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浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

自分の才能は、意外と自分では分からない

 自分の才能というのは、自分では意外と分からないものです。
 案外そばにいてくれる人の方が、自分よりも分かっていたりします。

 とは言うものの、誰かから、「君は○○が向いているよ」と言われた所で、本人がそれに興味が無かったら、仕方がないですけど…

 でも、試しにやってみる価値はあると思います。
 昔、ミュージシャンを目指していた頃、周りの人から、
 「ミュージシャンよりも、占い師の方が向いているよ」
 と、よく言われましたが、その時はミュージシャンになる事に精一杯で、占い師という職業に興味を持てませんでした。

 今になってやっと、それが正しい事に気づきました。
   考えてみれば、明らかにミュージシャンは向いていなかった…

 あと僕は、講師という職業も案外向いているかも… と思い始めています。
 なぜなら、やっていてとても楽しいからです。

 みんなそれぞれ、得意な事をやればいいと思います。
 苦手な事をわざわざやっていても、うだつが上がらないし、それに楽しくないですから。
 P.F.ドラッガーは、次のように言っています。

 不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。自分の強みに集中すべきである。
 無能を並みの水準にするには、一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力が必要とする。
 (P.F.ドラッガー 著 「明日を支配するもの」 より)


 自分の得意分野は、そばにいる人が案外知っていたりしますし、占いなら例えば、ちゃんとした四柱推命でも、みていく事ができます。 「ちゃんとした」と断っているのは、ちゃんとしてないのもあるから(笑)


 さて、いよいよ明日は、四柱推命講座の第一回です。
 実は今朝、講座をやっている夢を見たんです…
 講座の時間が始まってしまったのに、机が全然並んでなくて、受講生の方に 「ちょっとだけ待って下さい」 とか言いながら、長机を運んでいる夢…

 冷や汗かいて、目が覚めました(笑)
 そんな事にならないように、準備万端にしますからね。

 今回の四柱推命講座~実践編~(全12回)の1回目の講座は、「真似してはいけない四柱推命一日講座」 です(笑)

 あんまり批判がましく言いたくないのですが、巷にはとても四柱推命と呼べないような安易なものが出回っています。
 この手の四柱推命の内容を、最初の一日で全て講義します。
 元命占い、十二運、空亡、神殺、納音…全部やります。
   こんなのたった1日あれば十分…

 僕の尊敬する占い師である、紫微斗数の権威の村野大衡先生は、この手の四柱推命の事を親しみをこめて、「おみくじ四柱推命」 と呼んだりしています(笑)
 とはいえ、「おみくじ四柱推命」 も、それなりには楽しめますし、さらっとやっておけば、2日目以降の本格的な四柱推命講座の基礎知識になりますから…

 という訳で、受講生の皆さんは最初の1日目の講座を受けただけで、巷の四柱推命鑑定師の実力を超える事ができます!
  イヤらしいから、宣伝はこれくらいにしておこ(笑)

 では早速これから、明日の講座の準備に取り掛かりま~す。


欲望は本当に際ぎわない…

 人間は、誰でも欲望というものがあります。食欲とか、財欲とか、性欲とか…
 僕はなぜか、あまり性欲がないみたいに思われたりするのですが、普通の男性並みには、あると思います(笑)

 それから、前に一緒に仕事をしていた人から、
 「浅野さんは、実は男の人が好きでしょ」
 と言われた事がありますが、それは、断じてな~い(笑)

 いや… 別にそういう趣味に偏見とかはないんですけど、僕はノーマルです。ハイ…

 という事で、今日は誤解をはらす為に、大人のエッチなブログにします(笑)
 でも、こういう内容を不真面目に語ると、本当にイヤらしくなってしまうので、真剣勝負でいきます。

 今は、すっかり落ち着いてしまいましたが、やっぱり若い頃は性欲ムラムラみたいな時期はありましたね。
 男性は基本、みんなそうだと思うんですけど…

 性欲にしろ、何にしろ、欲望ってどこまで求めてもキリがないです。
 お釈迦様も、「人間の欲望は、喉が渇いた人が塩水を飲み続けるようなものである」 とおっしゃっていたように、欲望を果てしなく追い求めれば、やがて身を滅ぼします。

 僕が以前お世話になっていた人の知り合いに、AV男優の仕事をしているという人が何人かいたそうです。
 毎日とか一日おきとかに、撮影の仕事があるらしいです。
 それで、そういう仕事をしている男性は、みんな精気がなくなって、宙を浮いているように、ボーっと道を歩いているそうです。

 ああいうお仕事をしていると、刺激というものに、だんだんと鈍感になっていくらしいです。
 少なくとも、決して羨(うらや)むような職業ではないみたいです。

 ずい分昔、大島渚監督の 「愛のコリーダ」 という映画を見ました。
 これは、フランス資本で作られた映画なんですけど、昭和の初めに起きた、阿部定の猟奇殺人事件を描いたものです。

 料亭に勤める定は、店の主人の吉蔵に心惹かれ、やがて情事を重ねるようになりますが、それが吉蔵の妻の知れる所となり、二人は駆け落ちします。
 そして、情事の快楽に溺れる内に、吉蔵を永遠に失いたくないと思った定は、性交中、吉蔵の首を絞めて殺し、彼の性器を包丁で切り取って、ずっと警察に捕まるまで大事に持っていたという事です。

 吉蔵役を演じる藤竜也さんの、定を見守る目が何とも優しくて、切ない映画です。

 それで、実際の阿部定本人の言葉が残されています。

 32歳になって、生涯たった一度の恋だったのです。愛情なんて、あれ以来全然ほうっているんです。私は今でも満足で、あんな事をしなけりゃよかった、なんて思ってないんです。
 それを、世間じゃただ肉欲だけでした、とみるんです。


 この言葉は考えさせられます。
 僕も決して、この事件は、阿部定の肉欲を満たしたいという欲望のなれの果て… とは思わないです。
 でも、やっぱり、この定の言葉を額面通りに受け入れる訳にはいきません。

 肉欲というものだけではないけれど、これは欲に変わりないです。
 吉蔵の愛をずっと自分一人のものにしたかった… という所有欲ですね。
 これは少なくとも、「究極の愛」 などと呼べるような代物ではないです。だって、愛は本来与えるものだから…

 この事件は、二人の心中的要素もあるので、定一人だけを責められないのですが、結局の所、欲望をとことんまで求めたあげくの悲劇だと思うんです。

 それにしても、こういう情事や性に関する事というのは、タブー視される事が多いです。
 扱い方を間違えれば偏見を生むし、時に、人を気づ付ける要素にもなりかねません。

 でも、不思議です。
 どんな動物だって種を繁栄させる為に、性の営みはあるし、植物の受粉だって、それと同じ事です。
 それは地球のあらゆる生命体の自然の摂理の一つで、本来、微笑ましくて美しいものです。
 ところが、こと人間の性を語ろうとすると、なぜだかイヤらしい事になってしまうし、軽蔑の対象にもなりかねない…

 何故こんなに人間の性がイヤらしいイメージになったかというと、個人的な欲望を果たす為だけの、はけ口になり下がったからだと思うんです。
 少なくとも、風俗産業とかアダルトビデオの類いは、そういう次元の欲望という要素しか持たない。しかも、それをお金で売買するという構図になるから、なおさらイヤらしさが倍増します。
 (ちなみに、映画 「愛のコリーダ」 は、官能シーンも多く含まれていますが、アダルトビデオとは全く別物です。官能シーンは、映画の主題の説明であって、それ自体が目的ではありませんから…)

 とはいえ、性というものに過剰に反応するのは、文明国の人達だけで、例えばアフリカの原住民の人達なんかは、もっとノーマルだと思います。

 性に対する、かたや微笑ましいもの…、かたやイヤらしいもの… という捉え方の天地の差…
 この違いは一体なんだろう… って考えると、大きな大自然と一体になっているというか、地球意識(仮にそういうものがあるとして…)につながっているかどうかだと思うんですね。
 そういう大きな意識につながっていれば、人間の性の営みは全くイヤらしい事ではないし、ご飯を食べるのと変わらない…

 多分、全ての間違いの元になっているのは、今の時代の風潮がみんな 「個人の権利」 とか 「個人の利益」 というものから入っていく事だと思います。
 個人主義から入れば、欲望でしかモノを考えられないし、欲望が際ぎわなくあふれ出てくるのも、また当然です。

 さっきの 「愛のコリーダ」 は、日本でもフランスでも当時大ヒットした映画ですが、あれほど極端ではないにしろ、現代でも男女の情で、もがき苦しんでいる人はたくさんいます。
 「失楽園」 という物語も、これと同じテーマです。

 ここに描かれる男女の関係が、決して肉欲を満たしたいだけというレベルの低いものだとは思いません。でも、欲には変わりないと思う。
 お花畑に咲いている綺麗な花を見て、手折って、もてあそぶような事を、男女がお互いにやっているだけだと思う。
 少し厳しい言い方ですが、相手が求めているから自分もそうなった… というのは、自分の欲望の言い訳に過ぎません。
 地球意識(?)と同化したら、絶対にこんな真似はしませんから。
 それが本物の愛だったら、心は相手にときめいていても、もっと自由でいられるはずです。

 大きな意識と同化したら、欲望と愛との区別がつくし、進むべき方向もわかってくる…
 そして、本当に巡り合うべき人の存在も、おのずと見えてくるはずです。


思い込みをなくすと、世の中の流れが見えてくる

 僕は昔から本当に流行にうとくて… まあ、それは今でも大して変わらないと思うんですけど(笑)
 でも、パリに行く前と違って最近は、今、時代はこんな方向性に向かっているのかな… みたいな事を、何となく感覚でつかめるようになりました。

 僕は 「絶対にこうだ」 みたいな頑固な価値観を持っていないし、どちらかというと欲もない方だと思うので(多分)、元々そういうものを感じやすいのだと思います。
 まあ、感じるというよりは、いろいろなものを通して、教えてもらっているような感覚です。

 それで、時代の流れみたいなものをつかむと、成功をつかむ為の手段としては、2種類思いつくんです。
 一つ目は、その時代の流れと一体となる方法、もう一つは、その時代の流れの闇につけこんで成功する方法です。

 一つ目の方法は、今の時代の動きから、天の意思みたいなものを察知して、それに同化する方法とでも言ったらいいのでしょうか。
 今の時代の流れはどっちに向かっていて、人類の全体意識は、何を求めているのか… というようなものを感じて、その為に動く…
 ちょっと宗教チックですけど、そういうのじゃないです(笑)
 多数の人の意見に迎合するというんでもない… その後ろにある、時代の意思を読みとるというか…
 これは単に 「自己実現したい」 というようなちっぽけな自分の器では難しいです。
 こういうものって、自分の欲求みたいなものを超えた時点で、初めてうっすらと見えてくるものだし…
 わかりにくいし、確信もつかめない。
 それに、全体の為にというスピリチャルが無ければ、その時代の意思と同化できないです。

 この説明を読んでも、「何のこっちゃ」 っていう人もいると思いますが、占い師をやっている人には、こういう進化したスピリチャルの人も結構多いです。

 で、もう一つの比較的わかりやすい邪悪な方法というのがあります。
 (これで成功しても、かかわる人を不幸にするし、結局やがて自分も不幸になるので、絶対にお勧めしません)

 これは、その時代の中にある人々の不安や低次元の欲望につけこんで、コントロールする方法です。

 その時代の人の不安を読みとって、それを煽って利用したり、社会のゆがみの中の人の欲望に目をつけ、思うがままに人を操ったりします。
 悪徳占い師や悪徳霊能者なんかの常套手段ですね。

 弱点を持っている人間はいとも簡単に騙されます。

 人を怖がらせる事を言って、言葉巧みに商品を売り付ける悪徳業者や、性を売り物にした少女買春だったり…

 でも、こんな事で一時的に大金を手に入れても、やがては破滅します。
 その行為は、明らかに本来の時代の意思と逆行していますから…

 時代は必ず、人が幸せになる方向に向かっているし、人の心が進化して行く方向に向かっています。
 だって、人間一人の例外なくそれを望んでいるのだから、当然の事です。

 その時代の鼓動を肌で時感じた時、人の心は安心と安らぎにきっと包まれるはずです。


柔軟性のある人が成功する

 世の中でヒット商品を出したり、成功をつかむには、その時代の流れを読めるかどうかという事が、重要な鍵になってきます。
 大ヒットメーカーの作詞家であった、故・阿久悠さんは、常日頃 「時代をよく見ろ」 という言葉を口にしていました。
 それで実際に、渋谷の街を歩いたりなんかして、その時代の風を肌で感じてみた…
 あの大ヒット曲を含む、5,000曲あまりの名曲が作られた背景には、そんな努力もあったのです。

 時代の流れを読むという事は、音楽分野に限らず、全ての分野において、成功のキーワードになります。
 とは言っても、渋谷の街をふらついたくらいの事で、時代の流れが読めるような阿久悠さんレベルの人は、そう滅多にはいないでしょう。

 そういう時代の流れを読むのというのが、得意な人もいれば、苦手な人もいます。
 ただ単に、今の流行の真似をしても、二番煎じになるだけですから、これって意外に難しいです。
 リサーチを綿密にして、頭でじっくり考える… というよりは、もっと感覚的につかむのだと思いますね…

 こういうのは、どういう人が得意かというと、柔軟性がある人です。
 あと、自分の中の欲望みたいなものに振り回されない人…

 頑固な人や自分のスタイルや価値観をなかなか変えようとしない人は、やっぱり時代を読むのも苦手です。

 世の中、全てのものが変わり続けます。形あるものは全てそうですし、ものの価値観だってそうです。
 それは歴史を見れば、一目瞭然です。

 明治維新の功労者である西郷隆盛や大久保利通を生み出した、薩摩藩の島津久光公は、文明開化で日本人がみんな、ちょんまげを切り落としていても、絶対にちょんまげをやめなかった人です。
 死ぬまで和装で、廃刀令が出ても帯刀していたんです。

 「武士がちょんまげをしないで、刀を差さないのはおかしい」 という今までの時代の価値観から抜けきれなかったんです。
   こんなだから、明治政府は久光の扱いに本当苦慮した…

 大事なのは、自分のスタイルを守り通す事ではなくて、みんなが幸せになる道を模索する事…
 それも、自分の主観でものを考えるのではなくて、時代と一体となって考える。

 その先にきっと答えが見つかるし、時代の流れを読んで、大きな成功をつかむ事だってできます。


Let it be

 まだまだ外は暑いですね。
 でも、何となく日が沈むのが早くなった気がします。
 僕はパリに行ってからというもの、本当に毎日幸せに満たされています。

 とはいっても、日々いろんな事があります。
 僕は元々小心者なので、昔だったらきっと、
 「なんでこんな事になっちゃったの?」
 って動揺しているんだろうな、と思う事も、時々あったりします。

 でも、今は不思議と心がブレないんですよ。

 目の前の事で、一見残念な事が起きても、今まで長いつき合いだった人との別れがあっても、きっとこの先、もっと良い事が起こる前ぶれなんだろう… って思えるんです。

 それは確信があるんですよ。
 なぜかというと、僕はこの先、仕事に関しても人生に関しても、手を抜くつもりも、不真面目な事をするつもりもないから…

 現に僕の周りには、本当に縁のある優しい人達が集まって来ている気がするんです。
 そしてこれからも、たくさんの出会いがあると思うし…

 目の前に起きた事柄は常に変化していくし、縁が離れてしまった人とは、この先また縁ができるかも知れないし、やっぱり離ればなれのままかも知れない…
 そんな事は、もう天にお任せする事にしました(笑)

 恋人でも友人でも、離れていく時って、本当どんなにあがいても、その流れに逆らえない事ってあります。
 どこで行き違ったのかな… とか、誤解があるのかも知れない… ってクヨクヨ考えてみても、やっぱりなるようにしかならないです。
 だから、Let it be(なるようになる) です。

 ビートルズのポール・マッカートニーが、あの曲Let it beを作った時、まさに、ポール自身の周囲の人間関係が激変しようとしていた時期でした。
 最初、ポールはそれを望んでいなかったから、とても不安だったはずです。
 あの曲には、ポールのいろんな思いが込められている気がします。

 目の前に起こっている事は、どんな風に見えても、全てはうまくいっています。
 自分の人生に手を抜くつもりがない限り…

 だから、Let it be
 信じて唱えた瞬間、人生が一瞬でバラ色に変わりますよ。



人間関係のしがらみの中で…

 人間関係のしがらみというのは、この世で生きている限りつきまとうものです。
 いくら面倒くさくて、うっとうしいと思っても、人生をある程度、有意義に生きていこうと思ったら、避けて通る事は出来ません。

 どこの組織に行っても、ボスのような存在の人がいたり、癒し系の人がいたり、我がままでやりづらい人がいたりと、いろいろあります。
 必ずしも、ボスの言いなりになる必要もなければ、我がままでやりづらい人に振り回される必要もないのですが、やっぱり、どんな相手とでも、うまく機転を使って立ち回っていける事は大切です。
 現実問題、人間関係がうまくいかないと、何をやっても遠回りになりますから…

 もちろん、今の人間関係のしがらみが辛くて辛くて仕方が無いというのであれば、いつまでも思い悩んでいるより、いっそ全ての環境を変えてしまって、新しくやり直した方がいいです。

 でも中には、何度も職場を変えたりして環境を変えても、結局、いつも同じようなパターンの人間関係のしがらみがついて回る、という人がいます。

 こういう場合は、自分に問題がある事がほとんどです。
 例え、この地球上のどこへ自分の居場所を移しても、その同じしがらみの悩みがついて回る事になります(笑)
 正確に言うと、その人の運命が、そのしがらみの奥にある本質的な問題から脱却させる為に、何度もリフレインさせているんですね。

 こんな風に人とうまくいかない時というのは、まず間違いなく、自分で気がつかない内に、自分の中の欠点やエゴが前面に出てしまっているものです。
 自分の中の欠点やエゴが前面に出ていると、人から嫌な思いをさせられる頻度が高くなります。

 だからまずは、うまくいかない原因を相手のせいにするのではなく、「自分に落ち度があるのかも知れない」 と考えてみる事です。
 もちろん、どう考え直しても相手が悪い事だってあるのですが、まずは自分の事を疑ってみる…

 とはいえ、自分の落ち度に気づいたとしても、それを簡単には直す事はできないかもしれません。

 そんな時は、自分なりに不器用でも誠意を持って、その人間関係の中でぶつかってみるしかないです。
 その際なるべく、何でも人にゆずる事を心掛ける事です。あえて、遠慮をする生き方をする…

 人間関係がうまくいかない人の共通点って、「自分が損をする生き方」 ができないんです。
 厳しい言い方をすると、自分が得をする事をまず最初に考えてしまうから、足元を見られるんです。

 「易経」 の中に 「損をして得を得る」(山沢損)という教えがあるんですけど、徳川家康みたいに、これを実践してみたらいいんです。(7/30ブログ 「堪忍を全うした偉人」 参照)
   そしたら最後は、天下取れますから(笑)

 米米クラブのカールスモーキー石井さんが、自著の中で、かつてのバンド仲間の事をこんな風に評価しています。

 結局、人とのつき合いって、言い方は悪いかもしれないけれど、取りいることだったり媚びることだと思うんです。そうじゃないとコミュニケーションできないわけだから。
 今、いちばん求められているのは 「人に取りっても嫌味じゃない」 という才能なんじゃないか、と僕は思いますね。
 その“嫌味じゃない”という性格にも何種類かあるんですよ。

 すごく真面目で、真面目すぎちゃって、その姿が嫌味じゃないやつ。米米クラブでは、リョージと得能と金子。
 こいつらは下手クソなんですよ、人とのつき合い方も何もかも。
 不器用で何をやるにも必死になるから、こんなに一生懸命やってるんだったらかなわないわって思っちゃうんですね。

(カールスモーキー石井 著 「アートの祭り」~臆病・躊躇・不完全~より抜粋)


 人間誰でも、切実に一生懸命ぶつかってくる相手には、絶対にかなわないです。
 だから、どんなにうっとうしくて面倒でも、何度も繰り返される同じパターンの人間関係のしがらみから、逃げ出さない事…

 今は例え闇の中でも、夜明けの来ない夜はないんです。
 その時期が来たら、自然に全てから解放されますから…

 自分が変われば相手も変わる…
 本当に変な人は、自然に目の前から去っていきます。

 これは経験しているから、よくわかる事なんですけどね…


飛び込んでみたら案外平気

 人の抱える悩みの多くは、人間関係の事だと言います。
 だいたい、人と人が同じ空間に居合わせたら、気まずいものです。
 そこから逃れるためには、次のどちらかしかないと思うんですよね。

 一つは相手に完全に無関心になる事…
 もう一つは相手の気持ちに意識を集中させる事…

 電車の中なんて、知らない人に囲まれていますけど、気まずいと感じる人はほとんどいないと思います。
 お互いに無関心でいられますから…
 これが、「前の席に座っている人から、自分はどう思われているだろう…」 なんて考え出したら、もう気まずいですよ(笑)

 でも、パリなんかだと、電車やバスに乗っていても、みんなが話しかけてきます。(3/5ブログ 「雨のパリと凱旋門」 参照)
 パリの人達って、相手の気持ちを思いやる事が、無意識の内にできてしまうのかも知れません。

 僕は、フランス語ができないものだから、だまっていて気を悪くされないかなって、いつも心配していました。
 でも、そんな事ないみたいでした。
 相手の気持ちを思いやる事ができる人って、誠意さえ持っていれば、よほどの失礼な事をされない限りは、腹を立てたりしないんですね。

 パリに行く前によく、
 「フランス人は、頑固で自己主張が強いから、つき合うのが大変だ」
 という話を、たくさんの人に聞かされました。
 それなりに覚悟して行ったのですが、全然平気でした。
  あと、パリはめちゃくちゃ寒いって聞いていたけど、案外暖かかった…

 初めての人を相手にした時、最初は不安ですけど、思いっきり相手の懐(ふところ)に飛び込んでいったらいいんです。
 みんな不安なのは同じなんだから…

 それで大事なのは、不安がっている人を見た時に、「あっ、コイツは不安がっているな… オレの方が上だ」 なんて事は絶対に思わない事ですね。
 そんな風に考える人は、すでに人間としてのデリカシーを失いかけてます。

 勇気を出してとびこんだ時、受け入れてくれる人が必ずいる…

 それはきっと貴方にとって、人生でかけがえのない出会いになるはずです。


人を思いやるデリカシー

 部屋を整理していたら、懐かしいものが出てきました。

グランズレメディ これは、「グランズレメディ(販売元 : ときわ商会)と言って、気になる靴の中のニオイを、靴を履いている間に除菌消臭してしまうというスグレものです。

 ただの消臭剤ではありませんよ!
 何度も使い続ける事によって、靴の中が衛生的になって、1日1回使用を続けて7日間程度たつと、完全抗菌されるので、その後何もしなくても、半年くらい効果が持続します。

 しかも、ニュージーランド生まれの天然成分でできていますから、人体に無害…
 まさに、グランズレメディは、魔法の粉…(笑)

 何でこんなに、この商品の事を知っているかというと、実は10年くらい前に、テレビでこの商品のコマーシャルをやらせて頂いたんです。
 QVCという、コマーシャル専門の放送局があって、そこでジャパネット高田さんみたいに、この商品をPRしました。
   昔はいろんな仕事やったなあ…

 懐かしいですね。
 千葉の幕張にあるQVCの放送局に行って、合計2回の生放送のコマーシャル撮影です。
 かなり緊張しました(笑)

 あの頃は、まるで人に対する気遣いができてなくて、今思えば本当に恥ずかしくなるような失敗を繰り返していました。
 でも、その時は、まるで気がつかなかった…

 そのコマーシャルというのは、聞き手の女性と対談で、ジャパネット高田さん役の僕が、この 「グランズレメディ」 の素晴らしい所の説明をするんです。
 なるべく盛り上がって面白くやった方が、番組の視聴率も上がるし、購買数も増える…
 QVCに商品購入の電話が掛かってくるので、お客様の反応もすぐに分かります。

 何度かリハーサルをして、いよいよ本番…
 話の筋書きとしては、聞き手役の女性の靴をお借りして、実際にグランズレメディをふりかける様子を見せて、商品説明をします。

 俳優のレッスンをしていた時(5/28ブログ 「イメージした自分が現実になる」 参照)、テレビというのは、オーバーリアクションで、ちょうどいいと教わっていたので、いきなりハイテンションで行きました。

 「みなさん、こんばんは。足のニオイって気になりますよね~
 今日は、気になる靴の中のニオイを消してしまう魔法の粉 『グランズレメディ』 をご紹介します!」

 それで、聞き手の方の女性に靴を脱いでもらうんですね。

 「うわあ~ これはクサ~い…(ゴホッゴホッ)
 でも大丈夫です~ こうやって、グランズレメディをふりかければ…」

 まあ、それなりに番組は盛り上がったと思うのですが…
 聞き手の女性、複雑な表情していましたね…

 あの頃の僕は、本当にデリカシーが無かったです。
 今思うと、赤面するほど恥ずかしいです。

 人間というのは、知らず知らずに相手の顔をつぶしてしまうような事や、人に切ない思いをさせてしまう事をやっているものです。
 それで案外、自分では気づけなかったりします。
 人によって価値観が違うから、自分だったらこれくらいは平気だ… というのは何の参考にもなりません。

 相手から言われれば、気づくんでしょうけど、普通はみんな言いませんから…

 こういうデリカシーは人に対する思いやりですし、自分でしっかりと気をつけるしかないです。
 僕も本当に反省しています。

 人間というのは、臆病くらいの気持ちで丁度いいと思う。
 最近、僕の周りには、僕の為を思って、いろんな良い作戦を考えてくれる軍師がいます。
 僕には到底思いつかないような、本当に合理的な戦略を教わったりするのですが、それをやったら、誰か切ない思いをするかな… と思ったら躊躇するし、やっぱりその方法は用いません。
 それは結局、最終的には自分の人望を失う事になると思うし…

 人って、目の前の事に焦り出すと、周りが見えなくなるから怖いです。
 焦らなくても、まっとうに仕事をやっていれば、いつかはみんな分かってくれると思うんですよね。


ちっぽけな目先の事に満足しない

 僕も今でこそ、お金はしっかりと計画的に使うようになりましたけど、昔は本当にお金に無頓着だったんです。

 だから、いくら収入があっても、お金が貯まりませんでした。
 別に、夜の街を徘徊するみたいな事はしていないんですけど…(笑)

 いつも、欲しいものを見つけると、考えないですぐに買ってしまう所がありました。
 例えば、占いの本とか…
 書店の占いコーナーに置いてあるような本はそうでもないんですけど、占いの専門書って高いんです。特に四柱推命関係のは…
 一冊で2万円する…なんて本は珍しくありません。もっと高いものだってあります。
 こんな本が、僕の本棚にギッシリあります。

 買ってみて、確かに中には値段以上の価値を感じた本もありましたが、高いお金を払った割には、読んでみると大した内容ではなかったという本もありました。
 それでも本の場合は、自分の仕事の投資ですから、そんなに無駄でもありません。
 でも、一事が万事で、買い物はいつも全部こんな感じです。

 珍しいタロットカードを見ると、すぐ買っちゃったりとか…
 あと、お店にトトロのぬいぐるみが飾ってあって、それを見ていたら無性にそれが欲しくなってしまって…
 値段も確かめずに、それをレジに持っていったら、1万2千円でした(笑)   ぬいぐるみって、意外に高い…

 あの頃はいつも、毎日の食事は外食でした。
 すき屋の一食900円の鉄火丼特盛定食なんかを、食事の度に注文していたんです。
 ちりも積もれば山となる…
 今までに使った毎日の外食代を計算したら、相当な額になっています。

 こんな事やっていれば、そりゃ当然お金貯まらないですよね…

 何であの頃、あんな風だったんだろうって、反省してみると、人生の目的が何となく曖昧だったんです。
 いつも、目先の欲しい物や快楽に振り回されていました。

 今、あの頃を振り返れば、僕は 「自己実現したい」 とか、「大成したい」 とか言っていた割には、ずい分と甘ちゃんでしたね。
  アマアマのオレだったぜ、ベイビー…

 人生の目的が曖昧な時というのは、お金だけに限らず、時間というものまで大切にできません。
 50円100円のお金に無頓着な人は、30分1時間というコマ切れの時間にも無頓着です。
 お金を無駄使いするのと同じように、目先の事や、ちっぽけな快楽なんかに心を奪われて、時間も無駄使いしまうんです。

 もちろんたまには、時間をゆったりと過ごして気持ちに余裕を持つ事は、悪い事ではありません。
 でも、大きな幸せをつかみたかったら、若い内からいつもいつもそれではいけません。

 朝の惰眠の気持ち良さみたいな、ちっぽけな快楽に心を満足させるんじゃなくて、もっともっと大きな幸せをイメージするんです。
 素敵な人と一緒に食べる朝御飯とか…

 そしたら、パッと目が覚めて、台所に立っている自分がいるかも知れません。
 そして現実は、その延長線上に必ず動き出します。


買い物上手

 僕の仕事の気分転換は、近所のイトーヨーカドーに行って、食事の買い出しをする事です。
 僕も今では、ほぼ毎日ちゃんと自炊しています。
 パリに行く前までは、毎日食事は、全て外食でしたけど…
 だから、お金は本当にかかるし、栄養バランスも偏っていましたね。 …反省

 僕がイトーヨーカドーで必ず買うお気に入りはコレ↓
サラダ

 野菜がぎっしりと入って、これで一袋たった100円なんですよ。
 これなら、包丁で千切りとかもしなくていいし、楽です。
   包丁 うまく扱えない…

 これにドレッシングをかけて食べれば、美味しいし栄養バランスも取れます。
 いいもの販売してくれて、ありがとう イトーヨーカドーさん(笑)

 買い物をする時は、ちゃんと値札を見て買っていますよ。
 イトーヨーカドーで売っているものは、全部安いのかというと、そうでもないんです。
 もし本当に、全部の商品がお得なお値段で販売していたら、とっくにお店がつぶれてますから(笑)

 中には、案外割高なものもあります。この値段なら、吉野家で豚丼を食べに行った方がよっぽど経済的だというような…

 そんな50円とか100円の値段の差を気にしていたら、みみっちくなると思われる人もいらっしゃるかも知れませんが、実はこういう事が侮れないんですよ。

 お金持ちの人って、こういう所は絶対にシビアです。
 偉大な実業家である渋沢栄一の言葉に、
 「金持ちがケチだというのは、金の貯まらない者の言う言葉だ」
 というのがありますが、まさにその通りなんです。

 買い物をする時に、値札を見ずに次々に買い物かごに放り込んじゃう人って、一事が万事で全てそういう傾向なんです。
 昔、僕もそうだったから、身にしみてわかるんですけど…

 もちろん、だからと言って、なるべく物を買わないようにするのがいいと言っている訳ではありません。
 例えば、どう考えても割高な惣菜のスパゲティーサラダを手に取りつつも、「どうしても今日はこれが食べたい気分なんだ」 って思って買うんだったら、構わないんです。
 要は、何も考えずに何となく買うのがまずいんです。

 その時は50円、100円の問題かも知れませんけど、こういう脇の甘さは、全ての物事に反映されますから…
 結局こういう人は、絶対にお金が貯まりません。

 「お金なんて使う為にあるのであって、そんなケチでスケールの小さい人生なんて嫌だ」 と思う人がいるかも知れませんが、実は逆なんですね。
 スケールの大きい人生を歩む為にも、これはとっても大事な事だったりします(笑)
 人生の本当の大きな目的を見失わない為にも…

 お金というものはしっかりと貯めて、本当に必要とする所には惜しみなく使う。
 こうする事で、人生がますます有意義になっていくはずです。


冒険は人を強くする

 時々、パリにいた時の事を懐かしく思い出します。
 パリに滞在していたのは、結果的には、たった3週間なんですけど、本当、いろんな事がありました。

 あの時、一時的に財布の中に20ユーロ(=1,960円)しかなかった状態の事もあったんですよ。
    エテイヤの本を買ったら、そうなった…

 よく暮らしていたと思いますね(笑)
 クレジットカードも一応は持っていたんですけど、初めて作った事もあって、いくらまで引き落とせるのか、まるで見当もつかなかったし…

 こんな金欠な状態で、どうやってパリの市街地を動き回っていたかというですね…
 僕は、通訳兼プロデューサーのステファンさんの勧めで、パリに着いた当日、パリ市内の交通機関乗り放題の定期券を購入したんです。

TRANSPORT.png これです(笑)→

 これがあれば、パリ市街の全ての地下鉄、バス、市電(RERを除く)を、自由に乗り降りできるんです。
 いちいち切符を買う必要もないから、とても便利です。

 という事は、買い物さえしなければ、一切お金を使わずに取材も観光もできるという訳です。

 例えばノートルダム寺院とか、入場料なしで入れるような場所って、結構パリにはいっぱいあるんですよ。

 では、食事はどうしていたかというと、アパルトマンで自炊していました。
 なんてったって、日本で買ったお米をスーツケースに入れて、パリに持って行きましたから(笑)  えらく高くついた…
(5/14ブログ 「固定観念を打ち破れば、運が開く」 参照)

 当然、食事のおかずはパリのスーパーマーケットに買いに出かけるのですが、財布の全財産が20ユーロな訳ですから、買い物も慎重です。
 1ユーロ(=98円)の値段の差が、もう死活問題というか(笑)

 本当にいつも真剣に倹約を考えていました。

 でも、結構そんなのが楽しかったんです。
 何でだろ… 根拠はないんですけど、「絶対何とかなるさ」 って思っている自分がいたりしたんです。
 それを笑いながら、ステファンさんに話したら、

 「アサノさん、それ大変だよ~ これ、僕の気持ち… 取っておいて」
 って、カンパしてくださいました。
 ステファンさんの奥様からは、ご自宅にお食事に来るように誘って頂いたり…

 本当、人の人情みたいなものが骨身にしみました。
 ああいう体験って、あの時あの場所でしかできなかったと思う。

 最初、パリにどれだけ滞在するかも、はっきりとは決まってなかったんです。
 成果が上がった時に、日本に帰ろうって思っていましたから…

 お金を稼がなくては生活できないから、パリで日本人のお客様を、喫茶店とかで鑑定させて頂いたり、スカイプ電話を使って、日本のお客様を電話鑑定させて頂いたりしました。

 それで多少のお金は増えましたが、このお金は絶対に無駄に使っちゃいけないって思いましたね。

 その後、予想外な展開になって、日本に帰国した訳ですけど、あのパリにいた3週間で、僕は本当に一回りも二回りも大きくなる事ができました。

 冒険は人を強くしてくれます。
 今でもパリの事を思い出すと、目頭がじんと熱くなります(笑)

 多少無茶したっていいんです。
 人生の可能性を確かめる為に、思いっきり体当たりでぶつかってみる冒険をした時、未来の扉というのは、意外とたやすく開かれるものかも知れませんよ。


心の幸せは現実的な幸せとは比例しない

 世の中には、生まれた時からお金持ちで、一生食うに困らないという人もいれば、毎日貧乏にあえぎながら暮らしているという人もいます。
 いつも異性にモテまくっているという人もいれば、逆にいつも恋愛ではさみしい思いをしているという人もいます。

 それで、お金にも、恋愛にも、家庭にも恵まれて、何一つ不自由がないという人が、本当に幸せを感じているかといえば、これが必ずしもとは言えないみたいです(笑)
 恵まれていない人から見れば、
 「えっ、どうして?」 という事になると思うんですけど…

 普通の人から見たら、うらやまれるような幸せな生活を送っているのに、何か心は晴れなくて、モヤモヤしている状態…
 でも、そんな事を苦労している人に言ったら、「ふざけるな」 って事になるから、人にも愚痴をこぼせない…
 案外そんなもんです。
 こういう状態の時というのは、いろいろな不安に取りつかれたり、とてもくだらない事がすごく気になったりするものです。
 普通だったら、どっちでもいいような事が、すんなりと流せない状態…

 生活は満たされていて、恵まれているのにもかかわらず辛い…
 心がど~んと重くて、やる気が起こらない。

 反面、借金をたくさん抱えていて、恋愛もしたいけど、その暇さえもないというような人は、確かに現実面ではまるで満たされていませんが、案外心には迷いがなくて、活力にみなぎっていたりします。
 だいたい、不安になったり、悩んでいたりする時間がないですから…
 「一生懸命働いて、借金を返済していく事で、その額がだんだん減っていくのが楽しいよ」 なんて言っていたりします。

 つまり、心の幸せは現実的な幸せとは比例しない…

 現実的には満たされているのに、心が満たされていない人のパターンとして、そこから逃れる為に、より刺激を求める人が多いですね。
 心を満たすために風俗やギャンブルに入り浸ったり、家庭を持っている人は、別の異性との火遊びに走ったり…
 これだと結果的に、せっかくの現実的な幸せも崩壊させる事が多いです。

 また、中にはその状況がどんどん悪化して、本当に心の病になる人もいます。
 部屋に引きこもって、ネットゲームにハマったまま抜けられなくなったり、人によっては、ひたすら食べる事に夢中になったり、逆に何も食べようとしなくなったり…

 なんでこんな風になっちゃうかというと、ある一つの重要な事を忘れてしまっているからだと思います。
 これは、僕自身も、こういう心の苦しみを体感した事があるから言える事なんですけど…

 こういう時って、どんなに現実的に見た目の人間関係はできていても、心の中は他者とのつながりが切れていて、自分一人だけ取り残されてしまっているものです。
 僕も昔、こういうモヤモヤした得体の知れない贅沢な悩みがひどくなって、強迫神経症にかかった事がありました。
 (4/18ブログ 「背負うべきものが人を強くする」 参照)

 強迫神経症にかかるのは、決まって真面目なタイプの人が多いのですが、あれ、本当に苦しいんです。
 僕は自力で克服したのですが、その時に、こんな風に考えたんです。
 「くだらない事なのに何でこんなに苦しいんだ…、でも、こういう苦しみを味わっている人がいるんだな。早くこんなの克服して、同じ苦しみを味わっている人を助けてあげなくちゃ…」
 こう考えた時、心がふっと軽くなった事を覚えています。

 人間というのは、欲を追い求め出したらキリがありません。
 その延長線上に、満足できる所なんて絶対にありませんから…   本当、底なしですね(笑)

 どうやら人間というのは、他者に喜びや幸せを与えた時に、自分も幸せになれるようにできているようです。
 だから、自分の悩みは取りあえずそこに置いておいて、人に何かを与える事を考えてみたらいいんです。

 人の幸せや喜びを心から願う事ができた時、天から光のシャワーがふりそそいで、全ての悩みから解放されますよ。


全ての出会いには縁がある

 僕の直接鑑定は、今住んでいる松戸市の八柱にあるスパゲティー屋さんで、させて頂く事が多いです。
  すっかり店員さんに、顔覚えられてしまった…

 ここ、スパゲティー屋さんなんですけど、喫茶店としても使えるし、何よりあんまり混んでないのがいいです(笑)
 他にも都内のファミレスに出向いたり、講座会場の 「悠庵」 のお店で鑑定させて頂いたり、場合によってはご自宅に呼ばれるという事もあったりします。

 それで、本当に遠くから、わざわざ千葉までお越しになって下さるお客様も多いんですよ。
 「電話鑑定もやってますよ」 とお伝えしても、「いや、直接そちらまで行きます」 って言われると、すごく嬉しいんですけど、プレッシャーも感じますね。

 でも、僕はある程度のプレッシャーは、そんなに悪い事ではないと思う。
 よく、鑑定を始めたばかりの方から、
 「鑑定の時、緊張してしまって、どうしたらいいかわからないんです」
 という声を聞いたりしますが、緊張するのは真剣にやっている証拠だから、そのまま数をこなしていったらいいです。

 やっている内に、自然とお客様に愛情を向けられる余裕も出てきますから、経験の中でその感覚を覚えていったらいいです。

 一番まずいのは、鑑定がだんだん小慣れてきて、まるで作業をしているような気持ちで鑑定している事だと思う。
 占い師が、工場のベルトコンベアーで流れ作業をやっているような気持ちで鑑定をするようになったら、僕はもうその占い師は終わりだと思っているんです。

 目の前の一人一人のお客様はみんな違うし、その立ち位置に行かなければ、正しい鑑定は絶対にできないですから…

 じゃあ、占い師がプレッシャーに押しつぶされないようにするには、どうしたら良いかというと、僕は、そのお客様の気持ちを共に感じられるように心掛けています。

 う~んと遠くから、はるばる千葉までお越しになるお客様をこれから鑑定するという時は、僕も、新幹線と電車を乗り継いで、長い時間ゆらゆら揺られている気持ちをイメージするんです。
 そうしている内にお客様の気持ちを感じられたりして、余分なプレッシャーから解放されて、鑑定で伝えるべき事も自然と口から出てきたりします。

 僕は最近、自分が鑑定させていただくお客様も、講座に集まって下さる受講生の方も、何か縁がある人ばかりが集まっているような気がしてならないんですよ。

 僕の知人は、「オレと女房とは、どう考えても縁で結ばれていたとしか思えない」 と言ってましたけど、結婚相手はもちろんですが、ある程度人生に大きな影響力を持つ全ての出会いには、絶対にそういうものがあると思う。

 人の縁って、ある程度決まっていて、出会うべくして出会っている気がします。
 だから、肩の力を抜いて、でも真剣に、一つ一つの出会いを大切にしていきたいと思います。


心が乾いているからこそ

 よく、「人の人生はプラスマイナス0(ゼロ)で、みんな平等だよ」 なんていう言葉を良く耳にします。

 どこかの誰かが言い出した… というよりは、ある程度生きてきた人が、みな同じように感じる人生の共通の感想なのかも知れません。

 生まれながらに大金持ちで、ずっと死ぬまで金持ちだという人もいるのだから、これは全ての人に当てはまらないんじゃないかと、思われるかもしれませんが、この言葉は 「本人にとっての幸せ」 という観点の意味ですね。

 それで、僕の場合はどうかというと、やっぱり当てはまる気がします。

 今日メールボックスを開いて見たら、とても心のこもった励ましのお便りを見つけました。
 それを読んでいたら、本当に嬉しくて、いっぺんに疲れが吹っ飛んでしまいました。
 幸せな気持ちに満たされながら外出をして、横断歩道の信号の前に立つと、パッと信号が青になる…
 駅に行って電車に乗ろうとしたら、目的の電車がピッタリそこに来るし…
 これは神様のご褒美なのかな って感じたりして…
 
 何で、たかだか横断歩道の信号が青になったくらいの事で、こんなに嬉しいかというと、やっぱり心が乾いていたからじゃないかという気がします。

 人生嬉しい事があれば心が潤うし、がっかりする事があれば心は乾く…
 僕は最近、圧倒的に嬉しい事の方が多いのですが、それでも生れてからずっと昔を振り返れば、不幸な時期の方が長かったんです。
 きっと、その間に心がカラカラに乾いていたんだと思う。

 だから、ほんの些細な何気ない事でも感謝できるんだと思うし、心が乾いていたからこそ、優しい人の心に触れると、嬉しくて幸せに満たされるんだと思う。

 こうやって幸せに満たされていると、その人の魅力も最大限発揮されて、それに引き寄せられるように次々に幸せがやってくるし、ちょっとした嫌な事なんて、はじき飛ばしてしまえます。


 でもまあ、これで毎日毎日幸せに満たされた日々が、うんと長く続くと、きっと鈍感になると思いますよ。
 信号がタイミングよく青になったくらいの事じゃ喜べなくなるだろうし、人の優しい心に触れたって、無感動になってしまうかも知れない…

 のどが渇いていないのに、飲み物をすすめられても、あんまり嬉しくないのと同じですね。
 だから、渇きって大事だと思う。
 そういう意味では、辛い事や悲しい事やがっかりする事が、人生を豊かにしてくれるんだと思いますね。
 完全に満たされてしまったら、多分、何もやる気が出なくなってしまう気がする…

 僕がこうやって毎日ブログを書き続けたり、日々の生活がハードでも平気でいられるのは、冷静に考えると、やっぱりどこか満たされなくて乾いている部分があるからだと思うんですよ。

 それで、最初の話に戻るんですけど、だからこそやっぱり、人生ってプラスマイナス0なんだろうな… って思うんです。
 だから、今までの人生、本当にマイナスばっかりだったなあ… と思える人は幸せですね。
 だって、もうプラスしか来ようがないんだから(笑)

 まあそうは言っても、プラスとかマイナスとかに分けるのって、この世的な発想で、本当は全部ひっくるめて 「学び」 というプラスだけなのかも知れない。
 だから、もう人生は何も恐れる必要なんてなくて…

 心が乾いているからこそ、人生は楽しいから…
 心の渇きとともに、どこまでも精一杯、前に進んでいけたら本望です。


当たり前の事は当たり前ではない

 パソコンを使って、いつものように仕事をしていたら、ウィルスソフトが自動更新されて、「更新を有効にする為に再起動して下さい」 というメッセージが出ました。

 僕のパソコンのウィルスソフト、たまにこういう風にパソコンの再起動をさせなければいけなくなるんです。
 別に迷うことなく 「再起動する」 のボタンを、ポチッと…

 それで、再起動されたら、何故かそれっきり、ネットがつながらなくなってしまったんです。   えーーっ、どうしてぇ~(涙)

 いろいろとシステムをいじくっても、やっぱり良くわからないし(笑)
 早速、そのウィルスソフトの会社に電話して、解決策をあおぎました。

 「右上のタブをクリックして下さい。場面は何て表示されていますか?」
 「はい。無効と表示されてます」
 「それでは、コントロールパネルから…」
 みたいなやりとりを30分くらいして、結局そのウイルスソフトを一度アンインストールして、もう一度再インストールしました。

 そんなこんなで3時間ぐらい掛けて、やっとインターネット復活!
 ホッとしました。

 たまたま、ウィルスソフト会社の電話対応時間内だったから良かったようなものの、もしこの時間(PM11:00)にそんな事になっていたら、どうにもなりませんでした…
 こうして、ネットがつながらなくなって初めて、毎日ネットがつながっているという有難みを感じました。

 当たり前の事のように感じていた事が、当たり前ではなくて、本当はとても感謝しなければいけない事だったりして…

 例えば、日々健康に過ごせている事でもそうです。
 病気になってみたら、その有難みがわかるというか…
 でも、それでは手遅れです。
 だから、健康な内に食生活や生活習慣なんかも気をつけるべきだと思う。

 今、僕は、体も健康だし、しかもインターネットだってつながっている(笑)
 こんなに恵まれているのに、やっぱり無駄な生き方はできないな… と思いました。

 せっかくこの世に生を受けて、今なら何だってできる。
 縁のある人に、何かを伝えていく事だってできるし、自分なりのやり方でこの世に貢献する事もできるというチャンスを頂いているんだから…

 自分の弱さからくる、ひがみや嫉妬なんかにやられて、無駄な時間を過ごす訳にはいかないですね。

 ネットもつながったし、まだまだこれからです。
 負けませんよ~っ!


本当の優しさ

 外はまだまだ暑いですね。
 少し外出しただけで、汗ビッショリになってしまいました。
 こう暑いと、人間の覇気みたいなものまで奪われていきますね。
 アフリカとか東南アジアとかの赤道直下は、こんな風に一年中暑い日が続く事を考えると、確かにこういう地域では先進国ほどの大発展は望みにくいかも知れません。

 経済大国と呼ばれる国々の多くは、だいたい北半球に点在していますが、例えば南半球にあるアルゼンチンという国は、20世紀半ばまではすごい経済大国だったんです。
 今でこそ、サッカーの国みたいなイメージになっちゃってますが…
 国民一人あたりのGDPが、なんと世界第4位だった頃もありました。 フランスやドイツよりも高かった…

 ところがある時から、どんどん経済が悪化してインフレが続き、ついには経済破綻しちゃったんです。
 2000年前後は最もひどくて、預金は封鎖され、商店は打ち壊されて略奪が頻繁に起こるような国になってしまいました。
 泥棒は日常茶飯事で、家の電話線まで盗まれたそうです。
   電話線の銅は多少のお金になる…

 今は、個人消費の拡大でかなり復活してきてはいるものの、それでも全盛期のアルゼンチンには程遠いです。

 一体、アルゼンチンの経済を崩壊させた原因は何かというと、第二次世界大戦後のペロン政権の大衆迎合的な政策にあると言われています。
 福祉の為にという事で、税金を底なしにどんどんつぎ込み続けたら、お金がなくなってしまった…
 自国の工業を発展させようとして行った保護政策も失敗して、労働組合の力が強くなり、投資がしづらくなった投資家が、みんな国外に出ていってしまった…
 そして、最大3,000%のハイパーインフレになって、物価は前年度の20倍に… つまり、たった1年で1万円が200円の価値しか無くなっちゃったんです。

 みんな、国民の為を思った優しいはずの政治の政策が、結局、経済を破綻させてしまった…

 一体、本当の優しさって何だろう… と考えさせられます。

 人間は、いたれり尽くせりされる事で、弱くなってしまう事があります。
 よく、子供に手取り足取り世話をやく親がいますが、本当にそれがいいかどうかは謎です。
 いつの日か、親は子供よりも先にあの世に行ってしまうんですから、自分がいなくなったら、その子はどうなるのかという事まで考えなければいけません。
 本当に子供の為を思っているのなら、遠くから見て見ぬふりをするのが愛情という事もあります。
 これは放っておけない…という時には、もちろん助けに行くんですけど、その見極めが大切です。

 本当の優しさって難しいです。
 自分は本当にその人の為を思って優しくしているのか、それとも、ただその人に好かれたいだけで優しくしているのか…
 いつも自問自答する必要が、あるかも知れません。

 今日、電車に乗っていたら、大急ぎで閉まりかけたドアを目掛けて走ってきたのに、結局入れてもらえなかった女性がいたんです。
 普段の僕なら、「可哀そうにな、乗せてあげればいいのに…」 って感じるんだろうけど、今日は 「そういうのは、本当の優しさとはいえない」 と思う自分がいました。

 もっともっと強くなって、本当の優しさを人に与え続けていこう…
 心に、そう強く誓いました。


つながりの重要性

 いよいよお盆も大詰めです。
 ニュースを見ていると、李大統領の暴走が…
 一体、どうしちゃったというのでしょう。前から、あんな変じゃなかったと思うのですが…
 北朝鮮問題も抱える中、仮にも一国の大統領なんだから、韓国の心ある人達が誤解されない為にも、軽率な言動はひかえるべきですね。

 さて、僕は今年のお盆は、結局帰省しませんでした。
 それでも、実家の父親には定期的に電話をしています。
 自分の今の状況を報告しておくついでに、安否確認もかねて…   倒れていたら、困りますし(笑)

 会社組織なんかで生きていくには、こういう報告とか連絡は欠かす事ができません。
 報告・連絡・相談の頭文字を取って、「ホウレンソウ」 と言うんですね。
 これができない人は、組織で働くには向きません。
 職場の上司というのは、部下の仕事状況を把握できていないといけませんし、仲間同士お互いの意思の疎通ができていないと、組織というものはうまく行きませんから…

 では、会社勤めをしていなければ、こういうものは必要ないかというと、そうでもないんですね。
 例えば、結婚生活でも、お互い最低限の意思の疎通は必要です。
 これができなければ、離婚の原因にもなるし、事実それが原因で別れたという夫婦もいます。

 妻 : 「あなた、毎晩遅くまでどこに行っているの?」
 夫 : 「いや… まあ… 男にはいろいろと事情があってさ…」
 そしてある時、サラ金会社から、何に使ったかわからないお金の支払いの催促状が届く…

 極端な例ですけど、これ、もう離婚へ一直線でしょう(笑)

 本当の事を言うと、僕も、こういう報告とか連絡とか、元々マメではありませんでした。
 基本、一人で突っ走って行くタイプですから…
 だから、こういう事、面倒くさいと思っていました。
    確かに会社勤めには向かない…

 でも逆に、今になって、別の意味でこういったつながりを持つ事の大切さを感じています。

 人ひとりができる事には、限界があります。
 そんな中で、こういうつながりを大切にする事によって、思わぬ援助やアドバイスを受ける事ができる…
 そして何より、自分一人じゃないんだ、という安心感が生まれるし、孤独からも解放されてパワーがわいてくるんです。

 こういう 「ホウレンソウ」 の相手は、生きている人間だけと決めつける必要はありません。
 人の心というのは、いろんなものとつながれますから…

 だから、お盆でお墓参りに行くというのも、立派な 「ホウレンソウ」 です。
 まあ、一方的にこっちが伝えるだけになってしまうかもしれませんけど(笑)

 それでもある時、ふっといい発想がわいてきたり、知恵がわいてきたり… といった事があります。
 そんな時、「オレって天才だ」 なんて思うと、そのつながりがスッと消えていくんですね。

 変な人だと思われそうなので、あまり人に話したくないんですけど…
 僕はこういう時、心の中で、「ありがとうございます」 って言っているんです。
 もちろん、インスピレーションをくれた相手なんて、誰だかさっぱり分かりませんけど、少なくとも自分一人の力だとは思えないし…
 そうすると、不思議とずっとこういう事が続きますね。

 いろんなものにつながっている事に感謝して、その大切さに気づいた時、貴方の元にきっと、かけがいのない素敵なプレゼントが届きますよ。


長い血脈の中で

 少し涼しくなったとはいえ、まだまだ暑い日が続きます。皆様、いかがお過ごしでしょうか。
 お盆休みだから、実家に帰省されている方も多いと思います。
 日頃のたまった疲れをいやす為にも、たまにはゆっくりと休みを取られて下さい。

 今回僕は、帰省するのはあきらめて、ずっと千葉にいる事にしました。
 お墓参りもしたい所ではあるのですが、春に一度行ってますしね…  (4/11ブログ 「墓参帰省」 参照)
 それに、仕事も山ほど溜まってますし(笑)
 ご先祖様、ごめんなさい。 直接お墓には行けないけど、遠くからお参りします…

 お盆というのは、明治時代にグレゴリオ暦が導入されるとともに、地方によって時期が3つに別れてしまったのですが、8月の暑さのピークが過ぎた頃に行なう(旧盆と呼ばれる)事が、全国的に多いです。

 子供の頃、お盆はよく父親の実家に連れて行ってもらったものでした。
 おだやかで、のんびりした時間でした。

 当然と言えば当然なんですけど、なんとなく親戚って雰囲気が似てるんですよね。
 不思議な事に、年を取るとみんな仕草やしゃべり方なんかが、親そっくりになったりします。
 特に女性というのは、その傾向が強いような気がします…

 昔、結婚に苦い経験をされた事がある方が、こんな事を言っていました。
 「これから結婚をしようとする男性諸君、君が結婚するのは、目の前のその人ではありません。その人のお母さんと結婚するんです(笑)」
 これは、どういう意味かと言いますと、相手の女性のお母さんを見れば、やがてその女性が年を取った時、どんな風になっているかがわかるという事です。

 う~む、名言ですね、これは…
  男性のみなさん、参考にして下さい(笑)

 人の一生はたかだか百年で、自分一人で生きているように思えますが、本当は長い長い血脈の中で生きている。

 そう考えると、好き勝手で自己本位な一生で終わる訳にはいかないし、本当にやるべき事が、おぼろげに見えてくるような気がします。


挑戦する事に意義がある

 オリンピックも、ついに終わってしまいましたね。今回もたくさんのドラマがありました。
 最後にレスリングの米満選手が頑張って、日本が獲得したメダルは、金7、銀14、銅17となり、総数は今までの過去最高の38個になりました。
 選手の皆様、本当にお疲れさまでした。

 オリンピックの歴史を紐解けば、1896年ギリシャの首都アテネで開催されたのが始まりだそうです。元々は、古代ギリシャで紀元前9世紀ごろから開かれていたというオリンピア祭典競技がきっかけでした。
 4年に一度となった経緯は諸説ありますが、当時使われていた太陰暦のからみだとか言われています。

 オリンピックにしても、元をただせば、人間が作り出したイベントである事は間違いありません。
 でも、それに参加する事は、非常に価値がある事ですし、それは天性の才能と並々ならぬ努力が合わさった結果といえましょう。

 スポーツに限らず、あらゆるジャンルのものは、その登竜門として○○大会とか、○○コンテストとかいったものがあります。
 全国的なものもあれば、地方の自治会や企業の主催するような小規模なものまであります。
 そのオーディションや大会に挑戦して、自分の実力を試してみる事は非常に意義がある事だと思います。
 まれに企業が金儲けの手段として行うオーディションの類いもあるので注意が必要ですが(特に芸能関係のものに多いです。後で高額な金額の契約をあっせんされたりします)一般的なものは大丈夫です。

 それがきっかけとなって、自分の実力を高めていけますし、参加してみる事で、自分の今の実力を客観的に判断する事ができます。
 「勲章や人の評価の為に頑張るなんてみにくい」 と考える人もいるかも知れませんが、そんなに堅く考える必要はないし、その結果として自分の自己満足にしかなっていなかったら意味がありません。

 話は変わりますが、僕、小学生の頃、将棋が大好きだったんです。
 小さい頃から父親と将棋を指していて、小学校で友達と将棋をやっても誰も僕に勝てる子はいなかったですね。二つ学年が上の上級生にも勝ったくらいですから…
 日曜の朝、教育テレビでやっている 「将棋講座」 みたいなのを見ていた事もあるし、向かうところ敵なしという状態でした。
 だから、将来は将棋の棋士として生きていこうなんて本気で考えていました(笑)

 それで、小学校4年生くらいの夏休みの事だったかと思うんですけど、日本将棋連盟主催の小学生将棋の岐阜県大会みたいなのがあったんです。
 どうしても参加したくて、親にせがんで連れて行ってもらう事になりました。
 大会前日まではずっとワクワクしていました。このまま県大会は優勝して全国大会にも出れるだろう… ぐらいの気持ちですね(笑)

 ところが、結果は全くダメでした、3回戦ぐらいで負けちゃったんです…
 そこに集まってきていた子供は、今までの相手とは全く違っていました。岐阜県内にいる将棋の腕に自信があるトップクラスの小学生ですから…
 同じ小学生相手には負けた事などなかったものですから、相当にショックでした。(つまり、僕の通っていた小学校のみんなは相当将棋が弱かった…)
 ずっと悔しくて泣いていたのを、思い出します。

 その後、こんな事ではいけない… と、岐阜の市街地にある大人が通っている将棋クラブに通ったりしました。そこには、僕より2つ年下の小学生も常連で通っていたのですが、そいつがまた強い…
 その子に「角落ち(これは相当なハンディー)」にしてもらっても、勝てなかった。
 やっぱり、上には上がいるんですよ。
 僕がそういう挑戦をしないで、同じ小学校の友達しか相手にしていなかったら、ずっと自己満足でいい気になって終わる所でした。
 「井の中の蛙」 というやつですね。

 どんなジャンルを目指していても、一流の人を相手に競い合う事はすごく意義がある事です。
 勝負に負けたっていいんです。でも、大切なのは、負けた時に言い訳をしない事。
 相手の強さを認めた時に、初めて自分も強くなれるんですから…

 負けて悔しいと思って泣くのは、みっともない事じゃないと思う。
 卓球の愛ちゃんだって、子供の頃はいつも泣いてばかりだったし、あの悔しいと思う気持ちが、彼女を強くして、今回銀メダルを取らせたのだと思うし…

 強い相手と競い合う事で、自分の実力を高める事ができるだけでなく、人間としての器を広げる事もできます。
 だから、負ける事を恐れずに、思いっきりぶつかっていけたらいいですね。


無理な目標はこま切れにする

 季節の移り変わりは早いものです。
 あんなに外は暑いと思っていたのに、気がつけば少しずつですが涼しくなっています。
 もうお盆ですものね。
 まるで、ジェットコースターのようなスピードで時間が過ぎていくのを感じます。

 目前の仕事に夢中になって、ずっと前からやろうと思っていた事がいっこうに進まない…
 こんな経験は、きっと誰でもあると思います。
 僕の場合は、エテイヤ・タロットの本の翻訳がそれです。
 (3/4ブログ 「翻訳生活」 参照)


 言い訳になってしまいますが、結局そこまで手が回らないのです。
 日々の鑑定にブログ、講座の準備に、ホームページの更新、メールの処理、本の原稿… 経理事務のレシートの記帳処理なんて、もうすでにほったらかしになっているし…
 やっぱり、無理です(笑)

 それで、もっと自分を追い込んで徹夜してでもやるべきかというと、一概にそうとも言い切れないです。
 無理をしすぎると反動が来ますし、それよりも怖いのは、今やっている一つ一つの仕事全部が雑になって、いっぺんに崩壊して行く事…

 で… 僕は考えました。
 いきなり、エテイヤ本を全部翻訳しようという目標はあきらめて、取りあえず部分的に翻訳を始めて、ホームページにアップしようと決めたのです。 あんまり目立たない場所に(笑)

 最初っから、無理な事を目標に掲げるのではなくて、それをこま切れにしてから目標にする。
 そうすれば、「やらなくてはいけない」 というプレッシャーからも解放されるだけではなく、時間の余裕がある時に少しずつ更新できます。

 例えば、バンドでいきなりメジャーデビューを目指すのではなくて、まずは地方のライブハウスに出演できるのを目指すとか…
 憧れの意中の人といきなり恋人同士になる事を狙うのではなくて、まずは友達になる事を狙うとか…

 まぐろだって、切り身にしてあるからスーパーで買えるのであって、一匹単位で売っていたら、誰も買わないです。
 例えがちょっと変ですけど(笑)

 現実離れしている目標を小さく細切れにしていく…
 そうすれば、着実に一歩ずつ先に進んでいく事ができます。

 やがて未来は、いつしか全部貴方のものになっていますよ。


環境が変わっても、同じようなポジションに落ち着く

 人の運命というものは、その人の持っている性格や考え方が、常に反映しています。

 これ、本当に真理です。

 自分の集団の中のポジションとか役割は、身の回りの環境が変わって人間関係が新しくなっても、しばらくすると結局前と同じようなポジションや役割になっていたりする事があります。

 リーダー性があっていつもまとめ役になる人は、やっぱりまとめ役になるし、参謀役の人は参謀役、パソコンを扱うのがうまくて、いつもパソコンを扱っていた人は、やっぱり新しい環境でも、またパソコンのプロフェッショナルとして活躍する。

 雑用係やお使い専門の人は、やっぱり雑用お使い専門に…
 若い時は仕方がないですけど、ある程度の年になったら、これは頂けませんね。

 その状態というのは、性格や物の考え方の反映ですから、そこに解決策があります。
 こういう役割になってしまうのは多分、その集団の全体の利益みたいなものを、あまり考えている訳でもなく、かと言って、自分の持っている才能も、そこでは十分に発揮されていないという状況の反映とも言えそうです。

 これを変えない限り、同じような業種の別の職場に変わっても、やっぱり同じ事になります。
 逆に言えば、今そこそこ能力も発揮できていて、恵まれた状態の人は、職場が変わろうが、だいたい似たような状態になるので何も心配はいらないという事です。

 では、そうではない人はどうしたらいいかと言いますと、考えられる方法は二つあります。

 一つは、本当に自分の得意分野を生かせる環境を選ぶ事です。

 営業がうまい人は、営業の仕事を選ぶべきですし、語学の得意な人は、講師や通訳士になったらいいです。
 料理の得意な人は、調理人とか、家庭の主婦(主夫)になったらいいし、占いの得意な人は、占い師になる。
 そうすれば、その道のプロフェッショナルとしての活躍ができます。

 もう一つの方法は、環境を変えると同時に、自分の性格や考え方もガラリと変えてしまう事。

 新しい環境では、貴方の事は誰も知りません。

 だから、最初はハッタリをかまして、新たな自分を演じてみたらいいです。
 自分の事以上に周りの事をいつも考えている、リーダーや参謀役をイメージして…
 メソッド演技(5/28ブログ 「イメージした自分が現実になる」 参照)をうまく活用して(笑)

 最初は演技のつもりでも、やがてそれが本当の自分になって行きますから大丈夫です。

 環境が変わった時は、新たなチャンスの始まり… ほんの少しの勇気と気合いで、素晴らしい理想の人生が始まります。


人生の方程式は「解の公式」ではとけない

 僕は子供の頃、いろんな悩みを悶々と抱えていました。
 もう、毎日が出口のない闇の中というか…(笑)
 いつも、明日というものがやってくるのが、不安で仕方がなかったです。

 一体毎日、何を悩んでいたかというと…
 明日、突然両親が交通事故で死んじゃったらどうしようとか、
 朝、目が覚めたら今までの自分の記憶が消えていたらどうしようとか…
 そんな荒唐無稽な事ばかり考えて、怯えていた記憶があります。

 そのうちに、「人というのは何で生まれてきたのか」 とか
 「死んでしまったら一体、記憶はどうなるのか」 とか
 「どうしたら不安がなくなって、心が満たされるのか」 とか…
 本当に大真面目に考えていましたね(笑)

 心安らぐ暇なんてなかったです。
 中学生の頃がピークでしたかね…

 当然そんな事を誰かに聞いた所で、答えられる人なんていません。
 その答えを見つけようと、実家の岐阜の市街地にある大きな書店に行って、精神世界の本や心理学の本なんかを立ち読みしていました。
 占いというものに興味を持ち始めたのも、丁度この頃です。

 そういう本の中には、僕の抱えていた疑問の答えらしきものが書いてあったりもしました。
 例えば、「人に親切にする生き方をする事で、心が満たされる」 とか…
 これこそが真理だと思って、周りの人に親切にすればしようとするほど、だんだん疎(うと)ましがられたりして…
 やっぱり、心はいっこうに満たされない。

 無理もない話です。
 これはまるで、数学の教科書にある方程式を自分で解こうとしないで、その解答が載っているチャンベラ本を必死で探しているような努力をしているのと同じですから…

 数学や物理なんかの実力をつけるには、たくさんの問題集を時間をかけてこなすのが、一番の早道だと言います。
 例えその時、問題が解けなくても、すぐに解答を見ないで、うなりながら考えた分だけ、確実に実力がついていたりするものです。  確かに僕は、数学も物理もあんまり得意ではありませんでした(笑)

 今思えば、その頃の僕は、人生全ての問題の解答を導き出す 「解の公式」 みたいなものを、必死に探し求めていました。
 解の公式
というアレです(笑)

 でも、やっぱりそんなものは存在しないです。
 だって、人生の問題の答えは一つではありませんから。
 相変わらず、心はずっと道に迷ったままで…

 それでも、不思議な事ってあるものです。
 本当の事を言うと、僕はつい最近まで、心が完全に澄み切った… という事がありませんでした。
 子供の頃よりはずい分マシにはなったものの、やっぱりいつもモヤがかかったような感じでした。
 正直いうと、多分一生こんなもんだろうと、あきらめていたくらいです。

 ところが今、いろんな理由のわからない悩みみたいなものが、まるで霧が晴れるように消えていくのを感じています。
 心の悩みの 「解の公式」 なんてものは発見していないし、どうしてこうなれたかという理由も説明できないけれど…
 あえて言えば、「時期」 なのかも知れない…

 今はどんなに闇の中にいても大丈夫。
 その時期が来たら、全ての悩みがまるでシャボンの泡がはじけるように消えていきます。
 貴方にとって、それは予想以上に早く来るかも知れません…


 

いろいろな意見を聞けば、より本質に近づく

 人の価値観というのは、千差万別です。
 僕は、余程の例外を除いては、絶対的に正しいという価値観も、間違っているという価値観も存在しないと思います。

 例えば昨日のブログの
 オリンピックでメダルを取れなかった選手にも、「頑張ったね」 と言ってあげたい…
 という何の変哲のないコメントでも、反対意見はあると思うんです。

 他にもオリンピックに出場したかった選手を踏み台にして出場したんだから、結果を出してもらわなくては困るし、下手ななぐさめは選手の為にも良くないし悪影響だ…
 と言われれば、それも一理あると思います。

 どちらが正しいとか、間違っているとかって、存在しないです。
 ただ僕は、そういう考えではなくてこういう考えだ、というだけの話で、僕の意見をそうではない人に押しつけようとも思わないです。

 マスコミの情報というのは、その情報と一緒にマスコミそれぞれの個性や意見が反映されていたりします。
 新聞なんかは特にそうですね。
 おおよその情報はインターネットで手に入れる事ができるので、僕は今はまだ新聞は取っていません。

 家によっては、何種類も新聞を取っている所もあります。
 ある人(一人暮らし)の家では、「聖教新聞」 と 「赤旗」 を取っているそうです。
 何でこういう組み合わせになったのかは、謎ですけど(笑)
     選挙は一体、どこに投票するのでしょうか…

 どう考えても、この二つの新聞の思想って矛盾するし、一体この人は何を考えているのだろうと、前は思ったものですが、最近はこういうのもアリかな… と思うようになりました。

 思想が違う二つの新聞を読む事で、物事を多角的にとらえる事ができますし…
 他にも、あまり思想が偏っていないような新聞を取って読んだら、さらにいいと思う。

 どんな新聞でも、そこに書いてある意見が絶対的に正しいとは限らないのですが、その新聞を読んでいると、何となくそれが正しいように思えてくるから不思議です。
 でもそれは、参考意見程度にとどめるべきです。
 どう考えるかは、あくまでも自分自身で決めるべきです。
 その時、決められなかったら、とりあえず 「わからない」 という事にしておけばいいでしょう。
 あとは他にもいろんな意見を読んだり聞いたりして、自分なりの考えを構築していけばいいと思う。

 茶筒は上からだと円い形に見えるけれど、横からだと四角い形に見えます。
 たくさんの相反する意見を聞いて参考にする事で、きっと、物事のより本質に近づく事ができるはずです。

 P.S.
 オリンピック・女子レスリングの小原選手、伊調選手、金メダルおめでとうございます!
 これで一気に金が2つ増えましたね。
 やっぱり、日本の女性はたくましく強い! いろいろな意味で本当にそう思うし、尊敬します。

 

ずっとエールを送り続けてくれる人がいる

 オリンピックも、いよいよ後半に入りました。
 それにしても、男子サッカーのメキシコ戦、惜しかったです。
 今回の日本チームは、香川選手とかもいないし、ベストメンバーという訳ではないと思うのですが、よく頑張ったと思います。
 銅メダル、是非獲得してほしいですね。
  後は、なでしこ の金に期待!

 卓球の福原・石川・平野の三人の選手も、素晴らしかった…
 それから、女子バレーチームのこれからの奮闘が楽しみです。

 オリンピックには、たくさんのドラマがありますね。
 銀メダル、銅メダルはの数は、過去最高ですが、何せ金メダルはまだ2つ…
 フィーバー、日本!
 それからフランスも、Allez,allez! (頑張れ!)
      どっちの味方なの? って言われそうですけど、
      そりゃ、まずは日本で、次にフランスです(笑)


 オリンピックは、もちろんメダルとか順位とかという目的があるから盛り上がる訳ですけど、僕は例え選手がメダルに手が届かなくても、エールを送れたらいいと思う。

 あそこに出ている人達は、肉体と精神を極限状態までもっていって、プレッシャーと孤独な戦いをしているんだから、例え4位以下で終わっても 「ちぇ、何だよ」 とするのは失礼だし、期待に答えられなくて一番辛い思いをしているのは、誰よりも選手達でしょうし…

 結果は良い方がいいけれど、例え結果に結びつかなくても、「よく頑張ったね」 って言ってあげたい。

 僕もこんな風に考えられるようになったのは、つい最近の事です。
 オリンピックの選手ほどではないにしろ、当たり前の日常生活の中、みんなそれぞれの人生で、日々頑張っている人達がいて…

 その結果が評価される事もあれば、報われない事もある。
 たまたま人から賞賛される事もあれば、今まで目を掛けてくれた人が離れていく事もあるし、自分のやった仕事が正しく評価してもらえない事もある。

 それは人生だから仕方ないですよ…
 全てが思い通りいくほど甘くないし…
 名誉や勲章は励みにはなるけれど、それに囚われすぎると、大切なものを失う気がします。

 ふと周りを見渡すと、自分にエールを送り続けてくれる人がいて…
 オリンピック選手の応援の時と同じように、自分の損得なしで、自分の事を応援してくれる人がいる。

 僕はそういう人達に支えられて、今生きています。
 みんなきっと同じだと思う。貴方にずっとエールを送り続けていてくれる人が、必ず誰でもいる…

 例え今すぐ結果が出なくても、その事だけは忘れないでいたい…
 オリンピックの中継を見ながら、ふと、そんな気持ちになりました。


大した事ないと思う事が大した事だったりする

 暑い日が続きますね。
 外は大音響のセミの鳴き声… 結構僕は好きです。夏らしくて…

 今日はクリーニング店に、やっと仕上がったダウンジャケットを取りに行きました。
 何でこの季節にダウンジャケット!? と思われるかもしれませんが、パリから帰ってからというもの、いろいろとあわただしくて、なかなかクリーニング店に行く暇がなかったのです(笑)
(引っ越したばかりで、どこにクリーニング店があるかもわからなかったし…)

 でも、5月の末に出したんですよ。
 そしたら、「仕上がりは7月31日になります」 と言われました。
 何でそんな遅くなるの(笑)…って思ったんですが、(普通はいくら遅くても2週間あれば仕上がるもんです)まあ、夏場にダウンジャケットを着る事もないし、お願いしました。

 で、8月になってから、取りに行ったのですが…
 「申し訳ございません。まだ、仕上がっていません…」
 「ええーっ」

 って… まあ、いいんですけどね。別に今すぐ着る訳じゃないし…
 何気なく、ふとお店にある時計を見てみたら、5分ほど遅れてました。
 一事が万事というか… まあ、細かい事はいいのですが…

 僕はあんまりこういう事に腹を立てません。故意ではないでしょうし、人間誰だって失敗はありますから…

 でも、その後店員さんからこんな話を聞いたのです。

 「実はうちの店は、こういう事が何度かあるんです。洗いの業者が期限を守ってくれなくて…
 この前のお客様は、『すぐ着る服だったらどうするんだよ』 って怒っていました…
 何度催促の電話をしても、ダメでね~」

 僕は、これはマズイ(このお店の為にも)と思い、あえて苦言をいう事にしました。

 「外国だったら、こういう事は珍しくないのかも知れませんが、日本では、こういう期限が守られないのは、確実に信用を失います。
 本当にお店をうまく行かせたいのなら、そんな業者とは手を切って、別の業者に替えるべきです」

 これ、何がマズイかというと、前にもクレームがきているのに、その問題点が全く改められていないという点なんですね。
 なんでかというと、おそらくはその業者が 「そんな事は大した問題ではない」 と思っているからだと思います。
 「夏場にダウンジャケットの依頼かよ。どうせ着るのは冬になってからだろうから、急ぐ事もないだろ」 ってな感じですね(笑)

 でも、ここに重要な落とし穴があるんです。
 例えば、そのクリーニングを依頼した人は、その仕上がったダウンジャケットを持って、真冬のオーストラリアに、成田から今日飛び立つ予定なのかもしれないんですから…
 これは致命的ですよ(笑)
 代わりのダウンを買おうにも、この季節ダウンジャケットを置いているようなお店なんてないですから…

 大した事ないと思う問題が、実は大した問題だったりします。

 とはいえ、普通はそんな事まで考えて、仕上がりの日を決めるものでもありません。
 約束が7月31日なら、何が何でもそれに間に合わせる… これが仕事としては当然なんですね。
 例え、お客様がそのダウンジャケットを今すぐ着ようが着まいが関係ないです。

 個人の飲食店なんかで、ドアに10時OPENとか大きく書いてあるのに、10時半になっても開かない店ってあります(笑)
 だいたい、流行ってないです。

 10時にお客様が来るとか来ないという事が問題ではなくて、約束を守れないという事が問題なんですね。

 ブラジルなんか行ったら、こういう事は当り前の事なのかもしれませんが、日本では、ちゃんとお店を成功させたかったら、これは絶対ダメです。
 日本という国は、こういう所がしっかりしているから、今でも世界の経済大国なんだと思うんですね。

 人間は誰だって失敗もするし、ミスがあるのは当たり前なんですが、大切なのはミスした時の心の持ち方ですね。
 ミスした時に、「こんな事は二度とあってはいけない」 と思うか、「ま、いっか」 としてしまうか。
 僕は、成功者とそうでない人の違いは、ここにあると思います。

 で、最も悲劇なのは、こういう所がしっかりできてない人に限って、
 「どうしてオレは何をやってもうまくいかないんだ~」
 って思っていたりします。
 それ逆に、うまく行ったら奇跡です(笑)
 まれに、こういう事が全然ダメでも、たぐいまれな才能を持っていて、成功している人もいますが、そういうのは例外であって、一緒にしてはいけません。

 まあこんな話、ほとんどの人には、ごく当たり前の事ではあるんですが…

 いい加減な心の持ち方はというのは、仕事の全てのスタイルに反映されるし、お客様やお得意先にも不思議と伝わっていくものです。

 逆を言えば、確実に手に入れられるこういうポイントをしっかりとキープする事で、着実に人からの信頼をつかみ取る事ができます。
 そういう積み重ねによって、今は成果が上がっていないようなプロジェクトでも、思いがけないような成功をつかむ可能性だって、あるはずです。

雨の日と月曜日は

 今日は、朝から雨が降っていました。どうやら、全国的に雨模様だったみたいですね。
 僕の住んでいる千葉では、結構激しく降っていました。

 雨の日に外出するのは少し億劫ですけど、それでも傘さえあれば、いろいろな用事が済ませられます。

雨 少し雨足が弱まったので、出かけました。

 近所の郵便局、銀行に、市役所…
 土日はお休みだったから、月曜日になるのを待っていたのです。
 雨のお陰で、涼しくなって過ごしやすいです。

 雨の日と月曜日は、僕にとってちょっぴり幸せなひと時(笑)

 ちなみに僕の携帯の着メロは、カーペンターズの 「雨の日と月曜日」 です。

 独り言を言ってみて年を取ったなって感じる
 (Talkin' to myself and feelin' old.)

 時々もういやになる なにもしっくりこなくて…
 (Sometimes I'd like to quit. Nothing ever seems to fit.) 

 たたずんで 不機嫌な顔をするだけ
 (Hangin' around. Nothing to do but frown.)

 雨の日と月曜日はいつも気分がふさぐ…
 (Rainy Days and Mondays always get me down.)

 何ともけだるげなこの曲のメロディーが好きで、僕の携帯の着信音は一年位前からこれなのですが、それにしてもこんなにアンニュイな歌詞だったとは(笑)

 パリに行った時、せっかくだから着信音をフランスのシャンソンか何かにしようと思ったのですが、パリに着いてみると、携帯の電波がつながらなくなっていて、結局いまだに変えていません。
 (4/3ブログ 「冷静でいられれば、ピンチはピンチでなくなる」 参照)

 普通の人にとっては、やっぱり雨の日とか、月曜日って憂鬱なものなんだと思います。
 でも、やっぱり、その役割ってあるんですよね。
 雨が降らなくて日照りが続いたら、水不足になるし畑は日照りになるし、毎日日曜日だったら、郵便局も銀行も役所も開かなくて生活が不便だし(笑)

 そう感じると、雨の日も月曜日もいとおしく思えたりして…
 地球に雨粒が降り注がなかったら、生命は宿らなかったわけで、そう考えると雨は、我々の生みの親でもある…

 カーペンターズのけだるげなメロディーを聞きながら、月曜日に降る雨のしずくを見ていたら、何だか、いとおしくて満たされた気分になってきました。


心の金縛りの解きかた

 暑い日が続きますね。まさに夏まっさかりです。
 それにしても、この世にクーラーというものがあって良かった… とつくづく思う毎日です。
 もし、クーラーが無かったら、仕事をするのはあきらめて、毎日海水浴をしていた所です(笑)

 人というのは、気持ちが盛り上がってくると、仕事が本当に楽しくなります。    現代はクーラーもあるし…
 仕事が楽しいと能率も上がるし、それにふさわしい金運も恋愛運もやってきます。

 その逆に、気持ちが盛り上がらない時というのは、何もやる気が起きません。
 例え時間に余裕もあって、睡眠を十分に取っているのにもかかわらず、仕事はいっこうに進まない…
 そういう時って、ベッド(布団)の上に寝っ転がっていても、何となく体がだるいです。

 時間は十分にあるんだから、その分好きな事でもやればいいと思うんですけど、何もやる気がしなくて、いたずらに時間だけが過ぎていく…
 本を読む気も、テレビを見る気さえもしなくて、最後には起き上がって食事をするのさえも面倒くさい…(笑)

 こうなってくると、重症ですね。
 これではまるで、刑務所で服役中の人みたいです。
 きっと本当に服役して、生活の自由が全て奪われたら、今の生活の価値がわかると思うのですが…

 この状態… いわゆる心が金縛りにあっているようなものですね。
 こういう原因は、例えば目に見えない人の念だったりとか、いろいろな影響が考えられるのですけど、ハッキリ特定できない事が多いです。
 でも逆に、別に原因が特定できなくたって、余程の場合を除いては、少しの工夫でこの状態から抜け出す事ができます。

 だいたいこういう状態の時は、自分の部屋を見渡すと、まず間違いなくきったないです(笑)
 だから、まず部屋の片づけから始めたらいいですね。

 それから、こういう時というのは、不思議と血液が頭に上っている気がします。
 だから、思考がひっきりなしに頭をよぎる事もあるし、逆に頭がフリーズしたようになってしまったりします。  …経験談(笑)
 だからその分、血のめぐりの悪い、手とか足に意識が行かなくて、本当に寝っ転がったまま動けなくなってしまうんです。

 あともう一つの特徴として、こういう時というのは、すごく自己中心的になっていたりします。
 人の幸せなど、考える余裕もない状態…

 これがわかると、どうやったらこの状態から抜け出せるかが、おのずと浮かんできます。

 これは、僕の編み出した方法ですが(笑)
 まずは、手足を思いっきり動かしながら、自分も周りの人も幸せになっているイメージをしてみると良いです。
 頭でイメージするんじゃなくて、体全体でイメージしてみる… 最初は意味がわからないかもしれませんけど… その内にできるようになります。
 そうすると、不思議と今何をやるべき事が浮かんできて、体が動くようになります。

 心の金縛りが解けると、やる気が体中から湧いてきて、無限の力が発揮できるようになれますよ。

 P.S.
 7/2から募集していた四柱推命講座のお申し込みが定員の10名に達し、満席になりました。
 実はずい分前から、あと2名という所で止まっていたのですが、今回はあえて 「残り名」 みたいな発表をしませんでした。
 ちゃんとした四柱推命を使いこなすには、それなりに気合いや努力も必要なので、本当に求めている人だけに絞ろうと思ったのです。
 でも、こうして10名集まって下さって… 改めて責任感じます。
 僕の全力で、必ず素晴らしい講座にしてみせますので、期待していて下さい!
 
 ※次回の講座は、ただいま検討中です。また、ホームページ等で発表させて頂きます。


ムッシュ浅野の「プチフランス語講座」 Leçon 5 マック編

 Bonsoir ! <ボンソワー> (こんばんは)

 皆さん、マイドで~す。
 「エセ フランス語 講師」の ムッシュ浅野です。

 今回も、楽しくフランス語、勉強していきましょう!

 ハイ、そこのアナタ 「ついにブログのネタがなくなったから、それでごまかす気だろう」
 と思いましたね~

 いけませんね~(笑)
 このコーナーのファンの人も、ちゃんといるんですヨ~
   Sさんのお嬢さん、Merci(メースィ)! ムッシュはトッテモうれしいで~す

 ハ~イ、ムッシュは今日、マクドナルド行ってきましたね~。
 そしたら、世界のマック第一弾・フランス編、やってましたネ。
 早速ムッシュは 「Le Grand」 のソーセージバージョンとトマトバージョンを、お持ち帰りしました。

 “Le Grand”を英語にするなら、”The Big”といった所… 「そのでっかいの」 っていう意味デ~ス。

  ル・グラン

 とっても、ボリュームいっぱいでおいしかったデス。
 2つともいっぺんに食べたら、おなかイッパイになりましたヨ~
 
 「Le Grand」 に、「ル グラン」 とカタカナで仮名ふってありますが、これデスと、ちょっとフランス人には意味通じませんネ~。

 「Le Grand」 を英語読みしますと、「レ・グランド」 となってしまいますが、フラ~ンスでは、基本 「e」 は 「ゥ」 と発音し、単語の最後の子音である 「d」 は、省略して発音しませ~ん。
 ※前回の内容を忘れた人は~、ムッシュ浅野の「プチ・フランス語講座」ムッシュ浅野の「プチフランス語講座」 Anniversaire編で、復習してくださいネ~

 この中で、ちょっと難しいのが、「Grand」 の「r」の発音デ~ス。これは、英語のように 「ラ」 と発音してはいけませ~ん。
 というか、カタカナでは、うまく説明できませんね。

 うがいしている時の 「グワア」 という感じというか、吐きそうになっている時の「オエ~」 という感じというか…

 「Le Grand」 の正しい発音をするには、「ル ゴーン」 と言いながら、「ル グラン」 と言ってみてくださ~い。

 ハ~イ、オーケーです。トッテモ、すてきなフランス語の発音になりましたネ。

 ところで、このハンバーガー、ちゃんとパリで売ってるハンバーガーがモデルになってますヨ。

フランスのマクドナルド

 ハ~イ、これデスね~。
 このハンバーガー、ほとんど 「Le Grand」 トマトバージョンと変わりませんね~

 写真に 「280」 と文字が書いてありますネ~。
 パリの物価は高いデスから、ハンバーガー一つが280ユーロ(およそ、27,200円)も、しま~す(笑)

 ‥‥‥‥‥

 ‥ んなワケ、ありませんね~。

 これ、フランス語ちゃんと読まないと、数字の意味わかりませ~ん。

 写真を見ると、

 LES RECETTES CHANGE ET, ÇA CHANGE TOUT 280 VARIATIONS
  
 と、書いてありますね。
 ハ~イ、ムッシュがこれを日本語に訳してみますネ。

“調理法のレシピは変わります。そしてそれは、全部で280のバリエーションがあります”

 というような意味ですネ。たぶん…(間違っていたら、ゴメンナサイ)

 ハ~イ、 では、みなさんに問題デ~ス。
 箱のヨコっちょに書いてある仏文を、日本語に訳してみてクダサ~イ。

CHAQUE SEMAINE,UNE NOUVELLE RECETTE DE 280!
Decouvres le goût unique de la nouvelle recette Poivre et Rosette. Envie de douceur? La recette Fromagere au Comte. Va vous faire fondre! Et puisque vous l'avez adorée,retorouvez toute la delicatesse de ta recette aux Oignons Grilles!
I'm lovin' it  

 ハ~イ、 最初っから、あきらめてはイケマセンネ~(笑)

 それでは、ムッシュと一緒に訳していきましょう~

CHAQUE SEMAINE,UNE NOUVELLE RECETTE DE 280!
(毎週、280もの新レシピでお届けします!)

Decouvres le goût unique de la nouvelle recette Poivre et Rosette.
(新しいレシピである、ペッパーとソーセージのここだけの味を体験してください。)

Envie de douceur?
(まろやかな甘みの誘惑?)

La recette Fromagere au Comte.
(そのコンテ地方のチーズのレシピを試してみて。)

Va vous faire fondre!
(ほら、まるでとろけるようなおいしさ!)

Et puisque vous l'avez adorée,retorouvez toute la delicatesse de ta recette aux Oignons Grilles!
(玉ねぎを焼いたそのレシピの精錬された味わいを知り尽くしたら、貴方はきっと、とりこになってしまうでしょう。)

I'm lovin' it  
(アイム ラヴィン イトゥ = 私のお気に入り(英語)   )

 と、こんな意味になりマ~ス。たぶん…
 (間違っていたら、許してクダサ~イ)

 フ~、翻訳してたら、トッテモ疲れました~

 Je suis fatigué. <ジュ スュイ ファティゲ> (私は疲れた) デ~ス。

 気分転換に、パリの 「Japan Expo2012」 を見ましょう!



 フランスは、日本と共に世界最大のマンガ流通大国デ~ス(笑)  きゃりーぱみゅぱみゅ、フランス語うまい!

 それでは、今夜はこのあたりで、ムッシュ浅野の「プチ・フランス語講座」を終わりま~す。

 みなさ~ん  Au revoir ! <オゥ ボワー> (さようなら~)


気持ちがこもっていれば大丈夫

 味が売りのラーメン屋の店主の定番というのは、無口な親父です。     なぜだか、知りませんが(笑)

 「すみません、ラーメン一つ」
 「‥‥‥」

 (しばらくして) 「へぇー、お待ち…」

 そのラーメンの味が、めちゃくちゃ美味い。
 だから、こういう店主の不器用さが、かえって美談になります。
 でも、もしもこのラーメンがまずかったら、一体どうなるんだろうと思いますけど(笑)

 人間関係において、男性でも女性でも、自分を表現する事が苦手でノンリアクションの人っていうのは、損をする事が多いです。
 こういう人で、「口を開くのも面倒くさいから、無視すればいいや」 と思って、ノンリアクションの人というのは、ほとんどいません。
 みんな不器用なんですよ。
 何を話したらいいかわからなくて、
 「何て言ったらいいものか…」
 と思考が回っている間が、無言になってしまう…

 でも、やっぱり何も言わないと、何を考えているか伝わらないから、相手の人が不安になります。
 あの朴訥な男が売りの高倉健さんだって、
 「自分、不器用ですから…」
 って、ちゃんと声に出して言っているんですから(笑)

 僕も、鑑定師になりたての頃、西谷泰人先生から、
 「鑑定のトークは、5秒以上感覚を空けないで…」
 と、ご指導を頂いた事があります。
 鑑定師に5秒も無言でいられると、お客様はよっぽど言いづらい事があるんじゃないかと、不安になりますから…

 このような事は、鑑定だけではなくて、全ての会話において言えます。
 思考を抱えこんでいる間の無言の時間が、時と場合によっては誤解を生んでしまう事もあります。

 こういう言葉のコミニュケーションは、恋人同士の場合でも、おろそかにできません。
 もちろん時には、無言の方がいいというシュチュエーションもあるでしょう。
 例えば、夏の夜空の花火を二人で見上げている時とか…
 でも、こういう時だって、手とかをつないであげた上で無言になるべきですね(笑)
 それなら、言葉以上に 「好きだ」 という気持ちが伝わるから、何も話さなくても十分です。

 相手の人が貴方にとって大切な人なら、どんなに下手な言葉でも構いません。「大切にしてるよ」 という気持ちを、伝えてあげて下さい。
 うまく話そうとする必要なんてありません。気持ちがちゃんとこもっていれば大丈夫です。
 どんな口下手な会話でも、必ず相手に伝わりますから…

 P.S.
自動販売機 東京・赤坂の街で、何と50円ジュースの自動販売機を発見しました!
 一体、味はどんなだろうと、早速50円のカフェオーレを買って飲んでみました。

 メーカーはあまり聞いた事のない会社でしたけど、それなりに美味しかったです。
 (120円の缶コーヒーとの違いは、僕にはわからなかった…)

 ごちそう様でした。また時々買いにきます(^^)


通りすぎるおだやかな季節の中で

入道雲
 夏ですね。入道雲が美味しそうです(笑)

 パリに行ってから、満たされた毎日が続いて、はや5ヵ月が経ちます。
 思えば僕は、パリ行きの飛行機に乗ったあの日、あの瞬間から、運の流れが変わった気がします。

 本当、あの飛行機に乗れたのは奇跡でした。
 あと1分遅れていたら、搭乗できていなかったですし、奇跡的にうまく行った、あの成田空港までの電車の乗り継ぎがなかったら、航空券を無駄にしたばかりか、今、僕のまわりにあるものの全てが夢に消えていたはずです。

 あれは今年2月末の冬の最中の出来事…、あれからまるで、夢を見ているような気分です。
 そして、人生で初めて体験するような満たされた春を迎え、そして夏を迎え…

 いつか、この満たされた時期も終わりになるのかな…
 実は半月ほど前、一時的に少し調子が悪いように感じた時期がありました。
 でも、無事に復活しました。
 きっと、いろいろな意味で、自分のおごりが出ていたのだと思います。

 よく開運期というのは、全ての事が何でもかんでもパーフェクトにうまく行く時期と捉えられがちですが、それは正しくはありません。
 時々、意表をつかれて試練が来る事があります。
 とはいえ、開運期の時は気力のエネルギーが充実していますから、楽に乗り越えて行く事ができます。

 だいたい、開運期に起こる試練というのは、自分の身勝手さや貪欲さが作り出している問題ばかりです。
 にもかかわらず、投げやりになってあきらめた時、やけになった行動を起こした時には、せっかくの開運期もそこで終わってしまう危険性をはらんでいます。

 これは、衰運期を一瞬で終わらせる事ができる事の裏返しです。
 (7/21ブログ 「衰運期を一瞬で終わらせる方法」 参照)

 今が例え衰運期であっても、やけにならず落ち着いて対処すれば、大丈夫です。
 うまくいかない状態は、物事がただ途中経過の状態なんだという事を、強く信じる事です。
 経済的な試練や物理的身体的な制約といった形で、衰運期が巡る事もありますが、それとても、からまった糸をほぐすような気持ちで、ゆったりと事を構えれば、状況は変わらずとも、心は幸せな状態に持っていけます。

 逆にいうと、せっかくの開運期であっても、一旦不平不満を持ち始めて、それをつのらせれば、好きなだけ思う存分不幸になれます(笑)
 豊臣秀吉の晩年と同じで、例え開運期であっても、身勝手さと貪欲さのせいで、本人はとても不幸という訳です。

 という事は、自分さえきちんと律する事ができれば、一生おだやかな開運期でいられます。

 おだやかで幸せな春が来て、おだやかな夏が来て、おだやかな秋が来て、おだやかな冬が来る…
 そんな、おだやかな季節がずっと繰り返されて、一生が終わる。
 そんな風に生きていく事ができたら、本当に素敵ですね。