  このブログは、「直観タイプ」 の管理者によって、思いつきで暴走します(笑)

 他にも、ユングの人間分類学には、タイプ論と 「外向型」「内向型」 というのがあります。
 外向的な人とか、内向的な人とか、よく一般的な言葉としても使われたりしますが、これ、元々はユングが提唱した概念です。

 直観・感覚・思考・感情の4つのタイプを、さらに 「内向型」 と 「外向型」 の2つに分けて、性格を8タイプに分類したりする事もあります。

 よく、外向的な人(外向型)は、明るくて強引な性格、内向的な人(内向型)は、暗くて気が弱い… というような意味に捉えがちですが、ユングが規定した 「外向型」「内向型」 という定義は、厳密にいうと少しだけ違うんですね。

 外向型というのは、自分の外側(外界)に心が向かうタイプという意味です。
 周囲の人とうまく打ち解け、人の意見をよく聞き入れ、それに左右されやすい(つまり強引とは言えない)、反面、トラブルに弱く、ちょっとした事でもダメージを受けます。

 内向型というのは、自分の内側(心)に心が向かうタイプという意味で、人と打ち解ける事は苦手です。
 でも、一度こうだと思い込むと、多少の事が起こっても決してくじけません。基本、周囲の意見に影響される事なく、何でも自分で決めます。

 どんな人でも、外向的要素と内向的要素を心に合わせ持っているんじゃないかって思います。
 そして、陰が極まれば陽になるように、外向型と内向型は循環しているような気がする…

 僕は多分、人から見たら 「外向型」 に見えるでしょうけど、子供の頃や若い頃は明らかに 「内向型」 でしたし…


 話をもう一度、昨日のブログに書いた4つのタイプ論の話に戻しましょう。

 人には誰もが 「劣等機能」 という不得意分野を持っていて、通常この機能は心の裏側に埋もれています。
 これを使いこなそうとしたって無理があるし、大して意味がありません。

 でも、実はこの不得意分野の中に、運命を開く鍵があったりします。
 この 「劣等機能」 を用いて、物事を知覚してみる事によって、普段感じる事ができなかった事を感じられるかも知れない…

 もちろん、この機能を、人並みのレベルまで持っていこうなんてする必要はありません。
 それ、「劣等機能」 なんですから(笑)

 例えば、僕の劣等機能は 「感覚」 なんですけど、僕と違ってこの機能が発達している人は、周囲の状況を察知する事がすごく得意なんですよ。センスもよくて、オシャレな人が多いです。

 僕のように、この部分が劣等機能だと、周りの出来事にすごく鈍感なんですね。つまり、周囲の状況からの刺激が心に届かない。
 これは逆に言うと、何かの拍子で、その滅多に入ってこない 「周囲の状況からの刺激」 というメッセージが心の中に入ってきた時、大きく人生観が変わってしまうかも知れないという事です。

 僕の場合は、それがパリだったんです。
 パリの街に出会えたのは、あまりにも強烈な出来事で、僕は 「感覚」 が劣等機能であるにもかかわらず、それを心で感じる事ができました。
 パリの風が、「感覚」 というものに鈍感で、ふさぎ込んでいた僕の心の中にまで吹き込んでくれたんです。

 その瞬間、いろいろなものを感じられるようになりました。 
 普段感じた事が無かった、何気なくて当たり前のものの素晴らしさというか、愛しさというか…
 その途端、おだやかな光に包まれたような、何とも言えない気持ちになりました。
 (2012/3/15ブログ 「この瞬間の光の中で」 参照)

 劣等機能には、運命を開く鍵という宝物が眠っている事があります。
 探すのは少し大変ですけど…

 それを見つける方法の一つとして、自分と逆のタイプの人とつき合ってみるというのも良いと思います。
 「直観タイプ」 は 「感覚タイプ」 とつきあってみる。
 「思考タイプ」 は 「感情タイプ」 とつきあってみる。

 価値観は水と油なんですけど、お互いの欠点を責めたりしないで、お互いの良い所を取り入れようとしたらいいです。
 社会で成功している人には、必ずと言っていいほど、その人の足りない部分を補ってくれているパートナーがいます。

 不得意分野には、運命を開く鍵がある…

 そこに眠っている宝物を見つけ出せた時、今までに見た事が無いような、感動に満ちあふれた人生が始まるはずです。


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誰だって不得意分野はある

 人間は誰でも、得意分野もあれば苦手な分野もあります。
 みんな、得意分野で勝負すればいいと思います。
 わざわざ苦手な分野を改善する事にやっきになって取り組むのは、時間のムダです。
 ドラッカーだってそう言ってますし…
(2012/8/31ブログ 「自分の才能は、意外と自分では分からない」 参照)

 もちろん、苦手分野に取り組む事が全く意味が無いという訳ではありません。
 でも、そこだけに意識を集中させて、
 「オレはやっぱりダメなやつなんだ…」
なんて嘆くのは愚かです。
 どんな人にだって、不得意な分野はあるんですから…

 心理学のパイオニア・カール・G・ユングは、人の行動パターンに影響を与える心の要素を4つの機能に分けて考えました。
 これを 「タイプ論」 と言います。

 ユングは、人の心には、「直観」 「感覚」 「思考」 「感情」 の4つの心の機能があるとし、その中でその人が行動を決定するのに一番主要な心の機能を 「優越機能」 と呼びました。

 そして、二番目と三番目の要素を 「補助機能」 と呼び、四番目すなわち一番不得意な要素を 「劣等機能」 と呼んだのです。

 そうです…
 この 「劣等機能」 こそが、その人の不得意分野の心の機能です(笑)

 この内、「直観」 と 「感覚」 、「思考」 と 「感情」 というのは、お互いに対になっていて、どちらかが 「優越機能」 なら、対になっている もう片方は必ず 「劣等機能」 となります。
 そして、残った2つの機能が、「補助機能」 という訳です。

 4つの機能のそれぞれのタイプを簡単に説明すると、次の通りです。

 「直観タイプ」
 思いつきやひらめきを大切にして行動するタイプ。
 細かい分析をしないで、未来に対する直感に従って、何となく判断するのが特徴です。

 「感覚タイプ」
 周りの様子を五感でキャッチして、その感覚を重視するタイプ。
 状況に合わせた素早い行動ができ、快とか不快とかいうのが判断基準となります。

 「思考タイプ」
 物事を論理的に筋道を立てて考えていくタイプ。
 合理性を重視し、実現可能な選択肢で最善の方法は何かという事が判断基準です。

 「感情タイプ」
 人の気持ちや情を大切に考えるタイプです。
 損得ではなく好き嫌いが優先され、お互いの気持ちや居心地の良さを重視します。


 この中で、自分がいつも従っている心の機能はどれであるかを、想像してみてください。それが貴方の 「優越機能」 (タイプ)です。
 「優越機能」 が見つけにくい人は、「劣等機能」 から先に見つけると良いでしょう。一番苦手分野の心の働きである 「劣等機能」 の対になっているのが、必ず 「優越機能」になりますから…

 僕の場合は、優越機能は 「直観」 、つまり 「直観タイプ」 です。

 常に僕の行動パターンは、ひらめきで 「何となく」 という感じです(笑)
 まがりなりとも優越機能ですから、その 「何となく」 選んだ選択は、案外いつも的を射たりしています。(直観タイプが必ずしも、直感が鋭いとは限りませんが…)

 それで、「直観」 が優越機能の人は、自動的に劣等機能は 「感覚」 となります。
 本当、僕は感覚というものに関しては鈍いんですよ。つまり、一言で言うと鈍感…

 顔見知りと道ですれ違っても、なかなか気づけないですし、タロット講座をやっていた時も、地震で揺れているのに、人から言われるまで気づけませんでした。

 ひどい時には、水漏れがあって足元がビショビショになっているのに、その事にさえ気づかなかった事があります(笑)

 まあ、長嶋茂雄さんなんて、帽子をかぶっていながら、
 「僕の帽子を知らない?」
って必死になって帽子を探していたそうですから、それよりはマシですかね(笑)      きっと、長嶋さんも直観タイプだ…

 人は誰でも4つの機能のうちの 「優越機能」 のみを使い続ける傾向があるのですが、そのスタイルだとどうしても限界があるし、視野が狭くなりやすい…
 ユングが提唱するのは、優越機能だけではなく、2つの補助機能をうまく活用する事によって、自分の可能性を引き出すというものです。

 例えば僕の場合なら、残った2つの補助機能 つまり 「思考」 と 「感情」 をうまく活用するという訳です。

 とはいえ、「劣等機能」 というものだけは、そう簡単には使いこなせません。
 だって、「優越機能」 の裏側ですから…

 ユング派心理学者のフォン・フランツは次のように著書で語っています。

 劣等機能を意識化する事は不可能である。とんでもなく費用がかかるし、たくさんの時間がかかる。それは私たちが劣等機能によって行動しようとすれば、どうしてもうまく機能する事ができないからである。
 一生にわたって全ての日曜日と、全ての午後をささげなければならなくなり、それでいて何も得られる所が無い。
 ただ、生活の中に劣等機能が入り込むだけである。

(フォン・フランツ 著 「The Problem of the Puer Aeternus」より抜粋)


 だから、劣等機能の分野を誰かに指摘されたからと言って、落ち込む必要なんてありません。
 「自分はこの分野は苦手なんだ」 と思っておけばいいです。

 あと、誰かを軽率に、「こんな簡単な事もできないの」 って非難するのも良くありません。
 その人は、貴方と属性タイプが違うんですから…

 誰だって、不得意分野というのはあります。

 人は得意分野で勝負していったらいいです。
 それでこそ、可能性がフルに開けるというものです。

 そしてその先に、きっと素晴らしい成功の道筋があるはずです。


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ゴールさえあれば、人生は楽しい

 相変わらず僕は、時間に追われる生活が続いています。
 何かいつも、そんな事ばっかり書いている気もしますが(笑)

 「よくそんな生活を続けているよな…」 なんて思われそうですが、僕にとって、この状態はそんなに精神的負担はないんですね。
 というか、むしろ楽しいです。

 それは、この生活が別に永遠に続くと思っていないから…

 今、僕が時間を裂かれている仕事の一つは、毎週日曜日に行う 「タロット講座」 のテキスト作りです。
 今日も朝から、テキスト作りの為に本を読んだり、資料をスキャンしたりをしていました。

 本来だったら、テキストを全部完成させてから、講座を始めるべきだとは思うんですが、このボリュームのテキストを一人で一気に作ろうとしても、やっぱり気持ちが滅入ってしまうと思うんです。
 例えどんなに好きな仕事であったとしても…

 結局の所は、取りあえず薄っぺらなテキストを作って講座を始めるか、いつまでたってもテキストの準備ができないまま、講座が半永久的に延期されるかのどちらかになる気がします。
 少なくとも僕の場合には…

 でもこうやって、毎週の講座の進行に合わせてタロットカードを3枚分ずつ作っていくのなら、気持ちが滅入る事もないし、それなりに手間を掛ける事だってできます。

 新しい知識を仕入れる為に図書館に行って本を読んだりとか、そういう努力もできる…
 こういう事が、後々大きな武器になるんじゃないかって、僕は感じるんです。

 それに、テキストは一回作っておけば、後は毎回使えます。
 つまり、僕がこれから 「タロット講座」 や 「四柱推命講座」 を繰り返す際には、もうこういう手間は一切かからない…

 これがわかっているから、僕は今のこの忙しさが全然苦にならないんですね。

 たどり着きたいゴールがあるから、仕事だって楽しい…

 同じ仕事でも、自分で何の役に立つのかわからない仕事を、誰かからやらされている場合には、本当に苦痛でしかありません。
 僕は仕事とプライベートをゴチャゴチャにしてしまうタイプの人間だから、そういう仕事は本当に向いていないと実感しました。

 ゴールというものも存在せず、忙しい状態が永久に続くような仕事は、仕事とプライベートをきちんと分けて、ちゃんと自分の時間を確保しておかないと、病気になります。

 僕が今のこの忙しい生活が楽しいって思える理由のもう一つは、たくさんの事が学べるという事…

 このブログを毎日書くのも、いつしか一年以上続いていますが、毎回記事を書くにあたって、いろんな事を調べまくっています。
 だって、いい加減な事を書いて、後から間違っている事がわかったら恥ずかしいですもん。
      そんな時には、こっそり訂正しますけど(笑)

 昨日のブログには、映画の 「ジョーズ」 の事を書いたのですが、タロット講座の受講生でもあるNさんから、メールでいろんな事を教えて頂きました。

 何でも、サメは基本的には人間を主食にしているような種類はいないらしいです。
 あと、あの 「ジョーズ」 のテーマミュージックなんですけど、監督のスピルバーグが心理学者とかの意見を聞きながら、あの恐怖を誘うテーマ曲にしたとの事…

 Nさんがおっしゃるには、人間は低音と高音にはめっぽう弱い(ガラスを爪でひっかくような音とかに弱いように…)そうです。
 そこで、まずゆったりとした短2度の不協和音の低音で注意を引きつけておいて、音量とテンポを上げていったり、急に高音を入れたりして怖がらせる… という訳なんですね。
   どうりであの曲きくと心臓に悪いと思った(笑)

 Nさん、貴重な情報ありがとうございました。

 それにしても、こういう知識に触れるのは、本当に楽しいです。
 これも、この世に生を受けてるからこその特権ですね。

 ゴールさえあれば、人生は楽しい…

 途中で道草を食いながらでも構わないから、やがてたどり着くその場所を思い浮かべて、はりきって進んでいこうではありませんか。


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怖いお話

 ちまたでは 「ひな祭り」 …そんな事も忘れてしまうくらい、忙しく時間だけが過ぎていきます。
 「タロット講座~大アルカナ編~」 は6日目… 早いもので残す所あと2回です。
 今日の講座では、僕の持っているたくさんのタロット・コレクションをご紹介しました。

 タロットカードには、本当にいろいろな種類があって、面白がって集めている内にかなりの数になってしまいました。

 中には、絵柄がおっかなくて残虐な物もあります。

 僕の持っている 「ゴシック・タロット」 というパックは、興味本位で買ったんですけど、絵が怖くて結局一回も実践の鑑定では使っていません。  多分、お客様が怖がります(笑)

 特に 「死神」 とか、「悪魔」 とか、「剣の10」 とか…
 中でも 「剣の10」 は極めつけですね。リアルな骸骨の骨の間に10本の剣が刺さってます…

 ホラー映画とか、お化け屋敷なんかでも、そういうのって刺激的ですけど、あんまり精神状態には良い影響を及ぼさないですね。
 超激辛カレーが胃に悪いのと同じです(笑)

 パリに行った時、ステファンさんがカタコンブという共同墓地に観光するのを勧めてくれたんですけど、結局勇気が無くて行きませんでした。
 (2012/3/21ブログ 「パリの休日」 参照)

 幼い子供の頃、父親と一緒によくテレビでロードショーを見ていました。
 今でも記憶にあるんですけど、昔のホラー映画の代表作に 「ジョーズ」 という人食いザメの映画があるんです。

 その中のシーンに、ヘリコプターのはしごにつかまって救出されかかっている人に、ジョーズが飛びかかって両足を食べちゃうシーンがあったんです。

 まだ小学生の頃にそのシーンを見た記憶が、鮮烈に残っています。
 その時に父親から、
 「アメリカ人というのは、金をもらって、映画の撮影の為に自分の足を麻酔をかけて切るぐらい平気でする」
とか、何の根拠もない事を聞かされて、映画の世界はなんて野蛮なんだ… と思い込んでいました。

 今考えれば、良く出来た特撮に引っ掛かっただけなんですけどね。

 かなり大きくなるまで、映画を作る人というのは、リアルな映画を作る為にお金で人間の足を買い取る野蛮な人達だと思い込んでいました。

 余談ですけど、若い頃にしていた派遣の会社のバイト仲間に、その会社から掛かってくる電話の着信音を 「ジョーズ」 のテーマ曲にしている人がいました。
      こんなやつ…

 よっぽど、そこの会社の人からの電話が怖かったんだと思うんですが、これはいけません。
 だって、これじゃあ本当に怖いじゃないですか(笑)


 恐怖の感情って、あんまり健康的なものじゃないけど、うまい利用の仕方によっては、自分を追い詰めて目的を果たさせる武器にもなります。
 例えば、これをいつまでにやれなかったら、腕立て伏せを千回やるとか、自分で決めてしまう…

 人は追いこまれると、とんでもない力を発揮するものです。

 でも、多用するのは考えものです。
 努力というのは、本来楽しんでするはずのものだから…

 僕たちは生まれた時代が違ったら、人食いザメや、天災や戦争を相手に、命のやり取りをしていたかも知れません。

 今こうやって平和な世界に暮らしている事が当たり前に感じてしまいますけど、こういう身近な幸せに対する感謝を決して忘れないようにしたいです。


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かけがえのない縁に導かれて

 パリから帰ってきて、本当にたくさんの人の縁に巡り合いました。

 たった一人パリに旅立ったつもりが、たくさんの方から励ましのメールを頂いて、はるか彼方の異国の地でも寂しさを感じませんでした。

 日本に帰ってくると、温かい人達が僕を待っていて下さっていて、声を掛けて頂いたり、鑑定や講座を申し込んで頂いたり…

 中には初めて僕の事を知って、鑑定を申し込んでくださる人もいらっしゃるし、はるばる遠くからわざわざ千葉までお越しになって下さった方もいた…

 なんか… 今こうやって出会わせて頂いているお客様とは、本当に深い縁を感じます。
 きっと、前世とかでもお世話になっていたんじゃないかな… って思わずにはいられません。

 独立した今の僕には、何も後ろだても無いし、力だってない…
 それにもかかわらず、たくさんの方に支えられて生きている… 僕はつくづく本当に幸せ者だなと思います。

 今日、東京オフィスに、鑑定を受けてくださったお客様から、素敵なご結婚をされたという写真付きのお手紙が届いていました。
 幸せそうなお二人の写真を見ていたら、まるで自分の事のように嬉しくなっちゃいました。

 結婚する相手というのは、もう、100%すごく深い縁で結ばれている人だと思う…

 僕は、今こうして出会っている人と、出会うべくして出会っているのを感じます。
 そして、その出会いによって、未来の扉が音を立てて開かれて行くのも…

 まるでジグソーパズルのピースを当てはめているみたいです。
 どんな未来ができ上がるのか、まだ想像もつかない。

 かけがえのない縁に導かれて…

 神様が与えてくださった、素敵な人の縁に彩られたこの人生を、大切に大切に生きていきたいと思いました。


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