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浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

夢見心地の中で

 最近ちょっと、体に疲れがたまってきたようです。
 気持ちは、元気いっぱいなんですけど…
      やる気はあるけん、体がついてこん …懐かしい

 昨日の夜も、ブログを打っていてトランス状態になってました(笑)
 前にも、ブログを打っていて、意識だけがパリの街を散歩していた事がありました。    要するに、居眠りしていた

 昨日の場合は、原稿はちゃんと紙に下書きしてあったので、後はそれを打ち込むだけだったのですが、どういう訳か意識が何度も途切れてしまうんですよ。
 足のモモをつねりながら、眠らないように必死にパソコンを打っていたんですけど…
 途中で間違ってへんなボタンを押して、せっかく打った文章を消してしまいそうだったので、全部打つのは断念して、切りのいい所で取りあえず更新しました。
      まあ、後から校正するという手がありますし…

 パジャマに着替える事もなく、歯磨きも忘れ、そのままベッドの中になだれ込んで、深い眠りの中へ…

 なんか、リアルな夢見てました。

 一つは、父親が死んだ夢です。朝5時ぐらいに一旦目が覚めたんですけど、目覚めた時、悲しくて、はっきりと覚えています。
 地井武男さんの訃報と父親が、ダブってしまったのかも知れません。
 もう一回眠りに着いた時に見た夢は、女の子とダンスを踊っている夢、これも、ものすごくリアリティーがありました。

 早速、西谷泰人先生の  「暮らしに活かす夢判断」 (西谷泰人著・創文刊/1400円) で、夢の象意を調べてみました。

 まずは、身内が死ぬ夢から…

 身内が死ぬ夢 … あなたが金運に恵まれるか、願いが叶う、あるいは目的の達成ができる、大吉夢です。

 やった~! 意外とラッキーな夢の象意だったようです。

 では続いて、女の子とダンスを踊っている夢は…

 ペアでダンスを踊る夢 … トラブルが起こる夢です。友人や恋人に不愉快な思いをさせられる兆しが見えている事を教えています。

 なんと! それは嫌だあ~。
 よし、このブログで公開して、夢の内容を話してしまえば夢の暗示も離れる。
 (「暮らしに活かす夢判断」~凶夢を覆す裏技はこれだ!~参照)

 それにしても、夢判断というのは、本当に便利ですね。
 夢は未来を予知する為の、もっとも簡単な方法です。

 生き物はみんな、本能という形で、予知能力を持っています。
 山火事が起きる2~3日前になると、動物たちはみんな山から逃げ出していきます。だから、山が丸焼けになっても動物の死骸がありません。
 元々、人間にもそういう能力がありました。
 僕が思うに、今だって、人間は誰しもそういう能力を持っていると思います。ただ、残念な事にそれが発揮できていないだけだと思うんです。

 僕、一昨日も 「Midnight in Paris」 の映画館に行く時に、案の定、道に迷ったんです。…僕は、筋金入りの方向オンチです(笑)
 でも、最初間違っている道に進んだ時、とにかく 「このまま、まっすぐ行っちゃいけない」 みたいな気がして、その直感に従って、一旦元の場所へ戻ったんです。
 上映時間ぎりぎりだったので、地図を調べる時間の余裕もなくて、それとは別の道を天に任せて突っ走ったら、その先に目的の映画館がありました。

 僕は、本当に究極の方向オンチなのですが、「ここ一番、これは遅刻する訳にはいかない」 と思った時には、必ず迷路から脱出できます。

 昔から、こういう能力はあったのですが、パリに行ってからというもの、ますます冴えてきました。
 というより、こういう能力は人間なら誰しも、元々持っているというのが、僕の持論です。
 では、何でいつもそれが発揮できないかというと、自分で発揮できなくしてしまっているんじゃないかという気がするんです。

 僕の予想が正しければ、その原因は、人の心の 「執着心」 だと思うんですよ。
 それをゼロにしてしまえば、そういう能力は無限に出てくる気がします。気がする… というのは、僕自身も自分の執着心をゼロにして、実践した訳ではないので、単なる予想だけなのですが…

 逆にいうと、そういう優れた能力を発揮できている人でも、執着心が入ってきてしまうと、勘が鈍ってくる気がする。

 もちろん、執着というものは、バイタリティーにもつながるので、全部が全部悪いとは思っていませんが、直感をとぎすます上では、邪魔になる事が多いと思います。
 特に恋愛なんかには、仇になりやすいです。
 例えば、「この人こそ、運命の人だ」 と感じる出会いは、人生に必ずあります。
 でも、その予感に執着してしまうと、自分が見えなくなって、自ら台無しにしてしまう事が結構ある気がします。

 だから、その直感は信じても、執着はしない事です。
 「きっと、運命の人だと思うけど、ひょっとしたら、違っているかも知れない…」
 くらいに思っておくのが丁度いいです。 

 執着がなくなると、視界がどんどん広がって、宇宙の無限の能力を、全部貴方のものにする事ができますよ。


感覚生活のススメ

 昨日は赤坂で用事を済ませたのち、そこから一駅の国会議事堂前駅にある、国会図書館に入りました。
 講座の資料に使う、洋書のタロットの本を調べる為です。

 その後、ふと、岡山のKさんからメールで紹介して頂いた映画 「Midnight in Paris」 の事を思い出して、国会議事堂前駅から電車で10分くらいの東銀座駅にある映画館へ行く事にしました。
 急いでかけこんだら、丁度、上映時間のジャストタイミングで間に合いました。
 劇場で映画を見るなんて、考えてみれば10年ぶりぐらいでしたね。    しかも、たった一人で映画館入った。 寂しい…

 心がおもむくまま、自由に行動できるっていいですね(笑)
 フリーの立場になると、どこかからお給料をもらう事もありませんが、毎日、自分の好きに行動できます。
 逆に言うと、うまくいくもうまくいかないも、全てが自分の行動一つにかかってきます。
 要領の悪いやり方で仕事をしたり、日々を無為無策で過ごせば、命取りです。    前年度収入の税金でノックアウトです

 とはいえ、頭で一生懸命 「どうしたらいいものか」 なんて考えてみても、良いアイデアが出るとは限りません。

 最近、僕は自分の直感を信じて、動く事にしています。
 パリに3週間滞在してからというもの、ものすごく直感が冴えているのです。

 ふと何となく、「これは、こうした方がいいな…」 みたいな事が浮かんできます。
 今日のブログは、この課題でいこう …みたいな事が出てきて、文章がスラスラと出てきます。

 でも、調子の悪い時はダメですね。そういう時は仕方ないので、24時近くになって、なんだかまとまりのない文章のままアップします。
      それで、あとから文章をちょこちょこと校正しています(笑)

 アメリカの作家のダニエル・キイスは、代表作 「アルジャーノンに花束を」 で有名な作家です。  この小説は泣ける…

 ダニエルは、「アルジャーノンに花束を」 で、ヒューゴー賞を受賞した時、ある編集者が、
 「どうやって、貴方はこんな素晴らしい作品をお作りになったのですか?」
 と、聞いたそうです。

 そしたら、ダニエルは、
 「ねぇ、どうして私にあの作品が書けたのか、教えてくださいませんか。私も、もう一度あんなのを書いて見たいんです。」
 と答えたんです。
 一瞬、このセリフは、「私の作品は、素晴らしいだろう」 と自慢しているようにも聞こえますが、おそらく真意は、
 「私自身が、自分であれを書いたなんて思えない。あれは、天からもらった作品なんですよ」
 という事を、言いたかったんじゃないかと思います。

 「アルジャーノンに花束を」 に比べたら、僕のブログなんて月とスッポンですが、確かに文章が天からおりてきたような気がしないでもありません。

 僕、パリから帰ってからは、本当に感覚で行動することが多くなりました。
 そして、なんとなくですが、(何の確証もありませんが…)正しい方向性へ向かっているような気がします。

 パリへ行くまえは、いつも頭でごちゃごちゃ考えてました。
 いろいろなモノの趣向も、ずい分と変わった気がします。

 あと、自分の感覚がとぎすまされてくると、やる必要のない事も見えてくるんです。
 今までは、人生が 「やらなければいけない事」 だらけでした(笑)
 でも、感覚生活を送る事で、その 「やらなければいけない事」が減って、自由になれました。
 余分な回り道をする必要が無くなって、最短距離で目的に進んでいる…
 最近、そんな気がしています。

 P.S.
 俳優の地井武男さんが、お亡くなりになりました。
 僕、地井さんの事、すごく好きでした。実際にお会いした事はないですけど、素朴さというか、子供のような純真さというか、そういったものがテレビの画面からも伝わってきて、癒されていました。

 「ちい散歩」 もそうでしたけど、真田太平記の本多忠勝役とかなんかも、地井さんの個性が出ていて好きでしたね。

 ああいう年の取り方をしたいなっていう、目標の人でもありました。
 だから、ニュースを聞いた時、なんだか寂しくて泣きそうになりました…
 奥様や親族に囲まれて、穏やかな最期だったそうです。

 道端に咲いた花の美しさに身動きできなくなるような優しい心を持った地井さんだから、天国のお花畑で、子供のように、はしゃぎながら、幸せにお暮しになる事と思います。



ムッシュ浅野の「プチフランス語講座」 ca fait longtemps編

 Bonsoir ! <ボンソワー> (こんばんは)
 皆さん、こんばんは。
 「エセ フランス語 講師」の ムッシュ浅野です。

 このコーナー、ひさしぶりです。
 「おひさしぶり~」 は、パリでは、
 Tiens, ça fait longtemps ! <シャン サ フィー ロントン>
 と言いますね~
 では、今回も楽しくフランス語、勉強していきましょう!

 ハイ、そこのアナタ 「過去に3回もこのノリのブログがあったけど、一回たりとも真面目にフランス語扱った事ないよな」
 と思いましたね~

 いけませんね~(笑)
 それは、エセフランス語講師のムッシュには、ちょっと荷が重すぎますね~
 でも、今回はちょっぴり真面目に講座しま~す。

 こう見えても、ムッシュは、パリではちゃんとフランス語を覚えようと頑張ったんですヨ~
 パリのコインランドリーで洗濯機を回している時、フランス語の基本文法、何度も何度もとなえてましたネ~

 フランス語の基本文法、英語に似てますから、英語と比較するとわかりやすいで~す。

活用表

 ハ~イ。これ、丸暗記にかぎりますね~
 念仏のように、なんども唱えてクダサイ(笑)
 上からいきますよ。

 「ジュスゥイ テュエ イレ エレ ヌソム ヴゼット イルソン エルソン」
 「ジュフェ テュフェ イルフェ エルフェ ヌフゾン ヴフェット イルフォン エルフォン」
 「ジェ テゥア イラ エラ ヌザヴォン ヴザヴェ イルゾン エルゾン」
 「ジュヴェ テュヴァ イルヴァ エルヴァ ヌザロン ヴザレ イルヴォン エルヴォン」

 ハ~イ、これさえ何度も繰り返していたら、フランス語はペ~ラペラです。     そんな訳ない…

 ある日の事、外出を終えてアパルトマンに帰ろうとすると、ムッシュはアパルトマンの管理人さんに不審者と間違えられて、つかまってしまいましたね~
 住む時に、ちゃんと管理人さんにあいさつをしてなかったのが、イケなかったデス。

管理人: Hé, Monsieur  ▽◎☆★△×▼〒※~
      (ちょっと ムッシュ ▽◎☆★△×▼〒※~???)
ムッシュ: Excusez-moi je ne comprends pas.
      … S'il vous plaît.
      (すみません。言葉がわかりません。… お願いします!)
               意味不明 へんなジャポネ
管理人: Non,non non.
      (いいや、だめだめ)

(1Fの壁に掛っていたアパルトマンの部屋の名前を指さして、懇願するムッシュ)

管理人: Oui, Très bien.
      (オーケー わかったよ)

 何とか無事通してもらえましたね。
    結局、文法は全く役に立たなかった…

 小さな子が言葉を覚えるように、パリでフランス語を聞いているうちに、しゃべれるようになるかというと、そんな甘くはなかったです。
 ムッシュは、いまだエセ・パリジャンです(笑)

 でも、頑張って勉強する、これとっても大事ですね~。
 ムッシュは、アパルトマンで食事してる時には、フランス語の子供番組のテレビをいつも掛けてました。
     結局、ボンジューとメルシーくらいしか理解できなかった…

 先日、岡山にお住まいのKさんから、「今上映されている 『Midnight in Paris』 という映画を観たら、パリに行きたくなりました」 というメールを頂きました。
 ムッシュも早速、映画館に行って観てきましたよ~

 フランス語の映画かと思ったら、英語でした。
   普通、それは題名でわかる

 それでは、予告編をお楽しみください!



 これを観たら、本当にパリが恋しくなりました…
 過去にタイムトリップしちゃうお話なんで、ヘミングウェイやピカソ、ダリやロートレックなんかが、本物そっくりな いで立ちで登場します。
 あの時代の小説家や画家に詳しい人は、めちゃくちゃ面白い映画です。
 何よりパリが、大好きになれますよ。

 それでは、今日はこのあたりで、ムッシュ浅野の「プチ・フランス語講座」を終わらせていただきます。

 みなさ~ん  À bientôt ! <アビアント~> (またね~)



いたわりと愛情を与え続ける事で…

 人生は日々、学びの連続です。
 うまく行く事もあれば、うまく行かない事もあります。
 僕の場合、若い時は本当に何をやってもうまくいかない事ばかりでしたが、今になって一気に運が押し寄せて、次々に物事が進んでいきます。

 とはいえ、うまく行かない事が全くない訳ではありません。
 でも、学びという面で言えば、うまく行かなくて苦しい時の方が、逆にたくさん学べます。
 やっぱり、こういう学びは、体当たりで習得するのが一番ですね。

 なんだかんだ言っても、人間は感情の生きものです。
 自己啓発セミナーや宗教の教えは、大方正しい事を言っていますが、いざ実生活でそれを活用しようとしても、理屈では分かっていても、感情がそれについて来れない、という事は、よくある事です。
 もちろん、そういうもので悩みから解放される事もありますから、全ては活用次第です。

 ただ、問題があるとすれば、そういった教理教則みたいなものにしがみついていると、いつの間にか感情をなくしたロボットみたいになってしまいやすい事です。

 例えば、僕の昨日のブログで、「自分がいなくなった世界をイメージすると、いろいろ見えてくる…」 なんて書いてますが、僕と同じようにそう感じてくれる人もいると思うし、目の前に大きな葛藤や悲しみを抱えていて、「そりゃ、理屈じゃそうだろうけど、綺麗事だよ」 って思う人だっていると思うんです。

 それはそれで、仕方がない事だと思う。
 物の感じ方なんて、人それぞれ様々だし…

 悩みのほとんどが、感情の問題です。
 抱えている悩みが、本当に現実的な問題で、生きるか死ぬか切羽詰まっている、という人は稀です。
 だいたい、今の日本は、本当に生活に困っていない人でさえ、ちゃっかりと生活保護を受けている様な時代ですから…

 結局の所、みんな感情のトゲが心に刺さって抜けないで苦しんでいるんだと思いますね。
 それは、過去のトラウマだったり、誰かからの心ない一言だったり、自分で自分を傷つけていたり…
 それから、寂しいんですよ。きっと、みんな…
     なぜか今日は少し寂しい(笑)  …まっ、そういう日もある

 この前、お世話になっている社長が言っていました。
 「人間は寂しさで死ぬ事はあっても、貧乏で死ぬ事はない」 って。

 なるほど… と思いました。
 瀬戸内寂聴さんも、同じような事を言っています。

 貧乏では死なない。病気でもなかなか死なない。
 お医者さんが、なんとか生かそうとしますから、昔のように簡単には死ねません。
 しかし、寂しさで死ぬことはあるんです。
 寂しさで気が狂うこともあれば、寂しさで死ぬこともあるんです。
 人が死にそうに寂しいときに手を貸すこと、これは私たち健康な者の役目です。
  (瀬戸内寂聴 著 「あおぞら説法Ⅰ」 より)


 人の抱えている悩みなんて、感情の問題がほとんどですから、それを聞く方にとっては、くだらないような内容かもしれません。
 たまに悩んでいる人に対して、上から目線で鼻で笑いながら、一般論をぶつけて説教する人がいます。
 僕から言わせれば、これは最低です。
 そんな事、わざわざ説教してもらわなくったって、悩んでいる方もわかっているんですよ。
 理屈ではわかっていても、そこから抜けられなくて、あがいているんですから…

 いたわりと愛情が不足して心が飢えているから、エネルギーがわいてこなくて感情が乗り越えられないんだ、という状況がわかっていないんでしょうね。

 してあげられる事は、一つしかないです。
 それは、気持ちをくんで、いたわってあげる事、そしてできる限りの愛情を注いであげる事。
 その上で正しい方向へ導いていく…
 自分の価値観と照らし合わせて、それができるとかできないの問題じゃなくて、それしかないと思うんです。

 親から十分な愛情を受けられなかった子供は不幸です。
 13世紀のローマ帝国のフリードリヒ2世は、部下に命じて、国中から大勢の生まれて間もない赤ちゃんを母親から引き離して一か所に集め、ミルクだけを与えて育てようとしました。
 すると、赤ちゃんは十分なミルクを与え続けていたにもかかわらず、全員が死亡してしまったそうです。
 これは、スキンシップがない事による成長ホルモン障害によるものが原因と考えられています。
 調査によると、幼児期に半年間スキンシップをしていないというだけで、脳の社会性や感情に関する部分が萎縮してしまうそうです。
 (TBS番組 「スパモク!!」 ~教科書にのせたい!第3弾!ホントは恐い世界の真実大解明SP~より)

 僕が今、やる気に満ちて生きていられるのは、僕を応援してくれる人や、僕の事を頼ってくれる人の愛情に支えられているからです。
 では仮に、今僕が、この全ての関係を断ち切られて、愛情を失ってしまったとしたら、どうしたらいいか… 
 少し、想像してみました。

 その状況でできる事といったら、一つだけでしょうか。
 今、一番近くにいる誰かをいたわり愛する事… やがてそれが、巡りめぐって自分の所に返ってくる事を信じて…


自分がいなくなった未来の為に

 昨日までの自分のブログを、少し読み返してみました。
 どうやら、日によって、僕はかなり気持ちにムラがあるみたいです(笑)
 微妙に文章の書き方が違っているというか…
   日によって性格が微妙に違う
 それにしても、24時ギリギリに更新している時の文章は、ヒドいですね…     あとで、文章を校正しときます(笑)

 今日、シャワーを浴びながら、ふと考え事をしていました。
 いつもどんな事を思って生きていたら、幸せでいられるんだろう… という事です。

 もちろん一番いいのは、何も思わないで、感性のままに生きる事だろうと思います。
 これなら、「思い」 というものによって、不幸になる隙が無いですから…
 とはいえ、人間は自分の思いを捨てられるほど、そう強くはないです。

 いつも、自分というものに囚われてこだわって、現実の世界を苦しみながら生きている。
 まるである意味、紙袋をかぶって外を歩いているみたいに、視界が効かない事さえあります。
 結局、こういう 「思い」 によって、自分の可能性というものを、うんと狭めている気がします。

 それで、思ったのです。
 だったら、自分がいなくなった未来の世界に思いを馳せて、生きてみたらどうだろうと…
 だって、どのみち百年後には、僕も貴方もこの世界からいなくなってしまうんですから。

 そう考えると、目の前の世界がなんか変わってきます。
 自分は生きている間に、一体どれくらいこの世界に貢献できるんだろう… なんて考えてみたりして。

 ひょっとしたら、自分の未来を託せる子供を残したい、と思うようになるかも知れません。
 それは、子供という存在を手に入れたいというような、ちっぽけな所有欲ではなくて、ましてや、自分と人を比べた時の見栄の為でも、男女の性欲を満たす為なんかでもない…
 自分がこの世からいなくなった後、代わりに、この世界に貢献してくれる後継者を育てたいという思い。

 とにかく、この世の中がもっと素敵になったらいいな、という純粋な気持ちです。

 別に、世界の食糧問題を解決するとか、中東情勢の緊張をなんとかするとか、そういう問題を抱えこむというんじゃなくて、もっと感覚的なものです。

 自分がこの世からいなくなっても、この世界はずっと続いていくんだ… なんて思うと、不思議な気持ちになります。
 なんていうか…
 今、自分の周りにある、人々や景色がもっともっと好きになるというか、いとおしく思える感覚…
 周りの景色と自分が溶けて同化して、一つになってしまうような… 
 ちょっと、うまく言えません。
    別にあやしい宗教とかじゃなくて ですよ(笑)
 
 まずは、自分がうんと幸せになる事です。
 そうすると、何となくいろいろ見えてきます。

 僕は、まだまだちっぽけで、足りない所だらけの人間ですが、こんな僕でもふとした瞬間に、光のシャワーの中にいる感覚を味わう事ができるのですから。

 P.S.
 今日は、ホームページに使うプロフィール写真の撮影をしてきました。  やっぱ、写真あった方が、鑑定受ける時に安心できますよね(笑)

 船堀にある 「らかんスタジオ」 という写真スタジオに行って、プロのカメラマンに撮影をしてもらいました。
    スタジオのセットに緑の背景があったから、それにした…
 やっぱり、プロのカメラマンはすごいです。撮影の時、うまく気持ちをリラックスさせて、シャッターをきってくれます。

 一週間以内には、郵送で写真が送られてきます。
 どんな仕上がりになるか、今から楽しみです。

 

人間の価値は比べようがない

 競争社会の現代のおいて、お互いが競争しあい、切磋琢磨しあって、お互いを高め合っていく…
 素晴らしい事だと思います。
 かけっこでも勉強でも何でも、競争しあえば、勝負も決まるし順位も決まる…
 当然の事です。

 たまに、人間の価値はそういうものではないので、順位を決めて比べるような真似をしてはいけない… とおっしゃる人がいます。
 一見、立派な事を言っているようで、実はこういう人が、一番人間の価値を理解していません。
 なぜ、こういう理屈になるかと言うと、「競争で負けた人は、みじめで価値が無い人だ。だから、競争なんか無くしてしまえば、みんなが幸せになるんだ」 という思考が根底にあるからです。

 本当に競争で負けた人は、みじめで価値が無いのでしょうか。
 そんな訳ないです。
 人間の価値なんて、比べようがないのですから…

 あるファクター(要素)では、相手が自分より勝っていても、また別のファクターでは、自分が相手より勝っている事だってあります。

 何かで、ライバルや尊敬する人と自分を見比べて、負けるものかって頑張って、自分を高めていく事は、大いに意味がある事です。
 でも、その結果、例え負けたとしても、自分を全否定するような事はしてはいけません。
 そのファクターでは、相手に叶わなかっただけの話です。
 まだ勝ち目が残っているのなら、再挑戦をすればいいし、そうでなかったら、あきらめればいい…
 そのファクターでは、相手が貴方より上だったというだけの話で、貴方が相手より上のファクターだっていっぱいあります。
 結論は、どっちの人間が上かなんて、比べる意味がない。

 社会でどちらが成功しているか比べるのも、同じ話です。
 例え今現在、どちらかが勝っているように見えても、一寸先はどうなるかなんてわかりません。

 目の前に赤ちゃんがいて、オレはこの赤ちゃんより腕の力も強いし、かけっこだって速いんだなんて言ってみてみても、20年後には見事に逆転されてます。

 年を重ねれば、その分だけ知恵もついてきますから、自分より若い人が、考え方の面で劣るのも当然です。でも、やる気やパワーでは自分の方が負けているかも知れません。

 だから、どんな相手であっても、侮ってはいけませんし、相手がどんな立派な人でも、へりくだり過ぎる必要もありません。

 誰に対しても同じように、相手の事を尊重するし、自分の事だって尊重しなければいけません。
 その上で、言うべき事は言うし、聞くべき事は聞く。

 そうすると、相手の中の良い所や、自分の中の良い所がいっぱい見えてきて、とっても幸せな気持ちになれますよ。


目標に向かって一直線

 今日は、タロット講座の4日目でした。
 僕はありがたい事に、占いという好きな仕事で、生活ができています。
 今の僕があるのは、周りの人達に支えられたお陰ですし、本当に運に恵まれている事を実感しています。

 振り返ればここまで、長い道のりでした。
 最初から、うまく行った訳ではありません。
 まずは、一人でも多くの人を鑑定したくて、池袋駅の東口に机とイスを出して、お一人1,000円で鑑定をしていました。
 その頃は、占いだけでは食べていけないので、他にアルバイトをやっていました。

 僕は、目標というものに対して、ブレる事はありませんでした。
 アルバイトはアルバイト、あくまでも占い師になれるまでの間の、生活の為の手段と割り切っていました。

 アルバイトとはいえ、お給料をもらっている訳ですから、ちゃんと真面目にやりました。
 そうこうしている内に、バイト先で知り合った人達とも、人間関係ができてきます。
 バイト先の社長に目を掛けてもらったり、食事をおごってもらったりした事もありました。

 お世話になりっぱなしでは申し訳ないから、その会社の為に頑張って仕事をする…
 こういう義理を貫く事は、とても大切だと思います。
 でも、そういったものに縛られすぎて、自分の本当の目標を忘れてしまったら、本末転倒です。

 僕は、本格的に占い師になろうと決めた時から、ホームページを持っていました。
 そのホームページでいつも、池袋で机をイスを出す日程と場所を発表していました。
 当時の僕のホームページは、ほとんど人に閲覧される事もありませんでしたが、発表する事で、自分の気持ちを高めて、逃げ出さないようにしていたんです。

 バイト先などで知り合いになった人や、池袋で鑑定をさせて頂いたお客様には、必ずそのホームページアドレスを印刷した名刺を渡していました。
 ホームページで鑑定をすると発表した日に関しては、バイトの会社からシフトに入る事をお願いされても、断りました。


 誰もが知っている日本の人気バンド 「GLAY」 のメンバーである、TAKUROとTERUは、北海道から上京したての頃は、音楽だけで生計を立てる事はできず、印刷会社の工場に住み込みで働いていました。
 一日三食つきで、家賃一万円の寮に入って、朝8時から夜10時半ぐらいまで残業をさせられて、働きづめに働く生活…
 お給料は決して悪くなく、それなりにお金も貯まっていきます。
 自分達の夢を理解してくれる上司や、面倒見のいい先輩もいて、人間関係も構築されてくるし、職場の居心地も悪くありません。
 とはいえ、朝8時から夜10時半まで働いたら、当然バンドの練習時間はありません。
 そして、いつしか、音楽で身を立てるという目標すら、忘れそうになっていく。
 わざわざ北海道から、印刷会社で働く為に上京した訳ではなかったはずなのに…

 TAKUROとTERUは、会社にかけあってはみたものの、残業をする事を断らせてくれなかったので、一人ずつ間隔をおいて、その工場を辞め、音楽活動が両立できる別のアルバイトを探しました。

 別に、何が何でも目標を貫く事が正しいと言っている訳ではありません。
 それは、その目標に対する個人の思い入れによって、決めればいいと思います。
 音楽で身を立てていきたいという気持ちが、大して重要な事でなければ、そのまま印刷会社に就職して、安定した人生を送るのもありだと思います。
 それは別に、恥ずかしい事ではありません。

 ただ、もし、あの二人が、収入や生活の安定を優先して、そのまま印刷会社でずっと働き続けていたならば、日本のGLAYというバンドは、存在していなかったでしょう。
 二人が目標というものに対してブレなかったから、今のGLAYはあるようなものです。

 目標に向かって一直線で頑張っている人は、その気持ちが本物なら、後押ししてくれる援助者が現れます。
   GLAYの場合は、YOSHIKI
 チャンスと言うのは、どこに転がっているかわかりません。
 それをつかむ為には、自分の存在を知らせる事が最低限必要です。
 今の時代なら、ブログかホームページの最低どちらかは、持っておくべきです。

 例えば、僕だって、そんなに安くない講座料を払って、遠くから僕の講座に通って下さる受講生に、占い師を目指している人がいたら、出来る事はしてあげたくなります。
 ところが、ブログもホームページを持っていないとなると、例え紹介をしてあげたくても、してあげられません。

 それにブログもホームページもないという事は、自分の情報を発信しようがないので、その時点で頭打ちになってしまいます。
   だから、ぜひブログは持っておきましょう(笑)

 目標に対してブレなければ、例え紆余曲折はあったとしても、やがてはそこに到達できるはずです。

 P.S.
 今日のタロット講座の後半は、受講生一人一人のタロット・スプレットを読み解いていきました。
 受講生のお一人である、手相家・哲ちゃん(「手相家 哲ちゃんのブログ」)は、占い師として、鑑定イベントなどで幅広く活躍していらっしゃいます。
 哲ちゃんは、僕が講座の開催を発表した夜に、真っ先に申し込んで下さいました。
 講座の中で読み解いたスプレットの解説が、少しでもお役にたてばよいのですが…

 
 

ヒーローは強くなくてはいけない

 お世話になっている社長との待ち合わせで、久しぶりに秋葉原の街に行きました。
 秋葉原もずい分と変わりましたね。
 AKB48という存在がブームになった事でもわかるように、あの街は少し特殊な文化を形成しているというか…
 昔は、「電気製品が安く買えるメッカ」 でしかなかったのですが…

 いつも社長からは、暖かくも厳しいご指導を頂いております。
 僕は数か月前から、いわゆる自営業というような道(本人も良くわかっていない…)を歩み始めたのですが、慣れていないせいか、どうもまだ足元がおぼつきません。

 社長から、今回ご指導を頂いたのは、
 「何でも自分でやらないで、きちんと、人に指示を与えるべきだ」 という内容でした。

 これは、僕の最も苦手とするところのようです。
 僕は、自分の仕事を、人に頼めないんです。
 もちろん、お店に行ってお金を払って何かを依頼するという事はできるんですけど…

 何ていうか… 人に自分ができる仕事をやってもらっていると、何か申し訳がないような気がして、どうもその間は居心地が悪いんですよ…
 だから、結局自分でやってしまう… その方が気持ちが楽なんです。
 今、僕が常に時間に追われてしまっているという要因も、確かにここにあると思います。

 誰かに 「お仕事、何かお手伝いしましょうか?」
 って言われても、
 「あっ、大丈夫、一人でやれる仕事ですから…」
 みたいな事を答えてしまいます。

 ある人は、僕の性格を熟知していて、僕が講座に使う、パウチのタロットカードにマグネットを貼る作業を途中にしていたら、何も聞かないで、いつの間にか仕事を仕上げてくれてました。
      感動した…  本当にありがとう

 人に対して、ものを強く言えません。だから僕は、人からの影響を受けやすいです。
 どうしょうもなく身勝手な迷惑な人に対しては、そうでもない事もありますけど、そんな人には滅多にお目にかかりませんから…
 人に頼み事をするというのは、最も苦手です。

 でも、このままのスタイルで、今の仕事を続けると、明らかに頭打ちになりそうです。

 注目してくれる人が増えて、やらなければらなない事が多くなってくると、仕事を人に頼んだり、時には人に強くものを言う事も必要になってくるでしょう。

 大いなる力を持つヒーローは、強くなくてはいけない。
   昨日のブログのノリ、まだ抜けきってない… アキバの街の影響(笑)

 ヒーローには、まるで縁遠い僕ですが、かといって、このまま自分の殻にこもって安全な場所でぬくぬくとしているも許されないような気がしました。
 細かい事にこだわって、二の足を踏んでいる事は、人に対する思いやりではなくて、単に弱さでしかないのかも知れないし…

 カールスモーキー石井さんの 「アートの祭り」 (5/5ブログ 「僕の心の中の一冊」参照)の中で、著者のカールスモーキー石井さんは、人気バンド「米米クラブ」のアルバムのプロデューサーという立場にたった時の苦しみを書いていました。

 プロデューサーとして距離を置いて、「米米クラブ」 を見なくてはいけないので、今まで通りに仲間と一緒に朝までレコーディングをやるのではなくて、あえて途中で自分だけ先に帰って、でき上がったものを冷静に聴いて判断する、というスタイルに切り替えたそうです。

 みんながレコーディングをやっているのに、「じゃ、俺、帰るよ」 って帰ってしまったり、その次の日 「これよくないじゃない? カットすれば」 とか、言わなければならない事がとても辛かった、と語られています。

 「米米クラブ」 は、90年代の日本で最もブレークした音楽バンドでした。
 カールスモーキー石井さんは、超人気のアーティストでしたが、いつも謙虚さを忘れない人でした。
 「アートの祭り」 の中で、次のように語っています。

 僕は、自己主張とかわがままっていうのは“認める”というところから始まらないといけないと思うんですよ。
(中略)たとえば僕たちのコンサートにきてくれる人たちに対しても、一緒くたにして 「どこに行ってもいっぱいだ」 みたいなことを言うのって、もってのほかだと思うんですよ。二千人なら二千人。一万人なら一万人。それぞれの人生があったり、ひとりひとりが泣いたり笑ったりしている訳ですから。
 それを考えたうえで、そういう人生を持っている人たちが観にきてくれてるんだ、ということに責任を持つべきだと思うんですよね。
 そう考えるとね、すごく大変な職業を僕たちは選んじゃっていると思う。いい加減な表現をしているけれども、いい加減に練習してちゃだめだなって思うようになりましたね。

(カールスモーキー石井 著 「アートの祭り」~ わがまま↔自己主張 ~より)


 仕事がうまく行って忙しくなると、やり方やスタイルを変えなければならない事が出てきます。
 時には非情な手段に出なければ、仕事が成立しないような事を経験されている方もいらっしゃるでしょう。

 時折、その仕事のスタイルが、いつしか自分の性格に反映されてしまう方もいらっしゃるようです。
 「あの人、昔は優しかったのに、今はすっかり偉くなっちゃったね」
 とか陰口を言われたりして…
 この先、どんな選択を迫られる事があっても、それだけは気をつけたいです。

 どちらにしても、何度も何度も自分の殻を破り続けなければ、この先に進めそうにないですね。
 これは、きっと誰だって同じですよね(笑)

 それなら、みんなで頑張っていきましょうか。
 その殻を破った先に、素晴らしい未来がある事を信じて… 


大いなる力は、大いなる責任を伴う

 大いなる力は、大いなる責任を伴う…
 これ、映画「スパイダーマン」の中に出てくる言葉です。
  最近ブログのお題、格言ぽいのばっか になってきた。 パリの話題はどこへやら…

 映画の中で、スパイダーマンことピーターは、自分の感情をはさみ、強盗を取り逃がしたのが遠因で、愛する伯父が殺されてしまいます。
 これは、その伯父が死の間際にピーターに言った言葉です。

 スパイダーマンのようなスーパーパワーを持っている人はいませんが、我々は長く同じ仕事をやっていると、その立場に置いて、自分の発言の影響力が大きくなっている事があります。
 自分の中身は変わらないのに、なんだか偉くなったような気分になります。
 これ、気持ちいいですけど、要注意です。
 ある意味、とても危険な状態とも言えます。

 昨日は秋葉原で、お世話になっている社長にお会いして、経理や確定申告のやり方を教えて頂きました。
 税金の申告のやり方がわからないと困る事もあるだろうという、社長のご厚意に甘えて、いろいろと勉強させて頂きました。

 その際、昨日のブログの中で、一箇所、誤解を受ける可能性がある一文があるので、表現を変えるべきだという、ご指摘を受けました。
 例えとして出した、経営者の苦悩の話の部分なのですが、なるほど確かに誤解を受けかねない文章だったので、その場で即座にスマートフォンを用いて書き直しました。

 趣味で書いているブログならともかく、これだけ閲覧して下さる方が増えてくると、もう好き勝手には文章を書けないですね。
 これを読んだ人に、この話がどう思われるかという事を、常に気にかけてないといけません。
 これは、ホームページに関しても同じです。

 僕なんかはまだしも、影響力が大きな立場にいる人は、発言に個人的な情をはさむ事さえ、難しくなってきます。
 不用意に誰かを持ちあげれば、秩序が乱れてしまうし、他の人との人間関係にも影響を及ぼします。

 たやすく、「君のホームページにリンクをつけてあげるよ」 なんて事も言えなくなります。
 それをやってしまうと、他の人から頼まれた時にも、同じようにしてあげないと気まずくなって、収拾がつかなくなってしまいます。

 政治家や公の機関に勤める人などは、仕事上でこういった私情をはさむ事は、もう絶対に許されません。
 どんなに、職権を用いて誰かに目を掛けてあげたくても、それは決してできません。
 常に公正無私でなければならない…

 「大いなる力は、大いなる責任を持つ」 というのは、「大きな力を持ったら、私情をはさむ事は許されず、自分の正義というものに対して責任を持たなければならない」 という意味でしょうか。

 自分というものを捨てて、天の役目を貫き通す覚悟…
 でも、その覚悟が本物なら、天の神様は貴方に、スパイダーマン並みのスーパーパワーを与えてくれるかも知れません。


人生は計画的に

 今日は夏至。一年の中で、一番昼が長い日です。
    紫外線も一番強い…
 これから、だんだんと暑くなっていきますけど、明日以降は昼の長さはだんだんと短くなって、冬に向かって行く…
 そう考えると、何だか不思議な感じがします。

 だから、今のうちに冬支度をしておこう… という人は、まずいないでしょうけど(笑) 早すぎ…

 大きく成功する人は、常に先の事を見ています。
 経営者の人が言っていましたけど、ヒット商品を生み出す為には、何年か先に何が流行っているかという事を、常に気に掛けていないといけないそうです。

 「アリとキリギリス」 の話ではありませんが、常に目先の事だけを見ている人は、思わぬ落とし穴にはまります。

 昨日の夜、ポストの中を見たら、国民健康保険料の払込書が入っていました。
 なんか、僕にとっては、これ、とんでもない額なんですけど…
   市民税県民税と合わせたら、ほとんど持っていかれる

 パリ滞在と引っ越し費用で、かかるであろう税金の分まで使い果たしてしまってましたから…
 一つ間違ったら、借金生活でした(笑)

 経営者の人で、事業がトントン拍子にうまく行って、羽振りが良くなって豪遊する人がいます。
 でも、収入の申告もきちんとしてなければ、事業に使った領収書も取っていなかったりして…

 それである時、税務署から追徴課税やら重加算税がドーンと請求されます。

 お先、真っ暗ですね…
 何でも、国税局から億単位の税金を請求された人は、命を絶とうとするというような、とんでもない事を考える人もいるようです。
 
 税金を払おうにも、全てお金を使いきっちゃっていますから、払いようがない訳です。
 でも、死ぬ覚悟があるのなら、逆境に立ち向かって乗り越える事だって、できるはずなんですけどね…

 幸せな人生を送る為には、先の事を考えておいた方がいいです。
 貯金もしておくべきですし、若い人は、しっかりと老後の事も考えておいた方がいい…
 今は体も健康で好き放題できるでしょうけど、年を取ったらそれができるとは限りません。
 暴飲暴食は、なるべくならしない方がいいです。

 もし、いいなと思う人がいたら、結婚して家庭を作った方がいいし、子供もいた方がいいです。
 年を取って、一人きりになるのは寂しいですから…
 人生は計画的に送るべきです。

 なんか、「そういうお前はどうなんだ」 って言われそうですね。
 僕だって、少しはその辺の事、真面目に考えてはいるんですよ(笑)


  
 

前を向いて歩こう!

 昨夜は、台風が来ていました。
 なんか、外ですごい音がビュービュー鳴っているなあ、と思っていたのですが、お世話になっている社長から、メールで知らされるまで、台風の事を知りませんでした(笑)
   情報難民 … やばい

 家から一歩も出ずに、パソコンとずっとにらめっこしながら、タロット本の原稿を、もう一度作り直していたんです。

 パリからの帰りの飛行機の中で、せっかく出来上がったタロット本の原稿の入ったパソコンが、盗まれてしまいましたから…(4/3ブログ 「冷静でいられれば、ピンチはピンチでなくなる」参照)

 なんかこの作業、いつも全然、はかどりません。
 この前は、タロット講座の準備をするのと同時に、一日2枚ずつ原稿を書くって、張りきっていたんですけど、結局ダメでした。

 正直この作業、気が乗らないんですよ…

 昨日も、気持ちが散漫になって、集中するまでに、ものすごい時間が掛りました。
 日頃の寝不足がたたって、パソコンの前で居眠りをしてしまいました。
 一回書いた原稿なんだから、作業はサクサクと、はかどりそうなものなんですが…

 記憶をたどって、書いた内容を思い出そうとしても無駄ですね。
 断片が思い出せても、文章にならないです(笑)
     更新に失敗をして、消えてしまったブログの書き直しと同じ…

 いっその事、新しく書くんだ、という気持ちになった方が早いです。

 それにしても、なんでこんなに、この作業は気乗りがしないのか… って考えると、理由は一つだけみたいです。

 心が過去に戻っちゃっているんですよ。

 あの時、ノートパソコンをスーツケースに入れて鍵をかけておけばよかったとか…
 よくも人のパソコンを盗んで、平気でいられる人間がいるもんだとか…

 いけないとわかっていながら、そんな風に考える自分がいるんです。
 窓の外で、台風の風がビュービュー吹き荒れる中、僕の心もグラグラと葛藤をしました。

 で、こう考える事にしました(笑)

 あのパリで書いた原稿は、そのまま使ったら、大して売れない本になっていたから、神様が作りなおすチャンスをくれたに違いない…

 そう思ったら、なんかだんだんと、そんな気がしてきましたね。

 やっと夜中になって気持ちが盛り上がって、そのまま朝まで徹夜してしまいました。
   パソコンの前で居眠りしてた反動…

 人生は、後ろを振り返ったら、辛い事だらけです。
 特に、一生懸命やっていた事というのが、全て水泡に帰すような出来事は、本当に耐え難いものです。

 せっかく努力し続けた夢をあきらめるとか…
 苦労して貯めたお金が、無駄なものに消えてしまうとか…

 どうにもならないものを、取り戻そうとしたって駄目です。
 「悔しい」 と思う心は、自分の起爆剤にできたなら、その後は捨ててしまうべきです。

 それ、神様がもっと貴方を幸せにする為に、してくれた事かも知れませんよ。

 前を向いて歩き始めた時、その事にきっと、気がつく事ができるはずです。


こだわりを持つ事で人生は楽しくなる

 外はすっかり日が長くなって、だんだんと夏が近づいてきましたね。
 夏と言えば海…   海が呼んでいるぜ(笑)
 海と言えば、やっぱりサザンオールスターズです!

 見つめあ~うと~ぅぉ~ すな~ぅおに~ おしゃ~べり~ 
でき~な~い♪

 桑田さんは、いつまでたっても年を取らないですね。

 桑田圭佑さんは、本当に陽気な天才ミュージシャンですが、前にテレビで奥様の原由子さんが、ご主人の事をお話していました。

 家で音楽の仕事をしている時の桑田さんは、本当に神経質で、「何かが足りないんだ」 と言いながら、何度も何度も同じデモテープを、気が遠くなるくらい繰り返して聴いているそうです。
 原さんが 「もう、それでいいじゃない」 と言っても、一切妥協しようとしない。

 サザンオールスターズの 「桑田サウンド」 と呼ばれる名曲は、桑田さんの徹底的なこだわりによって、作られているんですね。

 大きな成功をしている人って、例外なく自分なりのこだわりを持っています。
 表面には出さないけれど、神経質な人が多いです。
 誰の目にもとまらないような、ちっぽけな事でも、少し病的と思えるくらいにこだわったりします。

 物事にこだわりを持たない人は、一時的に成功する事はあっても、一つの分野で大きく大成するというような話は、あまり聞きません。

 こだわりを持つと、仕事が楽しいです。

 例えば、僕のホームページ(「浅野太志の占い鑑定」)
 これは全部、ホームページ作成ソフトを使って、自作で作ったんですけど、それなりにいろいろと、こだわっているんです。

 題字のフラッシュなんて、まる一日掛けて作りました。
  朝、作業に取り掛かったら、夢中になってそのまま夜中になっていた…

 題字に使っているタロット・カードは、全部が良い意味になるように、正位置・逆位置を気にして作ったんですよ。
 誰もそんな事、気にも とめないでしょうけど(笑)

 それから、無料占いアプリケーション 「精霊タロット」
 実際にプレイしてみるとわかると思うんですけど、これ、4枚のカードの中から、好きな1枚を選ぶ設定になっています。
   Netscapeでは作動しません。  あねご ごめん

 この手のアプリケーションのプログラム・ルーチンというのは、4枚のカードのどれをクリックしようが、ランダム関数によって、同じようにカードが決められる事がほとんどです。
 プログラム・ルーチンなんて、誰も見る事ができないですから、普通そうやって作る方が一般的です。プログラムもシンプルに作れます。

 でも僕、そんな風なルーチンにするのは、すごく嫌だったんです。
 だから、カードがあらかじめ4枚並んだ時に、すでに表の絵が決まっているように、プログラムを組みました。
 こうすると、プログラムを作る手間としては10倍ぐらい、かかってしまいますが、作っていて気持ちいいんです。

 他にも、このアプリケーションは、見えない所で、かなりこだわって作っています。

 無料のアプリケーションで、誰にも知られない所にこだわるなんて、無意味だと言われるかもしれないけど、これは、僕の思い入れなんです。
 誰にも見られないからと言って、いい加減には したくはないし…

 でも、こうやって生きていると、人生楽しいです。

 要領は悪いかも知れないけど、こだわりを持つ事で良い仕事ができるし、こだわりを持つ事によって、人生そのものが、すごく楽しくなる気がするんです。


 

それがなければ、そこにたどり着く

 今、自分が、いろいろな事が不思議とうまくいっているのを実感します。
 本当にこういう時というのは、調子に乗ってしまいやすいです。
 これでも、気は引き締めているつもりなんですけど…

 自分は人よりも、できる人間なんじゃないかって…

 これ、本当にどうしようもない思い違いなんですけどね。
 こんな風に考えるようじゃ、まだまだ修業が甘いです。
 だって、本当にすごい人なら、こんな風に思わないはずだから…

 それから、自分は普通の人よりも根性があると、つい思ってしまう事があります。

 これも、明らかに間違いですね。
 僕はだいたい、腕立て伏せも腹筋も大してできないし…

 もし、僕が根性というものを発揮できているとしたら、それは根性が発揮できるような状況に恵まれていただけの事に過ぎません。

 だいたい根性なんて、人と比べようがありません。
 人がそれぞれ持っているバイタリティーみたいなものって、そんなには変わらないと思う。

 よく、いつもやる気が起きなくて、疲れきっているという人がいます。
 少し前までは、僕、こういう人というのは頑張っていない人だと、思い込んでいました。

 でも、ひょっとしたら、そうじゃないかもしれない。

 嫌な事があって打ちひしがれて、それでも負けるもんかって這い上がったにもかかわらず、また嫌な事があって打ちひしがれて…
 こういう事が何度か繰り返されて、全てのやる気を失ってしまったのかも知れません。

 僕だって、そんな事が7~8回も続いたら、きっと、今の根性を無くしてしまうと思う。

 例えば、今このブログを毎日続けていますが、もしも、ブログを読んでくれる人が誰もいなくて、僕の事を見てくれる人も誰もいなかったら、絶対に続けられていなかったと思うんです。

 そう考えると、本当、僕は運だけに助けられているなあ、と思います。

 運というものだって、人によって波はありますが、生まれながら運に見放されている人なんていないと思う。

 ではなぜ、世の中には成功者と呼ばれる人と、そうではない人がいるのか…

 僕、それは、たった一つの違いで決まっているような気がします。

 ただ、日々の生活の中の誘惑によって、気持ちがそれるかそれないか… きっとそれだけだと思います。

 成功をつかむ人というのは、日常生活の要所要所の選択において、安易な誘惑によって、気持ちが惑わされる事があまりありません。
 世の中には、たくさんの誘惑があります。そして誰でも、人間は弱点があります。

 魅力的な異性にめっぽう弱い人…
 お酒や快楽に弱い人…
 ギャンブルや刺激に弱い人…
 自分の損得をいつも気にして計算しすぎる人…
 地位や役職にやたらとこだわる人…

 こういった物に心を囚われてしまうと、そこで気力を消耗してしまって、目の前の事に全力で、ぶつかる事ができなくなってしまいます。
 欲求不満で心が悶々として、やる気が起きなくなってしまう… 

 だから、そういうものに心を奪われ過ぎないで(人間なので、完璧にはいかなくとも)目前の事に対して一生懸命取り組めば、きっと誰でも運が開くと思う。

 人の能力に、そんなに大きな違いなんてありません。
 自分の気持ちさえそれなければ、誰でも必ず、行きたい場所にたどり着く事ができるはずです。

 

ゼロから始める勇気

 今日は、タロット講座小アルカナ編の3日目の講座をやりました。
 小アルカナは56枚もあるので、何度かに分けて、それを最初に解説してしまう予定ですが、今日でやっと、半分の26枚が終わりました。

 それから、講座中に、「え~」 とか 「あの~」 とか言わないように、気をつけていました(笑)
  でも、何度か言ってしまった…

 さて、鑑定でも講座でもそうですが、何事も経験を積むと、だんだんと自信がついてきて、軽くこなせるようになってきます。

 「こうやればいいんだ」 みたいなものがわかってくると、心に余裕が出てきます。
 いつもと同じパターンで行けば、そこそこ結果は出せるので、それを繰り返していればいいという訳です。
 そういう意味では、経験というのは強力な武器になります。

 でも、人間は弱いから、そういうものがあると、それにどっかりと腰をおろして安住してしまいがちです。
 そのやり方で、たまたま上手くいったりすると、「このやり方で正しいんだ」 みたいな勘違いや思い込みがたくさんできて、身動きが取れなくなったりして…

 時がうつろい過ぎても、相手が変わっても、今まで培ったノウハウにしがみつかなければ生きていけなくなります。

 僕は、今仕事もそれなりにうまく行っていて、鑑定件数やキャリアもそれなりに積んで、何か変な自信がついてしまっているような気がします。
 いっその事、それを手放せばいいんですけど、手放したら全てを失ってしまうような気がして…

 自分のやり方を捨ててゼロからやり直すのは、とんでもなく勇気がいります。
 これを見事にやってのけたのが、フランス・パリの美の巨匠、ルノワールです。  喫茶店じゃなくて ですよ(笑)

 僕は画家の中で、ルノワールが一番好きです。
 ルノワールが描く絵の中の人物は、みんな生き生きとしていて暖かいんですね。
 
 ルノワールは印象派の画家の中でも、クロード・モネと並んで、比較的若いうちから自分の絵画を確立して成功した最も有名な巨匠です。

 画家として、ある程度の成功を収めたルノワールは、婚約者のアリーヌとイタリア旅行に行った時に、ローマで目にしたラファエロという画家のフレスコ画にすっかり魅了されてしまいました。

 僕は、このラファエロという人の絵も大好きです。
   サイゼリヤに飾ってある絵は、だいだいラファエロ

 でも、明らかにラファエロと、前期ルノワールの絵とは、全くタイプの異なるものです。

 さて、ローマでラファエロの絵に魅了されたルノワールは、この絵のスタイルを何とか自分の作品に取り込もうと、悪戦苦闘をしました。
 でもそれは、今までの自分が作り上げたスタイルをかなぐり捨てるようなものです。

 ルノワールの作品に 「雨傘」 という絵があります。
 よく見ると絵の左側と右側の筆のタッチが全く別物で、めちゃくちゃ違和感があるんです。

 最初に絵の右側の人物を描いてから、イタリア旅行をした後に左側と雨傘を描いて完成した絵です。

 この頃は、作品そのものから、今までのルノワールの良さがすっかり消えてしまいました。
 そこにあるのは、ラファエロの画風を究めようとする、ゼロから始めた修業中の画家の筆使いでした。
 ルノワールの支持者は、すっかり失望し、肖像画の依頼などはめっきり減りました。

 一番悩み苦しんだのは、ルノワール自身だったと思います。
 普通の画家だったら、そんな無謀な挑戦はしないで、成功を収めている今のスタイルを貫き通すでしょう。
 でもルノワールは、あえてその危険を犯しました。

 それからいくらかの月日が過ぎた後、ついに、ルノワールは、本来の自分のスタイルを取り戻しました。

 オルセー美術館に飾ってあった、ルノワールの 「ピアノを弾く少女たち」 は、心の旅をしたルノワールが本来の自分を取り戻る事ができた作品です。
 (オルセー美術館については、3/21ブログ 「パリの休日」参照)

 人間は誰でも成功のパターンをつかむと、それを自分の物にしたいと思います。
 でも、それにしがみついていると、いつも結果はそこそこ出せていても、それ以上発展する事はありません。
 そこには 「慣れ」 しかないですから…
 感動もなければ、創意工夫もない。
 あるのは、「今まではこれでうまくいったから、次もうまくいくだろう」 という、裏付けのない自信だけです。

 そんなものに頼らず、もっともっといろいろ学んで、自分の中に取り入れていこうと思いました。

 鑑定を始めたての頃のドキドキしていたピュアな自分を取り戻そう…
 タロット講座からの帰り道、ふと、そんな気持ちになりました。


自分から目をそらさない

 明日は、タロット講座・小アルカナ編の3日目の講座になります。
 例によって、また準備に追われまくっています。

 毎週、悠庵のTさんから借りたハンディカメラで、自分の講義を録画しているのですが、カメラが録画データでいっぱいになってしまいました。
 そこで、この前ヨドバシカメラで買ったケーブル(6/11ブログ 「人は損得なしで行動してくれる人に心を開く」参照)を使って、パソコンに録画データを取り込みました。

 どんな風に写っているかな… って少し見てみたら…
 なにこれ…、 超ハズカし~
 すぐに画面を消しました(笑)

 でも、やっぱり、そんな事を言って逃げる訳に行かないから、もう一回トライしてみました。
 やっぱり、やっぱり、ハズカし~
 これは、「いっそ、殺してくれ~」 っていうくらい、恥ずかしいです。

 何度も何度も 「え~」 「あのう~」 を連発してるし…
 言葉の語尾は聞き取りにくいし、それに、この照れ笑い、もう最悪ですね。
 本当に、受講生の皆様、申し訳ありません。
   もう、いっそ 僕を殺してください…

 でも、もう自分から目をそらすのは、やめようと思いました。
 それは無責任だから…

 今まで、いつも自分から目をそらしていた気がします。
 だから、何も変わらなかったのかも知れない…

 今まで自分から目をそらせていたのは、自分の事が嫌いだったから…
 もうそろそろ、卒業しようと思います。

 悪い所は、一度には直らなくても、意識して少しずつ直そうと思います。

 さてさて、今日も、まだ明日使う講座のテキストが完成していません。
 このまま夕食を取って、一気に完成させるつもりです。
 先週の失敗を生かして、もう絶対に、テキストを印刷し終わるまでは寝ませんよ(笑)

 それでは、頑張りますっ!


見た目を変える事で、中身も変わる

 考えてみれば、僕は、ブランド物の服装なんてした事がないです。
 そういうものに、あまり興味を惹かれなかったのもあるし…

 もちろん、昨日のブログのYさんが指摘した素敵な服装というのは、ブランド物という意味ではなく、センスが良くて、人の心を惹きつける服装という意味だと思います。

 僕は今まで、身だしなみは、あまりこだわる方ではありませんでした。
 「男は外見じゃなくて中身だ」 と考えていましたから… まあ、中身ができていたかは怪しいんですけど(笑)

 だから極端な話、例えジーンズをはいて鑑定をしていても、それが良い鑑定だったら、そういうのもアリだ、くらいに考えていたのです。

 でも、やっぱりそれは違うかな… と考え直しました。
 鑑定を受けるお客様からしたら、ジーンズでは、大切に扱われていないような気持ちになるでしょうし…

 それに何より、素敵な服装をする事で、中身も素敵になれる、という副産物もあるのです。
 見た目を変える事で、中身も変わる。
 もちろん、最初から内面を向上させる気のない人は別ですが…

 これは、今落ち込んで、中々笑顔になれないような人が、意識して笑顔を心掛ける事によって、幸せを呼び込むというのと同じです。

 また、運気が落ちていて、凶方位ばかり移動しているような人が、無理やりに吉方位に引越しをする事によって、運気が改善されるのとも、基本的に同じ理由です。

 エンターテナーが、舞台衣装にこだわるように、常に人に見られている意識がある人は、自分の服装に非常にこだわります。

 日本を代表するダンス・アーティストのケント・モリ氏は、マイケル・ジャクソンやマドンナにも才能を認められたトップ・ダンサーですが、コンビニに行く時でさえ、誰に会うかわからないという理由で、よそ行きの服装に着替えて出かけるそうです。

 服装や外見がその人の内面性を表しているという事は、必ずしもという訳ではないにしろ、多いものです。

 中には自分を必要以上に見せたい人が、ブランドを着飾ったりして、服だけが一人歩きしてしまっているような状態もありますが、それは別として、一流の服装をする事によって、自分を一流に高めていくきっかけを作れるのも事実です。

 まあ、僕は、ブランド物のスーツを洋服ダンスに揃える気も、それをするようなお金もありませんが、買い物上手になって、少しはオシャレのセンスも身につけようと思いました。


アドバイスに導かれて

 昨日は、何度か鑑定をお受けになって下さった、経営者のYさんのご紹介で、洋服のコーディネーターや経営者の社長にお会いしました。
 鑑定を少しさせていただいた後に、お食事をご馳走になったりしました。
 Yさんを含め、一流の方ばかりで、かなり緊張しました。

 レストランの場所とか全てのセッテイングは、Yさんがして下さいました。
 Yさんは、僕にとっても、相手の方にとっても、お互いにプラスになればという事で、引き合わせてくださったのです。

 僕は、計画的な収入確保みたいな事も知恵が回らないし、ビジネス作法とか社会常識的な事にも、かなり疎いです。
 経営者のYさんはそれを察して、僕を危ぶんで、いろいろと親身にアドバイスを下さいます。
 そのアドバイスの一つとして、もっとハイセンスの一流の服装をするように言われました。

 僕、今まで、自分の服装にそれほどこだわった事はありませんでした。
 正直な所、清潔にさえ見えれば、普通のスーツとネクタイで十分だと、思っていました。
 自分はどちらかといえば、庶民的なキャラがいいかなと…

 それで、
 「僕は、あまりセレブなキャラは似合わないので、鑑定でも、近所のお兄ちゃんの立ち位置であり続けたいんです」
 と言いましたら、Yさんは次のようなアドバイスを下さいました。

 「鑑定のスタイルは、今まで通りそのスタイルを変える必要はありません。でも、センスの良い服を着て鑑定をする事で、相手のお客様にも夢を与える事になるのです」

 これには、グッときました。
 なるほど、確かに…

 さらに、タロット講座の時は、ノーネクタイでポケットチーフをして講義をするように、アドバイスを受けました。
 早速、次回の講座から、このスタイルで行こうと思います。

 思えば、Yさんとは、パリに滞在中の時にスカイプ電話で鑑定をさせて頂いて以来のお付き合いです。
 僕自身は、気合いとか根性ぐらいしか取り柄のない、行きあたりばったりの人間ですから、Yさんのような、頭の良い戦略を張り巡らせてくれる軍師のアドバイスは、本当に貴重です。

 僕は今までも、こういうたくさんの人のアドバイスに導かれて、助けられてきました。
 今、それを実感しています。
 たくさんの人との縁に、心から感謝しています。


その時期が来れば、おのずと運が開く

 ここ最近ずっと、時間に追われる日々が続いています。
 いや、どちらかというと、僕が 「待ってくれ~」 って時間を追いかけている感じです(笑)

 タロット講座の資料作り、パリから帰国する時に無くなってしまった本の原稿の書き直し、読まなければいけない分厚いレポート用紙に書かれたお手紙もあるし…

 にもかかわらず、昨日は、野口英世と松下幸之助の半生を調べるのに、半日使ってしまった…
   なにやってるんだ~(笑)

 でも、毎日楽しいし、幸せです。
 僕、今までの人生で、これほどまでに充実した時期は無かったと思う…

 思えば、18才で上京してからは、ずっと自分の名を上げようと、必死の毎日でした。
 ある劣等感から解放されたいのが、理由でした。
 性格、悪かったですよ。 それは、もう…(笑)
 野口英世といい勝負だったんじゃないですかね。
   野口英世は、性格悪い。 けど、共感できる…

 きっと、今の僕の性格からは想像つかないですね。

 この前、時々メールを送ってくださる岡山のMさんが鑑定にいらっしゃったんですけど、Mさんの人柄は、僕から言わせると、まるで仏様です。
 Mさんというのは、地元で旦那様とお子様に囲まれた幸せな生活を送りながら、占い師としても活躍されているご婦人です。

 いつも、感謝を忘れないし(4/16ブログ 「感謝の達人」参照)、人に対する気遣いも忘れない…
 あれは、パーフェクトです。

 でも、鑑定の時、おっしゃっていましたね。
 「私は、昔は今みたいな性格じゃなかった」 って…

 なんか、妙に納得してしまいました。
 きっと、今まで並々ならぬご苦労をされて来たのでしょう。
 僕、あの人間性は、打たれて強くなったそれだな… って感じたんです。

 刀鍛冶は刀を作るのに、鉄の原石の塊を火の中にくべて、トンカチで叩いて伸ばして、今度はジュワ~っと水の中に入れる、という作業を繰り返します。
 刃こぼれしない一級品の名刀は、そうやって作られる。
 人もそういう風に、打たれて強くなっていくんだと、思います。

 生まれながらに良い躾をされて、大した苦労はしていないけれど、性格の良い人がいます。
 でも、脆いんですよ。綺麗なものしか見ていないから、ちょっと醜い人間の憎悪なんか目にしてしまうと、心が折れてしまう…

 もちろん、それでも負けずに立ち上がれば、やがて名刀になるんですけどね。


 僕、今、自分の人生が開けてきているのを、本当に実感しています。
 若い頃は、いつも早く結果が出てほしくて、焦り続けていました。

 でも、それが本当に今で良かったと、心から思えます。
 もし、もっと若い頃に、こうなってしまったら、今ほど幸せになれなかったような気がします。

 頑張っている人は、その時期が来ればおのずと運が開きます。
 人生の中で、なかなか運が開かない時というのは、暗中模索の藪の中にいるようです。

 でも、ちゃんと神様は、運が開くタイミングが、その人にとって、もっともふさわしい時期になるように、うまくセッティングして下さっています。


偉人達の隠された葛藤の日々

 人の一生には、いろいろなパターンがあります。
 伝記やドキュメンタリーで語られる偉人や成功者のパターンは、若い頃は並々ならぬ苦労をし、努力を重ね、試練を乗り越えて、ついに偉業を成し遂げる… というものが多いです。

 その並々ならぬ苦労や努力をしている所を、感動秘話や美談として語られます。
 逆境に遭っても、それにもめげず、ひたむきに頑張っている立派な人格者として…

 だから、そのドキュメンタリーを見ていると、
 「オレは、こんな風な立派な人間じゃないから、やっぱり大成功者には、なれないんだ」
 と、肩を落とす人もいるかも知れません(笑)

 それはもう、相手は、根性のすわっている立派な人格者ですから… 普通の人では太刀打ちできません。

 でも、本当にそうなのでしょうか…

 僕は運良く、何気に今まで、成功者の方とお話をするような機会に、恵まれていました。
 あと、過去の偉人とか、時流に乗った大成功者の生い立ちを、調べてみたりもしました。

 その結果、わかったのは、
 「偉人や成功者が、必ずしも生まれながらに立派な人格者じゃない」 という事です。

 そして、伝記などでよく語り継がれる、忍耐と努力の並々ならぬ苦労というような、綺麗事で済まされるような試練ではなく、もっともっと人間のドロドロした感情と闘いながら、それを乗り越えてきている、という事です。

 幼少の頃、虐待や人の裏切りにあっていたり、嫉妬心や恨みつらみに取りつかれていたり、とんでもない劣等感を持っていたり…
 だいたい、このあたりの事は、公に語られる事もないし、本人もそれを語るのを快しとはしないです。

 人間は誰だって、理不尽な目に遭ったり、人から罵倒されたり、蔑視されたりしたら、性格はいびつになります。
 そして、当然ながら、人間関係だってまずくなる…

 周りが四面楚歌で背水の陣になって、もう、何が何でも、このまま負ける訳にはいかないんだ… というような窮地に追い込まれる。
 意外な事に、とんでもない成功する人って、こういうパターンが多いです。
 あまり、語られてませんけど…

 中途半端に心が満たされていたりすると、ある程度成功した所で、「まっいいか」 って事になってしまいますから。
 確かにある意味、人間は、その方が健康的なんでしょうけど。

 痛みに打ちひしがれて、それを乗り越えた人は、負けず嫌いで、根性があります。
 これで、本当にやりたい事や、打ち込める事が見つかったら、向かう所敵なしです。

 例えば、野口英世という人物は、何冊もの伝記で偉人として語られる代表的な人です。

 野口英世がニューヨークに住んでいる頃、日本から、「発見王野口英世」 という、彼の伝記が送られてきました。
 それを読んだ野口英世は、こう語っています。

 「あれは悪い本だ。人間は誰だって、あの本のように完全ではない。また、あの本のように完全でありたいとも思わない。あれは、人間ではない。人生は、あんなに真っ直ぐにはいかない。人生と言うものには浮き沈みがある。浮き沈みがないのは、作り話だけだ」

 野口英世が赤ん坊の時、囲炉裏(いろり)に落ち、左手を大やけどした話は有名な話です。
 ただ、そのハンディを乗り越えて、並々ならぬ努力をした、というのは、表面的な話に過ぎません。

 現実には、その左手の事や、貧乏だった生まれ家に対する劣等感… そういったものが、彼の精神を極限まで、蝕(むしば)んでいました。
 現に、医学を志すようになった後も、野口英世は、左手を極力、人に見せないようにしていました。

 野口英世の、特にお金や女性に関する裏の一面をリサーチしたら、彼のイメージが変わって、嫌いになる人もいるかも知れません。
 それは、劣等感で屈折した精神状態が作り上げたものでもあるのです。

 野口英世が残した 「偉くなるのが敵討(かたきうち)だ」 とか 「名誉のためなら危ない橋でも渡る」 という言葉は、それを端的に表しています。

 アメリカの実験室で、膨大な数の実験をしてデータ収集し、全てのありうるパターンの実験を正確に完璧にし尽くした、恐ろしいまでのバイタリティー… 野口英世の功績は、その結果生み出されたものです。
 アメリカ人からは、「実験マシーン」 とか 「日本人というのは睡眠を取らない」 とか言われていました。

 それは、野口英世の医学に対する情熱であると同時に、心を蝕む劣等感に対抗する為に、身につけた強さとも言えます。


 誰もが知っている、松下幸之助(敬称略)は、幼い頃から丁稚奉公という苦労を乗り越えて、電球ソケットを考案、やがて松下電器を設立し、会社は大きく発展、経営の神様と呼ばれた… というのは周知の伝記にある内容です。

 松下幸之助といえば、笑顔がさわやかな、神々しいおじいちゃん、みたいなイメージが浮かんできます。
 確かに晩年はそうだったと思いますが、松下幸之助の身近にいた人が一致して指摘しているのは、性格は非常に複雑でいくつもの顔を併せ有していた、との事です。
 そして、いつも純粋な子供のようだったとも…

 ある研究家が、松下幸之助の子供の頃のトラウマとして指摘するのは、松下幸之助と母親との関係です。
 松下幸之助は、9歳まで母親に抱かれて、同じ布団で寝ていたほどの母親っ子だったのです。母親も幸之助の事を、本当に可愛がっていました。
 丁稚奉公に入れる時は、周りの人に何度も何度も、子供をよろしくと、頭を下げていたそうです。
 そして悲劇は、母親が再婚したという話がもたらされた時だったと、指摘します。母は、娘(幸之助の姉)の養育費の為に、再婚という苦渋の決断をしたのです。

 松下幸之助の自伝の回想録には、ほとんどこの母の事が出てきません。
 この事から逆に、幸之助にとって、相当の悲しみや煮えたぎるような嫉妬の念、裏切られたという思いが、そこにあったかも知れないという推測が可能ともいえます。

 決して綺麗事では済まされない嫉妬の念や、憎しみの念を、幼少期の時に経験し、乗り越えてきた。
 あの松下幸之助の神々しいほどの笑顔の裏には、そんな一面があるのかも知れません。

 偉人や成功者という人達の見えない部分には、人前には出さないようなもの凄い葛藤があって、それがとてつもないバイタリティーに繋がっている…

 まるで神様が、その人がそれに耐えられるだけの器がある事を知って、目的を果たさせる為に、苦難を与えたようにさえ思えます。

 不条理に打ちひしがれたり、罵声を浴びせられたりすると、人の心はいつしかいびつになっていく…
 でも、誰かに助けられたり、励まされたりして、人はまた笑顔を取り戻す。

 これが何度も繰り返されながら、強さを身につけていく…

 人生はいろいろな事があって、先の見えない未来に、不安になる事もあるかも知れません。
 でも、放棄して逃げ出さない限り、いつか必ず、自分が納得するべき場所にたどり着ける、僕はそんな気がするんです。

 

人は損得なしで行動してくれる人に心を開く

 昨日のタロット講座を終えた後、大手家電量販店・ヨドバシカメラに行ってきました。
 ビデオカメラとパソコンをつなぐケーブルを買う為です。

 タロット講座を開催するにあたって、悠庵のTさんがすごく良いハンディカメラを貸してくださったのですが、講座の録画を家に帰って見ようとした時、ふと気付いたのです。

 僕の家には、テレビがないって(笑)

 そういえば引っ越した時に、部屋が狭すぎて、動くスペースが無かったので、捨てちゃいました…
 どうせ忙しくて、テレビなんか見ている時間もないと思ったし…
  情報はネットでも、十分に手に入るし

 テレビが無くてもパソコンがあれば、ケーブルでつなげます。
 最初、そのケーブルを買う為に、講座会場の悠庵の近くにある比較的大きな電気量販店に行ったんです。

 カバンに入れて持ってきた、ハンディカメラを見せると、それは特殊なケーブルじゃないとつなげないらしくて、お店に置いていないと言われたんです。
 メーカーが、他の会社に純正品以外のケーブルを作らせない為に、規格を特殊なものにしているのだそうです。

 メーカーに発注すると、入荷までに一週間以上はかかるとの事でした。  うっ、来週の講座に間に合わない…

 あきらめる訳に行かないので、電車に乗って取りあえず、ヨドバシカメラへと繰り出したという訳です。

 ヨドバシカメラの店員さんは、僕がそのハンディカメラを見せると、一本一本のUSBケーブルを手に取って見比べてくれました。
 でも、やっぱり微妙に形が違うようにも、見えるんですよ。

 そしたら、
 「これは、実際につないでみないと、規格にあうかどうかわかりませんね」
 と、何と、商品のパッケージを開けて、カメラにつないでくれたんです。

 「ピッタリ合いましたね」
 と言って、しばらくそのパッケージを見つめてました。

 「今、0.5mの箱を開けちゃったんですけど、もっと長い方がいいですよね。実は、1mの方が長いのに料金が安いんです。
 大丈夫ですよ。ケーブルというのは、パッケージを開けてもメーカーに返品が可能ですから」

 感激しました。僕の為に、自分の損得なしで行動してくれる…
 とても嬉しかったです。

 まだ二十代前半ぐらいの店員さんでしたが、この人の為に何かしてあげたい、とさえ思いました。
  結局、ケーブルは1.5mを買った

 パリに渡仏する前にも一度、ヨドバシカメラにお世話になった事があります。
 最初、スカイプのヘッドセットを見ていて、どの商品がいいか、店員さんに選んでもらったんです。
 会計の時になって、ふとスーツケースの事を思い出して、一緒に買いたいという話をしたんです。
  ヨドバシカメラは、スーツケースも売っている…

 そしたら、その店員さん、レジからずい分と遠く離れたスーツケース売り場まで案内してくれて、(あの感じだと、スーツケースは管轄ではなさそうでした)僕の選んだスーツケースを持ってきてくれました。   選んだのは、緑のスーツケース(笑)

 さらに、僕の荷物が多くなっているのを、気にして下さって、
 「このヘッドセットの商品は、スーツケースの中にお入れいたしましょうか」 と、わざわざスーツケースのパッケージを外して、中に入れてくださいました。
 その愛情のこもった店員さんから買ったスーツケースのお陰で、パリの渡航は成功しました。

 「ヨドバシカメラ、接客顧客満足度、2年連続No1」
 とか、館内でメッセージが流れてましたけど、確かにうなずけます。

 僕だけの評価じゃなくて、仕事でお世話になっている社長も、ヨドバシカメラの対応はすごくいい、ってほめていましたし…

 僕はもちろん、ヨドバシカメラからお金をもらってる訳でもないし、ヨドバシカメラの 「信者」 でもありませんけどね…
   くどい(笑)

 でもなんか、経営が成功する一つの法則みたいなものを、見た気がしました。

 広告代理店は、確かに広告料を出せば、どれだけでも広告をしてくれます。
 とはいえ、どんなに広告を打っても、企業はサービスの中身がまずかったら、当然生き残っていけないと思う。

 インターネットが普及している現代は、口コミというものが大きく物を言う時代です。
 口コミには、広告料は一切かかりませんし、中には企業が意図的に作り出している物もあるかも知れませんけど、案外信用できます。
 だって、お金をもらっていない人が、利益なしで純粋に書いているものがほとんどだから…

 ただし、お客様から良い評価をもらう為に、サービスを良くしようと頑張っている… というのでは、物足りないですね。
 だって、そこには損得勘定があるから…

 そうではなくて、損得勘定なしで、相手に喜んでもらおうという気持ち… これはもう本物だと思うし、僕も見習わなくてはいけないと思いました。

P.S.
 昨日のタロット講座に参加してくださった渡部明彦先生が、魔術師アレイスター・クローリーを歌詞にした「ミスター・クローリー」の事と、昨日の講座の事を、ブログで書いていらっしゃいました。
 06/10 渡部明彦の鑑定ブログ 「Mr. Crowley」
 久しぶりに、オジー・オズボーンの 「ミズター・クローリー」 を聴きました。

 ミスター・クローリー
 あんたの頭の中に、どんなモノが来たんだい
 オー、ミスター・クローリー
 あんたは死人と話したのかい
 あんたの生き様は、悲劇にさえみえる…
 (オジー・オズボーン 「ミスター・クローリー」 訳詞の一部)
 
 「トート・タロット」を製作したアレイスター・クローリーは、あのビートルズのメンバーさえも、彼には一目置いていたという、70年ぐらい前のオカルト界の教祖みたいな人でした。
 頭も人一倍よかったけれど、思えば、裸の王様みたいになっていたんじゃないかな… ふと、この曲を聴いて、そんな思いがよぎりました。


同じ失敗を繰り返さない

 今日は、小アルカナ・タロット講座の2日目をやりました。
 講座開催を決めた時は、テキストを全部完成させて、前もって、講座を受けて下さる人に渡すつもりだったのですが、結局間に合わず、毎週必死になって当日の分を間に合わせている状況です…
 あの一日にタロットカードを2枚ずつ作るという計画は、どこへやら…

 今日の分のテキストは、朝になってからプリンターで打ち出したのですが、いきなりプリンターが紙詰まりになって、それを解消するのに手間取っていたら、講座の準備の時間にすっかり遅れてしまいました。
 辛うじて、講座の開催の時間には間に合ったものの、大失態でした。

 会場の悠庵のスタッフの方に、本当にご迷惑をかけてしまいました。
 前もって、こういう事は前日にやっておくべきでした。心から反省しています。

 人間は、失敗を繰り返しながら、大きくなっていく…
 でも、同じ失敗を繰り返すのは愚かだから、次からは絶対に気をつけます。
 そうする事で、手痛い失敗も、学びになると思う…

 このブログも、お陰様で100回を超えてしまいました。
 たまに、「よくそんなに、ブログに書くネタがありますね」 って言われるんですけど、このブログ、過去に僕が学んだ事や 「いいな」って思った事を書き連ねているだけだから、いくらでも書けるんです。
   ネタが無くなったら、「プチ・フランス語講座」 で、ごまかします(笑)

 もちろん、きちんと学びきれていないのに偉そうに書いている事がほとんどなんですけど(笑)
 ブログにする事で、自分もちゃんとしなきゃ、って思えるから、一石二鳥です。

 世の中には、「いいな」 って思える事は無限にありますから、ネタも無限です。
 僕にとっては、それを語ってくれた人が、総理大臣だろうが、近所のおばちゃんだろうが、全く関係ないです。

 逆にいうと、「いいな」 と思う事は無限にあるけれど、「この人が言う事は絶対正しい」 とか 「この本に書いてある事は全部正しい」 とか思う事は、僕は絶対にないです。

 一冊の本だって、正しい部分もあればそうでない部分もあるだろうし、それは、あくまでも僕の価値観ですから…
 
 だから、僕は間違っても、ヘンテコな宗教やネットワークビジネスの信者になる事はないんですよ(笑)

 でも… ここだけの話、若い時はそういうものに、痛い目にあった事もあります。
 ネットワークビジネスの誘いとか、宗教とかの誘いって、借金の保証人の話でもそうですけど、断りづらいようなお世話になった人から来るものなんですよ。

 使い物にならないような、環境に良い洗剤とかを大量に買わされて、何十万という手痛い出費をした事もありました。

 ただ、僕、どんな時でも、自分というものだけはしっかりと持っていました。
 だから、そういうものに、決して洗脳される事はなかったです。

 最低限、自分というものさえあれば、どんな手痛い目に遭っても、それを学びに変えていけると思う。

 もう失敗は繰り返さないって、心からわかって、行動やライフスタイルが変わった時、その経験はヘタな自己啓発セミナーに行くよりも、よっぽど自分を高める事ができると思います。

P.S.
 このブログのお便りのアドレスを、一本化する事にしました。
 しばらく放置してしまった、拍手コメント(いつもなぜか忘れて、そうなってしまう…)を、さっき一気に読みました。
 本当に有難うございました。
 たくさんの励ましのメール、それから、中には 「調子に乗ってるんじゃね~」 というお叱りもメールもありました。
 どっちのメールも僕の宝物です。
 何だか、全てのメールを読んだら、ポワ~って、目頭が熱くなりました。
 改めて、もっともっとやれる限りの事はやらないといけないと思ったし、それにやはり調子に乗っていた所があったと思うから、気づかせてくれた人に感謝しなければいけないと思いました。
 返信したいと思ったのですが、やっぱりアドレスの出し方がわからなくて返信できません。
 また、よろしかったら、ホームページの方に、メール下さい。
 これからも、改めるべき所は改めて、頑張っていきますので、どうぞ末長くよろしくお願いいたします。


苦しみを知らない人は、人を苦しみから救えない

 人は、嬉しい出来事や楽しい出来事があると、幸せに満ちた感情で満たされます。
 でも、いつも、そんな幸せな気持ちでいられるとは、限りません。
 人の心が感じる様々な感情には、空の天気と同じように、いろいろとありますから…

 時には、悔しいと思う感情や、悲しいと思う感情…
 嫉妬の感情や、恐れおののく感情だってあります。

 こんなネガティブな感情なんて欲しくないと思って見ても、そうはいきません。
 だって、人生にはいろいろな事がありますから…

 だから、覚悟を決めて、その感情を受け入れたらいいです。
 「悲しみの感情よ、嫉妬の感情よ、どんとこい」 って(笑)

 こういうネガティブな感情は、それに囚われさえしなければ、何の問題もないのです。
 場合によっては、人生のバネにする事だってできる。

 とはいえ、そうは言っても、こういう感情に心が囚われて抜け出せなくなる事があります。
 それは、感情の消化不良ですね(笑)

 こういうネガティブな感情って、ちゃんと噛み砕いて消化すれば、やがて 「学び」 という素晴らしいものに変わると思う。
 それは、ちょっぴりほろ苦いけど、香ばしくって、ヘタに甘くて口当たりの良い感情なんかより、よっぽど味わい深いです。

 でも、その噛み砕いて消化するという作業が一筋縄ではいかない事もわかります。
 人によっては、消化不良の感情から逃げ出したい一心で、安易な快楽にハマってしまう人もいます。

 仕事もしないで、二次元の世界(アニメやゲームなどの世界)に逃避したり、毎晩夜の街に繰り出したり、ギャンブルやお酒から抜けられなくなったり…

 はたから見たら、「真面目に働け」 っていう事になるのですが、結局の所、ネガティブな感情がきちんと消化されていないから、何もやる気が起こらないのです。
 もちろん、だからといって、このままでいいと言っている訳ではありませんよ。

 一つだけ心に止めておいてほしいのは、苦しみとか悲しみとか、ネガティブな感情にさせられる出来事というのは、ちゃんと何らかの意味があって存在しているという事です。

 今なら僕、すこしはその意味がわかりますね。

 人生には、無意味なものは何一つないです。
 ネガティブな感情を体験して、それを乗り越えた人は、同じ感情に囚われて苦しんでいる人達を救ってあげる事ができるんです。

 苦しみを知らない人は、人を苦しみから救えない。
 どんなに立派な名言や格言をふりかざしても、言葉に重みがないんです。

 ひょっとすると、今ネガティブな感情に苦しんでいるのは、後々同じように悩みを持つ人を導くための学びかもしれません。

 ネガティブな感情って、抱え込んで考えあぐねた所で、ますます深みにはまっていくだけで、解決できるものではありません。
 そんな時はむしろ、全てを忘れて、気分転換をするのも良いでしょう。
 休暇を取って、吉方位旅行へ行くのもお勧めです。

 それから、誰かに悩みを聞いてもらうと良いでしょう。
 信頼できる友人でもいいし、僕たち占い師にでもいい。

 でも、心の片隅で覚えておいてください。
 貴方が今抱えているネガティブな感情は、時が来ればその姿を変えて、人生の何物にも代えがたい宝物になるという事を…


方位学というものの捉え方

 昨日のブログでは、方位の取り方の注意点について、書きました。
 方位学には、「磁北派」というものと、「真北派」 というものがあります。

 方位学には、九星気学以外にも、奇門遁甲や金函玉鏡(八門遁甲)など、いろいろなものがありますが、どの術を使うにも 「磁北派」 の考え方は、かみ合わないです。

 それから、方位学というものと風水とは全く別物です。
 風水については、村野大衡先生(4/27ブログ 「苦しみを一緒になって…」参照)が、専門家ですから、気になる人は鑑定を受けてみられるのもよいでしょう。

 方位学というのは、奥が深いです。

 そして、不思議な事に、運気の良い人は自然に良い方位へ移動をするし、運気の良くない人は、まるで選んだように悪い方位へ移動します。
 つまり、その人の移動した方位を見れば、今の運気がわかるという訳です。

 それを逆手にとって、故意に良い方位へ旅行をしたり、引越しをしたりする事で、運気を高めていこうというのが、方位学の活用法です。

 では、良い方位を取り続ければ、ずっと一生、永久的に運気が良くなり続けるのでしょうか。
 そうだとしたら、何だか虫が良すぎますよね。

 吉方位旅行(引越し)というのは、言ってしまえば、天の貯金とでもいうべき 「徳」 を引きだす行為と言えばいいでしょう。
 逆に、凶方位へ旅行したり、引越しをしてしまうと、天の借金である 「劫」 というものがドサッとやって来ます。

 「徳」 とか 「劫」 とか、というのは、この前のブログで書きましたが(5/20ブログ 「幸せの種をまき続けよう」参照)人間が生まれながらに持っている、幸せになる量(徳という)と、不幸になって苦しむ量(劫という)の事です。

 生まれながらに 「徳」 というものを、ものすごくたくさん持っているような人は、半永久的に吉方位効果が出るという事もありますが、基本的には限りがあります。

 大分前の話になりますが、僕の知っている人で、方位学に夢中になっていた、ある若い男性がいました。
 月に一度のペースで、会社を4日間休んで、こまめに3泊4日の吉方位旅行を実践していました。
 次々に吉方位効果が出て、運に乗って、仕事もとてもうまく行っていました。元々真面目な性格だったので、それが認められるようになったのだと思います。

 でも、僕は、彼を見ていて何となく違和感を感じました。
 次々に方位効果が出るものだから、いつも「方位というものが全て」 みたいな事を言っていたのです。
 これって、おかしな宗教にハマっている人と、ちょっとだけ似ています。

 その人は、元々すごく真面目な人なのですが、その時ばかりはなんだか良くない部分が、前面に出ちゃってるなあ… と思っていました。

 それで、その後、吉方位を取り続けているのにもかかわらず、ある時、次々に職場でトラブルが起きて、結局仕事を辞めてしまったんです。

 吉方位旅行によって、天の貯金である 「徳」 が引き落とされていても、天の借金である 「劫」 はそのままの状態になっていると、それが原因になって頭打ちになる事があります。

 吉方位でよって開運効果が出ている時というのは、気を引き締めていないと、調子に乗ってしまいやすいので、「劫」 が溜まっている場合には、それも同時に噴き出しやすいと言えます。

 「劫」というものが残っていると、それが原因で、開運したくても開運出来ない事があります。
 「劫」 って言いかえれば、その人の性格の欠点です。

 という事は、凶方位を取る事により 「劫」 を抹消して、大きな開運効果を狙うという方位学の非常手段もあるのです(笑)

 それを実際にやったのが、戦国の世を天下統一した豊臣秀吉でした。

 言い伝えによれば、秀吉がまだ織田信長の家臣だった頃、安国寺恵瓊(あんこくじ えけい)という僧の方位指南によって、気学でいう所の 「五黄殺」 に相当する遁甲術の凶方位の方位取りをしたそうです。

 余談ですが、この安国寺恵瓊というのは、まだ信長が天下の覇権を手にしている頃から、「やがて信長は天下から転げ落ちて、秀吉が天下を取る事になるだろう」 と予見していた人物です。
 さすがに、家康が天下を取る事までは見抜けず、関ヶ原の合戦ののち処刑された…

 安国寺恵瓊の指南通りに、五黄殺の方位を取った秀吉は、十一年半の間、「劫」 を出しきる為にいろいろと苦しんだ末、その後に見事、天下を取りました。

 もう50年以上も前の話ですが、ある気学の占術家はこの秀吉の例に習って、自ら五黄殺の方位に引越し、自分の弟子達にも、それぞれ凶方位に引越させました。

 するとやはり、十一年半余りの間、それぞれが、病気になったり怪我をしたり、盗難や火事に遭ったりと災難が続いたのですが、十二年目にはそれがピタっと止まり、その占術家は世間から認められて人気が出て、一躍気学の大家となりました。

 劫をきれいに晴らす事で、人間としての器が形成され、大きく運が開いたという訳です。

 これはかなり危険な方法ですから、普通の人は絶対にやらないでください。
 生まれながらに 「劫」 を多く持ち合わせている人の場合は特に、凶方位の作用に耐えられなくて、自滅する事もあります。

 方位学は、上手に使っていけば、無限に活用できます。
 人は、吉方位効果によって、運気が上がると、「徳」 が積みやすくなります。
 そのチャンスを生かして、周りの人を幸せにしたり、学業を究めたりすれば、その分だけしっかりと、「徳」 を積む事が出来るので、「徳」 が枯渇する事がありません。

 つまり、吉方位旅行と徳積みという二つがワンセットになっていれば、無限に人は幸せになれるという事です。

 運の法則というのは、どんな時でも矛盾がないです。
 一生懸命、前を向いてひたむきに生きている人は、例え、凶方位を取っていて運が開いていなくても、時が来れば必ず報われる事になるのです。

正しい方位学のススメ

 パリの地から日本に戻って、もう3カ月が経とうとしています。 
 やっぱり、吉方位効果というのはすごいです。
 僕は今、本当にツキまくっています。

 パリという9700kmも離れた、西30度の地点に、年盤・月盤共に大吉方位で3週間も滞在した訳ですから、確かに運気がとんでもなく良くなって当然です。
    調子に乗らないように気をつけねば…

 九星気学の方位術にも、いろいろと流派がありますが、やはり西谷泰人先生の実践方位学がおすすめです。
 これは、西谷先生が、実際に過去に旅行や引っ越しをした人のたくさんのデータを検証しまくった集大成ですから、間違いがないです。

 それから、気学で方位を取る時は、必ず北極点がある方向を真北にして、方位を取るようにしてください。これを、方位学の専門用語で 「真北派」 と言います。

 他にも、「磁石が北を指した所を、正しい北として見る」 という 「磁北派」 という考え方や、地球を丸い球面としてとらえ、方位を出す 「球面三角法測定派」 という考え方がありますが、明らかに間違っています。

 まず、占いの理論的根拠で言えば、九星気学と磁北派や球面三角法測定派という考え方は、明らかに矛盾します。

 簡単に説明すれば、例えば、南30度が定位である 「九紫火星」 というのは、一言でいえば 「火」 の象意ですが、これは太陽が南中する一番熱が極まる方位(北半球での)という意味で決められたものです。
 決して、磁石が南を指すから、みたいな理由ではありません。

 だいたい、方位学が確立した時代に、磁石なんかなかったですし…
 ましてや、球面三角法なんかを使うと、赤道直下のブラジルまでもが、北30度の方位になってしまいます。

 方位学をやっていると、行く場所によっては、どちらの方位なのかわからない、というようなグレーゾーンというのが存在します。こういうグレーゾーンでは、地図の縮尺を変えると、示す方位が変わってしまうのです。

 それから、ある場所に引越しをすると、行きは 「西」 の方位なのに、帰りは 「東北」 の方位になってしまうという不思議な現象も起こります。
 地球は丸いですから、こういう事も当然ありえます。

 「磁北派」 や 「球面三角法測定派」 というのは、確かに一見合理的です。
 地球の絶対座標というもので、方位を決められるから、地図の縮尺によって方位が変わるなんて事もありません。
 きっと、頭の良い(でも、あまり占いの事を知らない)人が考え出したんだと思います。

 でも例えば、球面三角法測定派が正しいとしたら、パリは 「西北60度」 になってしまうので、僕のパリ滞在は、年盤「暗剣殺」+「歳破」 という超恐ろしい方位になってしまうんですよ(笑)

 真北派以外の流派で見ていくと、全然当たっていないという例は、他にも山ほどあります。

 10年ほど前の話ですが、元大リーガーの新庄剛志選手が渡米した時の方位と日本に帰国した時の方位は、共に大吉方位でした。ちなみに、磁北派の考え方だと、これはどちらもダブル凶方位となります。
 結果的に、「新庄劇場」 という言葉がはやったほどに、新庄選手の人気が大ブレークした事を考えれば、どちらが正しいかは全て明白です。

 また、ヨーロッパから日本に、大凶方位で来日した三人のF1レーサーがいました。でも、磁北派の考え方だと、日本の方位は吉方位にあたるのです。この後、この三人のF1レーサーは全員、自動車事故でお亡くなりになってしまったそうです。

 西谷泰人先生が書かれた
占い師からのメッセージ(西谷泰人著・創文刊/1400円)

 には、このような事例が、たくさん書いてありますので、迷いがある方は、お読みになってみると良いでしょう。

 方位学は正しく使えば、夢や願望を成就させるのに、とても役に立ちます。

 ところで中には、何も努力しないで旅行に遊びに行くだけで開運するなんて、人生にそんな虫のよい話があってもいいのか… と思った方もいらっしゃるでしょう。

 確かに…

 真面目に努力している人間からすると、方位学というのは、ずい分と虫が良すぎる話ですよね。
 でも事実として、それでも結果は出ていたりします。

 これは、一体どういう事なのでしょう。

 この辺りの事は、また明日のブログにでも書きますね。

 方位学というのは、簡単に開運効果を得る事ができる、最も手っ取り早い方法ですから、うまく活用されると良いでしょう。


マルローが見た日本人の美徳

 昨日の西谷泰人先生のブログには、パリの文豪・アンドレ・マルローの事が書かれていました。
 2012/6/5 西谷泰人の鑑定日記

 アンドレ・マルローというのは、いわば戦後のフランスの立役者のような人です。
 第二次世界大戦では、ナチス・ドイツの侵略によって、一時的にフランスは消滅していました。そんな中、地下組織のレジスタンスだけは、かろうじて命脈を保ち続けていました。(マルローも、レジスタンスに参加していました)

 後に、シャルル・ド・ゴール率いる自由フランス軍によってパリが解放され後は、マルローは、大統領になったド・ゴールの信任を受けて、情報相や文化相を着任しました。
 フランスは、世界芸術大国と言われている今日ですが、これはマルローの文化政策が功を奏した結果とも言えます。

 そんなマルローですが、シラク元大統領と並ぶ、大の親日派です。
 しかも、日本という国や文化の事を、フランスの誰よりも理解していた人でした。

 マルローは、日本は世界の中で特別な国だと、強く信じていました。
 だから、こんな発言をしています。

 「アジアというのは、アジアから日本を引いたものの事を言う言葉だ」

 「多くの日本の研究家が、日本文化のルーツを中国に求めようとするが、それはおかしい。日本に中国から来たものがあるのは当然で、フランスにだって外からの影響はある。日本は、中国とはまったく異なる文化を持っているという事を、もっと強調するべきだ」

 そしてマルローは、国史として訪日した時に、
 「フランスは、日本の為に、西洋全体に対して日本の真髄を受託する役割を選ぶだろう」
 とまで言っています。

 アンドレ・マルローは1976年永眠。没後20年経って、シラク元大統領らの尽力により、マルローの棺はフランスの偉人を代々祀るパリのパンテオンに改葬されました。


 マルローが日本とフランスの共通点として指摘したのは、かたや武士道、かたや騎士道という 「貴族的精神」 です。
 「自分が犠牲になっても、人の為になろう」 という崇高な心の事ですね。

 これは、世界では結構珍しいんです。
 日本人の強さは、あの東日本大震災の時に、世界中のメディアが称賛しました。

 非常事態にもかかわらず、日本人というのは並んだ列を崩さないし、常に冷静でした。
 輸送車から、列の一番前の人に食糧が渡されると、次々にそれが後ろの人に回されていくのです。
 救助隊員に助けられて、苦労をかけた事をねぎらい謝罪する被災者。

 常に譲り合いの精神を忘れない…

 他の国だったら、怒声が飛び交って、物資の奪い合いのパニックになっているでしょう。
 それどころか、暴力や略奪が横行していてもおかしくありません。

 我々日本人にとって、これは当たり前の事のようにも思えますが、もっと誇りにしてもいいかもしれません。

 そして、この日本人の崇高な精神を未来永劫、子々孫々にずっと伝えていけたら、とても素敵な事だと思います。


時には甘える事も必要…

 最近、ことのほか電車に乗り機会が多くなりました。
 武蔵野線って、千葉に住むまで一度も使った事が無かったんですけど…
 停車駅の駅名も、だんだん覚えてきました。
   千葉はいい所ですよ♪

 電車の座席に座っていると、お年寄りがそばに立たれる事が結構あります。
 席を譲ろうとすると、遠慮される方も多いですね。

 「次の駅で降りますから、結構です。ありがとうございます」
 「そうおっしゃらずに…」
 「いえ、本当に大丈夫です」
 と言われて、また自分が座りなおした時のバツの悪さ…
 気恥ずかしいですね。

 次の駅で降りられる時に、また会釈されたりして…
 僕は何もしてあげられてないんですけどね(笑)
 こういう時って、案外甘えてもらった方が、嬉しかったりします。

 少し前の事ですが、ご年配のお客様が、僕の鑑定をお受けになられた時の会話の中で、
 「息子や娘が一緒に住んで欲しいというんですが、迷惑をかけたくないんです」
 とおっしゃられてました。

 これは、全然迷惑なんかじゃないと思うんです。
 息子さんもお嬢さんも、親孝行がしたいんですから、その夢を叶えさせてあげるべきです。

 甘える事は、子供にとって親孝行の学びのチャンスになる訳ですから、甘えたくなくても無理して甘えるべきです(笑)
 「迷惑をかけたくない」 と心配して気を遣えるようなお優しい方なら、一緒に住んでいて、息子さんやお嬢さんが迷惑に思うような事はまずありません。

 会社の上司や年長者とお食事をした時に、自分のお勘定を何が何でも出そうとする人がいます。
 とても律儀な人だとは思いますが、場合によっては、相手におごってもらった方が良い場合があります。
 上司や年長者にとって、割り勘では格好がつかない事もあるのですから…

 もちろん、最初から甘えるつもり、というのはいけません。
 どうせ相手がお勘定を持ってくれるのだから、メニューは最高に高いもの頼んじゃえ… というのはもっての外です。
 その場の空気を読みながら、甘える時は甘えるし、自分がお勘定を出す時は出す。

 甘える事が苦手という人は、「自分の弱みを人に見せたくない」 という意識が案外強いのかもしれません。
 でも時には、相手に甘える事で、その人を幸せにする事もできるんです。


時間というものの真価

 一昨日のブログでは、僕にとって時間は最高の宝物だ、みたいな事を書きました。
 僕は二十代の頃、「少しでも若いうちに、ミュージシャンとして大成してやる」 みたいな事が、いつも頭をよぎっていて、時間との追いかけっこをするのが習慣になってしまっていたんです。

 だから、若い頃、あんまり遊んでないですね。
 そんな時間なんてないと思っていましたから…

 でも、今になって、思い切り遊ぶという事も、一つの時間の有効な使い方だな…って思えるようになりました。

 よく、「時間が余っちゃって、退屈でしょうがない」 と言う人がいます。
 これは僕にとって、「お金が余っちゃって、使い道がなくてしょうがない」 と言っているのと同じように聞こえます。
     少しでいいから、めぐんでほしい(笑)

 でも僕は、時間の価値を見いだせない人が、必ずしも不真面目に生きているとは思っていません。

 多分、時間の使い方の思考が 「直列型」 なんじゃないかと、思います。
 どういう意味かというと、自分のやりたい事や目的があったら、一つの目的を終わらせてからじゃないと次に行けないみたいな…
 例えば、Aという仕事をしていて、何かの事情でそれが待たされているような状態になっていると、他にBやCが出来るにもかかわらず、Aの事だけで頭がいっぱいで、ただ待っている…
 結局、Aの結果が出るまで、時間が余ってしまう… という事だと思うんです。

 やっぱり、時間の使い方の思考は 「並列型」 じゃないといけませんね(笑)
 Aが待ちになっていたら、他に出来る事はないかと考える… きっと無限にあります。

 僕なんて最近、電車を待っている時間だって無駄にしません。ブログのネタやフレーズを考えてメモをしていたりします。
 こういう細切れの時間、案外いろいろと使えるんですよ。

 時間をゆったりと楽しむというのは、大いに価値のある事ですが、時間を持て余すのは非常にもったいない事です。

 時間というものの真価に気づく事は、人生を有意義にする為のスタートラインです。
 次にやるべき事は、無駄な事に時間を使わないという事…
 P.F.ドラッカー氏は、次のように言っています。

 する必要の全くない仕事、時間の浪費である仕事を見つけ、捨てなければならない。
 全ての仕事について、全くしなかったならば何が起こるかを考えれば良い。何も起こらないが答えであるならば、その仕事はただちにやめるべきである。
(P.F.ドラッカー 著 「経営者の条件」より)


 「時間を有効に使う」 という事に関して、おすすめの本があります。
 それは、僕の人生の師、西谷泰人先生の書いた

 時間をうまく使える人、使えない人
 (西谷泰人著・創文刊/1200円 + 税)

時間を上手く使える人、使えない人
 時間を上手に使うには、物事の中心のツボをおさえなければいけませんし、ある程度、人生の法則を知っておかなければいけません。

 この本は、お隣の韓国でも翻訳本が発売されたという名著ですが、とても読みやすくておすすめです。

 成功者というのは、例外なく、時間をうまく使いこなした人です。それ以外は、全く普通の人と変わりありません。

 時間は、どんなものにもオールマイティーに交換できる人生最高の切り札…
 どうせ交換するのなら、貴方に取って最高の価値を見いだせる何かがいいですね。


コツコツやった事は一生の宝物

 気がついて見れば、このブログ、今日で100話目になります。
 思えば今から100日前、パリに行く為に、時間に追われながら荷物の支度をしていました。
 時が経つのは速いような、遅いような…
 なんか、僕、パリに行ったのは、ずい分昔のように感じていたのですが、まだあれから100日余りしか経っていなかったのですね。

 あの日から、毎日ブログを更新してきました。
 ある意味、いつもブログに追われる毎日というか(笑)
 毎日、ブログを書く時間を計算に入れて行動しなければいけなかったし、時にはブログの為にとんでもなく早起きしたり、時には疲れはてて、眠りそうになりながら文章を打っていたり…

 一つのブログを作るのに、意外と時間がかかっていたりするんですよ…

 でも、今こうして過去のブログを眺めてみると、これ、僕にとっての財産みたく思えてきました。
 本当に続けていて良かったと思う…

 「ちりも積もれば山となる」 とか、「雨だれ、石をうがつ」とか言いますが、僕、人生ってこういう所で決まるような気もするんです。
 ブログに限らず、自分がポリシーを持った事を、コツコツと継続していく根気というか…
 コツコツやった事は、一生の宝物になるみたい。

 まあ、ブログをたかだか100日続けただけで、偉そうに… って感じですけどね(笑)
 1000日続けられたら、少しくらいは語ってもいいかも知れません。
 10000日続けられたら、その時は自分をほめてやろうと思う。

 人生って、時間に限りがあるから、自分のできる事にも限界があるけれど、この一生を悔いのないように、精一杯生きていきたいと思います。


時間はどんなものにも勝る最高の宝物

 僕、最近、毎日がドキドキワクワクして楽しくてしょうがないんです。
 それは、自分が最高に素晴らしい宝物を手にしていると気づいたからです。
 その宝物は何かというと…
   もう、タイトルでネタばらしちゃってますね(笑)

 そうです。「時間」 という宝物なんです。

 僕、ある意味、時間ってどんなものより貴い(とうとい)と思う。
 言いかえれば、時間は無限の可能性です。

 楽しむために使う事もできれば、何かを生み出すために使う事も出来る…
 自分を豊かにするために使う事もできれば、お金を稼ぐために使う事も出来る…

 しかも、今の時代の時間っていうのは、もう半端なく貴いですよ。
 昔の時代だったら、時間があってもお金や仕事がなければ、せいぜい腕立て伏せかマラソンか寝る事ぐらいしか、やる事がなかったけれど、今はインターネットが普及していて、タダで世界中の情報が手に入る時代です。
 ネットを通すだけで、自分のメッセージを世界中に発信できるし、商売だってできる…
 言いかえれば、世界中の可能性を手に入れたようなものです。

 時間があるという事だけで、成功の片道切符を手にしたのと同じなんです。
 この事は、忙しくて時間に追われている人ほど、よくわかると思いますね。

 故・松下幸之助さんは、晩年、「もし、若返る事ができるのなら、今の財産を全て差し出してもいい」 と言っていました。

 時間という、人生に与えられた宝物を、どれだけのものにするかは貴方次第です。

 人生で二度と戻ってこない、今というこの時を、最高に充実させた時間にしようではありませんか!

 


心が風邪をひかないように

 今日、電車に乗っていたら、マスクもしないで、苦しそうに咳をしている男性がいました。
 風邪をひいても、会社を休めない… 大変ですね。
    でも、マスクはした方がいい…

 僕、風邪うつされたくないので、なるべく息を吸わないようにしていました(笑)
 それでも、菌を吸わないようにするなんて、無理なんですよね。

 空気中には、さまざまなウイルスが飛び交っています。
 どんなに防御してみても、完全にウイルスを吸いこまないようにするなんて難しいです。
 ガスマスクでもつけていれば別ですが…
    すぐに逮捕されます(笑)

 とはいえ、体の抵抗力があれば、例えウイルスを吸いこんだとしても、風邪はひきません。

 これ、日常の様々なアクシデントと、心の状態との関係に似てますね。
 人生にはさまざまな事が起こります。
 精神的に余裕がある時には、多少のアクシデントではびくともしません。

 ところが、気持ちが落ち込んでいる時には、本当に些細なアクシデントでも、心がガクンときます。
 心のダメージは、実際に起こったアクシデントの度合いではなく、その時の精神状況による所の影響が大きいです。

 アクシデントもインフルエンザの菌と同じで、前に起こった事には、抵抗力が出来ます。
 一回乗り越えてしまえば、同じパターンの出来事は、たやすく乗り越えられるようになるものです。

 だから決して、ひるんではいけません。

 人生には、さまざまな事が起こりますが、それを乗り越えた後には、その分、自分でも信じられないような大きな喜びが待っているのです。

 P.S.
チーズタルトケーキ 今日は、時々ブログで、メールのお便りを紹介させて頂いた岡山のMさんが、鑑定を受けにいらしてくださいました。

 素敵なおみやげと、手作りのチーズタルトケーキを頂きました。
 ほっぺが落ちるくらいに美味しかったです!