浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

やらなくてもいい仕事はしない

 昨日は、四柱推命講座の5日目。  ここからが、四柱推命の醍醐味
 悠庵の代表でもある、お世話になっている社長と相談して、昨日は講座のビデオの撮影をやめる事にしました。
 受講生の方も、昨日は全員参加していたから、それを補講に使う事もないし…

 実は今までの講座全て(タロット講座も含め)、ビデオで記録してあるんです。
 そのデータをパソコンに取り込んだり、DVDに焼いたりするのも、それなりに時間がかかるのですが、後で見る事もあるかも知れないし、それに保存してあれば、いざという時どんな内容だったかも思い出せるから、一応撮っておこうと思って…

 でも、考えてみれば、実際にそれをチェックした事って、いまだかつて一度もないです。
 あっ、一回だけありましたね(笑)
 (6/16ブログ 「自分から目をそらさない」 参照)
    あれは超ハズかしかった…

 だから、これからは受講生の方が全員揃っている時は、ビデオは撮らない事にします。

 自分が人生で使える時間というのは、限られているから、必要がない仕事は極力しない方がいいです。
 これは、時間の節約という意味だけではなく、本当に自分にとって必要な仕事とそうではない仕事を見極めるという事は、すごく重要な事だと思うから…

 P.F.ドラッガーも、次のように言っています。

 する必要のない仕事、時間の浪費である仕事を見つけ、捨てなければならない。
 すべての仕事について、まったくしなかったならば何が起こるかを考えればよい。何も起こらないが答えであるならば、その仕事はただちにやめるべきである。
 (P.F.ドラッガー 著 「経営者の条件」 より)


 必要のない仕事に追われていると、時間が無駄に過ぎていくだけでなく、本来の自分の目標を見失ってしまいやすいです。

 やらなくてもいい仕事をやめたら、貴方は間違いなく夢に向かって前進しています!

 P.S.
JAZZコンサート昨日は四柱推命講座が終わると、そのまますぐに国会議事堂前駅に直行…

 国会図書館で本を読みまくってから、お誘いを受けていた赤坂マチュピチュで開演された、「HJM TRIO」 のJAZZコンサートに行ってきました。
   何人か顔見知りも会場に来てた…

 ボーカルMIUさんの美しい歌声にうっとり癒されて、素敵な一夜を過ごさせて頂きました。  Fly me to the moon 最高…!


クリックして頂けると、とっても嬉しい浅野太志です(^^)

天と地球からの贈り物

 他人から見たら大した事じゃないのに、心に引っ掛かってしまうような事…
 人は誰でも、そういう事があると思います。

 人によって、この引っ掛かってしまいやすいものの傾向が違います。
 つまり、その傾向こそが、その人の課題という訳ですね。

 僕も一昨日ぐらいまで、まるで魚の小骨がのどに引っ掛かるように、心に変なものが引っ掛かってました。
    神社に行ったら、スッとしたけど(笑)

 僕の場合、自分がしてしまった失敗について、極端なまでに自分を責める傾向があるんです。
 例えば、うっかり支払いが期限に遅れてしまうとか、約束した事を忘れてしまい、すっぽかしてしまうとか… そんな事をしてしまうと、その後2~3日は調子が悪いです。

 タイムカードを切っていて、その月に一回でも遅刻したような日があると、毎朝、タイムカードの遅刻した箇所を見る度に、気分が滅入ってしまう…
 少し病的と言えば、病的かも知れません。

 でも、僕と同じような傾向を持っている人は、他にもいると思いますよ。
 まあ、僕はこの性格のお陰で、滅多にはポカや遅刻はしないのですが、万一そういう事があると、うまく自分をケアできない…

 でも、失敗した時に鈍感になるのがいいのかというと、そういう問題でもないんですね。
 まあ、あまりにも自分を責める傾向が強くなった時には、もう病人扱いと言う事で、薬物療法がいいですよって話になってしまんでしょうけど(笑)
 それって、根本的な解決にはなっていないんですよね…

 失敗した時に、「しまった」 と思って反省するのは正常なんです。
 でも何か間違っている部分があるから、自分の事を許せなくていつまでも責め続けている…

 僕の場合には、自分がした失敗がいつまでも心から離れないのですが、人によっては、誰かにうっかり言ってしまった一言だったりとか、自分自身の容姿や体型だったりとか… もう千差万別です。

 これ、どの自己嫌悪のパターンにも当てはまる共通している事が一つだけあります。
 それは、全てにおいて、自分とそれ以外のものとの間に、区切り線を引いてしまっている事…

 人間は、地上に生まれてきた一つの生命体に過ぎません。
 言ってみれば、誰しもが地球の一部です。
 これは自分というものに関しても、決して例外ではありません。
 話が大きくなりすぎてますが、変なマインドコントロールじゃなくて、本当の事です(笑)

 もちろん、自分は地球の一部にすぎないからと、開き直ればいいという話ではありません。
 例えば、遅刻をしたら周りの人に迷惑をかけるから、気をつけなくてはいけないし…
 でも、本当に自分が地球の一部だと気づけたら、過去にした遅刻についてクヨクヨ悩むのは、まるで無意味だという結論に行きつくはずです。

 同様に、過去に言ってしまった一言も、自分自身の容姿や体型も、改善したりフォローできるような事があればしたらいいですが、どうにもならない事を悩んだり自分を責めたりする事は、自分という地球の一部を苦しめる、やってはいけない行為です。

 僕らは普段、自分の心や体は自分だけのものだと思い込んでいるけれど、本当は天と地球からの贈り物だと思う。
 僕、一昨日氷川神社で、でっかいイチョウの樹木に体を触れている時、ふとそんな事を考えていました。



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神社のある風景

 昨日、国会図書館に立ち寄る前に、国会議事堂前駅の隣駅の赤坂にいました。
 ここでいつも、ある先生に体の状態をケアしてもらっています。
 お客様を鑑定させて頂く占い師たるもの、まずは自分の調子が万全でなければ、良い鑑定ができませんから…
 先生は、僕の体の状態をパッと見てすぐに処方をして下さるので、とても助かっています。

 先生に、電車の中に貼ってあった、ねずみ男の山陰の神社巡りのポスターを見た、という話をしたら、
 「疲れているみたいだから、近くにある神社でパワーをもらってきたらいいですよ」
 と、アドバイスをしてくれました。

 昨日の僕は、ちょっとだけ疲れた顔をしていたみたいです。
 大した事じゃないのに、心に引っ掛かっていた事があったんですね。

 僕は良いと思えるアドバイスは、すぐに実行する事にしています。
 神社なんて非科学的なものなんて… という風には考えません。
 そんな事言ったら、占いだって非科学的という事になるし…
  「占いは科学だ」 って、断言している占い師さんも中にはいますが…

 それに僕、神社はやっぱり、パワースポットになっていると思うんですよ。
 だって、日本の神社って、何とも言えない独特の雰囲気があるじゃないですか。
 すがすがしさというか… 空気が張り詰めたような厳かさと言うか…

 それから、人が荒していない大自然とか、樹齢何百年の大きな樹木とかも、きっとパワーが宿っていると思う。
 その樹木は何百年前の時代から、ずっとそこに居続けて人々の歴史を見続けている訳だし…

 教えて頂いた赤坂氷川神社は、都心のオフィス街の真っただ中にある神社…
 道順も聞いたので、てくてくと歩いて行きました。
   めずらしく道に迷わず着けた…
 
赤坂氷川神社
 小高い丘を登った所にある、林に囲まれたすがすがしい神社でした。

 お賽銭を百円入れて、お参りしてきました。

  結婚式の挙式を85,000円でやっているらしい…  何となく気になった(笑)


イチョウ
 樹齢何百年のイチョウの樹…

 さりげなく抱きついて、パワーを吸収(笑)


 立て札

 古い木の看板に何か書いてあります…

 この場所は、あの忠臣蔵に登場する浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)の未亡人・遙泉院(ようぜいいん)の実家である浅野土佐守(あさのとさのかみ)邸だったらしいです。
 ここがご先祖様の住まいだったなんて… まあ、無関係かも知れませんが(笑)

 あまり時間もなかったので、神社の中を散策したのは20分ぐらいでしたけど…
 なんか、とっても癒されました。

 日常の生活の中でちょっぴり疲れたら、大自然の中や神社の中に足を踏み入れて、パワーを補充してみるのもいいですよ。

 P.S.
 この後、国会図書館で本をむさぼるように読んでから(昨日のブログ 「秋の読書習慣」参照)その帰り道、永田町の駅で、不意に後ろから肩をたたかれて振りかえると、懐かしい知人がいました。

 奇遇というか、何というか…
 お互いにその後予定がつまっていたので、すぐに別れたのですが…
 本当、人生ってどんなサプライズがあるかわからないですね。
 この先にも何があるのか… とっても楽しみです。

 
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秋の読書習慣

 僕は本を読むのは結構好きな方で、本棚には収まりきらないほどの本があります。
 ただし、読むのが好きなのは、興味のある本だけですけど…

 にもかかわらず、いつも時間に追われていて、読書の時間の習慣なんてものには程遠い状況です。
 本はそこにあるのに、いつも読む時間が取れない… いや、やっぱりそれは言い訳で、別に切羽詰まった理由もないから、なまけて読もうとしない…というのが真実ですね(笑)

 今日は、千代田線の国会議事堂前駅にある国会図書館に行ってきました。
国会図書館
 国会図書館というのは、国内で刊行された全ての本が貯蔵されている日本で唯一の図書館です。

 つまり、ここに来れば無い本はない…

 絶版になっている本だって読む事が出来るので、結構頻繁に利用させて頂いています。
 国の施設だから無料ですし…

 ただし、本の図書館外ヘの貸し出しはやっていないので、その場で読み切ってしまうか、有料でコピーを頼むかのどちらかになります。(本を丸ごと一冊コピーすると、とんでもない額になる…)

 国会図書館は、一般の図書館のように棚に並んでいる本の中から自分で好きな本を見つけるというのではなく、オンラインの端末を使ったパソコンを操作して読みたい本を注文し、係りの人に蔵書から目的の本を探してもらうんです。
 その際に、約20分以上待たされる事になります。

 その間は何もする事がないので、僕はいつも図書館内の食堂に行って食事をしてます。
 図書館内に食堂は何件かあるのですが、どこも学食なみに安いし、その割に味も美味しかったりしますから、おすすめです。

 希望の本をコンピューターから入力して、今日は食堂で330円のホットケーキを食べました(笑)
 僕が今興味がある事と言えば、何といっても、占いに関する事とパリに関する事です。

 今日はこの後別の予定もあるし、夜にも電話鑑定が入っていて時間が限られていて… 精一杯頑張ったのですが、読めたのは2冊だけでした。

 まず1冊目の本は、「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人(吉村葉子著・講談社文庫/560円)
 フランス人の考え方と日本人の考え方の生活観の違いが書かれている目からウロコの本です。
 こんな題名になっていますが、決して一方的に日本人を卑下している本ではありません。
 内容はすごく面白かったので、また次の機会にでもブログに書きます。

 2冊目は、「ダリスマン」というグラハム・ハンコック氏の本です。
 これは、ある方からメールで、「是非お読みになられると良いですよ」 とすすめて頂いた本なのです。
 上巻・下巻にわかれていて、古代エジプトとフランス、更にはフリーメーソンとの因果関係… タロットの歴史の有名人であるクール・ド・ジェブランまでもが登場する、僕にとってはとても読みごたえがある本でした。


 読書って集中力がないと、例え文章を読み流しても、頭の中に入っていきません。
 僕は元々、一行一行ゆっくり丁寧に読むタイプだったんですけど、そういう読み方をすると、その分雑念も入りやすくて集中できないので、あえて意識して乱暴に読んでいます。

 今日なんて、時間に追われていたので、むさぼるように飛ばし読みしました。
 大切なのは 「その本を読んだ」 という既成事実ではなくて、その本の内容を理解して吸収するという所にあるはずだから、必要に応じて乱暴な読み方をしたって構わないと思う。

 読書の秋… 今日は僕も、ちょっとだけ実践してみました。

P.S.絵馬とねずみ男
 千代田線の電車の中で、とってもウケるポスターを発見!
山陰ディスティネーションキャンペ-ン 「願ッタリ、叶ッタリ。」 の旅 ~島根 鳥取 山陰~

 神社でねずみ男が絵馬を書いている…
 なんかこの写真、超おかしいんですけど(笑)


 それから、これ(笑) ↓

    駅前を歩くねずみ男

 駅前をうろつくねずみ男(笑)
 電車の中で思わず吹き出してしまった。
    ひょっとしてウケているのは、僕だけですか…

 10月は西が吉方位だし…
 なんかまた、山陰行ってみたくなりました。  魚釣り、楽しかった…

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食べ物の好みは変わる

 昨日の事ですが、夕食は何にしようかと… ふと、食糧棚を見ると、カップ麺がありました(笑)

 少し前にイトーヨーカドーで安売りしていたので、いざという時に役に立つ事もあるだろうと思い、1つだけ買って置いたのです。  いざという時って一体…

 それで、ちょうど小腹が空いていたので食べる事にしました。
 一瞬 「それはやめた方がいい」 という心の声を聞いた気もしたのですが(笑)

 早速、カップ麺の中にお湯を注ぎました…

 僕は昔、カップ麺が大好きだったんです。
 20代の頃はお金もなくて自炊もしなかったので、一日一回はカップ麺でした(笑)
 あの頃は生活荒れまくってました。

 でも、カップ麺と言っても、本当にピンキリなんですよ。
 ひとくくりにする事はできません(笑)
 値段も高くて素材重視のものは、下手なラーメン屋さんのラーメンよりもうまいんです。
 ただし、体にいいかどうかは別にして…

 今どきは、さすがに合成保存料が入っているようなカップ麺はありませんが、添加物はぎっしりです。
 そうでなければ、長期保存がききませんから…

 お湯を注いで待つ事3分… 早速食べてみました。

 …マズ~い(笑)

 昔はあんなに美味しいと思っていたカップ麺がこんなにマズかったとは…
 でも、捨てるのはもったいなかったので、全部食べました。

 何か胸やけがするし、気のせいか、体中がかゆい気がします(笑)   昔はこんなものを毎日食べていたのか…

 人というのは、その時の精神状態の良し悪しによって、食べ物の好みが変わるのかも知れません。

 そういえば、茨城県警の調査で、少年犯罪で逮捕された子供の食生活を調べてみると、インスタント食品、スナック菓子、甘いペットボトル飲料の大量摂取という共通項が、全員にあったそうです。

 それから、今から30年ぐらい前の事ですが、ポルトガルのリスボンで、いわくつきの凶悪犯の囚人28人に、玄米食と野菜を毎日食べさせ続けたら、今まで看守に悪態をついていた囚人達が、ちゃんと看守に挨拶をするような模範囚になってしまったという話があります。

 やっぱり、精神状態と食生活は密接な関係がある…

 僕も、最近ではすっかり食の好みが変わって、イトーヨーカドーで買った野菜の袋(8/22ブログ 「買い物上手」参照)のサラダとか、悠庵のメンバーの人に作ってもらった玄米食のおにぎりなんかが、めちゃくちゃ美味しく感じるんです。
     昔の僕には絶対に考えられなかった…

 さて、それでは今日も、野菜の袋のサラダを食べて、出かけるとしますか~(笑)


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   浅野太志が目をうるませて喜びましゅる
   りもママのブログ、素敵だな…

からっぽの満タン

 ずっと降り続いた雨がやんでみれば、なんか外はすっかり涼しくなっていました。
 千葉では、いよいよ秋到来のようです。

 僕は今、フリーで仕事をやっていますが、組織に属していないと、本当毎日自由というか… 人によっては、逆にそれが不安だと感じるかも知れません。
 毎日、気の向くままに生きていますが、直感だけは冴えまくっています。
 これはパリから帰ってきてずっとそうです…

 昨日は美容院に行ったのですが、何となく名刺が必要だな…って気がして持っていったんです。
 今まで美容院にいくのに、わざわざ自分の名刺を持っていった事はありませんでした。僕、美容院とかで自分が占い師だという事を語る事はほとんどないんです。

 だから美容師さんから、「お仕事はなんですか?」
 とか聞かれると、「個人でやってる仕事で、好きな事が高じて収入にしちゃってますから幸せです」 って何だか良くわからない答えになってます(笑)
 だって、占いに興味がない人もいるでしょうし、わざわざこちらから占い師だっていうのもおこがましいというか…
  本当煮え切らないヤツ…

 ところが、昨日は美容師さんに職業を聞かれた時に、「占い師です」 って言っちゃったんです。
 「この美容師さんは、きっと今、占い師を探している」 って霊感で感じたとかじゃなくてですよ(笑)
 何となく感覚で、気がついたらそう言っていた…
 そしたら、ものの見事にビンゴで、「ぜひ名刺もらえませんか」 って言われました。

 僕はどちらかというと、慎重な人間だと思われる事が多いのですが、自分の行動に関しては、あんまり深く計算している訳ではないんです。
 もっというと、個人的な思惑なんてどうでもよくて、何か大きなものの意思に委ねたくて、それが何なのか自分でもわからないものだから、ただただ感覚で動いてます。

 こう書くと、「宗教か何かおやりになっているのですか?」 って聞かれそうですけど、僕は全くの無宗教です。
 人は弱いから、心の拠り所が見つからない時には、宗教団体の教義なんかにすがってしまう人もいるけど、僕にはその必要はなくて…

 ある意味、自分の運命を信じています。 
 一生懸命生きている限り、どんな未来がやって来ようが、それは自分にとって最も必要な未来に違いないって信じる事が出来るというか…
 まあ、間違った方向に進んだら、誰かが気づかせてくれるでしょうし、そしたらやり直せばいいし…

 昔からこんなだった訳じゃありません。
 昔はいつも頭でごちゃごちゃ考え過ぎてばかりで、悩まなくていい事まで必死になって悩んでいましたから(笑)
  それで、どつぼにハマってた…

 でもある時、変に作為を持たない方が、物事ってうまく行く事に気がついたんです。
 思考をからっぽの状態にしておく事で、天からのエネルギーが満タンに注がれる…

 今まで考える事がクセになっちゃった人には、これは意外と難しいし、不安にかられるかも知れませんけど、試しにやってみてください。
 ひょっとすると、ツキまくりの人生が始まるかも知れませんよ。

 P.S.
酸素カプセル 今日は、何となく感覚に任せて、「酸素カプセル」 に入ってきました(笑)
 前に鑑定を受けてくださったお客様から、メールでお便りが届いて、その時にお店の紹介があったんです。

 江戸川区の篠崎にある 「moareO₂(モアレオーツー)に行ったのですが、僕、酸素カプセルは全くの初体験でした(笑)
 最初、「酸素カプセル」 って聞いた時は、スターウォーズの帝国の逆襲に出てくるハンソロが冷凍人間になっちゃうお棺みたいなやつをイメージしたのですが… あれは、酸素じゃなくて炭素ですね(笑)
 中は思った以上に広かったです。
 少しだけ耳がキーンとなったけど、とっても気持ち良かったです。
 すっかりリラクゼーションさせて頂きました(^^)

完璧主義は罪なヤツ

 お彼岸を過ぎて、やっと夏の暑さもおさまったようです。
 慌ただしく過ぎ去っていく日々の中…
 つい、忙しさにかまけて後片づけがおざなりになり、部屋がすごい事になりつつあります…

 今日の午前中の時間を利用して、せっせとお風呂掃除とトイレ掃除をやりました。
 放っておくと、前回のように本当にシャレにならない事になりますから(笑)
 (4/23ブログ 「掃除カンタービレ♪」 参照)

 僕の悪い癖でもあるんですが、何かに取りかかると夢中になって、燃え尽きるまでやってしまう所があります。
 だから掃除でも、一旦始めると細かい所まで、いつも気の済むまでやってます。良く言うと完璧主義…

 それって、素晴らしいじゃないですか、ってほめてくれる人もいるかも知れませんが、いい事ばかりでもないんですよ。

 物事を始める前に 「完璧にやらなくちゃ」 って気負うものだから、辛くてなかなか始められない。
 僕以外にも、きっとこういう人いますよね(笑)
 パワーはあるのに、結局何もやる気がしない…

 だから今日はあえて、適当に掃除をする事にしました。
 細かい所が気になっても、気にしないようにして(笑)

 完璧主義の人って、一旦スイッチが入るとすごいけど、なかなかスイッチが入らないものだから、物事を一度に片づけようとします。

 借金なんかでも、お金が全額揃ってから返済しようとする…
 本人の心の中では絶対に、全部のお金が揃ったら返済する気持ちでいるのですけど、今まで借金していた人がそう簡単に全額お金が揃う訳もありません。
 そうこうしている内に時間が過ぎていって、やがて借金の事は忘却のかなたに(笑)
 結果的に、借りたお金を踏み倒す最低の人間になり果てます。
 半端な額を返すのは心苦しいと思っているかも知れませんが、やはり、少しでもいいから返せる時に返すのが誠意というものです。

 これはどんな事にも言える人生の真理ですが、最初っから完全を狙おうとしている所に、全ての問題があります。

 語学でも、上達が早い人は、まだ完全に知識が身についていなくても、取りあえず外国人に話してみようとします。
 うまく話せなくても、話せなかった部分を一生懸命聞いたり調べたりするから、結果的に上達も早いです。

 完全に自信が持てるようになってから話そうと思っている人は、結局いつまでたっても自信なんて持てなくて、ずっと話せないままです。

 極端な話、語学が全然ダメなまま外国に行ったって何とかなるものです。  やっただけに説得力ある(笑)
 僕だって、フランス語を完璧にしてからパリに行こうなんて考えていたら、今の成功は全く手にする事もできなかったと思います。

 完璧主義は罪なヤツ  …サザンの「太陽は罪な奴」のノリで♪
 人の持っている全ての可能性をうばいます。

 完璧主義を捨てて、捨て身で未来に飛び込む時、新しい可能性も開けるし、何より心がうんと軽くなるはずです。

 P.S.
 思い起こせばこのブログは、最初パリのエテイヤタロットの取材レポートのつもりで始めたものですが、気づいてみると、自分でも思わね展開になっていました。 …ほとんど、パリと無関係に暴走(笑)
 知らず知らずの内に、知ったかぶりの人生訓になっていたというか…
 このような稚拙なブログに、いつも拍手やランキングボタンをクリックしてくださっている皆様、本当にありがとうございます。
 これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!


人の心を幸せにする占い師

 占い師というお仕事は、占いを用いる事で人の運命を読みとって相談にのる、というお仕事です。  …当たり前(笑)

 もちろん占いが当たらなくては的確な判断ができませんから話が始まりませんが、占い師の真価は、当たるとか当らないという事以上に、もっと別の所にあるはずです。
 それはきっと、目の前のお客様をどれだけ幸せにできるかどうかに掛っている気がします。

 仮に針の先ほどもブレない形で未来を言い当てられたとしても、それが不幸な未来で、しかも何の解決策も与えてくれなくて、最後に 「必ずこうなります」 なんてトドメを刺されようものなら…(笑)
 それって、間違いなく最低最悪の占い師です!

 僕なら、そんな絶対に避けられないような不幸な未来の事など言いません。
 伝えた所で、そのお客様がより不幸になるだけですから…

 当たるとか当らないに極端なまでにこだわる占い師って、そういう事を平気で言う人間がいます。
 皮肉な事に、そういう人の占いは、あんまり当たりません。
 占い以前に本質を見失っちゃっているから、ブレまくるんです。

 僕は今でこそ、占い師という職業でそれなりの成功していますが、ここまで至るまでに、数多くの占い師の先生に知り合いました。
 その内の何人かの先生は、「何でこんな事まで当てられるの?」 というくらい本当にすごい人達でした。
 それで、そういう本物の占い師の共通点は、みんな優しくて素晴らしい人間性を持った人ばかりなんです。
 きっと心の持ち方がブレないから、正しいインスピレーションがやってくると思うんですね。

 よく、占いは学問であって、正しく究めればインスピレーションは要らないんだ… という人がいますが、僕はそうは思いません。
 例えそれが、卜占(ぼくせん)以外の占いであっても…

 もちろん、占いの正しい知識がなければ、判断の使用もありませんが、最後にそこにインスピレーションが乗っからなかったら、占術理論だけが先走った魂のない抜けがらです。

 どうせなら、そのインスピレーションは愛に満ちたものがいいし、人の心を癒してくれるものがいい…
 僕はそんな占い師であり続けたいと思います。

 P.S.
 昨日は、四柱推命講座の第4日目、いきなり抜き打ちで、十二支の蔵干と五行属性のテストをやりました。
 十二支の複数の属性を全部覚えるのって、結構大変なんです。
   基本なのに、プロの四柱推命をやっている人でさえ言えなかったりする…

 だから、「覚えてきてくださいね」 とは言ったものの、多分全滅だろうなって思っていました(笑)
 でも、皆さんすごく優秀で、しっかりと覚えていました。 …感動した
 その中でも、すでにプロの手相家として活動している富吉美幸先生は、見事に全問正解!
 これがプロ根性だと思いました。
 富吉美幸先生のブログを過去からざっと読ませて頂いたのですが、ユーモアのセンスがあってすごく面白いです。

  ひとづま手相観 miyukiのブログ
      http://ameblo.jp/palmist-miyuki

 是非、訪問されてみてください(^^)
     …皆さん、どんどん本名出しましょうね(笑)


さりげない心遣いが人を動かす

 お世話になっている社長と今後の講座の事をミーティングしている時、社長から、自ら皮をむいて切ってくださった梨を出されました。

 人の為に果物の皮をむくというのは、かなり面倒な事だと思うのですが、社長のさりげない心遣いに感動しました。

 ちなみに僕が包丁を使って果物(特にスイカとかメロンとか丸い物)を切ろうとすると、相当にあぶなっかしいらしく、決まってそれを見ている人から止められます(笑)

 まあ、それはともかくとして、人というのは、さりげない心遣いに心動かされるものだと思いました。
 さりげないのがいいんですね… きっと。
 重くない方がいい。

 例えば、そんなに親しくない女性から、一生懸命編んだ手編みのセーターとかをもらっちゃったら、男は嬉しいという気持ち以上に、これどうしようかって悩んじゃうと思うんです。

 結果的に恋愛をゲットする為のプレゼントとしては、よほど親しい関係になってない限り逆効果になる事も多いです。

 大切なのは、下心を感じさせない事だと思うんですね。それに、少なくとも何かをしてあげる時には下心があってはいけないと思うし…

 ちなみにプレゼントの中で一番品がないのが現金です。
 これで下心があるとどうなるかというと、よく時代劇であるアレです(笑)

越後屋: お代官様、これは心ばかりの手みやげでございます。
   (木の箱を開けると、小判がぎっしり詰まっている)

悪代官: フフフ… 越後屋、お主も相当な悪よのう~

越後屋: いやいや、お代官様ほどではございません。

二人  : ワハハハハハ…

 そんな事やっていると、天井裏で忍者に話を聞かれているかも知れませんよ(笑)

 本当に心ある立派な人というのは、そういう下品なものには心を動かされないんですね。

 政治評論家の三宅久之さんが取材記者をやっていた頃、ある大物政治家(三宅さんいわく、清廉潔白が売りの政治家)の取材をした時の帰り際、その秘書から手みやげにと、札束がぎっしりと詰められたバッグを手渡されたそうです。

 三宅さんは、その政治家と秘書の前で、啖呵(たんか)を切って激怒したという事です。

 政治家であろうが悪代官であろうが、公の仕事についている人間が己の為に賄賂を使うなど許されません。

 お世話になる人に贈ってもいいのは、誠意だけです。

 これはちっぽけな人間の欲得を超えた所で、行わなくてはいけないと思うんですね。  でないと、越後屋になる(笑)

 その先に人と人との絆が結ばれるし、お互いが協力しあえる…
 そして大きな事も成しとげる事ができると思うんです。



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苦しみの正体

 「人生は苦難の連続である」 などと、よく言われます。
 確かに、ある一面から人生を見たら、そうかも知れません。
 だって、あのお釈迦様までもが 「人生は苦である」 とおっしゃっているくらいですから(笑)

 徳川家康の遺訓の中にも、「人の一生は重き荷を負いて遠くが道を行くがごとし…」 というのがあります。これ、後世の儒学者の贋作だとも言われていますが…
 まあ、あの人(徳川家康)の場合、その苦しみは半端なものではなくて… 自分の最愛の息子の命まで、自分の手で断たなければいけなかったという位の人生ですから…
 現代では考えられない事ですけど、あの戦国時代というのは、力のない人間は生きていけない時代だったから仕方が無かったんですね。

 僕は、この苦しみの正体って一体何なのだろう… って、時々考えるんですけど、結局、周りのものが自分の思い通りにならない事から起こる葛藤だと思うんですね。
 その執着さえ捨てれば、「重き荷」 を背負ったままでも幸せになれるんではないかと…

 もちろん、これは、「あきらめたら幸せになる」 というような意味ではありません。
 家康ほどではないにしろ、今までの人生でいろいろな苦渋にあった大人が 「人生なんて所詮そんなもんだよ」 って眉間にしわを寄せて、まるで 「それを我慢して生きるのが人生だ」 みたく主張していますけど、僕はそれは違うと思うんです。

 それから、悲しみや痛みというものに鈍感になって、何も感じなくなってしまえば幸せになるんだ、というのでもないと思うし…
 悲しい事があったなら悲しんだらいいと思うし、理不尽な事をされたなら腹を立てればいいと思う。

 その中で、捨てる事が必要な時に、その感情を捨てられるかどうかが、重要なポイントだと思うんですね。
 「こうでなければいけない」 とか 「こうでなければ嫌だ」 といったこだわりの感情が、その苦しみを増幅させている気がする…
 今まで当然のごとく身近にあったものが離れていってしまった時、そこの所が試されると思うんです。

 人が社会の中で生きていくには、役割や責任感も背負わなければならないから、当然、重き荷をその辺にほったらかしにする事はできない…
 でも、重き荷を背負いながらでも、道に咲いている花や鳥の鳴き声を楽しみながら、幸せに歩いて行く事だったらできる。

 感情はありのままに任せて、それでもなるべく理性的に行動をしながら、なるべく執着をしないようにして、それでいて常に人の幸せを願いながら…
 最後に、あんまりこんな事ばっかり考え過ぎて肩に力が入りすぎないように、自然に生きていけたら(笑)

 人生はとても楽しいし、例え今はそれを感じられなくても、実感できる日が必ず来るはずです。


 

物事の全てに真理がある

 僕は多分、一般の人から見たら、かなり偏っている人間だと思いますね。
 よく言えば個性的というか… 悪く言えば変わり者です(笑)
 それって、多分知識が偏っているからだと思うんですね。そんなに、思考そのものが普通の人とかけ離れている訳でもない(と思いたい)し(笑)

 普通の人が当然知っているような一般常識的な事を、僕は知らなかったりします。それでいて、誰も知らないようなマニアックな事をたまに知っていたりします。

 テレビドラマの話題とか、タレントの噂話とかには、全くうといです。
 3年ぐらい前だったと思うんですけど、本を書く時の資料にする為に有名人の四柱推命の命式を検証しようとして、800人ぐらいの著名人の生年月日や出生時間のデータなんかを集めて、命式を作成しまくった時がありました。
 ところが、そのタレントがどういう人なのかが全くわからなかったので、丸一日ずっと、ウィキぺディアとかで生い立ちとかを調べまくっていました。
 あれで少しだけ、標準に近づいたかも知れません。

 テレビの事には関心がなくて、全く何も知らないのかというと、アニメの事とか時代劇の事とか、たまにかなりコアに知っていたりします。もちろん、全部ではないですけど(笑)
 そういうどうでもいい事なんて、まず役に立つ事はないと思っていたんですけど、世の中、何が役に立つかわからないものです。

 パリに行って、通訳のステファンさん(3/1ブログ 「素敵なパリジャン」 参照)とお食事をした時、実はアニメの話で盛り上がったんですよ。
 パリでは、日本のアニメが大流行してるんです。

 僕は 「NARUTO」(ナルト)というアニメの事ならよく知ってます、と言ったら、ステファンさんは 「聖闘士星矢」(セイントセイヤ)や「ブラックジャック」(…どっちも古いアニメ)は、ほとんど全部見ています、とおっしゃっていました(笑)
 だいの大人がパリのレストランでアニメ談義… でも盛り上がりました。

 僕、あの 「NARUTO」 というアニメには、すごい何かを感じるんですよ(笑)
 単なるアニメとは思えない何かを…
 作者の岸本斉史さんという人には、レベルの高い教養とたぐい稀なる才能を感じますね。
 あのストーリー展開とかは完全に計算しつくされていると思うし、あのアニメには人間の真理があると思う。 …断言

 子供が見るアニメなんてくだらない… と馬鹿にしてはいけません。   NARUTOは偉大だ…

 真理というものは、いたる所にあったりします。
 意識が向いていれば、どんな所からでも学び取る事が出来ます。
 アニメやドラマだけではなくて、日常生活のさりげない場面からでも、自然の摂理からでも…

 経営のノウハウを学ぶには、経営セミナーに参加するしかない、と思っている人は、おそらくはセミナー以外の時間を無駄にしています。
 コンビニで買い物をした時のレジの応対や、電車の中に貼られている広告、さりげない取引先の人の会話…
 同業種の経営の例だけでなく、異業種の例だって、非常に参考になる事が多いです。
 つまる所、どんな業種の仕事であっても、関わる人の心を幸せにする方向性に向かっていれば、成功して行く事になるのですから。

 物事の全てに真理がある…
 意識を向けたとたん、人生の全てが学びの機会になります。


過去にした決断は全て正しい

 何度も何度も繰り返される季節の中で…

 今までの人生を振り返ると、たくさんの分かれ道がありました。
 たまに、ふと過去に想いを馳せる事があります。

 一番間近にあった分岐点の決断は、やっぱり、全てを捨ててパリに行くという選択をした事でした。
 結果的には、今満たされているから、この選択は正解だったと感じています。
 もちろん今でも、当時交わりのあった全ての人に感謝しています。
 どれだけ感謝しても感謝しきれないくらい…

 他にも、あれほど大きな分岐点ではないにしろ、たくさんの分かれ道がありました。
 全ての選択が正解だったのかどうか… 正直僕にもわかりません。
 ただ、今の僕は満たされているし、どちらにしても結果的にはこれで良かったです。

 僕自身、過去にどうしても自分が幸せに思えない時期というのが長かったので、よくわかる事なのですが、不幸な時って、自分が過去にした選択をいつまでたっても後悔している傾向がありますね。

 終わってしまった過去に思いを馳せて、「あんな選択しなきゃよかった」 って、いつまでもウジウジ考えている。
 考えたってどうしょうもない事はよくわかっているのに…
 あの選択をしてしまった過去を変える事ができたなら、どんなにいいだろう… って、ずっと悪あがきをしてました。

 でも、実は過去って変えられるんですよ…
 そんな馬鹿な… って思うかもしれませんけど(笑)
 自分の心が幸せになると、過去に起こった出来事そのものは変わらなくても、その過去の意味合いが全部変わっちゃうんです。

 結局、今、昔を振り返って感じるのは、やっぱり全ての過去に意味があったな… って事です。
 昔なら、何度も何度も後悔していたはずのあの分岐点の選択も、今ならあれで良かったんだと思える。

 心が満たされてくると、全ての過去が変わる…
 そして、過去に自分が下した決断は、全て正しい選択だったという事に気づけるはずです。



いつだってコンディションは最高

 昨日、九州あたりまで来ていた台風は、そのまま韓国の方に行って消滅してしまいました。
 おかげで、関東はずっと良い天気でした。天気予報は外れる事も多いです。

 人の心も、空の天気と同じで、コンディションがあります。
 人生はいろいろありますから…
 僕はもちろん、毎日最高潮のコンディションですけどね。

 なんて… ウソです(笑)
 やっぱりコンディションの悪い時もあります。空の天気と同じで…

 今までは、良い事が起こったり嬉しい話を聞くとコンディションが良くなって、嫌な事があったり嫌な話を聞くとコンディションが悪くなると思い込んでいたのですが、どうやらそうでもないみたいです。

 コンディションが落ちるのは、嫌な話を聞いたからではなくて、嫌な話にとらわれてしまった時に起こるみたいです。
 具体的には、ネガティブな感情や欲望みたいなものが心にからまって、その影響を受けてしまった時に、コンディションがぐっと悪くなります。

 わかりやすい例でいうと、「怒り」 の感情なんかがそうです。
 嫌なニュースを聞いてしまって、心に怒りの雲がかかると、どうも考え方や行動が知らず知らず怒りに影響されて、目の前の全てのものが歪んで見えてしまう…
 これが本当の原因で、嫌な話を聞いたからコンディションが悪くなった訳じゃないんですね(笑)

 たまに、こういう不調の原因を全て霊的なもののせいにして、それで話を終わらせてしまう人がいますが、それでは何も解決になっていません。
 僕もそういう霊的なものの存在を信じないわけではありませんが、大切なのは、そういう側面ではなくて、物事に対する気づきだと思うんですよ。

 例えば、「霊によって、イライラさせられている」 というのは目に見えない世界だから何とも言えませんが、大事なのは、今自分が怒りというものに支配されているかどうか… そして、その状態を元に戻せるかどうかです。
 その為には、ノーマルな時の心の状態がどんなだかをしっかりと記憶して、そのフォームを身につけている必要があります。

 僕はまだまだ未熟な人間なので、時折こういう怒りとか不安とかいった感情の雲や欲望の雲に支配されてしまう事があります。
 それにもかかわらず、なぜか怪我をしないで無事にいられるのは、僕の周りには本当にやさしい人がたくさん居て、さりげなく僕を正しい方向に導いてくれる…

 そして、僕にその間違いを気付かせてくれる。
 僕もノーマルな心のフォームを覚えているので、元の道に戻ってくる…
 だから一瞬不調だったコンディションも、元通りまた最高潮です(笑)

 コンディションなんて悪くなったって大丈夫ですよ。
 戻したい気持ちさえがあれば必ず元に戻せるし、落ち込んで深みにハマったその分だけ人生に深みが増すんですから…


かけがえのない愛

 少しずつ夏の暑さも和らいでいるようです。早いもので今日は敬老の日、そしてもうすぐお彼岸です。
 最近、月日がたつのがとんでもなく速く感じています。
 こんなペースで、僕はちゃんと人から敬われる年寄りになれるかな… なんて(笑)

 千葉の空はまだ晴れわたっていますが、台風はすでに九州あたりにきているとの事… 残念ながら今日は、雨もようの休日になりそうです。   仕事をするには、丁度いい…
 仕事もそうですけど、そろそろ身を固める事も考えなくちゃ、ですね。僕だけじゃなくて、みなさんもです(笑)

 ところで、夫婦や長く続いているカップルって、不思議と何となく雰囲気が似ていたりします。
 長く一緒にいると、だんだん似てくるという事もありますが、元々人は自分の波長に近い人を引き寄せるというのもあると思います。

 という事は、素敵な異性を引き寄せようと思ったら、自分の波長のレベルを上げて、どんどん素敵な自分になればいい…
 お互いが高いレベルで、しかも同じような波長をもっていたら、まず間違いなく引き合いますから…

 やがて二人が最高のカップルになるのも時間の問題です。

 ただ、こういう人間の波長って、コンディションによって左右されるし、時間と共に変わっていきます。
 波長が合わなくなると、お互いの気持ちが通じなくなってしまいます。
 それでも、ふりはなされないように相手にしがみつこうとすると、その相手からいいように利用されるようになったりします。
 一方が一方を支配する関係になったり、腐れ縁のようにいつも口論が絶えない関係になったり…
 これならいっその事、別れてしまった方がいいでしょう。

 では、どうしたらいいかという事なんですけど…
 僕は、お互いが学び合う関係でいられたらいいと思うんです。
 これなら、波長が合う合わないは関係ない…
 お互いが学び合うんだという気持ちさえあれば、末長く続くし、やがて波長も合ってくると思うんですよね。

 もちろん、絶対条件は 「お互いに」 という所だから、一方だけが頑張っても成立しません。
 相手にその気がないのなら、やっぱり別れるしかないです。
 どんなに誠意を尽くしても、結局その相手を不幸にしてしまう事にもなりかねませんし…

 それでも、まずは目の前の人を信じてみたらいいと思う。
 自分が謙虚で、その気持ちが独りよがりなものでなければ、それは相手にも伝わる…
 やがて、相手も変わっていくはずです。

 人間同士がお互いに切実な気持ちを伝え合う事が出来た時、きっと、かけがいのない愛で結ばれていくと思うんです。 


街の喧騒の中で

 時々、今までの人生を振り返ってみる事があります。
 反省すべき点だらけですね。
 特に若い頃はわがままで、周りの人達を傷つけてきたと思う…

 あの頃は本当に幸せではなくて、いつも周りに腹を立てていた。
 いつも目の前の不満を人のせいにして文句を言っていました。
 昔を思い出すと、穴があったら入りたい気分です。

 さっき、八柱の駅の前を歩いていたんですけど、いつもあの辺りには大量の放置自転車があるんです。
 一人のおじさんが大声を張り上げて、3人の警察官を相手に、放置自転車の事の文句を言っていました。

 イトーヨーカドーに行って買い物をして、1時間ほどたったと思うんですけど、帰り道また駅前に立ちよってみると、まだおじさんと3人の警察官の問答は続いていました。

 おじさんは、政治の話やら社会の不満やらを延々と語って、「あんた達警察は税金をもらいながら、何でこの放置自転車を取り締まれないんだ」 と怒鳴っています。
 警察官の一人が、「放置自転車は松戸市の管轄です」 とボソリ… 結局そのまま押し問答です。

 僕はそれを遠目で見ながら、家に帰りました。
 イトーヨーカドーに買い物に出かけただけで、何だかかなり疲れた気分になってしまいました。

 確かに放置自転車問題は、早急に解決すべき問題です。
 あれ、時々トラックで大量に撤去してますけど、一向に無くならない…

 でも世の中には、この手の問題って山ほどあります。
 社会はみんなの力で少しずつ良くしていくしかないと思います。
 こういう放置自転車の事なんて、一人一人の意識の問題だから、いっぺんには解決しないです。

 24時間体制で、駅前に10mおきに警備員を配置して、自転車を放置する人を取り締まれば別ですけど… 現実的にちょっとですしね(笑)
 ちゃんと自転車を置いてもいいというスペースも、駅前に確保してあげないといけないし…
 実際にこの問題をどう解決しようかと考えると、そう簡単にいかない事がわかります。

 おじさんの言っている事は、確かに正論です。まあ、しゃべっている政治の話はよくわかりませんでしたけど。
 でも、何かが違う…

 自分の不満を全部人にぶつけているだけで、自分自身は社会の一員である自覚はないというか…
 完全にカヤの外のお客様になりきっちゃっているんですね。
 だって、1時間もつき合わせている3人の警察官の人にさえ、自分が迷惑をかけている自覚がないんですから。
 それ、駅前に自転車を放置する人と、あんまり大差ないんじゃないかって思ってしまう…

 結局、たくさんの人が共存していかなければならないのが社会ですから、トラブルとか問題が出てくるのは当然です。
 でも、みんなで何とかしよう、って考える事が出来る人は、頑張っていても疲れないし、やがて社会のリーダーになっていくでしょう。
 逆に、人のせいにばかりして、人に不満を言っている人は、自分が疲れるだけではなくて、人まで疲れさせます。

 僕は子供の頃、本当に甘えん坊で、わがままで泣き虫でした。それで、いつも周りの人のせいにしていました。

 昔の自分を振り返ると本当に落ち込むけど、落ち込まない程度にちょっぴりだけ反省して、でも気持ちはいつもおだやかに、強く生きていきたいと思います。
 

夢見うつつの諸行無常

 新橋の 「楼外楼」 の紹興酒が本当に美味しくて、田中先生のお言葉に甘えて、何度もおかわりしてしまいました。
 村野先生もほろ酔いだったみたいですが、僕もかなり良い感じに酔いました。

 昔に比べると、お酒弱くなったみたいです…
 千葉の自宅に帰ると、そのままベッドの上で熟睡してしまいました。   気持ちよかった…

 それで、夜中の2時半ぐらいだったと思うのですが、結構大きな地震があって目が覚めました。
 僕はいつも二段ベッドの上の段に寝ているのですが、グラグラと音をたててベッドが揺れていました。
 本当ならすぐにベッドから降りて、下の段に隠れるべきなんでしょうが、酔いも覚めていないし、面倒だったので、そのまま寝ていました(笑)

 あとでネットで調べてみたら、震源地は千葉北東部M5.1の地震で、僕の住んでるあたりは震度4でした。

 なんだかすっかり地震慣れしてしまったようです。
 関東圏は去年の大震災が起きてから、頻繁に小さな地震が起こるので、感覚がマヒしてしまったというか…

 人は何度も同じ事が起きると、その事に免疫が出来て動じなくなります。
 これは、良い意味でも悪い意味でも…

 最初はすごく辛い事や嫌だと思った事でも、それが何度も起こってしまうとそうでもなくなります。
 逆に、最初はすごく嬉しいと思った事とか幸せだと感じた事も、何度か繰り返される内に、だんだん当たり前に思えてきます。
 どんな仕事でも、始めたばかりの日が一番キツイです。逆に、初めてのデートなんかは、最高にドキドキして感動的ですし…

 人って、今まで過去になかったような生活の変化があると、やたら動揺します。
 それでも同じパターンが何度か繰り返されると慣れてくる…
 長く生きているうちに、少しの事では動じなくなります。
 普通なら…

 普通なら… と断ったのは、そうじゃない時があるからです。
 それは、その時に感じた感情にこだわった場合に起こる現象です。

 辛い事や嫌な事があった場合、その時の苦しみの感情にこだわってしまうと、そこで心の時間が止まってしまいます。
 現実時間は未来に向かってどんどん流れているのに、心の時間は過去のある時点でピタッと止まってしまう。
 そうなると、その辛かった事に対する苦しみは何倍にも増幅して、それと同じ事が起こるのがとんでもなく恐怖になります。
 現実を生きているはずが、心はいつまでも過去の地獄をさまよっている状態です。

 それでは逆に、とても嬉しい事があった時に、その 「嬉しい」 という感情に囚われてしまうとどうなるかというと、やっぱりそこで心の時間が止まってしまいます(笑)
 心はいつまでも、過去に起こった喜びの世界にいるかも知れませんが、時間は未来に向かって流れて、いやおうなしに物事は変化しているのに、それについていけなくなります。
 いつまでも心地よい思い出のぬるま湯の中から出られないというか…

 この世の中って、時間の流れは止められないし、全てが諸行無常です。
 なにかに囚われて、その形を維持しようとすると苦しみが生まれる。
 だから、過去の感情に囚われないで、時間の流れに身を任せて、必要のないものは全て捨ててしまえばいいです。
 捨てると、新しいものが入ってきたりする…

 地震がおさまったベッドの上で、夢見うつつに横たわりながら、ふとそんな事を考えていました。

 P.S.
 いくら酔っているからといって、このように地震が起こっているのに、ベッドでじっとしていてはいけません(反省)
 皆さんはグラッと揺れたら、素早く対応して下さいね(笑)

 

人を幸せにする占い師

 昨夜は、占術家の田中風州先生からご招待を受けて、村野大衡先生と一緒に、東京新橋の第一ホテル 「楼外楼」 で中華のフルコースをご馳走になりました。
 最高級の料理とおもてなし、そしてお酒も最高で、夢のような一夜を過ごしました。
   楼外楼
    左から、田中風州先生、僕(浅野太志)、村野大衡先生

 田中風州先生は、大阪の有名な四柱推命の大家ですが、うかつにも僕は昨夜初めて、ご招待頂いたのがあの田中風州先生ご本人だという事を知りました(汗)

 話せば長くなるのですが、田中先生は前に僕の鑑定を二度ほど申し込んで下さっていて、その時には、経営の第一線を退いて会長職をしながら、趣味で村野先生に紫微斗数を習っているお弟子の一人です、としかおっしゃって下さらなかったんです。
 しかも、ご本名でお申し込みになられていたものですから、全く気づきませんでした…    もう… お人が悪いというか(笑)

 確かに初めてお会いした時から、とても器が大きくて、礼儀正しく人間性の出来た方だと感じていたのですが、立派な経営者のそれだな、くらいにしか考えませんでした。

 村野先生は、「浅野君はとっくに知っているものだと思っていたよ」 と言っていましたが、とんでもない(笑)
 本当にもう、お忍びの水戸黄門様にいきなり身分を明かされた気分ですよ。

 田中風州先生も村野大衡先生も、超一流の鑑定家ですし、なおかつ東洋占術を徹底的に究められている研究家でもあります。
 美味しい料理とお酒に舌鼓を打ちながら、東洋占術のマニアックな話が繰り広げられました。
 大先輩のお二人の先生から、いろんなお話が聞けて、本当に勉強になりました。

 話は弾んでどんどん盛り上がっていったのですが、結論としては、やはり鑑定家として大事なのは、鑑定させて頂いたお客様をどれだけ正しい道へお導きする事ができるかが大切だ、という所にたどり着きました。


 僕は占い師という職業は、とても意義のある職業だと思っています。
 もちろん、占い師も生活がありますから、収入を得なければなりませんが、占い師という職業は、あらゆるお仕事の中でも、決して収入を得る事が主となってはいけない職業だと思います。

 ビールと、とても美味しい紹興酒(しょうこうしゅ)を何倍も頂いて、ほろ酔い加減で歩く帰り道…
 改めて、人を幸せにする占い師であり続けたいと、心に誓いました。

 昨夜はたくさんの事を学ばせて頂き、本当にありがとうございました!


未来の子供たちの為に…

 昨夜は、僕の浮わついた恋愛結婚観を書いてしまいましたが、人間の男女がなぜ結婚するかというのは、いろんな考え方があると思います。
 カールスモーキー石井さんは、著書の中で次のように言っています。

 男と女がなぜ結婚するか。
 (中略)僕は、人間が動物だから結婚するんだと思う。結婚という誓約、結婚という儀式なしには人間らしくいられないから結婚するんじゃないか、と。
 馬や猫や犬はどんな相手とでもセックスをして子供を産むでしょう。相手は毎回違う。そういうことをしてしまったら彼らと同じになってしまう。それがいやだから、人間でいたい、動物になりたくないから結婚するんです。
 つまり、人間は動物だってことですよね。だから結婚というのは人間が人間であるための誓約だと思う。
(カールスモーキー石井 著 「アートの祭り」~てつがく~より)


 僕が思うに、結婚をする目的の大きな意味の一つとしては、ぶっちゃけ子供を作る事があげられると思うんです。
 だって、男と男とか、女と女は結婚できない事になっていますし…

 もちろん、子供が出来ない夫婦だっているし、子供が出来なければ結婚の意味がないという訳ではありません。
 それでまた、昨夜の浮わついたブログの続きになってしまいますけど、僕はこの人生の大きなテーマの一つは、「無償の愛を与える」 事を学ぶ事だと思うんです。
 別に変な宗教でもなければ、堅苦しく人に親切にしろ、という意味でもありませんよ。
 それが結婚する事によって学びやすくなるし、お互い相手からの愛で癒されるから、そういう意味で、結婚って本当にいいと思います。

 それで、結婚して子供が生まれると、さらにそれを学べるんですよ。
 親は子供に無償の愛を与えなければなりませんから…
 いつも、子供の事を思って、見返りを求める事なく愛を与え続ける。
 きちんとこれが出来ていれば、しっかりとした良い子に育って、自分の老後の面倒を見てくれるかも知れません。

 よく世間で、「勝ち組」 とか 「負け組」 とか言いますけど… あれ、本当にくだらない言葉だと思うんですけど、結婚とか子供って、決して自分のステータスや社会的な体裁(ていさい)を繕う為の道具ではないはずです。

 子育てほど、無償の愛を求められるものもありません。
 子供は可愛いけどダダをこねるし、甘やかすばかりではなくて、時には厳しくしなければなりません。
 親が子供に対してやってはいけないのは、子供から愛を求める事です。
 よく、子供に嫌われたくなくて、子供を叱れない親がいます。結局、子供から愛を求めると、こういう事になります。
   こういう親は、結果的に子供から利用はされても愛されない…

 例え子供から嫌われたって、本当に子供の為を思う行動をする事が、親の務めです。

 それで、じゃあ子供が作れない人は、どうすればいいの… という話になると思うんですけど、今の話は自分と血がつながった子供との関係に限った事ではありません。
 親戚の甥(おい)とか姪(めい)に未来を託すのもいいし、別に全くの赤の他人の子供でも構いません。
 ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーは、孤児を次々に自分の里子にしたりしています。別にこれは彼女に限った事ではありませんけど…
 それから広い意味では、師弟関係といったものも、この関係性と同じだと思います。

 大人は、未来を生きていく子供たちや若者の為に、幸せになる方法を教え導いていく義務があると思う。
 その為には、まずは自分の心が幸せでなくちゃ… ですね。

 ずっと人類が未来永劫幸せに暮らせるように、愛を紡いでいく…
 僕も、その一端を担っていくつもりです。


真実の愛のカタチ

 今日のブログの題名は…
 何か、結構歯の浮くようなタイトルですね(笑)
        我ながら恥ずかしい…

 何をやっても気分が乗らなくて、煮詰まってしまっている時というのは、苦しいものです。
 そういう時は何か楽しい事をして、気分転換をするのが一番です。
 ところが、何も気分が乗らない時って集中力がないから、映画を見ても面白くないし、音楽を聞いてもつまらない…
 もっと刺激が強いものでないと、心に入ってこなかったりする。
 それで一人で孤独だったりすると、人恋しくて異性が欲しくなります。   秋ですしね(笑)

 そのまま街に出かけて、素敵な異性と巡り合って、恋に落ちてゴールイン…
 その人とずっと寄り添って、一生幸せに…
 と行けば最高にハッピーなのですが、そういう煮詰まっている心の状態の時って、中々恋愛もうまく行きにくいです。

 何故かというと、すでに最初の発端の部分で、異性に依存してしまっているから…
 こういう時は、何となく気持ちもモヤっとしていて、自分の本当の魅力も出てきません。
 だから、異性を追いかければ追いかけるほど、逃げられやすいです。

 それでまた、こういう時期に知り合って結びつきやすい異性は、自分と同じように依存しているタイプだったりする…
 つまり、お互いが相手に愛を求めてはいるけど、愛を与える事はうまく出来ない。
 もちろん、いろいろ傷つけあう事があっても、その中でお互いが高め合って、本物の愛を気づき上げるカップルも中には、いるかも知れませんが…

 でも、相手に愛を求める度合いが強ければ強いほど、相手に愛は与えにくいんですよ。
 周りが見えなくなるから…
 それで、愛を求めあっているだけの盲目の状態のままで、結婚まで行っちゃったりすると、その後に苦労があったりする。

 無償の愛というものの存在を学んでませんから…
 だって、一時の恋愛感情なんて3年と持たないですしね。

 僕も偉そうに愛を語れるような人間ではないけれど、きっとこの無償の愛というのが一番大事じゃないかな… って思うんです。
 その為には、愛を求めるという名の欲望を、自分でコントロールできるようにならないといけない。

 人間、欲を無くす事なんてできないし、無くす必要もないけど、それをうまく乗り越える事を覚える必要があると思うんです。

 その先に真実の愛がある…

 なんか… 調子に乗って、偉そうにわかったような事、書いちゃいました。
 まあ、世間知らずの人間のたわ言だと思って、読んでもらえればいいんですけどね(笑)


無実の罪は認めてはいけない

 政治に関する事というのは、いろいろな見解があるから、本当に扱うのが難しいです。
 だから、僕はそういう事には一切触れないでおこうと思っていたのですが、8月15日に韓国の李大統領が竹島に領土侵犯するという暴挙には、さすがに日本人として黙っていられないな… と思いました。
 あの事件は、日本中の寝ている子を起こしたと思いますね。
      すっかり、たたき起された…

 ちょうど、今日はこのブログも200回目でキリがいいし、こういう政治的な内容を書くのは、多分これが最初で最後になると思いますが、せっかくですので今回だけ書かせて頂く事にします。

 韓国の国の人には、良識を持ったちゃんとした心ある人がいます。
 韓国の人達を全員が全員一緒くたに見てしまう事はだけは、絶対に避けなければならない事を、最初に述べさせて頂きます。

 李大統領は竹島を韓国領だと言い張っていますが、本当にそう思っているのなら、韓国は日本と一緒に国際司法裁判所に提訴すべきなのに、どんなにそれを持ちかけてもそれに応じようとしない。
 つまり、絶対に勝てない事を良くわかっているんですよ。

日本の高校生が作った竹島問題検証動画
http://www.youtube.com/watch?v=Yhis5UEzXcI

 このサイトは、日本の高校生が作った竹島の日本と韓国の言い分ですが、すごく参考になります。

 今回の竹島問題という水面下には、いろいろな作り出された憎悪があったりします。

韓国の事情
http://www.eonet.ne.jp/~mitukiti/chon/chon2.htm

 朝鮮半島には、今まで中国大陸から支配され続けたという悲しみの過去があります。上記のサイトには、その辺りの事情が書いてあります。
 もちろん、韓国の人々が全てこうではありません。心ある優しい人もいます。
 でも、この国家にこういう一面がある事をしっかり知っておかないと、日本はこの先取り返しのつかない所まで追いつめられます。

 元々、あの李大統領はあそこまで反日ではなかったんです。
 だって、日本で生まれて日本で育っているんですから…
 で、あの人の許せない所は、全てをわかった上で、自分の人気取りの為に確信犯的に、自分の国の心ある人達や日本人の心を踏みにじる事をしている所です。

 もちろん、竹島の事も国際司法裁判所で勝てないのも知っている…
 ではなぜそんな事をまでして、李大統領が 「日本を憎んでいるぞ」 ってアピールしているかというと、韓国の憲法裁判所(最高裁)が、「従軍慰安婦にされた被害者の賠償請求権について、韓国政府が何もしないのは憲法違反だ」 いう判断を下した事が原因だと言われています。

 「従軍慰安婦問題」 いうやつですね。
 そういうものがあったのか無かったのか、未だにハッキリわかりません。

 僕はあれを聞くと、少し前に日本で社会現象になった痴漢詐欺を思い出します…
 電車の中でいきなり、「この人痴漢です」 とか言われて、それで無実の罪を着せられて刑務所に抑留されていた男性もいました。
 後から被害者とされていた女性が、実は示談金目当てで仕組んだ詐欺だったと告白して、半年も刑務所に抑留された後にやっと疑いが晴れたのですが、本当にひどいものです。
 なんでもあの頃、大ごとになるのを避ける為に、そのまま無実の罪をかぶって、示談金を犯罪グループに支払った男性も後を絶たなかったらしいです。

従軍慰安婦の真実
http://makizushi33.ninja-web.net/

 参考までに、上のサイトは 「従軍慰安婦」 に関する一つの見方です。

 何せ今から70年も前の事ですから、そういうものが有ったのか無かったのか、絶対的な断定はできませんが、少なくとも現在、強制連行された事を裏付ける証拠資料は、山のようにある当時の記録や資料の中から、未だにたった一辺も見つかっていないんですね。

 アメリカ議会調査局の公正な調査が行なわれましたが、その結果の報告書も、「日本軍はおそらくほとんどの徴募を直接に実行はしなかっただろう。とくに朝鮮半島ではそうだった」 というものです。

 それにもかかわらず、本人達の証言だけで 「実際に従軍慰安婦はあった」 とされている…
 しかもこういう真実がはっきりとしない状態で、過去に日本政府がよくわからないまま謝罪しまったので、もう泥沼です。

 ちなみに下記は、韓国でずっと暮らしてきたある大学教授の言葉です。

 韓国教授(88)が告白 「殺される覚悟で言う…」
 http://majikichi.com/archives/7239447.html

 きっと、母国の政策よりも、本当に正しい事を伝えたかったのでしょう。
 韓国の人には、心ある人がたくさんいます。


 無実の罪は認めてはいけない…
 もちろん証拠がきちんと出てきたんなら、ちゃんと謝罪するべきですよ。

 日本政府の軽率な対応は、日本人だけでなく、韓国の人にも結果的に失礼な事をしています。
 「やっぱりそうだったんだ」 って事で、事実無根の怒りを韓国の人に与えているんですから…
 
 もちろん、これは一つの見解にすぎません。
 70年前の異国で起こった事だから、確かめようもない。

 でも、確かめようもない事だからこそ、よくわからないけど謝っておけばいい… いう安易な判断だけは、絶対に避けるようにしなければいけないと思います。


こだわりを手放した時

 夏の暑さもようやくおさまって、少しずつ秋が近づきつつあります。
 虫の鳴き声が心地よいです。

 人生にはいろんな苦しみがあって、その中でも最もきつい部類に入るのが、恨みの苦しみだと思うんです。
 人に恨まれると、恨まれた方はいろいろな意味でダメージを受けますが、それでも人を恨んで地獄の苦しみを味わっている人に比べたら、まだマシです。
 これが逆恨みだったりすると、本当に迷惑な話なんですけどね。

 人間というのは、過去にあまりにも理不尽な目に遭ったりすると、深く傷付き、心が病んでしまいます。
 そして、その事に復讐を誓ったら最後、人生の悲劇が始まります。    NARUTOのサスケ君です…  うちはイタチいたすぎ(笑)

 普通だったら大した事でもない事に異常に腹が立って、どうしても受け入れられなくなったり、実現不可能な事を自分に課したりするようになります。
 本人も相当に苦しいんです。
 でも、そこから離れられない…
 苦しんで苦しんで、人を傷つけながら生きていくしかない…

 僕にもそういう時期があったし、しかもその期間が長かったから、気持ちは痛いほどわかるんです。
 今でこそ毎日が幸せに満たされてますし、自分は本当に恵まれている事を実感していますけど…
 別にこれ、自己催眠とか掛けてるんじゃなくてですよ(笑)

 だから今、周りの人が幸せになってくれたらなって、建前とか綺麗事とかじゃなく本当にそう思えるんです。
 だいたい、そういう職種選んじゃってますし…
 もし苦しんでいる人がいたら、そこから一緒に連れ出してあげたい。

 お酒を飲み過ぎた友達を、家まで送っていくように…

 何度もそういう経験あります。
 僕って意外とお酒に強いから、友達が先に酔っ払っちゃう。

 その中で、僕の肩につかまってでもいいから、自分で歩いてくれる人は一番楽です。
 でも、「もう歩けない」 とか言って、地ベタに座りこんでしまわれると大変です。
 仕方ないから、おんぶしようにも、背中で全身の力を抜かれると、僕までつぶれます(笑)  まるで、こなきじじいです…

 でも、中でも最も大変なのが、街灯のポールかなんかにつかまって、オレは絶対に動かないぞ… ってダダをこねるタイプ。
 お願いだから、そのポールから手を離してよ~(笑)

 過去の恨みやこだわりを忘れられない人って、端から見るとこういう感じです。
 ポールにつかまったまま、苦しみから解放されたいと願っている。
 本人は、このポールさえ引っこ抜く事ができれば問題は解決だと言いますけど、それはすごく難しいし、かりに引っこ抜けたとして、客観的にはポールが破損するだけで何の価値もありません。

 だから一番いいのは、ポールを引っこ抜くのはあきらめて、そこから手を離す事です。
 でも中には、そんなみじめな思いをするのなら、死んだ方がマシだって言う人もいるでしょう。
 気持ち… わかりますよ。僕もそうでしたから…

 じゃあ、こうしましょう。
 普通に引っぱったって、そのポールはまず抜けないですから、引っこ抜く為のスコップとツルハシを買いに行きましょう。
 だから一旦、そのポールから手を離して…
 後でまたそこに戻って来ればいいんですから…

 こういう深い心の傷を持った人って、偉業を成しとげます。
 豊臣秀吉というのは、きっとそういうものを持っていたと思うし、野口英世なんて、明らかに復讐の為の人生です。
 (6/12ブログ 「偉人達の隠された葛藤の日々」 参照)

 スコップとツルハシを探している間に、ポールの事を忘れられたらいいし、忘れられなくたって構わない…

 こだわっていたものから、すっと手を離して歩き始めた時、全く新しい別の人生がそこから始まります。


権利を主張しすぎると幸せが逃げる

 「人は幸せになる権利がある」 と言います。
 この言葉は間違ってはいないと思います。
 ただし、社会と共に生きて、人に貢献している人が主張する分にはいいのですが、自分の事しか考えていない人がこれを言いだしたら、収拾がつかなくなります。

 実際に世界中の人が幸せになれているかと言ったら、やはり現実は遠く及ばないでしょう。
 みんなが同じようにお金持ちになれる訳ではないし、同じ社会的地位になれる訳でもない…
 もしも、自分が不幸だと思っている人が、「人は幸せになる権利があるんだ」 と一斉蜂起して暴動を起こしたら、世界は修羅場です。

 これは何が間違っているかというと、自分では何一つ幸せになる努力をしないで、幸せになる権利だけを人に求めている所です。
 「オレが不幸なのは、みんなが悪いんだ」 とあたかも正論のように主張している。

 そういう人が一人か二人ぐらいなら、そばにいる優しい人が何とかしてあげられるんだろうけど、それが世界中に蔓延したら、それこそ世界の終わりです。

 これが個人主義の限界だと思う…
 僕は、個人主義は嫌いではないけれど、それを貫くのなら、自分の幸せは自分でつかむべきだし(もちろん人に迷惑をかけないで)、例え自分が不幸でも、それは自分の責任だと腹をくくる覚悟が必要です。

 もちろん、「自分の権利の主張はやめて我慢しろ」 という意味ではなくて、例えば、ちゃんと働いているのに給料がもらえないとか、そういう時はむしろ、自分の権利をきちんと主張すべきです。
 でも例えば、「競合会社のA社の社員はうちの社員の給料よりも高いから、A社以上の給料にしろ」 と主張するのは、やっぱり行きすぎです。
 たまたまその主張が通って給料が上がったとしても、そんな風に自分の事しか考えない生き方をする人は、ずっと幸せになれない気がする。

 何か大切なものを見失っていると思うんですよ。
 たぶんそういう人は、次から次へと不満が出てくると思うし…

 権利を主張しすぎると、幸せは逃げる…

 アメリカの精神科医であるマリー・ロビンソンは、女性の性的不感症の事をまとめた自著の中で、次のような指摘をしています。
 それは、アメリカの不感症の女性のほぼ全員がフェミニズム(性差別を廃止し、女性の権利を拡張しようとする思想)の考え方を持っている、というものです。

 僕はフェミニズムそのものを悪いとは言いません。
 むしろ男性のフェミニズムは、思いやりと優しさの証だと思う。
 でも、女性自身があまりフェミニズムに傾倒するのはどうかと思うし、どちらにしても行きすぎたフェミニズムは考えものです。

 例えば、あるフェミニスト(フェミニズムの思想を持った人)が言うには、「男女」 という言葉は、男という文字が先に来るので差別用語だそうです。
 だから 「女男」にすべきだという事で、実際に東京都品川区の教科書には、一時 「女男」 という言葉が使われてました。
    あの、じゃあ「女男」は差別用語じゃないんですか(笑)

 そんな事言ったら、「紅白歌合戦」 は差別用語だから、「白紅歌合戦」 にすべきだという主張も成り立ちます(笑)
 どちらにしても、くだらないです。
 くだらない事に囚われて、わざわざ自分で問題を作り出して不幸になっている…
 その行きつく先が性的不感症というものであったとしても、大して不思議ではありません。

 自分の権利を主張するのは、このまま放っておいたら誰かに自分のテリトリーを侵されてしまう時だけで十分です。
 防衛の手段として行うものであって、自分の利益を得る為のものではありません。

 アメリカではそういうものが流行っているかも知れませんけど、そんな生き方のスタイルでは、人は絶対に幸せにはなれないと思う。

 自分の幸せは自分でつかみ取る。
 できれば、自分に関わった人を幸せにする事によって…
 僕は、常にそんな風でありたいと思います。


人生は毎日が最高のご馳走

 今日は、四柱推命講座の2日目でした。
 悠庵で講座をして、その後個人鑑定をさせて頂いて、千葉の家に帰りついて、まったりと一息…
 僕のほとんどの理想と言ってもいい生活の中で、今、幸せを感じています。
 僕は本当に周りの人に恵まれていて、そのお陰でここまでたどり着いたのだから、どれだけ感謝をしても足りませんね。

 それにしても、人生って面白いです。
 今でこそ、こんな満たされた気持ちでいられるけど、昔はそうじゃなかったです。
 いつも、不平不満ばかりでしたね…

 不平不満を言いだすと、目の前に起こった事が全部嫌な事に思えて、何だかしかめ面になる。
 それに呼び寄せられたように、本当に嫌な事がやってくる。

 でも、今振り返ると、その一見嫌な事に感じた出来事も、宝物だったりします。
 あの時の痛みが、僕を成功に導いてくれた気がする…
 思うに、人生は毎日が最高のご馳走ですね。
     まじめにいうと、照れくさいけど…

 ご馳走といっても、いろんな種類のご馳走があります。
 それで、胃液がしっかりと溜まっていないと、汚い話だけど、消化不良で下痢になっちゃうんです。  水の飲み過ぎに注意(笑)
 おなかが痛くてたまらなかったりするけど、目の前に出されたものは、やっぱり最高のご馳走なんですよ。
 栄養素の高いものほど、消化が悪いから、何度も何度も噛み砕いて食べないといけない…
 でも、噛んでいると味が出てうまいです。
    Nさん、うなぎボーンごちそうさまです…

 歯が悪い人は、うまく噛み砕けないかも知れません。だから、歯は治療した方がいいです。
 実際の歯も、物事を咀嚼する為の心の歯も…
 人生に食べられないご馳走なんて、絶対に出てきません。
 目の前に現れる事は全て、必ず乗り越えられる問題です。
 そして、噛み砕くのが大変なものほど、栄養度も高い。

 今、僕が幸せに満たされているのは、体が健康そのものだからなんですよ(笑)
 それは、過去のいろんな体験から吸収した栄養のお陰です。
 だから、胃液だってしっかりと溜まって、どんなご馳走だって消化しちゃいます。

 人生は毎日が味わい深い最高のご馳走…
 これからも、感謝してしっかりと噛みしめながら、いただきます。


職業に貴賎はない

 明日は四柱推命講座の2日目…
 今日もまたいつものように、講座の準備に時間を追われています。   でも今日は徹夜しなくてすみそう…

 テキストを作ったり、資料をコピーしてパウチしたり… こうやって、講座の準備するのがすごく楽しいです。
 僕は根っから講師向きなのかも知れません。
 好きな事が職業にできているのだから、本当に幸せです。

 人によって、こんな風に職業そのものが喜びという事もあれば、中には、今の仕事はやりたくないけど仕方なく職業にしている、という人もいるでしょう。

 でも、どんな場合だって、「働く」 という事自体が尊い事です。
 職業にはいろいろなものがありますが、僕は職業そのものには貴賎はないと思う。

 例えば、ホテルの支配人と従業員は、そのホテルの中においては、支配人が従業員に指示を出したりしますが、別に支配人が従業員より立派であるという訳ではないです。
 むしろ、そのホテルの業務においての主役は、従業員の方だと思いますね。

 これは、野球とかサッカーの監督と選手の関係と同じです。
 注目されるのは普通、監督よりも選手の方です。
 まあ、これは役割分担であって、どちらもそれぞれに大事なポジションです。

 働くという言葉は、「傍(はた)を楽にする」 という意味なんだ、とよく言われたりしますが、職業というものも、そういうものでなければいけません。

 関わった人を幸せにしたり、何かを社会に貢献したりする事で、報酬を受け取る…
 だから、そういう意味において、職業に貴賎はないのだと思うんです。

 関わった人を幸せにもしていなければ、何も社会に貢献していないのに報酬を受け取るというのは、職業とは言えません。
 パチスロ師とか、賭博師とか…
   別にいいんですけど、ハマりすぎないでね…(笑)

 最悪なのは、関わった人を不幸にして、社会に害をなしているのに、報酬を得ているというもの…
 詐欺師とか、悪徳商法で稼いでいる人とか…
 こんなのは論外です。

 確かに、世の中で自分の望み通りの職業に就いているという人は、少ないかも知れません。

 今やっている職業が本当に自分のやりたい事でないのなら、その職業に誇りを持つまでの必要はないけれど、自信は持ったらいいです。
 だって、その仕事によって幸せになっている人達がいるんだから…

 その人達の笑顔をイメージしながら、仕事に取り組んだら、きっと能率も上がるし、もっともっと仕事も楽しくなりますよ。


悩みが瞬間的に消える方法

 人間誰だって、多かれ少なかれ悩みを抱えているものです。
 むしろ、そういう悩みがないという人の方が珍しいでしょう。

 中には、「ああでもない…」「こうでもない…」 と、悶々と悩みから出られなくなってしまう人もいます。
 そんな時、「たまには気分転換してみたら?」 なんて人から勧められてみても、なかなか億劫でその気になれない…
 音楽を聞いてもつまらないし…、映画を見ても集中できなくて物語が頭に入らない
 海とか山なんかに出かけて自然を見ても、心ここにあらずで、やっぱり悩みから抜けられない…

 そんな時、たった一つだけ、悩みから即効で解放される方法があります。
 それは、思考を停止するという事です。

 そんな当たり前の事を、でっかい文字で言われたって…、と思われるかもしれませんが、この方法は無敵ですよ(笑)

 にもかかわらず、何故この簡単な 「思考停止」 が出来ないかというと、やっぱり不安だからだと思います。
 思考を停止する事は、あきらめる事と同じで、全てが無に帰してしまうのではないかという…(笑)

 でも冷静に考えれば、こういう時の思考なんて、ほとんど意味のないものばかりです。
 自分はこの先結婚できるのかな、と悩んでいる時、
 「よし、じゃあ婚活パーティーに行ってみるか」 とか、
 「友達に誰かいい人がいないか聞いてみよう」
 というように、発展的な思考になっている事って、まずありません。
 だいたいの場合、意味もなく同じ所を堂々めぐりしている…
 しかも、なぜか決まって、自分にとって一番望ましくない事をイメージして嘆いていたりします。

 「この先もう、そういう相手に巡り合えないんじゃないか」 とか…
 そんな事は、絶対にありません。
 だってこの世の中、異性なんて星の数ほどいるんですから…

 「結婚が出来ても、自分が嫌いなタイプの人と知り合って、嫌々結婚するのだけは嫌だ」 とか…
 もし、知り合った人が嫌いなタイプだったら、結婚しなければいいだけの話じゃないですか(笑)

 でも、悩みの思考なんて、みんなこんな感じです。
 自分にとって一番嫌だというパターンを想像して、どっぷりと不幸に浸かりながら嘆いている…

 だから、まずは思考を停止させて、クリアになってみる必要があります。

 不幸な思考をピタッと止めたら、素敵な人と知り合って結婚するのも、一生結婚をしないのも、自分の嫌いなタイプと結婚するのも…、本当は自分が自由に選択できる事がわかります。

 思考を止めると、いろんなものが見えてきます。
 優しい日差しやそよ風、素敵な音楽や鳥の鳴き声、すぐそばにいる優しい人達…
 僕はパリにいる時、日常の当たり前のものの有難みに胸がいっぱいになった事がありましたが、日本にいても、やっぱりそれは変わらないです。
 (3/15ブログ 「この瞬間の光の中で」 参照)

 自分の将来設計や、仕事の計画、研究分野なんかの理性に基づいた思考は、大いに意味がある事です。
 納得がいくまで、真剣に考えたらいいです。

 でも、感情に関する思考は、なるべくシンプルな方がいいです。
 辛い事があったなら、「その分きっと、幸せが来るぞ」
 不安な事があったら、「なんとかなるさ」
 嬉しい事があったら、「ありがとう」
 さっと切り上げて、この瞬間の周りの景色を感じてみる…
 これが一番いいです。

 これは、今までいつも、いろんな事に悶々と悩み続けてきた僕がたどり着いた結論だから、間違いないですよ(笑)

 感情の思考を止めて、おだやかな日常の光が心に差し込んだ時、そこには、人生の無限の可能性が見つかるはずです。


大真面目な「占い幸福論」

 世の中には、人に恐怖を与える占いが、はびこっています。
 生年月日で誰でも簡単に自分の星が出せるものだから、ブームになっていたりします。

 それで、来年からは 「大殺」 になるとか、わかったりすると、もう大変です(笑)
 なんせ、その時期は、結婚も就職も引越しも出産もダメで、子供なんか生まれようものなら、一生の悩みの種になるそうですから…

 僕から言わせれば、あれは本当に根拠のない幼稚な占いなんですが、信じている人に言わせると、やっぱり 「大殺」 は、いつも調子が悪いそうです。

 つまり、ジンクスになってしまっているんです。
 しかも悪い事に、信じていると本当にその世界を呼び寄せます。
 これはどういう事かというと、普段でもあるようなちょっとの出来事が起こっただけで、あれを信じている人は、「これは 『大殺』 のせいに違いない」 と動揺してしまう…
 そして、恐怖にかられたり、気持ちがふさぐ事によって、人間関係も悪くなるから、残念な事に本当に 「大殺」 になっちゃうんです。  …無念
 3年間ずっと、不幸で無意味な時期を送る事になりかねません。

 親が、「この子は 『大殺』 に生まれたから、ろくな子供にならない」 なんて思っていたら、そりゃ子供だってグレたくもなります。
 あれを信じちゃった人は、人生そのものがもう 「大殺」 です。

 ちなみに僕は 「大殺」 の年で占い師という職業についていますが、お陰様で今でも絶好調です(笑)
 僕だけでは、ありません。
 宇多田ヒカルさんは、「大殺」 の年にデビューして、出したCDは765万枚の世界的なミリオンセラーです。
 浜崎あゆみさんの紅白歌合戦初出場も、レコード大賞初受賞も 「大殺」 の年です。
 松井秀喜選手も、「大殺」 の年に渡米して、大リーグで大活躍しているし、古い時代の話なら、長嶋茂雄さんが巨人に入団して、ホームラン王、打点王、新人王になったのも、「大殺」 の年です。
 こんな例、挙げたらキリがありません。

 これって、むしろ 「大殺」 というのは、ついてる年って事じゃないか… と思いたくなります(笑)

 あんまり、人の悪口は言いたくないのですが…

 話は変わって、ずい分前に、とんでもない四柱推命の鑑定をみてしまったんです。
 60歳ぐらいの女性が鑑定師で、鑑定を受けているお客様は、見た所20代後半の女性といった感じでしたが、多分、結婚の事を聞いていたんだと思います。
 大阪弁のその鑑定師が、大声でこう言っていたんです。

 「アンタはこれから10年間、傷官(しょうかん)が巡ってくるんやから、その間は結婚なんか考えんと、家でじっとしてはった方がええんや」
 鑑定を受けている女性も、納得がいかないとみえて、必死に食い下がってました。  そりゃ、そうでしょう…

 結婚適齢期で、しかもそれを望んでいる女性が、10年間も家でじっとしていたら、一体どうなるんだろうと思います。
 だいたい、「傷官」 は必ずしも悪い星ではありませんから、この鑑定師は四柱推命の基本的な所から、すでに間違っています。

 これは僕の持論ですが(反対意見も覚悟の上で)四柱推命でわかる未来において、「悪い事が起こる未来」 というものは、存在しません。
 もちろん、「この時期はこういう事を学ぶ時期」 というようなものはあります。
 「健康に気を配った方がいい時期」 というものはありますが、「必ず病気になる時期」 なんてありません。
 だいたい人生において、無意味に不幸になる時期なんて存在しないです。

 ちなみに、大切な学びの時期に絶対にやってはいけないのが、家に引き籠ってじっとしている事です。
 もちろん、無理やり前に出ていく必要もありませんが、この学びの時期にこそ、将来の幸せの種まきをしている事を忘れてはいけません。
 まれに、種のまき方が良ければ、その場で幸せが芽をふく事だってあります。

 占い師は、特に免許を必要とする職業ではないので、誰でも簡単になれますが、こういう事をわかっていないで鑑定をすると、交通事故で人を跳ね飛ばしてしまうのと同じような、重大な過失を犯すことになります。

 占いというのは、人を幸せにする素晴らしい知識だと思う。
 人は、まだまだいくらでも幸せになれるはずです。

 僕は今、この職業についた事を誇りに思っています。
 頑張ります!


ジンクスを吹き飛ばせ

 慌ただしい毎日に追われながら、気づいてみれば、もう9月…
 まだまだ暑い日は続いていますが、確実に秋の気配を感じます。

 あまり人に言わないようにしていたのですが、僕は 「毎年、夏は調子が悪い」 というジンクスを持ち続けていました。暑い事には、全然平気なのですが…

 自分でもバカバカしいと思いながらも、どうも5月半ばくらいから8月ぐらいまでは、嫌な事が起こるというか… 調子が悪くなるというか…
 四柱推命で僕の命式は、火が忌神(いむがみ)だから夏場はダメなんだなんて、勝手に理屈をつけていました。

 でも、やっぱり、コレ思い込みですね(笑)

 実際に過去を振り返ってみて、今思い出せる夏に起こった嫌な出来事は、次の3つだけです。
 14歳の夏の修学旅行の出来事で、すごく悩み苦しんだ事
 18歳の夏の試験の当日に、交通事故に遭って、受験を断念した事
 25歳の夏、ネットワークビジネスに無理やり引き込まれて大金を失った事

 毎年、夏になると、何か嫌な事があったような気がしていたのですが、それ以外の事はまるで思い出せないんです。
 確かにこの3つは、どれも強烈な体験だったので、すっかり夏場は調子が悪いんだ… というジンクスが刷り込まれてしまったのかも知れません。

 ちなみに今年の夏はどうかというと、やっぱり7月の半ばぐらいに、調子が悪く感じた時期がありました。
 でも、この時期に何か現実的な問題が発生したのかというと、何も起こってないんですね。

 むしろ、今年を振り返って半年あまりの内で、一番のアンラッキーな事件はというと、3月にパリからの帰りの飛行機の中でパソコンを盗まれた事です。
 あの中には、苦心して作り上げた本の原稿とデータが入ってましたから…、いまだに僕の仕事に影響を及ぼしています。
 そんな事が起こっているにもかかわらず、3月は絶好調に盛り上がっていた記憶しかない… 不思議なものです(笑)

 つまり、心が感じる盛り上がりや幸福度は、現実とは比例していない…

 そして、この事からわかる事は、人生は気持ちの持ち方次第で、いつでもどれだけでも幸せになれるという事です。

 それに気づいて、不幸のジンクスを吹き飛ばした時、貴方に永遠に続く幸せがやってきますよ。


蒲田郷想曲

 お世話になっている社長からのお誘いを受けて、生まれて初めて行った蒲田の街で、お食事会をしました。
 蒲田に住んでいらっしゃるアロマオイルの専門家の田村領督さんと、メークアップアーチストの田村さんのお姉様、そして悠庵の紅林先生の三人を交えて、いろんなお話で盛り上がりました。

 少し前の事ですが、悠庵でタロット講座をやっていた時、毎回、講座のテキスト作りに時間を追われて、たった一回だけ、シャワーを浴びないまま講座に来てしまった事があったんです。
 悠庵のスタッフは、
 「におってないから、大丈夫ですよ」
 と言ってくれたのですが、どうしても気になって…

 それで、ふと、控室の机の上を見たら、香水らしき青いボトルのスプレーがあるではありませんか。
 これは丁度いいと思って、かけてみると、何ともいえない良い香りがしたんで、調子に乗ってボトルの半分ぐらい使っちゃいました…(笑)

 で、後から知ったのですが、あれ、一本五千円くらいする高級アロマスプレーだったみたいです。   やっちまった…
 悠庵の紅林先生が、店の人の為に置いておいて下さってたんですね。

 そんな話の経緯もあって、蒲田の居酒屋レストランで、お食事とお酒を交わしながら、アロマオイルの話や蒲田の街の話など、みんなでいろいろと盛り上がりました。

 世の中には、様々なアロマオイルが出回っているらしいのですが、
 「アロマオイルは本当に良い物を使ってほしい」
 と言って、オイルの原料の話をする田村さんの目が輝いているんですね。
 あれはこだわりを持った職人の目だと思いました。
 今度、悠庵での講座の開催が決まったそうです。

 僕は今まで、蒲田って聞くと、映画の「蒲田行進曲」のイメージしかなかったんです。
 でも、それはとっくに時代遅れの話のようでした(笑)
 今は街中に、堀北真希さん主演の朝のNHKテレビ小説 「梅ちゃん先生」 のポスターがあふれていました。
   すっかり時代に乗り遅れた…

 蒲田は東京23区の端に位置する繁華街で、駅の東口を出ると、ずーっと屋根つきのアーケード街になっているんです。
 それが、僕の生まれ故郷である岐阜の柳ヶ瀬(やながせ)にそっくりで、懐かしくなりました。

 十代の頃、いつも柳ヶ瀬をふらついていました。 …不良
 その話をすると、田村さんに
 「是非、蒲田に引越してきて下さい」
 と言われました(笑)

 蒲田の街というのは人情の街だなあ、って思いました。
 田村さんも、田村さんのお姉様も温かくて優しいし、繁華街を行きかう人々の話し声がみんな温かいな…って感じました。

 最近、僕は仕事に根つめていて、集中しているつもりが、どうも集中できていない気がしていたんです。
 人生は長いから、上手にブレークアウトしようと思いました。

 そんな時は、たまにはこんな風に、お酒を飲んだり美味しい物を食べるのもいい…
 アロマオイルの香りをかぐのもいいし、素敵な音楽を聴くのもいい…
 そんなに遠くなくても、行ったことのない街に行って、初対面の人に会って人情に触れるのもいい…

 人生は自分の自由に生きられるから、いつも一生懸命ばかりが能じゃなくて、時々寄り道してみるのもいいかも知れません。


強力なライバルは自分を強くする

 どんな商売をやっていても、いつしか競合相手というのが出てきます。
 自分と同じ職種の相手が、同じ土俵に入ってこられたら、誰でもあまりいい気持ちにはなれないでしょう。
 サラリーマンをやっている人なら、同じ会社の部署に入ってきた後輩が、先に役職につこうものなら、どんなに出世には調味がないと言ってみても、心おだやかではいられないでしょう。

 今から500年前の戦国時代も、そうでした。
 現代の競争社会では、例え競争に負けても命を取られるような事はありませんが、戦国時代というのは、負ければ相手に首を獲られる時代ですから、それは熾烈です。

 また、徳川家康の話になってしまいますが、若い時の家康というのは、本当に苦労の連続でした。
 織田信長と同盟してからも、家康の周りというのは、強力な敵だらけでした。
 その中で、家康が最も恐れた武将が、甲斐の武田信玄でした。

 武田信玄は120年ぐらい続いた戦国時代の中でも、最もみんなから恐れられた名将の一人と言っても良いでしょう。
 政治的駆引きや謀略、戦の采配、領国統治… どれを取っても群を抜いていました。
 家康は、領地が隣接している関係で、常にその信玄を敵に回さなければなりませんでした。

 ある時は、信玄と正面切って戦った事もありましたが(三方ヶ原の戦い)、散々な大敗北を喫し、味方は千人以上の犠牲者を出し、家康は居城の浜松城へ逃げ帰る時、恐怖のあまり馬上で糞をもらしたと言います。

 ところが、その武田信玄がその後間もなく、急に病を発して、陣中で亡くなってしまったのです。
 徳川方の武将は、みんな大喜びです。かねてからの強敵が戦わずして消えてしまった訳ですから…

 でも、意外にも家康は、喜んだ顔をしませんでした。
 そして、部下にこう言ったといいます。

 「信玄という大宿敵のお陰で、我らは緊張し軍備を備え、よい政治を行なわんと努めてきたのだ。今後のこのゆるみこそ、もっとも気をつけなければならない。
 よいか、平氏を滅ぼすのは平氏なり。鎌倉を滅ぼすのは鎌倉なり。恐ろしいのは敵に滅ぼされるのではなく、滅びる原因は内にあるという事だ。
 油断、贅沢、不和、裏切り… 全て味方の中から起こる。これからはこれらに注意しなければならない。
 むしろ、信玄の心配よりも大きいだろう。強敵の死は少しも喜ぶべき事ではないぞ」

 いかにも家康らしい言葉です。
 家康は、若い頃からひそかに信玄を私淑し、軍法も領国運営も信玄を手本としていました。
 この後の家康が、戦さで負け知らずなのも、信玄という偉大な敵のお陰といえます。
 晩年の家康は、
 「我が天下を治められたのは、武田信玄と石田治部少輔(石田三成の事)の二人のお陰のようなものだ」
 と述懐しています。

 もう一人、信玄という戦国屈指の旗頭が亡くなったのを、敵ながら惜しんだ男がいました。
 越後の国の上杉謙信でした。
 謙信は軍神と恐れられるほどの戦さの天才で、川中島の合戦で、幾度も信玄とぶつかり合っていました。
 この二人がぶつかり合う事がなければ、天下の動向もまた違ったものになったかも知れないといわれています。

 それでも二人とも、お互いに相手を認め合い、学ぶべき所は学び合っています。
 「謙信は義人であって、天下に未だ比較できるような人物はいない」
 と武田信玄は上杉謙信の事を高く評価し、死の間際には息子の勝頼に、
 「謙信は、頼まれれば決して断る事をしない。必ず力になってくれる」
 と、上杉謙信を頼るように遺言しました。

 一方の上杉謙信も、武田信玄の訃報を知るや
 「わしには長年の宿敵ではあったが、関東の名大将を亡くしてしまった。誠に惜しい事である」
 と言って落涙し、喪に服すため、三日の間城下の武家に音楽を禁止したといいます。

 最強の敵である人間が、お互いに自分の最もよき理解者だったのかも知れません。

 現代であっても、強力なライバルの出現というのは、自分を高めてくれるチャンスだと思ったらいいです。
 自分一人が独走して、天狗になってしまう方がよっぽど怖いです。
 だから、ついてないなんて思わずに、精一杯勝負したらいいです。

 そのうちいつの日か、お互いが認めあえるような時が、来るかもしれません。


秋の予感

 今日は、横浜の占いサロン 「悠庵」にて、第1回四柱推命講座<実践編>を開催しました。
 なんかすごく気分が高揚して、ずっとハイテンションだった気がします。
 例によってまた完徹で、一睡もしていないまま講座に入りました。  徹夜すると、ハイテンションになる(笑)

 今日は、「真似てはいけない四柱推命1日講座」 という事で、四柱推命の中の十二運星とか、神殺星とか、納音とか、どうでも良いような星がフル出演したんです(笑)

 実は昨夜、徹夜して星の意味の文章をワードで打っていました。
 昨日までは、そんなもの覚える必要もないから、口で意味を伝えるだけで終わりにしようと思っていたのですが、急に気が変わったんです。
 やっぱり、講座の為にできる事は全部やろうと…

 それは昨日、ブログのネタに必要でドラッガーの本を読みあさっていたら、次の一文に出会ってハッとしたからです。

 紀元前四四〇年頃、ギリシャの彫刻家フェイディアスは、アテネのパンデオンの屋根に建つ彫刻群を完成させた。
 だがフェイディアスの請求書に対し、アテネの会計官は支払いを拒んだ。「彫刻の背中は見えない。見えない部分まで彫って請求してくるとは何事か」。
 それに対し、フェイディアスは答えた。「そんなことはない。神々が見ている」。
 (P.F.ドラッガー 著 「創世の時」より)


 それで、およそ70個以上、四柱推命のどうでも良いような星の意味をワードで打っていたら、いつしか朝になっていました(笑)

 でも、やっぱりやっておいてよかったと思います。
 実践には役に立たなくても、講座そのものは充実したし、受講生の皆さんも、出した星の意味を調べて楽しむ事だってできるし…

 四柱推命講座が終わって、その後に個人鑑定のお客様を鑑定させて頂いてから、千葉に帰って空を見上げると、すっかり月夜になっていました。

  月夜

 まだ午後7時なのに、こんなにも、日が短くなっていたなんて…
 いつしか外は、雨が降っていたようで、すっかり涼しくなっていました。

 もう、秋なんですね。
 まだ、眠っていないのに(正確には電車に乗っている時、少し居眠りしたけど…)、なんだか元気いっぱいです。

 まんまるなお月さまに見守られて、だんだんとパワーがみなぎってきました。