浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

一年ひと区切り

 いよいよ2012年も、間もなく終わりを告げようとしています。
 毎年カウントダウンのこの時って、何とも言えない心のドキドキ感があります。

 ところで一体、今夜が一年の境目になったのは、どういういわれがあったのでしょう。
 冬至でもなければ、太陽の近日点でもないし…
 少なくとも、天文学的な意味は何もありません。

 事の始まりは、ユリウス・シーザーがローマ帝国の暦を、エジプトから導入した太陽暦に切り替えた紀元前47年に、一番冬至に近いところでの新月の日を1月1日と設定したという事です。

 当時のひと月の定義は今と違って、新月から新月まできっちり29日~30日で見ていました。(これを 「太陰暦」 と言います)
    だから毎年毎年、季節がズレた…

 それでも当時は、一年の始まりの日なんて、地域によってバラバラでした。
 この現在の1月1日を定着させたのは、フランス国王シャルル9世です。   このブログ一応パリがお題なので、ここ強調(笑)


 まあ、そんなうんちくはいいとして、大みそかはやっぱ、年越しそば食べなくちゃですよね。
天そば(開封前)
 さっきコンビニで、天ぷらそば買ってきました。

 レンジで4分30秒…
 本当に便利な世の中になりましたね(^^)


 こういう一年の区切りって、大切だと思います。
 もし、区切りというものがなかったら、気持ちにメリハリがつかないですもの…

 今年一年を振り返ってみて、人それぞれいろいろあったと思うけど、一回ここでリセットしてみる…
 そして明日から、新たな年を迎える。
 これが大事だと思うんですよ。

 だから、天文学的な意味はなくても、このカウントダウンの瞬間のドキドキ感を味わう事は、大きな意味があります。
   まあ、寝て過ごす人はそれでもいいけど(笑)

 短い人生の内で、誰もがあと百回も経験できない行事なんですから…

 さあ、おそばができたようです。

     天そば

 あと3時間あまりでお正月…

 そういえば、夏に参拝した靖国神社から、家に初詣の 「福引券」 と 「遊就館招待券」 が送られてきていました。
 (7/15ブログ 「靖国神社参拝」 参照)

 さ~て、今夜は電車も終日走っているようだし、ちょっぴり初詣でも行ってくるとしますか!


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

片づけ上手

 いよいよ今年も残す所、あと1日になってしまいました。
 ご実家に帰省して過ごされている方や、大掃除や年賀状作りに追われていらっしゃる方も多いと思います。
 僕はもう帰省をしたので、この正月は仕事に精を出します。

 え~、僕の部屋、またヤバい事になってきました(笑)
 日々の忙しさを言い訳にして、空き箱や書類や郵便物やらを、片づけないで放置していたら、また部屋が前と同じような状態になっていました…
 (4/23ブログ 「掃除カンタービレ♪」 参照)
      また、のだめ部屋ふっかつです…

 不思議な事に、片づけても片づけても、どういう訳かまたすぐに散らかってしまうんですね。
 もう本当、どこからどう手をつけていいかわからない、といった感じです(笑)

 こんまりさんこと、近藤麻理恵さんの 「人生がときめく片づけの魔法」 という本があります。
 テレビとかでも紹介されているので、ご存知の方も多いと思いますが、これは名著ですね。
 すごくユニークな表現で、見事に的を射た事を書いてます。

 こんまりさんは、「片づけは祭りだ」 と言うんですね。
 毎日少しずつ片づける、というのでは、一生片づかない…

 本当に必要なものだけを残して、あとは全部捨ててしまう事により、好きな物、心がときめく物だけに囲まれた幸せな生活ができる… と主張されています。

 結局、散らかってしまうのは、物が捨てられないからなんですよね…

 僕も、根っからの捨てられないタイプです(笑)
 電化製品の説明書や保証書や空き箱とか、講習会でもらった資料とか、何かの記事が載っているパンフレットだったり、メモ書きだったりとかが、いたるところに溜まっていきます。
 (ほとんどが紙類です)

 まずは見る事はないんですけど、このメモ書きの記事いつかブログのネタにできるかも知れない… とか思ったら、もう何にも捨てられないですね(笑)

 こういうのって、心の状態にも反映されています。
 物が捨てられないっていうのは、執着が捨てられないのと同じですから…

 人によっては、昔の思い出の品とかが、絶対に捨てられないという人がいます。
 福引とかでもらった粗品なんかも、使う事もないのにずっと取ってある…

 こういうタイプの人は、良く言えば優しいタイプが多いです。
   別に、こんまりさんが優しくないって訳じゃないけど(笑)

 なんか、使える物を捨てるのって、物が可哀そうで不憫に感じるんですよね。   だから、どんどん溜まっていく…

 ただ、こういう生活のスタイルで問題があるとすれば、いつも必要なものが、どこにあるかわからなくなってしまう事です。
 これは、実際の物だけの問題ではなくて、全てにおいて言える事です。

 自分が振られた相手の事を、いつまでもいとおしく懐かしんでいる人がいます。
 とっくにその相手とは縁が切れてしまっているのに、良かった頃の思い出のワンシーンを思い出して、「あの人は本当は優しい人なんだ」 って、その人の事を懐かしむ…

 僕も、その気持ちはわかります。
 でも、それは優しさではありませんし、もちろん愛情でもない… ただの執着です。
 周りを見渡せば、もっと大切にしなければならない人がそばにいるのに、その事に気づけなくなってしまう…

 散らかった汚ない部屋で生活をしている人って、なぜか頭がボーッとしています(笑)
 
 だからやっぱり、必要のないものは捨てる事…

 さてさて、これからスカイプ電話鑑定も入っているし、それまでの空いた時間、一気に捨てまくりますか!

 P.S.
 前回の「タロット講座~小アルカナ編~」 の卒業生で、講座会場 「悠庵」 の鑑定師でも北面朋子先生が、ブログを始められたようです。
 今日、発見しました!   12月1日から始めて、僕の講座の宣伝までも…

 幸せな家族の愛に包まれた、とっても素敵なブログです(^^)

 北面朋子の のほほんスタイル
 http://ameblo.jp/zzz-cafe/

 そうだ! ついでに少し宣伝を…(笑)
 来年1月20日開講予定の「タロット講座~大アルカナ編~」 は、あと少しお席がございます。
 皆様のご参加、心よりお待ちしております。
  これが終わったら、しばらく講座は休んで、本に専念しようと思う…

クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

慌ただしさに追われながら…

 クリスマスが終わったと思いきや、もうお正月まであと3日…
 慌(あわ)ただしさの中で追われるように、時間を過ごしています。

 実はどうしても今年中にやっておきたかった目標があったんです。
 それは、取りあえず形だけでも、自分の事務所を持つという事。

 年末にクリスマスを御一緒させて頂いた、ある会社の会長にお話しすると、トントン拍子に話が進み、あっという間にそれが叶ってしまいました。

 と言う事で、東京進出です。事務所の住所は、

 東京都中央区銀座一丁目三番三号
 G1ビル7階 728
 「浅野太志 東京オフィス」
です。 今一瞬にして名前つけた…

 もちろん、鑑定はここでもできます。ただし、住まいは相変わらず千葉なので、今までと体制は別に変わりません。

 年賀状はここに送って下さい!   …なにげなく催促(笑)

 昨日から、今までに僕に頂いていた年賀状に目を通していました…
 会社に所属している以上、個人的にお返しするのはタブーだと思っていたので、頂いたまま放置していました。
 改めて、こんなに愛情を受けられる僕は、本当に幸せ者だな… って思いました。

 ここの所、何かに追い立てられるように日が過ぎていきます。

 本当は、僕の元々の性格って、ゆるくてポワ~ンとしているんですよ。
 今話題のくまモンみたいに…

 一見、硬そうにみえるけど、そうなんだモンモン(笑)
       くまモンは世界の人気者…

 パリから帰国して、初めての年の瀬ですが、あれから確かに何もかもうまくいっています。
 でも、時間に追われるうちに、「本当にこれでいいのか」 なんて、不安に怯える自分もいます。

 間違ってただ運を食いつぶしているだけじゃないかなって…

 調子に乗って、自分を見失ってしまいやすいのも事実で、時々自分がどこにいるのかわからなくなります。

 このままの流れだと、ひょっとすると来年、千葉を出る事になるかも知れない…
 なんか、時間の流れが速すぎて、よく見えて来ないです。

 でも、気持ちだけはゆったりと、人に助けられる事で今の自分があるという事だけは、絶対に忘れないでいようと思います。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

悪意のない世界

 人間の目というのは年を取ると、青色の光を感じにくくなるらしいです。
 光の三元素では、青の反対は黄色(赤+緑)になるので、年を取るとだんだん世の中が黄色っぽく見えてくるのでしょうか。

 青春が遠のいて、黄昏(たそがれ)がやってくる(笑)

 一つ一つの言葉の中には、何気なく真理があるのかも知れません。

 現実の世界ですら、そんな風に実際の景色の色が違って見えるんですから、心の世界などはもっとそうです。
 まるでサングラスをかけているように、自分の価値観やその時の調子によっても、世の中の景色が違って見える…

 四柱推命の大家である緒方泰州先生は、その事を 「自分の心の眼に掛かった、歪みのあるレンズ」 などと例えていたりします。

 調子の悪い時って、何かいろいろなものが悪意に満ちて見えてくるんですね。

 普通に考えれば偶然に起きた出来事でも、「いや、これは誰かが偶然に見せかけて悪意でやったに違いない」 とか思ってしまう。

 誰かのほんのちょっとした言い回しに対してでも、言葉じりをつかんで、まるで自分が馬鹿にされているように感じてみたりとか、一般論を聞いても、自分があてつけられているように感じたりとか…

 もちろん絶対とは言えませんけど、ほとんどは思い過ごしです。

 こういう状態になると、いつもピリピリしていて感じ悪くなってます。
 それで周りの人は、「この人おっかないから近づくのよそう…」 ってなるんですね(笑)

 何より悲しいのは、せっかく自分の事を心配してくれる人がいても、その思いまでも台無しにして、人を傷つけてしまう事です。

 相手に悪意があるかどうかなんて、実際の所全くわかりません。
 むしろ詐欺のプロというのは、相手に悪意を絶対に悟らせないようにすると言います。

 仮に、目の前の相手に悪意があったとしても、気をつけてだまされないようにすればいいだけの話です。
 ところが、ひょっとしたら気のせいかも知れないというその悪意を信じて、相手に噛みついてしまったらもう最後です。

 その時点で、それは本物の悪意になってしまう…

 噛みつかれた相手だって黙ってはいません。それは当然の事です。

 サングラスで見えていた悪意は、現実の悪意へと変わっていく…
 その先には、泥沼しかないんですね。

 こうやって、人は傷つけあっていくのかな… って思う。

 例え疑心暗鬼の相手に対してであっても、言ってはいけないセリフってあります。
 一線を越えて、あからさまに敵意を出したなら、もう元へは戻れません。

 中国のかつての元首相は、オーストラリアの首相と会談した時、
 「今の日本の繁栄は一時的なもので、20年もしたら国として存在していないんじゃないでしょうか」
と言ったそうです。

 日本に腹を立てている気持ちはわかりますが、一国の首相が他の国の首相に話していいセリフではありません。

 まあ、何か大きな事をやりたいと思ったら、こういう相手とつき合っている暇なんてありませんから、無視するのがいいです。
 (5/31ブログ 「くだらないものを相手にしない」 参照)
 疲れるだけ損だから、距離を取った方がいいですもん(笑)

 感じた悪意は気のせいかも知れない…
 だったら最低限のガードだけはしながら、取りあえず相手を信じてみたらいいです。

 いつの日か、全ての悪意は気のせいになる…
 それは今すぐではなくて、何百年も先の話かも知れないけど、僕はそれを信じ続けていたいと思います。



クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

トラウマが消える時

 すっかり寒くなりましたね。吹きつける風が冷たくて、肌を刺すようです。
 皆様、寝る時は暖かくしてお休みください。

 僕はここの所、少しだけバテ気味です(笑)
    でも、まだまだ負けられないよ…

 時々、ほんの些細な事が原因で、気力がもがれて体が動けなくなってしまうような事ってあります。
 別に肉体労働でクタクタになったとかじゃなくて、本当に些細な事につまずいて、何もする気がなくなってしまうような事…

 ほとんどの人がトラウマ(心の傷)を抱えているから、その傷を刺激するような言葉を聞いたり、出来事があったりすると、バランスを崩してしまったりします。

 そんな時、気力がもがれて動けなくなるという人もいれば、逆にやけを起こして暴走してしまう人もいます。

 精神力の強い人からすれば、そういう人の行動は、とても身勝手でナンセンスに見えます。
 だいたいトラウマなんて、他人から見たら、くだらない事がほとんどですし…

 だから、「甘ったれるな」 とか 「くずくずしないで立ちあがれ」 って事になるんですけど…

 まあ確かに、そのまま感情まかせに行動するのは、結果的に状況を悪くするだけです。

 とはいえ、このトラウマの問題は、根性論でゴリ押しするだけで解決できるような、単純な問題ではない気がする…

 僕は、ほとんどの人が持っている、このトラウマという問題を解決しないと、世の中が前に進んでいかない気がするんですよ。
 人の心は本来、トラウマを根性論で克服できるほど、頑丈には作られていないはずだから…

 ここで注目すべき事は、トラウマになってしまったきっかけの事件は何かという事です。

 中世の時代や、発展途上国の人目につかない場所での出来事であれば、目の前で自分の両親が撃ち殺されるとか、地獄のような拷問を受けるとかいった事もあるでしょう。
 そんな目に遭ったなら、誰だってトラウマになって当然です。

 ところが、現在の日本のような文明国家において、そういう出来事がトラウマの原因になっている人なんて、まずいません。

 本来ならトラウマにならないような出来事が、トラウマの原因になっているのがほとんどです。
 今の時代の個人主義というモンスターが作り出した幻影かも知れない…

 かくいう僕自身も、人生にトラウマを抱えていたりします(笑)
      みんな同じですけどね…
      
 でもその原因は、目の前で兵士に親が銃殺されたとか、スタンガンで拷問されて体中が傷だらけになったとかでもなくて、本当に些細な事ばかりです。
 例えば、誰かの言葉で自分のプライドが傷つけられたとか… その程度のものです。

 人によっては、「何も無かった」 という事がトラウマだったりします(笑)
 「他人にはそれがあるのに、自分にはそれが無い」 というのがトラウマ…
 これなんかはもう、明らかに個人主義の弊害です。

 人と自分を比べる事によって、自らトラウマを作り出しているんですね。

 みんな心がアトピーみたいに敏感になりすぎて、傷つきやすくなっているんじゃないかと思います。

 個人主義におかされて、誰もが自分を守るのに精一杯で、人の気持ちまで気が回らなくなくなっている気がします。
 その結果人を傷つけ、それがまた新たなトラウマを作り出す…

 例えば、誰かから殴られる事と、トラウマとは全く無関係です。
 本物の愛情を持った人から思い切り殴られたとしても、その愛情を感じる事ができたなら、トラウマにはなりません。

 話はそれますけど、アントニオ猪木さんにビンタしてもらいたい人って、たくさんいます。
 そういう人は、ビンタしてもらうと嬉しいんです。絶対にそれがトラウマになる事はありません(笑)
      何かムチャクチャ痛そうな気がする…

 もちろん、これはトラウマを作ってしまう人だけに原因がある訳ではないと思う。
 トラウマのきっかけは、例えば 「殴られる」 という行為そのものではなく、「殴られる事による精神的屈辱感」 によるものだから…

 そして、誰かのトラウマの原因になるような事をしてしまう無神経な人も、やっぱり心にトラウマを持っています。
 個人主義の毒で、人の気持ちに鈍感になって、何も見えない…
 そんな時、人はとても臆病になります。
 確かにみんなが臆病になれば、人が傷つく事も無くなるけど、それは本当の解決には なっていません。

 一番大切な事は、トラウマとなった過去を忘れようとする事でも、トラウマを消し去ろうとする事でもなく、心のアトピーを治す事…
 そうすれば、やがてトラウマはこの世から消える…

 その為には、今の行きすぎた個人主義を無くしていく事が必要だと思う…

 僕、この仕事を始めて本当に良かったと思っているんです。
 相手のお客様の幸せを願って鑑定をさせて頂くたびに、自分自身の心がどんどん満たされていきます。

 自分のちっぽけなトラウマが、昔に比べてどんどん小さく小さくなっていっているのを感じます。

 人は誰しもトラウマを持っている…
 でもいつか、そのトラウマが消えてしまう日がきっと来るはずです。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

言葉には言霊で…

 今日は、習字のお教室の日です。
 家でゴリゴリと硯(すずり)で、墨を擦(す)っていました。
    硯と筆
 書道には、液状の墨汁を使うよりもこの方が良いようです。

 墨を擦る際には、角度をつけて三角に擦るのではなく、常に平行に四角く擦るのがポイントです。

 かなり擦ったつもりなのに、試しに紙に書いてみると、全然薄いですね…
      仕方ない… あきらめて墨汁を買おう(笑)

 早速、この前Mさんに誘われて行った 「いろは呼吸書法」 へ行ってきました。
 (11/19ブログ 「いろはにほへと…」 参照)
          Mさん今日はいなかった…

 今回も、レッスン内容は前回とほとんど同じでした。
 でも、書道の山本先生は、この前とは全く別の角度からアドバイスをされるので、初めて聞く話ばかりでした。

 学校のお勉強のやり方に慣れると、内容が少しでも前に進まないと意味がないように感じがちですが、実はこと書道とか芸術に関しては、同じ事を繰り返すのに意義があったりします。

 同じ事を繰り返す事を通して、もっと深い所を掘り下げて、突っ込んで学んでいくという事ができる…

 僕は、書道でも芸術でも、そういうものを学ぶ事を通して、心のフォームを学んでいく事につながっているような気がします。
   案外、占いを学ぶのも同じ…

 山本先生は、書道を通して、書いている字が変わると性格が変わる… という事をおっしゃいました。
 つまり、書によって心のフォームが良くなって、幸せになるという事だと思うんですね。

 これは前回のお教室の時の事ですけど、山本先生から直接伺った、とても印象深いお話があります。

 昨日のブログの内容にも少しつながりますが、山本先生も、人間の魂というのは本来は光輝いているものだとおっしゃるんですね。
 そして、そこにゴミやほこりのようなものがくっついて、その輝きを失わせている…

 それを、罪とか穢れ(けがれ)とか、言ったりするんですけど、こういったものの正体は何かと言うと、山本先生は 「言葉」 だとおっしゃるんです。

 最初僕もおっしゃっている内容が良くわからなくて、あっけに取られていたのですが、さらに山本先生は 「ネガティブな言葉」 だと説明して下さいました。

 なるほど… 考えてみればそうです。
 誰かからイヤ~な言葉を聞いた時って、やる気がなくなって、仕事の能率がグンと落ちます。
 「心にトゲが刺さったようだ」 とか言いますけど、このトゲって 「ネガティブな言葉」 という形で刺さっているんですね。

 では、どうすればこの言葉によるアカや汚れを、はらえるかと言うと…
 山本先生は、一つ一つの意味を持たない、いろはにほへと… の 「い」 とか 「ろ」 とか 「は」 とかで、分解していくしかないとおっしゃるんです。

 こういう「い」 とか 「ろ」 とか 「は」… の事を五十音の言霊(ことだま)と言います。
 本当は五十音の言霊の背後には、神聖で崇高な意味があって、神というものとつながっているらしい…

 山本先生は、それを顕現させる事で、悪いネガティブな言葉を分解していくとおっしゃるんですね。

 考えてみれば、人のトラウマというものも、元々言葉によるものがほとんどのような気がします。
 中には、殴られたとか、虐待されたとか、というトラウマもあるでしょうけど、そういう時でさえ、自分がその時に感じたネガティブな言葉が心を傷つけていたりします。

 「ちきしょう…」 「くやしい…」 「ばかやろう」 「覚えてやがれ…」
   ヤバい… キーボード打っているだけで、体の力が抜けてきた(笑)

 だから、こういうものを浄化していく…
 山本先生は、書道を通してそういう使命を実感したそうです。
 「書」 という芸術の先に、「真理」 というものを見つけたのでしょうね…

 今、いろいろな意味で時代が変わろうとしている気がします。
 世の中に充満している悪いものが浄化されて行く、という時代が来ているような気がする…
 これは僕だけが思っている事ではなくて、スピリチャルな事をやっている人はみんな感じているみたいです。

 そんな中で、お互いが何らかの約割を担っている気がするんですね。

 せまい宗教の枠に決してとらわれる事なく、少しでもそんなお手伝いができたなら… 僕は本望です。 


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

性善説とクリスマス

 今日は、ここ最近珍しく二日酔いでした(笑)
 昨夜は、最高のクリスマス・ディナーにご招待頂き、本当に素敵な人達とのひと時を過ごしました。
 まさに夢の時間でした。
    赤坂見附のカナユニは、最高のレストランです!!

 バンドの演奏も最高で、パーティーのお話も盛り上がって、ついつい、目の前につがれる高級酒に、何度も手を出してしまいました。
 あれ、半端な量じゃなかったと思います!

 夜がふけて、次はカラオケボックスに入ったのですが、僕はその前に持ってきたノートパソコンで、ブログを完成させるつもりだったんです。
 下書きの原稿は完成していたので、タカをくくっていたのですが、アルコールのせいでパソコンのキー操作さえもが、おぼつかなくなってしまいました。
 途中まで何とか文章を打ったものの、急にクラっと来た感じですね(笑)

 「そうか、今の状況は、いつもなら何が何でもこうしたい… という事ができないんだ」
 なんて、どこかで達観しているもう一人の自分がいました。

 お酒を飲みすぎると、人の本性が出ると言います。
 確かにいつもならあまり出さない真の自分みたいなのが、言葉じりにも出てきます。

 僕は用心深いので、プライベートでは、いつもヨロイを身にまとって本音で語らない事が多いです。
 このブログは、リスクを覚悟であえて本音で書いているので、きっと普段の僕とのギャップを感じていられる方もいるかも知れません。

 昨日のブログを中途半端に完成させて、僕はたちの悪い事に、カラオケボックスでも焼酎をあびるくらい飲んでしまいました。

 アルコールが回ってくると、やっぱり 「何をしても許される」 みたいな考えがよぎるんですね…
 もちろん、それは明らかに間違いであるという事は、ちゃんと理解しています。

 脳裏にふと浮かんだのが、痴漢で3ヵ月の懲戒処分になったあのNHKのアナウンサー(笑)

 「もし何をしても許されるとしたら、僕はそんな事をしてしまうのかな…」
 夢見心地の中で、自分の事を冷静に分析してみました。

 お酒のせいか、性欲ムラムラ見たいなのも強くなっている気がする…
 それで、カラオケボックスの従業員のきれいな女の人が、おつまみやお酒を運んでくる…

 今なら、「性善説」 か 「性悪説」 かどちらが正しいのかもわかるかも知れない… 突拍子もない思考に翻弄されながら、ふと自分に、本音で今何がしたいか、問いかけてみました。

 もし部屋に他に誰もいなくて、しかも、この女の人が誰にも告げ口しないと仮定して…
 でも僕の答えは、やっぱり 「No」 でした。

 入ったお店が、カラオケボックスではなくて、そういう趣旨のお店なら話は別かもしれませんが、嫌がっている女の人にそういう事をするのは、「ありえない」 というのが僕の結論です。
 「したいけど、してはいけない」 ではなくて、「したくない」 …だって、それは悲しすぎるから…

 自分の事を掘り下げてみて、安心しました。
 やっぱり 「性善説」 が正しいです。

 お酒を飲んで、自分を制御するのをやめたら、そういう変な事になってしまう人というのは、多分自分の内面をきちんと整理できていないだけだと思うんですね。

 自分の事をのぞいてみたら、「性悪説」 が正しいという結果になってしまうのは、多分魂(たましい)が、真っ黒なコールタールみたいなので固まっちゃっているだけで、そのコールタールの中には、今は気づいていないだけで、光輝いている何かがある… ちょっと宗教くさいですけど、これが僕の結論です。

 だからといって、心に間違っている部分があるのは許されないとか、極端な事を言うつもりはありません。
 でも、そのこびりついたアカみたいなのが、本当の自分だというのは、明らかに間違っています。

 気楽でいいんですよ。
 少しずつで構わない…

 いつか人が、きれいな自分の本性を知って、胸を張って安心して生きていける日が必ず来るはずですから…

 P.S.
CD
 今日はクリスマス。部屋の中で二日酔いで動けない状態で、聞いていたのがこのCDです。

 「日本キリスト教会神学校礼拝堂オルガンCD第1巻

  クリスマスは、一日クリスチャン…  キリスト教というのは性善説だと思う。

 このCDは、大井なつきさんという、プロのパイプオルガン奏者が奏でるコラールが収録されたものです。

 クラシック音楽のルーツというのは、だいたい音楽の父と言われたバッハによるものだと言われる事が多いんですけど、その前の事はあんまり取り上げられません。

 それで、さらにその元をたどろうとすると、宗教改革をしたルターという人物に行きつく…
 大井さんは、クラシックの最も奥の深いルーツの部分を、演奏を通して追究しているパイプオルガン奏者です。

 深遠なパイプオルガンの音色を聞きながら、素敵なクリスマスを過ごしました。
   決して、ただ二日酔いで家でのびていた訳ではな~い(笑)

クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

メリーメリー・クリスマス

 今日は一年に一度のクリスマス・イヴ…

クリスマスのパン さっき、パン屋さんに行ったら、すごく可愛いレアもののパンがあったので、思わず買ってしまいました(笑)

 トナカイさんとサンタさん…



 イヴの夜は、ロマンチックなひと時…
 クリスマス・キャロルを聞きながら、男女が愛を確かめ合う…
 一体どこの誰がそんな事を決めたのか知りませんけど(笑)

 バカバカしいとは思いながらも、若い頃はそんなものに振り回されてました。

 十代の頃は、クリスマスイヴの日、な~んにも予定が入っていないにもかかわらず、かたくなにバイトのお誘いを断っていましたね(笑)

 クリスマスイヴの日は、どこもかしこも人手不足だから、バイトの時給も超高いんです。それでも人が集まりません。
 きっとみんな、同じよう事を考えている…

 ちなみにこの日は、ラブホテルも予約がいっぱいです。
    どうでもいいけど(笑)

 12月に入ると、僕が昔やっていたバイト先では、恋愛争奪戦みたいなムードになりました。
 というか、若い男女がいっぱいいるバイトって、みんなそれが目当てでバイトしているんじゃないの… みたいなのありましたね。

 それで、目当ての女の子とかに、さりげなくメールとかで、イヴの予定を聞いてみたりするんです。
 何か別の用事に格好つけて… どう考えても下心が見え見えなんですけど(笑)

 そして、メールの返信をドキドキしながら待っている…
 まあ、ほとんどが撃沈です(笑)
    一緒のシフト入った時にさらっとお誘いする方がうまくいきやすい…

 返信のメールには、やっぱりその女の子の性格があらわれます。同じ断るのでも、いろいろなパターンがありますね。

 なかなかメールを返してくれなくて、3日ぐらい経って、やんわりと 「都合が悪い」 というメールをくれる人… これは優しい人です。
 でも、期待させられるだけ、少し罪かも知れませんね。

 あと、返信しないで、そのまま放置するパターン…
 これはちょっと優しくないですね。一番へこみます。

 それから、メールを送ったその3分後とかに、「その日は彼氏と一緒に過ごします」 って、すぐに返事をくれる子。
 まさに、瞬殺 です(笑)

 でも、今思えば、こういう女の子が一番優しいのかも知れません。

 いやあ、懐かしいなあ… あの頃…
    
 もっと昔の頃の事を思い出すと、家族でクリスマス・ケーキにローソクをつけて過ごした記憶もあります。
 僕は小学生くらい… 父と母がいて、電気を消してローソクの明かりを楽しんでいた。

 ローソクの炎に父が人差し指を通して、
 「ローソクの火の下の方は熱くないぞ」
って、言っていたのを覚えています。
 僕も恐る恐る、人差し指をローソクの炎に通してみた。

 確かにいつも、僕にとってこの日は特別な日だった気がします。
 もちろん、一人でさみしく過ごした日もあったし、ひたすらバイトをして過ごした日もありました。
 
 今までは、誰かの愛情を求めて、いつもさまよっていたかな…

 これからは、その分誰かに愛情を与えていきたいと思います。
 恋人や家族、友達、先輩、このブログを読んでくれている人… すぐそばにいる誰かに…

 それでは、皆様素敵な一日をお過ごしください。
 メリーメリー・クリスマス!

東京タワー P.S.
 今日はあるお客様から、クリスマス・パーティーのご招待を受けて、赤坂見附で特別な夜を過ごしました!
 二次会はカラオケボックス、お酒がとても美味しくて、僕にしては珍しく、少しだけ飲みすぎたようです。

 中途半端にさっきブログ更新したら、もう「7拍手」になってた…
 読んで下さっている方、本当に感謝です。


 移動の為のタクシーの窓から見渡した、都会の街のイルミネーションは、幻想的な世界を作り出していました。

 東京タワーにはハートマークが出ていました!

 とても楽しい夜になりそうです。

 

クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

一期一会の出会いの中で…

 師走まっさかり…
 肌を刺すような冷たい風に吹かれながらも、ここの所、僕は本当に忙しく外を走り回っています。

 例えば、銀座に行って、品川に行って、赤坂に行って、また千葉の八柱に戻ってくる… みたいに一度に3件の用事で出かけたりします。

 家を出る時に、3件分の用事の持ち物全てを揃えて持っていかなければならないので、荷物も大変です(笑)
      駅のコインロッカーが役に立つ…

 鑑定も一日に2つの鑑定を、それぞれ離れた場所でさせて頂いたりとか…

 僕は会社にいた時には、そこにいらした方に誰一人として自分から独立する事を伝えたり、名刺を渡したりする事もありませんでした。
 本来、全ての縁が途切れてしまっていても、不思議はないんです。

 でも、こんな僕の事を覚えていて探してくれる…
 本当に嬉しくて、涙が出そうです。

 たくさんの人との出会いのお陰で、僕の人生はどんどん豊かになっていきます。

 一期一会の出会いだから、目の前のその人に全力で自分の力を捧げていけたらと思う。
 そういう所で、カロリー計算をしたりしないで…
 いつでも目いっぱいの力で、ぶつかっていきたい。

 人間は欲というものに惑わされるから、周りが見えなくなるんです。
 お金に惑わされたり、性欲に惑わされたり…
 地位や名誉に惑わされたり…

 そういう物に惑わされて行動すれば、人を傷つけるだけでなく、例え一時的に利益は得られても、いつか結局全てを失う。
 それに、人を信用できなくなって、人間不信に陥っていく…

 たかだか100年余りしか生きられない短い人生…
 そんなにがっつかなくても、大丈夫だと思うんです。

 がっつけば、がっつくほど、自分から人が離れていくだけですし…

 先の事なんて、心配いりませんよ。
 自分の事よりも優先して、人に何かを与えようとする人は、お金も愛情も名誉も、みんな周りから与えられます。

 そんな甘っちょろい事言ったって、本当に食べていけなくて首をくくった人間もいるだろ… って言いたい人もいるでしょう。

 でも、その首をくくった人の生き様を思い出してみてください。
 まず間違いなく、自分勝手に生きた人ですから…

 人に何かを与える事を優先していた人が首をくくろうとしたって、絶対に周りがそうさせないですよ。
 少なくとも神様が、そういう大切な人をそう簡単に死なせない…

 だから、「人が生き延びる為には、ずる賢く立ち回るしかないんだ」 とか、さも人生を知りつくしたような顔で語る人の言葉は、絶対に真に受けてはいけません。

 人生は一期一会。欲に惑わされて、せっかくの素晴らしい出会いが消えてしまわないように…

 いつも優しさと与える事の喜びを忘れないで、生きていきたいです。

絵1 P.S.
 今日は鑑定の帰りに、銀座にあるミレージャギャラリーに、新鋭の画家さんの共同展覧会 「2012展」 を見に行きました。


絵2 数々の心を揺さぶる作品が、ギャラリーに所狭しと並んでいました。

 「2012展」 は明日12月24日17:00までの開催です。

 都合が合う方は、クリスマス・イヴのひと時に、よろしかったら足を運ばれて見て下さい♪



クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

一陽来復

 世界滅亡の日、なんとか何事もなく通り過ぎたようですね。

 今日は冬至…
 一年で一番、昼が短い日です。

 この日は、ゆず湯に入ったり、カボチャを食べたりするおうちもあると思います。

 ゆず湯というのは、寿命が長く病気にも強いゆずの木にあやかって無病息災を祈る風習、カボチャを食べるのは中風(脳卒中)にならないように、という願いを込めてだそうです。
   カボチャの形が脳みそに似てるから?(笑)

 こういう習慣というのは、四季がある日本ならではの、春夏秋冬を感じる事ができる素晴らしい文化です。
 無理なくできるような事なら、「迷信だ」 なんて興ざめする事は言わないで、やってみるのもいいと思います。
   あと、ディズニーランドで、「あのぬいぐるみは人が入ってんだぜ…」
   って言うのもやめよう(笑)


 これからまだまだ寒くなっていくんですけど、もうこの今日の冬至を境に、昼の時間はどんどん長くなっていきます。感じた目にはわからなくても、春は始まっているんですね。

 冬至の事を 「一陽来復」 と言ったりします。
 この言葉は、「易経」 にある易の卦である 「地雷復」 (ちらいふく)から始まっています。

 まあ、たまには占いのブログらしい事を書いてみますか(笑)

 下記の図のように、太陽太陰暦(二十四節気)の月には、それぞれ易の卦が当てはめられているんです。
 ちなみに赤い棒が 「陽」 の卦、黒い穴の開いた割れ目が 「陰」 の卦です。
易卦

 「陽」 の卦の極みである 「乾為天」 (けんいてん)は真夏ではなくて、巳月(新暦の5月) に対応していて、夏至のある6月は、すでに 「一陰」(いちいん)の始まった 「天風妬」 (てんぷうこう) になっています。

 そして、「天山遁」 (てんざんとん)、「天地否」 (てんちひ)、「風地観」 (ふうちかん)、「山地剥」 (さんちはく) と陰の気が増えていき、亥月(新暦の11月) が陰の極まりである 「坤為地」 (こんいち) になります。

 そして、12月の冬至は、すでに 「一陽」(いちよう)の始まった 「地雷復」 の卦になっているんですね。
 これが 「一陽来復」 の由来です。

 まだまだ寒い冬は続きますが、実はすでに春は始まっている…

 この言葉には、「悪い事が続いた後に、ようやく物事が良い方向に向かう事」 という意味があります。
 きっと、人生全ての真理ですね。

 どんなに辛いことが続いても大丈夫…
 降りやまない雨なんてない。

 運気が引き潮の時には、周りの人がみんな自分の所から去っていく事があります。
 でも大丈夫、また時が来れば、本当に縁がある別の人が、またそばにやってきます。

 一日で一番寒く感じる時というのは、もうすでに日の出の寸前で、後は朝日が昇るだけです。

 冬至を境に春はすでに始まっています。
 寒い日はまだまだ続きますが、暖かい春が訪れるのを感じながら、素敵な新年を迎えましょう。
    その前にクリスマスもですね(笑)


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

世界が終わる時

 突然ですが、今日2012年12月21日を持ちまして、この世界は滅亡します(笑)

 …って、巷で はやっているので、耳にされた方も多いと思います。

 何で世界滅亡の日が今日なんだ… っていうと、事の起こりはマヤ文明の正確無比な暦と、予言に始まります。

 マヤ文明というのは、紀元前4世紀ごろから始まった、メキシコ南部からエル・サルバドルあたりまでに位置していた高度な文明で、暦に関しても非常に精度が高く、定評があります。
 一年が365日というのも、当時から正確に計算されていました。

 マヤ文明というのは、循環の思想を持った文明なんです。
 これは、人類の歴史というのは、同じ周期で同じような事を繰り返しているという考え方…

 そして人類の歴史の枠を25,640年と考え、それを5つの時代に分けました。
 つまり1つの時代は5,128年間になります。
 壮大なスケールの話です。

 マヤ文明の 「クワウティトラン年代記」 によれば、紀元前3113年からの5,128年間にあたる今現在は、第5の 「太陽の時代」 と呼ばれている時代に相当します。

 言い伝えによれば、第1の時代は 「洪水」 によって滅び 、第2の時代は 「暴風雨」 によって滅び、第3の時代は 「火」 によって滅び、第4の時代は 「飢え」 によって滅びたという事です。

 そして、その第5の時代の5,128年間の終わる日を計算していくと、今日2012年12月21日がその最後に当たるのです。
 いや、マヤがあった地域(西経90度)での12月21日だから、それを日本時間に換算すると、おおよそ12月21日15:00~12月22日15:00までが、厳密に言うとこの日です。
      世界の終わりまで、まだ少しだけ時間がある…

 まあ、心配する事はありません。
 本当にそれが正しいと思ったら、僕はブログなんて更新しません(笑)
 だって、どうせ世界が終わっちゃうんだから…

 だいたいいつも、暦の端っこって言うのは、騒がれるんです。
 1999年がそうだったように、実ははるか千年前の999年もそうでした。

 マヤの暦では、第6の時代という定義がありません。
 だから僕は逆に、明日を境にして古いしがらみにとらわれないような、新しい素敵な時代が来るんじゃないかと思いますね。

 マヤ文明のような同じ周期で循環しながら、世界が動いているという考え方は、他にもいくつかあります。
 時にこういう周期律という考え方は、未来の方向性をつかむ上で、何らかの目安になる事があります。

 例えば、ある人の考え方では、地球上の文明の中心地は、東西で約800年の周期で交代しながら、22.5度ずつ移動し、次は135度地点、日本の淡路島のあたりに中心地が来ると言います。

 過去の周期を細かく計算すると、その象徴的な出来事がこの年末年始のあたりで起こって、そこから精神性の高い文化がこの地域を中心に始まるらしい…

 その考え方の賛否はともかくとしても、確かに今のあらゆる物の流れからして、この国を発端にして精神性の高い文化が始まるという可能性は、十分にあると思います。

 どちらにしても僕は、そういう予言めいたものに振り回される気はありません。
 そういうものに振り回されて、右往左往している姿というのは、人間のエゴだと思う。

 僕は、もし神様の意志が万一そうだというのなら、いさぎよく流れにまかせます。
 何度も予言を的中させている人の、災難の予言を聞いたとしても、動じるつもりはありません。

 もしも、自分にそれ以上の運や役割があれば、何らかの形でまぬがれると思うし、そうじゃなければ、それはきっと僕の寿命だと思う。
 またどうせ、生まれ変わってくるのだし…  転生輪廻あると思う

 それよりも、いつだって目の前の事に一生懸命生きたい。
 例え明日、世界が終わってもいいように…

 だから皆さん、同じ時代に生きている者同士、手を取り合って頑張りましょう!


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

この世界の現実の中で

 この世の中は玉石混合です。
 良いものも悪い物もいっぱいあります。

 良いものだけを見ていたいと思っても、そういう訳にもいきません。
 日本は平和で素晴らしい国ですが、それでも見えない所で尼崎事件のような悲劇が起きています。

 でも、世界中に目を向けたら、あの程度の理不尽や不条理は大して珍しくありません。

 この前、国会図書館へ行こうと、国会議事堂前駅で降りて歩いていて、ふと、壁に貼ってある貼り紙を見ました。

 そこには、法輪功(ほうりんこう)の学習者というだけの理由で、中国共産党の当局に捕まって、臓器を摘出されて亡くなったという若い男性の亡骸の写真と、中国共産党に対する講義文が書かれていました。

 法輪功というのは、中国の気功法の一つです。
 サイトで色々とくぐってみると、たくさんの恐ろしい光景の写真が、目に飛び込んできました。
 あの中国という大国の人目につかない所で、とんでもない事が起こり続けている事だけは確かです。

 法輪功学習者に対する残虐行為
 http://dadao.kt.fc2.com/fanzui04.htm

 この問題は、国連の人権理事会でも、複数の非政府組織から報告されています。

 法輪功への人道犯罪 国連へ調査要請
 http://www.epochtimes.jp/jp/2012/09/html/

 国際人権団体からの依頼を受けた調査チームによる調査の結果、
 「法輪功という名の気功集団の学習者から臓器を摘出し、臓器移植に不正に利用している」
という報告が出されました。

 中国政府はこれを事実無根と言っていますが、現に中国国内の臓器移植手術件数は1999年から急激に上昇しているにもかかわらず、それに相当する数の臓器の提供者のリストが、どこにも存在しないんです。
 恐ろしい事に、中国で行われた移植手術のうち、4万1500件は臓器の出どころが判明していません。

 あの国というのは、国家がマスコミやインターネットの情報を操作しているんですよ。
 例えば少し前までは、「民主化」 とか 「天安門」 とか 「法輪功」 とか 「ダライ・ラマ」 とかいうキーワードは、自動的にブロックされるシステムになっていました。
 これには、さすがのGoogleも腹を立てて、中国からの撤退をほのめかして、これらの検閲を拒否し、現在香港に拠点を移しながら運営をしています。

 そしてあの国のいたる所でおかしな事がいっぱい起きている…
 十四世ダライ・ラマの著書によれば、チベット民族の血を根絶やしにする目的で、中国共産党の巡回医療班がチベットの奥地を回って、結婚適齢期の女の子に不妊手術を施していると言います。

 できればこんな話題、書きたくもないし、知りたくもないです。
 でもやっぱり、目をそむける訳にもいきません。

 このブログも、ちょうど今日で300回目です。
 節目でもあるし、何か少しでも世の中を変えていけるブログにもしたい…

 世界中にはメディアの報道の影に隠れて、この世のものとは思えない様々な現実があります。

 平和で安定した日本にいると、そんな現実さえもが、遠い悪夢の中の出来事のように感じてしまいますけど…

 今の中国がある地域というのは、諸子百家(しょしひゃっか)の学問(いわゆる儒教とか、老荘思想など)を生んだ素晴らしい文化の発祥の地なんです。

 そして人々の血には、長い歴史が伝える素晴らしい文化がいっぱい詰まっています。
 易学や四柱推命というものも、その賜物の一つです。

 でも逆に言えば、あの時代には、現在の中国のような独裁国家がなかったから、こういう素晴らしい文化が生まれたとも言えます。

 1966年から始まった毛沢東による、忌まわしき 「文化大革命」 によって、大量の文化人が迫害され殺されてしまいました。
 
 占いや気功をやっている人達は、「非科学的」 という理由で、当局から徹底的に弾圧されました。
 だから当然ながら、中国の書店には、占いの本も気功の本もありません。

 難を逃れようと、知識人は香港(当時はイギリス領)やマレーシア、タイや日本に落ちのびてきました。
  当時の中国にいた、気功の三好先生は穴を掘ってそこでずっと隠れてた…

 国がおかしいと、人々の心もすさんできます。
 でも間違ってはいけないのは、あの国がおかしいのであって、あの国に住んでいる人々は、ただの犠牲者に過ぎないという事です。

 ユーチューブで取り上げられたように、あの国では道端で少女が倒れていても、誰も助けようとしません。
 これは聞いた話ですけど、ちゃんとそれには理由があるらしいです。

 もし、気にかけてその子供の体をさわろうものなら、大声で
 「この人に突き飛ばされた」 とか騒がれて、あげくの果てに慰謝料を取られるような事が横行しているそうです。
   いわゆる、当たり屋…

 とても悲しい話ですけど、そんな事が日常茶飯事らしいです。

 人は誰もが己の知識や認識に頼り、縛られ生きている。
 それを 「現実」 という名で呼んで…
      うちはイタチが言ってた

 我々にとっては 「許しがたい悪」 でも、当事者にとっては、「生きる為に当然の事」 だったりもします。

 みんな、ただただ幸せになればいい…
 仕返しも、罪の意識も、みんな忘れて…

 でも、その前に強くならなくてはいけません。
 弱くて、人が良いだけでは、善は成しとげられないから…

 この島国の日本という平和な国に生まれた我々にとって、今、だまされない強さというものが、本当に必要な時が来ているのかも知れません。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

過ぎていく日々の中で…

 すっかり寒くなりましたね。
 まさに冬本番…
 でも、何だかほんのちょっと前に 「夏本番…」 とかブログに書いた記憶が…

 時間が経つのは早いものです。
 嬉しい日も、悲しい日も…
 楽しい日も、苦しい日も…

 あっという間に過ぎていきます。
 たくさんの人との出会いや別れがあって…

 人生というのは、可能性のかたまりだと思います。
 ほんのちょっとの針の先ほどの選択の違いで、その後に起こる展開が大きく違ってきます。

 とは言っても、自分がその選択肢の内で、どれを選ぶかなんて事もだいたい決まっていたりします。
 その人の好みや考え方の傾向によって…

 優れた作家の作品というのは、物語の中に登場するキャラの性格がぶれません。
 こういう場面になったら、多分このキャラはこういう行動をするだろうな… というのが感覚でわかって、そのキャラが取るであろう言動というのが、イメージで浮かび上がってくるんですね。

 そうすると、物語を書いていても、作家の勝手な展開ができなくなります。

 僕、中学生の時に趣味で小説とか書いていた事もあったんですけど、登場させるキャラの性格をきちんと意識すると、物語が意図している方向へ進んでいかない事があるんですよ。
 キャラに魂がこもると、作家さえも物語を制御できなくなるんです。

 よく、テレビドラマとか、テレビアニメ何かにあるんですけど、脚本を書く人がキャラの事をちゃんとわかっていなくて、物語の中でキャラの性格がコロコロ変わっちゃう事があります。

 話を進行させるだけの為に、そのキャラが絶対に言わないようなセリフを言ったり、絶対にやらないような行動をしたりすると、僕は気持ち悪くなって、思わずテレビのスイッチを消しちゃいます(笑)

 だって、本物の人生ではそういう事って絶対にありえないですから。

 じゃあ、物語を進行させるために、僕が脚本家だったらどうするかというと…

 そうですね。新たな登場人物をその中に投入しますね。
 その物語を進行させる為のキーマンを…

 人生というものを自分の思うような展開にしようと思うなら、僕はこれと同じ事をやればいいと思うんです。

 自分が取る行動や選ぶであろう選択肢なんて、だいたい決まっています。

 いや、意地でも変えてやる… って言う人がいるかも知れないけど、自分の思考と違う事をやり続けるのって、やっぱり無理があるんですよ。
 結局、後から反動が来ます。

 それよりも、人生を変えてくれるような人と出会って、一緒に歩んで行ったらいいです。
 なるべく運気の強い人がいい。貴方の人生を変えてくれるぐらいの…
 
 長い人生を過ごしていると、過ぎていく日々の中で、キラッと光る素敵な出会いがあったりします。

 それを見逃さない事です。
 そして、その出会いこそが貴方の人生の大きなターニングポイントとなるはずです。

クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

無限大の力

 ある小冊子を読んでいたら、書いてあったんですけど、人間の赤ちゃんって不思議な能力を持っているらしいです。

 新聞紙で丸めて作った棒を手に持って、赤ちゃんの背後からしのびよって振りおろすと、見事にそれをかわすそうです。
 だいたい3歳ぐらいまでは100%、4歳で88%、5歳で68%の確率でかわすって書いてありました。

 成長すると、不思議な事にだんだんと退化してしまうらしいです。

 人間が元来持っている動物的本能といえば、そうなのかも知れませんが、どうして成長すると、それが無くなってしまうのかが謎です。

 きっと多分… ですけど、成長にともなって自我が形成されて、頭の中の雑念によって、こういう潜在能力が発揮できなくなるんじゃないかという気がします。

 だから、大人に背後からそっと新聞紙の棒を思い切り振り落としたら、いとも簡単にたたきのめされてしまうと思いますね(笑)

 普通は…
 普通じゃない人も、中にはいると思う。

 昔から剣豪と呼ばれた人達は、全身で気配を感じ取り、隠れた所から敵が襲いかかろうとしても、それを察知したと言います。

 武道の極意は無念無想と言われますが、まさに剣豪の境地はそれです。
 雑念がない分だけ人間の持つ本来の潜在意識が開花して、こういう離れ業ができます。

 どんな分野でも名人芸といって、普通の人が驚くような事をやる人がいます。
 小さな米粒とかに、虫眼鏡でしか見えない絵を描いたりとか…
 コインを空中に投げて、ピストルで百発百中で命中させたりとか…

 占い師が占いを当てるのも、これに似ています。
 よく、占いはきちんと知識さえ学習すれば、誰にだって当てられるようになるという人がいますが、もしそれが本当なら、もっと一般的に学問として占いは認められています。

 占いで本当に学習しなければいけないのは、感覚的に占いを読みとる技術です。
 だから欲が強すぎる占い師は、あまりいい占い師になれませんね。

 どんな分野でもわざを極める際に必要なのは、雑念を払って体全体を感覚的にとぎ澄ませる事です。

 占い師なんて、頭だけとぎ澄ませればいいだろ… って思われそうですが、僕の場合で言えばやっぱり体全体での感覚で見ています。
 まあ、見るというよりも、五感を越えた何かで感じるというか…

 それは何? と聞かれても、三次元ではうまく説明できません(笑)

 おそらく赤ちゃんは、こういう感覚でいろんな危険をキャッチしているんだと思う…

 欲や雑念を消して、感覚をとぎすませる事によって、どんな分野でも名人芸ができます。

 気をつけなければいけないのは、こういう能力を身につける事を目的にしない事です。
 だって、それ自体が欲ですから(笑)

 なるべく欲を捨てて、人知を越えた所で他人にやさしくなって、赤ちゃんみたいに純粋になった時、人は無限大の力が発揮できる気がするんですね。

 P.S.
 将棋界の巨匠・米長邦雄永世棋聖が、本日お亡くなりになりました。
 僕は小学生の頃から将棋が大好きだったので、米長さんの事はいつもテレビでよく見ていました。
 よくアマチュアの棋士と対戦される時に、「好きな将棋のマスを言ってごらん。そこで詰めるから」 と言って、本当にそこで王将を詰めてしまうんですね。
 まさに、名人芸をやってのける人でした。

 話がおもしくて、とても笑顔のさわやかな将棋の達人でした。
 米長邦雄さんのご冥福を謹んでお祈りいたします。

クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

批判する事と信用する事

 衆議院選挙、終わりましたね。(東京に住む人は知事選も…)
        うちの父も投票しました(笑)
   
 まあ、予想通りの所に落ち着いたというか…
 いろいろな意見はあると思いますが、これが日本の民意という事だと思います。

 この前、「FOCUS JAPAN 」 の講演会(11/14ブログ 「基本を間違えない事が大切」参照)の中で、竹中元大臣が、
 「安倍さんは支持層が幅広い事が強みでもあり、弱みでもある」
と語られていましたが、今の混迷の日本のかじ取りに期待したい所です。

 何といっても、小泉政権下での北朝鮮の拉致問題で、「国が人を拉致するなんてある訳ない」 なんていう甘い風潮も強かったあの時代に、実際に拉致被害者をあの国から引き戻させた手腕は、すごいと思うんですよ。

 もちろん、小泉元首相の訪朝の成果でもあるんですけど、それが実現したのも、拉致なんてある訳ないと思われていたあの時期に、被害者の家族の為に拉致問題に尽力した安倍さんの努力があってこそです。

 小泉元首相が訪朝した時、最初金正日は日本人が国内にいる事を認めながらも、国が拉致した事を白状も謝罪もしませんでした。

 金正日は拉致被害者のうちの5人を一時的に日本に帰国させる事で、日本との関係を改善しようと考えていました。
 日本の外交官も、あくまで5人の帰国は一時的で、すぐに朝鮮に戻すという条件で、先に水面下で交渉をし続けていました。

 当時アメリカのブッシュ政権は北朝鮮を矛先の一つに定めてましたから、それをかわす為にも、金正日としては、何としてでも日本との対立は避けたかったのです。

 午前の会談が北朝鮮からの謝罪もないまま終わり、昼食の時間の事です。
 安倍さんは日本政府の控え室で、盗聴されている可能性を意識して、わざと大声で怒鳴りました。

 「拉致したという白状と謝罪が無いなら、調印は考え直した方がいいのでは… 今すぐ帰りましょう!」

 脱北した元工作員の話によれば、この会話は完全に北朝鮮に盗聴されていたそうです。
 そして、午後の会談において、金正日は拉致に対して国家関与を認め、北朝鮮の謝罪につながったのです。

 会談の結果、一時的にという条件で日本に帰国した5人の拉致被害者の方は、ずっと日本に残りたがっていました。
       当たり前ですが…

 それでも当時、北朝鮮との関係性を考えるという意味で、5人をまた北朝鮮に送還するべきだという意見も根強かったんです。
 安倍さんは、そんな中で、断固5人を北朝鮮に戻すべきではないと強く主張し、小泉元総理もその意見を採用しました。

 今回のこの選挙結果は、今の景気の安定を望んだ国民の声でもありますけど、それと同時に、国民は、外交面での安倍さんの活躍にも期待をしている気がするんです。

 僕は、安倍さんというのはすごく頭の良い政治家だと思います。
 それに基本はバランスタイプだから、そういう意味でも安心できるんですよ。

 マスコミが危惧するように、民意から外れてとんでもない方向に暴走するような事もないし、かといって大衆に迎合して日本をダメにしてしまう事もないと思う。

 「途中で放り出して辞めちゃって」 とか 「知恵はあっても勇気はない」 とか、人はいろんな事を言いますけど、僕はこういう安倍さんのような政治家なら、信頼できると思っています。

 これは、誰かの意見がそうだからという理由ではなく、僕自身の考えた結論として…
     だから他にも、いろんな考え方があっても、僕はいいと思います

 でも、またしばらくしたら、マスコミからこきおろされるんでしょうね。

 マスコミというのは、政治に対しては必ずそうです。
 ほめる所を見た事がないですね(笑)

 マスコミに政治があしざまに言われる度に、国民は政治に不信感をつのります。
 マスコミのこき下ろしを、事あるごとに聞かされ続ければ、誰だって政治に信用が持てなくなるのも当然です。

 ジャーナリズムはそういうものだと言えば、それまでなのですが…

 フリーアナウンサーの久米宏さんは、
 「政権を取っているから、その政党のアンチになっているだけで、それ以外に理由はないです。だいたいマスコミが政権と同じ所に立ったら、その国はめちゃくちゃですから…」
と述べています。

 これも確かに一理あります。
 政治とマスコミが完全に一体化しちゃったら、お隣にあるような、おっかない国になってしまいますから(笑)

 でも、汚職事件は例外としても、いつも批判ばかりで終始しているのは、やっぱり良くないと思う…

 どんな仕事でもそうですけど、カヤの外の人って、何でも言いたい事が言えてしまいます。
 それで、実際にその仕事を自分でやってみると、いかにそれが大変かがわかります。

 カヤの外から見たら、全然ダメに見えても、その状況下においてはベストの対応だったりするものです。

 だからマスコミは、そういう国の内情も国民に伝えていく責務があると思います。

 自分達が選んだ政府なんだから、少しは信用してもいいと思う… 少なくとも政治家は、一般人よりも政治に関してはプロなんですから…

 そしてその上で、批判すべき点は批判すれば良いと思うんです。

 たくさんの民意が込められた今後の安倍政権に、この日本の難局のかじ取りを期待します。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

この世に生きている意味

 いよいよ、投票日になりました。

 昨日のブログでは、ちゃんと自分で政党と候補者を選んで、投票に行くべきだと書きましたが、確かにたった一人が投票したかしなかったかによって、候補者の当落が変わってしまうような事なんてまずありません。

 政治に興味のない人は、別に無理して選挙に行かなくたっていいだろう、と考える気持ちもわからなくもないです。

 確かに理屈はそうなのですが、僕は一人一人がこの住んでいる社会という目の前の現実というものに対して、しっかりと目を開いて考えて選択するという事に意義があると思います。

 せっかく今現在に生きているのだから…

 死んじゃっていたら、それはできません(笑)

 僕は死後の世界というのは、やっぱりあると思うんですよ。
 いわゆる霊と呼ばれる肉体のない意識と想念だけの状態というのもあると思います。

 そういう世界を否定する人もいると思うけど、それを否定するとつじつまの合わない事がいっぱい出てくるんです。

 「だったら根拠のある説明をしてみろ」 って言われても、ちょっと難しいんですけど…

 そうですね。まるで平面の紙に立体の形を絵に描いて示そうとしているのに似ています。
 イメージのわかない人に、「それ、ただの線だろ」 って言われたら、説明のしようがありません。

 二次元(平面)で、三次元(立体)を説明するのは無理です。
   三次元のイメージができる人に対してしか…

 死後の世界は四次元以上の世界だから、同じように三次元で説明するのは無理です。
   四次元以上のイメージができる人に対してしか(笑)

 少し話がオカルトチックにそれちゃいましたけど、別に変な壺を売るつもりはないので、安心して下さい。

 それで大切なのは、三次元のこの世に今、生きている間は、精一杯この世の事にかかわって楽しむ事だと思うんですね。
 それによって、自分の意識を成長させていく事ができます。

 そういう事って、こうやって今、体を持っている間にしかできない奇跡なんですから…

 だから世間とのかかわりは大切だし、病気でもないのに家に閉じこもっているのはすごくもったいない事です。

 この三次元世界で、一番するべきではない残念な事が自殺です。
 例えどんなに苦しくても…
      そりゃ僕だって昔は 「死にたい」 って思ったこともあったけど(笑)

 尼崎事件の角田容疑者は、獄中で自殺してしまいました。
 被害者の親族の方は、「逃げられた」 って思いが募っているかも知れませんが、あれは彼女にとっても最悪の選択のはずなんですよ。

 死んだら全てが終わるとでも思ったのかも知れませんが、そんな単純なものじゃないです。
 体が無くなったって、意識や想念のエネルギー体はそのままの形で残るんだから…

 生が続く限り生きていれば、取り調べとか裁判とかいろいろな事を通して、自分の過ちを気づかせてくれる何かに出会える可能性だってあったんです。
 もちろん本人に素直な気持ちが残っていればですけど…

 体が無くてこの世にいないという事は、そういう機会が永遠になくなる訳ですから、今までの自分の間違った想念と意識の中で、ずっともだえ苦しまなくてはならない…
 それを思うと、自業自得とはいえ可哀相です。

 まあ、死後の世界を信じる信じないは別として…

 この世に生きている間は、精一杯この世にかかわって、思い切り楽しんで、自分の意識を成長させて幸せになるべく努力し続けるのがベストです。
 
 という事で、手始めに投票所に行ってきま~す♪


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

そうだ 選挙、行こう

 明日は衆議院議員選挙の投票日です。
 うちの父親は、寒いので行かないそうです(笑)

 本当は、「絶対に行くべきだ」 って、よっぽど言いたかったんですけど、まあ年も取っているし、選挙会場まで歩くのも大変らしくて、あえて何も言いませんでした。

 別にどこどこの政党に入れろ、なんて言うつもりはありません。
 もちろん、僕自身はどこに投票しようとかは決めてますけど…
 このブログいつも読んでる人には、僕の政治思想の傾向も知られちゃってますね(笑)

 でも、僕はそれを人に押しつけるつもりは毛頭ありません。
 だって、僕の考えが必ずしも正しいとは限らないし、だいたい政治に関して言えば、正しいとか正しくないというものも存在しないような気がする…

 政党や立候補者の政策を見比べて、自分でしっかりと考えた上で投票する事が大切だと思うんです。

 情報源は、テレビの政見放送とか、新聞とか、インターネットとか、いっぱいあります。
 中でも、政党同士の討論番組なんかは、本当に参考になりますね。
 あれ、短い時間で全部の政党の意見もわかるし、面白いです。
       岐阜に帰った時、ずっと見てた…

 注意しなければいけないのは、どう考えても現実的ではないような口当たりの良い机上の空論にだまされない事です。

 一つのマスコミの情報源だけでは、なかなか的確な事はわかりません。
 特にテレビの報道番組なんかは、そのテレビ局の政治思想も入ってきちゃっていますから、気をつけていないと、知らず知らずにこちらもコントロールされます。

 頭の良い芸人として有名なロザンの宇治原さんなんかは、自分の思想に偏りができないように、3社の新聞をいつも読み比べているそうです。

 それから、誰かがこの党が良いって言ったから、何も考えずにそこに投票する… っていうのも、やめた方がいいです。
 これでは、どこかの宗教団体に入って教祖の言いなりになっている信者さんと変わりません。

 人の意見を参考にするのはいいと思いますが、ちゃんと自分で考えて決める事…
 その上で、投票に行く事が大切です。

 だったら、投票しないのだって個人の自由じゃないかとか、どうせ自分一人投票しなくたって、選挙結果が変わるわけじゃないだろう、とか言う人がいそうですけど…

 それは、違~う(笑)

 この国の未来をしっかりと自分で考えて、ちゃんと選挙に参加する所に意義があると思うんです。
 せっかく、この時代のこの国に生まれてきたんだから…

 こういう事で、個人主義の限界が超えられると思う…
 これは別に選挙に限ったことではありませんが。

 今回の選挙では、危険な隣国との問題や、原発に関する認識、さらには国家財源と消費税問題といった様々な意見が国民に問われる事になります。

 いろいろな考え方があっていいと思う…
 しっかりと自分の考えを持とうとする事が大切です。

 これは聞いた話ですが、大学のサークルにいた、ある左翼思想の女性が恋に落ちて結ばれたのは、筋金入りの右翼思想の青年だったそうです。
 思想は全く正反対なのに、この国の事を真剣に考えるお互いの思いに惹かれあったんですね。
 僕はこういうのはありだと思います。

 一番危ないのは、一人一人が無関心になってしまう事…
 みんなが政治に無関心になって、それぞれが個人主義に陥った時、日本は崩壊すると思う。
 その先には強盗や略奪がはびこる世界しかないから…
    日本がこれだけ治安がいいのは、国がちゃんとしてるからですしね

 だから有権者の方は、明日は選挙に行きましょうね♪
    そうだ、やっぱ父に電話しとこ…


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

本当に頭の良い人

 選挙の投票日が近づくにつれ、だんだんと外が賑わしくなってきました。
 師走のこの時期と相まって、いつもよりまして、年の瀬の慌ただしさを実感します。

 人というのはそれぞれに価値観が違うから、意見がぶつかり合う事だってあります。
 ぶつかる事を恐れて、自分の意見を言わないとストレスが溜まります。
 かと言って、どうでもいいような事でむやみやたらとぶつかるのも馬鹿げています。

 それでも、明らかに間違っているなと思った場合は、相手の為にもやっぱり意見を言ってあげるのが親切でしょう。
 まあ心が通い合っている友人や同僚なら、腹を割って話すだけで済むと思うんですけど、目上の相手とかとなると、うまい言い方を考えなければいけません。

 正面切って直言しても、素直に受け止める腹のすわった上司もいますが、場合によっては、逆ギレされる事もあるかも知れません。

 上司の了見が狭いんだ… といえばそれまでですが、わざわざ逆ギレされるような言い方をしているような人もいます。
 例え正しい意見であっても、相手の立場を無くしてしまうような物言いは、やっぱり相手を心から思いやっているとは言えません。

 本当に頭の良い人は、こういう所もうまいです。
 機転を利かせて、面白く話をいなして、うまく誘導して相手を納得させます。
 時には相手にわざと調子を合せたりして…
   NARUTOのシカマルみたいに… (アニオタのネタだから誰もわかりませんね)

 司馬遷(しばせん)の著した史記列伝に登場する、僕が大好きな人物で、優孟(ゆうもう)という人がいます。

 これは、楚(そ)の荘王(そうおう)の時代(紀元前613年~591年)のお話です。

 楚の王様には、お気に入りの馬がいました。
 その馬には刺繍の豪華な服を着せて、美しい建物に住まわせて、そこには寝台まで作っていました。   そこで馬がねる(笑)

 それで毎日、最高級のえさを与え続けていたのですが、そのせいか、太り過ぎて死んじゃったんですね。
 王様はとても悲しみ、家臣にその馬の葬儀を大夫(たいふ)の格式でするように命じました。
 大夫の格式というのは、内側の棺と外側の棺をこしらえた大臣クラスの立派な葬儀です。

 周りの側近達は、「そんな事はしてはいけない」 と必死に王様を止めようとしました。
 すると王様は、「今後、この馬の事でいさめる者は死刑にする」 と命令を下したんです。

 優孟はその話を聞くと、宮門に入って大声で泣き出しました。まあ、ウソ泣きですけど…(笑)

 王様が泣いている訳を尋ねると、

 「あのお馬は、大王様のご寵愛を受けた果報者の馬でした。この世に何一つとしてかなわぬ望みなどございましょうか。それなのに、大夫の格式で葬儀をなさいますとは、誠に粗末でございます。何とぞ、一国の王の格式で葬儀をなさいますように…」

 王様は、「それはどんな風にだ?」 と尋ねました。

 「お願いでございます。内側の棺は玉を彫刻して作り、外側の棺は梓(あずさ)の木に飾り模様をつけ、兵士を出して墓を掘らせ、老人や子供には土を運ばせて下さい。斉(さい)と趙(ちょう)の弔問の使者を前に控えさせ、霊廟は最高の料理をお供物とし、お墓のそばには万戸の住民を住まわせ奉仕をさせるように、なにとぞお願い申し上げます。
 諸侯の方々は、この事をお聞きになりますれば、大王様は人間を卑しんで馬をたっとばれるという事を、みなさまお分かりになられる事でしょう」

 王様はハッとしました。
 「余のあやまちは、それほどのものであったか。一体どう計らえば良いだろう…」

 優孟はこう言いました。
 「大王様の御為には、あれは畜生として葬って下さい。内側の棺は銅の大釜とし、外側の棺は竈(かまど)の淵とし、香草を添えて火の光を着せ、人間の胃腸に葬りましょう」

 王様は納得し、馬の亡骸を宮中の料理係に下げ渡しました。

 優孟の話には他にもいろいろあるのですが、優孟というのは本当に頭の良い人だな… って思うんです。
 それで、この頭の良さというのは、愛情からわき出ている気がするんですよ。

 愛情が無い人がこういう冗談を言おうとしても、単に皮肉やイヤミにしかならないと思うんですね。
 でも、優孟がやると本当にユーモラスで温かい…
 この温かさが大切なんじゃないかなって気がします。

 人を傷つける事なく上手にいなして、正しい事をわからせようとするのって、誰にでもできる芸当ではありません。
 こういう事ができる人が、本当の頭の良い人だと思います。

 そして、こういう飄々(ひょうひょう)とした人物こそが、人と人とを上手にプロデュースしながら、大きな偉業を成しとげる事になるんじゃないかって気がするんですよね。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

中心者は無為の人

 どんな組織でも、中心にいるトップの人というのは、別に取り立てて仕事ができるとは限らず、どちらかというと少し間の抜けた所があったりもします。

 「項羽(こうう)と劉邦(りゅうほう)」 の話なんかでも、結局天下を制したのは、天下無双で人から武勇を恐れられた項羽ではなく、女好きで言葉遣いも悪く、そういう面では凡庸な劉邦でした。

 僕もいろんな組織のトップの人にお会いしてきましたが、様々なタイプの方がいる中で共通しているのは、懐(ふところ)が広いというか、目先の事にコセコセとしない人ばかりでした。

 中には、そんなに実務の仕事はできそうにないような感じの方もいらっしゃいましたし…(笑)

 ただ不思議な事は、共通して 「この人の為に何かしてやろう」 と感じさせる、独特の雰囲気が漂っているんですね。

 前に一緒に仕事をしていたKさんは、まだ若いのに本を読むのが大好きで、古典とか歴史とかにすごく精通していたのですが、彼が言うには、
 「古今東西、中心者というのは、やや能無しに見える無為の人物である事が理想です」 との事でした。

 無為の人物…
 その言葉を聞いた時、なるほどと思いました。

 これは、故・司馬遼太郎さんの 「人間の集団について」(サンケイ新聞社刊)の記事にあった内容ですけど…

 ある筆者が戦前の中国の大連に渡って、苦力(クーリー)の監督になった事があるそうです。

 苦力というのは、よく三角のとんがった帽子をかぶって働いている昔の中国の労働者の人達です。まあ、いつもあの帽子かぶっていた訳ではないでしょうけど(笑)

 苦力の仕事は辛く、賃金はやっと生きられる程度で明日の希望も持てないような苛酷な人間以下の生活でした。

 その苦力達の集団の中に、たった一人だけ仕事をしないで座り込んでアヘンを吸っている老人の苦力がいたんです。
 みんな一生懸命重い荷物を運んでいるのに…

 というか、他の苦力達がわずかな賃金の中からお金を出し合って、その老人一人を遊ばせているんですね。

 その筆者というのは、苦力の監督になったばかりで、そんな事情も知らず、その老人がなまけている事に腹を立て、どなりつけて乱暴をしたんです。

 そしたら、今まで従順に命令を聞いていた全員の苦力の血相が変わり、無言で詰め寄ってきて、もう少しで苦力達に殺されそうになったそうです。

 急場を見て駆けつけた他の監督によって、苦力達の目の前で死ぬほど殴られる事によって、その筆者は命を助けられました。

 明日の希望も持てない過酷な生活の中で、苦力達はその老人一人を遊ばせておく事で、集団の意義を見出すらしい…

 僕はおそらく、苦しい生活を余儀なくされた苦力達は、その中心者である老人に 「神」 を見出したんじゃないかな… って思うんです。
 その集団の中では、たまたまその老人が、その役割に最もふさわしかったから…

 それで、そういう中心者の存在というのは、「無為」 であって初めて成り立つ気がします。

 無為って簡単そうで難しいですけど、あんまり欲を出したり、頭でゴチャゴチャ考えて作戦をめぐらしたりすると、まあ無為からは離れていくでしょうね。

 トップというのはそういう役目は参謀に任せて、軸になってどっしりと構え、ここ一番の時以外には動かないというのが仕事かも知れません。

 時代劇の剣劇シーンなんかでも、主役というのはそんなに動きません。
 斬られる役の人(笑)が目一杯の動きで主役にかかっていって、勝手にやられちゃうんです。

 つまり、実際の動作でもゆったりとしていれば、中身はとにかくとして、何となく大物に見えるし、小刻みに細かく動くとそれだけ小物に見えます(笑)
 逆に、ゆったりとした立ち振る舞いをする事で、気持ちの上でも肝がすわってくるものです。

 トップに立つ人は、なるべく、この 「無為」 というものを意識する事が必要です。
 どこか自分を空っぽの状態にしておく…

 そうする事によって、人間が本来持っているインスピレーションも冴えてきます。

 それに、人を惹きつける魅力というのも、そんな我欲を超えた所で備わってくるような気もするんですね。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

究極の速攻開運術

 運命を信じる人も、信じない人もいると思いますが、なんだかんだ言っても、やっぱり 「運」 というものはあると思います(笑)

 運の良い時期とか、逆に運が低迷している時とかというのは、他人から見ると本当に良くわかります。
 特に運気の低迷している人というのは、とてもわかりやすいです。
 だいたいにおいて、「自分でそうやって運を悪くしているんでしょ」 って言いたくなるような行動をしていますから…

 つまり、他人から客観的に見た場合、運が良いとか悪いとかというのは、案外自分次第のように見えるものなんですね。

 これは正論だと思います。
 とはいえ低迷期の渦中にいると、それに気づく事自体が大変だという事がわかるんですけど…

 そうですね… まるで自分が座布団に座ったまま、座布団ごと横に移動するようなもんですね(笑)

 運気が良い時期と低迷している時期とを分けて考えてみますと…

 まず運気が良い時期というのは、常に良い発想がいろいろと浮かんできます。
 なんか天からメッセージを受けているような感じですかね。それでその通りにすると、不思議な事に大成功します。
 集中力もあってミスも少ない…
 他人から見ていると、とてもスマートで素敵に見えます。当然人気だって出ます。

 結果的に同じように運気の良い人が、いっぱい近くに集まってきますし、運気の悪い人は自然にはじき飛ばされるようになります。

 逆に運気の低迷した時期というのは、決まって集中力がなくなってきます。
 そうですね… 半径30cmぐらいの所に、常にモヤがかかっているといいますか(笑)
 だから道を歩いていても危ないですね。
      交通事故に注意

 いつもイライラして、だいたい嫌な事ばっかり考えています。そして、感謝をすっかり忘れてしまっているのが特徴です。

 何をやるにも、ちょっと考えればわかりそうな事がわからないという状態なので、仕事のミスも頻発します。
 言動にもデリカシーがなくなってくるし…
 当然良い発想も浮かんできません。

 そんな状態で、やけを起こして行き当たりばったりで破壊的な行動を取ってしまうのが特徴です。

 こういう時、周りにいる運気の良い人で、優しいタイプは 「かわいそうだな」 って遠くから見守ってますし、中にはスーッと離れていく人もいます。

 それで同じように運気の悪い人がそばにやってくるんですね。
 同じような問題を抱えた人と、見通しの立たない儲け話や、誰かの悪口に盛り上がったりします。
 喧嘩っぱやい人は、イライラして喧嘩を吹っかけてきます。

 これが低迷期の正体です(笑)

 よく、低迷期は何もしないで嵐がおさまるまで家に閉じこもっていたほうが良い、と言う占い師さんがいるようです。
 ひどい占いになると、受験や結婚は3年待てとか、子供が産まれるとその子は必ずグレるとか言います。
 まあ、その手の占いは、低迷期の算出の仕方さえもあてにならないので、全く気にする必要はありません。

 逆に、この低迷期の正体さえ知れば、別に家に閉じこもっている必要などない事がわかります。
(むしろ、家に閉じこもっているという選択は最悪の選択です)

 低迷期の時は、まず思考の状態をノーマルに戻す必要があります。
 その上で、今の人間関係を見直してみる事…

 そして、一番手っ取り早い開運策は、運気の良い人の所へ飛び込んでいく事ですね。
 これが、究極の速攻開運術です。

 こういう時期というのは、その勇気もなかなか出ないものですが、思い切ってそれをやってみる…

 そうする事によって、運気の良い人からいろいろとご指導を受ける事ができます。
 たまには、うるさい事を言われる事もあるかも知れませんが、そこから逃げ出さない…

 こうする事で、本来は低迷期であっても、非常に実りのある時期になります。

 運気の良い人にくっついて行動する事で、自分自身は低迷期でも、その人の運勢に乗っかる事ができるという訳です。
 しかも、その過程でたくさんの事を学ぶ事ができる…

 家に閉じこもっているよりも、百万倍こちらの方がお得です。

 そして、この時期に学んだ分だけ、本来の開運期になった時に大きく運が開きます。

 僕は今までいろんな人の運勢を見てきましたが、本当に運の強い人というのは低迷期がないんですよ(笑)
 普通の人にとっては、低迷期となる所も、生みの苦しみのような心の葛藤は多少あっても、そういう時期でさえ現実の運そのものは開いているんです。

 そして、さらにその時に学んだものを生かして、来るべき時に大きく飛躍していきます。

 考えてみれば、これは誰にでも可能です。
 必要なのは謙虚さと感謝の気持ち、そしてほんのちょっとの勇気だけ…

 大きく羽ばたくその瞬間のイメージをしっかり心に焼きつけて走り出した時、貴方は常に開運期のど真ん中にいる事に気づくはずです。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

幸せの形は変わっていく

 人間というのは年を取るにしたがって、趣向や好みも変わっていきます。
 たまに、一つのものにかたくなにこだわる人もいますが、本当はあまり執着しないで、自然にまかせて変えていった方がいいです。

 人は必要に応じて、より良く変わっていく事に意義があると思います。
 世の中だって、ずっと変わり続けているのだから…

 好みの食べ物なんかでも、自分でも知らないうちに変わっています。
 僕が子供の頃に好きだったのは、ステーキとか焼き肉とか、こってり味のラーメンとか… 油濃いものが大好きでした(笑)

 今でもラーメンは好きですけど、むしろ油濃いものよりも野菜とかのほうが好きになりました。

 異性の好みだってそうですね。

 心理学のパイオニアである、カール・G・ユングは、心の中にある元型(人類共通の物事に対する感じ方のパターン)の一つとして、「アニマ・アニムス論」 を提唱しました。

 ユング心理学の中でも 「アニマ・アニムス論」 は、物議をかもしだしているものの一つで、僕もこの論は必ずしも正しいとまでは思ってはいませんが、大いに参考になる事は確かです。

 アニマというのは、感情的で水のような包み込むイメージを持った、男性の内面にある元型で、自分が求める女性像に影響を及ぼします。
 そして面白い事に、このアニマは四段階で成長していきます。
 つまり、男性の憧れの女性像は、成長とともに四段階で変わっていくという訳です。

 まず第一段階は、「生物学的なアニマ」 …これは、性欲を満足させてくれる女性というアニマです。つまり女性の体やヌードそのものです。

 そして第二段階は、「ロマンティックなアニマ」 …イメージ的には、美しくて清純なお姫様といった感じです。恋愛感情を満足させてくれるアイドルのような存在です。
    秋葉原の地はこのアニマのメッカ…

 第三段階は、「霊的なアニマ」 …この段階になると、精神性がぐっと入り込んできます。このアニマは例えるなら、聖母マリア像のイメージです。献身的で完璧な女性です。
 精神性が重視される半面、このレベルになると性欲的な要素は切り捨てられます。

 そして、第四段階は、「叡智のアニマ」 …この段階は、もう人間のレベルを超えた存在です。気高く凛々しく崇高です。イメージで言うと、観音菩薩みたいな感じ… 至高の神みたいな存在です。

 続いて、アニムスというものですが、これは論理的でたくましく頼もしいイメージを持った、女性の内面にある元型で、自分が求める男性像に影響します。こちらも四段階で成長していきます。
 つまり女性の男性の好みも、自分の成長とともに四段階で変わっていくという訳です。
 (アニムスの成長の段階は、ユング自身ではなく、ユングの妻である心理学者エンマ・ユングが提唱しました)

 まず第一段階は、「力のアニムス」 …男性の肉体的な強さを表すアニムスで、筋肉ムキムキのマッチョマンのイメージです。

 続いて第二段階は、「行為のアニムス」 …力強く頼もしい存在の男性で、目的を伴った行動をします。強い意志力を象徴するアニムスです。
    ジャン・クロード・バンダムとか、全盛期のシュワル・ツネッガーとか(笑)

 第三段階は、「言葉のアニムス」 …この段階になると、肉体よりも論理性が優先されます。単に力ではなく論理によって人を導いていく、強いリーダー性を持ったアニムスです。

 第四段階は、「意味のアニムス」 …物事の真の意味を諭してくれるアニムスです。グイグイ引っ張っていく男性像ではなく、むしろ穏やかで精神的な真の価値を教えてくれる男性像です。

 この 「アニマ・アニムス論」 には反論も存在しますが、それはさておいても、年と共に異性の好みがだんだんと変わっていく過程を示す面白い論考です。

 食べ物や異性の好みもそうですが、人の幸せの形だって変わっていきます。

 僕も子供の頃は、テーマパークみたいなワクワクドキドキするものが好きでしたけど、年を取るにしたがって、のんびり自然と一体になっていくようなものが好きになりました。

 これから先、自分の好みがどう変わっていくかなんて、想像もつかないけれど、より上質で精錬された年寄りになっていきたいです。

 P.S.
 今日は少し朝早く起きて、外に出かけました。
 近くの地面の上を見てみたら、白いビニール紐のようなものが点在していて、何だろうって近づいて良くみると、コレ霜なんですね!!

  霜
 どうりで寒いはずです…

 千葉はまだ雪は降っていませんけど、昨日は全国的に雪の所も多かったとの事… 冬将軍到来ですね!

 冷え込みも厳しくなってきましたから、皆様風邪などひかないように、どうぞ温かくしてお休み下さい。  お風呂で温ったまってね…


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

結婚進化論

 僕は時々、パリに滞在していた時からのお客様でもあり、僕の仕事のアドバイザーでもあるFさんとお食事に行きます。

 Fさんは、僕より一つ年上の男性の経営者で、博学で頭が良く、いつも為になるお話をして下さいます。

 昨日Fさんからお聞きしたお話は、どうしたら素晴らしい人との結婚ができるかという内容でした。

 Fさんは、まずは自分が結婚を成就させたい理由を具体的にハッキリさせる事が大切だとおっしゃるんですね。

 なるほど… と思いました。
 確かに、こういう事をハッキリとさせている人は少ないかも知れません。

 僕もそうですが、案外多くの人が、ただ漠然と結婚したいって考えているんじゃないかと思います。
 自分の気持ちを深く掘り下げるのって、案外面倒なんですよね。

 で、いろいろと思いつく理由をあげてみると、多分、一番下世話(げせわ)なのが、「自分の性的欲求を満足させたい」 というものでしょう(笑)
 まあ、これは人間の体のメカニズムなんだから、ありだと思います。    「あると思います!」 by 天津木村さん   またかよ…

 あとは、「将来の不安をなくしたい」 とか 「世間体を良くしたい」 とか 「経済的に安定したい」 とか 「家事をやってもらいたい」 とか 「素敵な人のそばで自分を向上させたい」 とか、いろいろと理由が思いつきます。

 でも、これらもさっきの 「性的欲求を満足させたい」 という理由と、大してレベルは変わらない気がするんですね(笑)
 最後の 「素敵な人のそばで自分を向上させたい」 は、他のものより何となく高尚な感じがしなくもないですけど、やっぱり基本は同じです。

 取りあえず、これらの理由をA群とでもしておきましょうか。

 それで、さらにもっともっと心を深く掘り下げていくと、少しさっきあげたものとは少し毛並みの違う理由も思いつきます。

 例えば、「誰かに愛を与え続けて、その人に幸せになってもらいたい」 とか 「子供を作って、その子を立派に育て上げたい」 とか 「家族みんなが幸せな家庭を築きたい」 とか…

 これらをB群としておきましょう。

 A群というのは、自分の欲求そのものであるのに対して、B群の方は温かい愛情に満ちています。
 もちろん、愛情という名の親切の押しつけや、親のエゴなんかにすり替わっていなければ、という話ですが…

 この世の中で縁が引き寄せる相手というのは、だいたい自分と同じようなレベルの人です。   「引き寄せの法則」 と言います…

 もしもA群のような理由を主目的にしていると、やっぱりA群のような目的を持った人を引き寄せるから、結婚がまるで条件と条件の契約交渉みたくなっちゃうんですね。

 「経済的に安定したい女性」 と 「家事をやってもらいたい男性」 とか。
 「世間体を良くしたい女性」 と 「美人好みの男性」 とか…

 まあ、普通はそんなものかも知れませんけど、なんか無味乾燥というか、味気ないというか…

 A群の理由で結婚する場合、契約交渉で自分が売りにできる条件のカードをしっかり持っていないと、うまくいきません。
 それに誰と出会っても、「本当に運命の人がこの人かなあ…」 って実感がわきにくいのも特徴で、なかなか結婚にたどり着きにくいんです。
 よっぽど、勢いよく決めてしまわない限りは…

 逆に、B群のような理由で結婚をしたいという人は、非常に進化した人です。
 そしてB群の人は、結婚して多少の現実的な苦労があったとしても、愛さえ存在すれば幸せでいられるんですね。

 面白いのは、A群の場合には結婚相手というのがどうしても限定されてしまうのに対して、B群の場合にはそれがありません。
 あえて言えば、相手も同じB群の理由で結婚したいと思っている事ぐらいでしょうか…

 そして、B群の理由を持った同士で結ばれた二人は、必ず幸せになれます。まさに愛し愛される理想の夫婦として…

 B群のような理由を持った人は、あまりA群のタイプの人に惹かれる事がありません。
 何となく心が冷たいように感じてしまうんですね。

 では、B群の理由を持った相手と惹かれ合うにはどうしたらいいかというと、やっぱり自分もB群の理由に目覚めるしかありません。

 もっともっと心を掘り下げて、自分を進化させていく…

 こういうB群にあげた目的というのは、全て日常生活で訓練できる事なんです。

 例えば、目の前にいる人を愛して、その人の幸せを願うとか…
 近くにいる子供を自分の子のように教育するとか…
 自分が属している集団のみんなが幸せになる事をいつも考えるとか…

 こういう事をいつも意識する事によって、日常生活が円満に行くだけでなく、自分の人格も知らない内に向上しています。
 さらに結婚運もよくなる…

 そして、「引き寄せの法則」 で、同じように相手の幸せを願うB群の人の縁をたぐり寄せます。
 お互いが出会って、本当に幸せになれる素敵な縁を…

 将来の結婚の事でちょっぴり心配な人も、もう大丈夫!

 ほんの少し生き方を変えるだけで、本物の素晴らしい縁をたぐり寄せる事ができますよ。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

愛もイライラも伝染する

 心というのは、本当に移ろいやすいものですが、やっぱりできる事なら安定させておいた方が幸せです。
 さらに愛がある状態なら、もっと理想的です。

 まれに心を不安定にしておいた方が、大きな事を成しとげやすいというのも確かにない事はないのですが、リスクの方が大きいです。

 だから、不平不満やイライラが募っている時は、それを放置しないで、心を良い方向へ持っていくように工夫する必要があります。
 この工夫がうまい人ほど、素敵な人生を歩めると言っても過言ではありません。

 で、心の状態が良くない時、だいたい人が取る行動というのは、2つのパターンがありますね。

 一つは、その心の状態のままに暴走するパターン…
 これは最も要領の悪いパターンで、周りの人まで振り回されます。

 もう一つのパターンは、せめて行動だけはちゃんとしようとするパターンです。
 良くありがちなのは、心がイライラしながらも仕事に精を出して落ち着こうとする…
 悪く言うと、自分の内面を見つめようとしないで、仕事に逃げようとするパターン。
 男性に多いです。

 それで不機嫌なまま、仕事を終えて会社から出て、
 「ただいま」 って家に帰ると、奥様もやっぱり何故か不機嫌なんですね(笑)

 女性というのは、男性以上にそういう目に見えない気みたいなものに敏感ですから…
 奥様としては、ご主人の不機嫌でいたわりのない態度が許せない…
 それで、ご主人のお決まりのセリフが、

 「亭主が仕事で疲れて帰ってきたっていうのに、その態度は何だ

 これ、ドラマでもコントでも定番の夫婦喧嘩のパターンです(笑)

 気丈でしっかり者の良くできた奥様だと、そんな時でも何とか男性を支えようとします。

 それで、これも良くあるパターンの一つが、自分の心をコントロールできないご主人が、仕事のグチをずっと奥様にこぼし続けるケース…

 こういう男性は多分、「女房は亭主の仕事のグチを聞くのが務めだ」 とでも思っているのでしょうね。
 これでは奥様が可哀想です。    そのうち病気になります…

 別に、仕事のグチは全部腹の内におさめておけ… って言っているんじゃありません。

 大事な事は、少しでも自分で工夫して、心を良い状態に持っていく努力を、まずはやって見ようとする事です。
 それでもダメなら、少しぐらい愚痴をこぼすのは良いでしょう。

 でも、少し厳しい言い方ですが、仕事を一生懸命やる事だけで、自分の不機嫌を人に受け入れてもらおうとするのは甘いです。

 逆にどんなに心の持ち方を工夫しても、精神状態を良く保てないような職場であれば、新しい環境に移る事を考えるべきです。

 イライラとか不機嫌って、電気みたいに人に伝染します。
 イライラの電磁波を帯びたような状態で家に帰ったら、その電磁波は家族全員に伝染します。
 子供の精神状態に与える影響は、計り知れないほど深刻だったりします。

 だからこそ、なるべく自分の心の中をうまく咀嚼(そしゃく)して、ネガティブなものをきちんと消化して、心を良い状態に保っておく事が必要です。

 少しでもいいから、感謝に満たされて、愛に包まれた状態に近づけるように…

 これから先の未来、僕は一人一人がこういう努力をしていく事が、本当に必要になってくると思うんですね。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

ゆるがない最強の運

 自分の運を良くするのも、悪くするのも、当前の事ながら目前の物事に対する言動の積み重ねの結果です。
 だから、常に言動が立派な聖人君主のような人は、運そのものも、かなり高いレベルで保障されている事になります。

 とはいえ、心そのものがその言動に追いついていないと、逆にその心の歪みによって、思わぬ所で足元をすくわれる事になりかねません。
 心が伴っていないのに、言動はすごく立派というのは、いつ自分が崩壊するかわからない危険をはらんでいるとも言えます。

 だいたい、そういった不安定な状態で、立派な聖人君主の言動をキープするには、相当なパワーが必要です。

 それができる人というのは、リーダー性や指導力も持ち合われている事になりますし、当然運のレベルも高い水準でキープされていますから、社会的にも成功者になりやすいです。
 だから、尊敬されるべき人物である事には変わりありません。

 でも、本当は心の傷を完全に克服できていなかったりして、心と言動とのギャップがあると、その言動の一つ一つの影に危うさが見え隠れする事があります。

 そうですね…
 そういう人というのは、何となく近づきがたい怖いムードが漂っているのが特徴です。
 だって立派な言動に反して、心の底が満たされていませんから。
 そのギャップの分だけ、破壊力を秘めた何かが溜まっちゃっているというか…

 こういうタイプの人というのは、ほんの些細な事でもすぐに機嫌が悪くなります。
 それで、「逆らったら怖いよ」 というオーラが体中から出ていますね(笑)

 僕が知る限り、本物の道の達人は、こちらがよっぽど礼を欠かない限り、すごく穏やかで柔らかいのが特徴です。

 心と言動のギャップがあると、人によっては、あのNHKのアナウンサーのように、それが制御できない性欲となって暴走する事もあります。
 性欲を満足させる事は、溜まったイライラを解消させる最も安易な手段ですから…
   ただしこの手段では、結局根本的な解決にはならない…

 だから、気持ちが欲望まみれだったり、怒りが満ち溢れていたりして乱れまくっているのに、言動だけは立派というのは、あんまりほめられたものじゃないんですね。

 やっぱり、まずは自分の心を上手に制御する事から始めなければいけません。
 その為には、常に一瞬一瞬の自分の念をコントロールする必要があります。

 それは正しい心の知識によって…
 正しい心の知識を持っていないと、ちゃんと自分の思いをコントロールできませんから…

 こういうのは、宗教が最も得意とする所ですが、別にそういった団体に入る必要はありません。

 禅とか神道の教えとか、ユング心理学とか菜根譚とか、法話とか教会のミサとか…etc この世に生きていると、そういったたくさんの便利なツールを、たいしたお金を掛ける事なく心にインストールできます(笑)

 あとは、そのツールをうまく使いこなして、実際に心の葛藤に打ち勝って、自分を正しく制御できるようになるのが大切な事です。
 ツールは学ぶ事よりも、それを使いこなす事の方が重要です。
    そして、そのツールに縛られない事…

 そうやって、常に一瞬一瞬の思いを良い方向にコントロールして、その上でしかも言動も伴ったならば、もう大丈夫!

 ゆるぎない最強の運を手にしていますよ。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

人生は運に支配されている

 昨日のブログの話ではありませんが、やっぱり、人生で一番キツいのは、精一杯頑張れるだけ頑張ったのに、あと一歩の所で、結局結果が出なかったというパターンだと思います。

 仕事でも恋愛でも… 何でもそうですね。

 精一杯頑張った分だけに、打ちひしがれる度合いも大きい…
 だから人は挫折を感じ、頑張る気力もなくなってしまう事さえあります。

 もう少しで結婚という所だったのに、結局破談になってしまったら、それまでその人と過ごした時間は何だったんだって、思いたくもなるのも無理はありません。

 でも本当は、その時間って無駄ではなかったりします。
 きっと、そこで何かを学ばなければいけなかったのだと思う。
 本当に添い遂げるべき人と出会ってしまうその前に…

 最終的にうまく行かない事というのは、その時の自分にはまだ早過ぎたから、うまく行かなかったに過ぎません。
 来たるべき時が来たら、それは必ずうまく行きます。

 運命のシナリオなんて、だいたいは決まっていますよ…

 僕がパリに旅立とうと、自宅のアパートを出た時、すでに携帯サイトの路線案内の時刻では、成田空港のフライトのチェックインの時刻に完全に間に合っていませんでした。

 その日、出掛ける間際まで、スーツケースを職場に置いてきてしまった事に気づかずにいて、荷物の詰め込みがうまくいかず、悪戦苦闘している内に時間がどんどん過ぎていってしまったのです。

 もう泣きそうな顔をして、荷物と一緒に全速力で走ってましたね(笑)

 ところが、そうやって走っている内に電車の乗り継ぎが奇跡的にうまく行って、路線案内のスケジュールよりも早く成田空港に着けたのです。

 もちろん、それでもチェックインの時刻に少し遅れてしまっていたのですが、何とか懇願して特別に搭乗させてもらえました。

 もう一度航空券を買うような予算は持ち合わせていませんから、まさに九死に一生というか… というよりも、僕はやはりパリに行くという運命のシナリオは決まっていたのだと思うんです。

 もし、あの時パリに行っていなかったら、今の僕の成功はありませんでした。

 うまく行く事はうまく行くし、うまくいかない事はうまくいかない…

 信じない人もいるかも知れませんけど、実はこういう事って最初から決まっているんです。

 じゃあ、何の為に生きているかわからないじゃないかって、言う人もいるでしょう。

 僕は、その決まっているシナリオを、より良く変える為に生きていると思うんですね。

 どうやってかというと…

 人生には時々テストというのがあるんです。

 例えば、電車で席に座っていたら、自分の目の前に腰の曲がったお年寄りが立ったとか…
 誰もいない道端で、多額の現金が入った財布を見つけたとか…
 他にもいろんなテストが… 言ってみれば、人生はテストの連続と言えるかも知れません。

 その時に、どういう行動を取るか…

 こういう所で、本来自分が取るであろう行動パターンを良く変える事ができた人は、今までのシナリオが良く変わっています。
 もちろん逆だってあります。

 そんな中で、正しい事を精一杯やっていれば、時間は掛かっても必ず運は開かれてきます。

 焦らなくても大丈夫…
 貴方には、幸せになる最高の人生のシナリオが用意されていますよ。

 P.S.
ホエーどん 今日は、お世話になっている社長と、知り合いがバイトしている 「花畑牧場ホエー豚亭 浜松町店」に行きました。

 花畑牧場っていえば、タレントの田中義剛さんですが、知り合いの話だと実際にお店に来た事もあるらしいです。
アイスクリーム
 店長さんも優しくていい人だし、ホエーどんの豚肉のとろみが最高です!
   本当、ご馳走様でした…
 お味噌汁に、ドリンク(100%オレンジジュース)、それにキャラメルソースをかけて食べるバニラアイスの味は絶品でした!

 東京に立ち寄る時には、また行こうと思います(^^)


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

全てのものは天から与えてもらったもの

 人生には、時に自分の予定通りにならない事があります。
 せっかく一生懸命築き上げて、もう少しで成果が上がるはずだったのが、思わぬ所で誤算が生じて破綻する事だってあります。

 そのきっかけはさまざま…
 例えば、人身事故で電車が止まってしまった結果、大事なプレゼンテーションに間に合わなくなってしまったとか…
 誰かに提出しておくように頼んだ書類が、すっかり忘れられていたとか…
 振り込まれるはずのお金が振り込まれていなくて、支払いが期限までに間に合わなくて、約束の話が流れちゃったとか…

 そういった事の原因が自然災害だったりした場合は、まだあきらめもつきやすいのですが、まあ、こういうのは人による原因がほとんどです。

 せっかく今まで頑張って、もう少しで日の目を見ようとしていた事が、誰かのせいで台無しにされてしまったとしたら、その相手の事を憎々しく思うのは無理もないでしょう。

 とはいえ、起きてしまった事は仕方がありません。

 確かに起きてしまった事も不幸ですが、その最もたる不幸は、原因を作った相手を憎みながら、憤懣やるかたない思いで悶々と過ごしている時間にあります。

 もちろん現実的な所で、損害賠償とかの事はきちんと考えればいいと思うのですが、取り返しのつかない事に関しては、いつまでも相手を憎まない事です。

 そうでないと、それに囚われて不毛に過ごしてしまう自分の時間がもったいないです。

 それに、人身事故で動かない事になる電車に乗ろうと決めたのも、大事な書類の提出を頼んだ人を決めたのも、元はといえば他ならぬ自分なのですから…

 そんな事が起こるなんて、前もってわかる訳ないじゃないかって、思われそうですが…

 ちょっと薄情な言い方ですけど、その選択肢を選んだ時点で、自分に運というものが無かったという事です(笑)

 人生というのは、自分で決めているようで、こういう見えない運によって決まる所が本当に大きいです。

 普通の人というのは、今まで頑張って築き上げてきたものというのは、自分の努力のたまものだと思っています。

 僕も少し前までそうでした…
 だから、せっかく自分が頑張った事が、こんな風に誰かに台無しにされたらやっぱり悔しいです。

 でも、最近、ふと気付いた事があるんです。

 ひょっとしたら、自分の努力なんて、ほんのわずかなもので、たまたまそれを築ける環境に恵まれていただけじゃないかって…

 僕の普段の仕事で、本の原稿を書いたり、講座のテキストを作ったり、このブログだってそうなんですけど… 調子が悪い時は良い文章が出てこないんですよ。

 もちろん適当な文章だったら、いくらでも出てきます。
 でも、人に読んでもらって、何かを与えられるような文章は、どんなに気合い入れても出て来ないです。

 「アルジャーノンに花束を」 のダニエル・キイスじゃありませんが… (6/29ブログ 「感覚生活のススメ」 参照)
    適当な文章を書いちゃった時は、後でちょこちょこ校正しています(笑)

 それに講座にしたって、たまたま人の縁で講座を行なう場所が見つかって、それに何より、たくさんの受講生の方が集まって下さったからできたようなものです。

 これはどんな事に関しても、きっと同じですね。

 例えば何か物を作るとして、その材料と工具がそこに存在しなければ作る事はできないし、誰かから作り方を教わっていなかったら、やっぱり作れないです。

 だいたい今、生を受けていなければ、どっちにしたって何にもできない訳ですし…

 やっぱり自分の努力なんてほんのわずかです。

 それで、その時に結果が出なかったという事は、きっと今は時期が早かったっていう事だと思うんです。

 僕の経験上、頑張った事というのは、今すぐ結果に結びつかなくとも後から必ず生きてきます。

 だから、例え誰かのミスで自分の予定が狂ってしまっても、ヤケにならない… 人を恨まない事です。

 来たるべき時が来たら、必ず報われる時が来ますから。

 全てのものは天から与えてもらったもの…
 そう考えた時、人の失敗も自分の運命も、全てを受け入れる事ができるようになります。

 そしてその時、計り知れないほどの安心感に包まれるはずです。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

人生はいつだって楽しくて素敵!

 3泊4日の帰省旅行から千葉の松戸に戻って、今日から仕事始めです。
 父とお酒とビールをちゃんぽんにして飲んじゃった日だけは、調子が悪かったですけど、しっかり休んだだけあって、気力はバッチリ充実しています。

 まあ、正月休みを先に取っちゃったようなもんですから、これからバリバリと仕事を頑張りますよ!

 正直言うと今までの人生は、休み明けの日ってすごく辛くて憂鬱でした。
 学校に行ってた頃なんて、月曜日は本当にいつも気持ちが塞いていましたね(笑)
      Mondays always get me down です…(雨の日と月曜日は

 でも今は違う…

 自分でも、こんなに人生というもので気持ちが開放される事があるなんて、思ってもみませんでした。

 本当はこの状態が普通であって、人生が重苦しいというのがおかしな事なんです。
 僕も今になってやっとそれに気付けたのですけど…

 だから、「人生というのは、辛くて耐え忍ぶものなんだ」 なんて言っている人の言葉を真に受けてはいけません。
 そういう人というのは、まだ本当に幸せになった事がない人なのですから…

 辛い仕事を我慢しながら耐え忍んで頑張る事が立派な事だという人がいますが、僕はそうは思いません。
 仕事とか勉強とかを仕方なくイヤイヤやっているだけなら、いっそ辞めた方がいいと思う(笑)
 そこに目的がなかったら、何も意味がないと思うんですよね。

 もちろん、最初から自分のやりたい仕事につける人なんて、ほんの一握りです。ほとんどの人は、どちらかというとやりたくない仕事についている事でしょう。

 愛する家族を守る為に、仕方なく仕事をしているというのだったら、「仕方なく」 は忘れて、いつも愛する家族の喜ぶ顔を思い浮かながら、仕事をしたらいいですね。

 将来の自分の夢を叶える為に、仕方なく仕事をやっている人だったら、「仕方なく」 は忘れて、自分の夢が叶ったビジョンをいつも思い浮かべながら仕事をしたらいいです。

 あまり感心した事例ではありませんが、毎週日曜日の競馬が生きがいで、その掛け金を稼ぐ為に仕事をしているとか、新作のテレビゲームソフトを手に入れる為に仕事をしているというのなら、それはそれでいいです。

 でも、そういうものが何もなくて、本当に仕方なく辛いなあと思いながら仕事をしているだったら、無責任な事を言うようですけど、そんな仕事辞めちゃった方いいです。

 仕方なくイヤイヤ自分を苦しめながらしている仕事なんて、人生の時間の無駄遣いですよ。
 例えその仕事でどんなに収入が得られようが…

 それならいっそ仕事を辞めちゃって、それで新しい就職先が見つからなくたっていいじゃないですか(笑)
 例え食べていけなくても、日本に住んでいる限り、餓死して死ぬような事はありませんから…

 そういう食べていけない経験をしたら、きっと自然に先の事をしっかりと考えようと思うし、次に仕事が見つかった時は、「仕方なく」 じゃなくて、感謝して仕事ができるはずです。

 頭を抱えながら、辛く重苦しく考えこむと、どこまでも辛く重苦しくなります。
 人生は辛くて重苦しいんだと考える人は、自分で辛くて重苦しくしてしまっている事に、気づかなければいけません。

 人生はいつだって楽しくて素敵なもの…

 まあこれは、今まで人生を辛くて重苦しいものだと考えてフラフラになりながら生きてきた人間が言う結論ですから、にわかには信じられない人も、少しは真に受けてもいいですよ(笑)


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

旅の終わりと始まり

 いよいよ今日で3泊4日の帰省の旅の終わりです。

 昨日は父につき合って、Nさんから頂いたバームクーヘンを食べながら、ビールとお酒を飲んで、だらだらとテレビを見て過ごしました。
   Nさん、ごちそうさまでした。父は歯がないので、「うなぎボーン」 は無理でした…

 いや、久しぶりに調子悪かったです(笑)
 だいたい僕は、一人でお酒を飲む事もありませんし、僕の千葉の家にはテレビもありません。

 お酒に酔った時は気持ちはいいのですが、その間の時間って仕事にならないですね。
 テレビも同様で、「ながら作業」 で何か仕事ができるかというと、やっぱり無理…

 今、我に返ると、あの時間に少しでもエテイヤ・タロットの翻訳作業を進めれば良かったって思います。

 まあ、でもたまには気を抜くのも良しとしますか…
 本来、正月にする楽しみを先に取っちゃった訳ですから、その分正月は思いっきり頑張ります!

 旅の終わりは、少し寂しくて…

 岐阜駅を旅立つ時、電車から外を見ると、日の光を浴びて金色色(こんじきいろ)に輝くアイツが、僕の事を見送ってくれました(笑)

信長
  なんとなく、スターウォーズのC-3POにも似ていると思う…

 「また来いよ。オレみたいにビックになれよ…」
 金色の信長がそんな風に僕に言ってくれたかどうかはわかりませんが…

 今回の旅行は父に会いに行っただけではなくて、たくさんの素晴らしい人に会う為の旅でもありました。
 素晴らしい人に会うというのは、自分を成長させる一番の特効薬だと思うんです。

 そうやってどんどん自分を高めていきたい…

 現状維持のままというのは、退化しているのと同じですから…
 いつの間にかアンカーボルトが老朽化して、トンネルの天井が落ちてこないとも限りません。

 あの事故は被害に遭われた方に取って、本当に不幸な事故なんですけど、ただ人ごとにして責任者を責めるんじゃなくて、我々の教訓でもあると思うんです。

 このままでいいんだ… って惰性で生きるのは、あの惨事とまでは行かなくても、自分の人生を袋小路の行き詰まりにする原因になりかねません。

 だから自分の人生の点検は、怠ってはいけませんね。

 3泊4日の岐阜の旅はこれで終わり… そしてまた新しい始まり…
 帰りの新幹線の中、新たな気持ちで自分の人生に挑戦していこうと思いました。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

親不孝の親孝行

 岐阜で有名なものとか、名産品は何だろうって考えてみますと、特に何も思いつきません。

 という冗談はさておき(笑)  岐阜の地元の人に怒られます…

 名産品というと、和紙… ちょうちんとか和傘なんかが有名です。それに陶磁器ですか…
 果物ですと柿の生産地として有名です。まあ、青森のりんごとか、宮崎のマンゴーほどには知名度はありませんが…
 あと有名といえば、長良川の鵜飼い(ながらがわのうかい)ですかね。
 昔、鵜飼船に乗って、鵜匠さんが鵜を使って、アユを取っている所をよく見物しました。

 でも、それにもましてもっと有名なのは、織田信長です(笑)    これは別に名産品ではありませんが…

 「信長公記」(しんちょうこうき)によれば、織田信長は、稲葉山城の城下町の井口(いのくち)と呼ばれていたこの地を、「岐阜」 という名に改め、この地を本拠地にすえて、全国の大名と戦っていたのです。

 岐阜は、信長の政策の一環である楽市・楽座によって、当時ものすごく発展していました。

織田信長 そんな信長の功績をたたえて、できたのがコレ。

 金ピカの織田信長公です。
    本物の金箔です…

 僕の知らない間にいつの間にか、岐阜駅前に火縄銃を持って立ってました。
    それにしても何で火縄銃(笑)

 しかも、絶対に人がよじ登れないような、こんな高い足場の上に…


 それだけでは、ありません。
岐阜バス

 バスまで織田信長です!

 この信長のイラスト、明らかに「戦国無双」 とか 「信長の野望シリーズ」(いわゆるテレビゲーム)なんかの影響を受けていると思うのですが…

 僕は織田信長という人は尊敬はするんですけど、戦国武将の中では、それほど好きではありません。
      少しだけ狭量な所が(笑)

 小さい頃から信長は身勝手で、周囲をいろいろ心配させていました。
 親だって心配していたと思いますね。なんせ周りから 「大うつけ」 と呼ばれる子供でしたから…
 (父の織田信秀はハラハラしながらも息子を信じていたようですが…)

 まあ、僕も親には心配ばかりかけています(笑)

 もう5年ぐらい前から、「本を出版する」 って宣言したまま、いまだに実現していない経緯もあって、父からはすっかりホラ吹き扱いされているし…

 でも父としては、そんな事はどうでも良いらしくて、とにかく早く結婚して欲しいらしいんですけど…
 結局、今も心配をかけっぱなしの親不孝者ですね。

 でも、親に長生きさせるコツは、多少は心配させて、生きがいを与えてあげる事でもあるんですよ(笑)
 子供の心配が全くなくなって、必要とされなくなったら、親も生きがいが無くなってしまいます。

 うちの父も今年で82才…

 親孝行の為、もうしばらくは心配をかけようと思っています。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)

僕が成長した所

 生まれ故郷の岐阜に帰ってきて、朝寝坊のゆったりとした一日を迎えました。   いやあ、極楽極楽…

 実家の部屋には、下の兄が描いた馬の絵とか、ホオズキの絵なんかが飾ってあって、実に見事な絵だなと感動しました。

 岐阜から東京に上京したのは、もう20年以上も前…

 その間に、僕は大して成長はしていないけれども、あえて一つだけ成長した所といえば、人の素晴らしい所を素直に認められるようになった所ぐらいでしょうか。

 でも、これがすごく大きいんですね。
 人の素晴らしい所を素直に認められると、例え自分は何もしてなくても、その時点で自分を成長させる事ができるんですよ。

 昔の僕は、人の事など眼中にもなかったし、あまり興味もなかったです。
 人からもてはやされているようなものを見ても、あの頃の僕には、嫉妬の対象でしかなかった…

 若かったですね。本当に我がままだったというか…
 まあ、何をするにも無我夢中だったって事で、どうか許してやってください(笑)

 午前中は実家でゆったりと父親と過ごして、午後からはお墓参りに行きました。
 今日の岐阜の最高気温は7℃、寒いだけあって、さすがにお墓には誰も来ていませんでしたね。    まあ、無理もありません…

 こうして岐阜に戻るのは、約半年ぶりぐらいです。
     新岐阜

 前回来た時には、まだ右の高層ビルは建築中だったのですが、やっと出来上がったようです。(4/10ブログ 「過去からのメッセージ」 参照)

 知らない間に、いろいろなものが出来上がって、成長していって、進化していく…
 とても僕は追いつけそうにありません(笑)

 だから、その素晴らしさに驚いて感動するだけ…

 こんな時代に生を受けられた事を、心から感謝しています。
 そして、僕を生み育ててくれた両親とご先祖様にも感謝ですね。


クリックして頂けると、とっても嬉しいです(^^)