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浅野太志 songe a Paris

パリでエテイヤ・タロットの取材を終えた、占い師・浅野太志の日々の活動をつづります。

頑張ります!

 3月も早いもので、今日でもう終わりです。
 このブログは、渡仏する前日の2月25日から始めたのですが、お陰をもちまして、今日まで一日も欠かす事なく続いています。

 その間には、コンディションが良い日もあれば、そうでない日もありました。
 時間に追われながらブログを作っていた日もあれば、睡眠不足でもうろうと文字を打っていた日もあったりして…

 パリでは、ブログ以外にも、やらなければならない事がたくさんありました。
 自分の書いているタロットの本の原稿の見直しや、エテイヤタロットの本の翻訳…

 一日の中のある程度の時間が、ブログの事で取られてしまうから、最初は正直言うと、少ししんどいな…と思っていたのです。
 これは他の仕事の邪魔になっているんじゃないかな、とも考えました。

 でも本当はその逆で、ブログを続ける事によって、頭が冴えて文章がスラスラと出てくるようになり、能率も上がっているのです。

 このブログを始める前から、本の原稿とかは、時間を見つけて書いていました。
 でも、頭が冴えない時は、いくら時間を費やしても、さっぱり良い文章が出て来ないんです。

 そんな意味でも、僕は本当に、このブログ始めて良かったと思っています。


 最近忙しく、昨日の夜とかあんまり寝ていなくて、さっきこのブログ打ちながら、つい居眠りをしてしまったんです。
 そしたら一瞬パリの街を、何故か素っ裸で、背筋をピンと伸ばして歩いていました(笑)

 西谷泰人先生の「夢判断」によれば、これは大きな金運の夢ですね。
 でもその前に、この状態で寝てしまったら風邪引きます(笑)

 パリはこの時間だと、まだ夕暮れ前ですから、本当にパリの街を歩いていたのかも知れません。  …そんな訳ない

 これからも、少しでも素敵なブログが書けるよう、頑張ります!

未来を開く鍵は「勇気」

 昨日のブログは、未来は自分で変える事が出来る、という内容でしたが、具体的に未来を変える方法は何かといえば、やっぱりそれは「勇気」です。

 未来の可能性って、勇気によって開かれると思うんです。

 もう少し補足すれば、「後ろめたさがない勇気」ですね。
 恋愛も仕事も、極論これだと思います。

 例えば、人生をある程度生きていれば、「この人素敵だな」って思える異性に出会う事だってあるじゃないですか。
 その時に勇気を出せなくて、モジモジしていたら、せっかくの縁も通りすぎてしまいます。
 臆病になっていると、自分の本当の魅力も十分出せないですから、悪循環です。

 元々の未来に、その人と出会うというシナリオが書かれていなかったとしても、勇気があれば、未来は変わっちゃいますよ。
 今、決定されている未来は、その人の現在持っている勇気のバロメーターで、決まっているのですから…
 そのバロメーターが変化すれば、未来も無限に変わります。

 ただし、後ろめたさがある勇気はダメです。
 泥棒に入る勇気とか、うまく人を陥れてお金を手にする勇気とか… それは当然の事ですが…
 例えば、妻子がいる人に告白するとか、その行動によって、他に不幸になる人が出てきてしまう場合、それはやっぱり「後ろめたさ」となって、未来にかげりが出ます。

 不幸な未来がやってくる、というのではなく、「その自分勝手な所を直しなさいよ」っていう神様の課題が未来に出来てしまう、という事です。

 そういう「後ろめたさ」がなければ、勇気によって、どんどん未来が開いていきます。

 異性に自分の気持ちを伝えるのって、緊張しますよ。
 相手に恋人とか、すでにいるかも知れないし… でも、ぶつかってみないとわからない。
 ダメだったらダメでいいんです。少なくとも、自分の中の勇気のバロメーターは上がるんですから、未来は良く変わっていきます。
 勇気が出せなくてダメになるのと、ぶつかって結果的にダメだったのとは、雲泥の差です。

 仕事だって、これと同じです。まずは、ぶつかってみる事が大切です。

 例えば、僕がこの前、出版社の方にお話を聞いてもらう事が出来たのも、渡仏前にコンタクトを試みたからですし、全く未知の世界であるパリに、勇気を出して、エテイヤ・タロットの研究に行ったからです。

 別に出版の話が確定したとかではないですが、それでも、何もしないでいるのと、勇気を出してやるべき事をやるのとでは、今現在はわからなくても、未来においては、やはり雲泥の差だと思うんです。

 だって、何より自信につながるし、その自信は、また新たな勇気をうみ出してくれる… こうなったら、元々の未来のシナリオなんて、関係なくなってしまいますよ。

 未来は変える為のもの。
 「勇気」という鍵を握りしめて、思いっきり、目の前の未来の扉に、ぶつかっていこうではありませんか。



未来はどこまで決まっている!?

 今日は本当に暖かい一日でした。
 この所、僕は新しい生活の準備をしながら、毎日ネットカフェ通いです。
 なんだか、ネットカフェ難民みたい…。

 あと2日あまりの辛抱ですが、本当、プロバイダ解約したのを後悔しています。

 前にも少しだけ書いたのですが、フランスに出国する前に、ある女性霊能者から、
 「今回のパリ行きは、1カ月もしないうちに日本に帰ってくる事になるので、すぐに活動できるように準備をしておいたらいいです。」
 と、予言されたのです。正直、その言葉を聞いた時、1カ月もしないうちに帰るつもりなど全くないし、そもそも、いつ帰るかなんて自分の意志で決めるものだ、と取り合わなかったのです。
 だから、そんな準備も当然しませんでした。

 ところが、結果的に3週間で帰って来る事になってしまい、予言は的中。まあ、確かに自分の意志で、3週間に変更したのですが…。

 あれを信じていたら、プロバイダは解約しなかったです。確かに…。
 やっぱり、未来とはある程度まで決まっている、という事は、間違いなさそうです。

 それで、ふと疑問に思ったのです。

 もし、未来が決まっているのなら、日本に3週間で帰ってくる事だけでなく、やっぱりプロバイダを解約して、ネットカフェに通うという事までも、決まっていたのではないかと…
 だって、普通にその思考の延長線上で考えをすすめたら、そういう事になると思うんです。
 なんだかそれ、とっても虚しいですけど…

 でも、やっぱり、そんなの絶対おかしい。
 いろいろ思いあぐねているうち、僕はふと、ある映画の事を思い出しました。

 その映画は、「マイノリティー・リポート」

 スピルバーグ監督で、トム・クルーズ主演の映画です。ひょっとすると、僕が過去見たすべての映画のうちで、一番印象深い映画かもしれません。
 結構、見た人も多いかもしれませんね。

 少しだけあらすじをお話しましょう。

 この映画の舞台は、今から40年後の未来、2054年のアメリカ・ワシントンなのです。
 そこでは、国家警察の中の犯罪予防局が「殺人予知システム」というものを取り入れていて、その恩恵で、殺人が全く起こらない状態が維持されているのです。

 この「殺人予知システム」とは何か、と言いますと、未来予知ができる3人の霊能者が、イメージを映像化する為の特殊な機械を頭に取り付けられていて、未来の殺人を予知すると、その機械が作動して、犯罪予防局全体に警報がなるのです。
 「あと、何時間何分後に、○○市の○○で殺人が発生する予定。加害者は○○、被害者は○○」と、全て分かってしまう。

 犯行をおかす人間が目にする映像や、殺人の方法の映像が、犯罪予防局にある大きなスクリーンに映し出されるのです。
 そして、トム・クルーズ演じるチーフ・アンダートンが率いる警察特殊部隊が、急いで現場に急行し、犯罪を犯そうとしている人間を、犯行前に捕まえてしまうのです。

 これは便利ですね。霊能者の未来予知の能力によって、アメリカから犯罪がなくなってしまう訳ですから…。

 でも、このシステムに疑問を抱く人間もいる訳です。つまり、犯罪を犯そうとする人間が、途中で心変わりして犯罪を取りやめる可能性だって、あるかも知れない、というんですね。(つまり、「絶対的に未来など決まっていない」という考え方です)
 これが、名優コリン・ファレルが扮する、司法省の調査官・ウィットワーで、このいかがわしい「殺人予知システム」の欠点を、何とか見つけてやろうと、いろいろ調べようとするんですね。

 仕事に燃えるアンダートンは、システムの完全性を信じ「未来の犯罪は決まっている」と、ウィットワーに強く主張します。(つまり、「未来は全部決まっている」という考え方です)

 そうこうしている内に、また「殺人予知システム」の警報が、けたたましく鳴り出します。

 そして、犯人が見るであろう映像が、犯罪予防局のスクリーンに次々に映し出され、何と、その殺人をおかす犯人はアンダートンだと、システムが告げるのです。

 「俺は殺人なんてしない。これは罠だ!」
 犯罪予防局から逃げ出すアンダートン、それを捕まえようとする、かつてのアンダートンの部下たち…。

 ところが、逃走するアンダートンの目の前には、犯罪予防局のスクリーンに映し出された映像の通りの現実が、再現されるわけです。

 やはり、未来は決まっていた!

 そうつぶやくアンダートンの前には、自分の殺人の衝動をどうしても抑えきれなくさせてしまう一人の男がいて、アンダートンは、その男にピストルを突きつけている。

 アンダートンは、そのまま引き金を引いてしまうのか…


 スピルバーグ監督の映画だけあって、息もつけないほどに引き込まれる映画です。
 トム・クルーズの迫真の演技も、また凄い。

 まだ見られていない方には、この映画、ぜひおすすめします。

 この映画の中の主張は、原作者のフィリップ・K・ディックや、スピルバーグの主張という事になってしまうのですが、僕もこの映画の主張に賛成です。

 少し映画のネタばらしになってしまうので、心苦しいのですが、やっぱり未来は、最終的には自分の意志で変えられる、と思うのです。

 ただ、より良く未来を変えるには、自分をどんどん磨いて、スキルアップさせたり、価値観を向上させていなければ、やっぱり本来行くべき未来に、流されてしまうと思います。

 もちろん、目に見えない世界の影響とか、そういうのもあるかも知れないけれど、霊能者じゃない普通の人間がそんな事を気にした所で、何も始まらないですし… 

 人間が生きている意味っていうのは、もっともっと幸せで素敵な未来をつかむ為に、精一杯あがく事じゃないかな、とも思います。

 それから、もう一つ考えられるのは、一見うまく行ってないな、と思える現実には、何かの他の意味があるかもしれない、という事です。

 何かを学び取る為に、目の前の現実があるとか…。

 あと、結果的にその方が良かったと思えるような事が起こるとか…。
 例えば僕の場合なら、このネット・カフェで将来を左右するような運命的な出会いがあるかも知れないみたいな。
  …まあ、あくまでも一つの可能性としてですが(笑)

 でも、そう考えると、なんか楽しくなってきますね。
 未来というのは、幸せになる為にあるものですよ。不幸になる為の未来なんて、存在しないです。

 もし、不幸になってしまうとしたら、何か自分に問題があるか。そうでなければ、もっと大きな幸せになる為の準備の為です。

 とはいえ、決まっている未来を、もっともっと、グレードアップ出来たなら、さらに素敵ですね…
 明日からもまた、輝かしい未来に向かって、胸を張って冒険していきましょう。

 

ムッシュ浅野の「プチ・フランス語講座」

 Bonjour ! (こんにちは)

 皆さん、こんにちは。
 「エセ フランス語 講師」の 浅野太志です。

 今日は、皆さんいっしょに、楽しくフランス語、勉強していきましょう(笑)
 今日のノリって、いったい…

 よく、フランス語の参考書なんかに、単語の読み仮名をカタカナで振ってあるのが、あります。
 ステファンさんが言ってましたけど、あれ、ほとんどあてにならないそうです。

 僕も、実際にパリに行って、それを痛感しました。

 「ボンジュール」という言葉は、日本語としても十分に通用しますが、実際のBonjour は、発音のニュアンス的には「ボンジョー」と「ボンジュー」の間みたいな感じです。

 それから「オルボワール」と、パリで誰かにあいさつしても、100%通じません。
 Au revoir は、「オボバー」と「オボワー」の中間みたいな発音です。
 こんな感じの発音であいさつしたら、ちゃんと一応、本物のパリジェンヌに意味が通じました(笑)

 フランス語の「r」って曲者です。これ、少なくとも英語の「r」とは違うし、だいたい、カタカナで表記できるようなものではないです。
 例えて説明するなら、気持ちが悪くて吐きそうになっている時の「オェ」みたいな感じ(笑)

 フランス語って難しいんだ…、と感じさせるているのは、僕はこの「r」と、それから「ウ」と発音させる「e」のせいだと思います。
 その二つの文字さえ出てこなければ、割と発音は通じやすいです。
  セボン
 「セボンセボン ト~イレにセボン♪」
…別にアース製薬から、お金もらってませんよ(笑)

 C'est bon は、「それ、いいね」とか、「美味しい」という意味なのですが、これは、そのまま「セボン」で通じます。

 まあ、フランス語がちゃんと発音できなくても、パリで生活できます。
 それをやった人間がここにいます。  …開き直り

 それから、フランスの人も、日本語を片言で話せる人、多いです。
 パリで道に迷って、本屋の受付の人に尋ねた時、「みぎへまがて まっすぐ」と案内されました。

 パリの空港に着いた時も、入国管理の受付をしていた、フランスの黒人の人が陽気に、

 「ようこそ こんにちは」と出迎えてくれました。それから、

 「ありがと ばんざい させこ」と言われました。

 「させこ??」 これは、意味不明でした(笑)

 それにしても、「ばんざい」なんて言葉、どこで覚えたんですかね。
 日本人がいつも使うような言葉ではないのに…。

 これずっと、謎だったのです。でも、この前、その謎が解けました。
 それは、フランスでも大人気の日本のアニメ「ルパン三世」のせいなんです。

 「ルパン三世」を知らない、アニオタ(=「アニメオタク」の略)以外の人の為に、一応説明しておきます。

ルパン三世 モンキーパンチ原作である、このアニメに登場するオリジナルのキャラの名前は、

一番上のサムライが石川五ェ門
右の女性キャラが、峰不二子
二段目の帽子を被ったキャラの左が銭形警部、右が次元大介
手前が主人公ルパン三世です。

 つまり、ルパン三世以外は全員日本人なんです。
 日本のアニメですから…

 ルパンというのは、パリの小説家モーリス・ルブランが書いた小説の主人公「アルセーヌ・ルパン」の事。
 原作者のモンキーパンチは、このアルセーヌ・ルパンの孫という設定で、ルパン三世を描いています。

 でも、フランスは、著作権などに、とても厳しい国です。(ちなみに、エッフェル塔の夜ライトアップされた時の写真は、肖像権の関係で勝手に使用できなかったりします。)

 そこで、フランスでこの「ルパン三世」が放映されるには、全く別の名前にするしかないという訳で…

 その結果…

 題名 Edgar detective cambrioleur 
    「怪盗エドガー」

 登場人物
 ルパン三世 → Edgar(エドガー)
 次元大介 → Isidor(イジドー)
 石川五ェ門 → Goemon Yakitori(ゴエモン ヤキトリ)
 峰不二子 → Magali Mine(マガリー ミネ)
 銭形警部 → Gaston Lacogne(ガストン・ラコーニュ)

 となってしまうのです…。 …すでに原型をとどめていない

 それで、ずいぶんと話がそれてしまったのですが、入国管理の人が「ばんざい」という言葉を知っていたのは、この「ゴエモン ヤキトリ」(石川五ェ門)が、アニメで刀(「斬鉄剣」という)を使う時に、いつも「ばんざい」と叫ぶ(…オリジナルでは、もちろんそんな設定はありません)のを、聞いていたという事なのです。

 いやぁ、奥が深いですね~  … どこが


 はい。それでは、このあたりで、ムッシュ浅野の「プチ・フランス語講座」を終わらせていただきます。

 みなさ~ん  Au revoir ! (またお会いしましょう)
  …なんて、内容のうすい今日のブログ…



やっぱりネット環境は大切…

 だんだんと暖かくなり、春らしくなってきました。
 思い起こすとパリへと渡仏した日から、本当に寒い、と感じた日は一日もありませんでした。

 渡仏の時の事で、本当に失敗したな、と思っている事が一つあります。
 それは… ブロードバンドのネット環境と、インターネットのプロバイダを解約してしまった事です。

 いつまでパリにいるかも、まだ分からないし、使わないのなら費用がもったいないから、という事でルーターとか全部返却してしまった…。

 で、結局パリには3週間しかいなくて、部屋に戻ってきてみると、インターネットが出来ない… とまあ、そういう訳なんです(笑)

 帰国してすぐ、ブロードバンドの申し込みをいろいろあたってみたのですが、開通工事の予約の日程が、早いところで1週間後、遅い所など3週間後にしか取れませんでした。
 それでも何とか、4月の頭にはネット環境が整います。

 「浅野太志よ、いつホームページ更新する気なんだ。」
 と、お嘆きの皆様、もうしばらくお待ちください。
 
 今さっき、このブログの管理ページをいじくっていたら、「コメント」ボックスの中に、かなりのメールが来ているのを発見しました(…しかも、2月に届いていたメールを初めて発見した。)
 たくさんのメール、ありがとうございました。本当に嬉しいです。

 実はまだ、僕は、このブログの管理画面の扱いに慣れてないんです。
 よろしければ質問メールは、↓ に頂けると、助かります。
 asano.uranai@gmail.com

 ちなみに、このブログを、今どこで打っているかというと、「ネットカフェ」なんです(笑)
 スマートフォンで最初はやろうとしたのですが、文書のバックアップが出来ず、更新の時に全部消えてしまうと取り返しがつかない … しかも、打つ時間も5倍ぐらい掛かってしまうので、断念しました。

 そんなこんなで、今ごちゃごちゃしていますが(笑)

 個人鑑定は、4月から開始する予定です。
 4月中に関しては電話鑑定、もしくは千葉の松戸に近い地域でしたら、喫茶店などで対面鑑定が可能です。
 詳しい事や5月以降の事は、ホームページで発表いたします。

 それにしても、ネット環境がないのは本当にきついですね。
 今日が3月27日だから、あと5日の辛抱…

 3月27日といえば、僕の尊敬する鑑定師・村野大衡先生の誕生日です。
 思えば、村野先生とは、もう15年以上のつきあいになります。

 僕がまだミュージシャンを目指していた20代の頃、
 「浅野君は、ミュージシャンよりも占い師に向いてるよ」
 と、真っ先に僕の適性を見破った人でもあります。

 村野先生のブログ  
ほのぼの占い師 村野大衡

 僕は、パリ を極める為、頑張っていますが、
 村野先生はすでに バリ を極めています(笑)
 それは冗談で、本当に村野先生が極めているのは、本場台湾の「紫微斗数」(しびとすう)や「風水」なんですね。
 「紫微斗数」という占いは、見る人が見れば命盤だけでその人の体型や顔形まで当てられると言います。僕が知る限りでは、この紫微斗数で、村野先生の右に出る人はいないです。

 全然関係ないんですけど、この村野先生は、甘~いものと、油っこいもの(いわゆる体に悪いもの)が大好きなんですよ。
 だから、僕は誕生日になると、甘~いお菓子を毎年贈るんですね。
 すると、1ヵ月後の僕の誕生日、村野先生から僕の所へ、やっぱり甘~いお菓子が届く…。
 こんな事が、もう10年以上も続いているんです。
 おそらく、どちらかが入院するまで続くんじゃないですか(笑)

 村野先生、体に悪そうなものも少し控えて、くれぐれもお体だけは大事になさって下さい。
   … 体に悪そうなものを送っておきながら、なにを言う…
     来年からは、キュウリの漬物とかにします(笑)


 最近、←クリックするとランキングが出る に、
はまっています。
 最初は、自分で設置しておきながら、あまり関心がなかったのですが…。

 ある時、岡山のMさんから「8位入賞おめでとうございます」ってメールが来て、初めて「ランキング」を見たんですね。
 そしたら、いつも上位にランキングされていて、とても嬉しくなってきました。

 それで、最近の僕の日課

 まずは僕の人生の師 西谷泰人先生のブログ
   西谷泰人の鑑定日記  これは、はずせません。
 に入って、ボタン(右の下の方にある)を「ポチッ」

 そして、村野大衡先生のブログに入って、ボタンを「ポチッ」

 そして最後に、自分のブログのボタン(左の上の方にある)を「ポチッ」とします。

 このブログを読んでいる方で、FC2のブログをお持ちで、ランキングのボタン設置されている方、よろしければメールで教えてください。
 夜な夜な訪問して、「ポチッ」しときます。

 あっ、ただし、アダルトサイトはご勘弁ください。刺激が強すぎるものを見ると、仕事が出来なくなるので(笑)
… 精神年齢18才未満



浅野太志 songe à Paris

 パリの地を離れて、早いもので、もう4日目です。
 散らかしっぱなしの部屋の中で、山積みになった事を、頭を整理しながら一つずつ進めています。
 本当は渡仏前に、済ましてしまうつもりだったのですが…
 それでも、何とか今月中には片つけられそうです。

 パリには、もういないのに、「浅野太志 In Paris」ってタイトル、変ですよね。
   …しかも In Paris って英語だし(笑)

 帰国の時、パリのシャルル・ド・ゴールド空港に向かうタクシーの中、同行してくださったステファンさんに、何か替わりになるような素敵なタイトルがないか、尋ねてみたんです。

 ステファンさんが考えてくださったのは、
「浅野太志 le parisien」 (浅野太志 ル パリジャン) というタイトル、訳すと「パリの人(=パリジャン)浅野太志」です。

 とっても、素敵なタイトルなのですが、
「フランス語も、ろくに話せないお前が 『パリジャン』 かよ」
なんてツッコミが入りそうなので、このタイトルは、その時期が来るまで、とっておく事にしました。

 それで、とりあえず…

 浅野太志 songe à Paris
 (浅野太志 ソージャ ア パリ)

 訳すと、「 浅野太志 パリに思いを馳せて 」

 としました。
 songeは、「歌」(ソング)ではなくて、「思い浮かべる」という、フランス語の動詞です。

   セーヌ川・橋上から

  遠きパリ 今も心に セーヌの調べ
               … 字あまり(アリャ)   

 これからも、このブログをどうぞよろしくお願いいたします。
 

 

ゆめのまたゆめ

 久しぶりに戻ってきた、日本の自分のアパート。
 3週間前のそのままの状態でした。

 部屋は散らかしっぱなし…、洗濯物は干したままの状態。
 渡仏直前、飛行機のフライトの時間に追われ、大慌てで荷物をスーツケースに詰め込んでいたのを、思い出しました。

 あの時、飛行機に乗れなかったら、今頃どうしていただろう…

 ふと、そんな事を思ってみました。
 すでに3週間前の出来事 … まるで夢の中の出来事みたいです。

 つゆとおち つゆときえにし わが身かな
 なにわの事も ゆめのまたゆめ

 戦国動乱の世を生き抜き、天下を統一した覇者、豊臣秀吉の辞世の句。
 僕は秀吉という人物に関しては、尊敬する部分とそうではない部分とありますが、この句はとても好きです。

 秀吉は確かに、とても頭の良い人物ですが、もし、織田信長に出会っていなかったなら…、もし、弓矢や鉄砲玉が飛び交う幾たびの戦場で、命を落としていたなら、決して覇者とはなっていなかったはずです。

 全ては、人や運に恵まれた結果に過ぎなかったでしょう。

 「俺なんてまるでちっぽけで、全てがまるで夢だな」
 死の間際に、秀吉がそう思ったかどうかは、わかりませんけど…。

 喉元過ぎれば、熱さを忘れる、とはよく言ったものですが、人はピンチから逃れられると、ついそれが当たり前に思えて、感謝を忘れてしまうものですね。

 今の僕があるのも、今までたくさんの人に助けて頂いたからですし、たまたま運の導きがあったからだったにもかかわらず、時々ついそれを忘れてしまいます。

 そんな時は、ピンチになるのもいいかもしれません。
 だって、また感謝を忘れているのを思い出せるから…

 ゆめのまたゆめ

 これからも、思い切り充実した「ゆめ」を見続けていたいです。


新たなる未来へ

 新橋のカプセルホテルで迎えた朝…、そこで取った睡眠時間は4時間半程度でしたが、目覚めはすっきりしています。

 シャワーを浴びてから、かなり時間の余裕を持って、目的の出版社へと向かいました。
 僕はすぐ道に迷うから…。

 案の定、最寄り駅についた後、しっかりと道に迷ってしまいましたね(笑)
 しかも、重いカバンを抱え、大きなスーツケースを押しながら、1時間近く…
 ちゃんと住所も分かっているのに、ですよ。

 なんでそうなるの…

 って思うでしょう。
 途中、何度も住所を人に尋ねながら、歩くのですが…
 どうも僕は、教えてもらった方向とは、別の方向へ歩いていってしまうらしいです。

 パリでも本当によく道に迷って、慣れないフランス語で、地図を指差しながら人に尋ねたものです。
 で、道を教えてくれた人が、後から追いかけてくるんです。

 Non,non そっちじゃないよ、と言って、正しい行き先の方向を指で差し示して教えてくれる…。

 昔なつかしいアニメで「らんま1/2」というのがあって、主人公のライバルで超方向オンチ、という設定のキャラがいるんですが、僕はそのギャグを、地でやってしまうんですね。

 多分これ、性格(人の話をしっかり聞かない)が原因です。改めなくては…。


 とはいえ、それでも何とか、目的の出版社にたどり着く事が出来ました。

 ご担当の部長様は、僕の為に1時間ほどお時間を割いて下さり、その間とても充実した時を過ごさせて頂きました。

 昨今の占い事情、時代の動向、出版業界の事情、それを知り尽くしている専門家の貴重なお話をお聞きできたのも、本当に有意義でした。

 別に何か出版の話が決まった、とかじゃないんです。
 ただ、僕が今回、急いで帰国したのは、今ここでこんな事をやっている人間がいますよ、というシグナルを、一刻も早く発信しておきたかったのです。

 シグナルさえ発信できれば、それが見当違いではない限り、期が熟した時に未来が動き出すはず…。
 なぜか僕には、そんな自信があります。

 出版社でのお話を終えた後、また重い荷物を抱えて、今度こそ、ようやく自宅へ帰り着きました。
 そのまま、荷物を片つける事なく、何時間か眠ってしまったようです。

 目を覚ましてから、以前からお世話になっていた方に、打ち合わせのお電話をしました。

 「フランスに行かれて、一皮むけたんじゃないですか」
 と言われ、とても嬉しかったのを覚えています。

 これから一皮どころか、二皮も三皮も脱皮していかなければ…。
 帰国したものの、目の前には、渡仏前に時間がなくて、ほったらかしにした事が山積みになっています。まず、それを片付けなくてはならない…。

 遊んでいる余裕は全くなくて、もちろん不安だってあります。
 けれど僕には、僕の事を信じてくれる人もいるし、同じように上を目指している仲間もいる…。

 だから、強くなれる気がします。
 新たなる未来に向かって… 頑張ります。


東京漂着

 フランス・パリ郊外のシャルル・デ・ドゴール航空を深夜に離陸した飛行機に乗って、目的は日本の成田空港へ。

 地球の自転よりもスピードが速い旅客機の中で、通路の窓から一瞬、日差しが差し込んだと思ったら、またたく間にまた夜に戻ってしまいました。

 実際に飛行機に乗っていた時間は、12時間弱 … でも、時差の関係で20時間もの時間が消えてしまいました。
 何て短い、僕の3月22日…

 今夜は、東京の新橋で一泊する事にしました。
 別に終電が間に合わなかった、という訳ではありません。
 明日の出版社を訪問する予定を、最強の吉方位にする為の方違え(かたたがえ)というやつです。

 別にホテルを予約している訳ではないので、新橋の地を徘徊して探す事に…。
 
 ちょっと高級そうなホテルがあったので、一応、値段だけ聞いてみる事にしました。

 「あのう、今夜一泊だけしたいのですが、お幾らですか」
   …日本語が通じるのが新鮮(笑)

 「今のお時間ですと、ツインルームしか空いておりませんので、一泊2万円になります」

 「 ・・・・・ 」

 重い手提げカバンを持って、でっかいスーツ・ケースをゴロゴロと転がしながら、夜の新橋の地をさまよいます。

 スーツ姿のお兄さんが、僕に声をかけます。

 「どうですか、これから1時間だけでもキャバクラ…」

 この荷物まみれの状態の僕が、キャバクラに入るとでも思っているのでしょうか(笑)
 でも、改めて日本に戻ってきたなと、実感しました。

 今度は中国系のお嬢様が…

 「お兄サン、マッサージしてかない。泊マルトコさがしてる? たった3千円、朝まで泊マテイイヨ」

 あの、それ本当に3千円で済むんですかね…。かなり怖いんですけど(笑)

 そのまま人ごみを通り過ぎて…
 やっと見つけた!

 カプセル・ホテル シャワーつき、朝まで4千円!

 カプセル・ホテルは、男のロマン
   …根拠なし


 ホテルの中は、人がごった返していました。
 ちょっと、荷物が多すぎる分、肩身が狭いです。

 背広姿のきちんとした格好の30歳ぐらいの利用者の男性が、ねぎらいの声を掛けてくれます。

 「ご出張帰りですか。大変ですね」

 「ええ、ちょっとパリまで。日本で予定ができたので、急遽日程を変更して戻ってきたのです」

 「そうですか。お疲れ様です」

 お話を伺っていると、その男性、経済産業省の特許庁にお勤めのバリバリの官僚の方でした。

 「僕は、日本のこの景気が良くならないかと、いつも真剣に考えているんです。これは仕事だから、というのではなくて本心です…、それは、企業で頑張っていらっしゃる方の支えで成り立っている訳ですから、本当にいつも頭が下がります」

 よく「官僚」というと、「天下り」とか「税金泥棒」とか、マスコミが使う悪いイメージが連想されがちですが、それは一握りの人だけの話で、こうやって日本の事を真剣に考えている人もいる…。
 こちらこそ、本当に頭が下がります。

 シャワーを浴びて、明日はこの足で出版社へ。
 これから始まる、日本での新しい生活に、胸をときめかせています。

  

さようなら、パリの地よ

 住みなれたアパルトマンを出て、一路シャルル・デ・ドゴール空港へ…

 間もなく、日本に向けての飛行機に搭乗します。

 スーツケースの中に詰め込んだのは、洋服や生活用品、エテイヤの本に占いの道具、余った残りのハウザー食…(笑)

 そして、たくさんのパリの思い出を胸にしまって…

 まだ日本にいる時に、何かで聞いた「フランスは愛の国」というフレーズ、今ならその意味が良くわかった気がします。
 道を尋ねた時も、まるで自分のことのように心配してくれる、優しいパリの人達の愛に包まれて…

 ムッシュ・ステファンさん、ステファンさんの奥様、そしてアパルトマンの家主の黒崎さん、3週間の間本当にお世話になりました。

 さようなら、パリの地よ。

 Au revoir! <オボワ~> (訳:また逢う日まで)


 

「パリの休日」

 パリ最後の日は、日差しがとても暖かくて、最高のお出かけ日和となりました。
 昨日が日本では、お彼岸だったんですね。
 パリもすっかりと、春になりました。

 仕事がひと段落したので、今日は一日、思いっきり悔いのないように、パリの街を楽しむ事に決めました。

 パリの見どころは、山のようにありますから、全部回るのはとても無理、その中からピックアップしなくてはいけません。

 ちなみに、パリの穴場を知り尽くす、ステファンさんのおすすめは「カタコンブ」(Les Catacombes)です。
 カタコンブは、約600万体の人骨が、むき出しに積み上げられた地下共同墓地…。

 あの、ちょっと…、そんな所怖くて行けません。
 僕、チキンですから…

 それでも気になる人は、ユーチューブとかで「Catacombes」をどうぞ勝手に検索してください(笑)
 ただし、夢で出てきても僕は知りませんから…

 それから「ベルサイユ宮殿」、これも今回却下です。

 本当は行きたかったのですけど、パリ郊外なので、持っている「乗り物無料パス」が使えないし、方向オンチの僕が一人で行くと、なんだかパリに戻って来れない気がして…。


 で…、もう時間もないので、行き当たりばったりで行ってみる事にします。

 それでは、僕と一緒に、「パリの休日」をお楽しみください。

 今はまだ早朝です。
 まずは、パリの北部にある小高い丘のモンマルトルに、行ってみる事にしました。
 モンマルトルは、情緒豊かな街で、たくさんの芸術家が集まって生活していた場所でもあります。

 ただしここは、あまり治安のよい場所ではないらしいのです。

 スリが横行していたり、悪徳商法なミサンガ売りがたむろしているという情報を、あらかじめ聞いていたので、それなら朝早くさっと回ってしまおうという訳です。

 目的は、頂上にあるサクレ・クール寺院、坂道や階段をどんどん上へと登っていきます。
 うむ、この坂道の起伏、それなりにハードです。僕はこの程度なら大丈夫ですが、足腰を鍛えていない人は、公園左手のケーブルカーを使った方がいいですね。

テアトル広場 途中たどり着いた、テアトル広場。

 たくさんの絵描きさんがいます。

 似顔絵を描いてくれる画家さんもいますよ。

 暖かい日差しが気持ちいいです。

 さらに上へと登っていくと…

   サクレ・クール寺院

 ついに、たどり着きました。これが、サクレ・クール寺院。
 とってもオシャレなお寺です。

モンマルトルの丘から モンマルトルの丘から下を見下ろすと、パリが一望できます。

 まさに、最高の眺め…

  … … …
 

 とんでもなく、重要な事を忘れていました。

 あの、あまり大きな声では言えませんが、僕、「高所恐怖症」なのです…。
 すいません…。あまり、端まで近づけません(笑)

 高所恐怖症なのに、よく、飛行機に乗ったり、アパルトマンの7Fに住んでいる、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ガラス窓がきちんと閉まっていれば、大丈夫なのです。

 でも、こういう高い所… 駄目です…。すいません、やっぱりチキンです。

 という事で、ここはさっさと退散する事にしました(笑)


 気を取り直して、次は僕の最も行きたいと思っていた場所へ…。

 そうです。オルセー美術館です。

   オルセー美術館

オルセーの人混み
 すごい人混み。
 これ全部、入場券を買う為に並んでいる人です。

 それでも入る価値は十分にある、世界屈指の美術館です。

 入場券を買う時に、受付の人に、何かをフランス語で尋ねられました。

 おそらく、「どのコースの入場券にしますか」っていう内容だと想像できるのですが、どう答えていいかわからないし、例えコースの事をフランス語で説明されても、やっぱり解らないだろうと思い…

 Renoir…Monet…Pissarro…
 (ルノワール…モネ…ピサロ…)

 と、答えたら…

 Ok! 9.5 Euro
 (了解、9.5ユーロです)
 
 と、返事がかえってきました。
 何とかなるもんですね。

 オルセー美術館は、写真撮影が禁止なので、映像でお見せできないのが残念ですが、もう圧巻という感じです。

 ルノワールやモネ、ドガ、ピサロ、カイユボット…といった印象派の画家、ゴッホやセザンヌなどのポスト印象派、それにミレーやアングル… の超有名な絵画や芸術作品の目白押しです。

 おどろく事に、そのめちゃくちゃ有名な絵の前にも、あまり人だかりが出来ていません。

 カイユボットの「床削りの人々」なんて、全然目立たないような場所に飾ってあるし、中でも一番驚いたのは、ルノワールの傑作中の傑作「ピアノを弾く少女たち」の前に、誰一人として人がいなかった事です。

 もう、名画を独り占めした気分で、じっくりと見ていました。

 絵の表面を指で触れようと思えば、触れられましたね。
 思わずそんな衝動にかられましたが、もちろんそんな事はしませんでした。

 あまり、絵に関心がない人にとっては、わかりづらい感覚かも知れません。

 この感覚は例えるなら、過去の人生で好きになった異性が全員、その思い出の時の姿のまま、一堂に介して集まっている…という感じですね。

 「オルセー美術館は、全部を回るのに一日あっても足りない」と聞いていたのですが、そんな事はありませんでした。

 多分一枚一枚の絵をじっくりと鑑賞して、横の説明文を読んでいたら、そうなるのでしょうが、僕はフランス語がまだ読めませんから(笑)
 日本語の解説パンフレットが9ユーロで売っていましたが、あえてそれは見ないで感覚で回ってみようと思いました。

 たくさんの名画との対面…
 でも、美術館を楽しむ本当の真骨頂は、そんなものではなく、どちらかというと、名も知られていないような画家や作品の中に埋もれた、心を揺さぶられるような一品に出会う事だったりします。

 オルセー美術館は、そういった意味で、本当に宝の山でした。
 また、この話は次の機会にブログに書こうと思います。

 オルセー美術館の中で4時間ぐらい過ごしたと思います。
 心が満たされてうっとりしています。

 パリをそのまま散策、セーヌ川沿いに出ました。

   セーヌ川

 パリに来て良かった…。
 夢の中にいる気分…

 もう、時計も夕方の4時を回っています。
 最後のパリの思い出を作るとしたら…

エッフェル塔
 エッフェル塔

 やっぱり、これでしょう。

 高所恐怖症の君…、大丈夫なのか?

 だから、ちゃんとガラスが貼ってあれば大丈夫ですって、東京タワーだって平気だったし…

 もちろん、頂上まで登りますよ。
 当たり前じゃないですか。


エッフェル塔の上 あの…
 吹きさらしなんて、聞いてないんですけど…

 …って、皆さん、よくそんな端っこ歩けますね。


 あ、足がすくむ…(ブルブル)

 でも、勇気を出して… 写真撮らなくちゃ

パリ全景

 パリの街が眼下に…

 綺麗 …でもやっぱ怖い(笑)


 明日には、ここを離れるのか…
 さよなら、大好きなパリ

 とても心が満たされていて、それでいてちょっぴり切ない…。
 そんな僕の「パリの休日」は終わりました。

 
 


 

かき消されたエテイヤの足跡

 ルーブル美術館にあった、膨大な数の古代エジプトの遺跡と美術品…
 それは、尋常な数ではありませんでした。
 あれだけの大きさな石やら何やらをたくさん積みこんで、よく当時の(ナポレオン・遠征時代の)船が沈まなかったものだと思うくらいの量でした。

 古代エジプト美術部門を創設したのは、エジプトのヒエログラフの解読に初めて成功した、あのジャン・フランソワ・シャンポリオン。
 どうりで、これだけ大掛かりな展示コーナーになるはずです。

 ルーブル宮殿が、国民議会の宣言により、「学問と芸術のあらゆる記念碑的な作品を集めた場所」つまり、ルーブル美術館の前身となったのは、おりしもエテイヤが死亡した1791年の事でした。

 エテイヤはいつも大言壮語する癖があって、それが元でタロットの研究家に揚げ足を取られイメージを悪くしていますが、例えば当時、フランス革命が勃発する事を、的確に予知していたりします。
 ただ、これはエテイヤの超能力と考えるよりも、時代の流れから先を読み取る直観力に優れていたと考えるべきでしょう。

 そんなエテイヤだから、ルーブルのエジプト展示品の中に、エテイヤがあらかじめ予知していた何かが見つかるかもしれない、少しだけそんな期待がありました。
 結果は見事にもくろみ違いでしたが、逆に「エテイヤ・タロットと、古代エジプトは無関係」というのがハッキリとわかって、今はすっきりした気分です。


 フランス革命により始まった、罪がなくても疑いを掛けられればギロチンに送られてしまう、恐怖政治の時代…
 あまり知られていませんが、エテイヤは、この死刑制に反対する呼びかけを、自らのパンフレットで訴えたりもしているのです。
 エテイヤは、どちらかというと不真面目そうなイメージに取られがちですが、真剣に社会の事を考えていた人でもあります。

 エテイヤが生まれたのは、1738年3月1日のフランス・パリ…
 そして記録により、1791年12月12日に亡くなった事はわかっていますが、彼の死亡の原因も、彼の墓が一体どこにあるのかもわかりません。

 僕もこちらでいろいろ調べてみましたが、駄目でした。
 とても手に負えなさそうなので、ステファンさんに依頼してみましたが、それでもやはり駄目でした。

 ステファンさんは、
 「フランスの占いがここまで発展できたのは、エテラ(エテイヤの事)とルノルマン(マドモアゼル・ル・ノルマンの事…19世紀に活躍したフランスで最も有名な女占い師)のお陰なのに、全く何も資料が残っていない。」
 と、少し憤りさえ感じているようでした。

 ステファンさんはいつも、これでもかというくらい真剣に依頼にあたって下さいます。
 タロットの事は専門外のはずなのに、今ではすっかりタロットに精通されています。
 エテイヤ・タロットの本だって、ステファンさんがいなかったら、おそらく見つける事は出来なかったでしょう。

 今回の取材の目的の一つに、エテイヤの「エジプシャン・タロット」を扱っている占い師に、実際の占いを受けてみる、というものがありました。
 ステファンさんは、これに関しても、精一杯の事をして下さいました。

 インターネットですみずみのサイトまであたって、電話で問い合わせたり、掲示板で呼びかけまでなさって下さいました。
 しかしそれでも、残念ながら一人も見つかりませんでした。
 つまり、パリの中に実際にエテイヤ・タロットの使い手がいないのです。

 あるホームページに「エテイヤ・タロット」と書いてあるので、ステファンさんがその占い師に電話してみると、「ホームページに書いてはあるけど、実際には私は出来ない」という返事がかえってきたそうです。 

 19世紀のパリで圧倒的人気だった、エテイヤの「エジプシャン・タロット」、しかしその時すでに、フランスに運ばれた膨大なエジプト遺跡によって、息の根は止められてしまっていたのかも知れません。

 タロットの本の原稿の見直しの作業も、だいたいの目途がたちました。

 僕が今とりあえずパリで出来る事は、だいたい終わったかな…

 あとは日本でエテイヤの本の翻訳にかかるつもりです。ここに何か新しい発見が隠されているかも知れません。

 パリ在住のOさんから、フランス語の翻訳でわからない所があったら、いつでも聞いてください、という連絡が入りました。
 僕は本当に周りの人に恵まれています。

 だから、これに関しては、きちんとやり遂げないといけない、改めて心にそう誓いました。


 この前、エテイヤのタロットを購入した「GIBERT JEUNE」の書店の近くに、サント・シャペル礼拝堂があります。

 その中に、少し足を踏み入れてみました。

    サント・シャペルの中

 ステンド・グラスから差し込む光のシャワー…
 仕事に疲れた心を、解放してくれます。

 明日はパリ最後の日、しばし仕事を忘れて、パリを満喫してみようかと思っています。


 

モナリザに癒されて

 いよいよ、エテイヤタロットの取材も、大詰めに入ろうとしています。
 昨日はかねてから予定していた、ルーブル美術館に行ってまいりました。

   ルーブル美術館

 ルーブル美術館には、「古代エジプトの美術部門」という一角があって、そこにはエジプトから、もたらされた膨大な遺跡や美術品が展示されているからです。

 展示品の多くは、1798年から行われたナポレオンのエジプト遠征の時に、船でエジプトから運ばれたものです。

 それはエテイヤの死後7年後の事…
 残念ながらエテイヤがこれらの展示品を見ている可能性はありませんが、その後の「エジプシャン・タロット」を知る上で、大きな手掛かりになると思ったのです。

 という訳で…

  ルーブルピラミッドの前で

 探検家・浅野太志は、ルーブルのエジプト遺跡の調査の為、ルーブルピラミットの中へと潜入するのでありました。


 ものすごい広さのルーブル美術館で、目的のエジプト美術部門を見つけるのが、最初の難関だと思ったのですが(知っての通り、僕は方向オンチなので)、意外にも何かに導かれるように、いきなりたどり着いてしまいました。

 そこで見たものは、数々の古代エジプトの遺跡…
 凄いんです。
 エジプト壁画やヒエログラフが刻まれた大理石を見ていると、まるでアフリカ大陸の熱が、体内に伝わってくるみたいです。

 ラムセスニ二世座像に、たくさん並べられたエジプトの棺…


 ところが、僕は逆に、まるで体中の熱が奪われてしまったように、青ざめてしまいました。
 その理由は、そこには完璧なアフリカ大陸のエジプトが、存在していたからです。

 エテイヤの作った「エジプシャン・タロット」は完璧ではありません。
 何故なら、エテイヤは本物のアフリカのエジプトを知らずに死んだ人だから…

 おそらく今、エテイヤが生きていて、同じようにこの展示品を見たら、彼も僕と同じように青ざめてしまうでしょう。
 エテイヤの思い描いたエジプトと、そこにあったアフリカ大陸のエジプトは、あまりにも違いすぎているのです。

 1798年からのナポレオン遠征によって、フランスに持ち込まれたエジプト文化は、エジプトに対する事実誤認の多かった、クール・ド・ジェブランとエテイヤの幻のエジプトを、完全に葬ってしまった…。

 はるばるフランスの地まで船で運ばれた、半端ではない量のエジプトの美術品は、エテイヤのエジプシャン・タロットを、一瞬にして時代錯誤の過去の遺物に風化させる破壊力を持っていたのです。


 これ以上、この展示場で知ることは何もない…

 エテイヤのタロットが、本物のエジプト文化を持っていない事は、最初からわかっていた事でした。
 それでも、このタロットは非常に優れた芸術性を持っているし、僕がこのエテイヤ・タロットに目をつけた理由もその一つです。

 カメラのシャッターを押す気力さえおこらず、(ルーブル美術館は、フラッシュさえ焚かなければ、撮影は許可されています。)放心状態で、そのままふらふらとヨーロッパ絵画の展示部門へ迷い込みました。

 人の流れが、ある方向へ向かっています。
 あのモナリザの居場所が、近くにあるのです。

 そのまま流れに沿って、彼女に会いに行く事にしました。

       モナリザ

 ガラス越しのモナリザ

 思っていたよりも、美人じゃなかった。
 彼女は予想以上に小柄でした。
 でも、「ここまでよく来て下さいましたね」って、言ってくれた気がして、涙が出そうになりました。

 エテイヤのタロットも、完全にヨーロッパ部門の芸術に属するものです。
 ダ・ヴィンチのモナリザに比べれば、芸術性では見劣りするけれども、エテイヤ・タロットも人を惹きつけるだけの魅力は十分に持ってます。

 「私の友達をよろしく…」

 帰り際、ふとモナリザに、そう声を掛けられたような気がしました。


エジプシャン・タロット

 帰国の日程を目前にして、日々時間に追われるような毎日が続いています。
 本の原稿の仕事もすすめながらも、パリでのカフェ鑑定や日本とのスカイプ電話鑑定を、一日一件くらいのペースでさせて頂いていたりして、本当に日々充実しています。

 残りわずかなパリの滞在期間の間に、エテイヤの流れをくむ「エジプシャン・タロット」を、入手しておこうと思い、今日は、ステファンさんに教えてもらったGIBERT JEUNEという書店に行ってきました。
 
 GIBERT JEUNEは、サン・ミッシェル駅に8件もの店舗を持つ大型書店です。
 その中の「ESOTERISME」(秘教)という名の店舗、ここがこの前エテイヤ・タロットの本を買った場所です。(3/2ブログ 「エテイヤの影を追って」参照)

   GIBERT JEUNE

 ここでちょっとだけ専門的な話をさせて頂きます。 

 「エジプシャン・タロット」と言っても、必ずしもエテイヤの流れをくむタロット・カードを指し示すとは限らず、ポール・クリスチャン(エリファス・レヴィとほぼ同時期に活躍した、タロットの研究者)の流れをくむカードだったり、ただ単に、どこかの誰かがエジプト風にデザインしただけの、ウェイト版などの流れをくむカードだったりもします。

 そこで「エテイヤの流れをくむ、エジプシャン・タロット」と言葉を限定した場合、存在するカードは、およそ次の3つです。

 一つ目は、1789年に作られた、元祖エテイヤが考案したエジプシャン・タロット。(このレプリカのカードをは、僕はまだあつかえもしないのに、肌身離さず持っている)

 二つ目は、エテイヤの死後の1838年に発行された「偉大なるトートの書」と呼ばれる、改良版のエジプシャン・タロット。

 三つ目は、1865年に発行された「ご婦人の偉大な神託」と当初名付けられた、さらに改良版のエジプシャン・タロット。
 デザイン的には一番精錬されている。


 僕が今回欲しかったのは、二つ目の「偉大なるトートの書」バージョンでした。日本でも頑張って探し回していたのですが、どうしても見つける事ができなかったのです。

 ステファンさんは不在ですので、例によってまた一人です。
 店のご主人にタロットの写真を見せて、

 Donnez-moi ça, s'il vous plaît.
 (これは、ありますか)

 店のご主人はその写真を手に取って、じっくりとカタログを見渡してくれました。
 やがて、その中の一つを見つけて商品を見せてくれました。

 でも、そのタロット・カードは、三つ目の「ご婦人の偉大な神託」バージョンだったのですね。

 Non non … ça
 (いえいえ、これです)

 また、カタログを全部一通り見渡して、首をかしげるご主人。
 しばらくして、「やっぱりないよ。これじゃだめなの?」というリアクション。

 という事で、せっかくここまで来たので、そのタロット・カードを買う事にしました。

 二つ目の「偉大なるトートの書」は絶版品になっていて、元々入手が困難だとわかっていたので、ダメ元だったのです。

 でも買って良かったかな…。
 本場パリで買ったタロット・カードは、通販で買ったタロット・カードとは違って、パリの香りがします。(自分勝手な思い込み)

 エジプシャン・タロット

 滞在期間もあと僅かですが、パリにいる間にしておきたい事が、まだ残されています。

 パリの空気に存在する、エジプトの断片をつかみに、最後の探検に行ってきます。
 


パリに愛される日本文化

 日本に戻る日も、近くなってきました。
 帰国する為のチケットを取らなければならないのですが、僕はフランス語がしゃべれません。

 … どうしよう

 いつもなら、ステファンさんに
 「すみません。フランス語話せないので、日本までの飛行機のチケット取ってもらえませんか」
 と、頼むところなのですが、急な変更でご迷惑をお掛けしているし、ステファンさんはいつもたくさんの仕事を抱えて忙しい方だから、やっぱりそれはしたくなかったんです。

 で…、直接AIR FRANCE(航空会社)のお店に行くことにしました。

 AIR FRANCEは、パリに来た時に使った航空会社ですし、電話では会話が通じなくても、直接身ぶり手ぶりを入れればなんとかなる、と思ったのです。

 どうして、AIR FRANCEのお店の場所がわかったかというと、この前、凱旋門に行こうとして乗り物を間違え、オペラの停留所近くで、地下鉄の駅を探している時に(3/5ブログ 「雨のパリと凱旋門」参照)ふと、AIR FRANCEの大きな看板のお店が目について、ずっと覚えていたんです。

 この偶然も、神様が仕組んでくれたのかもしれません。

 フランス語の電子辞書を片手に、いざAIR FRANCEの店内へ…。

 カタコトのフランス語と英語を使いながら、もう四苦八苦でした。
 受付の人も大変だったと思います。

 紙に単語を書いたり、時間や金額の数字を書いたりして…。
 お互いに、「OK?」 「OK!」 の繰り返し。
       …「OK」はフランスでも使える万国共通語(笑)

 でも、なんとかなりました。今から思えば、よくなんとかなったという感じですが。

 受付の人が最後に日本語で、
 「さよなら」
 って言ってくれたのが、とても印象深いです。

 「さようなら、Merci beaucoup!(ありがとうございます)

 フランスの人たちは、日本の事が大好きみたいです。
 シラク前仏大統領が、日本文化の愛好者で親日派である事は有名な話ですが、日本はパリの街にも、本当に受け入れられてます。

   ピラミッドの街

 これは、すっかり日本食堂街になってしまっている、ピラミッド駅周辺。
 思わず、ここは日本じゃないかって、気がしてしまいます。

 そして、地下鉄の駅の看板。

   KABUKI

 この「KABUKI」の看板、どこの駅に行ってもあるんですよ。

 そして、最後にもう一つ。

   ラルクアンシエル

 日本の超メジャーバンド「ラルクアンシエル」

 こんな場所でハイドやテツヤに会えるなんて… (写真でですが)


 パリの人って、カタコトの日本語話せる人多いです。
 ステファンさんみたいに、完璧な日本語を話せる人は少ないけど、
 「こんにちは」「さよなら」「ありがと」って、結構言えるんですよ。
 なんか、嬉しくなってきちゃいます。

 だから僕も、もう少しフランス語上達しないといけませんね。
 残り少ない期間ですが、頑張ります。


気づきの薬

 パリはずいぶんと暖かくなり、さっき厚手のジャンパーを着て外に出たら、少し暑いくらいでした。
 日本でも、もうすっかり春らしくなったみたいですね。

 こういう季節の変わり目は、風邪などひきやすいですから、皆様お体だけはお気をつけ下さい。

 僕ですか。僕は大丈夫、滅多に風邪などひきません。健康そのもの。

 いつも健康管理に気を配った食生活を心掛けている、という訳でもないし … あっ、もちろんハウザー食(創文で販売している)は、毎日飲んでますよ。
 生活もかなり不規則ですが、いたって健康ですね。
 何故なんだろう…。

 思いつく理由の一つは、わりとポジティブシンキングだからかも知れません。
 心と体は連動してると言いますから。

 あと僕は、薬ってあまり飲まないですね。
 風邪をひいて熱が出ても、薬は一切飲まずに体だけ温めて、あとは「気合い」だなんて言いながら、治してしまいます(笑)
 発熱は体の免疫力を高めますから、これで丁度いいと思っています。

 ちなみに、パリの人は薬が大好きです。
 ステファンさんが言っていました。
 「フランス人は、世界で最も薬を常用する国民で、これはとても恥ずかしいです。」と…。

 そう言えば、パリの街ってやたら
PHARMACIE <ファーマシー> (薬局)が多いです。

PHARMACIE1.jpg

ファーマシ~



PHARMACIE1.jpg

          ファーマシ~



PHARMACIE1.jpg

ファーマシ~



PHARMACIE1.jpg

          ファーマシ~



PHARMACIE1.jpg

ファーマシ~



PHARMACIE1.jpg

          ファーマシ~




 最寄駅のコンバンシュン駅までのわずかな道のりの間に6件ものファーマシー…。
 200mも離れない内に、次の薬局があるって感じですね。

 もちろん必要に応じて、薬は上手に活用していけば良いと思いますが、心の持ち方で健康を保つというのも、なかなかにお勧めです。
 お金もかかりませんし。


 この前、「パリにいる残りの期間は、観光はしないでアパルトマンにこもって、ずっと原稿や翻訳をやるつもりです」って、ステファンさんの奥様に言ったら、
 「もっとパリを楽しんで欲しいと思う」と言われました。

 「パリには素敵なものが山ほどあって、その空気を感じるだけでも、きっと仕事の幅も広がるはずだから」って言われたんです。

 僕もそれを聞いて、反省しました。少し、考え違いをしていたようです。

 観光を道楽だと思うのではなくて、心に豊かさを蓄える為の学び、と考えるべきなんじゃないかと、思い直しました。
 これから会う事になる、たくさんの人達に、素敵な影響を与えられる自分になる為の大切な自己投資。

 本の原稿はさっさと終わらせて、残りの期間、もっとパリを楽しんでみようと思いました。
 エテイヤ本の翻訳は日本でも出来るから、後回しにしてもいいし…

 パリに来てから、たくさんの「気づき」の薬によって、どんどん自分が良い変化をしているように感じます。
 これもきっと、西30度の吉方位効果なのでしょう。

 そして、この一つ一つの「気づき」が、未来の扉を開く鍵となっている…、確信に近いほどに、今それを感じています。


この瞬間の光の中で

部屋 このパリに滞在するのも、あと一週間。

 そう思うと、何もかもがとてもいとおしく思えてきます。

 やっと、住み慣れてきた、アパルトマンの7階にあるこの部屋…。


エレベーター
 いつも使う、レトロなこのエレベーター。

(←金網のドアを手で開けて、中に乗り込みます)


 だいぶ見慣れてきた、外の風景。

   外の風景

 そして、この特別な時間…

 長い人生の中で二度と戻ってこない、今というこの瞬間。
 この瞬間の連続の中で、僕は生きている。

 これは、この先もずっと同じですね。
 別にパリにいなくても、それはやっぱり変わらない。

 それにもかかわらず、人は弱いから、今この瞬間に生きていない事も多かったりします。
 過去に起こってしまった事や、未来の心配事に、いつも心を奪われて…。

 せっかく生まれて来たのだから、やっぱりそれはもったいないと思いました。
 クヨクヨいろんな事に思い悩むのは、別に今じゃなくても、あの世に行ってからだって出来ますもん。

 いつだって、真新しい「今」という名のこの瞬間の光に包まれている。
 それは当たり前の事なのに、いつも僕は忘れてしまいがちで…

 だから時々思い出す事にします。

 シャワーを浴びている時の温かいお湯の肌触り…
 食事をしている時の幸福感…
 目の前の街の、この瞬間の素晴らしい景色…

 物思いにふけって、おざなりにしてしまわないように。

 もしも、今何かに心が捉われてしまっていたなら、この当たり前の事をぜひ感じてみてください。
 ほんの少しだけでも構いません。

 心が捉われから抜けた時、無限の可能性を秘めた「今」がそこにあるのが、きっと見つかるはずです。


急展開の未来

 僕の人生の中で、今大きな転機を迎えようとしているのかも知れません。

 先日、ある出版社の方から、一度お会いしてお話を伺いたい、というメールが入ったのです。
 その出版社には、以前からとても興味を惹かれていて、出国する前に、ずっとアポを取ろうとしていたのでした。
 もちろん、何かが決まったという訳ではなく、実際、ただそれだけの話です。

 その日程のいくつかの候補を、先方から頂きました。
 僕はその中で、最も早い日程のうちの1日を選びました。
 出来うる限り早い方が良いと、感じたからです。
 (その日が占い上、大吉だった事もあります。)

 そして、急遽3月22日に日本に帰国する事になりました。

 パリに来る前に、ある霊能者の女性にアドバイスを受けた事があります。
 その中で、
 「おそらく、今回のパリ行きは、1カ月もしないうちに日本に帰ってくる事になるでしょう。」
 と、言われたのです。

 その時僕は、
 「パリのアパルトマンの契約は、1カ月分先に家賃を払う事になっているし、少なくとも、そんな短い期間で帰ってくるつもりはありません。」
 と、答えました。

 まさか、本当に1カ月もしない内に帰国する事になるとは…。
 急展開の未来の予想図は、もうすでに決まっていたのでしょう。

 もちろん、実際の自分の未来を作っていくのは、誰でもない自分自身だという事は、常に肝に銘じてます。

 仮に神様が、どんなに素晴らしい未来の台本を作って下さっていたとしても、僕にその役を演じる力量がなければ、舞台の幕は下ろされるだけでしょう。

 はたして僕にそんな力量があるのかどうか、それはわからないですけど、ぶつかっていくしかない…。

 怖がってても仕方ないですから。
 ダメならダメで、また頑張ったらいいと思うし…。

 こちらでお世話になっている人に、滞在期間の変更を伝えようと、「これこれ、こういう事情で、急遽日本に帰国する事にしました。」って切り出したら、みんなが応援してくれるんです。

 ステファンさんも、ステファンさんの奥様も、住んでいるアパルトマンの大家さんも、「本当に良かったね。」って、心から喜んでくれる。

 今感じているのは、これだけの応援を受けられるだけでも、僕は十分に幸せ者だなあ…、という事です。

 温かい光に包まれているみたい…

 もし今、自分の力量を試されるような正念場を迎えていて、怖くて、物怖じしている人がいたら、「大丈夫だからね。」って、伝えたいです。
 だって、みんなが貴方を応援しているんだから。

 ここパリに滞在するのも、あと一週間となりました。
 残りの期間も、素敵な思い出をたくさん作るつもりです。

パリの日常生活

 今日のパリはかなり暖かく、だんだん春らしくなってきました。
 考えてみれば、まだ、パリに来てから本当の冬の寒さを感じるような日は体験していません。

 ここの所、ずっと自宅に閉じこもって、原稿の仕事などをしています。
 当たり前の日常生活 … そう、日本でいる時とあまり変わりありません。

 洗濯は、アパルトマンの近くのコインランドリーを使っています。
 パリのコインランドリーと言っても、日本と変わりありません。
 ただし、洗濯機の使い方の説明が、全部フランス語で書いてあります(笑) …当たり前

 ちゃんと毎日、自炊していますよ。
 炊飯器でお米たいてます。

 買い物は近所のスーパーマーケットに行ってます。
 ちなみに今日は、レタスとマヨネーズを買ってきました。

お食事日本から持ち込んだレトルトカレー

レタスをちぎってマヨネーズをかけたもの

ティーパック紅茶

 何気に美味しかったりします…。
 食事は、ささやかな幸せのひと時。

 
 さっき、昨日のブログを読み返していて、ちょっと思い直した事があります。

 僕はいつも仕事重視で、突っ走りすぎる傾向があるなって…。

 一つの事に打ち込んでいる男性の姿に、女性は惹かれるものじゃないかな…と、昨日は書きましたが、少しだけ反省と訂正。
 男性は仕事に夢中になるのと同時に、愛する人の事も、常にしっかり見守る事を忘れちゃいけませんね。

 考えてみたら、いつも僕はそれが出来なくて、失敗してきたなあ…。

 この仕事のプロジェクトがうまくいったら、僕も少しは真面目に、身を固める事も考えてみようと思います(笑) 

成功者の条件

 パリで暮らし始めて、早いものでもう半月が過ぎます。
 今では、日々の暮らしにもだいぶ慣れて、落ち着いてきました。

 パリに暮らしている、といっても、決して優雅な暮らしをしている訳ではありません。
 日本にいる時と同じ、日々当たり前な生活を送っています。

 このパリで、実現しておきたいもう一つの事…。
 それは実際にエテイヤの「エジプシャン・タロット」で占っているプロの占い師の鑑定を受けてみる、という事です。

 今、ステファンさんが、懸命にその占い師を探してくださっているのですが、かなり難航しています。

 夜中の2時3時まで一日中ずっと、奥様と一緒にインターネットで、フランス中のエジプシャン・タロットの占い師を探してくれていたりするのですが、それでも見つからない…。

 18世紀末には、パリ中を賑わしていたエジプシャン・タロットを扱う占い師ですが、現在はすっかり姿が見られなくなってしまったようです。
 フランス語の出来ない僕は、この件に関しては、すっかりお任せしっぱなしです。

 ステファンさんに、これだけして頂いているのに、僕がパリを観光を楽しんでうつつを抜かしている訳には、やはりいかないです。
 自分のやらなければいけない事を、片づけていかなければ…。

 エテイヤのエジプシャン・タロットに関連の調査以外にも、完成させた自分のタロット本(エジプシャン・タロットの本ではない)の見直しに、この前入手したエテイヤのタロット本の翻訳もしなければなりません。

 正直、時間がいくらあっても足りないです。

 パリで行ってみたい場所は、山ほどあります。
 エッフェル塔、オルセー美術館、ベルサイユ宮殿、モンマルトル…。
 でも、みんな後回しにするつもりです。

 別に興味がない訳ではないんです。

 オルセー美術館なんかは、正直言うと、ルーブル美術館以上に興味があります。

 僕は印象派の画家の絵が大好きなんです。東京に住んでいた頃は、印象派の画家の展覧会があると、よく上野の美術館に通ったものです。

 モネ、ルノワール、ピサロ、ドガ、シスレー、カイユボット(この人は画商としての方が有名)…。それにポスト印象派のゴッホ、ゴーガン、セザンヌ…。
 特にルノワールは大好きです。

 僕の家には「印象派美術館」という、一万円近くもした分厚い図鑑みたいな本があるんです。こんな本、よっぽど好きな人間じゃなくては、わざわざ買いませんから…。

 ただ、オルセー美術館に関して言えば、今回のエテイヤ・タロットの取材とはどうしても結びつかない…。

 中に入場するまで一時間待ち、膨大な量の展示品を全部見るには、まる一日かけても足りません。
 やはり、今ここで時間を使っている訳にはいかない…。


 ベルサイユ宮殿だって、本当はめちゃくちゃ行きたいんですよ…。
「ベルサイユのばら」結構見てましたから(笑)

「愛しても、愛と呼べない…
 僕の目はもう君を見ることが出来なくなる…
  オスカーーール」


 あっ、ちなみに僕は、いつも錠前ばっかり作っている、内気なルイ16世が好きでした。 … アニオタ

 でも、やっぱり今はベルサイユ宮殿を見に行っている訳にはいきません。

 行きたいのを我慢している…、というより、他にやるべき事に集中している結果、行く事が出来ない、というのが正しいですね。


 僕、「成功者の条件」というのは、こういう事だと思うんです。

 人のバイタリティーは多少の個人差はあるかも知れないけど、大切なのは、それを一点集中させられるどうかだと思うんです。
 ここで、物事が成功するか、やっぱり中途半端に終わってしまうかが、決まってくるような気がする…。

 やりたい事がいくつかあって、それを同時進行させて成功させる、というのは余程の人(ある程度成功した人)でなければ、難しいです。

 それよりも、まず一つの事を成し遂げて完成させてから、それ以外の事に取り掛かった方がいいです。
 その為にはある程度、他にやりたい事を切り捨てるという覚悟も必要です。

 彼女がいないと張り合いがないから、いまいち仕事の方も頑張る気がしない、なんて言っている男性がいますけれど、逆に一つの事に打ち込んでいる男性の姿に、女性って惹かれるものなんじゃないかな、と思ったりもします。
 僕は女性ではないので、ハッキリとは言い切れませんけど…。

 もちろんまだ僕は、こんな事を偉そうに語れるような成功者という訳でもなのですが、少なくとも、今の自分がこのままの状態でいいとも、思ってはいないんです。

 さて、少しだけ食事休憩をしてと…。

  フランスパン

 ステファンさんの奥様のおすすめで、フランスパンとバーサレ(バターに岩塩が含まれたもの)を食べてみる事にしました。
 バーサレをたっぷりとパンにつけるのが、美味しく食べるポイントです。

 腹ごしらえをしたら、また原稿の仕事、バリバリと頑張らなくては…。 

あの日から一年…

 突如として日本を襲った、東日本大震災からちょうど一年になります。
 被災された方々の事を思うと、胸が痛くなります。

 今から数年前の夏、宮城県気仙沼市に縁があって、夏祭りに出かけた事がありました。

 気仙沼に住む知り合いの女将さんの勧めで「気仙沼みなとまつり」と呼ばれるイベントのパレードに、地元の人たちと一緒に、町中を仮装してねり歩いた記憶があります。

 みんな温かい人ばかりでした。

 気仙沼は、今回の震災のあおりを、最もまともに受けた場所です。
 あれからまだ誰も、連絡を取れていません。

 たくさんの有志が、地元の人たちの復興を願って、無償の献身を続けました。
 それに比べ、僕がした事といったら、わずかな寄付をしたくらいに過ぎませんでした。

 今回の震災に胸を痛めたのは、日本国内の人だけではありません。

ノートルダム大聖堂 日本から遠く離れたこのパリの人達も、祈りを捧げていました。

 2日前の金曜日にも、パリの中心部にある、このノートルダム寺院において、犠牲者追悼のミサが行われたばかりです。

 去年の震災直後の3月13日にも、やはりここでミサが行われました。

 その時、たまたま旅行でパリに来ていてミサに参加したある日本人は、現地の人達が祈りながら泣いているのを見たと言います。
 そして、寺院から出た所でミサに来ていた女性に、日本人かと尋ねられ、そうだと答えると、「元気を出してね」と次々に何人もの人達にハグされたそうです。

 苦難にあっている時、同じ苦しみを共有してくれている仲間が世界中にいる。
 そんな事を、痛感しました。

 震災の被害を受けられた方々へのご復興を、心よりお祈り申し上げます。
 
 
  

子供の頃の思い出

 思い出す事の出来る一番古い記憶は、2歳の頃のものです。

 母の自転車の後ろに乗せられて、繁華街のおもちゃ屋さんの前を通り過ぎた時、そこの店頭に飾ってあった、色鮮やかなプラスチック製の積み木が欲しくて、ねだった記憶です。

 グリーンとピンクとイエロー、プラスチックの3色のパステルカラーの彩りがとても綺麗だったのを、断片的な記憶の中で覚えています。
 そのプラスチックの積み木で、小学生の頃まで遊んでいました。

 他に持っていたおもちゃは、将棋やチェス、トランプ、あと電卓をおもちゃ代わりにしていた記憶があります。
 中でもトランプは、7つか8つ持っていましたね。

 後片付けが苦手な子供でした。
 だから、それだけの数のトランプがあっても、全部の枚数が揃っているものが一つもない…。
 まったく、どういう遊び方をしていたんでしょうね。
 その7つか8つあるトランプが、全部ごちゃ混ぜになっていた記憶があります。


 ちなみに、のスートでおなじみの、我々が見慣れたトランプが初めて作られたのは、やはりフランスです。
 それは、エテイヤの活躍する300年くらい前の出来事…。


 僕が、初めてタロット・カードの存在を知ったのは、小学校4年生の頃でした。
 当時「小学館入門百科」というの本のシリーズを集めていたのです。
 その中に「トランプ入門」という本があって、いつもよく読んでいました。

トランプ入門 そうそう、これです。
 ネットで調べてみたら、ありました。
 懐かしいなあ…。

 この本の確か、最後の方のページに「トランプの歴史」という項目があったんです。

 そして、次のような内容の事が書いてあったのを、うっすらと記憶しています。

 トランプのルーツは、古代エジプトの「タロット・カード」に、さかのぼる事が出来る。
 は、貴族を、は神官を、は商人を、は農民を表していた。

 元々は、大アルカナと呼ばれる「死神」とか「悪魔」などという22枚のカードがあったが、いつしか時代とともに消えてしまった。
 唯一、その中で「愚者」と呼ばれるカードだけが「ジョーカー」という形で生き残った。

 こんな感じの記事が書いてあったのを読んで、小学校4年生の僕は、母にこの「タロット・カード」というのを買ってくれと、ねだった記憶があります。
 でもその時は、タロット・カードを手にする事は出来ませんでした。

 初めてタロット・カードを手にしたのは、中学校2年の時。
 近所の書店で購入しました。

 そのタロット・カードは、エジプト風に描かれたウェイト版系のカードでした。
 絵の内容は、ウェイト版そのものでしたが、背景にはピラミッドやら砂漠なんかが描かれていました。

 こんな経緯があって、僕自身の中にも、タロット=エジプト起源 という図式が、自然と出来上がってしまっていたようです。

 もう30年近くも前の話…。
 その頃は、タロットの起源は謎に包まれてハッキリしないが、エジプトである可能性が最も高い…などと言われていました。

 やがて、タロット・カードの本格的な研究が進むにつれ、どうやらタロット・カードというものは、イタリアが発祥の地である事がわかりました。

 そして、タロットからトランプが作られたのではなく、トランプ(プレーイングカード)に、切り札カードという特殊なカードが加わる事によって出来たというのが、タロットの本当の所らしい、という事がわかってきました。

 もちろん、それは占いをする為にはなく、単にカードゲームのバリエーションを増やすために…。

 やがて、そのカードは、イタリアからフランスへと伝わっていきます。

 そしてやがて、パリの占い師・エテイヤによって、初めて本格的な占いの為のタロット・カードが作られるにいたるのです。

 考古学者クール・ド・ジェブランによるタロットの古代エジプト起源説と、当時パリで流行していた古代エジプトブームを、エテイヤはカードにふんだんに散りばめながら、「エジプシャン・タロット」を製作しました。

 タロット・カードに常につきまとう「エジプト」とは、アフリカ大陸ではなく、このパリの空気の中に存在していたようです。


 …それにしてもここ2~3日、何だか、うなされそうなくらいエジプト漬けになっていました。 
 
 昨日ピラミッドビルを探しに、ポルト ドゥ ベルサイユに行ってきた後、パソコンを開いてみると、パリ在住のOさんから、

「パリにいらっしゃっていて日本食が食べたくなったら、ピラミッド駅に行くといいですよ。」

とメールが入っていました。

 このタイミングで偶然にも、ピラミッド…と思いながら、夕食はピラミッド駅に日本食を食べに行く事にしました。

 まさにピラミッド駅周辺は、日本食堂街のメッカでした。

うどん その中の一件のうどん屋さんの「かけうどん」食べました。

 久しぶりに聞いた、店主の日本語と懐かしいうどんの食感…。

 ちょっとだけ、日本が恋しくなりました。

幻のピラミッド

 昨日のブログを書き終えると、僕はすぐさま、アパルトマンの最寄駅から地下鉄でひと駅の「ポルト ドゥ ベルサイユ」へ急ぎました。

 それは、「Le Project Triangle」という名の高さ200mの巨大ビルが、今年2012年完成予定という、ネット上の記事を見たからです。

 200mもある建築物が、今年完成予定というのが本当なら、駅を降りて見渡せば、すぐに発見できるだろうと思ったのですが…。

   ポルト ドゥ ベルサイユ


…… ないよ~。

 ポルト ドゥ ベルサイユにあったのは、交通量の多い住宅街に、小高い丘に建った教会、それに「パリ・エクスポ」と呼ばれる見本市会場だけでした。


 その巨大ビルに一体、何の意味があるの?
と、首を傾げていらっしゃる方もいるでしょう。

 実はそのビルの完成予定図の写真が、僕にとって、あまりにも衝撃的だったのです。

Le Project Triangle このまるで古代エジプトを思わせるような巨大ピラミッド。

 一体、今どれだけ着工されているのか、自分の目で確かめたかったのです。

 いろいろと調べてみると、どうやら建設予定の場所は、見本市会場の「パリエクスポ」の地のようです。

 そして、当初2012年完成予定だったのが、2014年に変更になり、さらに最新の情報では2017年完成となっているのでした。

 2017年完成予定ならば、まだ工事すら始まっていなくても当然ですね…。


 パリとエジプト…。

 一見、無縁のものと思われるこの2つは、実は深いつながりがあります。

 エテイヤが活躍していた、18世紀のパリというのは、空前のエジプトブームだったのです。

 18世紀のフランスで大発展を遂げる事となった、かのフリーメーソンも、自分たちの知識は古代エジプトの叡智を受け継いだものと、うたっています。
 また、18世紀のパリが、いかにエジプトブームだったかは、当時のパリ市の紋章の中にエジプトの女神イシス像が描かれていた事からも伺えます。

 そんな時代背景の中、考古学者クール・ド・ジェブランが、さしたる証拠もないまま、タロット・カードには古代エジプトの叡智が込められていると叫び、エテイヤは、エジプト式のタロットを製作しました。
 そして、エリファス・レヴィも、決してタロットエジプト起源説を否定しなかった…。

 パリのエジプトブームは、今も変わりません。
 19世紀初頭のナポレオン・ボナパルドのエジプト遠征によって、エジプトの現実と空想とのギャップが明らかになったのちも、やはりエジプトはパリの人々にとって、古代の叡智が宿る魅惑的な都市であり続けました。

 コンコルド広場のオベリスクしかり、故ミッテラン仏大統領のルーブル・ピラミッドしかり…。

 現代、タロットのルーツにおける、さまざまなリサーチがなされ、実際にはタロットのルーツは、決してエジプトにさかのぼらせる事が出来ない事がわかってきました。

 しかし、クール・ド・ジェブランやエテイヤが思いを馳せたエジプトというのは、フランス人の憧れの中のエジプトであって、決して、北緯31度 東経30度にあるアラブ共和国のエジプトと、同一視するという必要はないでしょう。

 エテイヤの「エジプシャン・タロット」が、決してレヴィやパピュス達に、否定されなければいけない理由がないように…。


 2017年、パリにある、このポルト ドゥ ベルサイユの地に、巨大なピラミッドが建つ頃には、エテイヤのエジプシャン・タロットも、復活しているのではないだろうか…。

 ポルト ドゥ ベルサイユの街を歩きながら、そんな予感に胸をはずませました。

(参考文献:伊泉龍一先生著「タロット大全」)


可哀そうなモンパルナスタワー

 パリの街並みは、本当に美しいです。

外 右の写真は、僕のアパルトマンの入口外の風景です。
 とってもオシャレでしょ。

 この美しい外観が保たれる為に、パリでは法律によって、例え個人の持ち物でも、古くからの石造りの建物は、壊すことが出来ないのです。

 また、1977年からつい最近までは、建築物の高さ制限があって、パリの中心部では37m以上の建物は建てられませんでした。

モンパルナスタワー そんな法律が出来たのは、1972年に、この210m59階建てのモンパルナスタワーが建設された事がきっかけです。

 高いでしょう~。
 屋上からパリを一望できます。

 ステファンさんの話によると、このビルはパリの景観を損なうという事で、特に若者には、大変評判の悪い嫌われ者のビルだそうです。

パリ市街とモンパルナス

 うむ…。確かに、景観をじゃましてますなあ~(笑)

 でも、なぜか僕は、そんな嫌われ者のこのビルに同情してしまうのです…。

 まるで、エリファス・レヴィに、散々こき下ろされている、エテイヤのエジプシャンタロットみたいに思えて…。

エリファス・レヴィ(1810~1875)… フランス・パリ出身の魔術導師であり、オカルティストの祖とも言われる人物。著書「高等魔術の教理と祭儀」は、後のオカルティスト達のバイブルともいうべき本。

 研究熱心なタロットティストや専門家にとって、レヴィはエテイヤ以上に有名ですし、常に一目置かれる人物です。
 何せ「宇宙全般の知識を手に入れるツール」としてのタロットカードの地位を確立した人ですから。
 現代のタロット・リーディングのメソッドの要となった、ゴールデン・ドーン(黄金の夜明け団)の教義は、レヴィからの影響を色濃く受けています。

 エリファス・レヴィは、エテイヤの死後20年ほどして生まれた人ですが、エテイヤのタロットに対して、レヴィは本当に容赦ないです。

 これじゃあ、エテイヤが可哀そうというくらい…。
 今も続く、エテイヤ軽視の傾向は、レヴィによって始まった事は間違いないです。

 エテイヤが、タロット研究において、いかに無意味な努力をしてきたか、それは「高等魔術の教理と儀式」に記しておいた。
 この天啓を授かったという理髪師は、30年の努力の果て非正統的セットを世に出した。「鍵」はどこかに追いやられ、もはや数字と十二宮は照応していないのである。
 一言でいえば、このデッキはエテイヤの知的レベルに適したカードといえる。どのみち、大した事はないのである。
(エリファス・レヴィ「魔術の歴史」)


 エテイヤは、もっぱら自分の占いを体系づけ、そこから金銭的利益を引き出す事に腐心し、読み書きすら満足に出来ない理髪師上がりの分際で、「トートの書」を改良し、それを己のものにしたと豪語していた。
 彼の仕事は、クール・ド・ジェブランによって発見された古い書物を、通俗魔術とジプシー女占い師の領域に、突き落としてしまったのである。
(エリファス・レヴィ「高等魔術の教理と祭儀」)


 この後、レヴィに続く研究者たち(例えばパピュスなど)も、レヴィにならって同じようにエテイヤをこき下ろしています。
 どおりで、エテイヤ・タロットが廃れるわけです。

 でも、ここで注目すべきは、エリファス・レヴィは、エテイヤの事は否定しつつも、今では完全に否定されている、クール・ド・ジェブランの「エジプト起源説」をちゃんと認めている事です。

 エジプトとタロット…、その因果関係とは一体…


 話は最初に戻って、若者たちの嫌われ者モンパルナス・タワーがきっかけとなって、パリでは高さ37m以上の建物は建てられない事になっていました。

 ところが、4年前にこの法律は廃止。何と今年2012年200mの超高層ビルが建つ事に決定したそうです。

 そのビルの完成予想図を見た僕は、思わずびっくりしました。
 そしてなぜか「エジプト」というキーワードが、何度も脳裏によぎったのです。

 しかもそのビル、僕のアパルトマンの最寄駅「コンバンシュン」から、ひと駅の所にあるというではありませんか。

 これから早速、見に行ってきます。
 明日また、このブログで皆様に報告しますね。

心の持ち方で、人生はどうにでも変えられる

 今回のパリ滞在を方位学的に見ると、パリは西30度、二黒土星の僕にとって大吉方位になります。
 行き詰まっていた事が打開する、楽しい人生が始まる、という意味を持ちます。

中指 パリ滞在を決めた時から、中指に見事に白点が現れました。
 西谷泰人先生の「的中手相術」によれば、中指の白点は旅行や移転による喜び事や開運を表します。
 このブログを読んでいらっしゃる方には、ご存知の方も多いと思いますが…。

 もうしばらくしましたら、「タロット」「四柱推命」「方位学」のパリからの電話鑑定(スカイプアウト方式)を開始する予定です。
 詳しくは、HPのメールにてお問い合わせください。


 昨日のブログは、「道を間違えたと思ったら元の場所に戻る事は、人生でも大切」という内容で書きましたが、少しつけ加えておこうと思います。

 この「道を間違える」というのは、人生の進路を間違える、という意味ではありません。
 それに関しては、思いっきりぶつかって見なければ、間違っているかどうかなんてわかりません。

 僕が言いたかったのは、「心の持ち方の間違い」みたいなものなんです。

 間違っている事に気づくのがちょっと難しいような心の状態というのもありますが、比較的、間違いだと気づきやすいのは、怒りや悲しみに支配されている状態です。

 これを冷静な状態に戻すことが、とても大切です。
 例えば…



 昨日、あの女に思い切り、にらまれた。
 クソ~、私が何をしたっていうの。絶対に許せない。
 よ~し、あの女の悪口をみんなに言いふらして、ネットでも書き込んでやる。
 そうだ、そういえば、呪いにきくワラ人形ってあったわね。
 よし、私を敵に回した事を後悔させて…

ハイ、スト~ップ!
By 「クイズ面白ゼミナール」鈴木健二アナ  なつかしい…


道、間違えてますね。もう一度、もとに返って見ましょう。


 昨日、あの女に思い切り、にらまれた。
 きっと何か誤解されているんだろうな。
 ちゃんと弁解しておきたいけど、今は聞いてくれそうにないわね。辛いけど仕方ない、彼女も今大変な状態だし…。
 とりあえず、成り行きを見守って、目の前のやるべき事をやろう。
 


 これで、運が100倍よくなりました。
 では次のシュチュエーションです。



 会社の上司に、仕事のミスを全部自分になすりつけられて、顧客の前で罵倒された。
 俺はただ、命令でそうしただけなのに…。
 こんな理不尽な話ってあるかっ。
 俺に恥をかかせたあの上司め、見てろよ~。会社をクビになったって構わねえ、破れかぶれだ。
 あの上司の家に何度も無言電話をかけて、思い知らせてやる…

ハイ、スト~ップ!


 会社の上司に、仕事のミスを全部自分になすりつけられて、顧客の前で罵倒された。
 でも、会社の存続のためには、あの場では俺が悪者になるしかないもんな。
 なんだかんだ言っても、あの上司にはいろいろ世話になったし、彼も仕方なかったんだろうな。
 この会社の給料も悪くないし、今すぐ辞める訳にいかないしな。
 まあ、こんな事が何度も続いたら、トラバーユするしかないけど…。
 そうだ、今のうちにもっと自分のスキルを高めておこう。



 未来が明るくなりましたね。
 次の例は今までとは違って、本当に深刻な状態です。



 災害に遭って、家も家族も財産も失ってしまった。にもかかわらず、借金だけはそのまま残っている。
 もう、生きる望みさえも見つからない。
 こんな痛みは体験していない人間にはどうせわかりっこないだろう。
 このまま悲しみや苦しみが続くのなら、いっそ死んだ方がましだ。



 実際に、このような境地に立たされてる方がいます。
 この例に比べると、さっきの2つの例が、とてもつまらない事柄に思えてきます。



 災害に遭って、家も家族も財産も失ってしまった。にもかかわらず、借金だけはそのまま残っている。
 逆にいえば、もうこれ以上失うものもないな。
 こんな痛みがわかる人間なんて、ざらにはいないだろうけど、これを乗り越れば、同じように苦しんでいる人に、何かアドバイスできるようになるかもしれない。
 これは、その使命の為に神様が与えてくれた試練かもしれないな。
 この状況だし、借金をすぐに返せという人間もいないだろう。
 とにかく頑張って生きていこう。悲しみや苦しみの後には、必ず良かったと思える時が来るはずだから。



 この上ない苦境に立たされた人が、その後奮起して大成功し、見事に幸せをつかみ取っている例は、世界中に多々あります。
 映画「風と共に去りぬ」ではありませんが、逆境は人を、とてつもなく強くする事だけは確かです。

 史記に登場する淮陰侯韓信、三国志に登場する曹操孟徳や諸葛孔明、日本の戦国時代を終結させた豊臣秀吉、徳川家康などは、死と隣り合わせの苦境に遭い、部下の裏切りや理不尽な目に遭っても、やけになる事無く、心の持ち方を常にあるべき状態に戻す事が出来た英雄です。
 特に、徳川家康や諸葛孔明などは、ほとんど完璧と言ってもよいでしょう。

 そして、この彼らでさえも、心の持ち方を自分でキープしきれなくなった時には、身持ちを崩して自滅しています。

 そうそう先日、岡山のMさんから、とっても素敵な情報を教えて頂きました。
 何でも、芸人のコロッケさんがお母さんから教わった大切な言葉というのが、あるんだそうです。

 それは「あおいくま」という言葉。

 あ … あせるな
 お … おこるな
 い … いばるな
 く  … くさるな
 ま … まけるな

 と、頭文字を取って「あおいくま」だそうです。

 すでに、知っていらっしゃる方もいるかも知れませんが、これ、とても覚えやすくていいですね。
 心が迷子になった時に、元の場所に正しく戻してくれる、魔法の言葉です。
 僕もこれから時々、口ずさむ事にしようと思います。

 今、どんなに辛い境遇にあっても、心さえ、ちゃんと家に戻ってこれれば大丈夫。
 必ず素敵な未来が、貴方の元にやってきます。

 

パリ遭難

 ここパリでは、今日も小雨がぱらつく曇り空です。

 凱旋門では、特にスリに遭う事もなく、帰路につく事が出来ました。
 それにしても、門の壁面に装飾された彫刻は圧巻でした。

 シャンデリーゼ通りを後にし、シャルルド・ゴール・エトワール駅から、地下鉄に乗って、僕のアパルトマンの最寄駅であるコンバンシュンまで、無事に到着。

 …と、ここまでは良かったんですけどね。

 ご存知の方もいると思いますが、僕は超方向オンチなのです。
 いつも道に迷って、とんでもない所までいってしまう…。

 ただ、これは自慢ですが、道に迷っても時間に遅れることはまずないし、人生の道案内に関しては、きちんと正しく出来ます(笑)

 最寄駅であるコンバンシュンと、僕のアパルトマンまでは1kmぐらいの距離なのですが、見事に道に迷いました。
 ステファンさんに前に一度、道順を教わっているのですが、ダメでした。
  夜の街

 フランス語でかかれた地図はよくわからないし、道路の案内表示の地名も、どこの事やらわからない。
 おまけに日はすっかり沈んでしまい、さらに雨…。
 しかも、言葉は通じない。

 …パリの遭難者です(笑)


 でも、何とか無事にアパルトマンまでたどり着きました。
 何度も、元のコンバンシュンの駅に引き返しては、再出発する事を、繰り返したんです。

 道に迷った時に一番大切なのは、一旦元の場所まで戻る、という事。
 最悪、コンバンシュン駅にさえ戻れれば、やり直しがききますから、駅までの戻り道だけは常に忘れないようにしていました。

 これが良かったのだと、思います。


 これはきっと、人生でも同じですね。

 間違ったな、と思ったら、それ以上進まないで、立ち止まって冷静に考えてみる。
 場合によっては、元の場所に引き返してみる。

 道を間違えても、感情的にならないでそれが出来れば、時間は掛かっても、必ず行きたい場所にただりつく事が出来ます。

 そんな教訓の夜の帰り道でした。

 

雨のパリと凱旋門

 昨日は勢いで、エテイヤのタロット本を翻訳するぞ~、と力んだものの、やはりそう簡単なものではないようです。

 もちろん完璧な翻訳を目指している訳ではないのですが、例えば一つの単語にも複数の意味があって、どれを採用するかによって、意味は違ってきてしまうし、どの語句がどの語句を修飾しているかという事の見極めも、かなり難しいです。

 まあ、長丁場ですね。

 家にこもって、ずっと翻訳をやり続けていたら、頭がパンクしそうになりました。

 時計を見たら午後3時半、よし、こんな時はパリの名所に行ってよう~、と思い立ちました。

 パリは朝明るくなるのが遅い分、夜暗くなるのも遅いのです。

 パリの名所といえば、やっぱり、かの英雄ナポレオンの権威の象徴、凱旋門 でしょう。

 でも、先日行った近所のマルシェとは違い、ずいぶんと、このアパルトマンからは遠いようです…。

   地図

 今度は本当に大丈夫か~。

 外は雨が降りそうなので、折りたたみ傘と地図とカメラと電子辞書を持って、いざ出陣!

バス
 多分、バスに乗ればたどり着きそうな感じだったので、近くのバス停から市内バスに乗り込みました。


 車窓から見るパリの街はもう最高…。
 思わずため息が出るくらいです。

 バスの中の人たちは、初めて会う人同士でも、気さくに笑顔で語り合っています。
 僕は言葉が解らないので、会釈するだけ…。

 「どこへ行くの?」
 みたいな事を前に座った女性に尋ねられて、地図の凱旋門を指差す僕に、(注:パリのバスは4人掛けで、向かい合っています)

 「このバスは止まらないからメトロに乗り換えないとだめだよ」と、彼女は教えてくれました。

 すると、向こうの席に座っていた別の男性が「次の次のオペラという停留所だよ」と、声をかけてくれるんです。
 みんな陽気で満面の笑顔です。

 Merci beaucoup!(ありがとうございます)を繰り返して、オペラの停留所で降りました。

 雨がパラパラと降りだしてきたので、急ぎ足で歩くと、何やら観光写真で良く見た事のある建物が…

   オペラガルニエ

 これはあの オペラ座 ではありませんか。

 期せずして、すごい所に来てしまった…、と思いながら、オペラの地下鉄の駅がどこにあるかを、通りがかりのパリジェンヌに尋ねてみます。

 Je voudrais visiter le metro.!
 (地下鉄に行きたいのですが)

 言葉で説明しようとしても理解できない僕に、彼女は手招きして地下鉄の駅まで案内してくれました。

 かろうじて地下鉄についたものの、今度は一体どの電車に乗ったらいいのか…。

 地図を片手にうろうろしている僕に、どこからか懐かしい日本語が…、フランス人の彼氏と連れ添った日本人の女性でした。

 困っている僕を見かねて、声をかけてくれたんです。

 「凱旋門は、シャルル・ド・ゴール・エトワール駅で降ります。ここからだと、コンコルド駅に降りて、そこでデファンス行きに乗り換えるといいですよ。」

 すると一緒に連れ立っているフランス人の彼が、何か話してくれています。

 「凱旋門はスリが多いから、特に若い集団の女性には気を付けて、と彼が言っています。」
 
 「ありがとうございます。 Merci beaucoup!
 二人にお礼を言って、目的のシャルル・ド・ゴール・エトワール駅へ。

 外はすっかり雨が降り出しました。

 ついに到着~!

   凱旋門

 親切なフランス人の方が、写真を撮ってくれました。

 スリに気をつけながら、凱旋門の彫刻をぐるりと見てまわり、帰路へ。
 降り続ける雨と人の温もりが、じんわりと胸にしみます。

 帰り道はまた、それなりにいろいろあったんですけど、それはまた明日書きますね。


 パリは何て素敵な優しい街なんだろう!
 すっかり僕は、この街に魅了されてしまいました。

 そして、心がポカポカと温かくなっているのを感じます。

 人に優しくしたいと思うのに、どうしても優しくなれない自分がいて、ジレンマを感じる事があったなら、こんな風に、人の温もりに目一杯ふれてみるのも良いみたいです。

 いつの間にか、猛烈に人に優しくしてあげたくなっている自分がそこにいる事に、気づかされます。

翻訳生活

 パリの日曜日は、お休みのお店が多いです。
 ステファンさんのお話では、フランスは、企業には日曜日を休みにする事が義務付けられているとか…。
 もちろん、レストランとかカフェなんかはこの規定には含まれませんが、それでも街は静まり返ってます。

 こんな時は、この前手に入れた、エテイヤのタロット本を読むに限る。
 という訳で…。

   エテイヤの本

 当然、全部フランス語ですね…(当たり前ですが)

 でも、こんな時役に立つのが、コレです。↓

   EX-word XD-D7200
 その名も、カシオ EX-word XD-D7200
 新宿のヨドバシカメラで、4万円もした代物。
 いわゆるフランス語専用の電子辞書です。
 でも、4万円使ったけど、買っておいてよかったと思います。

 何と言っても、発音機能がついている事が嬉しいです。
 それに学習のための機能がついていて、暇さえあれば、フランス語学習ができる。
 行きの飛行機の中では、これを使ってフランス語をずっと勉強してました。


 今日は、お店も休みだし、エテイヤ本を翻訳する一日を楽しもうかと思っています。(ちなみに今、日本では午後6時半ですが、パリではまだ午前10時半なのです)

 目につかない所で、コツコツやる事を怠けてたら、大きな事は出来ないですしね…。

 ローマは一日にしてならず。
 頑張ります!

パリの朝とマルシェ

 パリの朝は明るくなるのが遅いです。

 下の写真は、僕が住んでいるアパルトマンの外、今日の午前7時を少し回ったところ(日本では午後3時)です。ほんのりと薄暗いのがわかると思います。

パリのAM7:00過ぎ 日本の北海道と同じ緯度のはずなのに、なぜ?
と思われる方がいらっしゃるかもしれません。

 この理由は、パリの現地時刻が、東経15度の地点(オーストリアのウィーンあたり)を基準にしているからです。

 ところが、実際のパリの位置は東経2.35度の地点にあるので、15度-2.35度 = 12.65度 = 50分36秒も時刻がずれ、さらに今日(3月3日)の均時差≒(-12分)も計算に入れると…、パリの朝の7時というのは、真太陽時でいう午前5時57分にあたります。
 どおりで、どんよりと暗いわけなんですね。

 ちょっぴり小難しい話になってしまいましたが、四柱推命で日柱と時柱の干支を出す時は、いつもこんな細かい計算をして見ていきます。


 実は、こんなに朝早く外に出たのは、パリ名物マルシェ(市場)に行ってこようと、思ったからなんです。

 今日は、今まで同行してくれた、ステファンさんもいません。完全に一人です。

路面電車 心細いけれど、負けていられません(笑)

 まずは、この路面電車に乗ってですねえ…。
 本当にこの電車で合っているのか、少し不安ですが…。

 …とりあえず、合っていたみたいです(ホッ)

 ついに、たどりつきました。
    マルシェ

 パリのマルシェ(市場)は80か所近くあるのですが、今回は「Marché Lefebvre (15th district)」に行ってみました。

野菜 新鮮な野菜もあります。

 店の人の威勢の良い声が行きかっています。ハミングしている人もいますよ。

魚 お魚もありますねえ…。→
 当然、会話はフランス語です。

 で、結局何を買ったかというと…。

卵
 ←卵6個、1ユーロ70サンチームでした。

 僕のフランス語、全く通じなかった…。



 でも、Merci!(ありがとう)だけは、分かってもらえたみたいです。

 お店の方はそれでも、親切に対応してくれました。


 とても大事な事を教わりました。

 それは、たとえ言葉はわからなくても、笑顔だけは通じ合えるんだ…という事です。

 はい……。
 ちゃんと真面目に、正しい発音のフランス語を練習します…。

 

エテイヤの影を追って

 日本を離れて、もうすぐ一週間になります。
 おとといは、東京では大雪が降ったとか…。
 どうか皆様、風邪などひかないように温かくしてお休みくださいね。

 パリの気候は、すでに春を迎えかけています。
 今回の渡仏は、タロット占いの生みの親といってもよいエテイヤが作ったタロットを知る為のもの。

 日本のタロット界の権威である伊泉龍一氏は、著書の中で、「タロット占いの歴史はエテイヤの一連のアレンジである」と述べられていますが、まさにその通りで、元をたどれは、現在のタロット占いのスタイルを作り上げたのは、全てエテイヤです。

 ところが残念な事に日本では、このエテイヤが作ったタロットに関する本は、ほとんどありません。
 それならば、エテイヤが活躍したこのパリに来て、資料を入手するしかないという訳で、それが今回の渡仏の目的の一つです。


 しかしながら、事はそんなに簡単ではなかったのです…。

 エテイヤがオリジナルタロットを世に出したのは、ちょうどあのフランス革命が勃発した1789年。その後も確かに混迷のパリでは、タロット占いが大流行していました。
 中でも19世紀の主流は、このエテイヤのタロットの流れをくむ「エジプシャン・タロット」と呼ばれるタロット・カードでした。

 ところが、現在フランスでは「占い」そのものが、非常に珍しいものとなっています。
 話好きなフランス人は、日本人なら決して人に言えないような悩み事でも、包み隠すことなく周りの人に話すので、わざわざ占い師の元へいって相談する習慣がないのです。

 しかも、現代では希少ともいえる占いに使われるタロット・カードの主流も、今ではエテイヤの流れをくむ「エジプシャン・タロット」ではなく、最も古い歴史を持つ(ただしゲーム用カードとしてですが…)マルセイユ・タロットに取って替わられていたのです。

 そんな情報を聞いて諦めかけていた時、ステファンさんから、希望にそえる本が見つかった、という連絡が入りました。

 ステファンさんが案内してくれたお店は、「GLBERT JEUNE」という専門書ばかりをいっぱい扱ったお店。
 そこには、50冊以上はある色々なタロットの本が所狭しと並んでいました。

 ものすごい量です。とはいえ、ほとんどが、マルセイユ版タロットの本か、ウェイト版の流れをくむオリジナル・タロットの本でした。

 しかし、その中で一冊だけ、ステファンさんが指し示しているその本を見ると…。

L'ETTEILLA TAROT EGYPTIENS 「これだ~」と思わず声にしてしまいました。

 それこそが正に探し求めていたもの。

 題名は「L’ETTEILLA TAROTS EGYPTIENS」(ル エテイヤ タロット エジプシャンズ)



 ついに見つけました!

 他の本も、ざっと見てみたのですが、この一冊以外エテイヤタロットの本はありませんでした。
 貴重な一冊です。これで、パリまで来た甲斐があったってもんです!

 やっと見つけた、エテイヤの影…。
 彼の事をもう少し知る為に、しばらくはこのパリに滞在するつもりです。