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浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

占い師という職業

 占い師という仕事は、本当に誤解されやすい職業です。
 だいたい、「占い」 というものは、つかみ所がないですから…

 先日、ある本を読んでいたら、ある占い師が言った言葉で、次のような事が書いてありました。

 「我々占い師というのは、下から三番目の卑しい職業だ。
 一番卑しいのは泥棒で、それは人の物を盗むから…
 二番目に卑しいのは乞食で、人から物を恵んでもらうから…
 そして占い師は、いい加減な事を言って人からお金をもらうから、これらの次に卑しい」

 こういう風に考える人は、今すぐに占い師をやめた方がいいですね(笑)
 そんな考えで仕事をしている時点で、すでに占い師ではないです。       だいたい、泥棒やお乞食さんって職業じゃないし…

 もちろん占い師が偉い存在という訳でもありませんが、それでも、人を幸せに導く事ができる素晴らしい職業です。

 それで、この人は何でこんなセリフが言えちゃうかというと、多分真面目に占いを研究した事もないし、真面目に鑑定をした事もないからだと思います。

 古来から、占いというものには偏見がありましたし、今でもそうです。
 紀元前91年に編纂された司馬遷(しばせん)の 「史記」 には、司馬季主(しばきしゅ)という占い師の記述が載っています。
 もしお時間がありましたら、お読みになってみてください。

 「史記・日者列伝
    結構長いから、無理して読まなくてもいいですよ(^^)

 これは、20世紀のフランス・パリでの出来事です。
 当時、ミッシェル・ゴークランという非常に占いに懐疑的な心理学者がいました。

 彼はヨーロッパで流行っていた占星術というものに、疑念と不快感を持ち、これがデタラメなものであるという事を証明しようと、ヨーロッパ中の公的登記所を回って、出生時間がわかる約2万5千人の一般人のホロスコープを徹底調査しました。
   ヨーロッパでは、戸籍に出生時間も書き入れるのが一般的です

 ところが、ミッシェルの当初の目的とは反して、リサーチの結果導き出された答えというのは、「当時の占星術すべてが正しいものではないにしろ、少なくとも出生時の惑星の配置と職業との相関関係というのは存在する」 というものでした。

 つまり、ミッシェルは元々占星術アンチだったのに、統計を出している内に占星術が間違いなく存在する事を信じるようになってしまったんです。

 その後も、占いを信じないという科学者たちが、この1950年に発表されたミッシェルの統計の反証をしようと試みましたが、未だにくつがえす事に成功していません。

 僕も、2万5千人には及びませんが、四柱推命の命式を数多く出してみると、やっぱり偶然とは思えないような傾向があります。

 この前、著名人や芸能人などで、ある程度の成功を収めた人物を800人ぐらいを調べてみたのですが、中には例外も存在しますけど、やっぱり一つの法則性みたいなものがあります。

 安倍晴明占い(=納音占い)なんかでは、決して出てこないような法則性が、ちゃんとした占いでは出てきたりします。
   だいたい安倍晴明と納音って全く関係ないし…

 明日の講座は、そんな話を言いたい放題語れたらと思うんですが…(笑)

 異業種交流会なんかに行って、
 「職業は占い師です」って言うと、少し特別な感じで見られます。
 それでだいたい、その場で相手の人を占いで見てあげないといけないムードになりますね(笑)

 僕は 「占い師」 という職業は、エンジニアとか、経営者とか、サービス業とか、そういうお仕事と変わらないと思います。     あえて言えば、占い師はサービス業

 普通の人よりも、偉い仕事だなんて思ってもいないし、もちろん卑しいとも思っていません。
 関わった人を幸せにする事に関しては、どんな仕事も同じはずです。

 占い師も、エンジニアも、政治家も、お百姓さんも、運転手さんも、経営者の人も、みんなが手を取り合って、この社会が少しでも良くなっていったらいいし… それが本当に大事な事なんじゃないかなとも思うんですけどね。


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公平無私がリーダーの心得

 社会には、人を束ねていくリーダーというのが必要です。
 リーダーに向いている人もいれば、向いていない人もいます。

 言うべき事をハッキリ言って、みんなをまとめる力がある人は、確かにリーダーに向いていると思います。
 反対に、優柔不断で人の顔色をうかがい過ぎる人は、リーダーに向かないかもしれません。

 でも、個人的に僕が思うに、リーダーに最も向かない人は、人を自分の好き嫌いの感情で格差をつけてしまう人だと思うんですね。

 もちろん、理性的に貢献度の高い人を優遇する事は、リーダーとして必要な事ですが、そうではなくて、個人的な好き嫌いで格差をつける事は、極力避けるべきです。

 例えば、取り立てて理由もないのに誰か一人を優遇すると、他の人がやる気をなくしてしまいます。

 戦国武将で、一早く徳川家康に接近して、外様大名でありながら異例の大出世をした藤堂高虎は、渡辺勘兵衛という歴戦の勇者を、破格の二万石の大封で召抱えました。

 当然、前々から藤堂家に仕えていた重臣は面白くありません。
 いきなり加わった新参者が自分たちよりも大封を与えられているんですから…

 大坂夏の陣の最中、藤堂家に仕えていた6人の重臣は、犬死に同様に大坂方の敵軍に突っ込んで戦死したのは、その高虎に対する抗議だったとも言われています。

 藤堂高虎というのは頭の良い優れた武将だったので、渡辺勘兵衛を厚遇したのは考える所があっての事だとは思うのですが、それにしても人の待遇というのは難しいです。

 でも大切なのは、常に公平無私に徹する事…

 その点、三国志の名軍師として有名な、諸葛孔明はさすがです。
 私情を一切入れず、部下に論功行賞や賞罰を行ないました。
 「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」 という故事は有名です。

 孔明には、自分の後継者にしたいと思うほどに可愛がっていた馬謖という部下がいたのですが、軍律を守る為、涙を流しながら殺したのです。
 ただしその後も、馬謖の妻や子には、これまでの通りの待遇を保証しました。   馬謖の遺言でもあった…

 こういう公正無私な孔明だから、以前孔明によって、平民の身分に落とされ流罪となった李厳(りげん)という人や、廖立(りょうりつ)という人も、孔明が没した時には非常に悲しんだと言います。

 人に対して、できる限り平等に対応する…
 こういう所には、僕も本当に気をつけています。

 「タロット講座~大アルカナ編~」 の告知をした時、
 「講座に是非参加をしようと思うのですが、前の小アルカナ編の時のテキストも頂けませんか?」
という問い合わせがありました。

 前のテキストをプリンターで打ち出すなんて大した手間でもないので、
 「それでは、それも特別にお付けしますね…」
って文章を打って、送信しようとしたら、どういう訳か文章がパッと消えてパソコンの画面が真っ白になっちゃったんです。

 僕はその時、ハッとわれに返りました。

 もし、これをやっちゃったら、小アルカナ編を以前に受講して下さった人をがっかりさせる事になる、って気づいたんです。
 だから、自分としてはケチくさくて申し訳ないな… って思いながらもお断りする事にしました。

 例えば他にも、このブログに誰かのホームページのリンクを貼る時なんかは、本当に神経質すぎるかな… という位に配慮しています。

 講座の参加者の中で、Nさんのように、「私のブログはリンクしなくていいです」 という奥ゆかしい人は別として、僕は自分の中で明確なルールを作って、極力全員が平等になるようにやってます。

 実を言うと、僕自身がリーダー向きの人間じゃないという事は、自分が一番良く知っているんですよ(笑)

 その原因というのは、人に嫌われたくなくて、ついこういう所で、秩序をなあなあにしてしまうからなんです。

 でもやっぱり、それではいけないですね。
 そこから成長しようとしないで、目をそむけるのはやめます。

 大事な事は、リーダー云々という事ではなくて、みんなが手を取り合って、みんなが幸せになっていく事…

 一人一人がこういう所に気をつけて、全員がそれぞれリーダーになっていければ、それがきっと理想なんじゃないかなって思います。


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もっとシンプルに生きてみる

 子供の頃、「大人になったら、社会の役に立つ人になりなさい」 とか 「人の為に生きなさい」 とか、親や先生によく言われました。
 普通の子供は、そんなに深く考えないで、「そんなものか…」 って受け入れるものなんでしょうけど、僕はそうではありませんでした。

 「なんで人の為なんかに生きなきゃならないんだ」 とか、思っていたんです(笑)
 僕は子供の頃から、かなり懐疑主義的なマセた子供だったみたいです。

 自分は自分、人に迷惑をかけるつもりもないけど、他人の為に生きるなんてまっぴらだ… って思っていましたね。
 「個人主義」 というと格好いいんですけど、協調性がないというか、要するに自分勝手だったんです。

 ところが残念な事に、その頃には全くわからなかったんですけど、人間の心というのは本来、個人主義向きには作られていないんですよ。

 自分の為に生きようとすればするほど、心が崩壊していくんですね。

 どんなに自分の望みが叶えられても、一時的には幸せな気分になるけど、やっぱり長続きしないです。
 その望みが叶う前は、これさえ叶えば、もう一生幸せだ… なんて思ったりしているんですけど…

 欲しいものは無限に出てくるし、叶ってしまえば、それは当たり前になってしまうし、何だかむなしい…

 それで個人主義に陥っている時というのは、常にいつも自分の損得勘定に、自分自身が支配され続けるんですね。そうなるともう修羅場です。
 僕もその頃は、毎日が修羅場でした。

 自分は損をしたくないって常に思っていると、ちっぱけな事でも、ハラハラドキドキするし、思い通りにならないものだから、いつも腹を立てている…
 当然、人間関係だってうまくいきません。

 視野が狭くなって、周りがまるで見えない状態…

 そんな時は、あえて自分から、自分にとって何一つ得にならないような事をしてみるのもいいかも知れません。
 ボランティア活動とか、歳末募金とか…
 そして、そこに何一つ見返りを求めない。

 個人主義を捨てて、もっとシンプルに生きてみる…
 別に自分に無理をして、人の為になんて生きなくたっていいから、目の前の成り行きに従って時には行動をしてみる…

 そんな自在な生き方ができた時、今まで見えなかった、とてつもなく大きな幸せが発見できるかも知れません。

 P.S.
 四柱推命講座~実践編~を、先日卒業した(本当は、溜まっている補講のDVDを全部見たら卒業ですが(笑)冨田桂子先生のブログに、「フランスの雰囲気が漂うカフェ」 というのが紹介されていたので、寄り道してみる事にしました。
 フランスとか、パリとか言われるとすぐ反応する(笑)

 大森駅の西口から、大きな通りを真っすぐ7~8分ぐらいの所にある 「山王カフェ」 というお店です。

キッシュ 早速、「本日のキッシュ」 というのを食べてみました。

 キッシュというのは、ピサのようなパイのような感じのものなんですけど、意外に結構ボリュームがあって、一緒に添えられている野菜サラダとこれがまた合うんですね。

 とても美味しかったです。

 そういえばパリにいた時の食事は、毎日レトルトカレーとか、ふりかけごはんとか、ろくなもの食べてなかったな…(笑)


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いろんなお金の使い方

 今日は朝一番で、新宿のユザワヤに書道用品を買いに行きました。
 本格的に書道をやってみようと思って…

 硯(すずり)とか墨とか筆とか、あと家での練習用に水を染み込ませると黒くなる特殊な紙まで買い込みました(笑)
 本格的と言っても、そんなに用具にお金をかけるつもりはなくて、最低限の予算でおさめてます。
 だから、全部合わせても4千円までいっていないですね。

 買い物を済ませた後、新宿で昼食をとって、国会図書館のある国会議事堂前へ向かいました。
     久しぶりに、桂花ラーメン食べた…

 国会図書館に行ったのは、今週の土曜日に開催する予定の 「占い雑学講座」 の資料をそろえる為です。
 図書館で、六星占術とか0学占いとか、今や懐かしい動物占いなんかについて、いろいろ調べまくりました。
 国会図書館は本当に便利です。動物占いの本なんて、もうとっくに絶版になっているんですけど、そういう本が全部そろうんですから…
 しかも、無料で…  まあ、コピー代金はかかりますけど(笑)

 僕はあまりお金を掛けないで、人生を楽しむのが得意です。
      フランス流です(笑)

 人生って、楽しまなくっちゃ損だと思うんですね。
 それで案外お金なんか掛けなくても、楽しめると思うんです。

 僕は多分普通の人よりも、お金に関する関心は薄いです。まあ、結婚でもしたら価値観が変わるかもしれませんけど…
 僕は割と経済的にできていて燃費もいいので、少ないお金でも十分生活できてしまうんですよ(笑)

 だから、「これは儲かります」 なんて変なビジネスのお誘いが来ても、心を動かされる事は、まずありません。
 いくらお金を積まれても、全く自分に興味のない事や、ましてや自分の生き方に反するような事なんて、絶対にしたくないと思うし…

 もし、お金というものの利点があるとしたら、上手に使う事によって人生を楽しむ事ができる事だと思います。
 そして、それによって、自分の心が高められたらもっといいです。

 よく男の人が憧れる定番のシュチュエーションで、摩天楼が見渡せるような高級マンションに住んで、周りに数人の女の人をはべらせながら、ワイングラスを片手に贅沢の限りを満喫している… っていうのがありますけど、僕はそういうのはあんまり興味がわかないんですね。

 試してみたい気がしないでもないですけど、なんだか悪酔いしそうな気もするし…

 むしろ、国会図書館で借りたい本が出てくるまでの20分の待ち時間に、3Fの喫茶室の窓辺の席で、外の樹木の枯葉が落ちるのを見ながら、300円のホットココアを満喫する方が性に合ってます(笑)

 女性からしたら、つまらない男なのかもしれませんけど…

 僕がもし、それだけ豪遊できるようなお金があるのなら、もっと他の事に使いたいですね。

 そうですね… いろんな国に行って、いろんな文化を知って見たい。
 それから、もっともっと占いの勉強をしたいですね。村野先生みたいにマレーシアに行って占いの勉強を朝から晩までしまくるのもいいと思うし…

 あと、しっかりとした志を持って頑張っている人が経済的に困っていたら、助けてあげたいとも思う。

 お金の使い方って、いろいろとあります。
 人それぞれに興味や価値観が違うから、人のお金の使い方を、とやかくいうつもりはないんですけど…

 僕はあの世に行く瞬間に、我ながら結構いいお金の使い方をしたな… って思えるものに、少しでもお金をかけたいんです。


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ゆるぐ事のない幸せ

 今日は、日本全国あいにくの雨模様でした。
 どうやら明日からは、うんと冷え込むらしいです…
 どうか皆様、外出する際には、暖かくしてお出かけくださいませ。

 え~ ブログのネタがつきました(笑)
 いや実は、ネットで調べている内に、途中まで書いていた記事がガセネタだと発覚したんです。

 それにしても、このブログは思いがけずも、たくさんの方に閲覧して頂けるようになって、自分でも信じられない思いです。
 こんなつたない文章に、毎度おつきあい頂きまして、本当にありがとうございます。

 僕自身もこのブログを書く時に、いろんな情報を調べたりリサーチしたりして、本当に勉強させて頂いているんですよ。

 パリに行って、また日本に戻ってきて、千葉のこんな所に住んで毎日ブログを書いている…(笑)
 こんな人生があるなんて、少し前までは想像する事もできませんでした。
 今、本当に幸せを感じています。

 それにしても、「幸せ」 って一体なんだろう… って最近思います。

 自分の望みがかなう事…
 昔の僕なら、そう考えてました。

 でも、やっぱり違う気がするんですよ。
 望みがかなうと確かに一時的には幸せな気持ちになれるかも知れませんが、その望みがかなったら、また別のものが欲しくなる…
 結局、キリがないんですね。

 それと同時に、今度は失うものへの恐怖も出てくる…

 実はさっき、
 「このブログのネタがなくなって、続けられなくなったらどうしよう~」 って、ちょっとだけ怖くなったんです(笑)

 今までは書く事が自然に浮かんできて、書き続けられてましたけど、この先それが途絶えてしまう事もあるかも知れない…

 でも、その時はその時… あきらめます。

 僕、絶対的にゆるぐ事のない幸せというのは、
 「全てを受け入れる事」 に、あるんじゃないかなって思うんですよ。

 偉そうな事を言えるほど、僕も人間ができている訳ではないんですけど(笑)

 もちろん最初から、そんな禅の境地みたいなものを目指す必要もないと思うし…

 目の前で起こる事に、時に喜んで、時に悪あがきして、そんな中で人にも優しくなって、いつの間にか達観できるようになっていたら、それが理想だと思うんですけどね。


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「お客様は神様です」の真意

 日本の接客対応の素晴らしさは、世界でもトップレベルです。
 この国にいて慣れっこになってしまうと、わからなくなりますけど、外国に行ってみるとよくわかります。

 パリのスーパーのレジの人は、淡々と仕事をこなします。
 そうですね、イメージとしては、流れ作業をやっている作業員みたいな感じ…(笑)

 別にこれに問題がある訳じゃなくて普通です。
 日本の笑顔でテキパキとお客様に接客しているという事が、実はものすごい事なんです。

 これは日本人の優れた民族性の表れでもあると思います。
 外国人の人には、この日本の行き届いたサービスがとても魅力的にうつるらしく、母国へ帰ってからも日本が恋しくなる人も多いそうです。

 日本では、百貨店なんかでクレームを言うお客様の対応も見事です。
 面白いのは、明らかに客に問題がある場合でも、まずは 「申し訳ございません」 から入って、なるべくその人の望みに叶うような対応をします。

 まず、最初に謝ってしまう…

 この日本人の腰の低さというか、人の良さというのは、美徳でもあると思うのですが、反面 「あやうさ」 でもあると思うんですね。

 今はお亡くなりになってしまいましたが、三波春夫さんの満面の笑顔で、「お客様は神様です~」 っていう言葉が流行った事がありました。
 あの言葉、よく常習クレーマーなんかが逆手に使います。

 「お客様は神様でしょ。店員がそんな態度でいいと思ってるの?」 とか(笑)

 常習クレーマーというのは、自分の心の中のイライラや我がままを、ただ店員にぶつけているだけですから、こういう相手に合わせていてもキリがありません。

 そのいい例が、尼崎事件のあの女モンスターだと思うんですね。
 あの人いつも、ファミレスに遅い時間に仲間と5~6人でやっていて、「スープがぬるい」 「料理が遅い」 「店長を呼べ」 とごねていたそうです。
 そして最後は、「こんなお店にお金は払えない」 という…
 
 こういう輩には、「神様」 どころか、お客様なんて 「様」 をつける必要すらありませんよ(笑)
 だってやっている事は、ヤクザと同じなんですから…

 三波春夫さんの 「お客様は神様です」 という言葉は、世間ではかなり曲解されていますが、本人いわく、この場合のお客様とはステージを見に来てくださった人達の事であって、いわゆる商店や飲食店なんかの利用客の事ではありません、との事です。

 三波春夫さんはステージに立つ時、神前で祈るような気持ちで精神統一されます。
 そして、自分の歌を神様に捧げるような気持ちで歌っていらしたんですね。

 あの言葉は元々、そういった三波さんの境地を語った言葉で、商売っ気たっぷりに、お客を持ち上げる為の言葉ではなかったんです。

 理不尽な要求をしてくる相手には、毅然とした態度で接する事です。
 恐れてはいけません。

 あの尼崎事件の悲劇は、恐れる必要もない我がままな一人の人間に、周りの人間が恐れをなして服従してしまった事から全てが始まっています。

 人それぞれがみんな幸せになる為には、時に我がままでどうしょうもない人間に対する非情さも必要です。

 ひょっとすると、その非情さこそが本物の愛なのかもしれません。


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人を人として…

 僕のパソコンのバッグの色はターコイズブルーではなくて、誰が何と言おうが緑色です。
 こんばんは。
 ひとみしり占い師の… もうやめときます(笑)   マイブーム…

 前に講座を受講して下さっていたYさんから聞いた話なんですけど、人というのはいきなり物を頼んでも聞いてくれないものだそうです。

 だから、何かお願いする事になりそうな相手には、あいさつに行ったりおみあげを持っていったりして、良い印象を持ってもらう事が大切だとおっしゃっていました。

 確かに心当たりがあります。

 いよいよ衆議院選挙ですけど、若い頃、警備会社のバイトをやっていた時、よく立候補者の事務所から手紙が来ました。
 封筒の封を切ると、B5判のコピー用紙に印刷文字で一文こう書いてあります。

 「○○警備よりご紹介をいただき、お手紙を差し上げております。今度の衆議院選挙には、○○党の○○○○に投票いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。」

 僕はあまのじゃくなので、こういう手紙を頂くと、それ以外の候補者に投票したくなります(笑)

 ちゃんと自分の政策や信念を書いて、「もし私に同意いただけるようでしたら、ぜひ私をよろしくお願いします」 と言うのなら話は別ですけど…

 だいたいこっちは、その候補者の事を何一つ知らない訳ですから、「そこの警備会社に所属しているんだから、お前は何も考えずに投票すればいいんだ」 みたいな態度って、人に対して失礼だと思うんですね。

 結局こういうのって相手によっては、マイナス効果になります。
     少なくとも僕には…

 僕と一度も面識がないのに、いきなり何かの案内メールを送りつけてくる人がいます。別に頼んでもいないのに…
 それって、かなり非常識です(笑)

 もちろん、講座の受講生の人とか、鑑定を受けられたお客様からだったら話は別ですよ。同じ内容のメールであっても対応は全然違います。

 少し前に鑑定を受けてくださったあるお客様から、
 「あんまり言うと先生の嫌いな勧誘行為になるから…」 って、すごく控えめに自分のお店を営業したメールが来てました。

 僕のこの性格を良くつかんでいると思います。
 でも僕はそんな事で、大切な人を嫌ったりしませんよ(笑)

 時間がうまく合うようならそのお店にだって行くし、利用してみてその内容が良かったならブログで紹介する事だってあります。
 クオリティーを下げたくないので、広告みたいな記事をブログに書く事はできる限り避けていますが、内容が本当に良くて心を動かされた場合には、話はまた別です。

 結局の所、何も面識もない相手に対して、自分の政策の事も書かない選挙広告を送りつけてきたり、要らないスパムメールを送りつけてきたりする人って、人を人として見ていないんじゃないかな… って感じるんですね。
 少しキツイ言い方かも知れませんけど…

 人を人じゃなくて、ただの選挙票として見ていたり、ただの営業の対象物としてしか見ていないのって、すごく失礼だと思う。
 みんな一人一人にそれぞれの人生がある訳で、それぞれが人知れずいろいろと悩み苦しんでいるんだから…

 でもうっかりすると、自分がこういう真似をやっているかも知れません。

 人に依存する事で、人を自分にとって都合の良い労働力として見てしまっていたり、恋に溺れるあまり、その相手の事を人ではなくて、ただの 「女」 とか、ただの 「男」 として見ちゃっていたり…

 知らず知らずにそんな間違いを犯してしまっているかも知れません。

 人に対して不満が出ている時というのは、ひょっとしたらそうなっている可能性があります。
 人なんて自分の都合の良いようには動かないですよ。
 だって、それぞれの人生で、それぞれが悩み苦しみながら生きているんですから…
 だから、人を人として見るようになると、そういう人に対する不満はかなり減るはずです。

 ではそんな中で、どうやって人の助けを得たらいいか… と言ったら、やっぱりYさんが言ったように、人に礼を尽くしておくという事はとても大事な事のように思えます。
   そう言えばYさん、いつも誰かの為にいろいろと動きまわってます…

 考えてみれば、何かをしてあげたいな と思う人って、自分に良くしてくれた人です。

 自分が本当に幸せになりたかったら、相手の為に幸せを願ってみる…
 なるべく下心を持たないで…

 回り道のようでも、これが一番の近道なのかもしれません。

 P.S.
 来たる12月1日(土)、過去の 「悠庵」 での浅野太志の講座に参加された方を対象に 「占い雑学講座」 を実施する事にしました。
   ちょっとだけ広告(笑)

 肩の凝らない占いの雑学的なお話や、質疑応答などを目いっぱいアットホームな感じで行う予定です。
 詳しくは、ホームページの案内をご覧下さい。
 http://www.asano-uranai.com/knowledge.html
    これで今年の締めくくり~

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運気が良くなったなら…

 目覚まし時計の午前と午後を間違えてセットしたけど、今朝は自然に目が覚めました。
 こんばんは。
 ひとづま占い師の… 間違えた(笑)   …本物はこちら

 僕は今すごく恵まれている事に、日々順調に占い師の仕事をさせて頂いています。

 たまに、「鑑定を受けてよかったです」 というメールを頂くと、本当にこの仕事をやっていて良かったな… って思います。
 お客様から頂いたメールは、僕の宝物です。

 占い師さんのホームページによくあるように、お名前の所をイニシャルに変えて、ずらっと自分のホームページに貼り付けようかな… なんて最初考えたのですが、やっぱりこの宝物は僕が独り占めする事にしました(笑)
 まあ気が向いたら、そんな事もやってみるかも知れませんど…

 「浅野先生の鑑定を受けてから、ものすごく運がよくなりました」 なんてお便りを頂くと、もう僕は嬉しくて天にも昇ってしまう気分です。

 でも、やっぱり気を付けていないと、調子に乗って慢心しますね。

 本当の事を言えば、お客様の運気が開くターニングポイントに、僕が立ち会っただけに過ぎません。
 たまたま僕の運気が絶好調だから、同じように運気の絶好調なお客様と波長が合って、お互いに引き寄せているのであって、僕の実力とかではないのです。

 頂いたメールの中には、僕がおすすめした吉方位に行って、仕事が見つかったり、素敵な結婚ができたという感謝のメールもあります。
 吉方位に旅行をしたり、引っ越しをしたりする事は、運気が今一つの時に起死回生の打開策になります。

 僕の方位学は、本当に良いものをブレンドして使っていますから、まあ効果があるのは当然です(笑)
   思い上がり…

 でもこれ、別に僕がすごいんじゃありません。
 僕はただ機械的に方位を割り出して、今までの経験や感覚から、そのお客様に一番フィットした開運方位をお伝えしているに過ぎませんから…

 それで、誰でもこの方位学を活用する事ができるのかというと、実はそうでもないんです。
 ある意味この方位学を活用できる人というのは、特別な人だけです。

 だいたい方位学の事を話しても信じない人だっていますし、運気がそこまで追いついていない人は、吉方位を取ろうとしても取れないんですよ。
 何かの事情ができたりして、結局そのおすすめした方位に行けなくなってしまいます。

 多分、吉方位が取れる人というのは、運気が良くなる事で心の余裕ができて、人を幸せにしたり、社会に貢献できるような可能性を持った人なんだと思います。

 だから、吉方位を取って運気が良くなったら、その分自分に縁のある人や、社会を幸せにする事を考えなければいけません。
 そうでないと、自分の徳を食いつぶす事になってしまいます。

 少しでも、自分の周りの人や社会の事を思いやって、愛を与えていく。
 それぞれがみんな、自分の得意分野を活かして…

 その方向に向かって動き出した時、地球上の全ての人の運気が上がるはずです。

P.S.
 四柱推命講座の最期の日に、いきなり早退してサックスのコンサートに行ってしまった、受講生の哲ちゃんでした。
 Youtubeで晴れ舞台をアップすると言っていたので、検索してみました(笑)
    「哲ちゃん サックス」 と検索ワードを入れたら出てきた

 https://www.youtube.com/watch?v=IKWE1fMD_7Q

 ピンクの紋付き袴で、ジョンレノンのHappy X’masを演奏しています。
 そう言えば、あと1ヵ月で、もうクリスマスなんですね。


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自分の為に生きればいい…

 最近外出する時、ウォークマンでカーペンターズを聴いているんです。   マイブーム(笑)

 カーペンターズと言えば、今から40年前にヒットした兄妹のディオで、妹のカレン・カーペンターの安心させてくれるような優しいアルトの歌声が魅力です。
 一方で、お兄さんのリチャード・カーペンターはピアノや楽曲のアレンジを担当し、見事な才能を発揮しています。

 アメリカの1970年代は、ローリングストーンズとかビートルズ、ジミヘンなんかのロック全盛期だったのですが、それとは対照的な超甘いメロディーで、カーペンターズは一躍ヒットチャートに躍り出ました。
 
 このカーペンターズの甘~いメロディーが、僕は好きです。
 僕はコーヒーの中に、ミルクとお砂糖をたっぷりと入れるタイプですから(笑)    体に悪いので、最近は控えてます   

 若い人はカーペンターズを知らない人も多いとは思いますが、多分、カーペンターズの曲は一度は必ずどこかで聴いた事があるはずです。

 ちなみに僕の携帯の着メロも、カーペンターズの曲なんですよ。
 (8/6ブログ 「雨の日と月曜日は」 参照)

 この兄妹のディオは、妹のカレンの死で幕を閉じる事になります。
 妹のカレン・カーペンターは32才の若さで、拒食症などが原因による急性心不全でこの世を去りました。

 カレンというのは子供が大好きで、大の親日家だったんですよ。
 カレン自ら、カーペンターズの名曲 「Sing」 を日本語で歌った映像も残っているほどです。

 カレン・カーペンターは世界中から注目と絶賛を浴びたシンガーでしたが、僕にはあんまり幸せな人生を送ったようには感じられないんですね。

 確かに、栄光も財もある程度は手に入れたと思う。
 でも、精神的には本当に辛かったんじゃないかって気がするんです。

 カレンは、ある時誰かから 「太っている」 と言われたのが、ずっと胸に引っかかって、過度な拒食症になってしまったんです。

 誰かから言われたその一言が心に刺さって、それが抜けなかったんですね。
 いつしか、自分で自分を追いつめて苦しめるようになってしまった…

 29才の時、彼女に自分のソロアルバムを出すチャンスがやってきました。
 彼女のこのアルバムに掛ける意気込みはとても大きくて、自分の財産まで投入してアルバムの製作に取りかかったほどです。

 ところが、そのアルバムができ上がって見ると、兄のリチャードやレコード会社から、あまり良い反応を得られませんでした。

 アダルトな雰囲気のアルバムの曲のイメージが、清廉なイメージが売りのカーペンターズのカレンとあまりにも違いすぎる… と言う訳です。

 カレンは、兄やレコード会社のアルバムに対する難色に悩み苦しみ、最後は自身の決断でこのアルバムを出す事を断念しました。
 結果的にこのアルバムがお蔵入りした事から、理不尽な事に、レコード会社からカレンに製作費として50万ドルの請求がいきました。

 同じ年の事、カレンはある若手実業家と結婚しました。
 ところが、その結婚生活は、決して幸せとは言えるようなものではありませんでした。
 その頃のカレンの写真やビデオクリップが残されているんですが、もうやつれきっているんですよ。20歳ぐらい老けて見えます。

 薬に頼りきっていつも大量に服用する事で、体への負担も相当なものになっていました。
 その3年後、夫との離婚の同意書にサインする直前、カレンは心不全でこの世を去りました。

 僕はカレンというのは、自分の為に生きられなかった、とても悲しい人のような気がするんです。
 これは僕の想像ですけど、きっと人から嫌われる事を極端に恐れていたんじゃないかな… って感じます。

 カレン・カーペンターは、死後30年近くなる今でも世界中の人から愛されているシンガーです。
 でもひょっとしたら彼女は、いつも誰からも愛されるカレンを、最後まで演じ続けて死んでいったんじゃないかって、ふと思うんですね。
 そんな風に考えると、胸が切なくなりますけど…

 「人から愛されたい」 というのと引き換えに、自分の幸せを失ってしまったのかも知れない…

 こういう弱い部分はカレンだけではなくて、僕にだってあるし、普通の人間ならきっと誰でも持っていると思います。
 特に 「良い人」 って言われている人ほど…

 自由を取り戻せるのなら、人から嫌われたっていいと思う。

 太っているって誰かから言われたって、そんな事は気にする必要はないし、そんな事で心が離れていく人なんてどうだっていいんです。

 本当に出したかったアルバムで、自分の財産までそれに費やしたんだったら、出せば良かったと思う。
 周りから何を言われようが迷惑をかける訳じゃないし、人から見たイメージが違っていようが、それが本当のカレンなのだから…

 結婚した相手とどうしても相性が合わなかったら、別に離婚したっていい…
 人からどう思われようが、関係ないです。

 カレンが出したかったお蔵入りしていた念願のアルバムは、兄のリチャードによって、彼女の死後13年の年月が過ぎて、「カレン・カーペンター」 というタイトルで発売されました。
   カーペンターズとは違ったカレンの良さがある名盤です…

 自分の人生なんだから、自分の為に生きればいい…

 カレンの美しい歌声を聴きながら、ふと祈るような気持ちになりました。


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日常雑事

 外はすっかり寒くなりましたね。
 いつものようにコートを着ないで外を歩いていたら、身にしみて風の冷たさを感じました(笑)   コート着ろよ~

 明治維新の功労者の一人である大村益次郎という人は、誰かから 「寒いですね~」 ってあいさつされても、
 「寒中というものはこういうものです」 とか、

 誰かから 「暑いですね~」 って、あいさつされても、
 「夏は暑いのが当たり前です」
とか、答える人でした。

 大村益次郎は、類いまれなる才能を持った軍事指揮官で、第二次長州征伐の時には、たった五千の兵で十万の大軍の幕府軍を破ったという天才軍師でした。

 でも、人と人との社交辞令みたいなものは、ちょっぴり苦手だったみたいです。

 それはさておき、最近僕はちゃんと朝食を食べているのですが、今朝は目玉焼きを作っていたんです。
 フライパンに火をかけて玉子を焼きながら、時間がもったいないんで、横で洗い物をやっていたんですね。
 そしたら、水しぶきがフライパンに入って、油がいきおいよく顔にとんできました。

 すっごく熱かったですっ!!
 火傷までいかなかったですけど、もう3cm上だったら、目に入ってかなり大変な事になっていたかも知れません。

 日頃何もなくて、平穏無事な生活が続くと、それが当たり前になってしまうんですけど、本当はその事にものすごく感謝しなければいけないって、改めて思いました。

 目玉焼きとごはんとカットレタスのサラダ (8/22ブログ 「買い物上手」参照)を食べてから、いつものように京成線の電車に乗りました。
  最近、このカットレタスはよく洗わないと消化が悪い事に気づいた…

 そうしたら、目の前の席にすごく笑顔が素敵なお年寄りの方がいらっしゃったんです。
 その方から、幸せそうな雰囲気が伝わってくるんですね。

 僕はその笑顔を見て、きっといい生き方をされて来られたのだな… って感じました。

 僕もこんな風に、素敵な年の取り方をしたいと思いました。

 人生にはいろいろな事が起こります。
 でも大切なのは、そこで何を思い、何を感じるかという事…

 そこさえ間違えなければ、今がちょっぴり不安だって大丈夫…
 ちゃんと正しい方向に進んでますよ(^^)


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「香り」という名の癒し

 占い師のお仕事というのは、占いを用いてお客様の未来を当てて、さらに運が開くようにお手伝いをする事…

 その為にいろいろなアドバイスをさせて頂く事になるのですが、なかなかこれが難しかったりします。

 特に、運を開くのを邪魔している問題が感情的なもので、その感情がトラウマのようにからまって、にっちもさっちもいかないという時には一筋ならではいきません。

 こういう時に論理でアドバイスしても、「頭ではわかっていても、やっぱりできない」 という事になります。
 その感情をいかにしたら解放できるか… ここが難しい所です。

 この前、横浜の 「悠庵」 で、四柱推命講座が終わった後、鑑定師の冨永浩美先生にお会いしました。

 僕は、冨永先生とのおつきあいは、もう長いのですが、鑑定師仲間から 「姉御」(あねご) と慕われている、とても頼りがいのある先生です。

 四柱推命講座が終わった後、「悠庵」 に居座って、姉御と世間話をしながら、ふとバックの中を見せてもらったんです。

 そうしたら、たくさんのアクセサリーやらアロマオイルの小瓶やら、中から不思議なものがいっぱい出てくるんですよ(笑)

 つい興味津々で、そのアロマオイルの小瓶の香りをかがせていただきました。
 香りの一つ一つの小瓶にはいろんな名前がついていて、姉御の話では、一つ一つに特定の感情を解放する働きがあるとの事…

 例えば、「フォーギブネス」(許し)という名前の小瓶は、メリッサとかフランキンセンスとかラベンダーとか… いろいろな香りの成分を混ぜ合わせられていて、その感情を解放する為に作られているそうです。
 僕は、香りの成分については、あまりよくわからないんですけど、確かにその香りを嗅いだら、ふっと天国に行ってしまいそうなくらい、気持ちがリラックスしました。

 この 「フォーギブネス」 は、心の中のこだわりとか、怒りなんかの解放の意味があるらしい…

 他にも、いろんな名前のアロマオイルがあって、「リリース」(解放)とか、「ハーモニー」(調和)とか、とにかく姉御のバックの中には、アロマオイルの小瓶がいっぱい入っているんです。

 僕は、次から次へと香りをかいでいったのですが、さっきの「フォーギブネス」 はすごくいい香りだと思ったのですが、例えば 「アバンダンス」(豊かさ) は、まあまあかな… ぐらいにしか感じませんでした。

 それを姉御に言うと、僕は 「許し」 というものに非常に関心を持っていて、香りをかいで気持ちがリラックスした事により、その感情が解放されたらしいです。
 でも、「豊かさ」 というものに対する関心は、あまり持っていないとの事…

 う~む、当たってます(笑)

 人によっては、特定の香りに対して拒否してしまう事もあって、その香りの意味する感情に関する事は、まだその人にとって受け入れる準備ができていないという事らしいです。

 なるほど、これは面白いです。

 人間には、五感という視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触角というものがあります。

 僕は嗅覚というものは、視覚や聴覚に比べると一般生活では重要度が低いと思っていたのですが、逆にこの嗅覚に良い刺激を与える事によって、人の心を解放する事ができる…

 冨永浩美先生から、そんな事を学びました。

 「香り」 という名の癒し…
 心がふさぎこんだ時、素敵な芳香が貴方を癒してくれるかも知れません。

 P.S.
 姉御のカバンの中には、面白そうな物がいっぱい入っているので、他にも何かないか尋ねてみると、今度は中から、ものすごい数のパワーストーン・ブレスレットが出てきました。

 全部、姉御の自家製でパワーストーンとゴム糸を使って、1つ1つ丁寧に作るそうです。

 こういうものって、市販ですと結構高かったりするんですけど、姉御はあんまり儲けとか考えない人なので、良質な素材を使ってしかも格安の値段で売ってくれます。

 僕もせっかくなので、その中の一つを購入する事にしました。

ブレスレット これです。
 緑のビーズが気にいった(笑)

 僕はただ好きな色で選んでしまったのですが、どうやら、石の種類によってそれぞれ効能があるそうです。

 この薄いグリーンの石(アベンチュリン)は、リラックスや気持ちの安定に効果があって、薄いピンクの石(ローズクオーツ)は、恋愛運や魅力アップするらしい…
  つまり、このブレスレットをつけると恋愛運が良くなる…

 信じられないような安い値段で売ってもらいました。
 本当にありがとうございます!

 姉御にはこの前も、雑誌の自分のスペースの半分を裂いてくれて、僕のタロット講座の事を載せてくれたりとか…、もうお世話になりっぱなしです。

 冨永浩美先生のホームページ 「ようこそ、フューチュアへ…」
 http://palmreading.jp/Japanese.php
    ↑その雑誌の事も載ってます(^^)

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いろはにほへと…

 昨日は初めて、東大の門の中に入りました。
 駒場キャンパスの中にあるイチョウの並木道がとても美しくて、落ち葉が舞って黄色に染まった景色は、まるで別世界のようでした。     写真撮っておけば良かった…

 この道を歩いているのは、キャンパスを通り抜けた先にある、習字のお教室に行く為です。
 実は以前からお世話になっているMさんからのお誘いがあって、習字のお教室につれて行ってもらう事になったのです。

 僕はずい分前から、一回きちんと書道を習っておこうと思っていました。
 僕の字って、お世辞にもうまいとは言えないし、人に見せるのが本当に恥ずかしいというか…

 だから四柱推命講座では、なるべく字を書かないで済むように、マグネットとか使って工夫していました。
    こんな風に…(笑)

 僕はこの書道というのが、子供の頃から本当に苦手でした。
 小学校の時の教科の中で、いつも必ず成績の悪かった教科が3つあったんです。
 それは、「体育」、「家庭科」、そして 「書きかた」 の授業…

 小学生の時、お習字をやる度に墨で机とか洋服とかをべたべたに汚して、先生や親に叱られていた記憶がよみがります。
 半紙に字を書こうとすると、いつも緊張して手が震えて、オシロスコープのβ波みたいな字を書いていました(笑)
    半トラウマ状態…

 Mさんからご紹介して頂いたのが、山本光輝先生という前衛書道の達人の先生です。

 山本先生は、とてもおだやかな優しい先生なのですが、合気道の開祖・植芝盛平氏から直接手ほどきを受けた、合気道七段という腕前の先生でもあります。

 書道も合気道も共通した所があって、余分な所に無駄な力が入って、気の流れが停滞しないようにするのが大切なポイントとの事…
 だから、お箸の持ち方とか、ペンの持ち方とかのフォームが正しくなくて、手首とか指とかに余分な力が入っているのは良くないと、山本先生もおっしゃっていました。

 そしてもう一つ、決してうまく書こうとするのではなく、心の中の余分なものを取っ払って、「いかに裸になれるか」 という事が大切であるという事でした。

 この言葉は目からウロコでしたね。

 書道を続けていく事で、結果的に書がうまくなるという事だけでなく、すごい精神修養になったりする…
 これは、全ての芸術分野に言える事かも知れません。

 山本先生のお話をお聞きした後、いよいよ実際に書を書いてみる事になりました。

 最初は、らせん、直線、丸などの練習をやりました。
 それにしても、字にはその人の性格が出る、というのは本当ですね。

 僕は丸一つ書いても、お世辞にもうまいとは言えないです。
 なんか、臆病な性格がそのまま、その 「」 に表れているというか(笑)

 ブログでは偉そうに立派な事を言っていても、内面ではまだまだ何かに怖がっている自分がいるみたいです。

 僕の隣で書いているMさんの丸を盗み見したら、すごく見事なズシッとした 「」 で、感動しました。
 やっぱりその人の内面性というのが現れるんですね。

 基本の筆の使い方の練習が終わると、次は 「いろはにほへと…」 の四十八文字を一呼吸で声を出しながら書いていく練習です。

 その際に気をつける事が、ただ自分が字を書く、という気持ちではなく、その四十八文字の一つ一つの大和言葉を、そこにただ体現させるという気持ちで書く…

 すべての言葉というものは、この四十八文字の組み合わせでできている…

 固有の意味を持つ単語ではなく、あえて意味を持たない 「いろはにほへと…」 をそこに体現させようとする事に意味があると、山本先生はおっしゃっていました。

 頭でゴチャゴチャと考えると、ますます字が書けなくなります。
 余分な事を考えないで、気持ちだけを込めて、僕もひたすら書きまくりました。

 なんか禅の修行のようにも感じました。

 最後に大きな半紙を渡されて、山本先生から、
 「何でも好きなものを書いて下さい」
と言われました。

書 これ、僕の作品です。

 お題は、「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」 です(笑)
   四柱推命で使う十干十二支です…

 山本先生から、とても個性的だとほめて頂きました(^^)

 もちろんお世辞でほめて下さっている事はよくわかってますけど、やっぱりほめられると嬉しくて、舞い上がってしまいますね。
   これがいけない…

 書というものは本当に奥が深いです。

 たった一日入門体験しただけですから、大した事が身についた訳ではありませんが、それでも山本先生の講義を聞いて、書というものの奥深さだけは、なんとなく感じられるようになりました。

 道はこれから…
 気長に精進して行こうと思います。


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たどり着くべき所にたどり着く

 僕は昔から超上がり症でした。
 ホントちょっとした事でも、すぐ緊張してしまうんです。
 器の小さい小心者ですから(笑)

 大勢の人の前で話す時とか、好きな女性の前に出る時とか…

 もう心臓がドキドキして止まらないんですよ。
 で、言葉がうわずっちゃうんです(笑)

 でも、ふと気がついてみると、今はそんなでもなくなっているんです。

 それで、昔はなんであんなに緊張しちゃってたんだろうって、思いめぐらすと… やっぱり欲ですね。

 大勢の前でスラスラとスピーチを成功させて、みんなから尊敬されたい… とか、好きな女性をうまく射止めて、いつの日か結婚できたらいいな… とか、いつも妄想してたからです(笑)

 じゃあ今はなんでそんな風に緊張しなくなったかというと、ある事に気づいたからなんです。

 それは、「たどり着くべき所にたどり着く」 という事…

 もちろん、人生は努力によってある程度は変えられると思うけど、例えば誰と結婚して生涯を共にするかなんて事は、大方の所もう決まっている気がするんです。

 それは例外なく、今の自分の意識レベルに近い人だと思うし…
 そしてまた、お互いの意識のレベルが離れていったら、また心も離れていくんだろうし…

 人から尊敬されるかどうかというのも、一回のスピーチが成功するかどうかで決まるんじゃなくて、今の生きざまが全てなんだって気づいたんです。

 だから、目の前の結果に振り回されてジタバタするよりも、自分のレベルを上げていった方が、何をするにも本当は近道です。

 道なんておのずと開かれてくるし、その先に自分のレベルにふさわしい成功や幸せがあると思う。
 その為に今何をやるべきかも見えてくるし、自然にその為の準備もできるようになる…

 僕は今、自分の未来について、こんな風に考えています。

 この先、占い師として大成功するかもしれない…
 でも、この先ピタッと収入がとだえて、バイト生活とかになってしまうのかも知れない…
 ひょっとしたら、そのバイトさえ見つからなくて、路上生活者になっちゃうかもしれない。

 普通の人は、そんなのは冗談じゃないって思うかもしれないけど、僕は仮にもしそういう未来があったら、そこで何か学ぶべき必要な事があったんだろうなって思うんです。

 もちろん、なるべくそうならないようにするつもりですけど(笑)

 この先どうなるかなんて、そんな事は天にお任せして、今やれる事を淡々とやっていこうと思います。

 そんな不安に振り回されるよりも、少しでも自分のレベル上げたいし、今自分のそばにいる人を幸せにしたいと思う…

 僕ももちろん人間だから、今でもたまにはそういう事に囚われてしまう事もあるけど、またすぐに気持ちを切り替えます。

 たどり着くべき所にたどり着く…

 心が解き放たれた時、きっと安心と幸せに包まれている貴方自身に気づくはずです。


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執着を捨てる事

 今日の関東地方は雨…
 僕は横浜の 「悠庵」 で、四柱推命講座・実践編の最終講座を行ないました。

 これだけは是非伝えておきたい… という、僕が今までの鑑定を通して学んだ事を伝えさせて頂きました。

 これは僕の思いあがった理想論かも知れませんが、僕は縁があったお客様には全員、幸せな運命を歩んで欲しいと思っています。
 きれい事とか大義名分ではなく、心の底から本気で…

 「たかが、一人の占い師が人の一生の運命をたやすく変えられるか…」
って言われたら、確かにグーの根もありません。

 運命を変えるのは、そう簡単なものでない事も知ってますし、そう簡単に運命がコロコロ変わってしまうなら、占いというものの存在理由が無くなってしまう事も良くわかってます。

 運命というのはその人その人の性格や考え方、こだわりなんかが反映された結果、でき上がったものです。

 その性格や考え方というものがそう簡単に変えられないのと同様に、運命を変えるのもやっぱりそう簡単なものではありません。

 もちろんそれでも、お客様に望んでいる未来を手に入れてもらう為に、四柱推命を用いたり、方位学を用いたりして、できる限りのお手伝いをします。
 中には案外すんなりと、それによって願いが実現する人も多いです。
 だいたいこういう人は、そのタイミングで僕の所へ来て下さっているんです。

 でも時に、そうならない事もあるんですね。
 それはだいたいにおいて、その人の望みがすんなりと叶ってしまったら、本来学ぶべきものが学べなくなってしまうという可能性がある時です。
 その学びというのはおそらく、それに対する執着を捨てる事…

 今日聞いた話ですけど、子供が欲しい欲しいって悶々と思い悩んでいる女性は、なかなか子宝に恵まれないそうです。
 それで、その執着から解放された時、妊娠したりする…

 昔僕も、自己実現がしたいしたいってこだわり続けていた時には、本当に空回りし続けていました。
 それでいつしか、そんな事は忘れて目前の事をガムシャラに頑張り続けて、ふと気づいてみると、いつの間にか自分のやりたい事ができるようになっていました。

 そう言えば恋愛なんかは、まさにこのパターンです。
 必死になって求めている時は、なかなかうまくいきません。

 執着を捨てるというのは言ってみれば、究極の開運法です。
 だって執着を捨てたら、願いが叶いやすくなるのと同時に、誰もが今すぐ幸せになれるんですから…

 この 「執着を捨てる」 というのと 「あきらめる」 というのは、一見混同しやすいですけど別物です。

 望むべき未来を手にする為に、精一杯の努力はした上で結果に執着をしない…
 これが一番、幸せになる方法です。

 あきらめるというのは、確かに執着というものも捨てていますが、努力する事も放棄するので永遠に夢は叶いません。

 時にはこういう決断が必要な時もあるかも知れませんが、あきらめるのに慣れっこになって、人生に負け癖がついてしまうと、やっぱり幸せからは遠ざかってしまいます。

 占い師は、占いというものを使って人を幸せにするのが使命です。
 限界はあるかも知れません。でも精一杯、力尽きるまで…

 今までの僕の講座を受けてくださった皆さんと一緒に、共に頑張っていけたらと思っています。


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誰もが一つの所へたどり着く

 明日はいよいよ四柱推命講座・実践編の最終講座になります。
 朝から 「修了証書」 を作ったりとか、いろいろ準備を進めていて、とても感慨深く感じました。   証書に印鑑おすの楽しい…

 今回の講座は、どれだけきちんとした四柱推命をお伝えできるかというのが、僕の課題でした。
 四柱推命というものに関しては、全く初めての講座だったのですが、予想以上に伝えるという事の大変さを思い知らされました。
 タロット講座の時には、ある意味こういう大変さはありませんでした。

 ただ、とにかくいい加減な講座にだけは、したくなかったんです。僕の事を信じて、講座を申し込んでくださった受講生の方を裏切らない為にも…

 四柱推命というのは本当にピンキリで、内容をうすっぺらにすれば、どれだけでも単純化できるし、時間だって短縮できます。

 逆に奥深くまで突っ込んでいけば、それだけわかりにくくなるし、伝えるが本当に大変です。
 一言で言えば、四柱推命は 「自然の摂理そのもの」 です。ある意味、それを理屈で説明するような作業です。

 それに、この四柱推命は日々進化しているんですよ。

 少しだけマニアックな話になりますが、四柱推命は 「五行のバランス」というものが一番重要であるというのは、四柱推命を知っている人にとっては、もう常識です。

 でも、その五行のバランスを取る為に、「少ない五行を増やす」 とか 「身旺・身弱を中和にもっていく」 というのは、十年ぐらい前にはそんな風に言われていましたが、今ではもう、その考え方は遅れているんです。
 だって、実際に検証すると、それでは当たらないんですから…

 僕、命式をいくつもいくつも検証している内、一つの五行が偏ると単純にその五行の性質にならない事に気づいたんです。

 それである推命家の人の本を読んだら、「旺の逆転」 という形で、やっぱり僕が気づいた事と同じような事が述べられていました。
 僕は旺の五行を逆転させる気はないんですけど、気づいた内容は同じです。

 この前お食事をした時(9/14ブログ 「人を幸せにする占い師」 参照)、大阪の四柱推命の大家・田中風州先生から一冊の本を勧められました。

 最近出版された一冊2万円する、四柱推命の専門書なんですけど、それを購入して読んでみたら、やっぱりそれにも同じような事が書かれていました。
     明日、講座で伝えます…

 真剣に命式を検証していると、誰もがみんな一つの所へたどりつくんですよ。

 時々推命家の人の中には、四柱推命を 「科学」 という言葉で呼ぼうとしている人もいますけど、僕はそれにはちょっと反対です。
 四柱推命というものに、「科学」 って言葉を当てはめるのは不自然だし、わざわざそんな言葉で飾り立てる必要もないと思う…

 でも、四柱推命が学問である事には間違いありません。
 この世界の何かの法則の一端を担っている気がする…

 僕は四柱推命というのは、理数系の科学ではなく、むしろ国文系の社会科とか語学みたいなものに近い気がするんですよ。
 だって、その人その人の生き方や心のスタイルがその命式に出てくるのだから…

 そして、ここが一番大事な所なんですが、この四柱推命という学問の目的は、「人を幸せにする為にある」 という事です。

 僕は、この四柱推命をちゃんと使いこなせているかという事に関しては、まだまだ自信はありません。
 でも自信なんて持っちゃったら、そこで頭打ちになって止まってしまう気がする…

 ただし、四柱推命に対するプライドはあります。だから絶対に、この学問を粗末には扱いたくないんです…

 計12回の講座もいよいよ明日が最後ですが、9名の受講生の皆さんは、こんな頼りない僕の授業によくついてきてくれたなあって、つくづく思います。
 だから僕は、僕を信じてくれた人達に、できる限り精一杯のバックアップをするつもりです。
 それはこの先もずっと…

 明日の講座、最後の力を振り絞って、全力で頑張ります!

 P.S.
 四柱推命講座の受講生で、悠庵の鑑定師でもある冨田桂子先生から、「ホームページを作りましたので、ぜひ見てください」 ってメールが来ました。
 早速見てみると… なんかプロが作ったみたいなすごいホームページになってました!

 「Happyケイコの開運占い」
 http://www.happykeiko.com

 冨田桂子先生、ついに本気出しましたね。
 超人気占い師目指して、頑張ってください!
 僕も応援してますよ(^^)


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スケールの大きな話

 たまにはスケールを大きくして、世界の大金持ちのお話でもしてみますか…
 いつもこのブログ、みみっちい話ばっかり書いてますから(笑)

 昨日の竹中平蔵元大臣の話で、インドに邸宅があるムケシュ・アンバニさんの話が出てきました。

 この人はリライアンス・インダストリーズという会社の会長さんなんですが、今や、あのビル・ゲイツも抜いて、世界で3番目の大富豪だそうです。(同じ会社の経営陣の弟のアニル・アンバニさんの資産と合わせれば、世界1位になる)

 ムケシュさんはものすごい豪邸を持っていて、何と27階建ての高層ビルなんです。
 しかも1フロア1フロアの天井が高くて、本来なら60階建て位のビルの高さになるんですね。

 これ、自社ビルとか、貸マンションにしている… っていうのならまだわかりますけど、高層ビルが丸ごと自宅なんですから、スケールが違います。

 ムケシュさんは、会社の経営の指示を全部出しているのですが、1年に2回、アメリカと日本とイギリスから一人ずつ経済のエキスパートを呼んで部屋に集め、まる1日部屋にこもってその意見に耳を傾けているそうです。

 その日本の経済のエキスパートというのが、竹中元大臣という訳なんですね。

 自分の会社の部下の報告や、身内の意見ばかり聞いていると、客観的な状況がわからなくなってしまう…
 客観的な視点を失ってしまわないように、年に2回、こういう日を設けるのだそうです。

 昨日の講演で竹中元大臣は、ハイフェッツ教授のリーダーシップ論の中にある、「バルコニーにかけ上がれ」 というものをあげられていました。

 例えば、自分がダンスホールの中でダンスを踊っているのを想定するんです。(時代はちょっぴり古いです(笑)
 肩が触れ合うほどに混んでいて、バンドの音楽も心地よいし、照明もきれいだと思っている…
 でも本当にそうなのだろうか?
 バルコニーにかけあがって上から見てみろ。全く違う景色があるかもしれない。
 混んでいると思ったら向こうはガラガラだった。バンドの音はやたらとビートがきついだけだった。
 小さな空間の中にいて感じることと、上から見たことは違う。
 それがわかったなら、またダンスホールへ戻れ…

 現場の目だけではなくて、遠く離れた鳥の目で見てみる…
 
 もちろん現場の目も大事です。
 現場を知らないで、机の上だけで考えて非現実な指示を出しているような管理者は、実際に仕事にあたっている人達を苦しめているだけで、逆に事態を混乱させると思うし…

 でも、やっぱり現場の目だけでもダメなんですね。
 現場の目だけだと大局がわからないから、一時的にその現場にとって最高の対応ができても、本質の問題は解決していなくて、先々もっと大変な事になる場合がある…

 鳥の目って多分、一見冷たくて非情な見方になってしまうと思うんです。
 だから、こういうリーダーの多くは、部下からあまり好かれない…

 僕自身、自分の壁を越えられなくて、リーダーみたいな役割からはいつも逃げてました。

 人から嫌われたくないっていう思いが強すぎる人は、やっぱりリーダーには向かないんですね。
 人から好かれたい… なんて思っている人は、もっとリーダーに向かないと思う(笑)

 この先の時代、全体の状況を冷静に判断して、目先の事に囚われる事のない強いリーダーが必要になってくると思います。
 そういう役割をする人は、下す決断は非情なものであっても、心の奥には優しい思いを持っていてほしい…

 逆に、臨戦態勢の国や食糧危機の国に危険を顧みないで体一つで乗り込んじゃう人って、確かに優しい人だとは思うけど、結果的に周りの人達を心配させるだけで、何も生み出す事はできません。
 世界中で起こっているそれらの問題の根本は、勢いだけで解決できるほど簡単なものではありませんから…

 スケールを大きく持って、まずは自分ができる事をどんどん増やしていって、その上で自分が使命だと思う事を全うしていったらいいです。

 僕もこんな偉そうな事を言えるほど、大した人間ではありません。
 でも、いつの日か、優しい思いを持った人達と一緒に、次の世代に少しは自慢できる何かを残せたらな、なんて… 最近柄にもなく思ったりしているんですよ。


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基本を間違えない事が大切

 今日は久しぶりに、ここ東京駅に降り立ちました。

東京駅 こうやって、東京駅を遠くから眺めて見ると、パリの建物に見劣りしないくらい素敵ですね。

 さてさて、今日この駅に降り立ったのは、
 McAfee社が主催する 「FOCUS JAPAN 2012」 という講演会があったからです。

 経済のグローバル化のリスク、コンピューターセキュリティーの問題について、Intel社やMcAfee社の社長や、小泉政権下の金融担当大臣だった竹中平蔵元大臣の講演を聞いてきました。

 おいおい浅野太志よ、そんな経済の話を聞いた所で、ちゃんと理解できるのか… って言われそうですけど、たまには格好つけさせて下さいよ(笑)

 入場料は無料で、しかも講演中にみんなデジカメで写真撮っているし…
 IT業界最大手のIntel社やMcAfee社が主催している割には、フランクな感じでとっても好感が持てました。

 アンケートに記入をしたら、手鏡やミネラルウォーターまでもらえました。よし、来年もまたこよう(笑)
      すっかり味をしめた…

 特に今回、竹中元大臣の講演はわかりやすくて、すごく面白かったです。

竹中平蔵元大臣 竹中平蔵氏といえば、あの小泉政権下で日本の経済を立て直した人ですし…

 賛否両論はあるんでしょうけど、僕は竹中元大臣は好きです。

 「公職についていた時には言えなかった事が、今なら言いたいだけ言えます」 っておっしゃって、今の政権への痛烈な批判から始まり、講演の最中ずっとハイテンションでした(笑)

 景気対策に、打出の小槌というものはなくて、「普通の事をして変な事をやめれば、景気は必ず良くなる」 って断言されたのが、とても印象的でした。

 「アレシナの法則」 というのがあって、最初から 「増税ありき」 で増税だけをした国というのは必ず失敗しているそうです。
 ただし、必要のない歳出やバラまきを削ってから、その上で増税をした国というのは、ちゃんと成功しているそうです。

 このままだと、「日本の企業が海外へ出て行ってしまい、産業が空洞化してしまう」 ともおっしゃっていました。
 過去のアルゼンチンのハイパーインフレの件もありますし、確かに過剰なバラまきをまず抑える事が肝要なのかも知れませんね。(8/16ブログ 「本当の優しさ」 参照)

 竹中元大臣が、何度も何度も講演中におっしゃっていたのが、
 「基本を間違えない事が何より大切だ」
という事でした。

 社会というのは、基本が間違っていってもある程度までは動く…
 でもそのまま間違ったままで進むと、やがて取り返しのつかない事になってしまう…

 だから一見すると口当たりの良い政策も、基本からズレていないかどうかを考えないといけない。
 それを繰り返し、訴えられていました。

 今から10年ほど前、竹中元大臣が大臣就任の挨拶をした時、野党から 「前任者を否定するのか」 って野次がとびました。
 小泉純一郎総理は、「前任者が間違っていたと言っちゃえ」 って背中を押してくれたそうです。

 竹中元大臣は、やるべき事は断固やらなければいけない… というタイプの方だから、昔から敵も多いんですね。
 同じ政党内の中でさえも…

 まあ政治の政策については、いろいろな考え方があるので、それは置いておいて…

 「何があっても基本だけは崩さない」 という、竹中元大臣の目先に振り回されない姿勢は、人生でふと道に迷った時、この上ない羅針盤になるかも知れません。


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時には人を頼ってみる

 ここの所、パソコンの画面を見すぎて、目がチカチカします。
 半日以上かけて、やっと設置したホームページの 「申し込みフォーム」 でしたが、作動しないことが発覚し、設置と同時に緊急メインテナンスに…(笑)

 原因を調べようと試みるも、にっちもさっちも先に進めないので、前に基本のフォームの設置を依頼した 「SYNCKGRAPHICA」 の和田さんにメールでお願いして、見てもらう事にしました。

 和田さんは非常に素早い対応で、原因を解明してあっという間に直してくださいました。

 ところで、今回のエラーの原因は、「改行コード」 という目に見えないものが、CRLFという状態になっていて、本来ならば 「改行コード」 はLFになっていないといけないそうなのです。

 素人の僕には、さっぱり意味がわかりませんが…(笑)

 僕が三日三晩不休で頑張ったとしても、このエラーを発見するのは、まず不可能だったと思います。
 なにせ、目に見えない 「改行コード」 ですから…

 当然プロの方に依頼したのですから、僕は手数料が発生するものと思っていたのですが、「今回は軽微な調整だった」 という事で、前回フォームの設置を依頼している経緯もあって、無料でやってくださいました。
 本当にありがとうございました。

 SYNCKGRAPHICA(シンクグラフィカ)

 札幌にあるホームページ制作とプログラム開発の会社です。
 和田さんのいいなって思う所は、仕事を楽しんでやっていらっしゃるな… と感じられる所ですね。
 お金儲けの為とか、ガツガツしていない所がとても素敵です。
     ブログも面白いです…

 このサイトは、フリーのメールソフトとか無料素材がいっぱいあって、お持ち帰りできるんです。

 こういう素材は、普通だいたい 「無料」 というのと引き換えに、いらない広告やリンクがくっついてくるのが相場なんですけど、SYNCKGRAPHICAさんの素材は、広告もリンクも一切ありません。
 その器の大きさが、僕は気に入りましたね。

 時に人生で、自分一人の力では前に進めなくて頭打ちになる時があります。
 そんな時は、人を頼ってみるのもいいです。

 でも間違っても、人を利用しようとか、最初っからタダでやってもらおうとか思わない事…
 これがとっても大事です。

 そしていつか、自分も誰かの為に役立つ人間になろうと思う事…
 こうした心掛けを持っている人は、必ず成功をつかみ取っていくはずです。

 P.S.
 2013年から始まる 「タロット講座~大アルカナ編~」 ですが、昨日のまだ申し込みフォームが緊急メインテナンス中の段階で、早速メールからのご応募がありました。
 今、僕の置かれている状況からして、以前のように初日からの応募は、正直ないだろうと思っていました。
 僕の事を信用してくださった方を裏切らない為にも、負けられないですね。
 絶対に素晴らしい講座にしてみせます。
 期待していてください!


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寝食を忘れて…

 昨日は久しぶりに、期限に追われる仕事も鑑定も入っていませんでした。
 そこで、午前中は少しのんびりと食事をとったりして、午後からホームページのリニューアルの作業に掛かりました。
 講座のご案内を出したり、前々からやろうやろうと思っていた、申し込みフォームの設置の作業に取りかかりました。

 僕のホームページのお問い合わせのコーナー、「もうしばらくお待ちください」 と書いたまま、もう半年以上が過ぎていて…(笑)
 多分、ホームページを見てくださっている方は、「一体いつになったら更新する気なんだ」 って思われていたにちがいありません。

 ちなみにあのホームページの 「精霊タロット」 と 「日主占い」 は、僕が一生懸命 「JAVA」 というものをいじくって作ったんですよ。    半年がかりで作った…

 でも、申し込みフォームだけは、全く僕の手に負えませんでした。一見そっちの方が簡単に見えるんですけど…
   CGIって訳がわからない…

 そこで専門のプロの方に発注して、基本の申し込みフォームのパターンを一つ設置してもらったんです。
 そのパターンをいじくって、「お問い合わせフォーム」 と 「鑑定申し込みフォーム」 と 「講座申し込みフォーム」 の3つを昨日はずっと作っていました。

 お昼からパソコンに貼りついて、メールフォームと格闘…
 途中でメールの返信をしたり、ブログの更新もしながら、ずっとパソコンの画面を見っぱなしでした。
 結局、申し込みフォームを設置し終えたのは深夜でした。
   パソコン用のメガネを掛けていても、これでは体に悪い…

 そのまま倒れるように寝てしまったのですが、考えてみたら僕、昨日の夕食取っていないんですね(笑)
   食欲よりも睡眠欲の方が強かった…

 それで目が覚めて、朝メールを見たら、I さんから「鑑定申込フォームで、送信しようとするとエラーになりますよ」 というメールが来ていました。
   教えて下さって、本当ありがとうございます…

 申し込みフォームのエラーの原因を探るも、さっぱりわからないので、

 「只今緊急メインテナンス中」

って、表示しておきました(笑)   設置早々、メインテナンスかよ…

 考えてみたら、24時間ぐらい何も食べていません。
 僕、何かにのめり込むと、食事を取るのも忘れちゃうんです。

 というより正確には、「この作業を終わらせたら、食事するぞ」 って気合いを入れて頑張るのですが、結局その作業がいつまでたっても終わらせられないので、食事が取れないというパターン…

 まあ、でもこうやって寝食を忘れて何かに没頭している時って楽しいです。

 仕事って、のめり込むと無性に楽しいし、全部終わらせて食事をする時は、また格別のものがあります。
 「しあわせ~」 っていう感じです。

 こんな だらしない生活を送っているから、いつまでたっても太れませんね(笑)
 ホドホドにしときます…


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占いの世界は本当に面白い

 タロット占いでも四柱推命でも、その他どんな占いでも、極めていくといろいろな事が発見できます。
 それで面白い事に、極めた人は誰もが同じような結論にたどりついたりします。

 僕、8年前に占い師として生きていこうと決めた時、自分の使う占術について本当に悩んだんですよ。
 タロットも四柱推命も本当に大好きで、どっちも14歳の時から興味を持ってやり続けていました。
 (厳密には、タロットの方が四柱推命より3ヵ月余り早かった)

 タロット占いは西洋の占いだし、四柱推命は東洋の占いだから、この組み合わせって本当は筋が通ってないんですよ(笑)

 だから僕は、四柱推命を捨てて、新たに西洋占星術でも勉強して、西洋占星術とタロットの組み合わせで行こうかとか…
 それとも逆にタロットを捨てて、周易かなんか習って、四柱推命と易の組み合わせで行こうかとか真剣に考えました。

 結局なんでそうしなかったかというと、西洋占星術も周易もかじってはみたものの、やっぱり一朝一夕にはいかないってわかってあきらめたんです。
 だからどっちも、中途半端に知識があります。鑑定まではできませんが…(笑)

 この前、いつも僕にいろいろなアドバイスを下さるFさんに、この話をしたら、
 「四柱推命とタロットを組み合わせるのは、全然おかしな事でもないし、矛盾もないですよ」
と言って下さいました。

 使う武器の組み合わせが、日本刀とアーチェリーであったとしても、扱う人間がそれぞれの武器を使いこなしていればいい話で、結果として内容のある占いができている事が大事なんだという事を教えて頂きました。

 確かに四柱推命もタロットも思い入れもあるし、そういった意味では変な自信があります(笑)
 僕は子供の頃から、のめり込んだら外に出られないくらいに夢中になって追究する変わった人間でしたから…

 四柱推命とかでも、一つの命式の事を半日ぐらい悶々と考えているんです。
 なんで、ここでこの五行が巡るのに、こうなったんだろうみたいな…

 タロットでも、昔は一回一回のスプレット結果をメモして、いつもカードと起こった事柄とを比べてました。
 それで、やっぱり偶然とは思えないカードが出ていたりするんですよ。
 たくさんのタロットの本を買って、カードのそれぞれの解釈の違いを読み比べたり、どっちが正しいのか検証したりもしました。

 タロットというものは、本当に不思議です。
 タロットカードの大アルカナというのは、元々は賭博ゲームの為に作られたんです。
 もちろん現在において、タロットカードを使って賭け事をしようなんて人はほとんどいませんけど、歴史的にはこれがまぎれもない事実なんですね。

 でも僕は、三次元の現実の時間軸を超えたもっと大きなビジョンで、タロットカードには別の何かがあると思う…
 極端な話をすれば、神様がタロットカードという未来予知ツールを人類に与える為に、15世紀のイタリアのカードギャンブラー達に不思議なインスピレーションを与えたのではないだろうか… というような(笑)

 18世紀パリのエテイヤは、その不思議なタロットカードに目をつけ極めようとした、世界初のタロット占い師です。

 この占いの世界というのは、本当に面白いです。
 この世界に足を踏み入れたことのない人にはわからない、計り知れない夢とロマンがあります。
 僕はこの仕事につけて、本当に良かったと思っています。

 P.S.
 少し先の話ですが、来年2013年の1月20日より、毎週日曜日に 「タロット講座~大アルカナ編~」 を開講する事にしました。
   おめでとう~! (自画自賛)

 今回は大アルカナ22枚を中心とした講座ですが、必要に応じて小アルカナにも言及します。
 一枚一枚のカードの象意を深く掘り下げながら、実践的なポイントを中心にした講座にしていきたいと思っています。

 僕が思うに、タロットカードの意味の説明を聞くだけなら、わざわざ講座を受けるよりも本屋さんでタロットの本を買って覚えた方がよっぽど経済的です。
 そういうのじゃなくって、マンツーマンのつもりで手とり足とりの実践練習がメインの講座ができればと思っています。
 必ず深みと内容のある講座にしますから、期待していてください!

 詳しくは、ホームページの案内をご覧下さい。
 http://asano-uranai.com/conference3.html


 さあ、来年も気合い入れていくぞ~   気がはやすぎ(笑)

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感じた事を感じたままに…

 今日は四柱推命講座の第11回目の講座が終わり、講座も残す所あと1回になってしまいました。
 実践で役立つきちんとした四柱推命の講座になるように僕も頑張っていますが、いろいろな命式を見たりして、僕自身もたくさん学ぶ事があります。

 時には受講生の方から指摘を受けて、訂正を入れる事だってあります。
 特に受講生のYさんは、毎回の講座をきちんと復習していますから、その指摘も本当に鋭くて気持ちがいいです。
 もちろん僕もそうそう滅多に訂正を入れる事はありませんが、やっぱり人間ですから時には間違えます。

 完璧な講義をして、すごいって思われる講師でありたいと思っても、そういう訳にもいきません。
 そういう時に、虚勢を張って言い訳するのも卑怯な気がするし…

 今から450年ほど前の戦国時代の事。
 織田信長による寺の焼き討ちにあって、死んでいった臨済宗の僧・快川紹喜(かいせんじょうき)は、燃え盛る炎の中で
 「心頭滅却すれば、火もまた涼し… 渇っ」
といって、壮絶な最期を遂げたと言います。

 心が引き締まる思いがします。

 その点、「一休さん」 でおなじみの一休宗純(いっきゅうそうじゅん)や、江戸時代の臨済宗の高僧・仙厓義梵(せんがいぎぼん)が、死ぬ前に残した言葉は 「死にとうない」 というもの…

 仙厓義梵和尚の死期が近づいた時、仙厓和尚の弟子達が師の枕元につめ寄って、
 「どうか私達に、最期のお言葉を何か残して頂けませんか」
と聞いたんです。

 しばらくして仙厓和尚は、
 「死にとうない…」 と一言。

 弟子達は困惑して、みんなで相談しました。
 「高僧ともあるわが師が、後世にこんな言葉を残したら恥だ」
という事になって、もう一度師の枕元につめ寄りました。

 「他にも何か、私達に残して頂けるお言葉はございませんか」

 すると、仙厓和尚は、
 「やっぱり、ほんまに死にとうない」
 と語りました(笑)

 この言葉、人間らしくていいと思います。
 仙厓和尚は、本当に自分に素直になろうとしたんだと思う…

 普通の人が死ぬ間際に 「死にとうない」 というのは、珍しくも何ともありません。
 こうやって高僧としてあがめられた仙厓和尚のような人物が、こういう素直な言葉を語ったのは、本当に勇気がいったと思います。

 こんな言葉を口に出してしまったら、今まで自分を慕ってくれた弟子達もあきれて心が離れていってしまうかもしれない…
 自分が今まで築いていたものを、最後の最後になってぶち壊す事にもなるかも知れない…
 それでも自分に素直になりたいと願ったんですね。

 きっと仙厓和尚というのは、死に臨んで 「こうあるべきだ」 という理想の自分への囚われまでも捨て去ったのだと思う。

 そんな達人だからこそ、今でも仙厓和尚や一休宗純というのは、みんなに人気があります。

 格好悪くてもいい… 何も飾らない。
 感じた事を感じたままに、やせ我慢しない生き方…
 とても素敵だと思います。

 知らぬ間に築いてた 自分らしさのオリの中で もがいているなら…

 ミスチルの 「名もなき詩」 のセリフではありませんが、そんな時は一休宗純や仙厓和尚を思い出して、「こうありたい」 という自分を捨ててみるのもいいのかも知れません。

 そこから多分、新しい何かが見えてくるはずです。
 

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単純なものほど難しい

 昨日のブログ、長文になりすぎました。
これ以上、関ヶ原ネタ続けたくなかったので、もう一気に終わらせました…

 あれ読んでいて疲れた人もいると思います。途中でうんざりして、寝ちゃったという人もいたりして…
 本当にごめんなさい。

 文章でも長ければいいってものじゃないです。
 短い一言二言の文章で、スパッと人を感動させるのが最高です。
 でも、これが一番難しい…
 こういうのは、本当に心の中にすごいものを持っている人にしかできないです。

 芸術作品だって同じですね。
 単純なものを表現する方が難しいです。
 書でもそうだと思います。「一」 なんていう字を書くのが一番難しいと思いますね。

 僕、悪ノリでふと思いついたのが、毎日のブログを漢字一文字だけ書いていくパターン…
 それも超でっかい字で(笑)

 それ以外の事は何も書かない…

 例えば今日のブログは、 
   


とか…      直江兼続じゃないんだから…

 それで、その次の日のブログは、 
   

とか(笑)…      新撰組ですかぁ~

 それで毎日このパターンで、漢字を一文字書く。
 これなら超楽ですし、漢字の数だけネタがあります。
   十年ぐらいはもちます。

 そのうち多分このブログ、誰も閲覧しなくなります(笑)

 どんなものでも単純なものほど難しいです。
 それで、複雑にすればするほど、ごまかしがきくようになったりします。

 鑑定だって同じです。時間が長ければいいってものじゃなくて、大事なのはその中身です。

 では一体どうやったら、単純なもので人を感動させるような事ができるか…

 やっぱり、そういうものを作れるようになるには、自分自身をつき詰めて心を豊かにしていくしかないような気がします。

 本当にすごい人って、不思議な事に、その人と何も話さなくても、そばに行くだけで心が満たされて気持ちが盛り上がるんですよ。
 僕は今まで何人もそういう人に会ってきました。

 だから今度は、自分がそういう人になりたいと思いました。
 一朝一夕にいかない事はわかってますけど…

 でも、頑張ります!


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周りの人に流されない

 すみません… また今日も関ヶ原ネタです。
 歴史に興味がない人もいるし、本当はこの話題は1日で終わらせるつもりだったのですが、書いている内にどんどん文章が長くなってしまって…
 気づいてみたら、今日で3日目です。
    もう今日で終わらせます(笑)

 今回書きたい事を一言でいうと、ある人物の批判なんですね。
 とはいっても400年以上も前の人だから、あくまでも言い伝えられているその人物に対してですが…

 こうやって人の批判したり、悪口を言ったりするのって、気をつけていないとマイナス作用も大きいです。
 よく、「人の悪口を言うと、ストレス発散になっていい」 という人がいますが、それって知らず知らずに自分の運を削ぎ落としています。
 少なくとも相手の悪い部分に自分の心が感応している訳ですから…

 もしも、悪い影響を受けないように人を批判するとしたら、次の2つのやり方があると思います。
 1つは、その相手の欠点も自分の中に存在する事を理解して、自分に言い聞かせるように批判をする事。
 もう1つは、その相手に好意を持った上で、愛嬌でもって悪口を言う事(笑)

 これなら例え人の悪口であっても、容赦のない言い方ではなくて、丸みのある言い方になると思うし、人を批判する事でプラスになる事もあると思います。

 一昨日からの話の続きなんですけど、結局あの関ヶ原の戦いで、西軍敗北の原因を作り出したのは毛利輝元だと思うんですよ。
 毛利輝元という人の失敗のパターンは、なんか僕自身が今までやってきた失敗に似ていて、本当に反省させられるんです。
 他にも、僕やこの毛利輝元と同じ失敗をしている人も多いはずだから、きっと参考になると思います。

 昨日のブログにも書きましたけど、この人性格はいいんです。
 大大名の生まれで、育ちも良いだけあって、あんまりガツガツしていません。

 天下を取った豊臣秀吉が近習のものに、
 「今自分に代わって天下を取れるのは誰だと思う?」
と問うと、必ず徳川家康と前田利家、それにこの毛利輝元の名前があげられました。
 それなりに人望だってあるんです。

 でも、いかんせん統率力がありませんでした。
 今まで毛利家が無事に存続してきたのは、伯父の小早川隆景(毛利元就の三男)が、全部毛利家の政治を牛耳ってきたからです。

 ところが、関ヶ原の戦いの勃発前くらいの時代になると、毛利家には複数のトップがいたんです。
 複数のトップがいる組織って、本当に危ないです。
 小早川隆景の死後、毛利家全員をまとめるだけの器量を持った人がいなかったんですね。
 本当は、その役割を当主の輝元がやらなければいけないのですが…

 この頃の毛利家の中でも、輝元の養子となった毛利秀元、吉川元春(毛利元就の次男)の息子で、家老のポジションの吉川広家、そして古くからの毛利家の外交僧で、豊臣秀吉と毛利家を結びつけた安国寺恵慧の3人は、発言力が拮抗していました。

 徳川家康と石田三成とがそれぞれ台頭し、勢力が完全に二分する中、吉川広家は、「毛利家は実力者である徳川家康側につくべくだ」 と主張しました。

 それに対して、安国寺恵瓊は、「毛利家は石田三成側について、今こそ家康を糾弾すべきだ」 と主張します。

 石田三成からの依頼を受けた安国寺恵瓊は、毛利輝元を西軍の総大将にしようと画策します。
 これには、吉川広家も、輝元の養子の毛利秀元も大反対しました。
 そんなものについたら、徳川家康の怒りを買う事は必定ですから…

 あまり知られていませんが、毛利輝元は徳川家康と義兄弟のちぎりを結んでいるんです。
 敵が多くて実力も未知数な石田三成につくより、徳川家康側についた方が断然有利です。
   輝元と家康の義兄弟の契りは、吉川広家が画策した…

 安国寺恵瓊は、吉川広家に内緒で秘密裏にどんどん話を進め、毛利輝元に西軍の総大将になる事の承諾を迫ります。

 すると事もあろうに、毛利輝元は一切の詮議を行わず、これを二つ返事で快諾してしまったんですね。

 こういう所が、この人の致命的にまずい所です。

 もちろん、自分が毛利家を完全に統率しきっているのなら、こういうのもありかも知れません。
 でも現実はそうではないのだから、少なくとも吉川広家らの反対意見も聞いた上で、詮議の場を作って、改めて西軍の総大将につくという最終決定をすべきだったんですね。

 輝元は、安国寺恵瓊に勧められるままに、西軍の総大将として大坂城に入城します。
 関ヶ原の主戦場へは、自分の代わりの名代として養子の毛利秀元に一万五千の兵を与え、補佐役として吉川広家、それに安国寺恵瓊を行かせました。

 この状態、吉川広家からしてみれば、自分達の知らない所で輝元は安国寺恵瓊にうまうまと乗せられて、勝手に西軍の総大将に担ぎ出されたように見えます。

 吉川広家も大坂城に入って、西軍の総大将の件を撤回させて東軍につかせようとするんですが、もう話がどんどん進んでしまって、どうにもなりません。

 「これは毛利家存続の危機だ…」 という事で、吉川広家は当主の輝元にも内緒にして、知り合いの黒田長政を通じ、
 「毛利輝元の西軍総大将の就任は、本人が知らない所で勝手に行なわれている事であって、戦いでは不戦を貫くので、所領を安堵(あんど)してほしい」
という旨を徳川方に伝えます。

 それで徳川方も、「まあ本人も知らないのに総大将に担ぎ出されたのなら仕方ないか…」 って事で、これを了承しました。

 あの関ヶ原の戦いにおいて、南宮山に陣取る毛利秀元(輝元の名代)が率いる一万五千の軍を初めとして、それに続く長宗我部盛親の軍、安国寺恵瓊の軍、長束正家の軍など合計三万三千近くの大軍が、全く動かなかったんです。

 なぜ動かなかったかといえば、南宮山の軍の最前線に吉川広家の三千の兵が陣取って、ずっと道を開けなかったからなんです。
 再三、後ろの軍から早く出陣するように言われても、吉川広家は、「今は霧が濃くて、出陣できない」 と言って、ちっとも動こうとしない(笑)

 あの大軍がまともに徳川家康本陣に突っ込んでいたら、さすがの家康も負けていました。
 関ヶ原の合戦において、東軍を勝たせた一番の功労者というのは、僕は吉川広家だと思うんですよ。

 まあその結果、毛利輝元が総大将を務める西軍は、あっさりと負けてしまいました。
 しかも皮肉にも、本来なら毛利を支えるはずの吉川軍と小早川軍によって…

 さて、大坂城にこもっていた毛利輝元の元に
 「毛利家は不戦を貫いたし、本人も知らない内に西軍の総大将に担ぎ込まれたのですから、所領は安堵しますよ」
という徳川方からの手紙が届きました。

 養子の毛利秀元は、大坂城退去に反対しました。
 吉川広家のせいで、毛利軍は参戦する事ができなかったものの、一兵たりとも減っていない訳ですからまだまだ戦えます。
 このまま大坂城に籠っていれば、豊臣秀頼を擁しているのだから勝ち目はあるんです。大坂城は天下の堅城ですし…

 豊臣恩顧の武将も、さすがに秀吉の子の秀頼には弓をひけませんから、秀頼さえ正面に出しておけば徳川家康も滅多な事に手出しはできません。
 それに、輝元は仮にも西軍の総大将になってしまったのだから、主張をコロコロと変えるのは武家の面目にも反します。

 ところが毛利輝元は、今度は吉川広家の意見を採用して、さっさと大坂城を退去してしまいました。

 結局この人、いつもどっちつかずで定まらないんです(笑)

 西軍の総大将になったのだって、周りに流されてそうなっただけで、元々自分の意思ではありません。
 この時に、もしも本気で総大将として西軍の勝利を考えていたら、いつまでも大坂城にこもっていないで、周りを説得して豊臣秀頼を連れて関ヶ原に参戦しているはずです。
 この時点では秀頼は家康の主君筋ですから、もしそんな事になれば家康は手も足も出ません。
 秀頼に弓を向けてしまったら、豊臣恩顧の武将がみんな敵になってしまいますから…

 毛利輝元は人が良い上に、「自分はこうしたい」 というハッキリとした意思表示がないから、常に周りの人のいう事に流されてしまう…
 おまけに、自分がした決断に対しての責任感も無い…

 毛利輝元は徳川方の手紙をもらって、すっかり所領は安堵されるものだと信じていました。

 ところが徳川家康は、大坂城の中で、輝元の花押が押された西軍の連判状や、輝元の名で書かれた家康への弾劾文がたくさん見つかった事で、「やっぱり毛利家は改易する」 と言ってきました。
 「毛利輝元は、本人も知らない内に西軍の総大将に担ぎ込まれた」 という、この前の話と違うじゃないか、という訳です。

 だいたい、所領安堵の約束も家康自身はしていません。全ては、吉川広家と徳川方の黒田長政なんかの約束です。

 その上で家康は、
 「毛利家は改易し領地は全て没収するが、広家殿の忠節はこの家康しかと受け取った。ゆえに、律儀な広家殿には周防と長門を与えて、中国地方の抑えを任せたいと思う」
と言いました。

 この辺が家康のうまい所です。
 ところがこれでは吉川広家はたまりません。元々、毛利家を存続させる事だけを思って、行動したのですから…

 仕方なく、「自分が頂ける周防と長門を、どうか毛利輝元にお与え下さい」 と家康に嘆願する事に…

 これが、毛利家120万石から36万石への大減封の顛末です。

 晩年、毛利輝元は、「近頃の世の中というのは万事が逆さまで、主君が家臣に助けられるという無様な事になっている」 と、自嘲気味に嘆いたと言います。

 この毛利輝元という人は、多分人を頼り過ぎたんじゃないかな… って気がします。
 いつも周りの人の言う事や、事の成り行きを任せて、自分の力で何かをつかみ取っていこうとしなかった…

 西軍の総大将になる決断をした時に、詮議をしようとしなかったのも、おそらくは安国寺恵瓊にそそのかされたんだと思うんです。
 あの時に詮議なんかやったら、吉川広家と毛利秀元が猛反対するのは目に見えていましたから…
 輝元は輝元で、安国寺恵瓊がそう言うのならそれに従っておくか、とでも思ったのでしょう。

 取りあえずは西軍について、周りの言う事を聞いていれば、面倒くさい事は宇喜多秀家とか石田三成とかが全部やってくれると思ったのかも知れません。

 ところが大坂城籠城となると、今度は自分が正面に立って家康と対決しなくちゃならないから、きっとその重荷に耐えられなかったのだと思う…

 時に人は、自分の力で強く生きていかなければならない事があります。
 人は人…、それぞれの思惑で動くから、決して当てにはなりません。

 自分で考えて自分の力でやってみて、失敗したっていいんです。チャンスを生かせないで、何もしないままでいるのが一番もったいないです。
 それに今は戦国時代と違って、命を取られる事もありませんし…

 自分が最大限できる事は何かを真剣に考えて計画を立て、自分の力で動き出した時、その先に素晴らしい未来があるはずです。


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団結する事で、困難が乗り越えられる

 戦国時代の最大の智将といわれる毛利元就には、「三本の矢」 という有名な逸話があります。
 イソップ物語の中にも、「三本の棒」 というほとんど同じような話があったりします。
 「一人一人で物事を行うより、協力して行う方が大きな効果を得ることができる」 という教訓の話です。

 毛利元就には、毛利隆元、吉川元春、小早川隆景という3人の息子がいました。
 なぜ兄弟なのに苗字が違うかというと、次男の元春を吉川家に、三男の隆景を小早川家に養子に出して、それぞれの家を乗っ取ってしまったからなんですね。
 戦国時代には、こういう事はよくある事です。

 毛利元就も自分の余命がいくばくもないと知ると、枕元に3人の息子を呼んで、まず1本の矢を折らせるんです。
 矢はいとも簡単に折れてしまいます。
 それで次に矢を3本束ねて、「これを折ってみよ」 という…
 すると、誰も折る事ができなかった。

 「1本ではもろい矢も、3本合わされば頑丈になる。お前達が3人結束していれば戦国の世を無事に生きていける」
 と語ったと言います。

 これは逸話であって、長男の隆元は父親より早く死んでますから、実際にはありえない話なのですが、元就が3人の息子に兄弟の結束の必要性を語ったのは事実です。

 毛利元就が生きている頃は、毛利家・吉川家・小早川家は、まるで一枚岩のようでした。
 それで、この3人兄弟は仲が良かったかというと、そういう訳でもありませんでした。

 長男の隆元が父にあてた手紙でこんなのが残っています。

 「近頃、元春と隆景の両弟は吉田郡山に来ても長期滞在せず、自分の家の事ばっかりに固執し相談事があっても私ではなく父上を相手にする。私をまるで見下して除け者にしているようで、非常に腹が立つ」

 これ、どこの家の兄弟にもありそうな長男の文句ですね(笑)

 この毛利隆元、吉川元春、小早川隆景の3兄弟は、3人とも非常に優秀な武将でした。
 長男の毛利隆元というのは、他の2人のようにあまり評価される事は少ないのですが、領国経営や領民からの人気は突出していて、父の元就や2人の弟を上回るほどです。

 しかし残念な事に、この隆元は父の元就よりも早く、40歳の若さで亡くなってしまったんですね。
 そこで、隆元の嫡男である輝元が、元就の後継者として毛利家の当主となり、元春・隆景という2人の叔父がそれを後見する形となりました。

 昨日のブログで、関ヶ原の合戦の西軍の敗因は毛利輝元の統率力の無さのせいだと書いたのですが、一応輝元の事をフォローしておくと、この人性格はとってもいいんです。
 温厚そのものというか、坊ちゃん育ちというか…(笑)
 慎み深く、ゆったりと大らかな人だったと言われています。

 でも、戦国大名としてはそれだけでは生きていけません。
 輝元は叔父の小早川隆景から、家臣のいない所では事あるごとに折檻を受けていたといいます。

 とはいえそれでも毛利宗家は、この吉川家と小早川家の支えによって戦国屈指の大大名として存続していきました。

 ちなみに、次男の吉川元春と三男の小早川隆景は仲が良かったのかというと、必ずしもそういう訳ではないです。
 戦国の世はいろいろな事が起こりますから…

 本能寺の変が起きた時、毛利家と戦っていた豊臣(羽柴)秀吉は、織田信長の死をひた隠して毛利家と和睦し、明智光秀を討ちに行きました。

 後になって信長が死んだ事がわかると、次男の吉川元春は秀吉の追撃を主張したのに対し、三男の小早川隆景は秀吉との同盟の遵守を主張しました。
 結局、小早川隆景の意見に決まったのですが、吉川元春としては面白くありません。

 それでも、吉川元春は毛利家の為を思い、嫌いな秀吉の要請を受け病気をおしながら九州征伐に参加し、そのまま遠征先の九州で亡くなっています。

 ある時、毛利家にとって存続の危機という最大のピンチが訪れました。
 その原因は、当主の毛利輝元に実子がいなかった事です。

 そこにあざとく目を付けた豊臣秀吉が、
「自分の身内の子供を、養子として毛利家にやろう」
と言ってきました。

 これって、毛利元就が昔の吉川家や小早川家に対して自分の息子を押しつけたのと同じです。
 自分の身内を入れて跡を継がせて乗っ取っちゃえ、っていう訳ですね。
 そうはいっても秀吉に、「いえ、それは結構ですから…」 とも言えないし(笑)

 そこですかさず、小早川隆景は自分も実子がない事を理由にして、
 「是非とも、そのお子を我が小早川家に下さいませんか」
と、秀吉に懇願したんです。
 それと同時に、毛利家の血を引く秀元を急いで輝元の養子にさせました。
 こうやって宗家から毛利の血が途絶える事を阻止したんですね。

 秀吉も小早川隆景の意図は読めたのですが、まあしょうがない… という事で、その子を小早川家に養子に出す事にしました。
 この子供が、あの関ヶ原の戦いで東軍勝利の引き金を引いた、のちの小早川秀秋です。
 小早川隆景は、自分の家の血は途絶えても宗家の血が途絶えなければそれでいい… と考えたんですね。 

 毛利家に暗雲がたちこめたのは、宗家を支えた優秀な叔父である吉川元春と小早川隆景が亡くなってからです。

 人は団結する事によって、一人では乗り越えられないような困難でも乗り越える事ができます。
 これは兄弟や親族だけに限った事ではありません。

 仲間の為なら自分が多少損をしてもよいという覚悟が、その団結力をお互いに高めていくのかも知れません。

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統率力のあるリーダーが勝つ

 昨日は 「関ヶ原の戦い」 の事に少しふれたのですけど、意外に関ヶ原がどこにあるか知らない方が多いみたいです。
 ちなみに関ヶ原は岐阜県です(笑)  僕の生まれ故郷です

 もう20年以上前になるんですけど、岐阜で 「ぎふ中部未来博」 という地方博覧会がありました。
 三波春夫さんがテーマ曲を歌っていたり、冨田勲さんとスティービーワンダーの企画による長良川湖畔のショーが開かれたりとか、割と話題性があって、地方博としては大成功したイベントです。

 あの博覧会が開かれた時、僕はまだ17歳で、博覧会場も近所だったので何度か足を運びました。
 「ぎふ中部未来博」 のパビリオンの中で最も成功を収めたのは、なんと 「世界の占い館」 という占いのパビリオンだったそうです。

 まあ、「世界の占い館」 も大人気でしたが、僕があの博覧会でハマったのが、「富士通AIランド関ヶ原の合戦」 というコーナーでした。
 コンピューター上に関ヶ原の地図が表示されて、その上を仮想の東軍と西軍がぶつかり合うんです。

 史実の関ヶ原の戦いというのは、天下分け目と言う割にあっけなく勝敗が決まってしまった戦いです。

 一六〇〇年九月十五日、戦いは午前8時ぐらいから始まったのですが、徳川家康が率いる東軍が、全軍全力で戦っているのに対して、西軍で真剣に戦っているのは石田三成隊と宇喜多秀家隊、それに大谷吉継隊と小西行長隊ぐらいなもので、残りの3分の2の軍は戦闘に参加していないんですよ。

 にもかかわらず、東軍が押されていたんです。家康も凶方位で移動したせいか、かなり調子が悪かったようです(笑)

 それで家康の計算ミスだったのは、東軍に内応しているはずの小早川秀秋隊がいつまでたっても、寝返ろうとしない事でした。
 小早川秀秋は東軍が負けちゃいそうだから、このまま何もしないで山の上で見ていようと思ったんですね。できれば戦闘に参加したくないと思っていた。
 まあ、この人はこういう人です(笑)

 よく、小早川秀秋という武将は、臆病者で暗愚な武将の典型みたいに言われる事も多いんですけど、実際には臆病者ではありません。
 豊臣秀吉が朝鮮出兵を決めた時に遠征軍の総大将に任命されたのですが、秀吉を喜ばせようと、総大将にもかかわらず真っ先に敵の中に突っ込んで行ってしまうような人です。
 言ってみれば軽率、その上、人の顔色をうかがいすぎるという人なんです。

 いつまでたっても寝返らない小早川軍に業を煮やした家康は、恫喝の意味で鉄砲隊を差し向けて(一説には大砲で)威嚇射撃しました。

 すると、家康の怒りを恐れた小早川秀秋は、隣に陣取る大谷吉継軍をいきなり攻撃、これに連動して大谷軍の指揮下だった脇坂・小川・赤座・朽木軍も東軍に寝返って大谷軍は壊滅…

 その勢いでこれらの軍が宇喜多秀家軍に襲いかかり、宇喜多軍も壊滅、続けて小西行長軍、石田三成軍も壊滅して、わずか2時間後の午後2時ごろには戦争終了です。
 ちなみに残りの西軍の人達は戦っていません(笑)

 この、「富士通AIランド関ヶ原の合戦」 というパビリオンは、関ヶ原の戦いで、「もし○○だったとしたら、関ヶ原の勝敗はどうなる」 って仮想して、ナレーターのお姉さんの解説を聞きながら、コンピューター場面で関ヶ原の合戦をシュミレーションする催し物でした。

 僕の記憶では、次の3つのパターンがありました。

 ① 小早川秀秋が東軍に寝返らなかったら…
 ② 石田三成が優柔不断でなかったら…
 ③ 黒田長政の代わりに父親の黒田如水が参加していたら…

 で、どのシュミレーションでも、東軍が負けちゃうんです(笑)

 ただ、当時の僕の感想としては、①のシュミレーションは少しは筋が通ってましたけど、②と③のシュミレーションは絶対ありえないですね。
 もし仮に②や③であったとしても、やっぱり東軍の勝ちは揺るがないです。  
      あのシュミレーションおかしい…

 まあ仮に①の事態が起きても、そうやすやすと徳川家康本陣三万が負ける事はありません。

 よく、関ヶ原の合戦の一番の敗因は石田三成の人望のなさのように言われますが、僕は別の所にある気がするんですね。
      三成は結構頑張ったと思う

 僕が思うに、西軍の総大将である毛利輝元の統率力のなさが、致命的欠点だった気がします。
 西軍の実際の指揮は石田三成が取っていましたが、三成は大谷吉継の助言を受けて、毛利輝元を西軍に総大将に担ぎあげているんです。

 もし僕が西軍が勝つ可能性として、「If」 をあげるとしたら、「三本の矢」 の逸話で有名な毛利元就が、輝元に代わって西軍の総大将だったら… というものですね(笑)
 もっとも毛利元就は関ヶ原の戦いの30年前に亡くなってますから、これは絶対にありえない話ですけど…

 これなら、さすがの徳川家康でも関ヶ原の勝敗は危うかったはずです。

 考えてみれば、徳川軍が今までほとんど負け知らずだったのも、家康のリーダーとしての統率力と、家臣の一枚岩の団結力があったからと言えます。

 最後に勝利するのは、すぐれた統率力を持ったリーダーのいる組織… 関ヶ原の戦いは、そんな教訓を教えてくれているように思います。

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思うように方位が取れなくても…

 どこかに出かける用事があると、占い師の性(さが)か、ついつい毎日の方位のチェックをしてしまいます(笑)

 でも、僕もさすがに鑑定に行く場所の方位とか、毎日の買い物の方位まではみません。
 そんな所までこだわったら、生活ができなくなってしまいますから…
 占いは活用するものであって、占いに自分が操られるようになったら、本末転倒です。

 ただ、出版社に原稿を持って売り込みに行ったりとか、ここぞという勝負の時は、やっぱり方位をチャックします。
 場合によっては方違え(かたたがえ)をする事もあります。
 (3/23ブログ 「東京漂着」 参照)

 僕の場合、最近はパッと決めた日がそのまま吉日になっている事が本当に多いのですが、たまにはそうでない事もあります。
 中には、どうしても吉日にならないような事も起こったりします。

 例えば、先方が毎週金曜日が予定があいているという事で、それで打ち合わせの日を決めるとします。
 今週の金曜日は凶方位…、来週の金曜日は予定が入っている…、その次の金曜日もダメ…

 それで、
 「あの… 大変申し上げにくいんですが、方位がどうしても良くならないので、打ち合わせは来月の初めという事で」
とか言ったら、たちまち変な人です(笑)
 これがデートの約束なら、それで多分次はないです…

 とても重要な商談とかの場合、方違えをするという方法もありますが、それさえもできない場合…
 そんな時は迷わずに、凶方位でも行ったらいいです。

 引越しや長期旅行に関しては、方位はしっかりとこだわるべきですけど、日の方位の運気の影響はせいぜいその日とその翌日ぐらいです。

 確かに調子が今一つだったりとか、自分の欠点が出やすくなるというのはあるかも知れません。
 でも、自分の欠点をよく知りつくしていて、それが出ないようにすれば、問題は全て解決です。

 ちなみに僕の欠点は、すぐに調子に乗って思いあがってしまいやすい所…(笑)
 だから、凶方位で人に会う時は、絶対にそうならないように気をつけます!

 今から400年前… 天下分け目のあの 「関ヶ原の合戦」 の事です。

 徳川家康が西軍討伐の為に、江戸を出発した九月一日は 「西塞がり」(にしふさがり) の大凶方位でした。

 出発を決めた家康に、重臣の石川家成は、
 「その日は 『西塞がり』 の日で、大事な門出なのにいかがであろう…」
と、止めました。

 家康は、
 「西はすでに塞がれておる。それを開けに行くのじゃ」
と言って出発したそうです。

 確かに、関ヶ原の戦いでの家康の調子は、今一つでした。
 道中では風邪をひいて逗留するし、関ヶ原についた時も、小高い丘とか戦いに有利な要所は全て西軍に取られてしまっているし、息子の秀忠の三万五千の軍は遅れて到着しないし…
  これが痛かった…

 楽勝で勝てる予定のはずの戦いが、最初から押されっぱなしでした。
 でも、最終的に戦いの勝敗は周知の通りです。

 家康が九月一日の日に急きょ出陣を決めたのは、豊臣恩雇の福島正則が東軍について、西軍の織田秀信(織田信長の嫡孫)の守る堅城の岐阜城をたった1日で落とすという目覚ましい働きがあったからです。

 この状態で、「方位が悪い」 とか言って家康がもたもたと江戸にとどまっていたら、東軍の士気が下がるのは必然です。

 確かに日にちを先に延ばしていたら、方位の悪影響は受けなかったかもしれませんが、家康の器がその程度であったのなら、やっぱり天下なんて取れていないはずです。

 たった一日、日の凶方位を取ったくらいで、人の運命が大きく変わってしまう事なんてありません。
 運命の力は、もっと大きな所で動いています。
 あの時点で、関ヶ原で東軍が勝つという運命は、絶対に揺るがなかったはずです。
 家康という人間の人徳がそれを決めていたと思うし…

 思うように方位が取れなくても大丈夫。
 覚悟を決めてそれに立ち向かう時、方位以上の天のパワーが受けられます。


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人の内面にはものすごい何かがある

 師について習い事をする時の心構えに、「守・破・離」 というものがあります。

 「守」 というのは、師匠と同じように型をまねる事を指します。
 「破」 というのは、それを自分なり変えて、型を破っていく事…
 最後の段階の 「離」 になって初めて、師匠の型と離れた自分なりの型が確立した状態ができる…

 僕には本当に尊敬できる師匠がいて、長く真似ばかりやってきたので、どうしても自分のスタイルがコピーみたいになってしまうんですよ。
 
 それでフォームが成立しちゃっていたりするから、変えようがないんですね。
 きっと、師が偉大であれば偉大であるほど、こういう事になってしまうような気がする…

 でも、ある時気づいたんですよ。このままじゃ自分自身の本当のスタイルがわからないし、自分が何がやりたいのかもわからなくなるという事に…

 だからある時から、自分なりのカラーを見つける為に、真剣にもがき続ける事にしました。

 僕と同じように、こうやって自分なりのスタイルを見つけたくて、もがいている人って、いっぱいいると思います。

 これはある人から聞いた話なんですけど…

 吾妻兼治郎さんという、日本の彫刻家がいるんです。

 独特の世界観を持った超一流の芸術家で、ローマ法王から依頼があった 「十字架」 という作品は、ヴァチカン市国の中のヴァチカン美術館に収められている唯一の東洋人の作品です。

 ヴァチカン美術館というのは世界最大級の美術館で、ミケランジェロとかラファエロとかといった巨匠の作品と一緒に、吾妻さんの作品も飾られているんですね。

 お年はもう86歳で、戦時中の生まれです。
 17歳で海軍にはいり、神風特攻隊に志願して、死を覚悟して沖縄で出撃命令をひたすら待っていたんですね。
 ところが、出撃命令が出る前に敗戦となって、戦争が終わってしまいました。
 死を覚悟していただけに、吾妻さんは全てが空虚になって、どうやって生きていったらいいかわからない…

 そんな状態の時に、自分の心の穴を埋める為に芸術を始めたんです。
 それで、東京芸大に入って、フランスの芸術を学ぶのですが、どうもしっくりこない…

 それである時、イタリアの芸術家であるマリノ・マリーニの彫刻作品に出合い、「これだ」 って確信するんです。

 マリノ・マリーニというのは、ピカソと並び称される20世紀最大級の巨匠です。
 吾妻さんは、イタリアへ単身旅立って、マリーニの門下生となり、一生懸命技を学びました。

 当時マリーニにはたくさんの門下生がいました。
 吾妻さんはイタリア語も満足に話せませんでしたが、一番熱心に努力していたので、見る見るうちに頭角を現しました。

 マリーニは、言葉も話せない東洋人の吾妻さんの事を、自分の一番そばにおいて、アトリエの鍵を預けるほど信頼しました。

 吾妻さんも師匠の教えを聞きながら、一生懸命作品作りに励みます。
 やがて、吾妻さんは、師匠のマリーニの作品と見間違うほどの素晴らしい作品を作れるまでにいたりました。

 でも、ふと吾妻さんは気づいたんです。
 自分の作る作品は、結局師匠の二番煎じじゃないかって…

 そんな葛藤を抱えている吾妻さんを見たマリーニは、こう言ったそうです。

 「僕はエトルリア人だけど、君は日本人なんだから、その事を忘れないように…」

 それぞれの体に流れている先祖の血は違う。流れている血が何をしたがっているかを感じてみたらいいよ…
 きっと、そんな意味だと思います。

 それでも悶々と苦しんでいた吾妻さんですが、ある時、焚き木用の木片が床に散らばるのを見て、「これだ」 って悟りました。

 自分が表現したかったのは、この侘び寂び(わびさび)の世界観なんだ… という事に気づいたのです。

 これが、吾妻兼治郎さんの木の質感を感じさせるブロンズ作品や、代表作のシリーズ 「MU(無)」 「YU(有)」といったものにつながっていきました。

 吾妻さんの作品って、不思議な形をしているんですよ。それでなぜだかわからないけど 「懐かしい」 って感じさせる何かがあるんですね。

 その一見意味なさげな形そのものが、魂を安らがせてくれるというか…
 何でここに、虫食いの穴なんて作っているのかな… なんて僕も最初思ったんですけど、あれはきっと、禅の世界観なんかが織りなす大自然の表現なんですね。

 もう、イタリア人には真似ができない日本人の感性そのものです。

 吾妻さんはきっと、自分の心の内面を見つめたんだと思う。
 そしたら、そこにこういう作品達が眠っていた…

 それは、吾妻さんの血の中に流れる先祖の記憶であり、日本人の血に脈々と受け継がれる日本という土地の神様からのメッセージ…
 それをキャッチしたんだと思う…

 自分の本当にやりたい事は心の中に…
 人の内面にはものすごい何かが眠っている。

 それを見つけた時、人はきっと、本当に自分のやりたい事を見つけられるような気がします。
 

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恨みを忘れて、初めてわかる事がある

 世の中で非常に大きな成功をしている人の共通点は、類いまれなるバイタリティーを持っている事です。
 こういう人は、必ずしも性格が良いとは限りません。
 でも周りに、たいがい良識あるブレーンがいるので、あまり道を踏み外す事もありません。

 それで、その類いまれなるバイタリティーの正体というのが、「恨み」 とか 「復讐」 とかネガティブなものだったりする事も珍しくないです。
 それも半端ないパワーの…

 野口英世の研究の情熱におけるバイタリティーもまさにそれです。野口英世が、日頃 「偉くなるのがカタキうちだ」 と語っていたのは、よく知られています。

 その中でも、司馬遷の史記に登場する范雎(はんしょ)の話は、究極でしょう。

 范雎というのは、強大な力で支那大陸を統一した始皇帝で有名な秦(しん)の立役者と言ってもいい人物です。
 この人若い頃は本当に、これでもかというくらい、ひどい目に遭わされたんです。

 元々は、秦の隣にある小国の魏(ぎ)の国で生まれた人で、須賈(すか)という主人に仕えていました。
 范雎という人は、とにかく弁舌をふるわせたら、右に出るものがいないという人でした。

 ある時、他国に使者としておもむいた時、そこの王様にえらく気に入られて、黄金や牛肉や酒を送られたんです。
 でも、范雎は真面目な人だったので、それを受け取りませんでした。

 ところが、その話を聞いた主人の須賈は、きっと范雎が国の秘密を漏らして、その国の王様に気に入られたのに違いないと決めつけたんです。
 それで自分の上司にあたる、魏の国の公子・魏斉(ぎせい)に相談しました。

 そうすると、魏斉は激怒して、范雎を近侍に命じて棒で何度も何度も打たせ、范雎はあばら骨も歯も折れて、ついに倒れてしまいました。
 それで今度は、そのままスノコで巻かれて、便所に置かれたのです。
 そうすると、みんなが代わる代わる范雎に小便を掛けていくんですね。
 つまり、「国の秘密をばらすとこうなる」 という、見せしめにされたのです。

 やがて范雎は隙を見て魏の国から脱出して、隣の大国である秦の国に入りました。
 そして、秦の王様にたいそう気に入られ、宰相として国政を任されるまでにいたりました。

 いきなり命からがら逃げてきた亡命者から、一国の宰相にまで出世するなんて、早々できません。
 范雎の類いまれなる弁舌もさながら、そこには須賈や魏斉に対する 「今に見返して復讐してやる」 という、ものすごい強い恨みの念を感じずにはいられません。

 それで、この話には後日譚があります。

 やがて時は過ぎ、范雎はその智謀で、さらに秦を強大な国にしていきました。
 その頃は名前を変えて、張禄(ちょうろく)と名乗っていました。

 強大な国となった秦が、魏を討つかもしれないという噂がたつと、范雎をつげ口してひどい目に遭わせたあの須賈が、魏の使者として秦に入国してきたんです。

 范雎はその話を聞くと、わざとボロボロの服に着替えて汚い身なりをして、須賈に会いに行ったんですね。    悪趣味…

 須賈はあまりにもボロボロの格好をしていた范雎をあわれんで、自分の持っていた厚い綿入りの絹の服を着せ、食事を出してあげました。

 「范雎よ、わしは魏の国に秦の攻撃の矛先が向かないようにする役目で、使者として使わされたのじゃ。聞けば、この秦の国は宰相の張禄殿が牛耳っておられるという。
 なんとか張禄殿に謁見する事はできまいかのう」

 須賈がそう言うと、范雎は何も知らないそぶりでこう言いました。

 「わたくしの主人が張禄殿と懇意のようでございますので、一つ頼んでみましょう」

 そして須賈は、范雎の助けを借りて、秦の最高実力者である張禄に謁見する事になったのですが、まさかその張禄が范雎その人だったと知って、腰を抜かしました。

 「貴方様が青雲の上に登られましょうとは思いもかけませなんだ。それがしは釜ゆでにされても当然の罪がございます」

 「お前の罪はどれほどじゃ」 と范雎…

 「それがしの髪の毛をつなぎ合わせても、まだ足りますまい」

 范雎はここで、昔の恨みつらみを一気に須賈に語るんですね。
 ただ、綿入りの絹の服をもらった事もあったので、刑までは与えませんでした。

 でも、やっぱりそれだけじゃ、過去の恨みが忘れられなかったのでしょう。
 昔の当てつけに、諸侯を呼べる限り呼んで盛大な宴会を開き、須賈を庭先に座らせて、馬のえさを食べさせたんです。
 そして、須賈の上司で、自分をひどい目に遭わせた魏斉の首を持って来るよう命じたといいます。


 史記の范雎伝を読むと、人間の悲しい性(さが)を感じます。
 人はまたある意味、こういう恨みつらみで行動する時、ものすごいバイタリティーを発揮できるのも事実です。

 やがて范雎は、人事ミスによる失政が相次ぎ、自分自身が恐れおののかなければならない立場になっていきます。
(5/1ブログ 「大きな役割を担うと、運気の良い人としか組めない」 参照)

 その頃には、きっと范雎も、須賈や魏斉の気持ちがわかった事でしょう。
 須賈も魏斉も邪推(じゃすい)した結果、范雎を罪人として扱ってしまったのですが、元々悪気はなかったのです。だから、ボロボロの服を着た范雎に自分の服を与える事もできた…

 それでも、范雎が自分のされた仕打ちを思い返せば、ものすごく悔しいのもわかります。きっと、この立場にたたされたら誰だって同じように感じるでしょう。

 僕自身も自分の中にすごく狭量な所を持っているので、この范雎の気持ちは痛いほどわかるんです。

 でも、やっぱりこういうのはよくないんですよ。
 人間は誰だって間違いはあるものだから、相手の事を許さなければいけない…

 わかり合えなくて誤解が生じてしまったのは、自分だけではなくて、相手にとっても不幸だった事には変わりはないはずだから…

 人は価値観も違うし、感じる所も違う…
 だからお互いが、もがき苦しんでいる…
 戦争というものは、この許せないという気持ちが究極まで高まった結果、起こるものだと思う…

 人と人とが完全にわかり合おうなんて、少なくとも今の時代の段階ではやっぱり無理かもしれません。
 もっと先の未来には、きっとそういう時代が来ると思うけど…

 いろいろな問題はお互いが合理的に解決していったらいいし、分限さえきちんと守られていれば、完全にわかり合う必要まではないと思うんです。

 恨みとか復讐といったエネルギーは、時にものすごいバイタリティーになります。だから奮起して、それを上手に活用したらいい…
 でも、相手に対して仕返しをしようとするのは、やめた方がいいです。

 別にその人と仲良くする必要まではありません。
 完全には相手を許せなくても、相手だって辛い事情があった事をわかってあげる事…

 人がお互いの気持ちをわかり合える…
 いつか必ず、そんな時代が来るはずです。 


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性格の欠点が全てを壊す

 ここの所、朝晩はだんだんと寒くなってきました。
 時間が過ぎるのは早いもの… もう冬の気配すら感じます。
 季節の変わり目、どうぞ皆様、体調など崩されないように暖かくしてお過ごしください。

 人生の中で、もうちょっとで目標が実現しそうなのに、計画が頓挫(とんざ)してしまう事があります。
 縁談とか… 何かのプロジェクトをまとめる時とか…

 表向きはいろいろな原因によってそうなるのですが、深い部分では、自分やパートナーの性格の欠点が大きく影響している事が多いです。

 こういう事って、たった一回ミーティングに遅刻しちゃったとか、電話の着信に気づかず連絡しなかったぐらいじゃ駄目になりません。もちろん、それを常習したら話は別ですけど…

 パターンとしては、一緒にやろうとしている人の性格の中に 「えっ」 って部分を見ちゃった時に起こりやすいんですよ。

 人は誰だって欠点を持っています。完璧な人間なんていませんから…
 だから、多少の事は受け入れて、お互いにカバーしてあげるべきです。

 ところが、これは致命的… みたいな欠点を持っている人は、それが表に出た時点で残念ながら全てが終わります。

 今まで苦労して頑張ってきたり、相手の為に一生懸命誠意を尽くしてきたのに、結局駄目になるパターンって、表面的には頓挫の原因はいろいろあっても、原因はそんな所です。

 それで、一発で全てをぶち壊してしまうような破壊力を持つ代表的な欠点としては、だいたい性欲に絡むものか、お金に絡むものが多いですね(笑)
 こういうものって、フォローが効かないんですよ。

 僕自身の事を反省すると、昔はいつも、異性関係の事で運をつぶしてました。
 好きな異性を見つけると、どうもそっちだけに目が行ってしまうというか…
 人間誰だって多少そういう部分を持っているのは当たり前だと思うのですが、それはそれとして、大切なのはちゃんと周りに気を遣えているかどうかなんですね。
 昔の僕にはそれができていなかったし、相手の女の子にも迷惑を掛けていた気がします。
 だから今、本当に反省してます…

 で、もっとどうしょうもないのは、スキを見たら異性を襲っちゃうような理性のない人間です。
 ほとんどは男性に多いのですが、僕の知っている人で、
 「女と部屋で二人きりになれたのなら、それはOKだという事だ」
 とか言っている人がいました。
 僕からしたら、相手の同意が得られないのなら、それは強姦と変わらないと思うんですけど…

 今までどんなに良好な人間関係が築かれていても、そういう部分を見せつけられた途端、誰だって一気に冷めますし、全ては終わりです。

 あと、お金というものに対して、性格の欠点が出る人もいます。
 僕がまだフリーターだった頃のバイト先の先輩にもいました。
 やたら飲み会が好きで幹事をやりたがる人(笑)

 で、毎回その人がお金を集めてお店で支払いをする訳なんですが、どうもみんなから集める金額が多い… 明らかにその人を外した頭数で、食事代を割っているんですよ。
 それで自分は毎回、足りなかった端数の数百円とかを払っている…

 で、始末が悪いのは、本人はこれがバレていないと思っているんですね。
 みんなバイト生活でお金が無いんだから、そのくらいチェックしています。
 だからこの人の知らない所で、悪い評判がたっちゃっている…

 こういうおかしな事をやっちゃっていると、せっかく運が開く時期が来ていても先送りになってしまいます。

 もちろん、人間誰だって失敗はあります。
 僕も過去は失敗だらけでした。
 大切なのは、その失敗から何かを学べるかどうかだと思うんです。

 何度失敗を繰り返しても何も学べない人には、特徴というのがあります。
 そういうタイプには、人の悪口ばっかり言っている人が本当に多いです。
 自分を見つめて反省しようとしないから、攻撃対象が周りの人になってしまう…

 でも、こういうのってめぐりめぐって、ちゃんとその相手の耳にも届いていたりします。
 それが覚悟の上であれば、別に構わないと思うのですが…

 自分を反省して、自分自身をちゃんと見つめる作業ができるようになると、あんまり人の欠点ばかりあげつらえなくなります。
 自分の心の中にも同じようなものが存在していたりするから…

 こういう性欲とかお金にからむ問題点って、元々持っている心の傷とかコンプレックスから来ている事も多いです。
 もちろんだからといって、開き直っていいという話ではありませんけど…

 自分を見つめて反省するという作業は、心の中でフタをしておきたいものを開けてしまう事にもなりかねないので、すごく苦しいんですね。

 駅のエスカレーターで盗撮するのが生きがいで、何回警察につかまっても、犯罪を繰り返すという人がいます。
 スーパーで万引きをする人にも、常習者が多いです。別にお金に困っている人でもなかったりする…

 せっかく今まで築き上げてきた人生の全てを、そんなつまらない事で駄目にしてしまう…
 普通の人から見たら、「なんで」 って事になるんですけど、そこに心の傷があるからなんですよ。

 だから、こういう人の反省というのは、
 「あそこで見つかったのが失敗だった」
 というだけの、表面的なものになります。
 自分がいつもやってしまう行為そのものを見つめる事ができないから…

 人には誰でも心の闇の部分があるものですが、それにフタをしたままでも、とりあえず自制心さえ働かせれば、普通の生活を送る分には問題ありません。

 でも、もし大きな目標があって、その実現を目指しているのなら、早い内に自分の性格の欠点は直しておいた方が絶対に得策です。

 やっぱり、大きな事を成しとげる成功者というのは、何らかの役割があると思うんですよ。
 それで、こういう闇の部分をちゃんと克服できていないと、その役割ができなくなってしまう…

 人間なんて、誰でもそんなに変わりません。
 人によって物事の結果に差が出てくるのは、いつも心がポジティブで元気いっぱいでいられるかどうかに掛かっていると思うし、そこから出てくる本当の優しさだと思う。
 僕はもっともっと自分を見つめて、少しでも本当の優しさを与えられる人間に近づけるよう、努力し続けるつもりです。

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ほんのわずかな差で勝敗が決まる

 ここの所ずっと、事業経営ネタが続いています。
 もうそろそろ、どこかから、
 「そういうお前は経営者なのか」
というツッコミが入りそうなんですけど(笑)

 僕はパリから帰ってきて、自分でも思わぬような形で独立開業したのですが、不思議な位にうまくいっているんですよ。

 もちろん、僕なんかに経営の才覚とかノウハウなんてものは何もないし、登記の事や税金の事だって、よくわかってません。
 だから、知ったかぶりして、経営の法則なんて書くのは、正直おこがましいのですが…

 でも僕には何故か、「やるべき事をやっていたら、失敗する訳がない」 っていう持論を絶対的な自信を持って言えるんです。
 これは例え、占い上で見てバイオリズムが最低最悪の時期にある人であったとしても…(ただし、そういう時期はやるべき事が何かわからなかったりする場合も多いです)

 じゃあ、この不況の中で大多数のうまくいっていない事業家はどうなんだ… って話になると思うんですけど…

 うまくいっている人とうまくいっていない人の差って、端から見るとほんのわずかなんですよ。
 端から見るとほんのわずかな差ですけど、これはわかる人にとっては天と地の差ですし、明らかにその差が成功している人とそうじゃない人を決めている…

 ずい分前にヨドバシカメラで、ハンディカメラとパソコンをつなぐラインケーブルを買いに行った事があります。
(6/11ブログ 「人は損得なしで行動してくれる人に心を開く」 参照)

 まず最初は、講座会場である 「悠庵」 の近くの大型電気量販店に行ったんです。
 でもそのお店では、「これは特殊なラインですから、ありません」 の一点張りでした。
 対応もマニュアル通りというか、「間違ったものを売って、後でクレームが来ても困るから、さっさとあきらめて下さい」 みたいなのが伝わってくるんですよ(笑)

 でも、それが普通だと思います。僕はそれは仕方ないと思うし…
 だからこそ、その後にヨドバシカメラに行った時の店員さんの対応に感動したんです。

 先週の土曜日、四柱推命講座が終わった後に、講座内容を書きこむ空のDVDを買う為に、その大型電気量販店に寄ったんです。
 そしたら、もうお店がなくなっていました…

 ふと考えてみると、僕、今まで何度も、ヨドバシカメラはいいお店だって、このブログで紹介しまくってます。
 結局全てこういう事なんですよ。


 これもかなり前の話なんですけど、占い師として独立したんだし、仕事用にオシャレな服を買っておこうと思って、ある紳士服洋品店に行ったんです。
 鑑定させて頂いたお客様から、そのお店の紹介もあったし…

 あの頃はパリから帰ってきたばかりで、そんなに資金もなかったんです。
 だから、手頃なジャケットとスラックス、シャツとベルトを1つずつ、そこのお店で買ったんですね。
 すぐに着てみたかったので、ベルトを調整して切ってもらえないか、さりげなく聞いてみたんです。
 僕はウエストが細いから、一番きつめの穴でもゆるゆるなんですよ(笑)

 そしたら、
 「大丈夫ですよ。家でセロハンテープをまいて切って頂ければ、簡単に切れますので…」 という答えでした。
 普通これが当たり前です。僕も無理を言うのは悪いんで、
 「わかりました。ありがとうございます。」
って答えておきました。

 それから3カ月ぐらいして、たまたまふらっと家の近くにある 「紳士服のAOKI」 松戸八柱店に入ったんです。
(7/14ブログ 「パリの着こなし」 参照)

 あの日のブログには書かなかったんですけど、AOKIの東海林店長は、僕がバンドを調整してほしそうな顔をしていたら、パッと察して、
 「そのバンド、お切りしましょうか」 って、わざわざハサミを持ってきて切ってくれるんですよ。

 全てにおいて対応も最高だし、正直、僕が八柱から引っ越したとしても、服が欲しくなったらまた東海林店長の所へ買いに行きたいと思っているくらいです。

 もしも、パリから帰ってきたばかりの頃に入った紳士服洋品店が、この東海林店長と同じレベルの対応だったら、多分僕はAOKIに入る事なく、ずっとそのお店の顧客になっていたと思います。

 最近すっかり、AOKIにはご無沙汰しちゃっているんですけど、まあ、あの東海林店長がいる限り、お店は繁盛し続けるはずです。現にいつ行っても、お店が込んでますし…

 僕は、こういうほんのわずかな差が全て勝敗を決めていると思うんですよね。
 当たり前の事だけじゃ、人の心は引きつけられません。人の心が引きつけられなければ、成功の決定打もない…

 だから、目の前の仕事に対して気を抜かず、常に最高のものを心掛ける気持ちが大切だと思うんです。
 スタントプレーを狙うんじゃなくて、必要なのは、相手が本当にしてほしい事を感じ取る力と、多少の面倒をいとわない優しさです。

 そうだ! ふと気がつけば、次の四柱推命講座はもう明後日じゃないですか。
 早速準備に取り掛からなくては…

 僕も、AOKIの東海林店長や、ヨドバシカメラの店員さんに負けないように、精一杯必死に頑張りますよ~


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